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果てなき大樹海に足をを踏み入れてから今日でもう5日になる
目指すのは樹海の中心に在るという世界樹
世界の始まりから存在していたというその樹にどうしても用があったのだ
人間の手が全く入ることのないこの樹海
当然、道などあるわけがない。自ら切り開いて逝くしかないのだ
光も十分にささない森の中ではゴツゴツとした地面に足を何度取られたか分からない
時折光が明るく射し込む開けた場所を見つけるとホッとする
しかし、今度の旅はひとりだ。言葉を交わす仲間もいない
目的を忘れれば果てない緑の闇に飲み込まれそうな錯覚に襲われる

『さて、と…
朝からずっと歩き詰めだったのでこの場所で休憩を取ることにした

幸い近くに小川があったのでここで水筒に水を満たしておいた
次またいつ水を手に入れる機会があるか分からないので用心に越したことはない

軽い食事を済ませ一息つくと再び歩き出す。ただひたすらに歩くしかないのだ

まだ日は長いとはいえ日暮れが近づいている
昼でも暗い樹海の夜は真の闇と呼ぶに相応しい
なんとか安全な場所があればと思い日暮れまでの時間を野営地探しに費やすことにした
探し始めて間もなく雨露をしのげそうな小さな洞穴を運良く見付けることができた
今夜はここに体を休めることにした



まさか長い夜になると予想もせずに…
9/2

夜半過ぎ、ただならぬ気配を感じ目を覚ました
その気配の主は洞窟の入り口付近で中の様子をうかがっているようだ
乾いた小枝を踏みしめるパキパキという音と獣特有の臭いが漂ってくる
グリズリーだ…!!
眠っていたとはいえこんなにまで接近を許したのは一生の不覚だった
今起きたばかりでは武器を握るのに十分な握力があるとは言い難い
幸いに頭はしっかり働くので呪文を使うのに支障はなさそうだ
『いけるだろうか…?
まだグリズリーは入り口をウロウロして臭いを嗅いでいるようだ
まだ入ってくるなよ…と願いつつ斧を傍に置き、すぐに動けるよう体をさすって温めておく

物音が止んだ
グリズリーの低い吐息の音だけが洞窟に響いている
『…入ってきたか
正直早すぎるが覚悟を決めて立ち上がった
奴の気配が近づいてくる、こちらは奴を迎え撃つ姿勢を整え待ち構えた

ついに奴が闇の中からゆっくりとその姿を現した
『デカっ!!』予想以上の巨躯に思わず口をついた言葉はそれだった
しかし驚いてばかりもいられない。すぐに頭を切り替え、作戦を考える
この洞窟の中では圧倒的にこちらが不利だ、まずは外に出なければならないだろう

とはいえ入り口側を奴が塞いでいる以上、それも難しい
と考えていると不意をついて奴が突進してくる
もう考えてる暇はない。
斧を短く持ち替え、もう片方の手でバギを唱えると突進してくるグリズリーの鼻っ柱目掛けて放った
奴の動きが一瞬止まる。その時を逃さず脇を払い抜ける
『痛ッ!!
すれ違いざまに腕に爪の一撃を喰らってしまったが傷は深くない 、そのまま洞窟の外へ駆け抜けた

外へ出ると肌を刺すような冷たい外気が更に意識をはっきりさせる
その意識を刈り取るように洞窟内から怒りの雄叫びが聞こえてきた
さっきの攻撃は奴の怒りに火をつけただけだったのだろう
もうこうなっては逃げ切れるものではない。相手は野生動物なのだ。
手近な木片に火を付け明かりとする。明るいとは言えないが今はこれでも十分だ

穴から這い出てきた奴をオレンジ色の光が照らし出す
奴の脇腹の辺りが黒く濡れている。確かに手傷は与えられていたようだがさほど動きに影響はないよいだ
再度対峙して睨み合う。こちらの呪文の効果範囲はおよそ5b、まだ多少遠すぎると思い少しずつにじり寄る
だが、それが迂闊だった
次の瞬間には自分の体がはるか後ろに吹き飛ばされていたのだ
何が起こったか分からないうちに地面に叩きつけられ痛みに息を失う
早く起き上がって態勢を整えなければと思うが体が動かない!!

武器を支えになんとか立ち上がるが、足に力が入らない
近くの木に寄りかかるのが精一杯だ。
しかしそんな私にお構いなしにグリズリーは近づいてくる
無駄なあがきと知りつつ腰からダガーを取り出し投げつける
しかし分厚い毛皮に阻まれ刺さりこそするがダメージすら与えられない
体がまともに動かない状態で振るう武器など、避けるのは容易いものだ
軽くいなされ地面に転がされると体を前足で押さえつけられてしまった
こうなるともう、なすすべもなくなってしまう
奴はまるで勝ち誇ったように私の右腕に牙を突き立てる
腕はガントレットで保護されているものの、ミシミシと骨が軋む音が体に響いてくる
『もう終わりか…』妻や息子の顔が次々に浮かんでくる

『ま、まだ目的も果たさぬうちに死んでたまるかアッー!!』
残った左腕を奴の脇腹の傷にあてがい、渾身のバギを叩き込む
真空の刃が肉を抉り切り刻む。密着しているので左腕もただでは済まないが痛みに耐えながら呪文を続けた
我慢比べに負けて先に手を離したのは奴のほうだった
森に絶叫を響きわたらせ、その獣は大きくのけぞった
だが、牙は私の腕に食い込んだままだ。
なんとか脱出せねばともがくと、さっき投げつけたダガーが指先に触れた
骨が見えるほどに抉れた血まみれの手ではもう掴むのも容易ではない
しかし、激痛に耐えながらその切っ先を奴の右目に深々と突き立てた時ようやく牙から解放されたのだった

ゴツゴツとした地面に放り出された私はグリズリーから距離をとると斧を探して視線を巡らせた
幸いにそう遠くない距離に落ちている。先ほどの格闘で手を放してしまっていたのだ
ホイミをかけ、体に鞭を打つ。集中力が続かない今はこれが精一杯の応急処置だ
『なんとか逝けるか…!?』一縷の望みをかけダッシュする。
悟られないようにと願ってみるもののやはり甘くない、奴も気づくや否や尚一層殺気をむき出しにして突進しだした!

武器を取りに行く私は丁度背後から奴に追われるような形だ
先に武器を取れば勝ち、追いつかれれば今度こそ命はないだろう

遠い!ほんの数bの距離がこんなにまで遠いとは!
奴の生臭い吐息が真後ろに近づいた時にようやく斧の柄に手がかかった
『勝った!!』と思った瞬間背中に衝撃が走った
奴もまた勝ったのだ。私の背中に爪の一撃が深々刻まれたのだろう、もうここまでだと観念した…が
『クソッ…!せめてあと一撃!』
薄れゆく意識の中で振り向きざまに放った重い戦斧の一撃が奴の首筋に食い込む手応えを感じ…私は意識を失った…
9/6

「お…さん…」
子供のような高い声が私を呼ぶ
「お…さん!おっさん」
声が出ない
ここはどこだ、森の中に居たはずだが…
思案を巡らせるが考えもまとまらない
ただ、オールが水をかく規則正しい水音がここは船の上だということを教えてくれる
「おっさん、気づいたか!?何かいるか?」
喉が焼け付くように渇いているが声を出すことが出来ない
かろうじて唇をかすかに動かすだけだ
「水?水が欲しいんだな!?」
子供にしてはよく気がつく。
口に水を含ませてもらうと大きく一つ息をつき私は暗い意識の底に身をゆだねたのだった
9/7

私は死んでいたらしい
悪い冗談だと思って聞いていたが、そう語る彼の目は真剣そのものだった
ようやくわずかに口を利けるようになった私に彼はそう語ってくれた
彼の名はセブ、ホビットだ。
子供とばかり思っていたが実は年齢は私より10も上だったのだ
ノルドと随分違う印象を受けたので少々面食らった
色々聞きたいことは山ほどあったが
「さ、これでも飲んで休みなされ!」と半ば強制的にホイミ水を飲まされ休養を強いられることになった



『(あぁ、やっぱりノルドと同じだわ…)』
9/8

まだ体のあちこちが痛む
寝返りを打つにも激痛が体中を駆け巡るので自由にならない
まるで自分の体じゃないようだ
それでも唯一セブと話をしている時だけ気が紛れ、痛みを忘れられるような気がした

彼は樹海の北部に住んでいるらしい
私を見つけた日はたまたま森に薬草摘みに来ていたと言う
その移動中に山火事を見つけ、現場に倒れている私を見つけたというのだ
『あ…』思い当たる節がある私はつい気まずくなり、目を伏せた
それを察してくれたのかセブはそのことは余り聞いてこなかった。正直、その心遣いが有り難かった
彼が私を見つけた時は火がかなり回っていたというが奇跡的に軽い火傷だけで済んでいたらしい
グリズリーの巨躯が私の傍にあったので火除けになったのだろうと話していた
その時は火から逃れるために精一杯で生死を確かめる余裕はなかったのだ
安全な場所に避難して、ようやく私が死んでいたのがわかったのだ。彼とて慌てていたのだろう…
その後私の遺体(と言うのも変な感じだが?)を洞穴に隠し、聖水と木の実を使った簡単な結界を施し世界樹へ単身向かったのだという

『世界樹を知っているのか!!』驚きガバッと体を起こすが激痛に歪む顔を見て彼にたしなめられた
完全に体が治ったら案内してくれると言うので素直に彼の言葉に従う
ともかく今こうして話が出来るのはセブのおかげ以外の何物でもない
改めて深く礼を言った