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2/1 晴れ

なんだかんだでアリアハンを離れて早ひと月。
たったひと月ではあるが、たくさんの凶暴なモンスターに会い、
様々な人に会い、様々な文化に触れた。
少し前には、こんな大砂漠の中で朝を迎えることなど想像もつかなかった。
この先どのくらいの旅になるのかはわからないが、
魔王討伐の目的を果たすまで、くじけずに進んでいきたいものだ。

目覚めると風が昨日よりも強く、体を覆っていた砂は全て吹き飛んでいた。
風のため火を起こすことも出来ないので、
水を飲み、パンと干し肉で朝食をすませる。

幸い、巨大なピラミッドの輪郭はこの砂嵐の中でも見ることが出来る。
重ねて幸いなことに、視界の利かないこんな日には
モンスターも捕食活動を控えるようで、まったく姿を現さない。
途中一度だけ、強風に飛ばされた人食い蛾が
足に絡み付いてきたが、慌てずに盾で突き刺した。

ターバンとは便利なものだ。
布を広げれば耳、鼻、口まで覆うことが出来、
この砂嵐の中ではまこと都合が良い。

ピラミッドが夕陽に照らされだいだい色に染まるころ、
ピラミッドのすぐ近くまでたどり着く。風もいつの間にか収まっている。
上から落下したらしい巨大な石の側にねぐらを用意し、夕食の準備をする。
火を起こし、干し肉とパンを炙っている間にスイカの皮を剥く。
炙り終わったらパンに焼けた肉とスイカの皮を挟み頬張る。うーまい。
やはり、温かい食べ物は疲れを取ってくれる。

明日はいよいよピラミッドに望む。早めに寝ることに。
2/2 晴れ

早めに寝たのでまだ涼しいうちに目が覚める。
静けさと涼しさに加え、圧倒的な威圧感を持つピラミッドを前にすると身が震える。
石から水分が出ているのだろうか。
ピラミッドの周囲には薄紫色のもやがかかり、
古代人の墓らしい神秘的な雰囲気をかもし出している。

火を起こし朝食の準備。
いかにもモンスターが巣食っていそうなピラミッドの中では
休憩もままならないかもしれないので、しっかりと摂っておく。

中腹に伸びている階段からピラミッドに潜入する。
誰が火をつけているのか、内部には灯りがともっており視界はさほど悪くない。
灯りを調べてみるとどうやら管によって油が永続的に供給されているらしい。
さすがにこの巨大なピラミッドを作った古代人だけのことはある。
ひょっとしたら今よりもすぐれた文明が栄えていたのかもしれない。

予想通り、大王ガマやマミーも早朝は動きに精細を欠く。
不用意に伸ばしてくる舌や包帯を盾でしっかり防げば何も怖いことはない。
ただ、宝箱かと思って開けた木箱がモンスターだったのにはふいを突かれ、左腕を激しく噛まれた。
瞬時に振り回した鉄の斧が運良くつがいの部分を破壊し、
何とか倒すことが出来たが、腕の痛みは強い。
薬草を貼りつけ布で縛り応急処置を施し先へ進む。

階段を登ると、細長い通路が縦横に延びている。
西に向かってしばらくすると人の影が動くのが見えた。
一瞬ミイラ男かマミーかと思ったが、あの機敏な動きはそれらのものではない。
足音に気を付けながら後を追ってみると…なんと、あのハリスであった…。


思わずハリスを呼び止めると、
こちらを向いたハリスに驚きの表情がありありと浮かび、
間髪入れずに逃げるように走り出した。

無理もない。ハリスにしてみれば、金を盗まれた自分が
イシスから追いかけてきたように思えたのだろう。
恐らくハリスは盗んだ金を使い果たして、
半ば自暴自棄になり、このピラミッドの財宝を盗みに来たのだろう。
とにかく、この危険なピラミッドでハリスを1人にするわけにもいかないので追うことに。

ハリスのあとを追って通路を進むと、昇り階段に突き当たった。
急いで階段を登っていると、上の階からハリスの悲鳴が聞こえてきた。
駆け足で階段を昇りきり、周囲を見渡すと、右手にモンスター数匹が固まっていた。
鉄の斧を両手に持ち、一番近いマミーの胴体を真っ二つに切り裂く。
斧の勢いを止めず、そのまま一周して大王ガマの首をはねる。
その大王ガマの体を持ち上げ、笑い袋に投げつけると、壁に押し潰され布が破ける音がした。
ミイラ男の腕から伸びる包帯に自ら盾を絡ませ、引き寄せ、低い姿勢から両足を叩ききる。
そして、視界には動くものはいなくなった。

ハリスの側に寄り、声を掛けると、驚いたことにまだ意識があった。
胸を引き裂かれ、大量の血を流しているというのに…。
急いで止血をしようとするとハリスに止められた。
そして、ゆっくりと、懺悔の言葉を語り始めた。
お金を盗んだ上に、その金もカジノですってしまったので、
このピラミッドで財宝を手に入れ、必ず返すつもりだった。…そんなことはもういい。
何があろうと、お前は、この冒険で初めての仲間だったのだ――。

先の探索をする気力を失ってしまい、ハリスの亡骸を背負いピラミッドを出た。
遺品を整理していると、盗賊の鍵よりも遥かに精巧な作りの綺麗な鍵が出てきた。
この鍵をハリスからの贈り物としてありがたくいただき、
亡骸は砂を深く掘って丁重に埋めた。
2/3 晴れ

温かい湯とスイカで朝食を取り、
永久に眠るハリスに別れを告げピラミッドを発つ。

イシスへの帰りは少し西回りの進路を取った。
人食い箱に噛まれた左腕がまだ痛むが、一晩で傷口は塞がったようで一安心する。
ピラミッドで遭遇した未知のモンスターや、ハリスとの再会そして別れが、
一段と自分を成長させたように感じる。

昼過ぎ頃、小さなオアシスを見つける。そこに一人の老いた旅人あり。
お互い、広い砂漠での偶然の出会いを喜び、木陰に座り昼食を共にする。
老人の好物という、大王ガマの肉を大きな葉で包み、蒸した料理は絶品。
泉の水も冷たく、生き返った心地がした。

その後談笑を続けるうちに自然とピラミッドの話になった。
そこで、ハリスから受け継いだ不思議な鍵を見せると老人の目が輝いた。
話によるとこれは「魔法の鍵」というシロモノで、
ほとんどの精巧な錠を開けることが出来るという。
魔王討伐のために世界を巡るならば欠かせない道具、との言葉も頂いた。

あの恐ろしいピラミッドでこんなたいそうなものを盗んでしまうのだから、
ハリスの泥棒としての腕前は相当のものだったんだな…と一人笑みが漏れる。

一段落すると老人は先に立ち上がり、荷物をまとめオアシスを去っていった。
砂漠の空気の揺らぎの中に吸い込まれるように消えていく
老人の後ろ姿が妙に神秘的であった。
オアシスの水で全身を拭き、旅立つ。

日が暮れてもしばらく歩き続けた。
晩飯はお湯と干し肉、木の実で簡単に済ませる。
2/4 晴れ

昨日飲んだオアシスの水に体力回復の効能があったのだろう。
普段より目覚めがよく、体にはまったく疲れが残っていない。
砂漠特有の乳白色に薄い桃色を足したような朝焼けの空が美しい。

サボテンと木の実を食べ、水を飲みさっそく出発。
途中、恐ろしい火炎ムカデの火の息を少し喰らうがさほど問題ではなかった。
右手の甲を火傷したので薬草を貼り付けておく。

昼過ぎには、やや東の前方にイシス城が見えてきた。
ふと後ろを向くとピラミッドはもうかなりの小ささ。
足を速めイシスの街を目指す。

街に戻る時、やはりその街の食べ物のことが頭をよぎるものだ。
イシスで飲んだ熱々のお茶や、少し粘り気のある冷たいスープが早く飲みたくなる。
一月食べないとアリアハンの食事も恋しくなる。
イシスで一息ついたら一度アリアハンに戻ろう…。

夕方頃ようやくイシスの北側の街外れへ到着。
この辺りは比較的貧しい身分の人々が生活しているようだが、
大通りは笑顔と活気に満ちている。
安そうな宿に部屋を借り、荷物と武具を置いて、ふたたびオレンジ色の雑踏へ身を任せる。

ふらりと立ち寄った露店風飲み屋では
仕事を終えたらしい男達がすでに酔っ払い、すこぶる楽しそうだ。
こちらも冷たい酒といくつかの料理をもらい、
興奮した体を落ち着けた。

生きているということは素晴らしいものだ。
悪の魔王よ。この平和を壊そうというのなら、私が絶対に許さない。
2/5 晴れ

イシスを発つ前にもう一度イシス城へと向かうことに。
明るいイシス城内では、召使いの女性に
鼻の頭が日焼けで剥けていることことを指摘され、思わず照れ笑いしてしまう。

この日も運良くイシス女王に謁見することを許される。
女王は少し先の未来が読めることがあるらしく、
ロマリアに行けば目的地への手掛かりが得られるとの助言を頂く。
アリアハンの王によろしく、とも言われる。何だか全てを見透かされているようであった。
風がよく通るイシス城からもう一度ピラミッドを眺め、
妙に足元になついてくる猫に別れを告げ、イシス城を後にした。

街でキメラの翼2つ、家族へのお土産にピラミッドの小さな彫り物と数種の果物を買う。
ゆっくり商店街を眺めながら街外れを目指し、人気がなくなった場所でキメラの翼を使う。
目を閉じてアリアハンの街を詳細に思い浮かべ、翼を空に掲げると、体がフッと宙に浮いた。

旅の扉とも違う独特の浮遊感を楽しむ間もなく、
体を包む空気はガラリと変わり、目を開けるとそこは見慣れたアリアハンの街の入り口。
離れて初めて気付くがイシスに比べると空気が湿り気を帯びている。
つい緩んでしまう頬のまま一度深呼吸をし、まずは城を目指す。

街でも城でも人々には大歓迎された。
肌が焼けたこともたくさん指摘され、子供たちはターバンを触りたがった。
王からも労いの言葉を頂いた。
親交のあるロマリア王からは自分の訪れの知らせは入っていたらしい。
武具を頂いた件といい、まったく感謝しきりである。

城を出、早足で我が家に向かいドアを開けると妻の驚いた顔が飛び込んできた。
息子も元気に育っているようでなによりだ。やはり我が家というものはくつろげる。
家族全員でおいしい晩ごはんを食べ、旅の話を夜遅くまでした。