「埋め用短編@母親編」の物語

投稿期間 2007/04/03
スレッド 『もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら八泊目』

私の父を知る人は皆、口を揃えて「とても賢く仕事の良くできる人だった」と言います。
だからでしょうか? 幼い頃、父が家にいる事はあまりありませんでした。
当時はとても仕事が忙しかったのだと母は言っていました。父のことを語る母の顔は誇らしげで、
一方でどこか淋しそうでもありました。
きっと母は、父のことをとても愛していたのだと思います。私は、母ではないから想像でしかありませんし、
直接訊いたところで恥ずかしがり屋の母は多くを語ろうとはしませんでした。

けれど私は、父のことをあまり良く思っていませんでした。
父の姿を思い出そうにも、少ない記憶をかき集めてようやく出て来たのはゲームに興じる背中だけ。
娘の話よりもゲームに夢中だった父が、私はあまり好きではありませんでした。
そして父が夢中になっていたゲームが、私は好きになれませんでした。


人並みに悩みながら成長し、平凡ではあるけれど穏やかな生活を送る中で歳を取り、
ありふれた出会いを経て、娘をもうけたことを告げると、父はとても喜びました。
まるであの頃の罪滅ぼしとでも言うように、父は「愛孫だ」と言って娘を可愛がってよく遊んでくれました。
父が知っている遊びと言えばゲームしかありません。
長い年月を経て、今度は父と娘が並んでゲームを楽しんでいる背中を見る事になりました。
私はその風景の中に嬉しさのような、淋しさのような、もどかしさに似た不思議な思いを抱きました。
それはきっと、年齢が離れていても同じ楽しみを共有できる娘を少し羨ましく思っていたからだったのかも知れません。
こうして娘は、大の“おじいちゃん子”として健やかに成長したのです。
もちろん、おじいちゃん譲りのゲーム好き。……そこだけは少々困った点ではありましたが。
娘とふたり、慎ましくも幸せな日々を送っています。

そんなある日。
いつものように娘と夕飯を食べていたときのこと。娘にこんな事を訊かれました。
  「もし、さ。
   もし私が違う世界に行っちゃったら、どうする?」
その言葉を聞いて脳裏を過ぎったのは、居間で父と並んでゲームをしていた光景でした。
『違う世界』――それがたとえばゲームの世界だったとしたら?
ゲームを実際に遊んだことがないので良くは分かりませんが、
父の話によれば、『勇者』は数々の苦難を乗り越えて成長し、最後は『魔王』と戦うのだと言います。
……途方もない話です。

  「そうねぇ……お母さんもその世界に行って、あなたを捜そうかしら」

もちろん、他愛のない会話の1つだと思いました。
ゲームの世界、それは画面の中にだけ存在する架空の世界。
絵本の中の世界に吸い込まれてしまう、どこかのおとぎ話でもあるまいし。
そんなことが起きるはずがない。
……でも。
もしも仮に、そんなことになってしまったら、私はどうするだろう?
いつ戻るか分からない人を、一人で待つというのはとても苦しい事はよく知っている。
大切な人を失う苦しみは、もう二度と味わいたくない。
かといって、どう行動したらいいのかなんて想像もつかない。

しばらくして、いつの間にか真剣に考えていた自分に気付くと思わず苦笑いが出ます。
取り留めもないことを考えるのは止めよう。
こうしていつもと変わらない一日が終わり、夜は更けていきました。

迎えた翌朝。
私はいつものように、いつまで経っても起きてこない娘の部屋に向かいました。
朝寝坊のクセは大きくなっても直りません。
部屋のドアをノックしても、大きな声で名前を呼んでも起きないのもいつものこと。
躊躇わずにドアを開け、もう一度娘の名前を呼びました。

  返事がない、もぬけの殻のようだ。

いつも寝ているはずのベッドにも娘の姿はなく、
それどころか部屋のどこを見ても、娘はいませんでした。
カーテンとカギの掛かった窓を開け外を見れば普段と変わらない風景が広がっていました。
開けた窓からは肌に心地の良い風が部屋に吹き込んで来ます。
それからクローゼットを開けたり、机の引出を開けたり、ゴミ箱の中やベッドの下を覗いたり、
鏡の中を見つめたり、鞄まで開けてとにかく部屋中のあらゆる場所を捜してみましたが、娘は見つかりませんでした。
昨日、夕飯を終えたあと娘は自室に戻ってから家の外へは出ていないはずです。
  「……そうだ!」
部屋を出て玄関まで来るとドアの取っ手を掴んで思い切り押しましたが開きません。
鍵は閉まったままです。
玄関と脇の靴箱を開けて見てみましたが、無くなっている物は1つもありません。スリッパも含めて、履き物すべてです。
それから私は家中のドアというドア、窓という窓、収納や冷蔵庫、排水口に至るまで、トイレはもちろんお風呂も
台所も居間も、とにかく開けられる場所のぞける場所をくまなく徹底的に捜しましたが、娘の姿を見つけ出す事は
できませんでした。

娘は家の外には出ていない、かといって家の中のどこにもいない。
では、娘はどこに?
暑くはないはずなのに、額と手のひらには汗がにじんでいました。
焦りの中、視界の隅に映ったのは電話機でした。
  (お、落ち着いて。落ち着いてよく考えて、まだ捜していない場所や見落としている場所があるはずよ)
気が付くと私は、娘の部屋に戻っていました。
いつもと同じ部屋。無くなっている物は何もありません。
ただ、娘だけが忽然と消えた。
事件だとしても不可解な事ばかり。
救いを求めるように、あるいは振り向けば「驚いた?」なんて笑顔を向ける娘がいてくれる事を願いながら、
私は振り返りました。
けれど娘の姿はありませんでした。
視界の中央には、ふだん娘が使っている机が見えました。
そこであることに気が付きます。
電源が入ったままで放置されているモニタと、その横に広げられていた本、それに何かの箱。
まず本を手に取ってみてみれば、タイトルには「攻略本」との文字が記されていました。
  (これは……)
そう、父が好きだったゲームの攻略本です。
そして、その中に挟まっていた父の手記を初めて目にしました。

  『いつかドラクエ世界に行ってみたい、と』

心臓の動きが止まったかと思いました。
その文字に釘付けになって私はしばらく紙切れから目を離せずに、その場に立ち尽くしたまま動く事ができませんでした。
まさかと思いながら、恐る恐る電源が入ったままのモニタに視線を動かします。
真っ青の画面上には、大きくこう表示されていたのです。

  『DRAGON QUEST』

表示されているタイトルは、ゲームをしない私にも聞き覚えのある名称でした。
高音が些か耳障りにも感じるメロディは、ゲームをしない私の耳にも馴染みのある行進曲でした。
画面上にはこのタイトル以外に「START」の文字しか表示がなくて、とても殺風景でした。
カーソルは、タイトルすぐ下に表示されている「START」の箇所で点滅を繰り返していました。
このボタンを押せばゲームがスタートする、そのぐらいのことは察しがつきます。
その時ふと、昨夜の会話が脳裏に過ぎりました。

  ――「もし、さ。
      もし私が違う世界に行っちゃったら、どうする?」

心に浮かんだのはあまりにも突飛で、恐ろしく不吉な予感。

  (まさか、まさか……いくらなんでも)

そんな予感を、私の理性は否定しようとしました。
しかしその理性を否定するように、目の前の画面はひとりでに動き出しました。
まるで、この画面に気付いてくれる人間が現れるのを待っていたかのように。

  (……な、なに?)

画面は暗転し、ひらがな五十音が表示された画面に切り替わりました。
音楽も、先ほどの行進曲よりは耳に馴染みのない大人しい曲調に変わります。
じっと画面を見つめていた私は、そこで更に恐ろしい物を目の当たりにする事になりました。

  『なまえを いれてください』

そのメッセージの下には、確かに娘の名前が入力されていたのです。
驚いた私は、机の上にあった箱を手に取りました。
パッケージには【もし目が覚めたらそこが○○の世界だったら】との表示。
どうやら娘が購入したらしいソフトの様です。

私は急いで箱から取扱説明書を取り出し、このソフトの正体と、今起きている事態を把握しようと試みました。
説明書には次のように書かれていました。

・既存のゲームソフトを利用して、そのプログラム内の世界を再構築するソフト。
 それが【もし目が覚めたらそこが○○の世界だったら】 (以下、「当ソフト」)。
・まず当ソフトを起動した人物は、既存のゲームソフトを用いて好みの世界を設定します。
・次に当ソフトを起動した人物は、【クリア条件】を設定します。
・最後に表示された選択肢に『はい』と答えれば、プログラムは実行され起動した人物を含めて世界を再構築します。
・【クリア条件】を満たさない限り、プログラムは終了せず起動者はプログラムから出る事は不可能です(以下、「ループ現象」)ので、
 当ソフト起動前には必ず本取扱説明書を熟読の上、自己責任で実行してください。
・尚、ループ現象回避の手段として、外部からの操作を可能とする機能を実装しています。
 但しこの場合、“CONTINUE”は無効となりますので充分ご注意下さい。

……つまり娘は、このソフトを起動し自らの意志でプログラムを実行した。
そして私は、このゲームの主人公となった娘の行方を見守りながら、彼女をクリアへと導かなければならない。

分からない。
だけどやるしかない。

こうして私の冒険は始まってしまったのです――

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