●目覚め

バキッ ドスン!

「いたたた…」

まだ眠い目をこすりながら起き上がる
どうやらベッドの足が壊れてしまったようだ

「あーあ…」

壊れたベッドにガッカリしながら時計を探す、が…

「ここは… 俺の部屋じゃない…?」

八帖くらいの部屋に壊れたベッドと覚えの無いタンス
しかもタンスは引出しが飛び出し荒らされた痕まである

「どこだここ?! 昨日は確かに自分の部屋で眠ったはず!?」

自分の部屋では無いことに気付き、慌てて携帯や財布を探すが見当たらない
服装もTシャツにジャージではなく、薄い布の上下と底の厚いブーツ姿になっている
窓の外は明るいから夜は明けているのだろう

「…」

床は所々抜け落ち、物が無造作に放り投げられている
とりあえず部屋を出ることにし半開きのドアを開けた

部屋を出ると長い廊下が続きその先には広いホール、そのホールの突き当たりに大きな扉がある
ホールへ向かいミシミシという音にびびりながら廊下を歩く

ホールにはカウンターがありテーブルと椅子が散乱していた
ますます恐ろしい、足早に通り過ぎる
大きな扉には”装備は万全ですか?いってらっしゃい! 宿屋ラリホー二号店”と書いてある

「宿屋? 装備? 意味分からないな…」

大きな扉を開け外に出る

「え─ ?!」

目の前には四角い建物が並び舗装された歩道がある
建物があるにしてはしかし、全く人の気配を感じられず耳鳴りするほど静かだ
見覚えも全くない

「俺は…どうかしてしまったのか? 夢か?」

顔に自分で平手打ちしてみるが目が冴えるだけで、布団の中では無い事を認識するだけだった

痛みに冴えた目でさっきより広い範囲を見渡す
壁が崩れている建物がいくつかありキレイに見えた歩道もひび割れている
地面は人の足で踏み均した土だ

「廃墟…?」

荒された宿屋の部屋といい人気が全くない事を考えるとここは捨てられた町…
そうとしか思えない

「なんでこんな事に?」

全く思い当たるフシがなくただ唖然とする

「昨日… コンビニで立ち読みした本の表紙を破いてそのまま戻した…
 まさかバチが当たったのか? だからこんな事に?!」

混乱しすぎておかしな妄想に浸っていると突然─
不穏な、明らかに人ではない気配を感じ変な汗が身体中に噴き出しはじめる

「な、なぜかものすごくヤバイ気がする…」

焦り、逃げようと思ったがどこへ逃げればいいか判らない
とにかく、ここから離れる事に決め後ろを振り返らないようにしながら歩道を走り出す
歩道の先にアーチ状の門を見付け、駆け抜ける

「ハァハァ…! なんだ ハァハァ… なにが フゥハァ…」

不穏な気配はなくなり、後ろを振り返ると砂利や短い草が広がる地に町が見える
今いる場所もその周りの景色も全てベージュとグリーンに覆われていた

「フゥ… まるで富士山のふもとだな…」

外から見る町は低い石の壁に囲まれた狭い箱庭みたいな造りだ
まるで剣と魔法の世界を描き3部作がヒットしたあの洋画の世界

「これからどうしたらいいんだろう
 こんなへんぴな場所で携帯も財布も何もない…」

陽の感じから見て夏の正午過ぎくらいだろう
寒くもなく暑くもない過ごしやすい気候だ

「ここにいても仕方がない、歩いて民家を探すか… はぁ」


晴れた空を見上げプカプカと流れていく雲を追いかけることにした










●商人トルネコ

休憩しながらもかなりの時間を歩いてきた
景色はだいぶ変わり山が見え始め森が増えてくる
人や民家は全く見当たらないが草木の生えないまっすぐ伸びた道を見付けそれを頼りに歩く

途中何回か青いプヨプヨしたゼリーの様な生き物に出会った
見たことも聞いたことも無い生き物で一見するとかわいいのだがジャンプして体当りをしてくる
一回だけ体当りを受けてしまい、その重さにびびって後は全て全力で逃げた

「ふぅ かなり歩いてきたが、見事に何もないな…」

空腹と不安で疲労はかなり溜まってきている
なにより水分補給出来ないことで体力も気力も確実に削がれていた

「喉、かわいたなぁ… あのプヨプヨかなり瑞々しかったなぁ…」

それから更に歩き続け、陽が傾いてきた所で小さな湖とその側にあるこれも小さな小屋を見付けた

「み、水だ!」

湖まで走り水をすくい、夢中で喉を潤す
渇ききった喉と舌は味覚を感じることは無い

「フゥ… よかった、このなんでもある御時世に渇き死ぬかと思ったよ…」

落ち着いた所で小屋を見る

「誰も居ないみたいだな、電気も…ついてない」

湖にはボートもないし何のためにある小屋かは不明だ

「…ちょっとこわいけど、まぁいいか」

辺りは暗くなり始めている
今夜はここへ泊まる事に決めた、念のため人が居ないことを確認する

『コンコン』

「誰か居ますか? 入りますよ!」

おそるおそるドアを開け中を確認する
小屋の中には長椅子三つと石のかまど、小さなテーブルがあるだけだ

「良かった誰もいない…」

長椅子に座り"ふぅ"と溜息を付く

「なんで日曜日なのにこんな事してるんだろう
 ここがどこかもわからない…
 分かっているのはとんでもない山奥に食糧も何も持たず一人だって事…」





今俺は大変な事になっている
あの青いプヨプヨがたくさん俺の上に積みあがっているのだ
もう身体は限界、そこに巨大なプヨプヨが現れジャンプ!

「やめろーー!!」

ハッ!!
ゆ、夢か良かった…
寝てしまってたんだな… ん?

「…?!」

心臓が飛び出すかと思うくらい驚いた
何時の間にか小屋にはもう一人、中年の男がいたのだ

「私はただお茶を……」
「う、あ いや、寝言ですから… 気にしないで下さい…」
「そうですか、よかった
 寝ていたから起こさずにおいたんですよ
 驚きました お茶を茶碗に入れようとしたらいきなり"ヤメロ!"ですからね ホッホッ」

中年男性の見た目は古い時代のエジプト?っぽい服装
身体はがっしりしていて口元には見事な髭をたくわえている
天井にはこの男が吊るしたであろうランプが煌々としていた

「勝手に小屋を使ってしまって済みません」
「うん?ホッホッ
 ここは誰でも休憩出来るようにとグランバニアの国が造った小屋ですぞ
 名乗るのが遅くなりましたが私の名前はトルネコ、旅の商人をしております」










●違う世界

グランバニアの国?
そんな名前の国あったかな

あ、俺も名乗らないと失礼か

「俺は…タカハシっていいます」
「一晩ですがよろしく頼みますぞ
 して、タカハシ殿はどうしてこのような所に?
 失礼ながら旅をしている格好ではないようですが…」

どうしてこんな所に居るのかなんて逆に俺が聞きたい
ここは起こった事を話しておこう

「うーん 実は…」

俺はこの小屋まで来た"いきさつ"を話した

「ふむ…
 目が覚めたら知らない部屋に…」
「そうです
 だから俺はここがどこかわからない、一体どこなんですか?」
「ここはメルキド地方、あなたが目を覚ました町はたぶんメルキドでしょうな」
「メ、メルキド? 日本じゃないんですか?」
「はてニッポン? そんな名前の場所はこの世界にはありませんぞ?」

な 何を言ってるのだこの人は
日本がないなんてそんなこと…
ははぁ からかってるのか?

「トルネコさん、冗談はやめてくださいよ!
 ここは日本のどこか山奥なんでしょ!」
「いえ…
 本当にこの世界にニッポンという国や町はないのです
 そしてここはグランバニア領メルキド地方にある休憩小屋、間違いありません」

トルネコの目は真剣だ
嘘を付いてるとも冗談を言っているとも感じられない

「だ だとしたら、ここは一体何なんです?
 俺はグランバニアやメルキドなんて知らない…」
「うむ… なんだかよくわかりませんな…」

しばらく二人して考え込む

『グゥゥ』

う、こんな時でも腹は減るのか…

「その様子では何も食べていないのでしょう
 食糧は余計に持ち歩いていますから食べませんか?」
「すみません、何にも食べてないんです…」
「ホッホッ かまいませんぞ
 今準備しますから少しお待ちくだされ」

トルネコは野菜やら肉やらを使い調理を始める

ここが日本でもなく海外でもないとしたら… 一体なんだ?
トルネコも名前は日本人では無いし…

「出来ましたぞ」

受け取った皿には炒めた肉と野菜を薄いパンで春巻のように包んだ食べ物が乗っていた
"いただきます"と、まずは一口かじってみる

「おいしい…」
「ホッホッ 自慢の一品です」

そのまま夢中で喰らいつき、あっという間に平らげる
ボリュームもあり腹も落ち着いた

「さぁ、お茶もどうぞ」
「ありがとうございます
 そういえばここに来る途中、青いプヨプヨがいたんですが… あれはなんですか?」
「それはスライムという魔物です
 しかしタカハシ殿、スライムを知らないなんて変わってますな」
「魔物?」
「ええ、魔物です
 本当に知らないのですか?」
「それはどういった……」

トルネコは驚いた顔をしている

「え、ええと…
 魔物とは人間を襲い殺す生き物で、魔王の手下ですな」
「え、魔王… ですか…」
「まさか… 魔王を知らない、と?」
「…」

魔王とか魔物とか正気とは思えないが…
でも俺は、スライムという魔物を確かにこの目で確認し襲われた
いや、おかしいぞ なんだこの急展開…!

「ふむ… タカハシ殿はもしかすると、違う世界から来たのかもしれませんな」
「違う世界…ですか?」
「この世界で魔王を知らない人間が居るのは有り得ない事なのです
 魔物だって町から出なかったとしても必ず目にします
 …記憶を失っているのでは無いとすればですが」

違う世界…
言われるとそうなのかもしれない
そう考えればスライムの存在や知らない国がある事の説明にはなる

「記憶ははっきりしてます…
 だけど、違う世界なんて突然過ぎるし理由もない すぐには受け入れられない…」

なんでこんな事に…
本当に違う世界だとしても、俺一人でどうすればいいんだ…

「悪い方へは考えずに… きっと戻れます
 今日はもう遅いし疲れたでしょうから寝ましょう
 明日からは私と行動すると良い 魔物を知らないなら一人で行動するのは危険過ぎる」
「…いいのですか?」
「もちろんです
 私は旅商人ですから町を転々としながら元の世界へ戻る方法を一緒に探しましょう」
「ありがとうございます… なんか、申し訳ない」
「ホッホッ では灯りを消しますぞ」

トルネコがランプの火を消すと小屋の中は真っ暗になった

「また明日、おやすみ」
「おやすみなさい…」

このまま考えても仕方ない、俺も寝よう
明日からはとりあえず一人じゃないから…

朝になってこれが夢である事を少し期待し、俺は眠りについた…










●生きるために

「この辺りでいいでしょう」

次の日俺はトルネコと小屋近くの森の中にいた
結局自分の部屋で目覚めることはなく小屋の天井を見ながら起きたのだ
"こうなったら腹を決めるしかない"と、俺はここで戻る方法を探す為に頑張ることにした
不安はあるが前に進まないと戻れるものも戻れない

「ここら辺に生えているこういう草、これは風邪を治す薬になるのです
 この袋いっぱいに刈り取ったら小屋へ戻りますぞ」

トルネコはそういいながら草を見せてくれたが知識の無い俺にはただの雑草にしか思えない

「これが薬に…
 風邪を治すだなんて、たぶん俺の世界じゃ金持になれますよ」
「ほう、風邪の薬で金持ちとは ホッホッ
 こういう薬草ならたくさんありますよ」
「ふぅん
 便利な世界だなぁ…
 あっちの世界は休日になると病院がいつも満員、多くの人が何かしかの病を持ってる
 最近では心の病で悩む人も多いんですよ」
「心の病ですか、大変な世界ですな…
 ところで病院というのはなんでしょうかな?」

病院すら無いのか、なんて世界だ

「病院というのは、病気を治す専門家が治療する場所の事です」
「ふむ、たぶん教会と同じなんでしょうな
 教会では神父様が病気や悩みを治してくれるのです」

教会が病院か
まるで中世のヨーロッパだ
俺の悩みもスパッと解決してくれるのだろうか…



『ザクッ ガサッ』

森の中には草を苅る音だけが響く

「そういえば動物が全くいないんですね 人が来たから逃げたのかな」
「そうではないのですよ
 自然の動物は魔物が暴れ出してから急激に数が減り、今では滅多に姿を見られないのです」
「魔物、ですか…」

魔物というものが未だに信じられない
確かにスライムは見たんだが…

「ふぅ、これで袋はいっぱいになりました
 さぁ、戻りますぞ」
「戻った後は?」
「いったんグランバニアの町へ向かいましょう」
「最初に言ってた町ですね」
「ええ
 城で王と謁見してから、グランバニア南にある腰痛を和らげる木の実を取りに行きます」

王と謁見とは…
この世界に慣れるのは時間が掛かりそうだ

二人は森の入口へ向かい歩き始める

『ガサッ』

後ろで何かが動く音
俺とトルネコはほぼ同時に振り返る

そこにはあのスライムと木槌を持ったでかいネズミみたいな生き物、魔物がいた
魔物は夢じゃないんだ

「タカハシ殿は下がっていなされ」

トルネコに言われ俺は少し離れる
俺が離れたのを確認するとトルネコは腰に手をやる

「あ、あれ? しまった…」

慌てた様子で荷物をあさっている

「ギィィ!」

背中を向けしゃがんだトルネコにネズミが木槌を打ち付ける!

『ガシィン!』
「ト、トルネコさん !?」

トルネコは荷物から取り出したであろう長い剣で木槌を受け止めていた

「大丈夫ですよ、ここらへんの魔物にやられる事はありません」
「グ…キィ…!」

ネズミがくやしそうな声を出す
その声を受けてスライムがネズミの後ろからトルネコへ向かう

その瞬間─

『ズサッ! ザシッ!』

二つの音がトルネコの前の方で聞こえると同時に2匹の魔物は地面に倒れ動かなくなった

「さぁ、行きましょうか」
「え?」

一体何が起こったんだ?
トルネコは立ち上がったようにしか見えなかったが…
まさかあの剣で斬ったのか?

モグラは血を流し全く動かない
スライムは身体に大きな裂け目が有りネズミ同様動かない

「殺した…んですか?」
「ええ、もちろん」

トルネコは剣に付いた血を拭き取りそれを腰にぶら下げて言った

「もちろんって… それに、剣を持ち歩いているんですか…」

殺すのが当然だといわんばかりの返事に動揺する

「……タカハシ殿、今の内に厳しい話をしておきます
 魔物は老若男女問わず、見境無く人を殺し時には町を滅ぼす
 今のは何もしなければ私が死んでいた
 それに情けを掛け殺さなかったとしても後々別の人間を殺す
 決して好きでやっているわけではありませんよ」

魔物が恐ろしい存在とはいえ生き物を進んで殺さなきゃいけない世界、なのか…?

「魔物を動物などと同じに考えてはいけません
 あなたも元の世界に戻る方法を見付けるまでは、いえ、帰り着くまで生きていなければ意味がありません
 今はまだ私一人で対応できますが旅をしていれば今よりはるかに強い魔物にも遭遇します
 タカハシ殿も戦うことになるでしょう
 そんな時もし情に流されでもしたらその瞬間、私達を待つのは死です」

"殺す" "殺される" "死ぬ" "生きる"
あっちの世界では、少なくとも日本では縁遠いこれらの言葉が…
こっちの世界では、生活とこんなにダイレクトに繋がる…

「…あなたの世界には魔物がいないのでしょう
 だから魔物を倒すことに戸惑いを覚える
 ですがここでは生き延びるために魔物を殺さなければいけない
 理解できないのも今は仕方ありませんが」

…現実的ではない話だが目の前には現実そのものが横たわっている
倒れた魔物に目を向けるとその身体が淡く白い光に包まれ消えていった

「消えた…」

俺は突然突き付けられた現実に、しばらく動くことが出来なかった










●片鱗

森から小屋へ戻った俺たちは食事休憩しグランバニアへ向け出発した
ここから数日かかるそうだ

「数日なんて、長時間歩いた経験は無いから足手まといになってしまうかもしれない」
「急ぐ旅でもありませんから、ゆっくり歩いていきましょう」

無事グランバニアにたどり着けるだろうか…

「今後、タカハシ殿は私の弟子という事にしますぞ
 "違う世界からやって来た"なんて話してしまうと混乱の元ですからな
 出身は…記憶を失いこの小屋で出会ったことにしましょう」
「わかりました
 弟子として頑張ります、いろいろ教えてください」
「ホッホッ 弟子を持つのは初めてだから照れますな
 早速歩きながら講座を開くとしますか」

グランバニアに着くまでの間、この世界の常識みたいなものを教わることになった
見習いとはいえ一般常識を知らないのはまずい

トルネコは最初に通貨や世界の状態、国の事を教えてくれた
通貨は単位が"ゴールド"というだけであっちの世界とほぼ変わりない
俺、無一文なんだけどこれからどうしたらいいんだ?

「お金の心配はしなくても大丈夫です」

トルネコはそう言ってくれたがやはり落ち着かない
実際の金銭で助けてもらうのはかなり気が退ける

「まぁ、商人の知識がついてくればお金も稼げますよ
 では次の話に移りますぞ」

そんなに長くこの世界にいたくないんだけど…
トルネコは気にせず話を進める

「かつてこの地には六つの国と十二の町が存在していました
 ですが50年前魔王が現れ五つの国と八つの町が魔物たちによって滅ぼされてしまった」
「なんで手っ取り早く全てを滅ぼさないんでしょうね?」
「人々の絶望や悲しみ、憎しみなどという感情が魔王の力を強大にするらしいのです
 これは魔王自身が言っていたことなので本当なのでしょう
 それを示すように見た事のない魔物や見た事の無い強力な攻撃をする魔物が増えた」

なるほど、だからある程度の人間は残しているんだな
俺が目を覚ましたあのメルキドの町も滅ぼされてしまったんだろう
しかし魔王自身から聞いたなんて本当なのか? どうやって聞いたんだ?

「魔王が今後どうしていくのかわかりません
 ですがきっと勇者が現れ魔王を打ち倒してくれると信じています
 だから皆はまだわずかな希望を持って生きているんです」
「勇者?」
「ええ
 勇者とは魔王を討ち倒し世界を救う強い人物の事です
 魔王を倒すために特別な力を持って生まれてくる、古い言い伝えです」

言い伝え?
この世界の人はそんな物を信じているのか?

「もちろん─」

信じている?

「私は… 信じていません
 ですがそう思う事で希望を持ち、魔王に力を与える事のない様にしてるんですよ
 それに、魔王を打ち倒せるほどに強い人間は必ず現れる
 我々の神ルビス様だっていつまでも黙って見ているわけがありません」
「…神なんて本当にいるんですか?」
「美しい女神だと言われていますが、実際の姿を見た者はとても少ない
 ですがルビス様はいます」

言い伝えは信じないのに神は信じるのか
まぁ宗教と似たようなもんなんだろうな
本当に神様がいるのならもうとっくに世界を助けてくれているはずだ

「魔王に名はあるんですか?」
「ゾーマです、魔王ゾーマ」



昼すぎから歩き始めたのであまり進まないうちに陽が傾き暗くなりはじめた
夜は魔物が活発に行動するという事で今日はここで野宿だ

遭遇した魔物は全てトルネコが相手をしてくれていた
長い剣を軽々と操り魔物をバサバサ斬り捨てていく様はまるで時代劇そのもの
俺にも早く経験を積んで欲しそうだったが、魔物に対しては裸同然の俺を見て諦めたらしい
グランバニアに行かないと装備を用意できないそうだ
装備が揃ったら戦わなくてはならない

戦うことについてはまだ迷っていた
殺らなきゃ殺られるのだからそんな事言っていられないのはわかるが…
まだ決意が…

「どうかしましたかな?」
「ああ、いえ なんでもないんです」
「さぁ、これだけあればいいでしょう」

そうだった
薪を集めていたんだった
ボーッとして一本しか見付けられなくてごめん

近くに木や草の無い所を見付け、少し穴を掘り薪を置く
その上に鍋を吊るす金具を用意した

「タカハシ殿の世界に魔法はありますかな?」
「魔法?! 無いですけど…」
「では今からお見せしましょう」

トルネコは静かに薪の方へ手の平を向け集中した

『ボッ』

トルネコの手の平から小さな火の玉が飛び出し薪に火を付ける

「手から火が!!」
「ホッホッ 今のは"メラ"という火の魔法です
 本来は戦いで使うんですが生活でも役立つ
 戦いの時は威力を高めたり意識を集中しやすくするため魔法名を声に出しますけどね」
「今のが… 魔法…」
「そうです
 魔法には "火" "氷" "風" "雷" "治癒" "能力上昇" の6種類ありましてな
 私は火と風、少しですが治癒魔法も使えます」

かなり動揺してしまったがここは異世界
何が起こってもいいじゃないか、おかしくなんかない

今後の旅において魔法が使えれば絶対便利だ
なんでもいいから使えるようになったほうがいいだろう
だが、この世界に人間では無い俺に使えるだろうか?

「お、俺にも使えますか?」
「……… 魔力は感じますね、使えると思いますよ」
「教えて…もらえませんか?」
「魔法を使うにはまず、高度なレベルの神官に魔力を引き出してもらう必要があります
 残念ですが私には魔力を引き出すことは出来ません、なので基礎魔法の効果を教えますよ」
「そうなんですか…」
「そうガッカリしないで下さいよ
 代わりに、タカハシ殿には剣の修行をしてもらおうと思っていますから」

魔法なら直接的じゃないからいけると思ったんだけど…
俺も剣で直接、魔物を斬る事になるんだな

「さ、夕食を作るので少し手伝ってくだされ」



『グツグツ』

鍋を火にくべ、食材が煮込むのを待つ
今夜は千切り野菜と干し肉のスープとパンだ
この肉、魔物の肉じゃまさかないよな? いや、でも魔物は倒した後消えていったし…

そんな事を考えドキドキしている間にスープが出来上がる

「うまい!」
「年々野菜の出来は悪くなっているのですが、こうして煮込んで調味料を使えばわかりませんな」
「腹に入れば同じって事ですね」
「そういう事です ホッホッ」



食事を済ませ後片付けをし、する事が無くなった俺はトルネコに剣を見せてもらった

「これはオリハルコンという特殊な金属で出来た剣でしてな
 魔法剣でも鍛え直せるフィッシュベルの鍛冶屋に、剣にするよう頼んだのです」

剣は刀身が長く、幅は6cmくらい
6cmというのは細いほうらしい

これで魔物を切り裂くのか…

「人の心の力といいますか、精神力に反応する金属で世界にこれ一つしかありません
 剣なので一つではなく一振りになりますな」
「そんな貴重な金属を剣にしたんですか」
「私は物心着いたときから旅をし、そしてこれからも旅を続けていくつもりなので
 飾っているよりこうして強い武器として使った方が良いのです」

"精神に反応する"金属
これは強い心を持っていると普通に使う以上の威力になり使う者を助けてくれる
なぜそうなるのかは全く分かっていないそうだ

「私は強い心を持っていませんが ホッホッ」

トルネコはそう言って笑ったが表情は少し寂しそうだった










●グランバニア

六日ほど歩きうっそうとした森を抜けると少し先に巨大な壁が現れた
入口であろう門の前では全身鎧で身を固めた警備兵が盾と長い槍を持ち魔物達を牽制している

「さぁ着きましたよ! ここがグランバニアです」
「やっと… ベッドで休める…」

ここまで必死でトルネコについていきた
慣れない野宿はとても辛く途中でくじけるかと思っていたが、一人になったら魔物が怖いので頑張れた

トルネコによる講習は歩いている間休むこと無く行われ道具、武具などの種類を覚えることが出来た
ここグランバニアでは実際の品物を見ながら商売をしつつ更に詳しく教えてくれるそうだ
魔法も名前と効果だけは教えてもらったが正直理解できなかった

「では入りますぞ」

門をくぐり中へ進むとそこにはスッポリ収まった町、中はかなり広い
グランバニアは高い壁に囲まれ守られていた

広い通路をなるべくキョロキョロしないように進む
建物は赤い屋根が多く壁などは白、四角い2階建てがほとんど
地面はタイルのようなものが敷き詰められ歩きやすいようになっている
広い道の両脇には店が並び、食べ物の屋台も出ていてとても賑やかだ

「まず、王と謁見しに行きましょう」
「そういえば城が見当たらない…」
「この町は過去、魔物に城だけを破壊されそれ以来周りを壁で囲むようになった
 残った城はその材料として使ってしまったので今はないんですよ」
「じゃぁ、王はどこに?」
「普通の家にいますぞ ホッホッ」

王が普通の家に?
城が無いからとは言ってもそれはないだろう
かわいそうな王様だ、もしかして人望が無いのか
まぁ多少おおげさに言っているんだろう

住宅街らしい区域に入ってきた
建物が密集し、あちこちで本物の井戸を囲みおばさん達の会議が行われている
一組の輪がこっちをみてヒソヒソ始めた

変な人が来たとか言われてるんだろうなぁ
王がこんな所にいちゃだめだよな…

「トルネコさん、こんな所に王様がいるんですか?」

トルネコは笑うばかりで何も言わない
俺は騙されてるのか?
まさかどこかおかしな所に売られてしまうんじゃ…

「お、いましたぞ」

俺の心配をよそに、トルネコが手を向ける

「…?」

手の先には警備兵が取り囲む、異様な光景のおばさん会議
その輪の中に一人だけ男性がいる

まさかあの人が王だと言うのか?
服装も至って普通だしどこにでもいるおじさんじゃ無いか、威厳のある髭も無いし…

トルネコが男性に近付き声を掛けた

「王様、こんな所で道草してはなりませんぞ?」
「道草ではない、世間話… おお、トルネコではないか!」

トルネコを見た男性が嬉しそうな顔をする

「お久しぶりです、グランバニア王」
「うむ。半年ぶりだな、元気そうで嬉しいぞ!」
「王もお変わりないようで。
 今日からまたしばらくグランバニアで商売をするのでご挨拶に伺いました」
「そうか、しっかり稼ぐと良いぞ
 また後ほど我が家へ寄ると良い、今忙しくてな」
「ええ、それでは後ほどお伺いいたします」

トルネコはこちらへ歩いてこようとしたが、俺を見て手招きし王へ話しかけた

「紹介を忘れていましたが私の弟子でタカハシと申します」
「弟子か! トルネコの弟子ならさぞかし強いのだろうな!」
「いいえ王様、タカハシはまだ戦ったことが無いのです」
「ふむ 詳しい話は今夜聞こう」
「わかりました、ではこれで…」

忘れられてたんだ、俺…

一言も喋ること無く始めての謁見は終了した
というか、今のが謁見?こんな道端で…

王は再び井戸端会議へ戻っていった
おばさん達も慣れた様子で話している

「トルネコさん、本当にあの人が王様なんですか?」
「ホッホッ 信じられないのも無理はありませんが正真正銘本物ですよ
 王は人の生活を知りたいからと普通の家に住み町へ出て国民と話をするのです
 よほど気に入ったのか、再び城を建てる気はないようですね」
「へぇ 国民思いの王様ですね」
「王が国民の話を直に聞くようになってからこの町は以前にも増して良くなりました
 この頃はあのように奥さま方との会話が目的になってしまっているようですが ホッホッ」

トルネコは王の住居の前まで連れていってくれた
中がどうなっているか分からないがちょっと広い程度の平屋建て
独身らしいし仕事用の家などが別にあるそうだから困らないのだろう
この町が元気なのはきっと一風変わった王の存在のおかげだな


住宅街の中を少し迷いながら抜け中央広場へ向かう
俺の装備を整える為、広場すぐそばの預り所に品物を受け取りにきたのだ
預り所というのは魔法の力で物を溜め込みどこからでも引き出せる店、そう教えられた
どこからでも取り出せはするのだが固定された魔方陣が必要なようで持ち歩くことは不可能だそうだ
その仕組はこの世界の誰にもわからないとも教えてくれた


「まだ戦い自体を知らないので軽いこれでいいでしょう」

トルネコは旅人の服を俺に渡した
旅人の服は旅をしても痛んだりしにくい素材で出来ている
今着ている布の服は所々ボロになっていた

「武器はこれを」
「これは… 銅の剣、でしたっけ?」
「そうです
 剣の修行をしますからね、これで慣れていきましょう」

とてもシンプルな装飾の無い剣だ
いよいよ"戦う"という事が現実味を帯びてきた
重さも結構あり、果たしてこんな代物を俺に扱えるのか疑問に思う

「似合っていますよ、銅の剣は他の剣に比べると少し重い
 でも扱い慣れれば他の剣を使った時が楽になる」

言ってる意味が分からなかったがそのうち分かるようになるんだろうな


陽も傾いてきたので宿へ戻る
今日は何もせずゆっくりし、明日南の森へ木の実を取りに行く事になった

「私はこれから王の元へ出掛けます、タカハシ殿もどうですか?」
「俺はやめておきます、町を見て回りたい」
「わかりました。私は遅くなると思うのでこれを」

トルネコは20ゴールドを俺に渡し

「これで夕食と軽くお酒でも飲んで下さい
 明日からまた暫く忙しいですからね、体力付けておいて下さい」

そう言い、出掛けていった

この歳で小遣いを貰うとは
…価値はどれくらいだろうな?

向こうの世界とは価値観が違いすぎて比べられないか
ここは宿屋が二人で8ゴールドなのに薬草も8ゴールドする世界


さて、俺も外へ出掛けよう
外は薄暗いけど町の中なら出歩いても平気だ

宿を出てまずは食堂を探す
夕方だというのに人が多く、屋台も増えている
この町の人は夕食を屋台で済ます事が多いのだろう

俺はたくさん並ぶ屋台の中で人が少ない所を探し近付いた

「いらっしゃい! なんにする?」

屋台の親父が元気良く声を掛ける

さて何にしようか… !
米料理がある!
これは炒飯ぽい食べ物か、パンばっかりだったから…

「これ、いくらですか?」
「5ゴールドだ、米は高いんだよ」

十分お金は足りる
5ゴールドの炒飯とビールみたいな泡立った5ゴールドのアルコールを頼んだ
竹製の器に入れられた炒飯とビールの入った器を受け取り、屋台前のテーブルで食べた
炒飯は野菜が少なく肉が多い、量も程良く別世界だという事を忘れるくらい旨い
ビールらしき飲物も旨いが結構強いアルコールらしく、余り飲めない俺はすっかり酔ってしまい眠くなった


「うー… 町を見て回りたかったけど無理だ…」

ブツブツ独り言を言いながらフラフラ宿へ戻りベッドへ倒れ込む

「あー いい気分だー おやすみー ……」

旨い食べ物と酒のおかげでかなり上機嫌な俺は、疲れもありそのまま眠ってしまった










●修行

翌朝、朝食を食べている時にトルネコはおかしな事を言った

「今日から、兵士宿舎に泊り込み三週間の戦闘訓練をしてきてください
 あなたの事を王に話したら提案して下さいましたよ」
「え??」
「実は王と私は古い友人でしてな
 三週間もあれば一通り戦えるようになりますし私の弟子と言うことで特別厳しくしてもらえます
 昨日までは私と旅をしながら戦えるようになってもらおうと思っていましたけどね ホッホッ」
「な…」

なんで…?

「食事を終えたら宿舎へ行きましょう
 荷物は必要ありませんからすぐ行けますね」

う…
急過ぎる…
のんびり修行するんじゃなかったのか、何より泊り込みで三週間ってのが… 本気で嫌だ…


極力ゆっくり食べたかったのだがトルネコの視線が痛いので出来ず、程無くして宿舎の入口へきてしまった

「では兵士長さん、タカハシを頼みましたぞ」
「はい! お任せ下さい!」
「ふむ、では私はこれで…
 タカハシ殿、三週間後お会いしましょう」
「え、あ、はい…」

トルネコが離れていく
ああ、本当に… これこそ夢であってほしい…

「タカハシと言ったな
 俺は兵士長のピピンだ、ついてこい」

ピピンに連れられ何やら薄暗い場所にきた

「お前の部屋はここだ」
「ここってもしかして…?」
「そうだ、牢屋だ
 今は誰も使っていないし宿舎は空き部屋を作る暇が無くてな
 寝るだけだから問題ないだろう、後で迎えにくる」

ピピンが牢屋から出て扉を閉める

まさか牢屋に寝泊まりすることになるとは、な
鉄格子じゃないだけまだマシか…

手ぶらで来た俺は特にすることもなく床に座る

ふぅ
これから三週間、どこまで出来るようになるのか
そして… 修行が終わったら俺も魔物を─ 倒すんだ

『ガチャ』

「タカハシ、ついてこい
 すぐ訓練を始めるぞ」
「す、すぐ?」
「当り前だ、三週間しか無いんだ
 それまでにお前を一人前に仕上げる、さぁ」

三週間で一人前って、無茶にも程がある
辛い修行になるんだろうな…

俺はピピンについて、訓練場に入った

「ここで剣術を学んでもらう
 ……しかしお前は細すぎるな、どうやって今まで旅してきたのだ」
「はぁ、なんとかやってきました…」
「剣を振り回しているうちに鍛えられるだろう、これを持て」

ピピンが剣を俺に渡す
銅の剣より重たいが刃がちょっと丸くなっている

「訓練用の剣だ、斬れないように刃がダミーになっている」

…死ぬことはなさそうだな

「基本的に剣は叩きつけ相手を裂く物だ
 相手を斬る事を前提にしているのはカタナと呼ばれるものだが職人が居なくなり使われていない
 それと、斬れない刃だと思って油断すると死ぬぞ」
「訓練だから、それは… ないですよね?」

「ぬるいやつだ…」

『ドスッ!』

ピピンが剣を構え俺に一撃を喰らわす

「ううぅぅ……!」
「楽な特訓だと思っていたようだが今ので眼は醒めただろう
 甘い考えは今すぐ捨てて構えろ」

うぅ… 腹が…
それに構えろったって、何も分からない…

「俺の構えを見て真似しろ、基本動作を一週間で叩き込んでやる」

ピピンの構えを真似し剣を構える
それに対して激が飛び、構え直す
構えが出来たらそのまま攻撃や防御の動作を繰り返す
疲れて腕や身体が動かなくなっても無理矢理続けさせられる

俺は何度か倒れ気を失ったがその度水を掛けられ起こされる
部屋へ戻ったのは陽が落ちかなり経ってからだ

「今日は終わりだ
 しっかりメシを喰ってから寝ろ、明日も早いぞ」

食事抜きで特訓させられた
正直疲れすぎて腹も減らないし何も食べたくない
だが今食べておかないと明日持たない

しばらくして山盛りの食事が運ばれてきた

「飯だ、残したら罰が待っているぞ」
「はぁ……」

残したら罰って、そんな山盛り普段でも…

俺は吐きそうになりながらも時間を掛け完食した
身体はもう動かない

「うぅぅ… なんでこんな目に…」

これから送る毎日に絶望しつつ、そのまま湯も浴びず眠った



次の日からも同じ事の繰り返しで持たないと思っていたが、七日目には楽になり笑顔で終えることが出来た

「筋肉や身体の成長を促進させる食事メニューだからな!
 ……それにしてもお前は成長が早すぎる 今までが軟弱だったからだろう!」

ピピンはそう言っていたが自分でも驚く程身体は鍛え上げられている
恐ろしい食事だ

外がまだ薄暗い、明日からは実戦だと言われた
早く終わったなら町を見たかったが外へは出してもらえない
やることもないので早めに食事を済ませ湯を浴びベッドに転がった

…最初の三日は死ぬかと思ったけどそれから急に楽になったな
人間の身体は不思議だ…

明日からの実戦訓練って、どんな訓練だろう
ピピンと戦うのか?
それとも別の兵士が相手なのか…
実戦というくらいだから魔物相手かもしれないな
たぶん相当厳しいのだろう、だから今日は早く終わったんだ

得体の知れない明日に備え俺は眠った…



「今日から俺が実際に相手をする 手加減はしない、覚悟は良いな」
「でも、俺はまだ構えや剣を振ったりしか出来ませんよ
 それでどうやって戦うんですか…」
「それだけ出来れば十分だ
 一つアドバイスするなら相手の動きを良く見、次の動きを予想するんだ
 予想出来た時点で自分の動きがおのずと決定する
 訓練で散々やった攻撃と防御の動作を思い出せ!」

無茶を言ってくれる
振るだけしか出来ないのにどうすればいいんだ
しかも相手は兵士長、素人が敵う相手じゃない

「安心しろ、ちゃんと回復魔法の使い手も待機してくれている」

余計に危険な気がするんだが…

「構えろ!いくぞ!」

『ガキィン!』

ピピンの不意をついた攻撃に反応しなんとか受け止める

「ほう、いい動きだ!」

ピピンがバックステップで距離を置く

くそ、遠慮しないってんなら俺だって!

『ヒュ!』

振った剣が虚しい音をたてる
構わずピピンへ刃先を向け再度剣を振った

『ギィン! カァン!』

「ふむ、お前はセンスがある…」

ピピンは少し嬉しそうに言った

「トルネコ殿が私に任せてくれたのも納得がいく
 よし、どんどん来い!」
「は、はい!」


どうやら俺はセンスがあるらしい
その後も食事休憩を挟み続けていく

「よし、いいぞ
 お前は相手の動きを予測する才能があるようだ
 残り二週間、その才能を伸ばすぞ!」

なんの才能だか俺には分からないが、俺は自分に出来ることを必死にやるだけだ
この日は俺が攻撃をしピピンが守るというスタイルで終わった



次の日からの訓練は地獄だった
ピピンは容赦なく攻撃を俺の身体に当ててくる
俺は避けるのに必死だがそれでも時々攻撃をした
もちろん当たるわけがなくあっさりかわされ反撃を喰らう
その度ホイミやベホイミ、時にはベホマをもらう

「お前は相手に対して攻撃するとき迷いが出来るな
 だから攻撃する瞬間が手に取るようにわかるんだよ
 才能があるのにもったいないぞ!」
「ハァハァ… ど、どうすれば?」
「躊躇いを無くせ、相手を本気で倒す気力を出せ」
「…そのつもりでやってるんですが…」
「いいや、お前は甘い
 今のままでは魔物と対峙した時心を読まれ殺される」

トルネコも、甘い考えは命取りだと言っていた…
迷いか…

「今からお前の甘さを消してやる…」

ピピンが少し離れ剣を振る

『ゴゥゥゥゥ!』

「…!?」

突然風が、風の刃が俺の身体を細かく斬り裂いていく

「今のは真空波という剣技だ…
 俺はお前を殺すつもりで攻撃する、死にたくなくば俺を倒せ!」
「ちょ…!」

『ゴォウゥウ!』

剣を盾にするが全く効果が無い
俺は再び斬り刻まれてしまった

くそ、こんなのありかよ…!

『ザッ』

俺はダッシュしピピンとの間合いを詰める

『ドスッ ガッ!』

「う…ゴホ…!」

ピピンの攻撃が腹と腕に決まり前屈みで距離を置き直す

「間合いを詰めるときも相手を見ていないとダメだ!」

『ゴウゥゥゥ!』

また、真空波!
俺は横っ跳びでかわす

『バキッ!』

「がっ…!」

風の刃に隠れて移動していたピピンに顔を蹴られてしまう
驚いたのと痛さで思わず尻餅をつく

そこへピピンが容赦なく剣を打ち込んでくる

『ガキ! ガッ! ギィン! ドス! ドゴ!』

最初は剣で受けていたのが徐々に身体に当たり始める

「早く反撃しないと死ぬぞ! ハッ!」

『ゴウウウ!』

「ぐあ!!」

『ドスンッ!』

とどめに至近距離で真空波を喰らいふっ飛ぶ

剣での攻撃を捌ききれずかなり受けてしまい動けない
それに加え真空波での深い傷
回復しようと兵士が近付くがピピンがそれを止めた

「回復はいらん」
「しかし、このままでは本当に死んでしまいます!」
「俺が責任を取る! 余計な手出しはするな!!」
「しかし……」

兵士はピピンの勢いに負け下がってしまう

「…! よし、ここで立たなかったらひどく失望していたぞ」

俺はなんとか立ち上り剣を構える
しかしほとんど力が入らない

『ゴォォウゥゥ!』

真空波だ

「ぐあああ…!」

避けきれず喰らってしまい膝から崩れる

「倒すなんて無理だ…!」

身体はもう限界だった
だがピピンは攻撃の手を緩めようとはしない

殺すつもりなのか…
だけどこのまま倒れて終わるのは悔しい
せめて一撃、かするだけでもいいから当てたい…

『ゴォォォゥ!』

また…!
このままやられてしまうのか、このまま何も出来ずに…!

動きたいが足が言うことを聞かない為移動は出来そうにない

こうなったらヤケだ!
風だけでも斬ってみせる!!

俺は最後の力を振り絞り剣を上段から風の刃に向け振り降ろした

『ゴオオッ! ズサッ!』

「な…!!」

『ドサッ』

ど、どうなったんだ?
なんで攻撃がこないんだ…?

俺は最後の一刀で倒れてしまい動けなくなった
ピピンを見ると驚いた表情で座り込んでいる

「まさかお前が俺より大きな真空波を出してくるとはな…
 よし、ベホマをかけろ!」

ベホマを掛けてもらい、俺は立ち上がった

「何が起こったんです?」
「お前が本気になればランクが上の相手に傷を負わせる事が出来ると言うことだ
 今の必死さを忘れるじゃないぞ!」

俺がピピンより大きな真空波を?
…どうやったかは覚えていないけど一太刀浴びせることが出来たのか

「少し休憩して再開だ」
「まだやるんですか…?」
「当り前だ! 今の感覚を忘れない内に続けるぞ!
 トルネコ殿にもかなり厳しくするように言われている」

トルネコさん… ここは… 地獄です…



それからあっと言う間に二週間が過ぎ訓練は終わった
二日目以降、ピピンは無茶をしなくなりしっかりと剣術を叩き込んでくれた
最後の一週間になるといい勝負になり、時々勝つことすらあった

「お前はどうも普通の人間とは違う
 強くなる早さが異常だ、悔しいがすぐに俺は抜かされてしまうだろうな」

ピピンはグランバニアの中級兵士長で強さもそこそこらしい
俺は異常なのか?

「だが上級兵士達にはさすがに敵わないぞ
 彼らはエリートで五人しか居ない
 魔物が大群で襲ってきたとしても一人で退治できる程の強さなのだ
 この世界でも彼らに敵う人間は限られるだろう
 そしてそのエリートをも越えるのがトルネコ殿だ」

訓練で見ることはなかったがエリートか、きっと嫌な感じなんだろうな…
トルネコもやっぱり強いんだな、商人なのになんでだろ


「訓練は終わりだ、トルネコ殿について強く立派な商人になれよ!」
「世話になりました…」

まるで刑務所から出処するような面持ちで外へ出る

「おお…」

外は夕焼け色に染まり、その光景は思わず声を出す程美しい

「やっと… 自由なんだ…… ぅぅ…」

三週間ぶりに見る空に、俺はすっかり感動してしまった










●実際

「お、随分雰囲気が変わりましたね
 精悍な顔つきになって… おかえりなさい」

宿へ戻るとトルネコが待っていてくれた

「疲れましたよ! 生きて帰れて感動するくらいです!」
「ホッホッ まぁそう言わずに… 今のあなたなら魔物に負けることはないでしょう
 この世界でも十分生きていけます」

あ
そうだ、俺はこの世界で生きる為に修行したんだよな

「…ありがとう、トルネコさん」
「ホッホッ どういたしまして」

ここまで世話をしてくれたトルネコさんの為にも頑張っていかなきゃ
まぁ、修行はちょっときつすぎだったけど…

「タカハシ殿、これは私からの贈り物です」

トルネコが一振りの剣を俺に渡した

「それは雷鳴の剣といいましてな
 使う者の魔力に同調し雷の力が宿る魔法剣です」

鋭い刀身が淡い青に包まれた不思議な雰囲気の剣だ

「え、そんな良い物受け取れませんよ」
「今後、今より厳しい地への旅になりますし始めから良い武器防具を扱った方が上達すると思うのです
 ですから、使ってください」
「しかし…」
「それからこれも」

更に魔法の鎧と鉄兜を俺に渡す

「遠慮とかそういうのはなしですよ
 この装備でこれからの旅を乗り切っていきましょう」
「…ありがとうございます」
「あれだけの訓練をこなしたんです、しっかり使いこなせますよ」

訓練を見てたのか…

俺は早速装備してみる
雷鳴の剣は訓練用の剣よりずっと軽く、扱いやすそうだ
魔法の鎧も軽く、動きやすい
鉄兜はちょっとかっこ悪かったが命を守る防具なのでそんな事言ってられない

「似合ってますな」
「これだけで強くなった気がする」
「無くても十分強くなってます ホッホッ
 魔力が備われば雷鳴の剣は更にあなたを助けてくれますぞ」


俺が訓練している間トルネコは他の地で集めた薬や食品、道具などを売り
品物が無くなったら今度はグランバニア地方の薬等を集め、残りは武具売買していたそうだ
薬や武具など集めた品物は預り所のある別の町でも売られる
一般の人は戦えないから貴重な薬なんかはトルネコ頼りになるわけか…

「それってトルネコさんが独占してるって事?」
「いえいえ
 私の他にも旅の商人は大勢いますからね
 それに私の場合薬や食品などはほとんど捨て値で赤字です
 何で稼ぐかというと武具の売買ですな、これは相手がプロやコレクターなので多少高くても売れる
 しかも珍しい武具を入手出来るチャンスでもあるのです」
「へぇ 珍しい武具ですか」
「ええ、でも珍しい物を買い取る値段が売上げを遥かに上回ることも少なくありません
 あまり儲けにこだわってないからいいですけどね ホッホッ」

トルネコの話は面白い
ずっと聞いていたいが明日グランバニアを発つ事になっているので早々に眠った





次の日、相変わらず井戸端会議で忙しそうな王に挨拶しグランバニアを出発した
ライフコッドという山奥にある村へ行くそうだ

「山の村ライフコッドは人間が住む場所で最も魔王の城に近い村です」
「そんな所に人が…」
「お年寄が多いので避難も出来ないのです
 私やグランバニア王も町へ降りるよう何度も勧めたんですが…」


山の麓まで何事もなく無事に到着できた
途中の魔物は全て俺が相手をしたがスライムしか出なかったので楽勝だ
魔物相手の実戦を初経験したが臆すること無く倒すことが出来た

「さぁ、ここから山登りになります
 しかも魔物が急に強くなるので注意して進みましょう」

強い魔物か
俺は緊張しながら山へ入っていった

「この山道はどれくらい続くんですか?」
「たぶん、一週間程でしょうか」

一週間も…

『ガサッ』

「!」

道の先の草が揺れる
俺は荷物を降ろし剣を構えた

「グオォォオ…」

巨大なマントヒヒらしき生き物に道を塞がれる

「早速きましたな あれはマンドリルという力だけの魔物です、頼みましたぞ」
「え? 俺一人でですか?!」
「もちろんですよ
 その為に修行してもらいましたから、年寄りに無理させたらダメですぞ ホッホッ」

よし、この為に特訓したんだ
戦う事にもう躊躇いは無い

「ハッ!」

先手必勝、マンドリルめがけ剣を振り降ろす

『ガシン!』

「うわ…!」

なんという力だ、素手で剣の横っ面を叩かれ弾かれた

『ブンッ!』

マンドリルの反撃を余裕でかわす

「俺は避けるのはうまいんだ!」

続けてマンドリルの肩に向け剣を振る

『ドシュッ!』

「グオオオオオォオォ!」

もがくマンドリル
動きは鈍く、狙った部位を正確に斬ることができ
肩から大量の血が流れ出す

「う…!」

血が… あんなに吹き出して…

俺は始めてみる大量の出血に怖じ気づいてしまう
スライムは 血を流すことはなかった

「だめです! とどめを!」
「ウガァァ!」

『ゴスッ!』

「ぐ…ゴホッ…!」

トルネコの叫びも虚しくマンドリルの攻撃を油断した腹に喰らってしまう

くそ、魔法の鎧がなければただじゃ済まなかった…

「この…!」

"死"という言葉を振り払うように雷鳴の剣を叩きつける

『ズバッッ!』

「ガァ…ァ……」

マンドリルは肩から腹に掛け斬り裂かれ起き上がることは無かった



「あなたは十分強くなっています
 そこらへんの魔物に負けることは決してないでしょう
 ただ、それはさっきのように怖じ気づかなければの話ですよ」
「…」

スライムは余りに現実離れした存在だったから倒してもそんなに実感がなかった
でもこのマンドリルは俺と同じ赤い血を大量に流した、俺の攻撃でだ
手に肉を切り裂いた時の感触が残っている
急に実感が湧いてきてしまい油断した…

「確かに魔物も同じ生き物
 ですが今、攻撃を受けてわかったでしょうが躊躇いがあればどんな魔物相手でも心を読みスキを突いてくる」

トルネコの言う通りだ
このままうじうじしていては本当に死んでしまう

「はい、もう大丈夫です
 …俺は生きて元の世界へ帰る、生きて、戻る」

口に出すことで心に深く刻み剣を身体の前へ構える
俺はこの剣で魔物を倒す
生きるために、生きて帰るために死ぬわけにはいかない



「まともな相手での始めての戦い、良い動きでしたよ
 タカハシ殿は成長がとても早い、私もすぐに追い抜かれてしまうでしょうな ホッホッ」

そうだ、俺は修行して強くなった
心だけだ、心をしっかり持とう










●創造の神ルビス

「夜の山道は危険です、早めに寝床を確保しましょう」

陽が傾きは始めた所でトルネコが言った
俺はうなずき野営の準備をする

「始めの戦いの後、更に動きが良くなっていました
 迷いは動きを鈍らせる、忘れないでください」
「…トルネコさんはどうしてそんなに強いんですか?」

トルネコの戦いぶりは神技としか思えなかった
ほとんど身体を動かす事無く魔物を倒すのだ

「私は─ 物心着いたときから旅をしていましたから
 最初はタカハシ殿と同じ、魔物相手に戦うことに躊躇っていました」
「トルネコさんでもそうなんですか…」
「ホッホッ 好きで殺生をする人なんていませんよ
 ですがやはり、魔物は私たちを殺します」
「その躊躇いはどうやって消せたんですか? 何かきっかけが?」

山に入って最初の戦いから他にもキメラやオーク、オークキングなどを相手に戦い勝利したが
まだ完全にはふっ切れてはいなかった

「戦い自体はもう数十年の経験がありますが… そうですね 
 守るべき人が出来ると変わる、とだけ答えておきましょう ホッホッ」
「守るべき人…? あ、もしかして?」
「ま、まぁ、いいじゃないですか」
「トルネコさーん、そうなんだ」

トルネコは顔を真っ赤にしメラで火を起こす

「恋人を置いて旅をするっていうのも辛いですね、結婚とかしないんですか?」
「いえ、まぁ… いいじゃないですか! さ、さぁ食事にしますよ ホッホッ」

珍しくトルネコが動揺している
もしかしてうまくいってないのか?
これ以上深く聞けない雰囲気になったな…



『パチ… パチ…』

焚き火の炎が薪を乾燥させ音を立てる
トルネコが先に寝て俺は見張に立っていた


守る人の為に強くなった、か
俺には元の世界へ戻るって言う目的がある

……戻る、どこに?


静かに燃える炎を見つめ少し考える


日本だ、日本の俺の部屋だ
どうも最近向こうの世界を忘れそうになる
この世界に来てずっと忙しく動いてきたからかな





『タカハシ…』

「ん?!」

『タカハシ、聞こえますか?』

「だ、誰だ?」

突然女性の声が頭の中に響く

…周りの様子がおかしい
身体も白い靄がかかった空間に浮かんでいる

「なんだ…? トルネコさんは?!」

『ようやく見付けました、私はルビス… この世界を創り守る神…』

「ルビス? 神だって? 知らない…!」

『…あなたをこの世界へ連れてきたのは私です』

「え…?!」

『あなたがもっと強くなった時、詳しくお話します
 今はまだ、その時ではありません』

「まっ、待ってくれ! なんで俺を?」

『今は話せません、これ以上は魔王に感知されてしまう
 私と夢で話をした事は他言無用です、強くなって下さいタカハシ…』

「まってくれ、頼む!!」





「タカハシ殿!?」
「…! ト、トルネコさん…」
「どうしたんです? ひどくうなされていましたが…」

う… 寝てしまった…か…

「い、いえなんでもないです 魔物にかじられる夢をみたもので…」
「それなら良いのですが、驚きましたよ ホッホッ」
「あ、それより見張りの時に寝てすみません…」
「気にしないで下さい、元々一人旅の時でも夜はあまり眠りませんでしたから」

俺をこの世界へ連れてきたと言っていたが…
なんの目的で、なんで俺を?

そういえばトルネコが我々の神ルビス様って言ってたっけ…
本当に存在、したのか…

「タカハシ殿、今夜は私が見張りますから眠っていても良いですぞ」
「いえ、そうはいかないですよ」
「私はもう十分に寝ましたから、構いませんよ」
「じゃあ、俺も起きてますよ 変な夢のせいで眠れそうに無いんです」





三日目の夜、俺は先に寝かせてもらっていた


『キィン!』

「…を…せ!」

『ガキィン!』

「…ルビス……!」
「…知らぬ!」


…なんだ?!
俺は起き上がり警戒しながら音と声のする方へ歩いていく

「隠すと為にならんぞ!」

『ガキィ! キィィン!』

トルネコと… 鎧の魔物が戦っている!

「魔王様がここから気配を感じとったと言われたのだ!
 お前がルビスの使いか?!」
「私はただの商人だ、ルビスの使いなど知らぬ!」

ルビス? ルビスだって?!
俺は夢で話をした… だから魔物がきたのか?!

「む、おまえの後ろの若僧は… なんだ弱っちいな、やはりお前が使いだな!」
「知らぬ! バギマ!」

『ゴオオオゥ!』

風の刃が鎧の魔物を襲う
が、鎧は全くダメージを受けていない

「クックックッ! そんな呪文効かん! ルーラ!」

鎧の身体が飛ぶように消える

「く、逃げられてしまったわい…」
「トルネコさん! 大丈夫ですか?!」
「ああ、私は大丈夫です」
「今の魔物… ルビスの使いとか言ってましたが…」
「…心配はいりませんよ、大丈夫」

ルビスの使い…
俺の命を狙ってきたのだろうか?
だけど、ルビスなんてつい先日、夢の中で声を聞いたばかりだ

俺は不安気な表情で焚き火を見つめる
トルネコもかなり難い表情をしたまま、何も話すことは無かった










●ライフコッド

山の中腹、のどかな村が俺たちを迎えてくれた
爽やかな風が気持ちのいい、とても平和な村に見える

「お、これはトルネコ殿!」
「テリー殿、久しぶりですな」
「ええ、本当に! 後ろの方は?」
「私の弟子でタカハシと言います まだ修行中なのでテリー殿にいろいろ世話になりますぞ」

トルネコが俺を前へ押す

「タカハシといいます、よろしく」
「俺はテリー、グランバニア上級兵士の一人だ よろしく頼む」

テリーは身軽そうな青い鮮やかな服装で剣を腰に差している
たぶん俺と同じくらいの年齢だろう、それで上級兵士とは…

「これから村の見回りがありますので、また後ほど… !!」

テリーはそう言い歩きだそうとしていたのだが突然俺を見て言葉を詰まらせる

「タ、タカハシ殿… それ、それは… もしや雷鳴の剣では…?」
「え? ええ、そうですけど…」

どうやら雷鳴の剣に用事があるらしい

「すまないが、少しでいいから… 見せてもらえないか?」
「え…」

目が、ものすごく恐いのでトルネコへ助けを求める
気付いたトルネコはすかさず間に入り込んできた

「今から村長へ挨拶をしに行ってきます
 テリー殿、また後ほど…」
「あ も、申し訳ない… それではまた後ほど」

トルネコに救出され歩きだす
が、テリーの視線が剣に注がれているのが気配だけでわかる

「テリーさん、剣を見た途端変わりましたが…?」
「彼は剣を集めるのが好きなのです
 雷鳴の剣が余程気に入ったのでしょうねぇ ホッホッ」

剣マニアか、まったく恐い人だ



「おお、トルネコ殿 おひさしぶりですじゃ!」

村の村長らしい爺さんが元気に声を上げた

「おひさしぶりですね、村長
 お元気でしたか?」
「元気じゃよ! もうネネには会ったかね?」
「え?! いえ、ま、まだです…」
「そうかそうか お前さんが来るのをずっと待っておったよ、早く行ってあげなさい」

トルネコが恥ずかしそうに俺を気にしている
ネネっていう人がトルネコの恋人なんだろう、態度でわかる

「あ、ところで私にも弟子ができまして」
「お? 後ろの若者がそうか! 名はなんという?」
「タカハシといいます」
「タカハシ! トルネコ殿の弟子になれるなんて幸運じゃ、修行に励むのじゃよ!」

トルネコはどこにいっても慕われているな
なんだかうらやましい

それから軽く立ち話をして村長の家から宿屋へ向かう

「ふぅー…」

宿屋前で呼吸を整えトルネコは扉を開けた

「いらっしゃいませ… トルネコさん!」
「あ、ああ ネネ…さん、またしばらく世話になる、なりますよ」
「私はいつまででも、いてもらって良いのですよ……」

うお!?
いきなりこんな場面になってしまうとは…
こっちが恥ずかしい…

「う、あ! 私の弟子でタカハシと言います!」
「人がいたなんて…! お恥ずかしい所を見せてしまいましたわ…」

トルネコが妙に高いテンションで俺を紹介する
それとは逆に眼中に入れてもらえていなかった俺は少し低いテンションで挨拶した

「じゃ、じゃあ また後で…」
「ええ、ごゆっくり…」



「トルネコさん! きれいな方じゃないですか!」
「いえ… お恥ずかしい…」

荷物を降ろしトルネコに話しかける

「でも、旅で離れるのは辛いでしょう?」
「ええ、でも商売ですから仕方ないのですよ」
「そういうものですか? うーん…例えば結婚するとか…」
「そうですなぁ ホッホッ」

どうもこの手の話はニガテみたいだな
ネネだってトルネコに好意があるのは明らかだ

「じゃあ、今回いる間に結婚しちゃうとか!」
「え?! ははは…」

う、トルネコの顔が曇る
怒らせてしまったか、さすがに言いすぎた…

「…すみません、トルネコさんずっと一人旅だって言ってたし
 きっかけになればなぁって思って言いすぎました…」
「いえ、そうじゃないんです
 ただ… 彼女とはもう十二年の付き合いですが…
 私はそういう、私個人の幸せを求めてはいけない理由があるんです」
「え?」
「今は理由を、まだ言えません
 いつかお話します、だからその時までは… 聞かないでください」

いつもやさしいトルネコが、後ろ姿だけで深い悲しみやくやしさ
そういった気持ちを抱いている事がわかってしまう雰囲気に包まれている

「……話は変わりますが、この町でも商売するのですか?」
「いえ、この町では頼まれた薬を配るだけですよ
 この村での目的は、一度気持ちをからっぽにする事なのです」
「じゃあ、この村にいる間はずっとネネさんと一緒にいてくださいよ
 俺はテリーさんと特訓しようと思ってるんです」
「…お心遣い、感謝しますよ」

トルネコには俺がわかりようもない特別な悲しみがあるようだ
そういう悲しみは多くの人が持っていて時々他人に触れてもらわないと苦しみに飲まれそうになる
だけど今は触れる時ではないように見える、これ以上はやめよう


その晩、俺はいつもより多めの酒を飲んだ

「休みだ! 飲むぞー!」

休みというよりはする事が無いだけだ
勢いよく飲み始めたがわずか十分後には、床で枕を抱いていた










●剣士テリー

「タカハシ殿! タカハシ殿!」

うーん…?

「はい…?」
「テリーです! 今日は外へ出ないのですかな?」

これが二日酔いというやつか、頭はガンガンし酒はまだ残っている
いつの間にかベッドで寝ていたが、トルネコが運んでくれたのだろう

「う… たぶん、出ません…」
「そ、そうか! 頼みがあるのだが聞いてもらえないだろうか…」
「…なんです、か?」
「その… 私の稲妻の剣とその雷鳴の剣を、寝ているだけでいいから交換してほしいのだ!」

寝ている間だけ、か
まぁそれならいいかな…

「いいですよ、でも俺が寝ている間だけですよ」
「そうか!! 感謝する!! ではまた!!」

テリーは嬉しそうに雷鳴の剣を腰に下げ部屋を出ていった

「…そんなに、触りたかったのか テリーさん……」

俺は再び眠りに着いた…



「タカハシ殿! タカハシ殿!」

この声は…

「なんでしょう…?」
「テリーだ! 今日もお借りしていいかな?!」

この人、村にいる間毎日くるんじゃ…… ん?!

「え?! 今日も、ですか??」
「あ… いえ、毎日はさすがにまずいですよね、ははは……」
「い、いえ そうじゃなくて、俺は昨日一日寝てたって事ですか?」
「寝ていたが…?」

やっちまった…
コップ二杯でこの有り様だ…
せっかくの休みが!

「タカハシ殿?」
「あ 剣は良いですよ、交換」
「おお! では…」
「代わりに… 稽古つけてもらえませんか?」
「そんな事か! よし、早速!」
「ちょ! 風呂入っていきますから、どこかで待っててもらっていいですか」
「そうか、なら町の入口で待っているよ」
「では、後で」

せっかちな人だ
それに雷鳴の剣で頭が一杯なんだろうな、言葉遣いが変だ


俺は湯を浴び装備を身につけ宿を出た

のんびり歩いて入口へ向かう
絵に描いたような田舎そのままの景色
風車が回るその様子は平和世界の象徴にも見える
実際は平和なんかではないけど、この村は違う気がした

トルネコは…
村の外れでネネと楽しそうに会話してる
こうやって旅の疲れを落とすんだろうな



村の入口へ着くとテリーが雷鳴の剣片手に待っていた

「来たか、稲妻の剣はこれだ」

稲妻の剣は刀身がやや白い光に包まれている
これもやはり魔法剣なんだろう

「まず手並を拝見したいのだが、少し町から離れよう」

町から離れ魔物を探す
ここらへんはテリーが退治するので魔物が少ないそうだ



「お、いたぞ
 ヤツ相手にいつも通り戦ってみてくれ」

テリーの指さす方向には二足歩行する虎みたいな魔物がいる

「ダークリカントだ、危険そうだったら加勢する」
「わかりました」

稲妻の剣を構えダークリカントに近付く

「グガオォウ…」

見るからに素早そうに見える
あの大きな爪には注意しなくてはならない

『ザッ』

先制攻撃だ─
間合いを詰め振りを小さく素早い太刀筋で斬り付ける

『ヒュン』

やはり素早い
間髪入れずダークリカントが爪で反撃してくる

『ドシュッ!』

素早いが追えない相手じゃない、避けながら剣を喉元へ突き刺す

「グオオオウウゥウ!」

苦しそうにまた爪で攻撃してくる

『ガシュッッ』

ダークリカントの横っ腹を剣が通り抜ける

「ガアアアァァ……」


「うむ、避けながらの攻撃、見事だ
 このまま実戦経験を積んで行くだけでもかなり強くなるぞ」
「俺はまだ経験がほとんどなくて… そう言ってもらえると嬉しいです」
「なに! それでこの腕前か… かなり見込みがあるな!」

経験を積んでいけばもっと強くなれる…
俺はルビスの言った"強くなれ"という言葉が気になっていた



「そういえばテリーさんはどうして雷鳴の剣に拘るんですか?」
「こ、これか! 俺は雷魔法が好きなんだ
 ライデインとギガデインを使える」
「なるほど、でもそれなら別に稲妻の剣でもいいんじゃないですか?」
「……これを見てくれ」

テリーはそう言い雷鳴の剣を構え集中する

『ズガガガッッ!』

雷鳴の剣から大きな雷が…!

「ライデインと同じ雷だ
 稲妻の剣を渡してくれ」

稲妻の剣を渡す
さっきと同じようにテリーが集中する

『ズバ!』

「あれ?? 風の…魔法?」
「そう、バギなんだよ… 稲妻の剣なのにな…」
「なるほど… それで雷鳴の剣を…」

テリーはすこし項垂れ話す

「ああ… 稲妻と言うからには強力な雷効果を期待したんだがな
 入手するまでかなり苦労… した、のに…」
「この町に俺がいる間はお貸ししますから… そんなに悲しい顔しないでくださいよ!」
「恩にきる、その代わり俺が教えられることは全て教える!」

全部、ときたか
この人はせっかちで豪快な性格なんだな

「魔法─ は無理ですよね?」
「む、すまん、魔法は無理だ
 イシスにいる神官に魔力を引き出してもらわないといけないからな」
「イシス、ですか」

トルネコに頼んでイシスへ連れていってもらおう
俺が元の世界へ戻るには強くなるのが早道のようだから

「ところでな、この雷鳴の剣と出会ってから夢に緑色のドラゴンが出てくるようになったんだ
 何か知らないか?」
「うーん、俺は知りませんね」
「少し気になるが… まぁ俺はこの剣さえあれば何も要らない!」
「俺が町にいる間だけですけどね…」
「わ、わかっている! ああ、それから敬語で話すのは止めてくれないか?
 同世代の人間にそんな話し方されると背中がこう、痒くなる」
「え、でも─」
「頼む、呼ぶときもテリーと呼んでくれ」
「わ、わかった、テリー」
「よし!」

なんだかこの人は付き合いやすいな
さっぱりしているというか、おもしろい人だ

「じゃあ、俺は町へ戻ります」
「ん? なんだ、もういいのか?」
「また明日、いろいろ教えて下さい」
「構わんぞ! それから言葉、頼むよ」
「あ、ああ じゃあ、又明日なテリー!」



雷鳴の剣を腰に満足気なテリーを残し俺は町の宿へ戻った
戻ったはいいがする事が無い
再び町へ出て道具屋や武器・防具屋を見て回った

この村は小さいので、見て回るといっても殆んど時間は潰せない
爺さん婆さんも村の入口広場で椅子に座り、ほとんど動く事なく過ごしている

俺は山の下を見下ろせる場所を見付け、物思いに耽った
天界から下界を見る、そんな気持ちになってしまう程見晴らしが良い


この世界に来て初めて自由にのんびり行動したかもしれないな
急にこの世界へ放り出され、でもトルネコに拾われ面倒を見てもらいここまで来た

このライフコッドは不思議な気持ちになる…
なぜか懐かしく、なぜか心が緩んでしまう…
トルネコもそう感じたからこの村でリフレッシュするんだろう
…ネネに会いにくるっていうのが一番の目的なんだろうけど


俺は元の世界へ戻る
でも最近、その事をあまり考えなくなっている
なぜか… なぜかはわからないが向こうの世界の事をあまり思い出せない
前はもっと自分の暮らしを思い出せたと、思う
だから最近は恐ろしいから─ 考えないようにしている

この世界で時間が経つにつれ俺は、確実にこの世界と馴染んでいく
それがとても恐い いや、恐いのか?
感情がうまく表せないのだが最近、心の奥底に得体の知れない何かが眠っている気がする

…あのルビスとかいう声
強くなれば姿を見せると言った
ルビスが何らかの鍵を握っていることは明白だ

「あの声に、まずは会おう…」

下に見える小さなグランバニアを見ながらそう呟いた










●勇者

ライフコッドへ来て四日、トルネコはネネと毎日過ごし俺はテリーと稽古や他愛の無い話をして過ごした
美しい山奥でピクニックしている気分だ …相手はテリーだが


なぜテリーのような上級兵士がこんな田舎村にいるのか疑問だった

「村人はほとんど年配で魔物を退治する力が無い
 それでグランバニアは俺を派遣している」

という事なんだそうだ
上級とはいえ、仕えるのは大変なんだな

「グランバニア周辺よりここらへんの方が魔物が多く強い
 俺は戦えればそれでいいんだ」

なるほど
戦闘バカという事か
話によるとミレーユという姉がいて、その姉もテリーと同じ上級兵士で攻撃魔法専門らしい
姉弟揃って戦闘のプロ、喧嘩は恐ろしいだろうな…



「タカハシ、お前には剣術センスがある」
「そうかな? 自分じゃわからないよ」
「俺が言うんだから間違いない
 イシスで魔力を引き出してもらえば更に強くなり俺やトルネコ殿などすぐ越えてしまうだろう」
「はは、それはないんじゃないかな」

俺はそんなに強くない
確かに、この短い期間で戦えるようになった
周りがすごいと大袈裟に言うだけで、それはたぶん誰でも一緒なんじゃないだろうか
元々貧弱だったわけだし

「所で、どうしてお前はそこまで強くなろうと思うんだ?
 商人なら旅出来る位の強さで十分じゃないか」
「うーん、実は…」

俺は夢でルビスから強くなれと言われたことを話した
もちろん別世界から来たとは言っていない

「ふぅん、ルビス様がなぁ
 一般人のお前の夢にでてくるなんて、何かよくない事が起こる前触れかな」
「テリー、恐いこと言わないでくれよ…」
「ははっ! なんだ怖じ気づいたのか!」

こんなにのんびりとした時間が流れているのに魔王がいるなん信じられ─

「うわぁぁ!!」
「魔物だ!!」

村の方から叫び声が聞こえる

「なんだ!?」

俺とテリーはほぼ同時に村へ向けて走り出す



「う!? あれは…」
「あれは─ 俺の夢に出てくるドラゴン…!」

村の入口では鱗に覆われた巨大な緑色のドラゴンが尾を振り回している
だが、なぜか村の中には入ろうとしない

「ルビス様の力で魔物は村や町へは容易に入れないようになっている
 それよりもこいつ… 強いぞ…!」

テリーが少し焦った声で言った

「テリー殿! タカハシ殿!」
「トルネコさん!」

トルネコがオリハルコンの剣を構えドラゴンに立ち向かおうとしている

「私が真正面から! あなた方は後ろから頼みましたぞ!」

テリーと俺は無言でうなずき剣を構える

「グルルルル…」

ドラゴンが背後を牽制するため尾を振り回す

「ライデイン!」

テリーがその動きに反応し魔法をぶつける

『ズガガァァン!』
『ガシュ!』

同時にタイミング良くトルネコも斬りかかった

「グガァ!」

『ブゥン! グオン!』

攻撃が効いたのか尾をデタラメに振り回してくる
あの尾が直撃すれば無事では済まない

「ギガデイン!」

テリーのギガデインと雷鳴の剣が同時に雷を落とす
ドラゴンの背中に命中したがダメージを受けていない様子でこっちへ突進してきた

「早い…!」

『ドゴッ! ガッ!』

テリーと俺は尾の攻撃を喰らってしまいふっ飛ぶ
俺はあまりの衝撃に剣を離しそうになってしまった

『カシュ!』

トルネコが背後からこっちへ駆けながら斬り付ける
オリハルコンの剣だけが浅いダメージを与えられた

「大丈夫ですか! ベホイミ!」

身体が少し温かくなり傷が治っていく

「助かりました、でもオリハルコンと魔法しか効かないんじゃ…」
「俺の雷撃で鱗の一部を集中攻撃し穴を開ける、そこを狙おう」

ドラゴンの真正面で三人構える

「私とタカハシが注意を引きます! そのスキに!」

トルネコが目で合図し飛び出していく

「グオア!」

ドラゴンが尾を俺に向け振り上げそのスキを狙ってトルネコが足に斬り付け俺は必死で避ける
だがトルネコの攻撃はほとんど効果がないようだ

「ライデイン!」
「ギガデイン!!」

雷鳴の剣も合わせたテリーの三連続雷撃がドラゴンの一点を焦がす

「グガァァァァァァ…!」

ドラゴンの肩に大きな傷が出来苦しそうに叫ぶ
かなり効いているようだ

俺は肩の傷に狙いを定めもがいているスキに斬り付ける

『ズシュッ!』

「ギャァァァァ!」
「よし! 効いてるぞ!」

続けてテリーとトルネコが信じられない動きで一点を攻撃していく
まるで踊っているようだ

「グオオオォォォオオ!」

ドラゴンも尾を振り回し応戦する
身体の大きさ故かダメージはあるはずだが体力が尽きる気配は感じられない
俺も二人が落ち着いたあたりでちょっと斬りつける

「キリがないな!」
「また雷撃をお見舞して…!」

「グゥゥゥ… チョウシ ニ ノルナ… アソビハ オワリ ダ!」

「しゃべった…?!」

『ザシャアアァァァァ!』

ぐ! あ、熱い…? いや痛い…!

ドラゴンの口から何かが吐き出された数秒後、俺の意識は途絶えた─



「タカハシ殿!」
「う… トルネコさん、一体何が…?」

トルネコを見るとボロボロになっていた
テリーは少し離れた所で折れた剣を杖にし、同じくボロボロだ

「このドラゴンは輝く程激しく冷たい息を吐いてくるのです!
 その息の直撃で大きいダメージを受け、立場が逆転してしまった」
「そんな…!」
「あなたは大きな傷を負い気絶しましたがベホイミで回復できました
 が─ ベホイミでは間に合わないのです
 魔力も無くなってしまい休まなければ魔法は使えません」

回復が、出来ないと言う事か…

「ドラゴンはベホマで自分を回復させた、絶望です…
 恐らく魔王直属の部下… こんな強力な技を持っているなんて、もう私では敵わない…」

トルネコが悔しそうに歯軋りする


「ヨワイ ナ… オマエ タチ…」

ドラゴンの尾がテリーを捉え吹っ飛ばす

「う、ゴホッ…ガハッ… ハァハァ ダメージと、極端な冷気で、身体が…動かない…」

更に尾がテリーを叩きつける…!

「が はっ…! ハァ… ハァァ…」

「テリー!!」

俺は稲妻の剣を構えドラゴンに向かう
が、回復しきれていないせいか身体が思うように動かない
何も出来ず尾の一撃を喰らいうずくまってしまった

このままでは… 殺されてしまう…!



「もうやめろ!お前の狙いは私だろう!!」

トルネコが叫びながらドラゴンに剣を向けるがダメージのせいで剣先がブレる
安定しない剣は容易に弾かれトルネコはドラゴンの太い腕の一撃で地面へ叩きつけられる

「グルル… ソンナ カラダ デ、 ナニヲ スル ツモリ ダ
 ルビス ノ ツカイ、 イヤ、 ユウシャ ヨ…」


トルネコが勇者? 世界を救うという?


「わ、私だけを狙え… 他の者は関係が無い……」

「タシカニ ネライ ハ オマエ ダ
 ダガ コロシ ハ シナイ、 オマエハ、オロカナ ルビス ト ニンゲン、ドモノ
 ハイボク ト ゼツボウ ノ ショウチョウ トシテ イキル ノダ!」

ドラゴンの口から黒い霧が吐き出されトルネコを包み身体に染み込んでいった

「オマエ ノ チカラ ト キオク ヲ ケス ノロイ ダ…
 イキテ ゾーマ サマ ニ ゼツボウ ヲ オクリ ツヅケロ! ルーラ!」

あの山道で対峙した鎧と同じように、ドラゴンは消え飛んだ



「タ タカ、ハシ…  トルネコ、さんを……」
「テリー! あんたは大丈夫なのか?!」
「平気、だ…」

少し回復した俺は急いでトルネコの元へ身体を引きずっていく

「トルネコさん! 大丈夫ですか!」
「あ……あぁ……」

呪いのせいか意識がはっきりしないようだ

「トルネコさん! 俺です! タカハシです!」
「う… あ… だ、誰だか分かりませんが、私の話を聞いてください
 私の名はトルネコ、ルビス様に選ばれた魔王を倒す勇者
 10年前、私は魔王と戦いそして敗北した
 魔王は私を殺さず生かすことで人間たちが勇者に失望すると考えた
 だが私が勇者である事を知る者は、ほんのわずかだった… うぅぅ……」

「トルネコさん! しっかり!」

「ぅ… 私は、一度の敗北で戦うことを放棄してしまった… 恐ろしかった……
 あの時、また力を付け魔王に挑んでいれば倒せたかもしれない
 そうすれば今ごろ、平和になっていたはずなのに…!
 今の魔王はあの時とは比べられない程、強大に─
 それからのわたし は、商人となり 勇者を… 自分を否定し生きてきた……
 私の罪…は許されない…!」

そうか、これがトルネコの言う"自分個人の幸せを拒む理由"─

「タカハシ… タカハシと言う者に会ったら今の話を伝えてください
 それから"楽しい旅をありがとう、必ず帰る事が出来る"と…」

「トルネコさん、俺はここです!」

「ううぅうぅぅぅ…… 記憶が消え… ウウアアウァァァ…」

このまま呪われていくのを見ているしか出来ないのか!

「ネネ! ネネ、お前と出会えた事が私にとって唯一の幸せだ
 このまま、お前を忘れてしまうのが、恐い…
 テリーよ、巻き込んで済まない、生きてくれ……」

トルネコの身体から力が抜けていく

「……ネネ…」

完全に気を失い顔から生気が失せていく
テリーを見ると呼吸すらしていないようで危殆な表情だ 助けたいが俺には何も 出来ない


「だっ大丈夫ですか! 今、治療します!」
「俺より二人を… 早く…」

神父と村人が駆けてきた

「ベホマ!」

	ルビスの使いというのはトルネコ─ 勇者

「トルネコ殿はこれでいい、宿へ!」

	勇者は 罪責で自身をさいなめ 私心を捨て人の為に旅を続けた

「ザオラル…!」

	あてのないその旅は 終わった…? トルネコは 何一つ悪くない

「ザオラル! だめだ…!」

	だめ? ザオラル? テリーは死んだのか…

「ザオラル! 私が、戦えたらこんな事には…!」

	俺も強ければどんなによかったか

「ザオラル! …よし!」

	この戦いはなんだったんだ?

「次は…!」

	

	神父がこっちへ走ってくるのが見える
	今は 何も考えられない



	緑が青々と生い茂る清々しい景色とは逆に
	目の前は暗れ塞がった──










~ 第一部 完 ~

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