●一人になって

俺はテリーと別れた後も村の入口で立ったままカンダタを待っていた
村の外、遠くに一匹、ガニラスの姿が見える

テリーは大丈夫だろうか
あれだけ苦戦したあのガニラス達を今度は一人で相手していくんだ
ああ、でもあれは俺が不注意に海に入って派手な音を立てたせいだったか…
これからは俺も一人で戦っていくんだ

「待たせたな!」

太い声に振り向くとオリハルコンの剣を持ったカンダタが立っている
大きな身体にはオリハルコンの剣、いや銅の剣だって似合わない
丸太か、巨大な斧が似合いそうだ
もちろんそんな亊、カンダタ本人には言えない

「あ、おはようございます」
「あいつはもう村を出たか 剣が直って相当喜んでいたからな
 今ごろは嬉々と戦っているだろうよ」
「はは そうですね
 テリーは戦いが好きですから」
「今度はオリハルコンを鍛えるぞ
 さぁ剣を持ってお前の戦いを見せてくれ」

そう言ってオリハルコンの剣を渡すカンダタ
俺は剣をとり、気を入れ換え、村を出る

手始めに向こうにいるガニラスを相手にしよう

「ではお願いします」

離れて見ているカンダタに告げ、ガニラスと対峙する

ギチギチと警戒するガニラス
俺はゆっくり近付き間合いを確認し、斬りかかる
ガニラスは巨大なはさみを下方からすくい上げ俺を狙う
そのはさみをスッと避け刀身を垂直にし口へ差し込む
グサリと刺さったオリハルコンの剣
そのまま力を込め剣先を押し込む
グゲェと醜い声を発し動かなくなるガニラス

「ほう、やるじゃねぇか」
「はは どうも」

俺の動きに、歩み寄りながら感心するカンダタ

ガニラスとは散々戦ったんだ
動きも弱点も心得てる─

「よし、もう一匹との戦いを見せてくれ
 それを見れば十分だ」
「わかりました」

周りを見渡し魔物を探す
海の方には二匹の魔物

あれは…

「キングマーマンだな 二匹だが大丈夫か?」
「やってみます」

ガニラスを難なく仕留め気をよくしていた俺はそう返す

二匹のキングマーマンもこちらに気付いたようだ
ザバザバと波を立て近付いてくる
その音でガニラスの大群が現れるのを恐れたが、そんな様子は感じられず少し安心した

「だけど海の中で戦うのは自信がない…」
「やつらは砂地まであがってくる
 村にも何回か入って来たこともあるしな
 俺はここにいるから行ってこい だが相手は二匹だ、無理はするなよ」

見ると確かに、尾びれを器用に使い陸へ揚がってきた
砂の上で止まった二匹のキングマーマンの前へ、俺も近付き身構える

「我々を見ても怖じ気づかないとは生意気な人間だな!」

こいつらは喋れるのか!
少し驚いたが動揺してはまずい

俺は間合いを取りながらタイミングを伺う

「度胸は褒めてやろう、ただしこの爪でズタズタにした後でな!」

鋭い爪を広げ襲ってくるキングマーマン

俺の前後に展開しはさみ討ちするつもりだ、くそ!
このまま動かず正面のヤツを…!

「ヒャヒャヒャ!」

前方から向かってくるキングマーマンの爪が俺の顔面めがけ降りおろされる
俺はかがんで爪を避けオリハルコンの剣を魔物の下半身へ叩き込む

「ぐぅが!」

大きくのけぞりそのまま倒れるキングマーマン
俺は身体を反転させ急いで後ろの魔物を牽制しようと剣を持つ腕を伸ばす─

ザシッッ

無防備に伸ばした俺の利き腕は、すでに振り降ろされたキングマーマンの爪でえぐられた

「ぐあああ!!」

やばい まずい、このままじゃ……!
痛さと、体中に走るしびれ
腕にはざっくりと爪痕 そこから流れ出る大量の血
魔法の鎧は肩までしか覆っていないから直撃だった

「なんだキサマ 前ばかり向いて愚かな戦い方、相当死にたいらしい
 では、殺してやろう」

キングマーマンが冷たい声でゆっくり言い放つ
俺は麻痺状態になってしまい、しゃがみ込んだまま動けない
遠くでカンダタの怒鳴り声が聞こえる

"ここで 終わってしまうのか……"

キングマーマンの爪が俺の頭へ落とされる─!

「メラミ!」

声と共にゴォンと音を立て炎に包まれる魔物

この声は…
どうやらあの賢者にまた命を救われたようだ

「ハァハァ…! 大丈夫か?
 すまねぇ、俺は腕に自信があるんだが素早くないんだ」

カンダタが息を切らして駆け寄る

「ベホマ! キアリク!」

メイも走り寄り魔法で回復してくれた

「どうしてこんな無茶を」
「助かった… ありがとう」

半分呆れ顔で言うメイに情けない声で返事をした
いつから見られていたのか…

「ふぅ… お前、剣捌きは上手いんだが経験が足りねぇみたいだな
 まぁ無事でなによりだし動きも十分見れた、村へ戻ろう」

俺は…
強いと言われ調子に乗っていたのかもしれない
今まで戦ってこられたのはなんの事はない、トルネコとテリーの誘導のおかげだ

麻痺は治り傷口はすっかり塞がったが攻撃を受けた腕のしびれは少し残っている
爪痕も消えない 不名誉の傷ってやつだ…

明らかな経験不足
ガックリと項垂れ村へ戻った










●旅は道連れ

村へ戻りカンダタへオリハルコンの剣を渡し、鍛冶屋へ向かう
カンダタはキリッとした表情で黙り、俺の戦いの様子を歩きながらまとめているようだ
声をかけたら怒鳴られそうだからメイと話し始めた

「二度も、あんな情けない状態で助けられて…」
「気にしたらだめよ 私だって戦い始めた頃はそれはもう、毎日ボロボロだったんだから」
「メイさんもこういう経験が? あんなにすごい魔法を使えるのに」
「最初から強力な魔法を使えたわけじゃないのよ」

楽しそうに話すメイ
そうは言ってもカンダタさんに"やってみます"なんて言ったしなぁ……

「自分に自信を持つことは大事
 それに失敗してもそこから何か学び取ればいいの」
「なるほどなぁ まだまだ勉強不足だ
 俺はいつも失敗して落ち込んで引き摺るんだよなぁ」
「まぁそんなに落ち込まないで!
 それより気軽にメイって呼んで」
「え、ああ わかった」
「あ! あなたの名前を聞いていなかったわね?」
「俺はタカハシ、一緒にいた男はテリーだよ」
「タカハシ、変わった名前ね
 なにをしているの?」
「うーん 旅をしながら剣の修行、とでも言うのかな…」
「へぇ! 私も旅をしながら魔法の研究をしているの」

"それとね"と急に小声になるメイ

「勇者様の仲間にしてもらって魔王を倒すのが目標」

勇者という言葉にギクリとしたが平静を装い話を続ける

「でも勇者は、トルネコさんは呪いを─」
「ええ、もちろん知っているわ」

俺の言葉を遮るように即答し続ける

「それでも、きっと今を乗り越えて下さると思うの
 だって過去八つの伝説でも、苦難を乗り越え勇者様は魔王を討ち取ってくれたんだから」
「うーん…」
「何か腑に落ちない様子ねぇ」
「え、そういうわけじゃあないんだけど…
 そういえばメイ、はなぜ魔王を?」

メイの小柄な容姿からは"魔王を倒す"なんて言葉が想像出来ない

「私の両親は神官で、私はいつも"勇者様に仕えてこの暗い世の中を明るくしなさい"と言われて育ったわ
 それで、当り前に勇者様と世界を救うって考えるようになって」

自分の子供を危険な旅に出すってどんな気持ちなんだろう
そういう教育をするなんて俺の世界じゃ考えられないけど、この世界では普通なんだな
だからみんな強いんだ

「今は、勇者様の足手まといにならないよう、自分の力を鍛える事だけに集中しているわ」

勇者トルネコ…
俺としては戦いのない暮らしを、ネネと一緒にトルネコにはしてほしい
…そうすると次の勇者候補はテリー?

勇者テリーの妄想を開始した所で突然、前を歩くカンダタが立ち止まる
目の前には派手な模様の建物

ああ、鍛冶屋へ着いたのかびっくりした
また怒鳴られるのかと思った

ギィと扉を開け中へ入るカンダタに続き俺も中へ
更に続いて、メイも鍛冶屋へ入ってきた

「うん? なんだメイ、おめぇいたのか」

カンダタは考えごとをすると周りが見えなくなるようだ
今気付いたかのように言う

「相変わらずね… ずっと居たわよ」
「あ、お二人知り合いなんですか?」
「おう 実を言うと俺も何度か魔物から助けてもらった事があってな
 それ以来訪ねてくるんだ、用もねぇのに」
「失礼ねぇ おじさん一人じゃ淋しいだろうから相手してあげてるのに」
「バカ! 淋しいわけねぇ
 それにバロックがいるんだ、技術を教え込むのに忙しいんだよ」
「あ、バロック! カンダタさんにいじめられてない?」

奥で忙しそうに動くバロックが"大丈夫ですよ"と笑って返事をする

「まったく… でも悪いがしばらく本当に暇がないんだ」
「気にしないで、私はおとなく見ているから」
「うーん、仕方ねぇな おいタカハシ!」

俺やテリーと違いメイには甘い
カンダタの弱点は女性か

「お前、メイの相手をしてやってくれ
 剣が鍛えあがるまで出番はねぇしな」
「あ、そうなんですか… どれくらい掛かります?」
「そうだなぁ ぶっ通しで十日はかかる
 オリハルコンは金属としては完璧に純粋だが融点が高く敏感なんだ
 冷却するにもかなり時間かけなきゃならねぇ
 それを鍛錬しながら繰り返すんだからどうしてもな
 素晴らしい金属なんだが何の合金だかさっぱりわからない
 まぁ、先祖からの技術を使えば問題ねぇ 任せておけ」

言っている亊があんまりわからなかったので"お願いします"とだけ言い、メイと一緒に鍛冶屋を出た

「タカハシは、これからどうするの?」
「んー… する亊ないなぁ」

オリハルコンの剣はカンダタに託したから魔物相手に剣術の稽古も出来ない
そうなるとすることが無いのでそう答えた

「じゃあ、私の話し相手になってもらえる?
 カンダタさんは忙しいみたいだし用事も済んじゃったから」
「構わないよ 時間だけはたくさん余ってる」

異世界で女性と話す
なんとも不思議な状況じゃないか
落ち着いて見るとメイは綺麗だし、知り合ったばかりだというのに友人のように接してくれる
たぶん、俺と年齢も近いと思う

それにしても…
この世界にきて男としかまともに話してないからかな、なんだか変に動揺する

「なに突然オドオドしちゃって… 都合、悪かった?」
「い、いや なんでもないよ 向こうの椅子に座ろうか」

海へと続く砂浜に木で出来た長椅子が見える
適当に誤魔化しその方向へ歩き始めた

まぁ たまにはこういう気分転換もしなきゃいけないよな
うんうん

「ところでメイ 最初に会って以来今まで姿を見なかったけど、もしかしてずっと部屋に?」
「ええ イシスからフィッシュベルに来る途中、商人から王家の古文書っていう古い書物を買ったの」
「商人から?」
「ええ なんでも滅ぼされた国のお城にあったんだって、言ってた
 で、その古文書っていうのがね…」

よっぽどすごい古文書なのだろう、少し言葉を溜めるメイ

「消滅されたとされる古代魔法を封印してある洞窟、その場所が記されていたのよ!
 古文書自体は古代の言葉で書かれていたから、その解読の為に宿屋の部屋に籠っていたってわけ」
「古代魔法… ザオリクとか、ルーラとか?」
「よく知ってるわね でも何の魔法かまでは記されてなくって…
 高いお金払ったんだから、強力な魔法があればいいなぁ」

それで金をもってなかったのか
魔法を主として扱う者にとって、古代魔法はそれほど魅力的って事か

「あなたは旅をして修行しているんでしょう
 そこで提案なんだけど私と一緒にその洞窟へ行ってみない?
 場所は遠いから時間もかかるけどきっと修行になると思うの」
「二人だけで?」
「そうよ あなたは信用できそうだし、私の魔法を見ているんだから変な気も起こさないでしょ?」

む、あんなすごい魔法を受けたら俺なんて一瞬で消し飛んでしまう
ん? いやそんな気は全く…

「あはは まぁそれは冗談として、どう?」
「そうだなぁ…」

古代魔法にもしかすると呪いを解く魔法があるかもしれない 行ってみる価値はある
メイは強力な魔法を使えるし何より回復魔法を使える
思い切り剣の修行も出来そうだ

「わかった、一緒に行くよ
 でもあんなにすごい魔法を使えるのになぜ俺と?」
「ありがとう!
 私は剣や体術が全くダメだから魔法の効かない魔物がいると進むことが出来ないの
 それに強力な魔法を使えば体力も大きく消耗するから、回復に時間をとられて進むペースも遅くなってしまう
 一人より二人、剣士であるあなたがいると心強いわ」

剣士だなんて、そんな大層なものじゃないけど…
頼られるのは悪くない


少しして椅子のある場所へ着き、腰を降ろす
目の前には白い砂浜が広がり白い波、海が青々と揺らめいている

トルネコさんどうしてるかな
洞窟で呪いを打ち消す魔法が見付かるといいんだけど…
とにかく、なんの手がかりもなかった昨日より少しだけ前進できたと思う

「行けることになったのは良いとしても、誰かが古代魔法の封印を解いてなければいいんだけどね」
「そういう事もあるんだ? でも行くだけいってみよう」
「旅は道連れ、よろしくね」

メイは嬉しそうに微笑んだ










●呪解魔法と魔法都市とトルネコ

「さっきは本当にいいタイミングで助けられたよ」
「たまたま、村の入口まで散歩していたからわかったの
 もし反対方向に行っていたら今ごろこうして会話出来てなかったかもね」

"あはは"とメイは軽く笑う

確かに
助けられていなかったら死んでいた
テリーとの約束を早々に破ってしまう所だ
…鉄兜を重いからって海に放り投げたのは失敗だった
明らかにキングマーマンは頭を狙っていたもんな

「こうしてのんびり話が出来て洞窟行きも決まったんだから、気にしない気にしない!」

メイはきっと心が強いんだろうな 俺みたいにすぐ落ち込んだりしなさそうだ
見習って強くならなきゃ… って、イシス!

「悪い 言い忘れてたけど、洞窟へ向かう前にイシスへ立ち寄ってもいいかな?
 魔力を引き出してもらわないといけないんだ」

洞窟の事でイシスの事をすっかり忘れていた

「もちろん、構わないわ
 それにしても魔力を持たないで戦うなんて勇気あるわね」
「そういうものなのか」
「戦う者の常識よ?」

トルネコもテリーも魔力を持っていた
ピピンの真空波も魔力を使っていたんだろう
戦いには必須なんだな

「なるほど… それから古代魔法の事なんだけど」
「古代魔法がどうかした?」
「うん、呪いを解く魔法なんてあるのかなぁと思って」
「呪いかぁ 確かシャナクという呪いを解く古代魔法があったと思う」
「あるんだ!」
「でも、その洞窟にあるかどうかまでは保証できないわ」
「いやいいんだ 可能性が見えただけでもありがたいよ」
「何か理由ありのようね よければ話してもらえない?
 力になれるかもしれないわ」

トルネコの事を話すべきか
……世界中の人がトルネコの呪いの事を知っているんだ、構わないか

俺はこれまでのいきさつをメイに説明した
もちろん、異世界からこの世界へ来た事は伏せて─

「そう、だったの…
 勇者トルネコの事は残念だったわ、私も悲しかった
 封印された中にシャナクがあると良いんだけど…」
「うん そう願うよ」

少しの沈黙が続く
ふと、メイが何かを思い出したように口を開いた

「…魔王に滅ぼされた町の一つにカルベローナという魔法都市があって、とても大きな力を持つ魔法使い達が住んでいたの
 その魔法使い達は古代魔法を扱っていたという話もあるわ
 外の町や国との交流はほとんど無かったから、ただの噂かもしれないんだけど…
 でも古くから伝わる高度な知識をもつ人々なのは確かよ」
「しかし、滅ぼされたんだろう?」
「滅ぼされた町や国で生き残った人々は、目立たない所に小さな集落を作って暮らしているらしくて─
 カルベローナの人達もそういう集落に隠れ住んでいるかもしれない
 私も協力するから、その人達も探しましょう?」

古くから伝わる高度な知識
もしシャナクが無かったとしてもその知識でなんとかなるかもしれない…

だけど、これは俺がする事だから─

「気持ちはとても嬉しいけど… メイにそこまでしてもらうわけにはいかないよ」
「ふふ タカハシは遠慮してばかりね
 もし呪いを解くことが出来れば勇者トルネコは復活できるんでしょう?
 そうすれば私の目標も達成できるんだから、これは私の為でもあるの」

呪いが解けたら… トルネコは再び勇者として魔王に立ち向かうのか
トルネコの記憶が戻ったら… 勇者としての使命を果たせなかった事を悔やむ日々も戻ってしまうのか

呪いを解いた後はトルネコの好きに生きてほしいと思う
だけど、トルネコは悔やむ日々を選ぶと思う
それに、メイの言うように魔王と戦う事はしてほしくない

…わからない
もしかすると俺の行動は"最善"ではないかもしれない
だけど、俺はこのまま進んで呪いを解く方法を探す

これ以上トルネコを、苦しませないでくれルビス

「ねぇタカハシ、聞いてる?」
「あ、ああ わかったよ」
「勇者様を助ける旅、決まりね!」

今はまだわからないけど… 
今はそうする事が"最善"なんだと、思う










●オリハルコンの剣

オリハルコンをカンダタに預けてちょうど十日
今日まで俺は鍛冶屋へは近付かず、夜はほとんどの時間を筋力トレーニングや戦闘のイメージトレーニングに
昼間はメイと一緒に食事をしたりなんでもない話や洞窟の話をして過ごしてきた
時には魔法の修行をするというメイについていってその様子を眺めたり─
そして今、朝早くカンダタに呼び出された俺は鍛冶屋にいた

「お前に合わせ、鍛え直したオリハルコンの剣だ」

長い、金属の剣をズイと差し出すカンダタ

「これが… あのオリハルコン?」

トルネコから預った時の姿とは全く違う、生まれ変わったオリハルコンの剣
長くなった刀身はまっすぐに伸び、銀と黒の光を帯びている
以前のようにわずかな曲線は無く剣幅が少し狭くなったようだ

「自信はあるが一応、構えてお前の手に合うか試してみてくれ」

カンダタから剣を受け取り軽く構えてみる
柄が吸いつくように手へ収まった

このしっくりと馴染む感覚、まるで昔から扱っているような…
簡単に言うと、穿き古したトランクスか

トランクスといえばこの世界での下着は二着しか持ってない
ステテコパンツとかいうサイズが大き目のトランクスに似たものだ
洗濯するのはいいが乾いてなかった時の穿き心地の最悪な事といったらない
後で追加購入しておかねば…

「おうおう そんなに真面目な顔で構えたままどうした?
 もしかして合わなかったってのか…?」

曇るカンダタの表情
バロックの顔も不安そのもの

いかん
こんな素晴らしい瞬間に余計な事を考えてしまった

「いえ! 初めて扱うとは思えないくらいにぴったりです!」

慌てて返事をする俺
俺の言葉にカンダタの表情はいつもの顔つきに戻る

「そうか、よかったよ
 今回はかなり気合いを入れて、俺の鍛冶屋人生で最高のモノが造れた
 最高のモノが出来ちまうのはいつもだけどな! わっはっはっ!」

俺の戦いを少し見ただけでこんなに馴染む剣を作ってしまうその技術には、感動してしまう
新しくなったこの剣のおかげで、俺の戦いも少しはマシになるだろう

「私も初めてオリハルコンに触れ、その素晴らしさに驚きました
 本当は私考案の模様を刃に刻もうと思ったのですが、師匠に反対されたのでやめました」

バロックが残念そうに言う
いや、やめてくれて正解だったよ
反対してくれたカンダタには感謝だ

「戦いに使う剣にごちゃごちゃとした飾りはいらねぇんだよ」
「ですが、これからの時代は武具にも芸術性を…」
「わかったわかった… その話は聞き飽きた
 今度、船の錨にお前の考えた模様を刻んでいいから黙ってろ」
「本当ですか?! いやぁしつこく言ってきた甲斐がありました!
 建物だけじゃなく道具にも、私の最高の芸術作品を込めたかったのです!」

目を輝かせ喜ぶバロック

変な師弟関係だ
このままいくと、バロックもカンダタみたいに豪気な性格になるんだろうか

「よし これで俺の仕事は終わりだ
 後はタカハシ、その剣が生きるも死ぬもお前次第だ トルネコさんのように強くなれよ」
「がんばります! …ところで、鞘は?」

剣をしまおうと思ったが前使っていた鞘がない
あっても形と長さが変わっているから入らないだろうが

「おっと忘れるところだった、ほら」

真新しい硬い革で出来た鞘を、カンダタが俺に投げた

「新しいのを作っておいた、それ使え」
「あ、作ってくれたんですか! ありがとうございます」

剣を鞘に納め腰に下げる
剣は長くなったけど前より抜きやすい、見事な仕事だ

「早速で悪いんだが、会計を頼む
 徹夜続きでフラフラだ、早く寝てぇ」

あ、そうだった
お金の話は一切せずに仕事してもらったから忘れてた

「いくらになりますか?」
「えーと 雷鳴の剣の修理が6000ゴールド、オリハルコンの打ち直しが22000ゴールド
 合わせて28000ゴールドになる」

え?
聞き間違いか?
雷鳴の剣はテリーの…

「ん? 何か不満か?」
「いえ、雷鳴の剣ってテリー、お金払ってないんですか?」
「受け取ってない
 あいつ、剣を受け取るなりすぐ出てっちまったよ」

あいつ…
仕方がない、払おう
財布代わりに使っている布の袋から10000ゴールド紙幣二枚と1000ゴールド紙幣八枚を取り出し、カンダタへ渡す

「ありがとよ!」

トルネコが俺に用意してくれたお金は50000ゴールド
今までの旅で3000ゴールドを使っていたから残りは19000ゴールドか…
とんでもないオチを用意していくなんて、やってくれたよ
次、テリーに会ったときは倍返しさせよう

「俺は明日にでも村を出ようと思います オリハルコン、本当にありがとうございました」
「おう またいつでも寄ってくれ、気を付けて旅しろよ」
「はい、ではまた!」

深々とお辞儀し鍛冶屋を出る
鍛冶屋の目の前にある港からは、たくさんの男達が船に乗って出港していく
日は昇り始めたばかりだ

オリハルコンの剣は完成、いよいよまた長い旅にでるんだ
今度の旅でトルネコさんを治す方法がみつかれば良いな

水平線に向かい段々と小さくなる船を見ながら、宿屋へ戻ることにした










●旅の支度

宿屋へ戻った俺は早速旅の準備をするため、まず地図を広げた
フィッシュベルからイシスまで、そんなに遠くはなさそうだ
これなら新たに買わずとも、今ある食糧で間に合うだろう
他は特に何も無い、旅の準備は五分程度で終わってしまった

「ああそうだ、メイにも知らせないと」

言葉とは裏腹に、身体はゴロンとベッドへ転がった

まだ時間も早いから寝てるかもしれない
俺も少し寝よう…

仰向けで瞼を閉じる
朝早くに起こされたせいか、すぐに眠ってしまった─





「タカハシ! もうお昼よ、起きて!」

んー ああもう昼なんだ…

「あー、おはよう いきなりだけど明日、村を出るよ
 オリハルコンの剣が出来上がったんだ」

目をこすりながらメイに伝える

「そう! 私はいつでも出発できるわよ
 もう古文書を眺めて古代魔法を想像するのには飽きちゃって」
「はは 気が早いな、まずはイシスへ行くんだよ?」
「ええ、イシスへは十日くらいで着くわ」
「十日か、それなら大丈夫だ」
「イシスできちんと準備しましょう この村には預り所もないし」
「そうしよう それで、洞窟へ行く途中に寄れる町はある?」
「チゾットという山奥にある村を通るわ
 それよりも、休憩所が心配ね…」

休憩所は無いと困る
水を安全に補給できる大切なポイントだ
湖が多いこの世界、だけどそういう水場は魔物も多い
俺はベッドを離れテーブルへ地図を広げる

「立派な地図ね、休憩所の場所まで書いてあるなんて初めてみたわ」
「うん、これはトルネコさんの地図なんだ、重宝しているよ」
「勇者様の使っていた地図! あなたなかなかやるわね」
「そうか? 普通に使ってた」
「それは、勇者様の元で修行してたから有り難みが薄いのよ
 あ、洞窟はここ」

グランバニアを中心とすると、今いるフィッシュベル、イシスは東
ライフコッドと魔王城は北、西は町が一つもない狭い地域
そしてメイが指さした場所とチゾットは南に位置している
ちなみにフィッシュベルから見てイシスは南にある

「ここか、となると休憩所は…… よかった、たくさんある」

グランバニアからフィッシュベルまでの道程よりも休憩所が多い
これで水に困ることはないだろう

海は… 無い
半分が平地でチゾット辺りから山道になっている

「こんなもんかな イシスでしっかり準備すれば困ることはなさそうだ」
「そうね、休憩所が多いのは助かったわ ちなみに洞窟の名前は"封印の洞窟"よ」
「そのまんまの、わかり易い名前だなぁ」

しばらく、地図の上で指をなぞり路を確認する

「じゃあ、私はカンダタさんとバロックに挨拶してくるわ
 しばらく戻れそうにないものね」
「わかった 今日はゆっくり休んで明日早く出発しよう」
「ええ 明朝、村の入口で」

メイが部屋を出ていく

俺も旅慣れたものだ
こんなやりとりが普通に出来る
向こうの世界では自分から動く亊なんてなかったのに、変われるもんだな…

地図を畳み、オリハルコンの剣を腰に下げ鞘から抜く
ヒュンと一振り、振り降ろした切先をゆっくり目の前の高さまで持ち上げる

「フッッ」

気合いの声と共に左へ右へ、何度も空気を斬る
最後に頭上から一振り、そのまま剣室へ刀身を納める

まるで違う感覚
これなら今まで以上に戦いの中で動けそうだ
いつまでも一対一の戦いだけ強くてもこの先、生きていけない
精神力を力に変えるオリハルコン
イシスで魔力を持つ亊でどのような力をみせてくれるのか、今から楽しみだ

そのまま夜になるまで、俺は剣を降り続けた










●二人で強く

「もう! だらしがないんだから!」

メイは怒っていた

今朝フィッシュベルを出発した俺達二人は今、早足で歩いている
左右をうっそうとした森に囲まれた狭い道
どちらかというとメイが先を歩き俺が後ろを追いかける姿だ

メイが怒る理由
それは俺が寝坊し長い時間待たせてしまったからだった

「ほんとにごめん 昨日トレーニングしすぎて疲れちゃったんだよ」
「…しょうがないわね、今回だけは許してあげる 今度寝坊したら一番強力な魔法で起こすから」
「いや、それ死ぬ…」

初日から優位をとられた気がする
かなりの痛手、今後が大変そうだ…

「それから、カンダタさんに言われたことがあるの」
「どんな亊?」

ようやく機嫌を直してくれたようだ

「タカハシは複数の魔物を相手にするとダメだから特訓させろって
 だから私は極力戦わないようにするわ あまり気が進まないけどそう言われたから─」
「え!? そんな…」
「その代わり回復魔法でどんどん回復してあげるから頑張ってね」

なんてことだ
これじゃ今までの旅と変わらないじゃないか
カンダタの言ってることは正しい、んだけど…
せっかく、今度こそ楽になると思ったのに……

しばらく無言で歩く
気まずいな、男ならともかく女の人が相手で無言なんて
もっと良く考えて返事すればよかった
トルネコと一緒の時はいろいろ教えてもらうので話しっぱなしだったし
テリーとは無言でも何も思わなかったのに…

後ろを歩くメイを気にして振り返ると、メイはだいぶ後ろに居た

「あれ?」

あ、そうか
男である俺の方が歩きが早いのか
どうりで静かだと…

急いでメイの元へ引き返し話しかける

「ペース、早かったかな」

俺の歩きについていこうと頑張ったのだろう
少し息が切れている

「声を掛けようと思ったんだけど、思ってるうちにどんどん離れちゃって…」
「そうか、気付けなかった あ、荷物を持つよ」

そう言ってメイの背負う大きな荷物を受け取ろうとする俺

「ありがとう、でも自分で持つわ
 これから長い旅をするんだからこういう事で余計に疲れてしまってはダメ」
「大丈夫か? 辛かったらいつでも言ってくれ」

あー 俺、なんか、なんだこれ
こんな亊思っても言える人じゃなかったのに
トルネコやテリーの影響かな…

「うん、お願いね
 ところで歩く速度をもう少し落としてもらっても、いい?」
「わかった ゆっくり行こう」

歩き始めるメイ
その少し後ろを俺も歩きだした

「ところで、なぜ勇者様の元で修行していたの?」

それは─
話しても構わないが説明出来ないな

「そうだなぁ… 単純に強くなりたかったからだよ」
「ふーん 出身はどこ?」
「出身? えーと…… ライフコッド、そうライフコッドだよ」
「? 勇者様が今いる村ね」

ふぅ
出身地は確かトルネコと示しあわせしたと思ったけど忘れたな
まぁライフコッドへは今回行かないから大丈夫だろうけど
でもこれ以上何か聞かれるとボロが出そうだ

「今度は俺が聞くよ」

話の向きを変えるため俺から質問をすることにした

「いいわよ、なに?」
「うん、ええと…」

あらかたフィッシュベルで話したから特にないな、困った
すると突然、小声でメイが言う

「出番よ、向こうに彷徨う兵隊が三体いるわ」

見ると森と路の間に槍と盾、更に鎧を身に纏った… 身体が、ない?!

「私はすぐ後ろにいるから、思い切り戦ってきて
 三体はさすがに厳しいけど大丈夫、回復魔法を準備しておくから」

思わずキングマーマンにつけられた腕の傷をさする俺
剣も新しくなったんだ、今度こそ倒して見せる…!
鞘から剣を抜き甲冑の魔物へ近付いていく

「…!」

俺に気付いた魔物はしゃべらないが何か、仲間と意志表示したように見えた
と同時に散開する彷徨う兵隊

戦うのはいいんだが、身がないんじゃどうればいいのか
ん? あの兜の中の赤い光はもしや…

ガシャカチャと俺の前に立ちはだかる甲冑の魔物 動きはまるで機械のようにぎこちない
しばらく間が空き、彷徨う兵隊が三体一度に槍を俺に向け襲ってきた

槍は点だ、更に常に突きだから横からぶつかっても肉が切れることはない
槍は俺を中心に狙ってきているから─

サッと後ろへ下がる 俺の居た位置で交わりあう鋭い槍の先端
狙いを外したその先端が魔法の鎧に軽く当たり俺を押す
その槍が一斉に引くのと同時にオリハルコンの剣を水平になおした俺も身体ごと前へ
まずは右手方向の彷徨う兵隊の兜─ 赤い光めがけ剣を突き、抜くと同時に横の甲冑の魔物へ体当りする

剣は軽く、自分の意図した通り振る舞ってくれる
そのおかげで身体の反応も軽快になった

赤い光を突かれた彷徨う兵隊がガラガラと崩れる
やはり弱点はあの光─
体当りされた魔物は一番左の仲間へガツンとぶつかりふらついている
中身が無いから衝撃を加えただけで全体を揺さぶるのだろう

俺は一気に勝負をつけるべく、オリハルコンの剣を再び水平に構え真ん中の、体当りした甲冑の魔物を狙う
剣尖が兜の空洞へ吸い込まれる瞬間
ガキィイという音と共にオリハルコンの剣はそれ以上前へ動かなくなり、手へ腕へビィンと細かい振動が伝わってくる
彷徨う兵隊は、盾を使い見事に俺の突きを防いでいた

カシッッィン
軽く、それでいて響を持つ音

しまった、一番左手の相手を気にしなかった!
攻撃がかすったか?!

見ると左手にいたはずの魔物は何時の間にかやや後方の位置に移動していた

音と同時、身体に衝撃を感じた俺は剣を引き彷徨う兵隊から少し離れ態勢を直す
が、何かがおかしい
胴の一部が異常に熱い かすったのではなく、これは槍を突き刺されたのだろう
だが目の前に魔物がいる以上、傷を見るため下を向くわけにいかない

「タカハシ!!」

メイの声が聞こえる

「すぐにこっちへ来て、回復を…!」
「いや、大丈夫だ! すぐに片付けるから見ていてくれ!」
「でも!」
「やばくなったら頼む、今はまだいける!」

俺はそう言い放ち、すぐさま身体を動かしはじめた

最初から剣を水平にしたのでは狙いを読まれ防がれてしまう 正直に戦ったのでは勝てない
そう考えた俺は二体の彷徨う鎧が自分の正面になるよう移動する
そして、彷徨う兵隊より少し早く動き始め正面の兜へ剣を突き刺す─ ふりをした
サッと兜を盾で隠す甲冑の魔物
俺は咄嗟に地を蹴りもう一方の、まさに俺へ槍を突き刺そうとしている魔物へ向きその槍先をガキンと払いのける
払われた魔物は俺がまさか自分を向くと思っていないから盾を構えて顔を防ぐなど、出来なかった
前へジャンプするようにオリハルコンの剣を突き出す
カァンと胴体から離れる彷徨う兵隊の兜 同時に赤い光も貫いた
残るは一体、フェイントにひっかかり仲間を倒されたことに腹を立てている様子の彷徨う兵隊
俺は相手に考える隙を与えないため一直線に魔物へ向け走る
彷徨う兵隊が槍を構え─ 突く、と同時に俺はカクンと膝を折り地面へ身体を転がせる
ゴロゴロ転がり進む身体の上を通り過ぎる槍
俺の身体が魔物の一歩踏み出した足にぶつかり、止まる
槍はちょうど突き出し動作の限界へ到達していた
ゴツ
左手を地面に付き上体を起こす俺の動きと同じに鈍い音
崩れる彷徨う兵隊
上体と一緒に突き上げられた右手、その先には天を指すオリハルコンの剣が赤い光を破壊していた

「ハァハァ、やった… 三体相手に勝てたぞ……」

光に持っていかれる魔物の亡骸を見ながら声を発す

「はやく回復を!」

駆け寄ってきたメイが俺の胴、左脇腹の辺りへ手をかざした
脇腹を見ると傷口は見えないが魔法の鎧に穴が空き、滴り落ちる血で真っ赤になっていた
それに気付いた途端、忘れられていた激しい痛みが俺に存在を主張し始める

「うお! イテテテ………」
「動かないで… ベホイミ」

"熱い"とは違う癒しの"温かさ"が傷口を包み込む
徐々に痛みが薄れ血も止まり、完全に再生した

「ふぅ 致命傷じゃない傷だったからよかった…
 お願いだから無理はしないで」

少し、困った顔のメイが言う

「…無理をしてでも倒したかったんだ
 もう、キングマーマンの時のように不様にやられるのは嫌だから」
「でも─」
「たぶんこれから旅をしていくと今の魔物よりも強いヤツらがたくさん出てくると思う
 その時より今、困って頑張って強くなっておかないと─」

自分の弱さを知る、それは死んだ後では遅い
今、まだ相手出来る魔物で学んでおくんだ

だけど"死"という言葉を出すと、現実になる気がして言えなかった

「それに、ベホマがあればどんな無茶したって平気だよ」

地面から立ち上がりながら言った

「…やっぱり私も戦う あなたは一人での強さにこだわっているけど─
 二人で旅するんだから二人で強ければいいと思うの」

これまで一緒に旅をしたトルネコとテリーは戦いを教えてくれる"師匠"だった
だから技術を高めるためほとんど俺一人で戦ってきた
でも今度は違う
お互いの持っている力を常に合わせながら進んでいかなきゃならない
そうする事で困難が困難でなくなるのかもしれない

「…わかった けどそれなら、メイの魔法でどんな魔物も一瞬だ」
「強い魔法といっても連続で何回も発生させる事はできないのよ
 魔力にも限界があるの それでもこの辺りならそんなに消耗せず進めるけどね」

今まで何度も聞く"魔力が尽きる"という意味が理解できない
体力がなくなるような感じなんだろうか?
それよりメイは、俺が苦戦した相手にもそんなに消耗せず倒せるって事だ
さすがはトップクラスの魔力を持つ賢者

「でも、さっきの戦いぶりはかっこ良かった
 ちょっと見直したかな」

少しの含み笑いと一緒に言うメイ
俺はなんだか恥ずかしくて返事をしなかった
もちろん、嬉しい恥ずかしさだ

魔法の鎧は脇腹の薄い部分に穴が空いてしまっている
鎧の下に着ている服にも穴があいていた
薄い部分とは言え金属を貫く槍技 
もしタイミングがずれていたら致命傷だったかもしれない
俺も慣れてきたからあまり思わなくなったが、刃物で刺されたなんて元の世界じゃ大事件だ
改めて今の恐ろしさを実感した










●バランス

フィッシュベルから数日を歩き、何度もの戦闘を経て俺の戦い方も"正直"で"まっすぐ"なものとは変わった
カンダタに俺の剣術を見せるため戦ったキングマーマンとは、うまく立ち振る舞ったつもりが逆にやられた
あれは挟み伐ちされた状況から抜け出そうとせず、そのままの状態を正直に受け入れてしまったから
もし前後に回られた態勢を逃れる事が出来たならきっと、結果は違った
あのキングマーマンの言葉─
皮肉にもその言葉が魔物を倒しつづける俺に大きなヒントをくれた
自分のおかれた不利な状況を有利に、後ろが見えないなら見えるように動く
それを意識するだけで、格段に戦い易くなった

「魔力は大丈夫か?」
「ええ まだ全然余裕よ」

戦いに参加するようになったメイ
最初は俺が魔法サポートになるんじゃないかと不安に思ったが、違った
毎回強力な魔法を使うわけでは無く、ベギラマやイオラなどなど範囲の広い魔法で相手を怯ませたり、
消耗させたりする事が主だ
魔物が怯んでいる瞬間に俺が飛び出しオリハルコンの剣をみまう
魔法を使う魔物には、その魔法を使えなくしてしまうマホトーンをかける
そうすると魔法に恐れること無く、俺が相手に接近できる
喋れない魔物のほとんどは、マホトーンをかけられた事をすぐに忘れ唱えられない事に動揺してくれる点でも戦い易い
俺の油断で背後を取られた場合は強力なメラミで援護してくれる

魔力に余裕がある時は魔物を見付けた瞬間、ベギラゴン数発とメラミを数発一度に叩き込む
だが強力な魔法を放った後は少しだけ魔力の"充填時間"を必要とするらしい
…ほとんどの魔物はこの攻撃で動かなくなるが

消費した魔力は瞑想するように静かに精神を休ませることで回復する
この瞬間を狙われてしまうとひとたまりも無い
今は俺がいるから回復に専念できるそうだ
では今までどうやって魔物の多いこの世界を旅していたのか

「イオラを放った後はほとんど逃げていたのよ
 魔力が尽きたら魔法は使えないし、私は武器の扱いを学んでいないから…」

強力な魔法を扱える賢者、でも魔力は有限
剣での戦いも"体力"という有限の力だけど、そこは"気力"でカバーする事が出来る
トルネコとテリーも魔法を使うが、ここまで強力な魔法じゃなかった
魔力と体力のバランスは一人では無く二人、三人と合わせることで理想になるんだろうな

「旅って言ってもイシスとフィッシュベル以外は行ったことが無いの
 だから剣士であるあなたを頼りにしているわ」

付け加えるように言い、メイは剣を振る動きを真似し"フフフ"と俺に笑う
その屈託の無い笑顔は二人のバランスが理想である証明─
俺にはそう、思えた










●イシス

ザッガツッ!

オリハルコンの剣を二振り
ザラザラと分解し風に流されていく土偶戦士

この魔物は宙に浮いて移動し、ラリホーという魔法で相手を眠らせようとする
常に前へ出て戦う俺は当然狙われてしまう
ラリホーにかかると眠気では無く問答無用で意識が飛ぶ
"眠る"というよりは"気絶に限りなく近い睡眠"だろう
攻撃を受けても目覚めることが出来ないことも多く、恐ろしい魔法だ
この手の魔法は術者とかけられた側の"魔力の差"で成功率が変わり、俺にはまだ魔力がないため毎回眠らされた
しかし俺はメイのキアリクによってあっさりと目覚めることが出来る
俺一人だったらとっくに死んでしまっていたに違いない

「ふぅ 町は直角の曲り角の近くって言ってたっけ?」

剣をなおしながらメイに聞く

「ええ 目の前の角を曲がるとイシスよ」

路の左右を森に囲まれ、変わらなかった景色
少し先に、ここまでの旅路には無かった直角の曲り角
人工的に造らなければこんな直角にはならないはず

「この角がそうか、よし急ごう」
「楽しみね」
「ん、なにをニヤニヤいてるんだよ」
「べつにぃ」

…何か企んでいるな

メイの不穏な言葉に少し警戒しながら、粉々になった土偶戦士をまたぎほぼ90度になる角へ歩く

イシス
この町がどんな町なのか誰からも聞いたことが無かったな
魔法の鎧を修理出来る防具屋があればいいんだけど

角を曲がると、イシスへ到着─

「え??」

目の前に広がっていたのは巨大な石で出来た町
だがその町はほとんどの建物が破壊されメルキドと同じくただただ廃墟

まさか俺たちが旅をしている間、魔王に滅ぼされたんじゃぁ…

「驚いてくれた?
 これは魔物を欺くためわざと作ったモノ
 獣の魔物ならただの廃墟だと思って近付かなくなってくれるの
 本当の町は今あなたがいる足元、地下よ」

イシスは地下都市だったのか!
メイのニヤニヤはこれだったんだな
それで、入口はどこに?

「入口は廃墟の中にあるわ、行きましょう」

そう言い廃墟へ入るメイ
俺も続き足を踏み入れた

パッと見た感じでは本物の廃墟だが中へ入ると生活があったとは思えない造り
家らしき建物の間取りもめちゃくちゃだし広さだって適当
獣の魔物は頭が悪い、こんなモノでまんまと騙されてしまうのだろう

「ここ、この階段を降りると町へ入れるわ」

廃墟の中央辺り、一軒の崩れた民家の床には地下へ続く階段

「ほんとに地下なんだな…」

メイを先頭にし階段を降る
かなり深く、まるで終わりがないかのように思える
そして、不思議な事にとても明るい

「地下なのにどうしてこんなに明るいんだ…?」
「ふふ 光の正体はね、これ」

メイが壁を指でなぞり、その指先を俺の目の前へ持ってくる

「ん?! 指先が、光ってる!」
「光苔 この地域にしか生息しない珍しい苔よ
 この光苔を地下の壁全てに植えているおかげで外と変わらない明るさを保っていられるの」
「光苔なんてあるのか、なるほどなぁ」

これなら電気も炎も必要ない
ダミーの町といい光苔といい… 驚きの連続だ

やがて階段を降りきり、今度は地下道を歩いていく
地下道も光苔のおかげで明るい

「この町は昔から地下に在ったの
 魔王の侵略が始まってから、上の廃墟を造ったの」
「へぇ じゃあ地下の専門家だ」
「あはは そういう事ね
 でも町の人を見たらまた驚くと思うわ」
「なんだ? まさか"もぐら"だとでも言うんじゃないだろう?」
「どうかなぁ」

なんだ、不安になるじゃないか
この町はいわばメイのホームグラウンド
俺はまるで借りてきた猫だ

そんな俺の思いとは逆に、楽しそうなメイ

「さ、この扉をあけるとイシスよ 準備はいい?」
「え? ああ、準備も何も…」

俺の顔を一目みて、メイは石で出来た扉の横にある取っ手を引く

『ゴゴゴ…』

扉がゆっくりと左右に開く

この世界の自動扉みたいなものか
今までと違い、やたらと文明的な町だな
だけど白い壁があるだけで町なんてないじゃないか…

「…町は?」
「この白い壁は魔力でつくり出した幻なの 魔物が扉を開けてもすぐに入ってこられないように」
「そ、そうか イシスってすごいんだな」
「なにしろ… まぁいいわ、入りましょう」

メイの言い掛けた言葉が気になったが町に入ればわかるだろう
まず俺が、壁に足をつっこむ

不思議な感覚が足に伝わってくる
足先を阻むモノがない、向こう側は確かに存在するようだ
そのままおそるおそる身体も壁へ─

結界を抜けた俺の目に飛び込んできたのは真正面に構える巨大な宮殿
こんな地下にこんな巨大な建物が─

「ようこそイシスへ!」

後から入ってきたメイが俺の後ろから言う

「なんていうか、驚いてばかりだよ ははは…」

驚きすぎて笑いが出てくる
俺は地下だからてっきり狭い空間にひしめく小さな建物を想像していた
だが違った
真正面の巨大な宮殿を囲むように並ぶ家
その家だって一つ一つがとても大きい
よく地下にこれだけのモノを造り上げたものだ

「宮殿へ行きましょう そこで魔力を引き出してもらえるわ」

宮殿というのはあの正面のでかい建物の事だな
いよいよか、俺も魔力を… 持てるんだ










●魔力とルビスとオリハルコン

正面にある宮殿へ向かい歩き始めた俺たち二人
道は大理石のような美しい石で舗装され、建物全ては白で統一されている
地下の壁全体も白 まるで近未来を描く映画のよう
 
だけど、何か違和感を感じる
家そのものは大きいのだが窓や入口が妙に小さいのだ

「なぁメイ なんでこの町の入口や窓なんかは小さいんだ?」
「いい所に気付いたわね 向こうを見て」

メイの指す方向へ顔を向けた
身長の低い真っ白なローブを着た二人の男が、何か話しているのが見える
町の色にまぎれ込んでいて気付かなかった

しかし二人の男はやけに… 小さい?
髭を生やしているから大人、だよな…
離れているからとかそういう理由ではなく明らかに"身長が低い"

俺の困惑した表情を見て笑うメイ

「向こうにいる人は小人なのか?」
「あはは 違うわ
 このイシスはね、ドワーフの町なの」
「え? どわわふ?」
「どわーふ、ドワーフよ 聞いた亊無い? 旅人なのに」
「…初めて聞いた」
「珍しい旅人ね…
 いい? ドワーフっていう種族は人間と違って身長が低いの
 手先が器用で人間とは違う独自の文明を持つのよ
 器用なだけじゃなくて魔力も力もあるわ」

ドワーフなんて初めて聞いた
トルネコもテリーも知ってて教えてくれなかったのか?

「ふぅ… この町には驚いてばかりだよ」
「驚いてくれて嬉しいわ」
「まぁ嫌な驚きじゃないからいいけど…
 そういえばメイはイシス出身なんだよな なのに、ドワーフに見えないのは…?」

言ってから、この質問はまずかったかもしれないと気付く
だがメイは至って普通に返事を返してきた

「私の父がドワーフで母が人間なの
 珍しい組合せなんだけどね そして私は父の魔力を受け継ぎ母の人間の姿を受け継いだわけ」
「そういう事か」

よかった、拾われた子供とか不幸な生い立ちじゃなくて…
でもドワーフと人間じゃ身長差が大きいな
向こうで話しているドワーフ二人は俺の胸の下くらいしかない
…いろいろと大変だろう

「ここよ ここがイシス全体の魔力を管理する宮殿」

目の前には高くそびえ立つ何本もの柱に支えられた、巨大な宮殿への入口
その入口に向かって階段が続いている

おかしいな、そんなに歩いたつもりはないんだけど宮殿に着いていたのか

「全体? ああ、町の入口の事か」
「入口もそうだけど気温や気圧も魔力で制御しているわ
 そして空間も魔力で広げてる
 これはうまく説明出来ないんだけど… 今歩いてきた距離よりも実際の道は遠く見えない?
 つまりはそういう亊、ごめんうまく説明できないわ
 とにかく、この地下での生活を維持するために絶対必要なモノなのよ」

空間?!
確かにあまり歩いていないのに、遠くに見えたこの宮殿へ着いてしまった
じゃあ広く見えるこの地下も、実際はせまいのか
いや、でも見せかけだけだったら人は住めない
んー さっぱり理解出来ないがそういうものなんだろうな…

「でも、そんなすごい魔力を持っているんだったらこの町の人だけで魔王と戦えるのでは?」
「残念ながらそれは出来ないわ
 この町を維持する大きな魔力はルビス様の像によるもの
 その像がどのようにして魔力を発生しているのかはわからないのよ
 私たちはその像の魔力をドワーフの知恵で利用しているだけ そしてその像の魔力は攻撃的なものではないの
 ドワーフの魔力も同じよ」
「うーん… 難しいな」
「ルビス様の像やドワーフの魔力では攻撃魔法を扱えないって亊
 私は人間の血が半分入り、親が神官だからその影響で攻撃魔法も扱える魔力を持ったんだと思うわ」
「……イシスはなんだかすごいって亊だな?」
「あはは 私もまだ理解できているわけじゃないからね
 魔力にもいろいろあるのよ 難しい話はヤメにして、行きましょう」

これ以上聞いても俺にはきっと理解できない
少しホッとしながら宮殿への階段を一段一段踏んでいく
階段を昇り入口をくぐると真っ青な絨毯が奥へと続いる
宮殿内部に装飾はほとんどなく、窓すら見当たらない
ただただ、白い壁と青い直線がそれだけで美しい装飾品

静まり返った宮殿
その雰囲気に飲まれ、俺は話すことを遠慮しながら青い絨毯の上を進んだ

しばらく進むと壁に人が通れる位の四角い穴が空いた壁
青いカーテンに遮られ中の様子は見えない

「この奥で魔力を引き出してもらえるわ」
「やっと魔力を持てる、今から緊張するよ」
「儀式は一瞬で終わるから安心して」
「一瞬なのか あ、そういえば寄付とか必要なのかな?」
「いいえ必要ないわ」
「そうか、よかった 実はあまり持ち合わせが無い」

雷鳴の剣の修復費用のせいで余計に懐はさみしい
そういえばメイはいいとしても宿代もテリーは払っていってなかった
…三倍にして返してもらおう

「いってらっしゃい、私はここで待ってる」

俺は荷物を降ろし、青いカーテンの向こうへ進む
この入口もドワーフにあわせてあるためか低い

カーテンの向こうは小さな部屋になっていて、簡素なテーブルには椅子に座る歳老いたドワーフが一人
部屋の左右には重たそうな石の扉
色は全て白だ、それ以外には何もない

「あの…」

椅子に座り何か書き物をしているドワーフへ声をかける

「ふむ… 魔力、かね?」
「ええ 引き出してもらえると聞いて訪ねました」
「では金属の装備を外しこのテーブルの上へ、できたらワシの側へきなさい
 ワシは怪しいものでは無い、魔力を引き出すことの出来る唯一の神父じゃ」

この人がそうか…

鎧をガチャガチャ外し、剣を腰からおろしてテーブルへ置く
一呼吸おいてから、神父の側へ移動した

「ひざまづいて、頭をワシのほうへ傾け… うん、しばらくじっとしていなさい」

ドワーフは背が低い
ひざますいて頭を向けると俺は床を見る格好となった

「……」

頭のてっぺんに手をかざれる感触を感じる

ん なんだ、眠気が…
このままじゃ寝てしまう、我慢できん……
これが ぎし き………





この うかぶ かんかくは…

『お久しぶりです、タカハシ』

ルビス…!
これはあんたの仕業か…

『強くなりましたね』

ああ、頑張ったよ
トルネコさんの事もあるし…
それに強くなれって言ったのはあんたじゃないか
で、なにか用ですか、ルビス様?

『あなたはこれから魔力を持ちます』

その為にイシスまで来たんだ
魔力を持てれば今より強くなれるんだろう?

『ええ あなた自身戸惑うくらい強くなるでしょう…』

戸惑うくらい? 今後の旅が楽になるな
でもまだ俺を元の世界へは… 戻さないで欲しい

『…勇者トルネコのため、ですか?』

そう、その通り
…待てよ、あんたなら呪いを解くことが出来るんじゃないのか?
出来るのならやってほしい!

『申し訳ありません あの呪いは私には解く事が出来ない…』

そうか…
なら、俺が方法を探す
トルネコさんの呪いが解けるまで俺を元の世界へ戻さなくてもいい
俺も強くなれるし一石二鳥だ

…でも、なんで俺に強くなれと言う?
そもそもなぜ俺をこの世界へ引き摺り込んだ?

『それはまだ言えません…』

もし、勇者になれと言うならお断りだ
俺には関係が無い
悪いが他をあたってくれ

『……そうは言いません』

安心したよ
ならなんでだ?

『まだ言えません』

……わかった、もういい
用は?

『…あなたはこれから魔力を手に入れます
 ですが、あなたは魔力を引き出しても魔法を使うことができません
 代わりに、オリハルコンの剣を活用してください』

そんな残念なお知らせはもっと早く言ってほしい…
魔力があっても魔法を使えない事があるなんて知らなかった

『失望する事はないのです
 剣術のみで戦う者であっても、魔力があれば自分の力や技をより強力にする事が出来ます
 そしてオリハルコンの真の力はあなたの魔力でのみ、発揮される
 その力はとても大きく、自分の意志で扱えるようになって下さい』

それなら安心だ、しかし─
真の力とは?
俺の魔力でしかできないってどういう事だ?
なぜオリハルコンを知っている?

『今引き出された魔力だけではオリハルコンの真の力は発揮されません
 もっと強い、心と意志が必要ですがやがて手にするでしょう』

その強い心と意志がなければ、今の魔力でオリハルコンは無意味だと?
それと他の質問にも答えてくれ

『いいえ 今の魔力だけでもオリハルコンは力を見せてくれる
 …私の言った他の言葉の意味は、またあなたが強くなった時にお話します………………』

う!
待ってくれ 俺はどこまで強くなったら…
俺に何をしろというんだ……
かってにはなしを おわらせ………





「……タカハシ! 起きてタカハシ!」

パシパシという乾いた音が耳に入る
と同時に、横っ面に痛み

神父の部屋へ戻されたか……

音の源、誰かが俺を平手打ちし頬に衝撃を伝えている音
その動作で顔が左右に揺れている
あまりに痛いので目を見開きガバッと勢い良く身体を起こす

「あ…」

引っ叩いていたのはメイ
俺が突然起き上がったので驚いている
側にいる神父も一緒に驚き、動けなかった

叩かれていた頬を触るとひどく熱い

「起きた…… よかったぁ……」

両ひざをついて平手打ちしていたメイが、がっくりとうなだれる
俺は魔力を引き出してもらっている間に眠り、床へべたりと身体をくっつけたようだ

「失敗してしまったかと、思いましたぞ……」

神父がホッとした表情で言う

「すみません、なんか寝てしまったみたいで……」
「儀式の途中で寝てしまうなんて聞いたことが無い 何もなくて良かったわい
 …魔力は眠っている間に引き出せたよ」

そうだ魔力
だけど俺には魔法を扱えないからどう確認していいか…
…ともあれ魔力を引き出してもらえたんだ、礼を言わなければ

「ありがとうございます、迷惑をかけました」

立ち上がり、神父の言葉を待つ俺
だが何も言ってこない もう何もないのかな?

「…もう、行ってもよろしい」
「そ、そうですか では失礼します」
「後でメイに詫びておきなさい メイの事はよく知っておる
 あまり困らせるんじゃないぞ」
「あ、はい… すみません」
「さぁ、メイを連れて」

座り込んだままのメイを立たせ、荷物と装備を手に取り神父の部屋を出る
メイはずっと下を向いたまま、黙っている

泣いて、いるのか?
俺が儀式で眠ったから?
…とにかくなんとかしないと

「ほら、もう平気だ! いつもみたいに元気─」

ドゴォォォとメイの拳が腹にめり込む
突然の衝撃に、逆くの字へ身体を曲げる俺

「魔力の引き出しに、失敗する人も、いるの…」
「ぐ… え?」
「失敗したら、精神が破壊されて… 滅多に無い事なんだけど、もしかしたらって……」

そんな事もあるのか…

「今のは、心配させたお返し」

顔をあげタタタと駆け出し、入口である門で止まり振り返るメイ
空間制御のおかげで、遠くの門へ少しの動作でたどりつく

「いきましょう! 早く!」

…元気に戻ってくれた
しかし、俺にダメージを与えられるんだから格闘も出来るじゃないか…
鎧を装備していないとはいえ、見事な攻撃だ

鎧と剣を身に付け荷物を背負う
熱い頬はそのままに苦しさの残る腹を押さえ、手を振るメイの元へ向かった










●メイの両親

「ごめん」

宮殿を出てすぐに謝る俺
町の明るさが全く変わらないためどれくらいの時間なのかがわからない
太陽の動きがわかっても早朝、朝、昼、夕方、夜くらいしか判断出来ないが

「儀式で眠る人なんてまずいないから、驚いただけ 泣いてなんかないわ」

目が赤くなってるじゃないか
心なしか鼻声だし
ルビスもタイミングを考えてくれよ…

「ところで、魔力を引き出してもらった感想は?」
「感想? …あまり実感が無いな、俺は魔法を使えないし」
「え、そうなの? 神父さまにそう言われたの?」
「ルビス─ じゃあない! …そうだろうなぁって思っただけ」

危ない、思わずルビスの事を話してしまうところだ

「ルビス様がどうかした?」
「なんでもないんだ たぶん、夢でもみたんだよ ははっ」
「ふーん… 後で簡単な魔法を教えてあげるわね」

困ったな
使えないってわかってて教えてもらうのは、悪い
しかしどう説明したらいいんだろうか

「いや、今は剣を─」
「遠慮しなくてもいいのよ 私は賢者なんだから教える事くらい簡単」

仕方ない
教わっても使えない所をみてもらえば、諦めてくれるか
……なんか悲しいけど

「わかった 楽しみにしておくよ
 それで今どこへ向かってるんだ? 宿屋か?」
「当然、私の家よ
 お金払って宿屋に泊まるなんて、家があるのにもったいないわ」
「家か… 大丈夫なのか?」
「平気よ あんまり気にしないで、ゆっくりしていきましょう」

平気っていうんだから、いいか
おかげで宿代が浮く
1ゴールドだろうと無駄遣いは出来ないから節約だ

宮殿の正面の大通りを途中で曲がり、民家らしき建物がある通りを歩いていく
"民家らしき"というのは、どの建物も人の住む家に見えないからだ

「ここよ 結構立派でしょ? どう?」

メイが腕を右へあげる

二階建ての四角い石造り
雨が振らないから雨樋を要しておらず余計なでこぼこが無い本当に四角い家
そして空間制御のおかげかとてつもなく広い 軽く百坪はあるだろう
例に洩れず外壁は白だ

家の大きさと合わない扉を開け家へ入る
メイの両親は俺を歓迎してくれた

娘が男と旅をしてるなんて正直、なにか言われるんじゃないかと思っていたが…

父親はカシムといいドワーフ
母親はネリスといい人間
二人はとても温和で、やさしい
俺とトルネコの話をじっと聞いてくれ、それからメイを呪いの解けた勇者様へ送り届けてほしいとお願いされた
メイとの旅は封印の洞窟までと決めていたのだが、その場の雰囲気に押されて"はい"と返事をしまう

この世界で何度、妥協と安請け合いをしてきただろう
俺のこの行動が後々トラブルを起こさなければ良いけど

しばらく談笑し、やがて食事が運ばれてきた
ネリスの作る料理はとても美味しく、メイが作ったという何かのスープも同じく美味い
旅ではゆっくり食事を作る時間も設備も無いから、俺はしっかり堪能した

食事後、疲れていた俺は失礼かと思ったが眠気を我慢できず先に寝かせてもらう事にし、湯を借りた
その後客間へ案内されたのだが、光苔は植えられておらず真っ暗
客間と寝室は、俺はすぐ寝たいので断ったが移動できる台に光苔を植えたモノを使うそうだ

俺が客間へ入った後も家族の会話は聞こえたけど何を話していたのかはわからない
メイと両親は明日から長い時間会えなくなるんだ、いろんな話があるんだろう
気にせず柔らかく厚い布団に潜り込む

明日からまた固い地面と薄い毛布と渇いた食事─
その事を忘れるように目を瞑り、俺は一瞬にして夢の住人となった










●オリハルコンと魔力

「お世話になりました」
「メイの亊、よろしくお願いします」

朝になり、俺はカシムとネリスに礼を告げていた
ネリスが俺に言葉を掛け、カシムは黙ってうなずいている

「今度は勇者様もお招きするわ いってきます!」

メイが元気良く両親に挨拶をし、俺と共に家を出る
俺は食事をして眠っただけだが家族は遅くまで話し込んでいたようだ
娘を苛酷な旅へと送り出す親の気持ち、俺には今後も理解できそうにない

「スープ、美味しかったよ」
「ありがとう 私が唯一、自慢できる料理なのよ」
「唯一? 他は?」
「他は… 勉強中です!」

ちょっと怒った表情で、メイは大声で答えた

旅をしている間は否応なしに軽い食事になってしまう
だけど俺は朝からそんなに腹へ入れられない
だから朝食は昨晩メイの作ったスープを出してもらった
調理されている食事はこれで当分お預け、メルビンに出会えれば別だけど方向が違うから会えないだろう

メイの家から歩き、宮殿正面の大通りへ出る
真っ白な建物には真っ白な店の看板
いくら白が好きだといっても、これじゃ迷うよなぁ

「旅に必要なものを用意しましょう」
「うん、店に寄って準備だ」

話し合い、まずは食料品店へ入り食べ物を買った
栄養価が高く保存も利く、いつもと変わらない乾物だ
それから魔法の鎧の代わりを探すため、武具の店へ

「いらっしゃいませ!」

小さな店主が出迎える
この店は武器と防具両方を扱っているため広い

「鎧を見せてほしいのですが」
「鎧ですね? それなら─」

店主がカウンター奥のカーテンをシャッと引く
その向こうには鎧が二つと木の人形に着せられた衣が一着

「左から"水の羽衣"、"ドラゴンメイル"、"魔法の鎧"となっております」

俺が扱えそうなのは魔法の鎧とドラゴンメイルの二つ
水の羽衣はヒラヒラしすぎていて、剣を持って前に出るには不向きだ
メイはどうする?

「あ、私は大丈夫よ 良いローブを着ているから」

メイが身に着けているのは、薄いベージュで所々がキラキラ光るローブ
そういえば昨日までのローブと違う

「昨夜、母にもらったの プリンセスローブっていって"炎"、"風"、"氷"の魔法ダメージを軽減できるのよ」
「へぇ たいしたローブなんだな」

耐性というやつか
これから長い旅になるんだし、そういう事も考えていかなきゃいけない

「耐性なら魔法の鎧が良いと思いますよ!」

店主がそういいながら魔法の鎧をカウンターへ乗せる

トルネコもちゃんと耐性を考えて俺に装備させていたんだな…

「ドラゴンメイルは耐性無いんですか?」
「炎に対してだけ、高い耐性があります」

"炎だけ"なのか、うーん…
赤い色がかっこいいんだけど、守る範囲は広いほうがいいもんな

「じゃあ、魔法の鎧を」
「ありがとうございます! お代は9000ゴールドです
 今装備している鎧は… おやそれも魔法の鎧ですか!
 穴が空いているようなので1000ゴールドで引き取りましょう
 8000ゴールドのお支払いをお願いいたします」

思ったより高い 金が…
しかし穴があいたままでは気持ち悪いし仕方がないか、この鎧を引き取ってくれるんだ…

俺は残った金17000ゴールドから8000ゴールドを支払う
その場で、穴の空いた魔法の鎧を外し店主へ渡した後、新しい魔法の鎧を装備した

「とてもお似合いですよ! ありがとうございました!」

同じ鎧でも新しいモノは気分がいいな

「鎧だけでいいの?」

メイが俺に問いかける

「そうだなぁ… 兜は重いし、これでいいよ」
「あ! 盾はいかがですか? どんな攻撃でも弾き返せますよ!」

店主が勢いよく提案し、別のカーテンを引く
見ると盾がズラリと立てかけられていた

「すみません 俺は盾を扱えないんです…」
「そ、そうですか 最近、盾が売れないんですよねぇ」

そういえばピピンもテリーも、そしてトルネコも盾は使ってなかった
魔物くらいだろうか、使っているのは
とりあえず俺には必要無いな

「じゃあ、これで…」

今度は武器を薦められてしまいそうな雰囲気だったから、急いで武具店を出る
武具屋の扉から"またどうぞ!"と店主の声が聞こえた

「さて もう準備はいいかな」
「ええ、町を出る?」
「そうしよう」

遠くに見える町の入口へちょっとの時間でたどり着き、階段を昇る
昇りきると、まぶしい陽射しが出迎えてくれた

やっぱり本物の陽は違う
なんというか、暖かさがあるもんな

「よし どっちの方向へ向かえばいいんだ?」

地図を出しながらメイに聞く

「ここからだと… 南ね、この偽物の町をこのまま通り過ぎれば分れ道があるわ
 その先は私も行ったことが無いから地図を頼りに、迷わないように」
「フィッシュベルへ向かう途中、何回か迷ったからな…
 今度はしっかり確認しながら行くよ」

地図をしまい、偽廃墟を通り過ぎる
しばらく進んだところで振り返って見ると、なるほど
普通の人間でもこの距離から眺めれば本物の廃墟だ
しかしこれじゃあ何も知らない旅人はきっと廃墟だと勘違いして素通りするか近付かないだろう

「ホイミ、教えてあげる」

イシスの偽廃墟を眺めていると突然、メイが言った

「あ いや、いいんだ魔法は任せるから」
「任せるって、魔力を持ったのに魔法を使わないつもりなの?」
「うーん、今はオリハルコンと魔力の二つの力を見てみたい
 魔法はまた今度、教えてよ」
「そう? タカハシがそう言うなら良いけど」

ルビスの事を言えないのは面倒だ
"誰にも言うな"とは言われてないんだから構わないんだけど、説明するのがなぁ
俺が違う世界から来たなんて、とてもじゃないけど言えない
今はなんとかなってるから、別にいいか 俺はこの世界からいなくなるんだしな

ちょっと不満そうなメイと並び、チゾットへ向け再び歩きだす
俺は魔力とオリハルコンの関係が知りたくて魔物と戦いたくて仕方がなかった
そっと、剣に手を添える

…そういえば魔力の使いかたを知らない
魔法と同じような感じなのだろうからメイに聞いておこう

「魔法を使うには、使おうとする魔法を思い描く事から始めるの」
「魔法を思い描く?」
「例えば、簡単に言うとメラなら炎を相手にぶつける様ね」
「なるほど そうすればメラが出るのか」
「そう そうすることで術者の魔力と反応し魔法が使える」
「メイはメラミっていうでっかい炎をよく使っているけど、そういう魔法はどこで教えてもらえるんだ?」
「魔法のほとんどは書物や人から教えてもらったり… 中には魔法自体を封じ込めてある特別な道具からとか」
「特別な道具か きっと賢者の石みたいなものなんだろうな」
「たぶん似たような物ね でも魔法の効果を知ったとしても使えるようになるには訓練が必要なのよ」
「ははぁ 訓練が必要だなんて、剣術と同じなんだなぁ」
「強力な魔法を扱うにはそれ相応の魔力と鍛錬も必要になるの 魔法使いはただ叫んでるだけじゃないのよ」

魔法を使うにも訓練が必要か
じゃあ、オリハルコンの剣が魔力で強くなるって言うのも訓練が必要なのかもしれない

その後、魔力の話を中心にしながら歩き、夜を迎えた
メイは毛布にくるまって休んでいる
夜は交替で見張りをするため、交互に休む
俺は焚火を前に座り、干し肉をかじりながらボウボウと踊る炎を眺めていた

テリーは今ごろどうしてるかな
メルビンとうまくやっているだろうか
剣の事になると他の事が考えられなくなるから、心配だ
もしかすると武器商人を目指していたりしてな はは…

俺は眠い目をこすりながら、そんな事を考え交替の時間まで過ごした


「おはよう…」

今日も朝からよい天気
結局、魔物が現われることはなく夜は明けた

水筒の水で顔を洗い、草の茎で歯を軽くこする
歯ブラシが欲しいけどこの世界には存在しない

「チゾットまでどれくらいかかるかな」
「わからないわね 私も行くのは初めてだから」
「ゆっくり進んで行こう いつかたどり着くだろうし」
「…朝から大雑把ね」
「ゆっくり眠れなくて… 正直、ベッドの上で寝たいよ」
「私が我慢してるんだから、男のあなたはもっと我慢しなきゃ」

よくわからないメイの言葉に思わず言う

「いや、そのりくつはおかしい」
「なにか言った?」
「……いえ」

女を敵にしちゃぁイカン、ここは大人しくしとこう…

イシス周辺の景色とは違う開けた大地
所々に密集した木々があり地面を短い草が覆いつくす、メルキド周辺に良く似ている

寝起きの頭がハッキリしてから歩きだし、三十分ほどでハイオークが行く手を阻んできた

「ここは俺にまかせてくれ 魔力と剣の威力を試したい」

荷物を降ろし、オリハルコンの剣に手をかけながら俺が言う

「危なくなったらすぐに回復しに戻ってきて」
「わかった」

メイには後ろで待機してもらう

「ウゴゥゥ」

俺は剣を構え、ハイオークの前に立つ
剣に対して魔力を送り込むイメージを作り、柄をギュッと握り斬りかかった
剣尖が弧を描き、動きの鈍いハイオークへ刃が当たるギリギリ─

勝負は一瞬で付いてしまった
ゴウと刀身が金色の光を纏い、上半身と下半身がまるで達磨落としのように跳ね、土の上へ不様に落ちるハイオーク
剣は魔物の体には触っていない
だが明らかにいつもと違う感触 それだけだった

「う…! これが オリハルコンの、力…!」

魔物を倒したというのに、剣から放たれる光は一向に収まろうとしない
俺の身体から力を、魔力を吸い取りつづけているような感覚

このよくわからない現象を抑えようと必死に違うことを考えたりしたが─
やがて俺はその場へ膝からガクリと崩れ落ち、立てなくなってしまった
立てなくなっても柄から手を離すことが出来ない
刃にまとわりつく金色の光は一層、大きく強く激しくなる

「魔力を抑えて! お腹の、下腹部へ魔力を戻す様を!」

メイの声に従い、剣から下腹部へ魔力を呼び戻すイメージを必死につくる
すると、カシャリとオリハルコンの剣が手から滑り落ち、力を吸い取られる感覚も無くなった

「な、なんだったんだ今のは…」
「…たぶんあなた自身が魔力の扱いに慣れていないから、このままだったら魔力どころか体力全てを吸い取られていたわね」

吸い取られる?
もしメイの助言がなかったら危なかったって事なのか

"ふぅ"と一息ついて、立ちあがる

「助かったよ
 それにしても魔力を扱うってのは難しいんだな」
「剣に与えたり自分へ戻したりするのはすぐに出来ていたから、すぐに慣れると思う
 後は上手に、自分の思う通りに強弱を付けられれば更に良いわね」
「強弱か それは魔力で出来たあの光の強さを変化させるって事かな?」
「そうよ メラでも、魔力を抑えれば弱くなり効果を抑えられる
 そして魔力を強めれば効果が上がり強くなる オリハルコンの剣も同じだと思うの」

そういう事か 魔力ってのも奥が深い
うまく扱うにはやっぱり訓練が必要って事だ

「今後は意識して魔力をコントロールしなきゃならないな
 戦いかたが全く変わってしまいそうだ」
「こんとろーる?」
「えっと… 操作って意味だよ 魔力を操作しなきゃならないって」
「変な言葉ね どこの言葉?」
「どこの言葉って言われても… 何か変な本でも読んだのを覚えていただけかも」
「ふぅん」

存在しない言葉があるっていうのは、難しい
思わず普段遣いの口調になってしまう、元の世界の

「魔力を増減させるのはそんなに難しい事ではないわ
 経験を積んでいけば自然に体得できるから、あまり考えすぎないで」
「それを聞いて安心した しばらくは俺一人で戦うよ」
「私が楽でいい案ね 出来ればずっと一人で戦ってもいいのよ?」
「いや、それはちょっと…」

実際、魔力をうまくコントロールできるようになれば一人で戦っていけるような気もする
敵に触れることも力一杯叩きつける必要もなく、切り裂いてしまう力
だけどテリーみたいに戦闘マニアじゃないから遠慮しておく

「あ、ちょっと待って」
「ん?」
「魔力は大丈夫? まだ残ってる?」

"残ってる"というのはどういう…

「魔力は限りがあるから、時々休んで回復させなきゃならないの
 経験を積んでいけばその上限は際限なく上がっていくのよ」
「その"残った魔力"はどうやったらわかる?」
「さっき言った下腹部へ魔力を集中させて
 そうして目を閉じると青い光が見えるから、その光の眩しさでわかるはずよ」

下腹部っていうのは丹田の事か
気功みたいだな 本で読んだことがある

「どんな光か、教えてね」

目を閉じ、体全ての末端から力を丹田へ集めるイメージを頭の中で描き、魔力を集中させた
少しして、まぶたの奥に大きな青い光が浮かびあがってくる
その輝きは、少し淋しそう

「大きな光が… でも輝きは弱い」
「魔力が残り少ないと弱い光になるの
 大きな光という事は、魔力自体は強いのね
 でも剣にかなり吸い取られたみたいだから… 少し休んでいきましょう
 魔力の回復は身体を休めるだけでも自然に回復するんだけど、座って今みたいに目を閉じ
 静かに、魔力を下腹部で造り出すようにすれば早く回復できる
 熟練してくるとあっというまに回復できるようになるから」
「わかった」
「今の魔力を知るのも、経験していけば目を閉じて集中しなくても出来るようになる」
「なんだかめんどうな事が増えたなぁ」
「ふふ 頑張ってね
 魔力を集中する練習をたくさんしておくと良いわ」

妄想なら得意分野だし─

「…妄想じゃないから」

!!
まずは思ったことを呟かなくなる練習が必要みたいだな……










●守れない

イシスを旅立ってかなりの日数が経った
グランバニアからフィッシュベルの距離よりも長く、遠い道程
目の前には高い山がそびえ立ち、俺とメイの旅を更に苛酷なモノにしようとしている

「はぁ この山を登っていくのか、嫌になるな…」
「さすがにこれは厳しいわね…」

あまりに嶮しい山道に思わず溜息と愚痴が出てしまう
しかし文句を言っても仕方がない
毎度の事だが進むしかないんだ

急な上り坂のような、道らしき岩を登っていく
だが角度がありすぎる 二人の移動速度は平地の時よりかなり遅い歩みとなった

「こんなに苦労をして… 洞窟に何もなかったら笑うしかないな」
「ごめんね 私もこんなに厳しい旅になるなんて思ってなかったから…」
「いや、それは構わないんだ どっちみち俺は、自ら進んで可能性を探るしかなかったから」
「…そう言ってもらえると私も気が楽になる 勇者様の呪いを解くシャナク、あるといいんだけど」
「シャナクが無くたって構わない 剣術の修行が出来るだけでもありがたい
 だけど願わくば、呪いも解きたいよ」

この地へたどり着くまでに、オリハルコンと魔力をほぼ思った通りにコントロール出来るようになった
その力は正に素晴らしく、戦いを格段に楽にしてくれた
それはよかったのだけど、困ったこともある
食糧が常に不足しているのだ
旅商人と出会えたのは一回だけ、しかも食糧屋では無かったため十分に補給する事が出来なかった
だから時々森へ入り、自然に育つ木の実や果実を採取していたがほとんど魔物に荒らされ数は採れない
水だけは休憩所のおかげで困ることが無かった
旅人がメンテナンスしてくれるおかげだ

「それにしても、ここ最近魔物に遭遇しなくなったよなぁ」
「そういえばそうね お腹が空きすぎて気付かなかったわ」

この数日、実は魔物と戦ったのはたったの一回
まさか俺たちに恐れをなして姿を見せないわけではないだろうから、不気味だ

「はぁ… ちょっと、休憩しよう いくらなんでも急過ぎるよ」

小一時間ほどあるいただけで息が切れてしまう
この世界に来て一時間歩くなど造作も無いことだったのだが、この山道は別
富士登山した時も同じようにすぐ息切れして休憩した事を思い出す

その日、実際に歩いた時間は五、六時間だが進めた距離はほんの少しだろう
いや、上に向かって歩いているんだから距離は稼げたのかもしれない
岩の窪みへ座り込み、火も起こさず見張りも立てず、ぐっすり眠ってしまった

翌日、昨日と変わらない嶮しく急な山道を歩いていく
背中に背負う荷物は残り少ない食糧の分だけ、軽い
昨日あまり進めなかった反省から、今日は暗くなっても進もうと二人で頑張ることにした
魔物の気配は全く感じられない
何か、おかしな事でも起きようとしているのだろうか…

翌々日、相変わらず平に削られた道
全くの無言で、その岩に対し疲れをぶつけるかのようにかかとを蹴って進む
この道はいつまで続くのか

山道を進み始めて数日
体も慣れ、あまり休憩を必要とせず進めるようになっていた
だけど食糧が底を尽きそうだ
道の起伏が激しくなり、標高は上がったり下がったりを繰り返し、今いる場所が高いのか低いのかすらわからない

更に幾日
降り道が思った以上にキツイ事が判り、そして食糧は尽きていた
水も、節約してきたつもりだが残り少ない
歩みは止まりメイが─ 熱を出し寝込んでしまった
俺も相当疲れていたがここで動けなくなると共倒れ、最悪二人とも"死"
そんな状況を脱するため俺は一人、何か食べ物になる物は無いかと探しに出た
ここ数日を考えれば、魔物はたぶん現われないだろう
メイを休ませフラフラと道を進んでいく

進み始めたはいいが、草一本生えていない
これじゃあ意味が くっ…

小さな石に躓き、その拍子に膝からゆっくりと力が抜けへたり込む

めまいがする
頭がいたい
足腰が安定しない
考えがまとまらない
ここで俺が倒れたら、メイがやばい
今動ける俺しか守って、助けてやれないんだ
そのためにもなんとか進まなければ……
くそっ…!
こんなところでへばるな! 動け!

こわばった足を拳で殴り、気合いを入れる
太股に少し力が戻り、膝を持ち上げ脛と脹脛を前に出す
"うおお!"と叫びながらやっと立ち上り、ズリズリと足を引き摺り─

だが、無情にも再び膝から力が抜け、前のめりに倒れ込み頬を地面にくっつけた状態

もう─ 動けない
ここまで頑張ってきたのに
誰にも見付けてもらえずこんなところでひっそりと死ぬのか
どんなに剣術で強くなったとしても、身体が健康じゃなきゃ無駄だ…

すまないメイ… トルネコさん…
俺には誰も、守れない……
自分自身ですらも………

意識は 頭の中から どこか遠いところへ 運ばれて──










●チゾット

どれくらい 倒れた?
ここは どこだ?
メイは どうなった?
俺は どうなっている?

もしかしたら死の世界かもしれない
瞼を開くのがとても恐ろしい
あの状況ではとてもじゃないが助かったとは思えない

だけどこの感触
柔らかいシーツにベッドだ
俺は、ベッドの上で寝ているんだ
助かったのか?
だとしたらここは… チゾット?
それとも元の世界、か?

"イチ、ニィ、サン…"と心で掛けながらゆっくりと瞼を開く
石で出来た天井に大きなランプが下がっている
元の世界でも死の世界でも無い、この世界の部屋

身体中を大きな倦怠感に支配され、起き上がりたいけどそれも出来ない
仕方がないから顔だけを横に向けると、隣のベッドで白いシーツに包まれたメイの寝ている姿

「…ここは」

俺の声に反応したのだろう
誰かがコツコツと足音を立て近付いてくる
反対方向を向くと、スラリとした長身の男が居た

「気がつきましたか 私はここチゾットで医者をしているクリーニといいます」
「チゾット… 医者… じゃあ俺たちは助かったんだ……」
「貴方は運が良かった
 たまたま、東から来た旅の剣士が通りかかりこの村の者へ知らせてくれたのです
 お二人とも脱水症状があり、栄養失調になりかけ他にもいろいろ、です」
「助けていただいて感謝します… メイは…?」
「一緒にいた女性ですね 大丈夫、今は熱も引き寝ているだけですよ
 しかし貴方が、意識がはっきりしないにも関わらず、この女性の事を言わなければ存在に気付かなかった」

目立たない岩影に寝かせていたから、見付けてもらえなかったんだ
また、トルネコを目の前で呪われてしまったように、メイも助ける事が出来ないと─
とにかく助かって本当によかった
もう、俺の目の前で誰かが立ち上がれなくなるのは、見たくない

「さぁ、貴方もまだ回復していません
 この薬を飲んでもう少し休んでください」

クリーニから粉薬と水の入った器を受け取り、それを飲み干す

「その薬は身体の回復力を促進させる効果がありますから……」

薬の説明を全て聞く前、現状に安心した俺はストンと深い眠りに落ちた


俺を夢から引っ張り出したのは
クリーニが村の人の治療をしている声

ゆっくり身体を起こしてみる
身体の痛みと疲労感はすっかり無くなり、完全に回復したようだ
今までの旅の疲れも、消え去った

メイは─
隣のベッドで眠っていた

「おや、目が覚めましたね
 身体はすっかり治ったのでもう動いて大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、クリーニさん
 俺はタカハシで、この娘は俺と旅をしているメイといいます」

ベッドから降り、履き慣れた革靴に足を収める
健康に戻った俺の身体はとても軽かった

「はは タカハシさん、礼なら旅の剣士殿に言ってください
 あなた方の治療費まで支払っていったのですから」
「治療費まで?! その剣士は今どこに」
「なんでも、強い魔物を探すんだとかですぐに旅立っていきましたよ」
「そうですか… 名前はわかりませんか?」
「ええと… テルー? いえ… テリー、と名乗っていましたね」
「テリーだって?! はははっ」

思わず大きな声で笑ってしまった
そうかテリーか!

「テリーさんからあなたに伝言を預りました
 "約束を、忘れるな!"
 だそうですが、知り合いですか?」
「ええ、まぁ 友人なんですよ」
「そうでしたか! それはそれは」

話をしたかったけど、相変わらず忙しく動いているみたいだ
感謝するよ、ありがとうテリー
それにしても、メルビンはどうしたんだ
もう修行は終わったのか?
そしてテリーの言う約束
俺が元の世界へ戻る方法を見付けたとしても─
果たさなきゃならないな

よし
なんだか心も元気に戻ってきた
俺は俺の今の目的を、精一杯やってやろう

「…俺たちの荷物はどうなりました? それから何日くらい眠ってましたか?」
「荷物は、私が責任を持ってお預かりしていますよ
 タカハシさんは十日、そしてメイさんはかなりひどい状態だったのでまだ休ませたほうが良いでしょう
 無理もありません、いろんな症状が一度にでていたんですからね
 あ、身体は治っていますから安心して下さい」

クリーニはそう言い、地下への階段を降りる

俺たちが休んでいる部屋はクリーニの診療室だろう
広い机と診察台、大きな本棚にはたくさんの本が詰められている

あれ?
この世界に病院や医者というものは存在していないんじゃぁ……

「さぁこれです」

クリーニが大きな布の袋三つとオリハルコンの剣を抱えて戻ってきた

「ありがとうございます ところで…」
「なんでしょう?」

受け取ったオリハルコンの剣を腰に携えながら質問する

「この世界、というか、医者というのは?」
「ええ、私が作った職業です
 一般には病気になったり怪我をした場合、薬草や魔法、そして教会で治療することが当り前ですが
 その手段を持たなかったり教会では間に合わなかったりします」

悲しそうな表情で話すクリーニ

「薬草で病気は治りませんし、魔法は使える者が限られている
 最近は病気も複雑化して野草では治らない事が多い
 そうなると教会で人体に詳しい者が治療するのですが、これもまた神官の高齢化でままならなず知識も中途半端
 そこで、です
 私のように怪我や病気を治す事を専門にした人間が町にいれば、そんな事は無くなるだろうと考えた」
「なるほど それで"医者"という職業を始めたんですね」
「そう、今はまだ私しかいませんがきっと認められ、もっと広まると信じています
 "医者"は"医療"で人を助ける
 医者の医は病気を治すという意味があるのでそう名付けました」

医者という職業が広まるのは確実だ
教会から文句を言われるかもしれないが、頑張ってほしい
その為には勇者が世界を救わないといけないんだが…

「ルビス… 様……」

メイが上ごとで小さく呟く

そう、ルビスが誰を勇者にするかだ
そのルビスが、この世界を救うのは俺では無いと言った
でも俺はオリハルコンという特別な金属を扱っている
…どうも信用できないな 俺に何をしろって言うのか
また変なタイミングで現われるだろうから今度こそは聞き出そう

「ええと、それで治療費なんですが…」
「いえいえ 先ほども言いましたがテリーさんに頂きましたから結構です
 それに医は仁術、人に恵みをもたらすという意味もあるのですよ
 私はその喜び、仁徳を受け取れるだけで満足です」
「そうですか… では余裕ができたらいつか、寄付させていただきます」
「ええ 余裕が出来たらぜひ、お願いします」

ニッコリと微笑むクリーニ
この世界の人は必要以上に欲がないというか、羨ましい

「あ…!」

急に、メイの何かを追いかけるような声
そのまま動かず横になったまま、目と表情だけが動いていた

「コホン… では私は少し席を外しますので」

クリーニが診療室を出る

「大丈夫か?」

俺はメイのベッドへ行き、話しかけた
その顔色は良く、体調も回復しているようだ

「タカハシ…」
「ん?」

キュッと、俺の手をとり心配そうに顔を見つめるメイ
ほとんど死にかけた二人、助かったんだから感激しているんだろう

「助かったね… ここはどこ?」
「チゾットだよ テリーが偶然俺たちを見付けてこの村の人に知らせてくれたんだそうだ」
「テリーさんが? どこにいるの?」
「それが、もう旅立ってしまったって」
「そう… 今度テリーさんに合ったらお礼言わないとね」
「そうしよう それから今後だけど、まだ予定は何も決めていないから後で一緒に─」
「あの……」
「どうかした?」
「…いいえ 私はもう少し休ませてもらっていい?」
「ああ、ゆっくりしてていいよ」

メイがまた、布団へ潜り込む

さて、これから何をするか
とりあえず、食料品でも買い込んでおこう

空になった食糧袋を背負い診療室を出る


チゾットの村は山に沿って作られていた
崖に沿って山肌を切り崩し道を作り、その道沿いに家が並ぶ
"並ぶ"というよりは岩をくりぬいてある
家は岩の奥深くまで続いていて、その中で数十人が暮らしているようだ
店を探すと食料品屋と道具屋しかない
特に見て回る場所もないようなので食料品屋へ直行した

「いらっしゃいませ!」

食料品屋はとても広く、品揃えが多い
対照的に客は俺一人
住民が買い物にくるにしては広すぎるし、こんな山の中でどうやってこんなにたくさんの食糧を用意できるのか
不思議に思い店主に聞いてみた

「はは あんたが運ばれてきた道と反対方向の地、西側に村や町を無くした人達がたくさん住んでいるんだ
 そういう人達が二十日に一回ほど大勢でまとめ買いにくるんで、それで広くしている
 品物は西側へ採りに行って加工してるよ
 ここらは旅人も多いし、商売するには困らないさ」

西の地へはすぐに行ける?

「すぐもなにも、三日かからない
 それにしてもグランバニアからならもっと楽に行けるのに東側からそれもたった二人でくるなんて
 あんたずいぶん遠回りしてきたんだなぁ、イシスから来たんだろうけど」

グランバニアから…?
え! 地図にはそんな道のってなかったぞ?
じゃあトルネコの地図は…?

「もっとも、グランバニアからの道は今まで隠されてきたから、知らなくても無理はないけどね はっはっはっ」
「なぜ隠されていたんです?」
「ここからずっと西にはカルベローナがあってな
 その町の住民の意向でそうしてきたんだが、町は魔物に破壊されてしまった
 だから隠す必要が無くなって、知られるようになったのさ」

隠されていた道 それなら地図に載っていなくても仕方がない
それにしても…
経由できる町を考えると、グランバニアから行ったほうがはるかに安全だ
西からならチゾットまで三日かからない事も含めて…

店主の話にショックを受けながら、保存の利く食糧を買い店を出る
大きく膨らんだ食糧袋を背負い、俺はクリーニの診療室へ戻る事にした










●慣れない男と小さな事件

「おかえりなさい、タカハシさん」

診療室へ戻った俺をクリーニが迎えてくれた

「あ、そういえばここを宿屋変わりに使ってしまって…」
「とんでもない
 実はもともと私は宿屋を営んでいまして、実際ここは宿屋だったんです
 私が医者を始めてしまったせいで、この町からは宿屋が無くなってしまいました
 旅人は皆、民家へお金を払って泊めてもらうんです
 そんな環境ですし、構いませんよ」
「そうでしたか」
「お代はテリーさんにいただいてますから、どうか気にせず」
「…遠慮なく使わさせていただきます」
「私は地下の自分の部屋にいますから、何かあったらすぐに呼んでください」

クリーニが地下へ降りていく
俺は背負っていた食糧袋を床へ起き、メイの寝ているベッドの側にある椅子へ腰かけた

ここチゾットから封印の洞窟まで、メイの持つ古文書の地図を見る限り距離はないからすぐ行けるだろう
だけど…
隠されていた道が今では誰でも利用できるようになり、商人や旅人は当然あちこち見て回る
洞窟が誰にも見付かっていないなんて保証はどこにもない
むしろ、すでに見付かっていると考えたほうが良い
…封印された魔法は、高度な魔力を持つ者にしか封印を解くことが出来ないという事だけが安心材料
しかしこれは封印方法にもよるよな
もし持ち運べる程ちいさな封印であれば持っていかれているだろうし
とてつもなく巨大なものであれば、持っていかれないとしても破壊されているかもしれない
賭けだ これからいく洞窟に果たして、何が待っているのか
メイの事を考えれば封印が残っていると、信じたい
俺にはシャナクがなくてもまだ、カルベローナの生き残った住人という可能性がある
それにしても…
しばらく魔物の姿を見ていない
もしかするとここら辺一帯は魔物がいないのだろうか
道具屋の話だと旅人も多いそうだし、壊滅させられた町の人も西には多く住むという
魔物が現われないから交流も盛んに行われているんだな
魔物はどこへ行ってしまったのか…

メイの顔を眺めた
とても落ち着いた表情で眠っている

…なんで俺と行こうと思ったんだろう
俺なんて、フィッシュベルにいる時はとても弱かったし助けられてばかりだったのに…
もっと強い人と旅をしていればこんなに身体を痛めつけることもなかったのに…

気付くと、濃い茶色の長い髪
メイの頭へ手を乗せてしまっていた

「うぉ…」

思わず発し、手を除ける

「どうしました? 顔を真っ赤にして」

ベッドの横の階段からクリーニが登ってきながら言う

「あー 邪魔をしてしまいましたか?」
「え、うぅあ そんあ、そんなこと無いですよなんでもないですから」
「はは、そうですか さっき言い忘れてしまいましたが、お湯を用意しました
 どうぞ使って下さい」

はぁ なんてザマ
別におかしな事はしてないんだから堂々としててもいいはずなのに
無意識だったけど、慣れない事はするもんじゃないよ…

気をとり直し、クリーニへ返事をする

「それは助かります 何日も水浴びすらしていなかったですから」
「では地下を降りてまっすぐ、突き当たりへ
 これ、タオルです」
「ついでに洗濯してもいいですか?」
「どうぞどうぞ」

クリーニからタオルを受け取り、荷物から全部の着替えを取り出し風呂場へ向かい湯を浴びた

「ふぅー…」

この世界では始めての湯舟に浸かりながら一息

やっぱり湯に浸かるに限る
水じゃなんだか、うまくないんだよな

そのまま裸で、衣類全てをゴシゴシこすり洗い、風呂場を出ようとしたとき事件は起きた

「着替えまで洗っちまった…!!」

まずいぞこれは
まさか全裸で上がるわけにもいかない
考えろ、俺!
………そうだ魔法の鎧!
いやっまてっ!
裸に鎧は、胴体しか隠れないし明らかに変質者じゃないか
このまま服が渇くまでここにはいられない…

この世界に来てたぶん一番脳をフル活用して出た答えは─

「クリーニさん!! クリーニさーん!!」

この場から助けを呼ぶ事
しかし、ついてない事にその時クリーニは出かけていた

そうとも知らず俺は必死に叫びつづけ
急いで着替えを持ってくるクリーニをかなり長い時間待ったのだった










●静寂と形跡

メイは夜になって目を覚まし、クリーニから完全回復のお墨付きをもらい喜んでいた
だが気が、少し疲れているのだろう
湯を浴びた後すぐにベッドへ入り、上半身を起こした状態で会話をしている
クリーニは自分の部屋へ戻り、夜の診察室はランプの中で燃える炎の灯りでぼんやりと照らされる

「さっきは本当にこの世界… いや、ここまで生きてきた中で一番の恥ずかしさを味わったよ」
「ふふ タカハシはどこか、いつも抜けているのよね」
「いや、まぁ、言い返せないな はは
 ん? ところでその首に下がっているのはなんだ?」

メイの首には小さなガラス玉
透明で穴が開けてあり、紐が通されている

「これ? これはね、私のお守りなの
 ずっと首から下げていたんだけど、ローブのせいで見えなかったわね」

メイはこの診察室に運ばれた後、民家のおばさんに借りたサイズの大きいパジャマのような服装に着替えさせられていた

「お守り? 何か特別な力でもあるのか?」
「これは"静寂の玉"っていって、場の魔力を封じ込める特別な水晶らしいの
 私が幼いときにイシスの外で見付けて、それからずっと身に着けているのよ」
「魔力を封じる… 封じた事はある?」
「いいえ、一度もない
 静寂の玉は古代魔法と同じ古代の力で作られた水晶玉
 身に着ける者の思いを、長い年月をかけて込めなければ効力を発揮しないそうよ
 だからいつも身に着けているの」
「そうなのか もしもの時の為に、これからも身に着けておかなきゃな」
「─もし、私やタカハシが危険な時、助けてくれたら いいね…」

少し、どこか遠くを心で見つめるような表情で答えるメイ

「うん? なんだ、大丈夫だよ
 俺達はきっと、目的をやり遂げる …必ずだ」

俺が言い終わるのを待っていたかのように、外でザアザアバシャバシャと音が弾け始めた

「雨? そういえば雨なんて初めてだ」
「初めて? いくらなんでも初めてなんて、やっぱりタカハシは変わっているわね
 と言っても、雨は私も一回しか見た事がないけどね」

この世界の雨は滅多に発生しないんだな
まぁ俺の世界とは気候も違うだろうし、別に変ではないか…

その夜降り始めた雨は激しく止むこと無く一晩中、世界をびしょ濡れにし続けた
何かを必死に、洗い流すかのように─


「本当にお世話になりました
 すっかり元気になって、クリーニさんと村の方のおかげです」

翌朝、俺たち二人はクリーニの診察室を出て封印の洞窟へ向かう事にした
洞窟はここから近い
ならばすぐにでも行って封印の無事を確認したい、そう思っての決断だ
丁寧にクリーニと俺たちを運んでくれた人達に挨拶をし、村を出る

今まで隠されてきた"西の道"
その道は平坦に舗装され登り降りもきつくない
しっかり休んで回復できたのもあるだろうが東の道を進んできたときよりも遙かに、楽に進むことが出来た
あんなに苦労して歩いてきた東の道の苦労は、なんだったんだろう

西の道を歩み初めてまる二日、俺たち二人は緑に囲まれる森の入口に居た
相変わらず、魔物とは一度も遭遇していない

「この森、古文書の地図にも書いてある
 それで地図は… ここから更に西を指しているわ」

だが、目の前にある道はまっすぐ北へ延びている
西へ行く道なんて存在していない
あるのは背丈ほどの鬱陶しい草の壁だけ

「しかしというかやはりというか、西への道なんてないぞ?」
「うん でも地図は西を指しているの だから…
 先頭で道を作っていってね、よろしく!」
「やっぱりそうなるよな、仕方がない…」

俺は先頭にたち、オリハルコンの剣でバサガサと草を薙ぎ斬り倒し道を作っていく
魔力はもちろん使わない
使えば楽に進めるとは思うが、草相手じゃあな…

バサバキと草が茎から折れ、倒されていく音だけが森の中へ響く
鳥や虫の声も聞こえず、時折り剣がヒュウと空を切る音が混じる
メイはというと大人しく俺の後ろを着いてくる
こんな調子で休憩を挟みながら数時間は進んだだろうか
目の前から草が無くなり、変わりに地面に張りつく石畳が姿を見せた
その石畳はまっすぐと続く道を作り、道の両脇には刈り取られ枯れ果てた大量の草の山

「道が、現われたのはいいが… これは誰かが通ったみたいだ…」
「…」

なんとも言いようの無い、重たい空気が流れ始める
俺はそんな空気を嫌いメイへ話しかける

「どうしようか?」
「……もちろん、進む
 もし誰かが洞窟を見付けて入っていたとしても、封印を解かない限り古代魔法を取り出すことは出来ないから…」
「そうだな 封印は魔力の強い者にしか解けないんだよな?」
「そう、私の様に賢者かそれ以上の魔力を持たないと封印を解くことは出来ないわ
 そしてそれほどに魔力が強い人間はとても少ないから─」
「よし、行こう」

剣に着いた草の切れ端や汚れを拭き取り、収めながら俺は一歩踏み出し振り返り、ちょっと笑って言う

「もう剣は必要ないな
 このまま草刈りばかりしてたら剣も腕も錆びてしまうよ」










●封印された魔法

夜になり、まだ洞窟へはたどり付けず俺達は石畳の道沿いで過ごすことにした
メイは、古代魔法が近くにある為かなかなか寝つけないようで、見張りをいつもより長くしてくれると申し出てくれた

「眠たくなったらすぐに声をかけてくれよ」
「ええ、ありがとう
 でもここ最近、魔物の気配は感じられないしこんな森の奥に人が来るなんてなさそうだから」
「魔物か… どうして急に姿を見せなくなったのか気になるけど、体力を温存できるから助かるな
 でも油断は禁物だよ」
「もちろん 何か起こったらすぐに起こすわ
 だから、たまには… タカハシは安心して休んで」
「たまには? ははっ いつも安心して休んでいるさ
 まぁそう言ってくれてるんだから、今夜は少し多めに休ませてもらうよ
 何度も言うけど、何かあったとしても一人で無理するなよ」
「うん」

木々の隙間からわずかにのぞく深い青色をたたえる夜空
その夜を物憂げに見上げるメイにその場をまかせ、俺は固く薄い毛布に身を包んで眠った



この世界に"季節"は存在しないのだろうか
もうかなりの年月、この世界を旅しているが気温も湿度も変わりなく一定だ
雨だってこの間が初めてだった
俺は、そんな気持ちの良い風と空気にすっかり慣れきってしまっている…

だけど、今いるこの場所の環境はとても酷い
多量の水分を含み生温かい空気
体中にじっとりとまとわりついてくる汗
こんな場所早く出たい 外が恋しい
ここは─ 封印の洞窟内部

夜が明け、歩きだした俺達は程無くして、外へぽっかりと口を開ける岩山を見付けた
それはすぐに洞窟だと分かり同時に目指す場所であることもわかった
だが入口周辺には洞窟を見付けた人間が残した者であろう焚火の痕と、置き去りにされ朽ち果てかけたいくつかの布袋
"もう 封印は解かれてしまったのでは─"
ここまでリアルな人の形跡を見せつけられ、そんな思いが頭をよぎった
だけどやっぱり諦める事なんて出来ない
だから俺が率先して中へと踏み込んだ
メイの、不安そうな表情をなんとかしようと思ったのもあるが─

焚火に使う燃料用の油を布へ染み込ませ、それを手頃な木の棒へ巻き付け松明を作り進んでいく
洞窟の中は人間三人が横に並んで歩ける幅
高さは二メートル半ほど
壁はデコボコで、明らかに手で堀進んだことが分かる
一面にびっしりと苔も張りついている
魔法を封印するためだけに掘ったのだろうが真直ぐ続く道はとても深い
相当の年月がかかっただろうと思う

「嫌な空気… 早く古代魔法を見付けて外へ出たいわ」
「きっと、長い時間人の出入りがなかったのだろうから空気の入れ換えができず、澱んでしまったんだろう…」

警戒して足早に進んで行き、やがて丸く広がる空間へとたどり着いた
松明の明りでうっすらと先が見える

「正面の奥、何かあるわ!」

メイの言葉に急いでその場所へと進み寄る
炎で照らし出されたのは石出で出来た石の土台と数メートルはある巨大な石の球体

「これが 封印…か?」

少し緊張しながらメイへ問いかける

「ええ… 古文書にはこの"丸い石に手をかざし念じろ"と書かれているわ
 …やってみる」

メイが球体へ手をかざし、集中を始める

「…… …… よかった! この封印はまだ解かれていない!」

顔を見合わせお互い安堵の表情
先に入った人間は、恐らく封印を解くことが出来なかったのだろう
これだけ巨大であれば持ち出すことさえ不可能だ

「いよいよ、封印を解くわね…」

メイは手をかざしたまま古文書に書かれた古代文字を指でなぞり、何かを呟く
すると、その呟きに反応するかのように球体が赤くぼんやりと光り、ゴゴと音をたて二つに割れてしまった

「! 割れたぞ……」

俺は声に出して驚いたが、メイは目を瞑ったまま集中している
その様子に俺はなんだか声を掛けられない
しばらくしてメイが、口を開いた

「……封印されていた魔法は、全部で三つ 全て、会得出来た…」
「もう終わったのか?
 いやにあっさりしてるんだな… それで─」
「ごめんね…… シャナクは、無かったの…」

シャナクは 無かった─

「ここまで来て… 本当に残念……」
「いや、これは誰も悪くない 謝ることは無いよ」
「でも 私が期待させるような事を言ってしまって─」
「気にしなくて、いい
 元々、イシス以降まったく宛の無かった俺の旅なんだ
 そんな旅に希望をくれたのはメイなんだよ 感謝してるさ
 それにまだカルベローナがあるんだ
 大丈夫、まだ希望はあるし何があっても誰のせいでもないから」

泣きそうな顔のメイ
俺は自分自身にも言い聞かせるように、そう言った










●巨大なその、邪悪なるモノ

「早くここから出よう ここは空気が悪い」

ゆっくり、松明を左右に揺らしながら元来た道を帰ろうと振り返る
と─

「あれは…?」
「もしかして… これと同じ魔法が封印されていた丸い石じゃあ…」

うっすら見える巨大な物体へ近付くとやはり
さっき俺達が封印を解いた球体の割れた姿

「もしかして誰かが封印を解いたとか…」
「そうとしか、考えられないわね
 でもどうして全ての封印を解かなかったのかしら…」

この球体にはどんな古代魔法が封印されていたんだろう
ん、そういえば魔物たちは古代魔法ルーラを使っていたな
……まさか!?

「早くここから出たほうがいいかもしれないぞ」
「どうして?」
「実はな、トルネコさんと旅をしているときにルーラを使う魔物がいたんだ」
「ルーラ それは確か古代魔法ね… !」
「そう、この封印を解いたのは魔物かもしれないんだ だから」

何か、やばい気配が辺り一面に流れ込んでくるのを感じた
俺とメイは急いで洞窟を駆ける
正面に外のまぶしい光が見え、その光へ飛び込むように洞窟から抜け出す

外には森のさわやかな風が吹いているが、身体は汗だらけ
走ったのもあるがそれだけではない

「気配が消えない─」

『ガサリ』

「貴様ら、何をしている?」

不穏な気配の正体
それは目の前に突如現われた巨大な魔物 一つ目で、鍛え上げられた身体を持つ、アトラス

「まさか封印を解いたのではないだろうな?」
「お前に言う必要は無い…!」

オリハルコンの剣を抜きながら俺は、アトラスの前に立つ

「ふん 弱い人間のくせに口答えするか
 …もう一度だけ聞く 封印を解いたのか?」

アトラスの大きな身体にギュッと力が入るのが分かった
こいつは簡単に倒せそうな相手では無い
救いは魔力を僅かしか感じられないから、力だけかもしれないという事だ

「もちろん解いたわ! なにか、不満?」

メイが俺の前へズズイと出て、強気な返事を返す

「メイ、俺の後ろへ…」
「不満だと?
 封印を解いたのなら生かしておくわけにはいかんな
 解いてなくても殺すがな! ぐあっはっは!」

久しぶりの戦いだ
魔力も体力も完全に回復している
どう仕掛けるか…

「殺されるのなら、知りたいわ
 他の封印を解いたのはあなたたち魔物?」
「ふむ どうせ死ぬのだから教えてやろう
 俺達魔物では無い ゾーマ様自ら封印を解いたのだ
 そして俺のように強い魔物にルーラを授けてくださった」
「魔王にしか封印を解けないのだったらあなたは何をしにここへ?」
「俺か? ゾーマ様がルビスの力を潰せと俺に命じたからだ」
「ルビス…だって?」

唐突に出た"ルビス"という単語に、今度は俺が聞き返す
こいつは単純なのかよく喋ってくれる

「そうだ 下らない、創造神ルビス
 相当の猛者がいるのだろうと期待してみればどうだ
 いたのは貧弱な男と女ではないか…!」

足を踏みならし悔しさを表現するアトラス
右手に持つ巨大な棍棒をドスンと地面へ叩きつけ、俺達二人を見下ろした

「ゾーマ様はこうもおっしゃった
 ルビスの力はどんなに小さくてもいずれ大きな力となり我々魔族を脅かす、とな
 そして貴様等は"か弱い"くせに封印を解き古代魔法を手に入れた
 貴様等のどれがルビスの遣いで、なんの魔法を手にしたかは知らんがな!」
「ルビスなんて、俺は知らん…」

俺はかなり迷った
こうなってしまっては、メイに俺の正体を隠しつづけるなんて出来ないからだ
だけどメイには、メイにだけは話しても…

「さて 貴様等と下らない話をするのにも飽きてきた
 さぁ! 死ね!」

アトラスがドシンと前足を出し棍棒を俺に振りかざす
俺は戦いの事以外を考えていたから反応が一瞬おくれてしまった
やばい…!

「イオナズン!」

ズドドォと、アトラスの居たあたりに凝縮され圧力の高まった爆発が起き、激しい爆風が辺り一面に埃のカーテンを作り出す

「はぁはぁ… やっぱり古代魔法はまだ私には負担が……」

メイだ
メイは俺とアトラスが話をしている間に魔力を溜めていた

「メイ! 大丈夫か?!」
「ええ… 古代魔法の一つよ、すごい威力だわ…
 これだけで魔力をほとんど使ってしまった…」

爆発は空気中で起きていた
爆風は収まり、もうもうとのぼっていた埃が消え視界がはっきりしてくる
その痕は、木々をほとんど薙ぎ倒し残っている
アトラスは地面に俯せ倒れていたが、致命傷にはならなかったらしい

「く… なんて魔法だ…」

頭を抑えながら立上り俺達を睨み付けるアトラス
胸元はブスブスと煙が立ちこめ焦げている
あれだけの爆発を一身に受けながらこの程度の傷しか与えられないとは、なんと恐ろしい魔物だろう

「うがががががああああああ!!」

薙ぎ倒された木々を更に蹴飛ばしながら、力任せに棍棒を俺にいくつも振るうアトラス
その度にドスンズシンと地面が揺れ、意外にも素早いその動きを懸命に俺が避ける

「しねぇぇぇぇえええぇ!!!」

ただひたすらに、前に立つ俺を追いかけ回し棍棒を地面へと叩きつけるアトラス
俺は叩きつけた後に出来る少しの隙を狙い、魔力を十分に送り込んだオリハルコンの剣で斬り付ける
が─ 刃があたる瞬間、妙な感触のせいで思った以上に深い傷を与えることが出来ない
魔王の力なのかなんなのか、とにかくこのまま地道に小さいダメージを与え蓄積させるしかない─

そうしてそんな追いかけっこが数分続いた所で、俺はある事に気づく
それは─
アトラスが蹴り飛ばす木は、確実に退路を絶っているのだ
その事に気付いたときはもう手遅れで、俺とメイは積み上がった折れた木に挟まれ、目の前には余裕の戻ったアトラス

「俺が力だけだと思っていただろうが、残念だったな!
 貴様等の魔法や剣など闇の衣の魔力の前では無力!
 もう逃げ道はない さぁ、死んでゾーマ様の力となれ!!」

おおきくゴツゴツとした棍棒がいままでよりも遙かに早い速度で近付き、俺は両手を使いオリハルコンの剣で受ける
が、とてつもなく重いその一撃に直撃こそ免れたが、俺とメイは地面から足が数十センチ浮き、吹きとばされてしまった

「くっ……… なんて、力……!」

ゴスッ!

「カ ハッ……!」

腹に激痛と苦しさ
同時にゴキッという骨の砕ける音
俺の口から苦く、温かい液体が飛び出す
血だ
魔法の鎧をまるで薄皮のように、アトラスの大きく太い足がグイグイとのしかかる

「タカハシ!」

少し離れた所へ飛ばされたメイが、ヨロヨロ立ち上がりながら声をあげる

「女 人の心配をしている場合か?」

アトラスは俺から足を除けおもむろにメイへ近付き、身体に見合う大きな手で、叩き払った
メイの小さく軽い身体はまるで折紙のように空を舞い、倒された木々へガラガラと落とされる

「う……」

折れた木の枝が、胸部を貫通しプリンセスローブが真っ赤に染まってゆく
表情を歪ませその枝から身体を引き抜き、更に地面へ落ちるメイ



『力を─』

ルビス…か?
俺に、こいつと戦う"力"をくれ…

『あなたはすでに"力"を持っている 守りたいモノや人を強く、思いなさい…』



俺の中で何か大きな力が起き上がり、身体を支配する
逆にオリハルコンの剣は輝きを無くし、変わりに刀身が純白へと変わる
だが酷く損傷した俺の身体は思うように動かせない

「ベホ……」

メイが何かを小さく呟き、俺の身体にフワリとした感覚─

『ズシュ』

「クッ!! なんだキサマ!? この後に及んでまだ俺に抵抗しようというのか!
 人間が無駄な事を!」

意識とは無関係に、アトラスの腕へオリハルコンの一撃を見舞う俺

その後は 覚えて、ない
気が付き目の前にあったのは 横たわり動かない、アトラスだった









●変わらない

巨大なアトラスの身体には無数の深い斬り傷がパックリと開き
その命を奪ってしまっていた

「倒したのね…」

メイがよろよろと、立ち尽くす俺の横へ歩み寄り言った
深々と突き刺さった木の枝の傷痕は、消えてなくなっている
残っているのは真っ赤に染まった血痕

「残った全ての魔力で、古代魔法ベホマラーを使ったの」
「ベホマラー?」
「そう ベホイミやベホマとは違って、一度に複数の人を治せる
 だけど、イオナズンとあわせてかなり魔力を消耗してしまったから、一晩くらい休まないと…」

だから…
不思議な力が湧いてすぐには起き上がれなかったけど
ベホマラーのおかげで立ち上がることが出来た
あの時メイが呟いた魔法はこれだったんだ
もし、洞窟で古代魔法を手に入れることが出来ていなかったら、今ごろ魂だけの存在になっていた

口の中に鉄のニオイに似た味が、ザラザラと残っている
俺はいったいどうやって アトラスを倒したんだろう

「剣が白くなって、タカハシはとても早い動きで何度も何度も… 斬り付けたのよ」
「何度も… 全く覚えていないよ」

右手に握るオリハルコンの剣は、いつもの通りの金属色
不思議な力は効力を失っていた
倒れる巨体へ目をくれると、光に包まれ空へ溶けこんでいくところだった
同時にシュンと、辺りから不穏な気配も無くなる
そのまましばらく無言で空を眺め、俺は口を開く

「メイ、ルビスの事なんだけど─」

話しておかなければならない
俺といれば、またアトラスのように強い魔物が現われるかもしれない
だから、真実を言って そして俺は一人で旅を続けたいと─

「私は… なんでもいい」
「え?」
「タカハシが"どこの誰で何者"だろうとタカハシである事は変わらない
 今まで通り、なに一つ変わらないの」
「…そうだとしても、また強い魔物に襲われてしまう可能性は高いんだ
 これ以上、俺と旅を続けるのは危険過ぎる」
「平気、よ タカハシがきっとまた、強い力で助けてくれると信じてる
 それに、まだタカハシと旅を続けるって決めてるの」
「しかし─」
「私は、こんな事だいじょうぶだから─」
「聞いてくれ 俺は本当は─」

言い掛けた言葉は、メイの手の平で抑えられ出口を失った

「いい 言わなくても、いい
 今まで通り、いつもみたいにまた、旅を続けようよ
 今までだって常に危険だったじゃない」

けど…

「わかったわ じゃあ、こうする
 もしまた不穏な気配を感じたら、私はすぐに遠くへ離れ逃げるから…
 約束するから、お願い…」

アトラスとの短い会話の中でメイは何を、何に気付いたのか
もしかしたら俺が普通の人間では無いことに気付いているかもしれない
俺のあの不思議な力、俺自身が驚いてるんだ
……だけどやっぱり危険すぎるよ

その後も説得し続けたがメイは折れてくれず
"危険を感じたら必ず逃げる"
という約束を固く誓わせ、一緒に今まで通り旅を続けることを承諾した










●遙かな時間

少しの休憩後、俺達はチゾットへ向け歩きだしていた
しかしあまりに厳しい戦いだったために、二人とも気持ちを前に進めることが出来ない
あまりに強すぎた敵アトラス…
そんな、お互いが不安定な状態では危険過ぎる
またゾーマの刺客が現われるかもしれない
だから明るいうちに野営を始め、そしてそのまま夜を迎え今に至っている

魔力を使い果たし疲れ果て眠るメイ
穴の空いたプリンセスローブは丁寧に繋ぎ合わせられ、血痕だけが濃く残っている
俺が身に着ける魔法の鎧はぐしゃりと潰れてしまったから、途中で破棄してしまった
今の装備は予備として持ち歩いている旅人の服
どのみち、アトラスのように強い魔物の前で、魔法の鎧は全く意味を成さない

「あの力は、なんだったんだろう…」

ルビスに"守りたいモノや人を思いなさい"と言われ、思ったのはメイと自分の世界…
そして俺は意識を失い、いつのまにかあのデカブツを倒していた
ルビスの言う"真の力"はあの事だろう
だけどあれ以来、力を感じることは無くなってしまった
もしかしてまた死にかけなきゃ発揮されないとでもいうのか…?

「ふぅ…」

俺は溜息と一緒にググッと腕を伸ばし筋肉をほぐす

あの時"自分の世界"を思うのは当然だけど、今の目的である"トルネコと呪い"を思い浮かべることが出来なかった
いや、当り前かもしれない
目の前で木に貫かれたメイがいたんだ
だけど……
それだけじゃない感情が、俺に入り込んできていたのも事実
俺はこの世界の住人じゃないのにな
メイはどう、思ってるんだろう…

だめだ
俺はこんな感情を持っちゃいけない 捨てなくてはいけない
イシスからチゾットへ向かう間、ずっと考えていた

ここは俺の世界とは繋がることのない、遙かに遠い異世界なんだ
いつかは終わる、旅なんだ










●残り人

翌朝、アトラスとの戦いの記憶も多少薄れ、俺達は出発した
アトラスを倒してからも、魔物の気配は感じない
俺達はかなりゆっくりとした歩調で進む

魔王にはルビスの気配を感じとれるらしい
わざわざあんなに強い魔物を送り出してくるんだ
俺にはそう思えないが、ルビスは特別な力を持っているんだろうな
それとアトラスの言っていた"闇の衣の魔力"とはなんだ
古代魔法イオナズンも魔力を十分に送ったオリハルコンでもほとんど傷つけることが出来なかった

「闇の衣… 私も聞いたことが無い
 もし、そんな力を全ての魔物が持つようになったら世界はおしまいね…」
「強力な魔法も、剣での攻撃も効かないとなると…
 考えただけでも恐ろしい」

不安はつのるが、今はトルネコの呪いを解く事だけを考えよう
考えすぎると自分の世界へ帰る事すら、見失ってしまいそうな気がするから…


チゾットへ戻った俺達はクリーニに一晩の宿を借りて休み、再び西の道を歩いていた
呪いを解く事ができるかもしれない、カルベローナの生き残りを探すため

聞いた話によると、西の道沿いを歩いていけば逃げ延びた人達が暮らす小さな集落があるらしい
その集落にカルベローナの人間がいるかどうかはわからないという事だったが、このまま途方に暮れるよりはマシだ

プリンセスローブはメイの姿を見たチゾットの人々によって綺麗に修繕され、俺は相変わらず旅人の服だ
当たり前だが男にはやさしくない…
元に戻ったプリンスローブを見て、俺も鎧を買おうかと考えたが魔法の鎧より強力な物はなかった
"無いよりマシ"と適当な鎧を買ってもまたすぐにガラクタになってしまうかもしれない
それなら、懐も寒いし身軽なこの装備のほうが良い
そこらに出る魔物になら、攻撃を当てられる心配も無い

「カルベローナの人達、すぐに見付かると良いけどな」
「この道沿いを進んでいけばいいらしいから、すぐに見付かるわよ」
「見付けたら呪いを、すぐに解いてもらわないと
 メイももうすぐ、勇者にあえるかもしれないぞ」
「…タカハシは、勇者様の呪いが解けたらどうするの?」
「俺か …俺は旅を続ける
 ただし、トルネコさんと一緒じゃない、一人で旅するよ」
「私達と一緒に旅を続けようよ!」
「それは─」

仕方がないんだ
俺は、帰らなきゃいけない所があるから─

「…その事は、その時考えればいいよね
 もしかしたら、気が変わるかもしれないし」
「…そうだな それにだ
 カルベローナの人達が呪いを解けるという確証はどこにもないんだ
 もしかしたらまだまだ旅しなきゃならないかもしれないよ
 ……そうなら─」

俺は、何を言おうとしてるんだ
駄目じゃないか
呪いを解くんだ、この旅はそのためにしているんだ
バカか、俺は…

「そうなら?」
「ん?ああ… そうなら… どうすれば呪いが解けるんだろう?って、言おうとしたんだ」
「わからないわね 呪いに関しては、教会でも研究が始まったばかりだし…
 大きな町へ行って、人の話をたくさん聞いたほうがいいかもしれないね」
「大きな町か、じゃあもし、呪いを解けなかったらグランバニアへ向かおうか」
「そうね、グランバニアなら人が集まるからいろんな話が聞けそう」

どのみちライフコッドへ行くには、この西の道を通りグランバニアを経由する事になる
呪いが解けなかったとしても、一度ライフコッドへ行こうと思ってたから丁度良かった


西の道を歩き始めて幾日、うっそうとした森からようやく開放され、目の前に平地が現われる
更に数日進むと丸太を組み上げて作った小さな家がたくさん並ぶ、町らしき場所へたどりついた

「なぁ、あれ
 あれがもしかすると生き残った人達が住む集落じゃないか?」
「きっとそうね だけどこれは…」

その場所は全く"町"という風体をしていなかった
整備された路があるわけでもなく、店があるわけでもなく、家もバラバラな方向へ向かい
まるで散らかされてしまったように感じる
それも広野に、広範囲に

「まぁ、見た目はどうでもいいさ
 カルベローナの人達を見付けなきゃな」

集落へ入り人を探す
だが全く人気は感じられないし、家の扉は閉ざされたまま
少し気味が悪い

「うーん、誰もいないな
 仕方がない、一軒ずつ尋ねていくか…」

なんだか訪問販売みたいで嫌だったが、外に人がいないんだ
こうするしかない
コンコンと扉をノックし声を掛ける
ガチャリと開き、女性が応対してくれた

「はい、なんでしょう?」
「あっ 俺はタカハシといいます
 あの、カルベローナの人はこの集落にいますか?」
「カルベローナの人は、居るにはいるけど…
 ここはカルベローナの人達が作った場所でね、だからそこ出身の人がほとんど
 でも付き合いしたがらないから、誰も外へ出なくなってしまったんだよ
 私はアリアハン出身だけどね」
「家へ尋ねても話してくれないんですか?」
「あんた、商人かい?
 商人だったらカルベローナの人も話してくれるかもね
 あの人達は買い物が好きみたいだから」
「そうですか… ありがとうございました」

商人か…
幸い今はチゾットで食糧や薬草を補充したばかりで荷物は大きい
これなら、心苦しいけど欺けるかもしれないな
早速、隣の家の扉をノックする

「はい?」

中からは中年の男がドアを少しだけ開け、返事をする

「あ、すみません
 商人なんですが、何か買っていただけませんか?」

俺は商人になりすまし、大きい袋を見せアピールしてみた

「…あんた、商人じゃないな
 すまんが見知らぬ人とは話をする気分じゃない、他をあたってくれないか」

男はそういうと扉を閉じてしまった

うーん、たぶん今の人はカルベローナの人に違いない
一言で見破られてしまうとは、トルネコに商人の話しかたを学んでおけばよかった

「タカハシ、どうしよう?」

メイも心配そうだ

「もしかしたら、一人くらい話をしてくれる人がいるかもしれないから…」

俺はそう言い、再び並ぶ家を尋ねる
だが、今度は一言も話さず、断られてしまった
なんでこんなにかたくななんだ…


それから20軒は回っただろうか
その間にカルベローナの住民と思える人は10人いたが、全ての家で門前払い
次、駄目なら一度チゾットにでも戻って商人を連れてこようかと、考え直しながら21軒目の扉をノックする

「はい、どなたでしょうか?」

今までとは違い、扉を大きく開いて一人の若い女性が出迎えてくれる

「あ… えーと…」

商人作戦は通用しない
なんと言えばいいのか─

「…あなた、何か、普通とは違う雰囲気を持っていますね
 それに後ろの女性は大きな魔力を感じます
 ……私はバーバラ、どうぞお入り下さい」

どういう事なのかわからないが、なぜか家の中へ通される俺達二人
まだ名乗ってすらいないのに

丸太を組み合わせ作られた家
中へ入ると狭い部屋が二つ
片方は台所とテーブルが設置され、今通されているもう一つの部屋には二つのベッド
一つは空で、もう一つは歳老いた男が横になっていた

「長老、この方達は………」

バーバラが、長老と呼ばれた男へヒソヒソと短く耳打ちする

「うむ… そうか
 バーバラ、お前は下がっていなさい…」

長老がそう言うと、バーバラは俺達に軽く一礼し部屋を出ていく

「あんた方、ワシの横へ…」

長老が横になるベッドへ近付く二人

「む……… あんたはタカハシ、後ろの女性はメイ、か
 して、何か用かな?」

なんと
長老は心を読めるのか?
なぜ俺達の名前がわかるんだ…

「ワシは、カルベローナの長老 だった者じゃ
 ほんの少しだけ、人の心を見通せる」










●盗まれた魔法

「俺達は、勇者の呪いを解くため旅をしてきました」
「うむ、知っている
 先ほど、失礼ながら心を読ませてもらったからの
 一応、聞いてみただけじゃ」

……心を読む、か
読まれる方は嫌な感じだ

「だからあんたたちの目的は知っておる
 ……残念な事なんじゃが、勇者様の呪いを解くことはできんのじゃ」
「そんな」

俺は、ガックリと肩を落とし絶句する

古代魔法もなかった
そして、カルベローナの長でも呪いは解けない
いったい、どうすれば……

「この世界に…」

長老が静かに語り始める

「マジャスティスという、魔法がある
 その魔法は、強い正義の心を持つ者であれば誰でも扱える魔法じゃ
 呪いや、マヤカシを打ち消す正義の魔法
 ただし」
「ただし、なんです?」

思いがけない情報に、身を乗り出して長老へ聞き返す

「ただし、どこにあるのかは全く分かっていない…
 ワシらカルベローナの民はその魔法を探しつづけ、そして今でも探しておる
 商人が持ってくる珍しい古文書や情報を集めながらじゃ…」
「そのマジャスティスという魔法は、ほんとに存在しているの?」

メイの問いかけに長老がはっきりした口調で答える

「存在はする
 これは確実じゃ、なにせカルベローナの一族が守っていた魔法なんじゃからな
 だがある日、盗賊によってマジャスティスの魔法書が盗まれてしまった」
「盗賊にですか…」
「うむ…
 あんた達が何者なのか、そこまではワシでもわからん
 じゃが何か、大きな力があんたたちを守ってくれているようじゃ」
「大きな力?」
「そうじゃ
 だからあんた達をバーバラもワシの元へ案内したんじゃろう
 もしかしたら、魔法書を見付け勇者様の呪いを解いて下さるとな
 本来マジャスティスは、盗まれたから取り戻そうとしていたのじゃが、勇者様がああなってしまった
 だから今はその呪いを解くために探しているんじゃ」

大きな力か
ルビスだな、滅多に姿を見せない癖にどこかで見ているのか

「あまり人付き合いしないのも、マジャスティスを探していることを悟られないためですか?」
「いいや、それは一族の昔からの風習というか、そういうものなんじゃよ」

新しい情報"マジャスティス"
どこにあるかわからないが、確かに存在しているという
次の目標は否応なしに決定した
早く呪いを解くためにも、早く元の世界へ戻るためにも、ガッカリしている暇は無い
この世界にきて俺の心は、滅多な事ではめげなくなってしまったようだ

「じゃあ俺達に、そのマジャスティスを探してほしいと」
「いいや、そうは言っていない
 ワシらはワシらで今後も探していく
 あんた達が魔法を見つけ出し勇者様の呪いを解いても文句もいわん」
「…お話、ありがとうございました
 俺達もその魔法を探そうと思います」
「うむ 頑張りなさい
 二人はまだ若いのだから、きっと見付けることができよう」

長老にお礼を言い、家を出る

「結果は残念だったけど、こうして新しい情報も手に入れた
 …まだまだ旅は続きそう─」

メイに話しかけたところで、長老の家の扉がガチャリと開き、バーバラが出てきた

「そちらの… メイさん、長老がお呼びなので来ていただけませんか?」
「私? 私は構わないけど…」

チラと俺を見るメイ

「うん? 構わないよ、俺はここで待ってるから」
「ありがとうございます、ではメイさん中へ…」

バーバラとメイ、二人が家へ入っていく

長老が呼んでるなんて、なんだろう
カルベローナの人は魔力が強いらしいから、その事で話でもあるのかな
メイは賢者だし…


時間にすると一時間ほどだろうか
ガタリと長老の家の扉が開きメイが出てきた
俺は座って今後の事を考えている最中だった

「お待たせ」
「お、長かったな」
「ええ 魔法についての話をたくさん聞いてきたわ
 さすがに魔力の強い一族の長だけあって、いろんな事を知っていて、とってもためになった
 タカハシも魔法を覚えたらいいのに、ホイミ教えてあげるわよ?」
「え?俺は… いいよ、メイが使えるのだから」

なんだか、変に、メイが明るく振る舞っているような気がする

「何か、よくない事でも言われたのか?」
「え! いいえ、本当に魔法の事をお話しただけよ
 きっと、いろんな知識を知ることが出来て、嬉しくってそう見えるのね」

俺の思い過ごしか…

「では、道中どうかお気を付けて…」

何時の間にか扉から出てきていたバーバラが俺達の背中へ挨拶し、扉の奥へ戻る
俺たち二人はその姿を、静かに見送った

「…これからどうするの?」
「うーん… 考えていたんだけど、一度ライフコッドへ行きたいんだ
 その後、グランバニアで情報を集めてもいいかな?」
「もちろんよ 私も勇者様の姿を一目みておきたい」
「うん、じゃあトルネコさんに会いに行こう」

相変わらず静かな集落を後に、俺達はグランバニア方面へと歩きだした
もう一度、自分の目標を明確に自覚するために─










●予感

グランバニアへ向け出発し何日も過ぎた
この地方の地図はないが、真新しい休憩小屋がわかりやすく道沿いにあったため順調だ
魔物の気配すら感じることがなく
"もしかすると平和になったんじゃないか?"
そう思ってしまう程に、道は人々が行き交い、途中、新しい町の建設もされていた

「なんだか、平和に見えるね」
「ああ、ほんとにな
 魔物が出なくなったんだ、そう思ってしまうのも無理は無い」
「無理は無いって、何か思い当たることでもあるの?」
「アトラス、やつが現われたじゃないか」
「あ、そうね まだ魔物はいなくなっていないのね…」
「うん だから」
「…油断はしないで、進んでいきましょう」

昼と夜の繰り返し
魔物は姿を見せず、代わりにたくさんの商人を見掛ける
俺達は少し疲れ、平地へ腰を降ろし休んでいた
時間は夕刻
遠い地平線に真っ赤な陽が、その身を隠そうとゆっくり動いている

「なぁ、これから─ ?!」

メイが突然、俺の背に自分の背中をくっつけ座り直した
急な事にとんでもなく動揺してしまう

「少し、こうして座っててもいい?
 背中をつける場所がないから、こうすればお互いもう少しゆっくりできるから」

俺は慣れないシチュエーションに内心かなり焦っていたが
"いいよ"
と、普段と変わらない調子で返事をした

「ありがとう
 …なんだか、嫌な予感がしてたまらないの
 どう伝えればいいのか、まるで今の瞬間が、最後の瞬間なような気がして…」

あまりネガティブな事を話すことがなかったメイ
そのメイがそう言っている

「そうか… だけど予感は外れることだってあるじゃないか
 あまり、考えすぎる事はない」
「うん…」
「もうすぐグランバニアだって、さっき話した商人も言ってた
 ライフコッド直行じゃなくて、一度グランバニアで休んでいこうか?」
「ううん、大丈夫 きっと… 私の思い過ごしよ
 だけどもう少し、このまま…」

最後の瞬間とはどういった意味だろう
どうしても負の方向へしか考えられないから、陽で染まる地を眺め、気持ちをからっぽにしようと俺は努めた


次の日、朝から雨が降っていた
雨はとても冷たく、気持ちもどんよりと曇る
俺たち二人は雨のせいか全く人通りの無くなった道を進む
もう数時間も歩けばグランバニアだ

「タカハシ、私これ以上進みたくない」

メイはそう言うと、立ち止まってしまう
表情がよくない

「どうしたんだ? もうすぐグランバニアに着くじゃないか」
「ごめん だけど、進むと何か、よくない事が起こりそうで…」
「そうは言っても… 昨日言ってた"予感"か?」
「昨日よりも、とても大きな─」

二人の周りを薄暗い霧が、どこからか囲み始める

「なんだ?!! 突然、いったいどこから!」

俺は焦りオリハルコンの剣を手に、メイの前へ

「なにが─!」

後ろから、バシと何かが叩かれる音と、すぐ後ろで人が地に倒される音も聞こえ
同時に、今までに感じたことがないほど大きく邪悪で寒気のする気配

剣と一緒に振り向くと、空間に突如現われたガラスのような扉から
マントに身を包んだ若く、スラリとした男
メイが俺のすぐ後ろに倒れ、ゴホとむせていた

「誰だ! メイに何をした?!」

メイを俺の後ろへ立たせ、グッとオリハルコンの剣を両手で構えながら男に怒鳴りつけた
ガラスの扉がスゥと消える

「ルビスの遣いを殺しにきた」

マントを翻し、静かに語りだす男
その身体は漆黒の鎧に包まれ、武器などは一切所持していない

「何を言って…!!」

恐ろしい
この男は、その存在を確かめただけで、とても強い力を持っているとわかる
俺はオリハルコンへ、全ての魔力を注ぎこみ急襲に備えた

「貴様等人間は、多すぎる 大勢は必要なくなったのだ
 遣いを殺した後─ 私自らこの世を洗浄しよう…」

なんだこの男…!
まるで自分が支配者のような事を……
う、まさかこいつが─!!

「我が名はゾーマ この世界、そして宇宙を支配するのは神ではなくこの私…」










●愚かな若者

雨はざあざあと止むこと無く、薄暗い霧だけが晴れていく

俺の想像とは全く違う、人間と変わらないその姿
どこかもの悲しそうな、それでいて鋭い眼光
筋の通った鼻にキリと結ばれた細い口
今、目の前に立つこの男がこの世界を苦しめる─ 魔王ゾーマ

両手で構えるオリハルコンの剣が、汗と雨水でズイと滑り落ちそうになる

「メイ、大丈夫か? 逃げるんだ…」

俺は小声でメイに告げる

「大丈夫、私だって戦う…」
「まて、無茶だ 約束したじゃないか!」

思わず大きな声で叫んでしまう
この、ゾーマにはどうしても勝てる気がしない
正直、俺もこの場を逃げ出したいんだ
だけどその前に、メイを逃さなければ─

「俺が時間を稼ぐからそのうちに逃げろ!!」

メイの言うことを無視し、俺はゾーマヘ斬りかかる

『シュン』

切先は確かにゾーマの身体を切り裂いた─ はずだった
しかしアトラスの時よりももっと強力な力が働き、赤いマントが揺れるだけでまったく傷を負っていないゾーマ

「…私にかすり傷一つ、与えられないのか?
 ルビスの力とは!
 遥か昔に私を屈した力は、この程度だったのか?!」

天を見上げ吠えるゾーマ

「だがしかし… 仕方がないだろう
 今の私は若返り、あの時とは全く違う力を持つのだからな─」
「な、なにを一人…で─ う?!」

俺の身体がフワリと宙に浮き、まるで金縛りにあってしまったように固まり、動けなくなる
ゾーマが手の平を俺に向け、強く俺を睨み付けたその瞬間
俺の身体は細かい、何か波動のようなもので無数の切り傷を受けてしまった
しかし身体は地に着くことがなく、幾度も同じ攻撃を受けてしまう

「イオナズン!!」

メイによって放たれた古代魔法イオナズン
しかしその爆発が起こる前に、空気中に完成したその爆発の源が、ゾーマによって握りつぶされてしまった

「女よ、焦ることは、無い
 わが身に纏う"闇の衣"の前に、小さな人間の魔力など無力…
 だがお前は、力を持つ者として我が世界へ招いてやろう
 まずはこの男の絶望を吸いつくし殺してからだ
 その後、ゆっくり弱らせ我が力にしてやろうではないか!」

その言葉にメイがガックリと ひざから落ちる

「効果は薄いと思ってはいたけどまさか… 消されてしまうなんて……」

くっ……
闇の衣ってあの赤いマントの事か?
まさに絶望だ 希望を微塵も感じることが出来ない……
このままじゃメイまでも…
─あの、力
あの力が今…!

俺は必死に、心の奥底から自分が守りたいものを強く思い描く
身体の奥で何かが動き始め、意識が飛んでしまいそうになる

くそっ!
頼む、守るんだ……!

ざあざあ降っていた雨がピタリと止み、真っ黒な雨雲がほんの少しずつ散っていく

「む… ルビスの力─ だな」

金縛りを魔力で破り、ストッと俺は地に降りる
この、大きな力ならいける…!

「ほう…」

ゾーマがニヤリと笑い両手を前に俺と対峙し、強い圧力を俺に向けて放つ
一瞬、目の前の景色がグニャリと曲がったように感じ、一歩下がってしまう

ゾーマ…
武器をもたず己の魔力を自在に操り相手を傷つけてくる恐ろしい敵
そしてなにより、あの不思議なバリアのような"闇の衣"
アトラスと同じならば恐らく、この白く輝くオリハルコンの剣で貫けるはずだ…!

俺は突き出された魔王の両手、真正面を避けるように動き、一回二回と斬り付けザッと離れる
この"真の力"の早さに、ゾーマはついてこられないのかオリハルコンの攻撃をまともにくらう

闇の衣は貫いている、手応えはあった…!
この調子で斬っていけば……!!

手応えの結果を確かめず俺はとにかく動きまわり何回も何度も斬り付けた
その度にゾーマは無言で刃を身に受け、微動だにしない

これは、何かある…

さすがに俺も警戒しはじめ、そのうちに斬りつけるのを止めた

「はぁはぁ… かなりダメージをあたえられたはず…」

肩で息をしながら、ゾーマの斬られ続けたその姿を見ようと、俺は─

「な…」

ゾーマは一切、斬撃を受けていない

「なぜだ! 確かに手応えが…」
「若く愚かな男よ
 お前が斬ったと思い込んでいたのは… クックック………」
「なにがおかしい! どこを見て………?」

おかしい
おかしいのだ
俺はゾーマを斬っていた
だけど─

ゾーマの視線を追いかけその先に見たのは
血だらけになって倒れ込む メイ

「ハッハッハッハッ!!」

ゾーマの太く、不愉快な笑い声が、グランバニアを目前にしたなだらかな平地を、支配していた










●滅び滅ぶ

「メイ!!」

俺はオリハルコンの剣を放り、両手でメイの身体を起こす

「タ、カハシ……」
「すまない…! 俺は、俺は……!」
「ベホマ… 間に合わないの……」
「どうして……?!」

メイの小さな両肩を、ギュッと引きよせる

「ふむ… 愚かな男女よ
 貴様等の絶望と悲しみ、怒りと憎しみは実に良い
 どうなったのか、特別に教えてやろう
 闇の衣の魔力を使い男に幻を見せただけだ
 どうだ、クックッ…
 あっさりと嵌まり、私の代わりに女を斬り続けたではないか!」

幻…!

「その女、闇の衣のおかげで即死は免れたようだが、もう時間の無駄
 だが私は!
 邪魔をしないで見守ってやろう!
 男よ、もう残された時間は少ないぞ?
 早く私に、お前の絶望を味わわせてくれないか! クックックックッ!」

なんて… 冷酷な……!

「タカハシ…」

メイの生きる力が、グングンと小さくなっていくのが感じられる

「メイ、もう喋るな ベホマだ、ベホマをかけろ!」
「もう、だめなの…
 もう、魔法で回復できる損傷度合を越えてしまったの…
 だけど、タカハシのせいでは、ないのよ……」
「ベホマを! ベホ、マを……!」

だめだこのままじゃ…
メイは死んでしまう……!
俺が、俺が、俺が…………!!

「タカ、ハシ… 手を、見せて…」

俺は、心がどうにかなってしまいそうなのをグッと堪えメイの眼前へ、震える手の平を差し出す
その俺の手の平を、メイはそっと弱々しく自分の手にあわせ、言う

「この手が、好き… いつも私を引っ張り守ってくれた手…
 もう見ることは、なくなってしまうね……」
「まってくれ まだ、頼むから回復魔法を使ってくれ!
 きっと治る…!」
「これを…」

メイが差し出したのは静寂の玉

「これ、身に着けていて
 私だと思って、連れていってね…」
「バカな事を… 言うな! まだ一緒に、旅をするんだよ!」

メイがフフと笑い、言葉を続けていく

「タカハシがどこから来てなにをしようとしているのか…
 私は夢の中でルビス様から聞いたの
 チゾットで眠っているときにね…
 ずっと、一人で、誰にも言えずにいたんだね……
 そして、ルビス様は私に、タカハシの助けになってほしいって、言っていた…
 私はそう言われたとき、こうなる事も覚悟していたから、だいじょうぶ……」
「そ、そうだルビス! いるなら返事をしろ! メイを、助けるんだ!!」

声は届かず
何も返らない

「聞いて、タカハシ…
 カルベローナの長老は、あなたのその秘められた力を見抜いていたわ…
 私が、ルビス様と約束をしている事も知っていた…
 そして、私の覚悟を感じとった長老はある魔法を、私に授けてくださった…」

よく、わからない
なんでこうなってしまった
ルビスはなんでメイに告げた なんでだ
俺はなぜ、メイを斬ったんだ
そうしてなぜ、メイが死ななきゃならないんだ─

「う……! タカハシ、私はそろそろ、この身体を抜けなければならないの…」
「抜けるって、どういう」
「わからない… だけど安心して、私があなたを守るから…
 一緒に旅が出来て楽しかった、本当に会えてよかった…
 もっと一緒に旅したかったけど、ここまでなの ごめんね…」
「そ、んな そん、な事…」
「一つだけ約束… あなたが元の世界へ戻ることが出来て…
 私が生まれ変わって、もし目が覚めたらあなたの世界の人間だったら…
 また一緒に……」

メイが目を瞑り、少しだけ集中する

「さようなら、タカハシ あなたは何一つ悪い事なんてないの
 私、とっても楽しかった…
 そしてこれが、長老から授かった究極の魔法…」
「ま、待ってくれ、俺は─」

メイが、俺の手をギュッと握る
腕組みをしたまま俺達を傍観するゾーマを見つめ、小さくつぶやいた


「マダンテ」


刹那、俺はメイの身体と共に吹っ飛ばされ
ゾーマを真っ白な空間に閉じ込め
その空間の中はまるで
小さな宇宙が誕生するかのごとく
混沌と
暴々と
恐々と
眩しく輝きあたり一面、影が焼き付いてしまうほどにギュウギュウ瞬き
やがて小さく収縮し、消えてしまった

「クッ…… ! メイ─」

俺のそばでぐったりとするメイは
赤色が無くなり魔力も感じられずただ 横たわるだけの傷ついた存在

「メイ? 死んだ、のか?」

棒のように真っ直な言葉が、口をついて出た
そうして、メイの頬へ手を触れようとしたら、ボッと青白い炎に包まれ粉のように消えるその脱殻
何が起きたのか 頭は"わかる"と言うけれど、心が"わからない"と叫んだ

「フフッフッフッフ………」

ぼんやりと、そのおかしな笑い声の方向へゆっくり体ごと向けると、マダンテに包まれ収縮し消えたはずのゾーマが、
ボロになったマントを引き摺り、近付いてくる

俺にはもう抵抗する気力なんて ない
メイが 死んでしまったんだ

「おもしろい事をしてくれたではないか…!
 マダンテを使えるとはな…
 おかげで闇の衣は消滅し、私自身も傷を負った 時間をかけ癒さねばならない
 知っていたか? その魔法は術者自身の命を燃やし、相手を滅ぼす魔法なのだ
 その女が消え去ったのはマダンテの効果、そして殺したのは」

不敵なゾーマは、力強い声で─

「お前だ!!」

俺が? まさか…

「惜しい魂を失ってしまったが…
 結局は我が力となるであろう、我が世界でゆっくりとな」

ゾーマの言葉を、ただただ、聞くことしか、しない

「男 おまえの力、十分に使える
 ルビスの力を持つお前は殺そうと思っていたが…」

ゾーマは右腕を俺へと伸ばし

「お前は弱いルビスの遣い 今からルビスではなくこの私の為に、その魂を、捧げ続けよ……」

離れた所には、輝きを失ったオリハルコンの剣
手を伸ばせば届くのだが、頭に置かれようとするゾーマの鋭い爪を伴った手を俺は、少し見上げ自ら受け入れた





メイは死んでしまった
ルビスのせいか?
いや… ゾーマの言う通り俺だ
俺の手で、その命を殺した

彼女が好きだと言った、この手で………





意識は次第に薄れていき、グイと、"我が世界"へ引き込まれて─
そのまま、永遠に眠ってしまいたいと、願った──





タカハシとメイ、そしてゾーマの姿は グランバニアの南から完全に消え
残されていたのは泥だらけの 立派な剣だけであった


それから57日後
世界は 魔王ゾーマにより全ての町を滅ぼされ
少数の人間が隠れ住む 荒れた廃地となる










~ 第三部 完 ~

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