●前後

「こ ここもか…」

青い鎧を身にまとったその男、言葉と共に乾いた地面へ腰を下ろす
彼の名はテリー

世界からはゆっくりと人間が消えていた
なんの前触れも無く刺激も痛みも声も無く
まるで幻の源がその場から立ち去ってしまうかのように

「世界は一体、どうしてしまったんだ
 人は消える… 神の加護を全く感じない… 魔物はかつて無いほどの群れをなし襲ってくる…
 このままでは魔物の世界になってしまうではないか…!」

ガツンと、彼は拳を地へ叩き付けしばし項垂れる

彼、テリーはタカハシと別れた後グランバニア近郊で商いをするメルビンと合流した
毎日まいにち剣の修行に明け暮れ過ごした
数ヶ月してメルビンの教え全てを吸収したテリーは単身修行に出る
壮絶な修行だったけれど自身が強くなるのを自分で感じることが出来た
修行の途中、チゾット近くで倒れるタカハシを手助けしたりもした

ある日、旅商人と大地の上で会話していると目の前で突然消える商人
テリーは嫌な予感と焦りを感じ、情報収集のためグランバニアへ赴いたが町人も兵士も王も
そして姉ミレーユの姿もついに見つけることが出来なかった
姉を思いテリーは少し泣いた
泣いたけれどそれではいけないと、何が起こっているのかを知りたいと
タカハシを探しここライフコッドへやってきたのだ

「タカハシ…! お前は一体どこにいるんだ…
 まさかお前も消えてしまったのか……?!」

突如、耳の中、頭の中へ音が響く
やさしく聞いたことがある、初めて聞く声

「……そうか、そういう事なのか─」

テリーは立ち上がり歩き始める
迫りくる魔物と剣を交えようとする決意

希望と少しの笑顔が混じる、それは凛とした顔だった










●再び

真白な空間にぼんやりと浮かぶ白い影

『あ、あれは…』

手の届きそうなほど遠い箇所に、その影が次第に灰色の人物へと姿を変える
対峙する三つの、見覚えのあるシルエット
禍禍しい男が手を伸ばすと、その情景はぐしゃりと歪む
突如、目の前の弱弱しい男が後ろにある細細とした女を斬る

『俺、だ…!』

何度も何度も、時折り息継ぎながら伝わる殺気と共に斬りつけてゆく

『やめろ…! わからないのか…! 結末は………!』





「タカハシが苦しそうだ… なんとか、早く元に戻せないだろうか」

タカハシの苦しむ姿を直視出来ず、つい漏らす
いままで何十回、何百回おなじ言葉を口にしただろう
聞いたところで答えは変わらないのだが、交わしたかった

「…今はただ、祈り待つだけしか…」


俺は、あの魔物による大襲撃の間、ずっと戦い続けていた
何人かと一緒に戦ったけど、圧倒的なその数には敵わず
終には一人となり、おかしな術でここへ連れてこられたのだ

ここは生気の抜けた人間が集まるまさに地獄
名前を付けてやるなら"絶望の町"
何人かは強い意志を持って自我を保っているが、大半の人間はからっぽだ
どういう事か、話を聞いて廻ってわかった事がある
この世界で少しでも気を抜くと、すぐさま力を吸い取られてしまう
俺もこの状況に心が折れそうになってしまったが、どうにか堪えている
それはここにいるタカハシ、そして姉ミレーユと再会することが出来たから─

「姉さんだってこうして生きる力を取り戻すことが出来た
 タカハシだってきっと、戻ると思うんだ」
「ええ、ほんとうに… テリーのおかげね、ありがとう」

こんな状況だというのに、俺は少し気恥ずかしくなって俯いた

そう、姉も他の人間同様、力を抜かれ生きる屍になっていた
俺は傍に、ずっと傍について声を掛け続けた
それはとてもとても、長く、終わりの見えない遥かな時間

姉が立ち、初めて絶望の町を隅々まで見てまわったとき
静かに、だけど苦悶の表情を浮かべ横たわるタカハシを見つけた
その様は姉やその他の人間とは違い、まるで何かに憑かれているよう

「彼もきっと、こうして私達が傍にいてあげれば、私のように力を取り戻すに違いないわ」
「うん…
 だけど俺も姉さんも、そして他の人間も戦う力だけは一向に戻らない
 話に聞いた"魂の集まる場所"へ行けば、なんとか…
 戦う力さえ戻れば…!」

気配を感じた
言葉は途切れ、その正体が判明するまでの僅かな時間─

「どうですか? 様子は…」










●仕組み

「あ、トルネコさんか…」
「おや 私で何かご不満でも?」
「いえ、なんでもないんです」

トルネコ─
彼は、この絶望の世界で連れてこられた我々人間を管理していた

「さぁ、彼の着替えです
 少しだけ部屋を空けてもらえますかな
 …見たいなら構いませんけど ほっほっ」
「ああ、ははは… お願いします」

俺と姉はトルネコとタカハシを残し部屋を出る

ここ絶望の町は魔物が用意した割りに設備が整っている
トルネコによると健康を保たなければ上質な力を吸い取れないかららしい

「トルネコさん、どうしてあんなに…」
「仕方が無いよ姉さん あの人は以前の心を無くしたまま、連れてこられたんだ…
 ルビス様の選んだ勇者というだけであんな事をやらされてる
 誰の事も、人間の世界の記憶だって残ってやしない」

しばらくして着替えが終わり、部屋へと戻る

「あなた方も、まだ元気なんですねぇ
 知ってますか? 力は一定量溜まると吸い取られてしまうのですよ」
「ええ、それは… 知ってます」
「意識をもって辛い思いするより、無意識で楽にしていたほうが良いと思うんです
 力を吸い取りつくす事はないですし」

思わず反論しそうになる
だけど…
彼は、記憶も人間の意志も持たず、ただただこの世界を管理しているだけなんだ
魔物側でもなく人間側でもなく、ただただ中立な存在なんだ
この発言もその所為で…

「そういえば、力はギリギリまで持っていかれるんですよね?」

姉はずっと黙っているが、表情が辛い
話題を変えようと俺は常々疑問だった事を聞くことにした
トルネコはいろんな事を教えてくれる
この町や世界から抜け出る方法以外で、知っている事だけだが─

「ええ、そうですよ 死なない程度に」
「持っていかれた側は力を無くす だからそれ以上、また吸い取るなんて出来ないはずですよね?
 だけど吸い取られた人間が殺されるとか、そういう事をしないのはなぜです?」
「そうですね さっきも言いましたが一定量の力を蓄えると…
 ええと、力を吸い取るにも上限下限があるんです
 ここで言うのは"吸い取られる側の限度"ですね」
「だけどそれは、吸い取られきった人に対しての答えでは…」
「それは今からお教えしますよ
 ようするに、食事を摂れば栄養になり力となる
 少なからずそれは、意識を持っていようがなかろうが潜在的な力にもなるわけです
 知っていると思いますが、意識を持たず生きている人たちも食事だけはしています
 それはこちらである程度操作している部分もあるわけですが、大半は必要として自ら摂る
 力を失い絶望を感じ自らを失っている、だけど本能はそれを許さない
 深い深い所では"生きようとする力"は失われていないわけです」
「へぇ… わかるようなわからないような…」
「そういう人たちの場合、下限で力が吸い取られます
 貴方たちのようにはっきりと意識を持つ人たちは上限まで蓄えられます」
「それはなぜ? 私達も下限で力を吸い取れば、こんなに元気ではいられないわ
 その方が魔物にとっては反乱の可能性も無く、都合が良いと思うのだけど…」

沈黙していた姉が、トルネコをまっすぐにそう言った

「明確な生きる意思を失った者の上限から吸い取るよりも、上質な強い力を頂けるからですよ
 貴方たちの強い力を中途半端な段階で吸い取ると、その効率は落ちるのです
 どういう仕組みなのかはわかりませんが、そういう事なんですよ
 それに上限といっても、戦える程の力は全くありません
 魔力は限度関係なく全て吸い取りますからね」

魔力はこの世界で戦う以上、必要だ
たとえ魔法を使えない戦士であろうとも、魔力は少なからず持っている
魔力を伴わない物理攻撃だけでは、弱い魔物しか相手にできない…

「…話がずれてしまいましたが、ようするにこの世界に居る人間は私が管理している以上、
 力が完全に無くなってしまう事はないのです
 固い意思で自ら命を落とす人も、もちろんいますけどね」
「…生かされず殺されず、寿命尽きるまで… 力を取られるという事ですか」
「そうなりますね
 貴方たちは少なくとも"強い意志で生きて"いますよ
 魔物達はそういう人間を増やし、より強い力を吸い取ろうと考えているのですが
 どうしても、連れてこられた人間の多くが弱ってしまう
 お二人以外にも元気な人は数人いますが、いつ気力を失ってしまうかわかりません」
「……トルネコさんは、どう思いますか?」
「ほ? 何がですか?」
「人間が、このまま全員だめになっていくほうがいいのか…
 それとも全員が奮起してこの世界を崩すほうがいいのか…」

思わず、どうしても気持ちを抑えきれず意味の無い質問をしてしまう
今のトルネコにこんな事を聞いたって、仕方がない事なのに

「私としては、どちらでも構いません
 どうなっても管理するのは私ですからね
 自分の仕事をするまでですよ」

やっぱり…
ほんの、ほんの少しでも良い答えを期待した自分が情けない

「…ですが、ここまで堕ちた人達が再び奮起するなんて事があるのであれば、見てみたいですね
 興味として、ですがね」

興味として…
だけど、それって自分の意思、じゃないのか

「トルネコさん、あなたはもしかして─」
「私はこの町の管理人トルネコです
 それは、少しの意志くらいは持ってます
 ですがそれでどうこうという話はありませんぞ?
 前と同じ事を言おうとしたのはわかってます
 自分で言うのもおかしいのですが、私に期待したって何もありません ほっほっ」

やはり味方に出来そうにはない
俺は以前に、実はトルネコがわざと演技でこんな事をしているんじゃないかと問い詰めた事がある
こうして情報を提供してくれるだけでも、ありがたいと思わないといけないか

その後、他愛の無い話をし、トルネコは別の部屋へと移っていった

勇者トルネコが守ろうとした世界は今─
こんな世界に人間としての記憶を持たず彼がここにいるという事
それだけが俺にとっても救いであった










●テリーの姉さん

「姉さんには話したっけ、タカハシと俺が旅をしたこと」
「ええ、グランバニアで兵士を辞めて旅に出た後のこと… 何回か聞いてるわ」

ああ、話したんだっけ
あまりに時が長いから、つい最近のことさえ忘れてしまう

「そっか だけどここにはメイって娘はいない… 途中で別れたのかな?」
「話していた、タカハシと旅をしていた女の子?」
「うん… 確か賢者だったし、魔力強いから連れてこられてもおかしくはないんだが…」
「今ここで、私達が話してもきっと悪い方向にしか向かないと思うの
 だから、彼が元気になったら、その時に聞きましょう」
「それもそうか… そうするよ」

裁縫道具を手に取るミレーユ
糸をたぐり、タカハシが着ていた旅人の服を繕いはじめる

針か…
こういう道具を平気で俺たちに渡すなんて… 馬鹿にしやがって!
くやしいけど、今は雷鳴の剣があったとしてもここの魔物には太刀打ちできない
力が、力がどうしても足りない…!
タカハシ! 早く、はやく目覚めてくれ!

「ねぇテリー どうしてこの彼を、そんなに助けようとしているの?
 それは、友達だっていうのはわかるわ
 だけどあなたのその気の張り方、普通じゃないもの」

起用に、解れた布を縫い合わせながらゆっくりと、姉は言った

「え うん… それは彼の実力を知っているし、味方に出来たら心強いじゃないか」
「…そうね、一緒に旅をして知っているんですもの 変な事を聞いてごめんね」
「いいや、いいんだ 確かにちょっと、焦りすぎていたかもしれないから…」

姉さん、ごめん
今言った事は嘘じゃないんだ
けど、だけどそれだけじゃないんだよ
実は俺、ルビス様から声をかけていただいたんだ
そして、タカハシが担っているモノを知った
だからどうしても、こいつをなんとかしなきゃいけない
偽っているみたいですまない…

「テリーは旅に出て、だいぶ変わったわね」
「え?」
「前は、兵士っぽかった… 兵士だったから当たり前だけど、今は違う
 自分の言いたい事を、相手に伝えてくれる」
「そう、かな?」
「そうよ 話し方なんて特に変わった─
 だけど、変わらない部分もある それは、まっすぐ直向なところ」
「姉さん…」
「だから私は信じてる
 どういう理由があろうと、テリーがすることを私は信じてる」
「うん…… ありがとう」

目覚めないタカハシに焦りはじめた俺を見て、姉さんも不安になったんだ
しっかりしろ! テリー!

こうして俺を信じると言ってくれるじゃないか
諦めなければルビス様もきっと、守ってくれる

必ず、タカハシを目覚めさせて世界をどうにかするんだ
きっとうまく、いくはずなんだ…










●逃毀

ある日、夜も昼もわからないこの世界
目覚めた頃に二つの魔物、りゅうき兵が現れこう言った

「そこの女、お前ついてこい」

耳を疑った
意味はわからないが、身体が動く

「待て、何の用なんだ!」

俺は椅子に座り緊張する姉をかばう様に、立ちふさがる

「女、早くしろ」

りゅうき兵はそれを無視してミレーユを睨む

「くっ…! お前ら俺を無視するな!!」

敵うわけが無い
武器も鎧も魔法だって無いんだ
だけど何もしないわけには─

ミレーユを睨みつける一つの魔物、それめがけてテリーは殴りかかった
"バシリ"と少し平手打ちに近い音
テリーの拳は確実にりゅうき兵の頬を捕らえている

「なんだお前は」

"ジロリ"とようやくテリーへ眼を向けるりゅうき兵
同時に腕を強く引き上げられ、宙に浮く身体
渾身の打撃は魔物の顔をわずかに動かすだけ、期待した効果を発揮しなかった

「う…ぐ…! 離せ!!」

やはりどうする事も出来ない…!
くそ!
このままでは姉が…
どうしたら、どうしたら……

「こんなに生気にあふれる人間だ、殺すわけにはいかん
 しかし頬に触った 俺はひどく痛憤している」

意地の悪い顔を、テリーに向けるりゅうき兵

「まって!」

ミレーユが声をあげる

「なんだ女 俺は今こいつをどう苦虐させるか考えているんだ、邪魔をするな!」

姉さん…!
だめだだめだ絶対にダメだ!

「言う通りに、します… 弟に何もしないで……!」

悔しさなのか恐怖からなのか、ミレーユの身体が小刻みに震える

「んん? こいつはお前、女の弟なのか ク、ククッ
 ならば話は更に易い」

先よりも邪悪な笑みを浮かべる魔物二つ

「女、お前 今から連れて行くが、今後一切抵抗してみろ
 ククッ こいつの無事は無いと思え 貴様ら人間が想像できない苦しみを与えてやる
 言っておくが自害するなど無駄だ
 古代魔法ザオリクを以って、悪魔神官が苦しみを永遠に与えてくれるだろう クックッケッケッ!」

な、な、なんて事だ……
俺が、おれが抵抗したばかりに余計な条件が…!
いらない事をしなければ… まだ、もしかしたら救える方法があったかもしれないのに……!

りゅうき兵の手が開く
俺は地面へ落ちガックリと頭をたれ、掌を握る
素早く、傍へ来た姉がそっと、耳元で囁いた

「どうあったとしても、私は連れて行かれる…
 こんな世界だけど、少しの間だけど一緒に過ごせて良かった
 …無事でいて、そしていつかタカハシと一緒に世界を─」

"バサッ"
ミレーユが魔物に腕を捕まれ連れて行かれる

俺は、顔を上げて姉を見ることが出来なかった
きっと俺を見ているだろう、姉の顔を……










●白い女性

時間だけが過ぎていた
変わらず俺はタカハシへ話しかけている
違うのはただ一つ

姉さんがいない

この世界でたった一人
これは、思っていた以上に辛い
目の前で捕らえられる姉を助けることが出来なかった
それは現実で、実際に俺は一人だ

「俺は何の為に…」

今までの戦いを全否定したくなる
"勇者になろうと思う"
そう、タカハシに語った事が懐かしい
戦えなかった事が恥ずかしい─

今はただただ、タカハシを元に戻すことだけを考え、力を持っていかれないようにするだけだ…



「テリーさん、いいですか?」

トルネコが、入り口に立っている
どうやら俺は、床に座ったまま膝を抱え、寝入ってしまったらしい

「あ、ああ… はい…」

椅子へ座りなおし、中へ入るよう促す

「ええと、新しく来た人がいるのですが」
「まだ戦っている人がいたのか…」

トルネコへ言うでもなく呟いた

「戦うようにはみえないんですけどね」

そう言い、入り口に向かって"どうぞ"とトルネコが言う
その声に応え、そこに白い女性が現れた

「ここですか… あれが…」

女性が、タカハシの姿を見つけ言った

「この人、名前を思い出せないそうです
 ちょうどあなたのお姉さんが連れて行かれてここが空いたので、いろいろ教えてあげてもらえませんか」

トルネコの、悪気のないその言葉に、俺は歯を噛む

「トルネコ 案内、ご苦労でした」
「え? あ、ああ、じゃあ、私はこれで
 何かあったら呼んでください」

女性の言葉に戸惑いながらも、トルネコは部屋を出る
女性は立ったまま動かない
俺も特に、声を掛けることなく、タカハシを挟み奇妙な時間を過ごす

「彼は…」

女性が細い声で話し始めた

「いつからこんな状態に…?」

この人は、タカハシを知っているようだ
俺は聞かれた事を、簡単に、短く伝えた
伝えるといっても、俺が見つけた時からこの状態だったから二言三言で済む

「…そうですか テリー、あなたも約束を守ってくれているのですね」

約束…?

「悪いが俺はあんたを知らない
 おおかたトルネコに名前を聞いたのだろうけど─」

女性が顔を俺に向ける
普通の人間とは違う…
どこか懐かしささえ感じる…

「タカハシへ十分に協力してほしいという願いを… 今も、守ってくれています」
「え…? な、なぜその事を知って……!」

まさかと思うが…
人間へ姿を見せるなど、ありえない事
だけどこの感じ……

「思い出してくれましたか?
 私はルビス、貴方たち人間の生みの親…」









●無くした希望

「な…… なぜ! なぜこのような所へ…!!」

思わず椅子から飛び降り、片膝を付く
俺は、人間を守る神であるルビスが人間を守らなかったのか
それを聞くより先に、こんな場所へ来た理由を問いかけた

「以前にお話ししました、タカハシの事…
 私はタカハシに全てを託し見てきました
 ですが彼は、ゾーマに破れこの世界へ飛ばされてしまった…」

な…!
タカハシは、魔王とすでに戦って……!

「この世界はゾーマが新たに作った世界
 10番目の世界といえるでしょう
 そしてこの10番目の世界は、私たち神には手を出すことが出来ない世界」

何を、何が今、起こっているんだ
タカハシは魔王に敗れたといい、神であるルビスが目の前に居る
そうして世界が違うとかなんとかと…

「手を出せなくとも、私にはタカハシを導く責任があります
 この世界の事は全く見ることが出来なかったのですが…
 魔物を欺きようやく、この世界へ取り込まれる事が出来た」

わからない事だらけだけど、ここにルビスが来た
神が、直接きてくれた
これは世界が救われる前兆じゃないか…!

「ルビス様! では、タカハシをすぐ目覚めさせて…!」
「いいえ 残念ですが、私の力ではどうする事も出来ないようです
 なぜなら、今の彼は誰の声も届かない深く暗い場所に佇んでしまっています…
 これでは私の声など、役に立たないでしょう」
「え、ですが!
 あなたは神だ!」
「…テリー、言っておかねばなりません
 通常の私は肉体を持たず、見える姿は貴方たち人間の思う女神の姿…
 私はここへ来るため人間の姿へと形を変え肉体を持ちました
 その時、ほとんどの力を消費し、肉体を持った瞬間、多くの力を失ったのです…
 今の私にタカハシを呼び戻す力などありません」
「そん、な……」

じゃあ…
姉さんも助けることが出来ないじゃないか…!

「じゃあ… ルビス様… 一体、何の為に…」

身体から力が抜け、壁を背にだらしなく足を伸ばす
少し、気力というか精神が、抜けていく感じがする

ああ…
俺はもう、だめだ…
力を奪われていくのがわかる…

「ルビス…様……」

無表情のルビスに、俺は話しかけた

「俺はもう、だめです…
 これ以上、気持ちを強く持つことなど、出来ない…
 神でさえ、どうすることも出来ないのでは、タカハシが目覚めたとしてもきっと……」

静かに、言葉を聞くルビス

「せめて、せめて姉さんを自由にしてやる事は、出来ませんか……」

もう、動けない…
俺は今から闇に、飲まれるんだ…

「……方法が、無いわけではありません」

ルビスのその言葉に、安心した俺はやがて、飲み込まれた



姉さん、ごめん
姉さんはルビス様が、助けてくれるよ…
俺は先に、眠ることにする………










●結んだ願い

「ん……?」

確か…
そうだ、気力を失いそして力を吸われ…

「気が、つきましたね テリー」
「ルビス様…」

いつも使うベッドに横たわっている

なぜこうも意識がはっきりしている?
力を失ったんじゃないのか、俺は…

「私が、貴方が眠る前に言った言葉を… 覚えていますか?」
「もちろん… 覚えてます」

眼を閉じ、瞬間を思い出す

「方法があると…」
「……世界を救うにはテリー、貴方しかいません
 そしは姉ミレーユをも救うことになるのです」
「本当ですか?!」

勢いよく身を起こし、続く言葉を求める
ルビスはベッドの隣へ立ち、厳しい口調で語り始めた

「今からあなたの力を取り戻します
 私は─ あなたが眠り、しばらくこの世界の事を探りました
 魔物には知り得ない力を使いましたが─
 調べていく内、私に残された能力で力を取り戻せる事がわかったのです」
「ルビス様は……?」
「…この世界で、あなた方と同じように私の力はほとんど抑えられています
 更に肉体を持った事で、元々持っていた能力のほとんどを失いました
 元の姿に戻ることは不可能、戦いに役立つ事はないでしょう
 それに力を戻す事が出来るのは、一回だけなのです」
「で、では…」
「テリー、あなたに託します
 たったの一回、この一回が後世の世界を決定付ける
 失敗は… 許されません」

……力を取り戻した後、どうすれば?

「あなたはある場所へ向かい…
 そこには無数の光が浮かび……
 その光は奪われた力や魔力、肉体の精神を形作る元─ "いのちの源"を見るのです」
「命の みなもと…?」

命の根源があるというのか、こんな世界に…

「これを持ち"いのちの源"へ触れて下さい
 私の考えが正しければ、タカハシは目を覚ますでしょう…」

ルビスがそっと小さな玉を手渡す

「それはメイが持っていた静寂の玉
 彼女が肉体を離れる際、タカハシに託した持ち主の精神を込める事の出来る特殊な石です」

肉体を離れる……?!

「それは… 彼女は死んだと?」

俺はその表現から導き出した言葉で問いかけた
その問いに、ルビスの視線が眠るタカハシへと移る

「……タカハシの手で傷つき、そして守るため彼女は命を落としました」
「えっ??」
「タカハシを手助けしてほしいという私の願い、彼女は命で結んでくれたのです」

どういう事だ?
タカハシが殺したのか??
状況がわからない…

「…ゾーマの罠に掛かり、タカハシはメイを自分の手で斬ってしまった
 それでも彼女は、私の願いを…
 自身の想いもあったと思いますが究極魔法マダンテでタカハシを助けようとし、命を落とした
 ですが… ですがマダンテをもってしてもゾーマが斃れることは無く……
 そうして彼、タカハシの開放されようとしていた力は深いところへ、絶望に飲まれ、意識と共に沈んでいった…」
「なんと、いう…」

マダンテがどういった魔法なのかはわからなし、俺にはあいつの苦しみがわかりようもない
さぞ、無念だっただろう……

「この静寂の玉に込められたメイの精神が、"いのちの源"と共鳴しタカハシに働きかけてくれるはず…
 メイならば、今のタカハシを闇から引き出す事が出来る…
 神とはいえ人間の深く広大な心理全てに対し、働きかけを行うことは出来ないのです
 ですから私には、いえ、世界は… "静寂の玉に込められた想い"を信じるほかありません」

神にもわからない人間の深さ
土壇場で力を発揮する、そういう部分がきっと計れない所なんだろうな
俺は彼女とタカハシの関係を知るわけではないが、命を懸けて守ろうとしたんだ
その想いは本物、そう感じる

「ですが、もしうまくいったとしてもタカハシの力はどうなるのです?
 一回しか戻せないのでは」
「それは心配いりません
 タカハシが意識を取り戻せばそのような事、容易に跳ね除けることができます」

そうか…
ルビス様がここまでしようとするタカハシは、きっと特別な力を持つに違いない
わからない事も多いが今は世界のため姉のため
詳しい事は後で聞けば良い

未来に希望を見出せた俺は、さっそく行動することにした










●錆びた世界

身体の奥から溢れ出してくる力
失われていた、充実する魔力

これだ
ずいぶん懐かしい、この気力

「……これで、全てです 力は戻されました」

ルビスは疲れたように、深く、椅子へ腰掛ける
入り口には呼ばれたトルネコ
ルビスの力によって、まるで操り人形のごとく指示を待つ
この、人間を押し込める窮屈な建造物から出るためには彼の力が必要だ

「では、行ってきます」

言葉少なく俺は部屋を出た
トルネコに導かれグルグルと階段を降り続ける
この"絶望の町"にいる"壊れた人間"の、いくつもの目線だけが、その様を追いかける

「ここへ…」

静かに一言、発するトルネコが何も無い壁へ向かい、鍵であろう小さな棒を差し込む
ベージュの壁にぽっかりと穴が開き薄暗い部屋が姿を現す
部屋の中は無数に並んだ武具で埋め尽くされ、その先の壁を更にトルネコが鍵を使い開く
開いた壁の向こう─ そこには錆びた色が見える

「武器はここに隠されていたのか…」

連れてこられた人間の武器を棄却せずに並べてあるという事は、恐らく魔物達で使うつもりなのだろう

ガラガシャと手前から武器防具をひっくり返し剣を探す
が、なかなか見つけることが出来ない
もしや、すでに持ち去られた後なのでは…

そんな不安を抱き始めたとき、奥まった箇所で青白く鈍い光を放つ一振りの剣を見つけた

「あの光…!」

跳ねるように剣へと近づき、柄をグッと掴む

「これだ… 雷鳴の剣!」

剣をゆっくり天井へと突き上げる
見覚えある、刀身に刻まれた一筋の青
まるで再会を喜ぶかのように、魔力と共鳴する雷鳴の剣

この剣を手に入れてから、様々な事があった
ライフコッドでのドラゴンとの戦い…
メルビンとの出会い…
激しい修行の旅…
あれからとても強くなった
今ならあのドラゴンにだって、敗れはしないはず…

身体は小刻みに震え、心は強く奮う─



「きっと、良い結果を持ち帰ります」

トルネコへ、今は理解できないだろう言葉を掛け、外界へと向かう
らせん状に高く伸びたその建物から一歩二歩、振り返るとゆっくり静かに塞がる肌色の穴
真っ赤に染まる煉獄そのもの、炎の鎧を身に纏いゆっくりと錆色の世界を見渡す
赤茶色に焦げた空
不気味な殷紅色の地
匂いも音も無く、時が止まったような空間

「この方向だな…」

空は鈍鈍と蠢いている
雷鳴の剣をしっかと携え、目的へと歩みだす










●言葉の意味

思った以上に広いこの地
竹の水筒を口に当て喉へ胃へ、水を流し込む

「そんなに距離はないと聞いたのだが…ん?!」

突如、あたり一面に生成色の霧雨が立ち込める
同時に邪悪な気配と汚れの無い気配
正体の見えない相手に、息を潜め剣を抜き戦闘態勢で様子を見る

「やはり長くは続かないな… ゾーマ様のおっしゃるように完璧な隠蔽は出来るのだろうか」
「ギャアギャア」

霧雨が薄まり、目と鼻の先に二つの魔物が会話しているのを聞いた
その向こうには幾重にも重ねられた純白の雲─?
あれが邪悪とは違う気配の…

「! おまえ、どうやってこんな所へ!」

鎧の魔物、ガーディアンに見つかった
覚悟を決めキッと睨み返す

「なぜだ? お前から力を感じるな…」

ジリと足元を踏み固める鎧の魔物

「待て! その雲がなんなのかを教えてくれれば、お前達の疑問に答えよう」

ガーディアンの言葉を遮り、逆に質問を投げかけた

「……」

ガーディアンが少し考え話し始めた

「力を持ったとして、我々に敵う訳も無い… いいだろう」
「ギャ!」

もう一つの魔物、ダークサタンも同調したようだ

「この雲の中にはゾーマ様の力が蓄えられている
 いのちの力とおっしゃられていたがよくわからない」

いのちの力
じゃあここに、ルビス様の言っていた"いのちの源"が…

「そして元々魔力の高い人間を選び出し、安定させるためこの中で、邪神の像へと魔力を送らせているのだ」

魔力の高い人間?
それじゃあ─ !

「姉さんもここか?!」
「姉さんだと? そんなもの知るわけがない
 つい最近、女が一人つれてこられたがな」

間違いない、姉さんだ
こんなところに!

「さぁ、お前! どうやって力を取り戻した!」
「すぐに教えてやるさ」

全身の力を込め地を蹴り、ガーディアンへまっすぐ剣を突き刺す

「クッカッ…!!」

突然の事に動けないダークサタン
雷鳴の剣は鎧を貫き、ガーディアンが穴の開いた胸を抑え後ずさりする

「お、お前…! だましたのか!!」

ガーディアンはいきりたち盾を捨て、巨大な刃のついた矛をビュウと俺めがけ振り下ろす

「だましてはいない!」

その刃を横っ飛びで避け、オロオロするダークサタンの目の前へ─

「ギャ!!」

驚いたダークサタン
滅茶苦茶に尻尾を振り回し間合いを取ろうとする
が─ 尻尾を振る事だけに気をとられた魔物
俺は難なく背後へまわり尻尾を切り落とし─

「ギ………!」

地へ転がるダークサタンの頭
背中に飛び乗った俺は胴体と頭の付け根へ剣を叩き付けていた
歴然とした差を見せ付ける

「はっ……!」

敵の力を知り怖気付くガーディアン

「言ったじゃないか、"理由"を教えると」

剣を構えゆっくりと鎧の魔物へ近づいていく
両者はもうほとんど、手を伸ばせば互いの顔へ届く距離にある

「う、か……」

巨大な矛を構えるその態勢は、戦うモノではない
混乱し、ただ持っているものを目の前に突き出す
それは目の前に対峙する、自分より強い者から身を隠すように─

「もう終わりか?」
「ぐぬ─!」

身を乗り出したガーディアンは、その動作よりも早く払われた雷鳴の剣によって矛ごと二つに分かれた
ガシャンと墜ちる二つの身体

「…力を取り戻した方法 それはこうやってお前達魔物を倒し平和を築くと、行動したからだ」

ふわりと気体とも固体ともいえず"いのちの源"へ吸い込まれる魔物
その一言だけを言い放ち、俺はいよいよ向かうべき目の前の雲へと足を踏み入れ雲を割って進んでいく
感触はほとんどない
あるのは視界を遮る白い雲

「この中に…」

確実にわかるのは"いのちの源"がありそして、姉がいる事だ

気配を殺し、確実に前へ歩む
水筒の水が完全に無くなった時、視界が開けた─










●最後の教え

「あ… あれが、いのちの……」

目の前に広がる、まるで見たことも無い途方な情景
夜の空に浮かぶたくさんになった小さな光たち
それぞれが不定な大きさで、ゆらゆらと、それぞれに力を携え瞬く
その光たちに囲まれて、更に大きな光が浮かんでいる
光の集中する地だけが部分的にぽっかりと口を開け、地から天、天から地へと無限に続いていた

「ここは…夜空じゃあないか…!
 あの光が、ルビス様のいう"いのちの源"…
 なんて、なんて美しい………」

しばらく散りばめられた光を眺め、はっと我に返り使命を思い出す

「そ、そうだ、静寂の玉を持ってこの光に触れて─」

視線を上から下へ向けると数人の人間が、小さな像に向かって集中している
その中には姉ミレーユの姿もある

「姉さん!!」

声はじゅうぶん届いたはずだ
だが、届いていない

「姉さん!俺だ、テリーだ!」

すぐ側へ駆け寄り、更に大きな声で呼びかける
が、やはり届かない
ミレーユ以外の人間も声に応えるでもなく、全くの無反応
まるでそれは、何か心奪われてしまったように、無心にひたすらに

「な、なんだ… まるで俺の存在に気付いてない─」
「オマエ ナニシテル グルゥゥゥ…」

う?!
低く、醜い声へ振り向く

「あ、お前はあの時の…!」

姉に気を向けすぎ全く気がつかなかった
目の先には、ライフコッドで戦ったあのドラゴン─ バトルレックスが今にも襲い掛かろうとしている

「ドウヤッテ ココマデ キタ? ナゼ、チカラヲ モッテイル…」

外に居た魔物と同じ事を投げかけてくる

「俺は 邪魔されるわけにはいかない…」

"いのちの源"を見る
どうやってもこのバトルレックスを相手に触れられる距離じゃない
どうあっても、ここで倒さねばならない

「マア、イイ コノ クウカンデ シネルコトニ カンシャ スルンダナ」

死んでたまるか!

「うおおお!」

スラッと剣を抜き魔力を込めまっすぐ駆ける

『シャァアアァアァアァァア!!!』

きた!

思惑通り激しい冷気を吐くバトルレックス
真正面の広範囲に広がるそれを、俺は避けるように動く
前は恐ろしい技だったが、今はそれが恐ろしく鈍い攻撃に感じる

いける!
俺は、自分で思う以上に強い─!

バトルレックスの横腹へ回り込み一突き
ギシリと固い音が聞こえ、厚い鱗を破る
同時に尾が俺の頬をかすり、直撃を免れるため場を飛び退く
更にじりじりと、他の人間が巻き添えにならない位置へと移動する

「く、油断ならんやつ… さすがに外にいた雑魚とは違う…」

だが─
以前は無理だった剣での直接攻撃でダメージを与えられる
制約なく動けるその意味は大きい

「ギガデイン!!」

突進してくるバトルレックスへ魔力の薄い雷撃魔法を見舞う
大した効果は望めないがこいつは雷撃にめっぽう弱い
考えたとおり、ドラゴンの足が一瞬とまる

「おおぉお!」

その隙、飛び上がり上段へ構えた剣を振り下ろす

「バカメ!」
「!」

ガスッと胴へ、バトルレックスの腕が入り弾き飛ばされる

「ソンナ コザカシイ コトデ コノ オレヲ!」
「ぬ…!」

炎の鎧のおかげか、俺の力か、大したダメージではない
こいつは目晦ましなんかじゃ無理だ
力で剣技で、対抗するしか─

「わかっていたがやはり簡単じゃないな
 よし、真っ向勝負といこう!」
「ヨシ ノッテヤル」

話に乗ってきたバトルレックスが、少し笑ったように見えた
こいつは、俺と同じにおいがする…

「は!」

敵は一つ
強烈な冷気にさえ気をつければ問題ないはずだ
俺は剣を斜めに、間合いを詰め切りかかる
対してバトルレックスの武器はその鋭い爪と腕力、そして長い尾
俺の連続した剣技を器用に、そして力強く捌いていく

キィンギィンギリガキリと、次々に雷鳴の剣を叩きつけ払われる
少し隙を見せれば今度は逆に爪と尾が襲い掛かり、それを刃で払い除ける
一進一退、だが一瞬でも気を抜けばあっさりと爪に裂かれるだろう

振るわれるドラゴンの爪を剣で払い、勢いのついた身体を回転させ刃を身体へ中てる
尾を足で受け、切先を突き刺す

刃を撥ねられドラゴンの尾が胴へ衝撃を伝え、爪によって頬や腕が切られる

「はぁはぁ… ちくしょう、このままじゃ埒があかない…」
「グゥゥゥゥ…… グゥウ…」

互いに体力を消耗し、だんだんと手数も減ってくる
ダメージが蓄積されてゆく
対峙したまま距離を置き、肩で息を切る
ほぼ互角─

「ふぅはぁ… こんな、強い魔物が、まだいるっていうのか はぁはぁ」

思わず漏らしたその言葉に、ドラゴンも続いて呟く

「グルゥゥ オレハ ゾーマ サマノ ソッキン ダ… グゥゥルゥゥウゥ…」

強すぎると思えばこいつは側近か!
倒せばもしや、魔王を除いて残りは雑魚かもしれん
そうとわかればまだまだ踏ん張れる
こいつを倒しタカハシを目覚めさせ、共に魔王を討つ!

「いぁぁあ!」

力なんてほとんど残ってなかった
だが倒さなければ なんとしても─

『シャアァァアァアアァァァ!!』

「し、しまっ…!」

冷気!
俺は咄嗟に両腕を身体の正面で合わせ、防御する

「ぐうぅぅぅぅうう!!」

体中が軋む
冷たさが全身を蝕み痛みを発生させ筋肉を硬直させる
体内から確実に肉体を滅ぼさんとする究極の技

「オ、オレハ マケルコトハ デキヌ… カタネバナラヌ グゥゥウゥ…」

どうにか冷気に耐え、倒れる事はしなかった
幸いだったのはバトルレックスも消耗し冷気の質が高くなかったことだ
だがダメージはそれでも、大きい

「う、うう… 俺だって、負けるわけにはいかん… ちくしょう…」

痛い
全身が痛い
身体は、足や腕は辛うじて動かせる
だがどこまでもつか

「ソロソロ オワリニ サセテモラウ! グゥオォオ!」

バトルレックスの追撃
全力の打撃を見舞おうと高く尾を持ち上げ地を鳴らし近づいてくる

これは、この攻撃をかわしたとしても今のままでは決め手に欠け─


『これは非常に危険な技じゃが… お前なら成功させることが出来るじゃろうテリー…』


ふと、メルビンの言葉が思い出される
彼が最後に教えてくれた、危険な技

ヤツも次を最後の攻撃にしようと全力だ
ならば俺も、全ての体力と魔力を懸ける─!

「グアアォォォオオ!」

バトルレックスの尾が振り降ろされる瞬間

「おぉぉおぉおお!」

体力魔力全てを攻撃力とし、切先で地面を削りながら防御無視の刃をドラゴンへ叩きつける─!

『ズバッガッ!!』

「ガアアアァァァァァアアアアア!!!」
「がはっ!!」

血を噴きながら地面へと突っ伏すバトルレックス
尾によって殴り飛ばされ地面へ這い蹲る俺

相打ちだと思った
だが僅かに早く、雷鳴の剣がドラゴンの胴を切り裂き、尾の一撃は失速していた
通常の戦闘では絶対に使うことの出来ない、捨て身の攻撃
この剣技は相手との力が互角に近くないと威力を発揮しない
防御を完全に捨て、もてる全ての力を攻撃力のみへ傾けるソレは"まじん斬り"と名付けられていた

「グ ググゥゥ…… ガッハッ! アノ シュンカンニ、ミゴト ナ… コウゲキ…… ダ………」

バトルレックスの呼吸が止り、そしてもう二度と、動くことは無かった

「はぁはぁ 勝った、勝ったぞ……」

尾は肩から胴、足へかけ袈裟斬りされたような感覚
炎の鎧の硬い鉄を通してもなお、衝撃はすさまじい

もし、もしもヤツがベホマを使っていたら、俺は確実に倒されていた
冷気を使ったが俺の言葉に乗って魔法までは、使わなかったのだろうか
ふむ… どちらにしても、強かった 見事だったよ……

冷気ダメージもあり、薬草も回復魔法もない今、動くためにはしばしの休息が必要だった










●静寂の光

落ち着きと少しの体力を取り戻した俺は"いのちの源"へと歩み寄る

「この静寂の玉をもって、どれでもいいから触れればいいんだよな」

夜空に浮かぶ無数の光
生命全ての元であるこの光に、手を触れるなど通常なら躊躇する
果たして触れていいのか、触れて平気なのか
全く一切の予想も出来ないがそうしなければ世界は滅ぶ

開いた地から沸いてくる光へ触れようと右手をかざす
左手には静寂の玉を持ち、いよいよ光へ手が触れる─

「??!!?」

触れた瞬間
喜びに声を張り上げそうな感覚
怒りに我を失いそうな感覚
哀しみに引き裂かれそうな感覚
楽しさに笑い出しそうな感覚
懐かしさで満たされるような感覚
心へ何かが入ってくるような感触
理解を超える理性に支配されそうな感触
身体が飲み込まれてしまいそうな感触

たくさんの"意識"が一度に大量に押し寄せる
このままでは精神が持たない

「ううぅ…」

た、たしか
ルビス様は静寂の玉が反応すると…
それでわかると しかしどう反応するというんだ!
早く…!
なんなんだこの …!

光が、静寂の玉が反応を始めたのか光を放つ
同時に熱を帯び始め、左手から右手へ身体を巡り─

「これ、が! 反応?!」

右手から"いのちの源"へと伝わったのを感じ、素早く手を引く

「か、はぁはぁはぁはぁ…………
 とにかく、うまくいった はぁはぁ」

静寂の玉から光が失われ、発せられていた熱も無くなった
その不思議な現象に、しばらく心を奪われてしまう

「…これで」

やるべき事は完遂できた
後は姉を連れ戻し、あの建物へ戻る

未だ、バトルレックスと派手に戦っていたというのに邪神の像へ魔力を込め続ける人間達
何も無かったかのように静かに

「姉さん、帰ろう」

姉の肩へ手をかけ話しかける
しかし反応が無い…

「…どうなっているんだ」

手荒な事はしたくなかったが、姉の両腕を掴みそのまま立ち上がらせようとする
が、動かない
いや、動かせなかった
どういうわけか全く、微動だにしない

「くそ! 像を破壊すればいいのか?」

邪神の像は"いのちの源"のすぐ側へ無造作に置かれている
それはこの世の生き物とは思えない姿を形取り、不気味に"いのちの源"を凝視していた
放置したとしても絶対に害にしかならないだろう
俺はそれを剣で破壊しようと構えた時─

「それを破壊されては困る…」

背後に漆黒の霧と禍々しい気配
構えた身体を動かすことが出来ないほどに、強烈なその魔力

「私の… 力に乱れを感じた
 何事かと来てみれば…」

鼓動が激しくなる
汗腺全てから嫌な汗が滲み出してくる
突如あらわれたその男の声
気が遠くなるほどに圧倒的な存在感
"私の力"と言った
この男は"いのちの源"を自分のモノだと言ってのけた

恐恐とその正体を確認する
いや 確認するまでもなく、わかってしまった

こいつは… 信じたくはないが こいつが魔王 ゾーマ、だ

「人間、私の力になにをした」

その言葉に俺は、質問では無く死を感じた










●失敗

魔王ゾーマ
俺を冷たい目で見浅む男

「隠蔽は失敗… 我が側近を倒し… なぜお前は力を持つのだ」

魔王の言葉は全て質問のようでそうではない
発するたびに俺の終わりが確実に近づいてくる
そんな言葉だ

「邪神の像を破壊しようとしたのか… やはり隠蔽する術を見つけなければならぬな…」

タカハシはこんな相手と戦ったというのか
対峙して初めてわかった
次元が、そのものが違いすぎる…!

「俺の」

だけど俺は、せめて姉だけは救ってやりたい
どうにか手段を聞き出し─

「姉に何をした…」

魔王が"ほう"とテリーの言葉に興味を持つ

「お前、そうかあの人間の女は姉か」

魔王は、何かを唱えミレーユを指差す

「どうだ 縛りを解いてやったぞ
 さぁ、再会を喜ぶが良い」

姉を見ると確かに、様子が変わり周りを訝しげに見渡す
状況が理解できていないようだ

「姉さん!」

ザッと駆け寄り姉を背に隠す
他の人間達は変わらず像へ魔力を送り続けている

「どうだ、望み通りだろう」

こ、こいつは何を考え…
は!
しまった、姉を知られてしまったのは却って逆効果だったか
タカハシとメイの事を忘れていた─

「テリー! これは一体…」

ミレーユが今にも消えそうな声でテリーへ話しかける

「姉さん、すまない 俺は失敗してしまった…!」

俺の言葉に姉はますます"わからない"という顔をする
今ここで、全てを説明するのは無理だ
そしてなにより、生きて戻る事はないかもしれない

「あれは… 魔王ゾーマなんだ
 詳しく説明することはできないけど、すまない もう、無理かもしれないんだ…」

俺は側近にさえ危うく倒されかけた
そんな俺が満足に戦えるとは到底思えない
先の戦いでの傷だってまだ癒えていないんだ

「そんな…… テリー、私を助けにこんなところへ…」

それもある
それもあるんだが、もう一つ大事な事もあった
そしてそれは幸運にも済ませる事ができた…
くそ!
このままうまくいくはずだった…
まさか魔王が目の前に現れるなど!

「ククク……」

魔王の目が怪しく光る

こうなるとわかっていれば…
俺一人が死ぬだけで済んだかもしれないのに…!

「喜びは分かち合えたか? そろそろ絶望をいただくとする」

殺られる!

「姉さん! 時間稼ぎをする! 白い雲に向かって走るんだ!
 どうにか逃げてくれ!」

ミレーユの背中を強く押し、促すテリー
剣を構え呪文詠唱に入っていた

「ギガデイン!」

ズガガと強力な雷撃がゾーマの頭上へと落ち、テリーの雷鳴の剣がうなりをあげ斬りかかる
その様子を、ミレーユは背後で感じ、だがテリーの思いを無駄にするまいと雲の中を駆けた










●我が力と

「ぐ!!」

俺の剣が全く効かない!
くそう!
身体さえ完全なら掠るくらいは…!

「楽しくないな まだ人間界で抵抗してきたルビスの使いと女のほうが楽しめた
 少なくとも絶望の味は格別であった! クックックックック」

それはタカハシとメイの事か
楽しいとか楽しくないとか、絶望がうまいとか……!!

「おおおお!!」

もう一度、今一度まじん斬りを!
命尽きてもかまわん!!
再び剣を構え全ての力を込め─

「う?!」

身体が動かない…?
な、んだ
何か強い力が俺を抑え付けてくる…!

「どうした? フハハハハハ!」

だめだ…
絶対に考えるのはよそうと決めたんだが
どうしたって絶望を─

「メラゾーマ!!」

ゴオという爆音と共に魔王が巨大な火の玉に包まる

「テリー!!」
「!!」

姉さん!
なぜ戻ってきたんだ!?

「弟が傷つけられるのを、黙ってみていられないわ!」

即座に魔法詠唱をはじめ─

「ベギラゴン!!」

俺の身体は未だ動かせない
魔王は益益、強大な炎に包まれていく

「テリー! 今のうちに!!」

くっ!
だめなんだ姉さん!
動けない、声すらも……あ!

前触れ無くテリーの拘束が解ける
急いてテリーは姉の下へと向かう

「フフ それでこそ、絶望はより深くなるというものだ…」

強い魔力を感じたかと思うと一瞬にして、魔王を取り巻く炎が消えて無くなった

「無くすには惜しい逸材だな」

姉の震えが伝わってくる
正直もう、打つ手は無い

「お前たち 借した力を返してもらおう」
「借した力だと? これは元々じぶんのモノだ!」

わからない
どうなるんだ俺達
どうしたらいいんだ
ルビス様…

「簡単なことだ」

魔王が両手を二人へかざす

「く…!」

身体が持ち上げられ、再び身動きが取れなくなる
今度はミレーユも一緒に─

「死んだ者がどうやって"私の力"へ取り込まれるのは知っているが─」

ググッと姉弟の身体が"いのちの源"へ移動させられる

「生きた者がどう取り込まれるのか、今、知りたくなった」

魔王が手をグイと握る
同時に二人の身体は中央の大きな光へ押し付けられてゆく

「う、うううぅうううぅううぅっぅぅぅ!!!!」

テリーとミレーユの声が混ざり合い、空間へ響く
先刻触れた小さな光よりももっと大きく複雑な"意識"が二人を襲う


か…た、たかはし
た の む……


膨大かつ巨大な意識に支配され、やがて気を失い
身体は溶けるように"いのちの源"へ取り込まれ─


魔王は静かに、感動と共に眺めていた
テリーとミレーユ、二人の取り込まれる様が
魔王にとっては美しいのだ


空間は静けさを取り戻し
夜空は美しく光を湛え
邪心の像は一心に魔力を受け取り
人間達は無心に魔力を送り続けた


「我が力となれる事を 光栄に思うが良い」


利用される"いのちの源"
その悦事に魔王自身、身震いすら覚えるのであった










~第四部 完~

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