投稿期間 2007/04/02
スレッド 『もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら八泊目』
時は20××年。 私は地球という惑星の、とある国の、とある地域で暮らしている。 いわゆる地球人ってヤツね。 詳しくはプライベートだから秘密なんだけど、 この国は相も変わらず落ち着きがない、とは私のおじいちゃんの弁。 戦争こそないものの、様々な問題は絶えず我々一般人を苦しめ続けている。 つまりはそんな時代だ。 そして私も悩みを抱えて日々を生きるフツーの女の子の一人。 あ、もう『女の子』だなんて言える歳じゃないんだけどね。 そこら辺は目をつむって欲しい。 でも内面は可愛らしいと思うよ、うん。 そんでさ。 そんな私でもね、声を高らかに主張したい事があるのですよ。 何かって言うと―― 「我がゲーム大国万歳!!」 ……呆れた? 呆れたよね。 でもさ。 それだけで『この国に生まれてよかった~』なんて言えちゃうんだから凄いと思わない? 思わないか…… …… でもさでもさ! 私が言いたいのはイマドキのゲームが凄いっていうんじゃないの。 私はすっごく昔の、ふるーいゲームが大好きなんだ。 こんな事を言うと、大抵の人は良い返事をしないんだけどね。 もっと昔に生まれたかったなぁ…… そしたら皆と同じ意見にだったろうに。 しかーし! この時代に生まれた事を私は感謝するようになるってんだから人生は不思議。 何でかって言うと、新しいプログラムソフトの発売が最大の理由なの。 ソフト名はズバリ! 【もし目が覚めたらそこが○○の世界だったら】 何というネーミングセンス。 間違いなくこのソフトは売れない。 と思ったら、世のゲーマー達はこぞって飛びつく事となったのですよ、奥さん。 その名の通り架空の世界に入れるというありふれたソフトなんだけど、 これまでとの決定的な違いは、自分の好きなゲームソフトの世界に行けるってところ。 しかもそれがどんなに古いソフトでもオーケーという代物。 これを製作した方はニーズを分かってらっしゃる。 そしてジャジャジャーン!! ねんがんの そふとを てにいれたぞ!! サンタや彼氏からのプレゼントじゃないのが残念だけど、ワガママは言ってられない。 という事でさっそく私が選ぶソフトは、もちろんコレ。 【ドラゴンクエスト】 RPGというジャンルを確立したと言っても過言ではない。らしい。 断定できないのは、聞いた話だからだ。 話の主はおじいちゃん。 おじいちゃんはこのゲームが大好きで、 おじいちゃん子だった私は多大な影響を受けたのだった。 私がつたない腕でボスを倒そうとするのをニコニコと見守ってくれたのを覚えている。 おじいちゃんは口癖のように言っていたものだ。 「古臭い物ほど味がある」 今ならその意味が良く分かる。 みんな絵がショボイとか、操作性悪すぎとか、ボタン押すとか新鮮(笑)とかとか。 分かってないよね~お前らは何も分かってない! 今のゲームには無いこの凄さをさ。 【もし(ry】のプログラムを起動し、ドラクエのデータを読み込ませる。 次にクリア条件を決めるのだが、これは自由に決める事が出来る。 私は迷わずに【魔王を倒すまで】と入力した。 すると、『ドラクエ世界へ出発しますか?』の文字が私の目に飛び込んでくる。 ドキドキと胸が高鳴った。 やっぱり最初はレベル1なんだろうなぁ。 装備品は布の服だけなのかしら。 そう言えばパンツとか化粧とか売ってるのか? 間違ってもハダカやすっぴんだけはイヤだ。 恥ずかしいし。 徹夜でレベル上げとかしなくちゃいけないのかな? う~ん、お肌に悪そうだ。 村人は毎回同じ事を話してくれるのだろうか。 向こうに着いたら壁にぶつかってドゥンドゥンと音を出してみたいものである。 宝箱を開ける瞬間の期待感はたまらないんだろうなぁ。 しかしその前には幾数ものモンスターが待ち受けているのだ! 苦戦しながらもギリギリで勝利! く~燃えるね~!! モンスターと言えばスライムはぜひとも触ってみたい。 おっぱいより柔らかそうな感じ。 でも私がモンスターと戦えるのかなぁ? 武器とか扱える自信ないし…… ゲーム補正でなんとかなるのかもしんないけど。 あ、死んじゃったらどうするんだろ? 誰か生き返らせてくれるのかしら。 待って待って。 そもそも魔王を倒すだなんて大事を成し遂げられるの? 向こうで体験する事は実際の出来事と何ら変わらない。 ケガすれば痛いんだ。 ましてや呪文なんて…… 「今のはメラゾーマではない。メラだ」 なんて言われた日には、漏らしてしまうかもしれない。 よし、じゃあ条件を甘くしよう。 例えば【一日経過したらクリア】とかとか。 何か一日署長みたいでイイかも? でもそんなちっぽけな志しでどうするんだよぅ。 中途半端に体験したって意味無いんだからさ。 でもでも…… なんて色々考えていたら、結局私は冒険に出る事はできなくなってしまった。 「いただきまーす」 夕食はポテトサラダとパスタにコーンスープ。 もちろん私の手作りではない。 お母さんの料理はやっぱり美味しい。 もしドラクエ世界に行ったら食べられなくなるんだよなぁ。 「ねぇお母さん」 「んー?」 「もし、さ。 もし私が違う世界に行っちゃったら、どうする?」 「そうねぇ……お母さんもその世界に行って、あなたを探そうかしら」 そういってお母さんは笑った。 しょせん冗談話だ。 お母さんだって本気では言ってない。 でも私はちょっとだけ涙が出そうになった。 お母さんはそこまで行動力のある人じゃない。 実際にそうなったら、私が帰ってくるのをずっと待つに違いない。 この家で、たった一人で。 やっぱり向こうに行くのは止めよう。 「いいなぁ~」 日付が変わる頃、私は黄ばんだページをパラパラとめくっていた。 すっごく久し振りに読む、ドラクエの攻略本だ。 劇中では表現されない武器や道具が絵にしてあったりして、 見ているだけでも全然飽きない。 カッコイイ装飾が施された剣や、 とても戦うために作られたとは思えない素敵なデザインのドレス。 それを装備している自分を創造してニヤニヤする。。 かしこさの種があれば頭が良くなったのにーとか考えるのは私だけじゃないはず。 「ん?」 パサッと何かが落ちる。 ページの間に挟まっていたのだろう紙切れだった。 二つ折りになっていたのを開くと、 やけに達筆な字で書かれた文章がタイムカプセルのように当時のまま残っていた。 この字は、きっとおじいちゃんだ。 『創造する事の喜び。それをドラクエは教えてくれたと思う』 その通りなんだろう。 創造するから楽しいのだ。 きっとゲームの登場人物達は、現実の人と同じように悩みを抱えているに違いない。 創造するだけなら例え一時であったとしても、その悩みを忘れる事ができる。 そしてそれが悩みに立ち向かう勇気にもなるのだ。 明日にでもプログラムソフトは売ってしまおう。 そう思いながら文章の続きを読んでいく。 『けれど。 決して口には出さなかったけれど。 毎晩のように願う事があった。 ずっとずっと、遠い昔から。 それが実現する夢をよく見たものだ。 いつかドラクエ世界に行ってみたい、と』 心臓が跳ねた。 ドラクエ世界に行ってみたい。 その文字を何度も繰り返して読む。 やっぱりおじいちゃんもそうだったんだ。 聡明なおじいちゃんの事だ。 どんな世界で生きるにしても大変な事を分かっていたから、言わなかったのだろう。 けれどその希望は捨て切れなかったんだ。 こんな紙切れに書く事で、諦める事にしたのかもしれない。 その紙を閉じると私はすぐさま【もし目が覚めたら○○の世界だったら】を立ち上げた。 ドラクエのデータは既に読み込んである。 クリア条件を【一日経過したらクリア】から【魔王を倒すまで】に上書きした。 『ドラクエ世界へ出発しますか?』 →はい いいえ いいえを選んでも無限ループにはならないけれど、私は『はい』を選んだ。 これでもう後戻りは出来ない。 お母さんごめんね。 ごめんなさい。 でも…… おじいちゃんと私の夢なの。 分かって。 そして私の冒険は始まった――