●魔王ゾーマ

不気味に唸る城
それはライフコッドより北に位置し、魔物を押し込めるおぞましい建造物

「ゾーマ様」

サタンジェネラル
魔王の直ぐ側へ仕える魔物
その言葉に、詠唱を止める魔王ゾーマ

広い一室
魔王が"いのちの源"から力を引き出す為に作らせた、特別で無機質な間
魔物達からは"祈りの部屋"と呼ばれ、魔王に許された者しか立ち入ることが出来ない
そして、サタンジェネラルは入室を許された一人

「何用だ」

声をかけた魔物には一瞥もくれず、魔王は返答する

「は… 私が言うことではないと思うのですが…」

サタンジェネラルは戸惑い、言葉を繋げられずにいる
その気配を感じ、魔王が聞く姿勢を見せた

「言ってみろ」
「は…」

床へ片膝を付けたまま、サタンジェネラルは話し始める

「ゾーマ様はもうすでに全てを超えた力を持ったと、私は思います
 もうそれ以上"いのちの力"は必要ないのでは、と…」

魔王が目を瞑り、高揚したサタンジェネラルは更に続ける

「その力は危険すぎます!
 "いのちの力"だからでしょうか、その… 力として使うには純粋すぎるのです!
 ですから─」

「聞け…」

サタンジェネラルの言葉を遮る魔王ゾーマ
遮られた本人は相当の覚悟を決め進言したのだろう
頭を下へ向けたまま上げることが出来ずにいる

「私は… 闇雲に力を取り込んでいるわけでは、ない」

魔王は決して、己の部下である魔物に対し罰を与える事が無かった
だが、サタンジェネラルは怯えた
それは魔王ゾーマの行動に、異を唱えたからに他ならない
過去に、主の行いを疑問に考える者は皆無だったからだ

「しかし、お前の気遣いに答えようと思う」

これまで行動の理由など、一切を話す事がなかった
それは残された側近がサタンジェネラルだけになった事も、あったのだろう
側近アトラス、バトルレックスは既に倒されている

「私は数百年、いやもっと過去であっただろうか…
 ルビスの遣いと戦った事がある
 その時も私は究極であった…!」

空気が、変わる
普通の人間なら気を失いかねないほどに強烈な、威圧感

「あったにも拘らず、私は倒され意識だけの存在となり…
 その後"いのちの源"へ吸収されることもせず、彷徨った…
 冷たく、永く、遠い時間を さまよったのだ……」

サタンジェネラルは物言わず、ただただと聞くだけ

「ある時、見つけたのだ この"いのちの源"には輝く力が蓄えられていると…
 そしてその力を利用する術を!」

「私はいま、そうして我が身へ取り込み、何者も敵わぬ力を手にしている」

「だが─ だが! ルビスの遣いはソレを上回ることが出来る!」

ドンと、魔王の気に押されるサタンジェネラル

「過去、己の力を過信しすぎ私は斃れた」

「その過ちは二度と! …私は力を取り込み続ける」

「神など、もはや敵ではない」

「人間だ 神々の加護を受ける人間なのだ」


サタンジェネラルは思う

"なぜ、神の加護を受けたあのタカハシという人間を殺さなかったのか"
"確実に、グランバニア南で殺せていたはずだ"

わからなかった
自ら恐ろしい敵だとしながら、生き長らえさせる理由を、知りたいと思った

「それはな…」

心を読まれ狼狽するサタンジェネラル

「私は完璧として存在する必要がある
 あのルビスの遣い… タカハシと言ったか、やつはまだ完全な力を発揮できていない
 完全な力を倒さねば、真に完璧とは言えぬのだ…」





サタンジェネラルが去り
"祈りの部屋"へ一人、魔王はその天井を見上げ、考えていた
決して見せてはならない、側近へ語ったモノとは違う、本心


やがてここへやってくるであろうルビスの遣い
取り込む力としてだけ生かしたつもりであったが─

"いのちの源"を取り込むほどに、我が身の運命とは…

果たして、変えられぬ物なのか
私は滅ぶべき存在だというのか

そのような意識を私に齎らすものは
魔の繁栄を阻む生命の記憶…

ならば試さねばならない
私はだが、破れはせぬ
万有の力を、この手に─










●なれはて~世界

肌色に伸びる螺旋の建物
ルビスはテリーとミレーユのなれはてを、感知していた

「ありがとう テリー…
 貴方達は死んだわけではありません
 ただ少しの間、眠るだけです 本来の世界が創り直されるまで」

ベッドに横たわるタカハシは
まだ変化を見せてはいない

「タカハシ 早く戻ってきてください
 もう、もう時間がありません…
 これ以上、魔王が力を持ってしまうと手遅れに……」

答えることなく眠るタカハシ

彼はいま、己を自ら縛りつけ─

"静寂の想い"は静静と─










●混濁

佇む心
身体は微塵も動かせず
動かす意思も無く

「俺が殺したんだ…」

何万回目の同じ言葉か
思考は一つに支配され
両の手で膝を抱えたまま
固く硬い柔らかな空間

突然、異世界へ飛ばされ
見た事も聞いた事も無い世界での毎日
その日常の中ではっきりと"生と死"を感じ
闘いの中へと身を置いて来た

今まで意識もしなかった
見慣れた景色のように
自分の手で生き死にを決定する世界

己の身を守るため
誰かを守るため
慣れない世界で剣の腕を磨き
不可解な理由で旅する事を強要され
それでも懸命に歩いてきた

それが自分の世界へと戻る唯一の方法であったから─

旅のある日
見知らぬ男と出合った
それは混沌の根源、魔王ゾーマ

魔王との闘いのさなか
彼は仲間を斬った
まやかしに踊らされ殺した

気付いたときは手遅れで
自らの愚かさで─

無理も無い事だった
彼は閉じ篭り
感情を表に出す事に怯える

なぜ
今の現状はあるのか
その理由を求め
二度と戻ることの無い
久遠の旅路へ踏み出そうと していた

知る事のない理由を
知る事が出来ないと知る為に










●悪夢

「タカハシ! 起きて!」

ん… 誰だ俺を起こそうとするのは…
俺は眠りたいのに……

「今日から一緒に旅するって言ったでしょう! 私よ、メイよ!」

メ…イ?
メイ?!

ガバッと、声のする方へ勢いを付け立ちあがる

「どうしたの? 目は覚めた?」

目の前にいるのは紛れもなく─ メイ

「メイ……!」
「寝坊よ! 待っていたのに寝てるなんて!」

この場所は、見覚えがある
そう確か…… フィッシュベルの宿屋だ

「ここはフィッシュベルの宿屋… か」
「そうよ 扉を叩いてもあなたは出てこないし、部屋の中まで迎えにきたんだから」
「メイ… 生きて………」

時間が戻ったのか
俺がずっと悪い夢をみていたのか
目の前で生き、少し怒った顔のメイに俺は、涙が出そうになる
存在を、確かめようと手を伸ばす─

「迎えにきたのよ、あなたを相応しい場所へ連れていくために…」
「え、連れていくって…」

な、なんだ これはメイじゃ、ない……?

「私は生きていない、なぜ?
 だって、フフフフフ… あなたが殺したじゃない フフッ
 あなたが剣で、私を斬り殺した…!!」
「な………?!」

メイの姿が突如、霧状の魔物へと変化する
景色も一変し、宿屋の一室から赤く黒くウネウネと動く空と、草一本生えていない土の大地になる
一瞬、言葉が頭の中から消滅し、目の前の出来事が色を無くしてしまったかのよう─

「フフフフ… あなたが、殺した……」

「あ、ああ・…」

ゾーマとの闘い…
俺のこの どろどろとした、心

苦し、い…
現実が、事実がこんなにも苦しい…

これ、で、何度目だ
何度、おなじ光景を見てきた
わかってるじゃ、ないか
もう戻らないなんて、こと

しばらくすれば、気を失うんだ
そうして、また、繰り返す

到底、許されることは、なく
許すこと、なんて、出来ない─










●触れるもの

「タカハシ!!」

響く声にハッと気を取り戻す

「!?」

霧状の魔物は変化無くニヤリと俺を見ている
声の主は目の前じゃない!

「目の前にあるのはあなたが作り出した幻!
 事実とは違うのよ!」

なな、何を言ってるんだ
事実とちがうなんて、違う…
事実なんだ
違うことなんて、何もないんだ!

「違う違う! 私を信じてタカハシ! お願い…!」

信じると言ったって…

「俺は、この声が誰の声なのかを知らないんだ
 いや─ 知ってる
 知ってるけど、それは本当じゃないかもしれない…!
 いや本当で、あるはずがないんだ!」

だからもう、眠らせてくれ
悪い夢のなかで空っぽな夢を、みさせてくれ…

霧の魔物は動かない
ただただ、俺を見下すように、その細く青白い目で刺すだけ

「信じて─」

声の主が言ったその刹那
からだのなかへ何かが入り込んでくる
とても暖かくって切なくって
ずっとずぅっと、欲心深く欲し続けてきたこの感情

目の前の魔物は空気と混ざり合いながら消え
ぎゅうぎゅうに抑え込んでいた感情が、当たり前のように膨れ上がっていく

「こんなこと ほんとに」

景色は一変し暗闇の中
俺の心に触れてくれる確かな声

「メイ… どうして…」










●自分のため

どうしてメイが…
死んでしまったはずじゃあ

「覚えてる? 静寂の玉を」

ああ、覚えている
だけどあの後いったいどうなってしまったのか
俺はわからないんだ
ここがどこなのかすらも…

「ここはあなたの心の底
 そして私は、ルビス様の手助けであなたの心に触れることが出来たの」

ルビスが?
…どういう事なのかわからない
なんでこんな事になってしまったのか

「それはすぐにわかるわ」

メイ
すまない
俺は取り返しのつかないことをしてしまった
この手で、メイを殺してしまった…

「タカハシ あの時の事は誰も悪くないの
 あれは魔王の見せたまやかしなのよ
 あなたはそれに騙されてしまっただけ
 だから─」

ダメなんだ
もう、どうしようもなく俺は自分に失望したんだ
結局、守れなかったよ
なんにも、この手はちっとも役に立たなかった
よりによって大事な人を、殺めてしまったんだ…

「私はあれからたくさんの事を知った…
 なぜあなたがこの世界にいるのか、なぜ魔王が存在してしまったのか
 他にも、いろいろ」

…

「あなたはきっとこう思ってる
 "きっと許してくれない" "許される事じゃない"」

そうだな
その通りだよ

「私は、一度だってあなたに悪い考えを持ったことなんて、ない
 それどころか、あなたに出会えてよかったって、思ってる」

それは─
そんな事、だって本人を前にして言えないだろう
本心なんて、言えるはずもない

「ふふ… 私は今、あなたの心に触れているのよ?
 嘘なんてすぐに伝わってしまうわ
 ね?」

ん…

だけど、でも俺は、自分が許せない
こうして話をしてるけど、失くしてしまった事は事実なんだ…

「固い心ね、もう…
 でもそこまで私の事を考えてくれるのは、正直にうれしいな」

…

目の前には暗闇がどこまでも続く

今、俺は戸惑っている
メイが、自分を斬った俺をどう思っているか、はっきりいえば少し不安もあった
だけど今はっきりと、その不安は全く無くなった
俺はどうすればいい?
知ったから、どうなるものでもあるまい?
やはり俺は、ここで自分の愚かさを悔い続けるべきなのでは─

「あなたはこの世界を救うため行動の出来るただ一人の人間なの
 私は、私の事は考えずに、その使命を全うしてほしい」

使命?
どういうことだ?

「そう、使命
 これはね、"いのちの源"の意思でもあるのよ」

"いのちの源"
それはいったい…

「詳しいことはルビス様に聞いて
 私にはうまく説明できない…」

ルビスか

なぁ、メイ
そうする事が今の俺にとって、一番の償いになるんだろうか
そうする事でメイにした事への、償いになりえるんだろうか…

「…私は償ってほしいとか、そういう気持ちは全然ないの
 ……けれどあなたがそう思い、行動してくれるのなら、きっと」

そうか………

「私だけじゃない たくさんの人が救われるの
 あなたも自分の世界へ戻ることが出来る
 …あなたが自分の為に動くことが、私や世界の為になる…」

……少し、考えを整理させてくれないか

俺はずっと考えていた
どうしてこんな事になったのかを
自分の未熟さを、愚かさを
どうすれば償えるのかを…

俺は……



わかった気がする
どうするべきなのかを…

「うれしい… 伝わった、心から伝わってきたわ…」

俺は、できるだけの事をしようと思う
心配かけてすまなかった
もし、もしメイが来てくれなかったら俺はずっとこのままだった…

ありがとう

「うん! 詳しいことはルビス様に聞いて
 気がついた先で待ってるから」

ああ、そうする
だけど─

もし魔王を倒せたとしても、メイは戻らないんだよな…

「もういかなくちゃ… タカハシ、あなたならやり遂げられる
 私、信じてるから…
 自分を取り戻すために、感情をゆっくり開放して…」

ボウと、眼前にメイの姿が薄く
俺は思わず手を伸べるが、それは空しく空を掴むばかり

「……ねぇタカハシ 私は、肉体は失ったけれど心までは失っていないの
 わかる? あなたが私を想ってくれたら、それだけで側にいる………」

声は長いエコーが掛かったように響き、やがて、空間のチリとなり
俺の意識はスウと、上とも下ともわからない方向へ引かれていった










●始め有るものは必ず終わり有り

音が、耳を伝い聞こえてくる
小さくガサガサコソコソ…

久しぶりだ…
自分以外の音を聞くなんて、どれくらいぶりだろう

夢、じゃない
俺はどうやら、永く眠りすぎたようだ
意識はこれまで感じたことがない程、透き通っている
目を開けばまた、戦い明け暮れる日々
…けれど、俺の出来る精一杯を、するために目を開けよう─

ゆっくりと瞼を開く
明るさが無遠慮に目を刺してきた
初めて目を開いたように恐る恐るぱちぱちと、瞬きを繰り返し目を慣らす

ここは… どこかの部屋のようだ
扁平な天井に固い布が身体を覆う感触
俺は、ベッドに寝かされていた

魔王に頭を掴まれ、その後は思い出せないが…
俺はこんな所に連れてこられていたのか─

「ん」

人の気配をすぐ隣に感じ、ふいと目をやる
そこには白い女性が目を瞑り、椅子に座っていた

この女が誰なのかは、わかっている
ルビスだ…

俺の動きに反応し、静かに目を開き、俺の顔を見つめるルビス
白く透き通るような肌に、絵に書いた姿
その瞳はどこか物憂げで、しかし魅力的でもある
俺の想像を遥かに超え、美しい

「メイを、俺に向けさせたのは、あんたか…」

ルビスの姿に少し、戸惑いのような嬉しさのような、複雑な気持ちを抱きつつ話しかけた

「別に、その事をどうこう言うつもりはない
 そしてこれからやらなくちゃならない事もわかってる…
 でも、何もわからないまま戦う事なんてできない
 …全部、話してもらえるよな?」

俺のわからないこと
この世界にきてからずっと、ルビスは肝心な事だけは黙ってきた
やるべき事がわかった以上、それらを聞いておかなければならない
何もわからないまま言われるまま、行動だけをするなんて嫌だからだ

「…まず何を話しましょうか」

夢の中で聞いた声そのまま
目の前にいるのは本当に、ルビスなんだな

「まずは、あんたがどうしてこの世界にいるのかを聞きたい」

これはメイがルビスに聞けばわかるといっていた、最初の疑問
なぜ神が魔王の創った世界へいるのか…
だがはっきりいってこの事はどうでもよかった
言葉慣らしの意味での、質問だ

「私は、あなたがゾーマに囚われ異世界へ連れ去られていったのを見ていました
 あなたには重大な使命がある…
 ですから私は力を失うとわかっていながら人間の姿となり、わざと魔物につかまった─」

そうか
人間になる事もできるのか…
なぜ魔王にやられる瞬間、助けてくれなかったのかという事は、もういまさらどうでもいい
神にも手出しできないほどに、それほどに魔王の力は恐ろしいのだろう

「わかった
 次は"いのちの源"について教えてくれないか?」

これもメイの言っていた言葉だ
今後の俺の行動は、どうやらその"いのちの源"の意思であるらしいから─

「"いのちの源"と今回の事は全て繋がり、そして起こりでもあります…
 事を終わらせる為、全てをお話しましょう」

外気はわずかな物音だけをサァサァ伝達し
部屋の肌色が強く目を圧迫する

白い女性ルビスは時折、ふと悲哀に満ちた表情を見せ
それは悲しいことだけれど同時に、この世で一番の美しさに感じた










●いのちの循環いのちの記憶

「"いのちの源"とは─
 …全てはそこから始まっているのですよ、タカハシ
 この話を聞けばあなたの疑問は全て解かれることになるでしょう」

"いのちの源"なんて言葉はメイに聞くまで知らなかった言葉だ
そしてルビスはそれが全てだと、言う…
そんな大事な事をなんで今まで話してくれなかったのか─

「…"いのちの源"とはその名の通り、全ての生命の源です
 植物、人間、虫、動物、魔物、ありとあらゆる"いのち"を持つものの根源…」
「魔物も、なのか?」
「そうです
 肉体を抜け出した人や動物、魔物全ては遠く上空を超え、更に果てしない場所で一緒になり混ざり合います
 混ざり合った生命は浄化され、新たな肉体へ宿るときを待っているのです」

じゃあ、死んでいった魔物や人間のいのち…
そしてメイの"いのち"も─

「分け隔てなく善悪も関係なく… タカハシ、命は皆おなじであり平等です」
「平等…だと?」

人を無意味に無差別に殺す魔物達も"平等"なのか
いつか、なんらかの生命の元になって平然と生きていくというのか
殺された側からするとたまったもんじゃないな…

「…"いのちの源"、それは"いのちの輪"です
 空へ昇った"いのち"は輪になり、そうして互いを輪の中で共有する
 未来永劫かぎりなく全ての"いのち"と関わりを持ち、"生きた記憶"を後世へ残してゆく」

難しい、話だ…
童話でも聞いているみたいだが、こんな異世界が存在するほどだ
何を言われても不思議じゃないし、そんなものなんだろう
だけど─

「……それがどうして、俺の疑問が解ける事と関係するんだ?」

少し伸び、俺は身体を起こしベッドから降りる
身体は軽く、不調など全く感じない
それどころか体の奥底から力が沸いてくるようだ

軽く身体をひねり、俺がベッドへ座ったのを確認してから、ルビスは話し出した

「まずゾーマについてお話せなければなりませんね…」
「魔王だろう? 知っている」
「そうではありません
 なぜゾーマが私たち神や勇者を超えることができたのか、という話です」
「どういう事だ?」

少し乱暴に言葉を返したが、
ルビスは気に留めることなく続ける

「ゾーマは"いのちの輪"の繋がりを絶ち、自らの力にする術を知った
 それにより、三つ目の世界で思念となった自身を、若い肉体へと変化させることが出来た」
「三つ目の世界だって?」
「そうです この剣と魔法の世界はそれぞれが独立して八つあるのです
 ゾーマは八つあるうちの三つ目の世界で、やはり邪悪な存在でした
 私は囚われ石にされ、しかし私の導いた勇者にゾーマは打ち倒されました」

ずいぶんと、因縁の仲らしいな…
ついでに聞くが八つの世界は互いに関係するのか?

「はい、同じ輪を共有する世界ですから…
 独立していても全く別世界とは言えず、一つの世界の続きであったりもします」
「ふうん……
 まさか、もしかして、俺の世界とも繋がってるのか?
 この世界みたいに魔法はないけど…」

"生命の根源"である"いのちの源"は"いのちの輪"となり全て交じり合うと言ったし、
俺の世界の"いのち"もそれは例外じゃないだろう─

しかし、ルビスの答えは俺の予想とは違っていた

「いいえ、関係はありません」










●再会と混乱

「関係ない?
 どういう事だ?」

ルビスの意外な言葉は、俺を大きく動揺させた
"いのちの源"は、繋がりを持っているんじゃないのか?
だから俺は、ここにいるんじゃないのか?

「それは、あなたの世界とこの世界では"いのちの源"が違うという事です
 タカハシ、世界は私たち神でさえ到底把握出来ないほど、無数の物質に満ちています
 物質は空間を形成し世界を形作る
 その、それぞれの世界は大きな空間に囲まれ、独立して存在しています」
「じゃあ俺は、たくさんある囲まれたどこかの住人… でいいのか?」
「そうです
 世界はそれぞれで独立しています
 ですから、あなたの世界とは直接かかわりがありません
 そして"いのちの源"も、それぞれ独立しているのです
 ただ、私たちにも詳しくはわからないのですが"いのちの源"同士が、繋がる事もあるようです」

俺はこの世界とは違う別の世界の住人で、"いのちの源"も違う
なるほど、そういう意味で"関係ない"って事か
てっきりルビスに"創られた"のかと考えてしまった…

でも、じゃあ─

ふと、部屋の外に何者かの気配を感じ、出しかけた言葉を喉へと押し込める
何者かが部屋へくる…!

「気配が…」

声を殺しルビスへ話しかける

「ええ、知っています
 問題はありません、トルネコです」

え?
トルネコ? なぜ?

足音が止まり、外光を遮る
一つしかないくり貫かれた入り口は、光をわずかにしか通せない
しかし部屋が暗くなる事はなく、一定の光量を保っている

「おお 意識が戻ったんですね」

この声、その丸い顔に口ひげ
まさしくこの男はトルネコ─

「……トルネコさん!」

身体は素直に、トルネコへと駆け寄っていた
狭い部屋で数歩もあれば届く距離が、まるで映画のワンシーンにも感じた

「トルネコさん!
 俺です、タカハシです!
 元気に、回復できたんですね…!
 よかった─」

トルネコの顔は、まるでキョトンとし、言っていることをわかりかねるといった表情

「はて…? あなたは、確かに名前は知っているが…」
「な、なにを言ってるんですか!
 こんな時に冗談なんて…!」

まさか俺を忘れてしまったのか??

困惑し、無言で向かい合う俺とトルネコ
そんな様子を見かねたのか、ルビスが間に入る

「トルネコ、タカハシは目覚めたばかりでとても衰弱しています
 飲み物と食べ物を、持ってきていただけませんか?」

困り顔のトルネコはルビスの言葉に気を移し、俺の顔から視線をそらす

「ああ、はい すぐに持ってきますよ
 ところで頭が少しぼんやりするんですが、私はどうしていたんでしょう
 どういうわけか倉庫で寝ていて、魔物に起こされ説教されてしまいました…
 昨日、この部屋へ来てからの記憶が、ないんですよ…
 おや? テリーさんの姿が見えませんね」

テリー…?
彼もここにいたのか…

「私にはわかりませんが、先ほど魔王の手下が連れて行きました
 ですから、ここにはもういません」

ルビスはそう答え、トルネコは"ふむ"と頷く

「そうですか…
 ところで名前を思い出す事は、できましたか?」
「ええ、私の名はルビス…」
「ほう? どこかで聞いた事があるような……
 まぁ、思い過ごしでしょう」

言い残し、突っ立ったままの俺の目の前から歩き去るトルネコ
眼前が開け大きな空間が現れ、丸い煙突状の建物内部だけが覘く

「タカハシ、座ってください」

ルビスの声にはっと自分を取り戻し、元のベッドの"へり"へ座る

わけが、わからない
トルネコ、テリー… 混乱する…
俺が夢を貪っているあいだ、一体なにが起こっていたんだ…

「…世界の話の前に、まず今の状況をお話すべきでした」

ゆっくりと、淡々と
茫然とする俺にルビスは、起こっていたことを話し始めた










●経緯

トルネコが運んできた水を一気に飲み干し、俺は頭の中を整理していた
器の横へ無造作に置かれたパンには、手をつけずに─

ルビスが言うには…
ここは魔王の創りだした、能力のある人間から力を吸い取る為の世界 ─魔世界だ
気を失う前、魔王が言っていた、
"この私の為に、その魂を、捧げ続けよ"
とは、この世界で永遠に力を吸われ続けろ、という事なのだろう
"いのちの源"から力を取り出すのも、この世界で行っているそうだ

トルネコは、魔物の進行があったとき、魔王みずからここへ連れてきたらしい
目的はこの建物の管理と、ここに住む人間の"希望"を無くすため…
かつて勇者だった男が魔物達の為に働いている、そんな姿を見せられたら気力も失せるだろう
あの時、ドラゴンの手で心を奪われたのは、このための準備だったのかもしれない

テリー…
彼はこの世界で姉と共に気力を失わなず、ずっと俺の回復を待ってくれていた
どんな思いで、待っていてくれたんだろう
なかなか目を覚まさない俺をみて、何度くじけそうになっただろう……
姉を連れて行かれ、ルビスが現れ、姉と俺を救うため"いのちの源"へ向かった
こんな世界で救うなんて、表現が間違っているかもしれない
だけどテリーは、何もせずにはいられなかったんだろう…

俺は、テリーがルビスに持たされた"静寂の玉"によって、メイに起こされた
起こされた… のだろうか…?
メイの言葉を、俺はただただ待ってただけなのかもしれない
もう聴けないと思っていたその"声"に、すがっていたのかもしれない…

他の人間は、ここで気力を失い力を奪われるか、魔物によって殺されてしまったそうだ
まだ生きて、"下の世界"で抵抗を続けている者もいるそうだが、多くはいない
毎日を魔物の襲撃に怯えながら暮らしていると、ルビスは言っていた…

俺は…
こんな状況を打開し、世界を元に戻せるのだろうか
そして、自分の世界へと戻ることが出来るんだろうか─










●善し悪し

「今日は顔色が良いみたいですね」

ある部屋で、一人の男を目の前に話しかけるトルネコ

「あの女性がここへきてから、みんなの表情が変わったように感じます
 よくはわかりませんが、あなたも少なからず影響を受けているのでしょう、カンダタさん」

筋骨隆々、ベッドへ腰掛けるその男、カンダタは
そんなトルネコの言葉に耳を傾けない

ここ数日、気力を無くした人間たちに変化があらわれ始めた
以前のような生気の抜けた表情をしなくなり、瞳には少しの活力を漲らせている
しかし、悲しい
この世界では余程の力を持たない限り、取り戻した力は即座に吸い取られてしまう
今この瞬間も、眼に力を宿した人間たちは、活と無の間をさまよっているのだろう

トルネコは運んできた食べ物を、ベッドの脇にあるテーブルへ置き、次の部屋へと向かう
そして同じように二言三言はなしかけ、食事を与え、また別の部屋へと移動する

これまで、毎日同じ事を繰り返してきた
何の疑問も感じずに、当たり前だと過ごしてきた
だけどあの女性─ ルビスがやってきてから何か違和感を感じる
その違和感がなんなのか、まではわからない
悪い兆しか、良い兆しなのか
どうも、おかしい
何かがおかしい
身体の中に湧き上がる不思議な感情に、支配されそうになる……

ふいと、身体を反転させ歩を進めはじめる
トルネコは考えることをやめ、自分の仕事へと戻った
ここまで持つ事のなかった"自分の思考"
考えを巡らせるという行為そのものが、今の呪われたトルネコには負担でありそして、
"湧き上がる不思議な感情"を自覚することが、怖かった










●地鳴り

ルビスは再び眼を閉じ、沈黙している
俺はこれまでに教えられた話を、自分の考えに従い理解する事に努め、やがて疲れベッドへ倒れ込む

目覚めてからこれまで、陽が移動し影が伸縮する様子を見ていない
恐らくこの世界には太陽がなく、イシスにあった光苔のようなものが、明かりを作り出しているんだろう

ここは…
魔物が作り出した人間のための住居だ
が、思いのほか、少なくともここは安全で平和なんだ
変な感じだ…
特に意思を持たずとも生き長らえる事が出来る
ただ、意識はないからっぽの状態だが─

「ガランゴトン!」

突如、建物が激しく揺さぶられ、思わず身構える
何事かとルビスを見る
ルビスはしっかと目を開き、しかし表情は対照に不安定だった

「ル、ルビス!! これはなんだ?!」
「わかりません…! ですがこの世界自体に変化が起こっていることだけは…! 断言できます…!」
「わからないって?! あ、あんたは神なんだろう! なんでも知ってるんだろう!」

なにがどうしてしまったというのか
俺たちはその激しい揺れにベッドや椅子から投げ出され、地面に這いつくばった
一向に収まる気配を見せない波
ゴウゴウガキキと、岩や石のせめぎ合う不快な音が飛び交い、
ズズズ、ザザ、と部屋の中にある少ない物達は右往左往とする

これはまるで、
体験したことは無いが、それは世界の崩壊を予感させるほどの激しいうねり──



どれくらい経ったか
ゆうに五分はもうれつに揺れ続けた
ごんおんと耳鳴りがする
何かが"ゴゴン!"と轟音を轟かせたせいだ
揺れが収まっても立つことが出来ない
頭も感覚も、おかしくなってしまったみたいだ
ただルビスだけは、すぐに立ち上がる事が出来ていた

「どうやら─」

ルビスは続けた

「にわかには信じられませんが……
 ここは"地上"のようです」










●地上

「え、地上って?!」

ほこりの舞う部屋の中で俺は声を荒げた

「ええ、地上─
 人間たちが暮らす世界の事…
 そう、表現することにします」

地上…
ここは魔世界で俺たちはそこにいて、魔王が創った世界だけど、ここは地上で……?

耳鳴りは収まったというのに、思考がまとまらない
戻ってきたのか? 元の─ 俺の世界とは違う人間世界へ─?

「正確に言うのなら"人間世界と結合した"と表現できます…
 ゾーマの世界が大地ごと、地上と一体になったのです
 先ほどの地鳴りも、その過程のせいでしょう」
「な、なんで人間世界とくっつけなきゃ… ならないんだ??」

さっぱり理解できない
結局くっつけるのなら最初からこんな世界、創らなくたっていいじゃないか…

舞い上がった粉塵がゆっくりと薄れ、散乱した部屋の様子が浮かび上がる
ベッドは元の位置から遠ざかり、椅子やテーブルは巡りめぐって元の場所へと戻ったようだ
違うところがあるとするなら、魔世界よりも光量が少ない事だろう

「そういえば… トルネコさんや他の人たちは大丈夫だろうか…」

この建物には俺たちだけではない、たくさんの人がいる
気力をなくしたままの身体で、さっきの衝撃に耐えられたかどうか

「…・…・…… 消えています……」

ルビスが集中したまま、つぶやく
俺には何が"消えた"のか、わからない

「なんだ、どうしたんだ? 何が消えたって??」
「ゾーマの、影響が消えました…」

どういう事だ?
魔王の影響って?

「力を吸い取ってしまうゾーマの力が、感じられないのです
 正しくは、ゾーマの力ではなく操られた"いのちの源"の力ですが…」

と、いう事は─

「ここにいた人たちはみんな元に戻った、っていう事だ」
「恐らくは… みな、無事のようです」
「そうか… トルネコさんはどうだろう?」
「彼は呪われていますから… 魔世界の影響とは関係がないのです」
「そう、だよな… 仕方ないか」

外は静かとも騒がしいともとれる、雑音に満ちている
うかつに動くのは危険だと判断し部屋の中で様子を伺った

やがて、上の方からコツコツ音がし、その音は近づく
音は、足音もあるが人間の話し声で、移動しているようだ

「おい先生… うろうろして本当に大丈夫なのかよ?
 魔物に見つかったら簡単に殺されてしまうぜ?
 武器もないし、身体がなんだかだるいしよ…」
「しかし、ここが元の世界であることは確かなのです
 あの海と地形は、間違いなくメルキドの南…
 うまく魔物に見つからなければ、ここから逃げ出せるのです!」
「しっ…!
 大きな声出すなって、わかったから…」

元に戻った人たちだ!
部屋を飛び出しそうになる身を抑え、俺はルビスに話しかけた

「聞こえてるだろう? あの声は、確かに人間だよな?」
「ええ、人間です」
「話してるって事は、正気に戻ってるんだよな…」

わずかな時間、俺は考え、ルビスに言う

「俺は、あの人たちに付いて行ったほうがいいと思うんだけど、どうする?」
「…そうですね
 オリハルコンの剣が無い今では、ゾーマに太刀打ち出来るとは思えません
 元より、あなたはまだしばらく戦いを続け、しなければならない事もあるので拠点が必要です」
「え? しなきゃならない事って?」
「それは、後ほどお話します…
 今は、ここを出て生き残っている人たちと合流する事を考えましょう」
「ま、いいか… じゃあ早速、行こう」

なにをしなきゃならないのかはわからないが、とにかく今はここから出るのが先決だ
ルビスの言うように、オリハルコンの剣も探さなくちゃならない
それにしても、考えられないほど俺は積極的になったもんだ…

俺はごそごそと立ち、静かに部屋を出る
狭い通路を眺めると丁度、二人の人間が螺旋の階段を降りきったところだった

「おぉ… あなたがたは正気に戻られたのですね!」

長身の男が言い、足早に近づいてくる

「ん、…?」

どこかで、見覚えがある男だが…

「やや! あなたはタカハシさんではないですか!
 まさかこんな所でまたお会いするとは…」

思い出した!
この男はチゾットで世話になった、医者のクリーニだ

「クリーニさんもここに…」
「そうなんですよ… ん?」

クリーニが俺の後ろを伺う

「メイさんは一緒じゃないのですか?」
「メイは… メイは俺を救ってくれたんです」

一瞬、クリーニの表情がキョトンとする
が、すぐに察したのか"そうでしたか"と、一言だけ呟いた

いま、メイの事を誰かに伝えるとき、どう言えばいいのかはわからない
けどこれで、いいと思う…

「先生─」

クリーニの後ろにいた、目つきの鋭い小柄な男が言いながら出てくる

「知り合いかい?」

クリーニは思い出したように男を紹介する

「ああ タカハシさん、彼は─」
「おっと、自己紹介なら自分でできるぜ」

男がクリーニの話を折って割り込んできた

「俺はフーラルってんだ
 職業は情報屋だ どんな情報でも依頼されれば持って来るぜ、よろしくな!
 先生とはよく商売しててな、馴染みだ
 そこの"ねえちゃん"もよろしくな!」

低くドスの効いている声で自分を紹介するフーラル
俺よりは確実に年上だろう
"ねえちゃん"とは、ルビスの事だ

「どうも、俺はタカハシっていいます
 職は旅人です」

職業を旅人だと伝えることにもずいぶん慣れた
最初は"旅人なんて無職と変わらない"なんて思っていたのに

「おう、よろしくな
 で、先生 早いとこ、こんな所は逃げ出しちまおうぜ」
「ええ、そのつもりです
 魔物もいつ襲ってくるかわかりませんからね」

魔物か
そういえば魔物の気配を感じない
魔世界が落ちる時に逃げたのか?

「魔物は、今のところこの近辺にはいませんよ…」
「なんで─」

(──タカハシ… 聞こえますね?)
(え ああ どこから声がしてるんだ??)

空気を震わせて伝わる声じゃない、けれどルビスの声が、頭いっぱいに響く

(あなたの精神へ直接、話しかけています)
(精神へ? 人間の姿になって力を無くしたっていうわりにはずいぶんいろいろ出来るんだな)
(失ったとはいえ、全てではありませんから…
 これから私は名を"マリア"と名乗ります 出身は修道院です)
(なんで名前を?)
(人間に"ルビス"を名乗ってしまうと、今は逆に怪しまれてしまうかもしれませんし、
 本来、神は人間の前へ姿を現わしてはならないのです)
(わかった、気に留めておくよ)
(それと、魔物はこの辺りにはいません)
(ああ、俺も気配を感じることが出来なかった…)
(恐らく、魔世界の落下地点をあらかじめ知らされていたためでしょう
 私たちにしてみれば、好都合です)
(本当だな 武器が無いんじゃ戦いようも無い)
(ええ… では、そういう事で──)

「タカハシさん! 大丈夫ですか?!」
「えっ ええ…」

クリーニの呼び声ではっと気が付く
どうやらルビスとの会話は一瞬ではなく、相応の時間を要していたようだ

(精神での会話は慣れないと意識を奪われます…)

ルビスが頭に言ってくる

なるほど、そういう事か
こういう事は事前に話しておいてほしいな

「ああ、よかった…
 突然、黙り込んでしまって前を見つめたまま微動だにしなかったものですから…」
「…すみません、ちょっと考え事をしていたもので」
「いえ、いえ
 なんともないのなら、いいんです」

俺とルビスが話している間、フーラルが他の部屋の様子を見に行っていたようだ
戻ってきてクリーニへ伝える

「先生、この階の人間もまだ回復してなさそうだぜ」
「そうですか… 仕方ありません
 我々だけでも先に出て応援を連れ、戻りましょう」
「ああ 俺は下の階を見てくるよ」

フーラルが再びこの場を離れる

クリーニ達は動ける人間だけで、今は建物を出ようとしているそうだ
魔王の影響が無くなり力を吸い取られることがなくなっても、すぐに回復する事は難しい

「タカハシさん、そういえば聞いてましたか?
 お連れのマリアさんが言うには魔物はこの辺りにいないそうですよ」
「お連れのマリアさん…?」
「後ろにいる、女性ですよ
 タカハシさんと一緒に魔物退治の旅をされていたそうで…」

あ、ああ
そうだ、マリアってのはルビスの偽名だ
それにしても魔物退治の旅とは、いったいどういう説明をしたんだ

「ええ、まぁ… たいした事はしてないんですが、そうです」
「それにしてもマリアさんはすごい
 神に仕える人だからでしょうけど、いろんな事がわかるんですね」
「…そうなんでしょうね」

ちらと、ルビスを見る
雰囲気が少し、どう言ったらいいのか難しいのだが、人間っぽくなっている
さすがは神、なんでもありだな…

「どうやらこの階までが、人間を押し込めている階だな
 下へ行ってみたが食糧倉庫になっていたぜ」

フーラルが戻ってきてそう言った

「そうですか
 動けるのは我々四人だけ…」
「まー、しょうがねぇよ とにかく、早く出ようぜ」
「わかりました、行きましょう」

トルネコはどうしただろう…

気になったが今は、下へ降りるしかない
先に歩き出したクリーニとフーラルについて、俺たちも後へ続いた










●勇気

合流した俺たちは、螺旋の階段をいくつか降り、昇り以外の階段が無い階にたどり着いていた

「ここが、一階でしょう」

クリーニが言う

「でも、よぉ… 出口らしき場所なんて、ないぞ?」

フーラルが壁を確認しながら言った

「…おかしいですよ─」

クリーニが言いかけ、止める
見るといつのまにかそこに、トルネコが立っていた

「ああ、これはみなさん
 元気になられたのですねぇ」

一瞬、場の空気が止まる

「いったい、どこから?? どうやって??」

動揺し、少し裏返った声でクリーニが訝しがる

「え? あぁ、あぁ
 ここですよ、ここから出てきたのです」

そう言い、壁へ小さな棒を差し込むトルネコ
すると─ 壁はスゥと穴を開け、部屋を作り出した

「うお! すげぇ、どうなってんだこれ?」

フーラルが穴の開いた壁を調べ始める
情報屋としての性分だろうか

「この部屋は武器庫で、私の部屋でもあるのです」

トルネコはこんな何も無いところに住んでるのか
グランバニアでやっていた武具売買といい、根っから武器が好きなんだな…

「そうでしたか…
 ところでトルネコさん、我々はこの建物から出ます
 あなたも行きましょう!
 まだ回復できていない人たちはまた後日、人をたくさん連れて…!」

クリーニの提案を、あごに手をかけ考え始めるトルネコ
そして俺と、俺の横に並ぶルビスを見て言った

「私は、ここへ残ります
 …あなたが来てから私は、そしてここも何かが変わり始めました」

言葉は、寡黙なルビスに向けられていた

「何が変わったのかはわかりませんが… 申し訳ない
 私はタカハシさんとあなたを見ていると、頭が締め付けられる思いがするのです」

言葉が、俺とルビスへ向けられる

「ですがそれは… 悪い気分ではなく… 何かを、掴み掛け、けれども掴めずもがく─
 私は、今はそんな気持ちに耐えることが… 出来ないのです」

トルネコは皆へと話す

「どうやら揺れと同時に、ここにいる人間への魔王の影響力はなくなったようですね」

トルネコはもしかして─
俺もトルネコの説得を試みる

「そうなんです だからトルネコさんももう、ここにいる必要なんかないんですよ?」
「それでも… 
 私は、これまでと変わらず、ここでまだ回復できていない人たちを、お世話していきましょう」
「どうして… 一緒にいきましょうよ!」

思わず大声を出してしまい、俺は少しうつむいた

トルネコは記憶を取り戻しつつあるんじゃないか?
だから、地上へいけばもっと、もしかすると記憶は完全に戻るかもしれない

そんな思いもあったからだ
しかし─

「いえ、タカハシさん 私は、わたしは恐ろしい
 この外へ出て、もし、皆が言う以前の私が、大切にしていたものが失われていたらと思うと─
 とてもではありませんが外へは出られないのです」

ライフコッドと、ネネ─
俺は、それ以上なにも言えなくなってしまった
失ってしまう恐ろしさを十分に知っているから…

「あ、武器はお好きなものを持っていって下さい
 もともと、魔物たちが人間から奪ってきたものですからね」

一言、付け加えるようにトルネコは言った

クリーニとフーラルは、トルネコの言った意味がよくわからないという風だったが、
言うように残された人を世話する者が必要だろうと、納得していた

「タカハシさん」

トルネコが俺に近づき、小声で言う

「ルビスさんがここへ来て、あなたが目覚めて…
 どうしてなのかはわからないのですが、私は感情をほんの少しだけ、持ちました
 きっと、お二人は特別なんでしょうな」

感情か…
その感情は、まるで機械のように過ごしてきたトルネコに"恐ろしい"という気持ちを与えた
けど喜ぶべきことなんだ
きっとそれは、呪いの効果が薄くなってきたという証なんだ

「もしかすると私は、あなた方の思う、以前の私であったかもしれない─
 その事を確信できるまでは、私はここへ残ろうと思っています
 そうなればきっと、以前の私を取り戻す事ができたなら……」

トルネコは、言葉を止め考える
おそらく、適当な言葉が思い浮かばないか、今は言えない言葉なんだろう
俺は、トルネコの言葉には続きが無いかのように、返した

「わかりました、トルネコさん
 だけど、感情を取り戻していなくてもトルネコさんに変わりはないんです…」

一呼吸おいて、続ける

「後日、迎えが来るはずです
 その時に少しでも迷いがあったら、俺たちと一緒に行動しましょう
 今と同じ気持ちでも、ここから離れて安全なところへ避難して下さい
 もちろん、トルネコさんの考えがはっきりすれば、思うとおりになさって下さい」

俺の、少し生意気な言葉にトルネコは"ありがとう"と返す

「あ、それからルビスのことはこれからマリアと呼んでもらえますか
 理由は… 聞かないで下さい」

うなずくトルネコ

表情は俺と二人で行動していたときよく見せてくれたあの笑顔を思い起こさせ、
嬉しかった










●武器庫

「お、なかなかいい武器を揃えてるじゃねぇか!」

入り口の調査を終え武器庫へ入ったフーラルが大声で言い、ガシャガシャと装備を試す
クリーニは俺とトルネコの会話が終わるのを待つためか、先ほどからルビスと話していた
だがルビスがあまりに寡黙で世界とかけ離れた事をかえすため、会話自体はあまり弾んでいないようだ
それにも拘わらずクリーニは、時折見せるルビスの愛想笑いに見惚れてしまっていた

それで満足なら何も言うまい…
俺は武器庫へと入る

中では、フーラルが自分の好みに合った武器を探していた

「おぅ、タカハシ トルネコさんとの話はもういいのか?」
「はい 終わりました」
「そうかそうか それでよ、これ─」

フーラルが大きな刃のついた槍を、俺に見せてくる

「どう思う?」
「え? どう思うって…」
「いや、俺に似合うかどうか」
「あ、はぁ…」

どう思うって言われてもなぁ…

俺は槍を手に取り刃へ触れる
刃からは魔力を感じる

「なぁ、いい槍だろ? それはな、雷神の槍っていうんだ」
「雷…神…?」

聞いたことがある…
そうだ!
フィッシュベルで確かテリーとカンダタが話していた、賢者の石で出来た武器の一つだ

「ああ、雷神だ これはな、ずいぶん昔に名工が造ったとされる、強力な槍なんだ」

雷神か、また雷だ
俺は商人と、そして雷にも縁があるらしい

「似合うと思いますよ」
「やっぱりな! 雷のような鋭い響きは俺にしか似合わないぜ」

…俺は、雷が"一番"よく似合う男を一人知ってます
なぁ、テリー

声には出さず呟き、扱える武器を探すことにした










●大地へ

一本の剣を手に取る
銅の剣に似た、装飾の全く無い扁平な剣
武器庫のどこを探しても、オリハルコンの剣は見つからなかった

「これ、銅の剣ですよね?」

小柄な体に良く似合う、身かわしの服を装備したフーラルへ問いかける

「ん? あー… いや、違うな
 ほら、柄を見てみろよ」

言われるまま柄を見るとなるほど、銅の剣はただの丸い棒に布を巻いたものだったのが、
この剣の柄は楕円をしている

「な? それとこいつはずいぶん軽い
 誰かが銅の剣を真似て造ったんじゃないのか」
「ほんとうだ、軽い…」

試しに構え、縦に斬る動作をしてみたがとても扱いやすい
他にも鋼の剣や破邪の剣も試したが、扱いやすさではこの謎の剣が一番だった

「おう、気に入ってるな
 けどそれ、大丈夫か? ちゃんと魔物と戦えるのか?」
「うーん… やってみなきゃわからないですね
 だけど気に入ったのでこの剣にします」
「ま、銅の剣よりは戦えそうだからな
 何かあっても俺がいるから安心しろ!」

フーラルの言う通り未知の剣だから不安はあったが、妙に気になったのでこの剣に決めた

「お二人とも、装備は決まりましたか?」

ルビスと会話していたクリーニが武器庫へ入ってくる

「お、決まったぜ 先生は武器、いらないのか?」
「私は医者ですから… 魔法も使えませんし、あなたがたを頼らせてもらいます」
「なんだ、そうだったのか! タカハシも先生もそこの"ねえちゃん"も、俺のこの槍で軽く守ってやるぜ!」

このフーラルという男、自分の腕にかなりの自信があるらしい

「さて、準備も出来たことだし後は出口ですが…」

ちら、武器庫へ入ったばかりのトルネコを見るクリーニ

「おっと、忘れていました
 出口はここですよ」

武器庫の奥の壁へ、先ほどと同じ細い棒を差し込む
スゥと、やはり同じように口が開き外の世界が垣間見えた

「…!! そ、外だ! やっと出られる…!」
「落ち着いて、落ちついて… さあ、出ます、みなさんいいですね」

興奮するフーラルをなだめながらクリーニが言う

「ではトルネコさん
 私たちは行きます… 迎えに戻るまで、どうかお気をつけて」
「すぐに戻ってくるからな! それまでみんなを頼むぜ!」

クリーニ、フーラルが外へと出る

「…頼みましたよ」

ルビスはトルネコの眼をじっと見つめ、何か会話しているようにも見えた

「トルネコさん、必ずまた…!」

トルネコの厚く、大きな手を取り固い握手を交わし、ルビスと共に建物の外へと出る
フーラルとクリーニは建物の巨大さに興奮している様子だ
俺は元の世界で高層建築に見慣れているせいか、たいした感動はなかった

「皆さん、お気をつけて」

出口からトルネコが顔を出し、見送ってくれている
我を取り戻したクリーニが浅く頭を下げ、フーラルと俺は右手に拳を作り、高く掲げた

「いきましょう」

合図ともとれるクリーニの言葉
俺たちは振り向かず建物から逃げるように、歩き始めた










●クリーニの話

「ははぁ… こんなに大きな"地面"に、我々はあの建物と一緒に隔離されていたのですね…」
「すげぇよな いまだに信じられねぇな」

しばらく肌色の地を蹴り歩く
もう少しでたどりつく緑の茂る地面
この地はまだ、魔世界だった

「もうちょっとで人間の世界ですね」
「そうです ほら、そこの溝、それはくっついた時に出来たものでしょう」
「ほんとか? 溝っていったって浅いぜ?」

地面には長く、けれど浅い溝がかなりの距離にわたって延びていた

「それほどに激しく接合されたという事ですよ」

クリーニが言いながら溝をまたぐ
フーラルと俺もそれに続いたがルビスは溝の前で止まり、手助けを待つ

「タカハシ…」

そんな、切なそうに言わないでくれよ…

俺は仕方なく溝をまたいでルビスの手を取り"人間の世界"の大地へと導いた

人間たちの大地には緑が茂り、所々へ木々を持つこげ茶色の地が続く
魔世界のように肌色一色ではなく、たくさんの色が散りばめられ
軽くトントンと靴を鳴らし、あるべき大地を確かめる

クリーニによれば、ここはメルキドの南になるという
陽はまだ昇り始めていないのか薄暗く、陽を頼りに進む事が出来ない
感覚としては普段の通り遠くまで見えるが、暗い

「こんなんじゃ方向なんかわからないな
 それになんだか暗いのに… 見える? 目がおかしくなっちまったか?」
「まだ朝早いから暗いんでしょう 陽が昇れば太陽の場所で方角もわかります
 それで行き先ですが、メルキドへ行ってみようと思うんです」
「それは、なんでだ?」
「生き残っている人間がメルキドへ集まっていると、あの建物─ いえ塔ですね
 そこで誰かが言っていたんです」
「なるほど 先生に任せるよ」
「我々のいた建物からみて、たぶんこの方向だとは思うのですが…」

ルビスがじっと空を見つめている
きっと何かを感じ取ろうとしているに違いない

「マリアさん、どうかしましたか?」

気付いたクリーニの呼びかけに、遠くに見える丘を指差しながらルビスが言う

「メルキドは、この方向です」
「! あなたは方向までわかるのですか」
「そりゃあいい! まったく、ここらはなんだか薄気味悪いから早く行こうぜ」

ようやく向かうべき場所がわかった俺たち
ルビスが差す方向へと歩く

「クリーニさん、どうしてここがメルキドの南だってわかったんですか?」
「ああ、あのひどい揺れの時、私の部屋の壁が僅かに崩れたんです
 それで、何気なく覗いてみたらそこに大地がありました
 その風景は全く、私が数年前に通った場所と同じでした」
「数年前だって? よく覚えてたな」

俺とフーラル、そしてクリーニは話しながら歩く
ルビスは変わらず、黙ったまま

「そうですね… それは、私が旅をしながら病気や薬などの研究をしていた時のこと…
 グランバニアから、高度な文明を持つといわれるイシスへ向かう途中、この辺りを通ったのです」
「戦えもしないのにか? 無茶だ」
「その通り、無茶な旅でした
 ですが私は、私の考えた医者という職業を広げるためには、命を救う職業を広めるためには、
 自身が命を懸けなければいけないとただそれだけの、思いだったのです」
「ふぅん けどよ、そんな事いったってあんたが死んだらその医者ってのも、広まらないんじゃないのか?」
「はは、まったく
 お恥ずかしい、その事に気付くのは今からお話しする出来事の後でした
 …話は戻りますが、旅の途中でこの近辺を通りました
 そして、私は魔物に襲われ殺されかけてしまったのです
 戦えない私は、逃げることもあきらめ、ただ無抵抗に殴られるだけでした
 "ここで自分はお終いだ"、そう、その時は思っていました」
「クリーニさんは魔法も使えないんでしたっけ?」
「ええ、もともと宿屋の主人でしたから、戦いに役立つことは何も出来ません」
「しかし、戦いもできねぇのにボロボロでよく逃げられたな」
「いえ、逃げたのではないんですよ
 メルビンという商人に、助けてもらったのです」
「ホイミスライムを連れた、メルビンさんですか?」

メルビン、俺たちも確かメルキドを過ぎた所で…

「ホイミスライム? いませんでしたよ」
「そうですか 俺も実は、メルビンさんの世話になった事があるんです
 その時はホイミスライムを連れていたので…」
「なんと、そうでしたか」
「不思議な縁ですね」
「本当です… 私はあのときメルビン殿がいなければ死んでいた
 いまがあるのは彼のおかげです」

メルビンが、ホイミンと出会いトルネコが勇者だったと知らされるのは、この後なんだろう
それまでは孤独に商いをしながら、勇者をさがすんだ
決して明かさない、身近だった勇者…

「それで、結局イシスには行けたのか?」
「はい 私がイシスへ行くと話すと、メルビン殿は目的地が一緒だから共に馬車で行こうと…
 今にして思えば、あれはきっと嘘だったんでしょうね
 戦えない私をみてしまったばかりに」
「イシスからの帰りは?」
「それも、メルビン殿が…
 町まで送ってもらい、そこで別れたのですが滞在後の帰りの途中、
 やはり魔物に追われているところを助けていただいて」
「律儀だな、そのメルビンってのは」
「偶然だと言ってましたが、フーラルさんの言うように送った以上は、迎えにもきてくれたんだと思っています」

コツと、クリーニが地面の窪みに足をとられ、つまずいた

「おっと、大丈夫かい先生?」
「ええ、つまずいただけですから」
「気をつけてくれよ
 ところで今の話と、この場所がメルキドの南だって、どうやれば繋がるんだ?」

そういえばそうだ
クリーニの話は確かにメルキド南なんだろうが、ここがその場所とはわかっていない

「肝心な事を言い忘れてましたね
 メルビン殿が私を助けてくれるために戦ってくれた場所には、大きな岩があります
 その岩は樹に挟まれ二つになっていて、まるで包丁で切ったかのように平らで特徴的な断面なんです」
「おー、じゃあ先生はその岩を見たんだな?」
「そうです 今は塔の後ろになって見ることは出来ませんが、確かにあの時の岩です」
「そうか! なら、ここは先生の言うとおりの場所だな!」
「…その岩は、戦いのさなか魔物もろともメルビン殿が剣で斬ったものなんです
 だから、その信じられない光景は今でも目に焼きついて」
「え、おいおいおい… いくらなんでもそれはないだろ?
 剣で岩を斬るなんて出来るわけがないぜ
 それに商人だって言ってたじゃないか」
「ですが、確かに斬った
 数年前とはいえ目の前で起こった出来事です、忘れようもありません」

岩を斬る?!
あの強いテリーだってそんな事は出来なかった
けれども、メルビンはあのトルネコの師でありテリーを凌ぐ腕前だ
…考えられない事も無い

「ま、まー たぶん、割れかかってたんだろ、その岩」
「そうなんでしょうか… 私はメルビン殿が斬ったと、信じますよ」
「俺も… メルビンさんが斬ったと思いたい」
「お? なんだよタカハシまで… わかったわかった
 そういう事にしとこう」

"ハハッ"と笑い、フーラルはルビスをちらと見る
ルビスはもちろん、何も言わない
不満げなフーラルは、けれども小声で言った

「ま、信じてやるか…」










●近づく気配

話しながらもだいぶ歩いた、はず
けれど相変わらず、陽は昇ってこない

「ん…」

なにか、よくない気配を俺は感じ、立ち止まる
だが周りは開けた大地、何も無い

「どうした?」

先を行くフーラルが声をかけてきた

「あ… ちょっと、不穏な気配を感じたんで」
「んん? けど、どこにも何もいないぜ?」
「…気のせいかも」
「そうか けど、なんかあったらすぐに知らせてくれ」

魔物… のはずだ
どうも勘が鈍っている

(タカハシ、魔物が戻ってきています…)

ルビスの声が頭へ響く

(やっぱりか… だけど周りにはなにもいない)
(いえ、います)
(…わかった、用心する)

「タカハシ、あんたはどれくらい戦えるんだ?」

フーラルの声でわれに返る

「あ、俺は… たいしたことないですよ」
「魔物退治の旅をしてきたっていうんだから、そんなことないだろ」
「いえ、ほんとですよ」
「だいたい、防具が旅人の服なんて魔物と戦うにしちゃ軽装すぎるぜ
 俺なんか、まぁ腕に自信はあるが、みかわしの服だ
 これだって気に入ったのがなかったし、服だけよりはマシだから装備してんだ」
「それは…」

防具は装備したほうが良いとは思うんだけど、どうも俺には邪魔だから…
強い魔物相手に半端な鎧は、無意味だと悟ったから

「いい防具がなかっただけで」
「そうだったか? 薬草とかの回復手段がないから、気をつけろよ
 まぁさっきの話みたいに岩を斬れるほどなら、心配しないがな! ははっ」

そんな本音は言えなかった
もしかするとフーラルは俺なんかより遥かに強いかもしれないんだし、
そうじゃなくても自分が強いとは、まだ思えない

「"ねえちゃん"は、魔法とか使えるか?」
「…私は魔法を使えませんし戦えません」
「なるほど まぁな、"ねえちゃん"のそのナリで戦闘の達人だったら、ちょっと嫌だけどな」
「あの、お願いがあるのですが…
 私を呼ぶときの、その呼び方は、その…」

あまり物事を気にしないルビスも、さすがに"ねえちゃん"と呼ばれることには抵抗があるようだ
もしかしてそういう、感情みたいな部分も人間に近づけてるのか?

「あー、すまねぇ
 じゃあマリアって呼ぶが、かまわないな?」
「はい、お願いします」
「しかしあんたは喋んない人だよな」
「すみません…」
「別に責めてるんじゃないんだ、いいってことよ」

すぐさま、ルビスの声が響いた

(私は、彼の言うように喋らないですか? 自ら喋らなくてはいけませんか?)
(喋らないっていうのは、そうかもな 聞かれたことしか答えないんだから
 それも一言二言だし)
(…身も心も、人間と同じようにしているはずなのですが……)
(あんたは神だ
 なんでも知ってるし話題なんてないだろうからな
 まぁ気にする事は無いんじゃないか?
 あんまり喋らない人なんてたくさんいるし、見た目は立派に人間だから)

思ったことは口に出さずにいられない、このフーラルという男
ルビスが神だと知っても、驚きそうにない










●陽の当たらない地

「だいぶ歩いたはずだ… ここは本当に俺たちの住んでた世界か?
 太陽がぜんっぜん、顔みせないじゃねぇかよ…」

塔を出たのが朝だとしたら、もう昼になっていてもおかしくなかった
それなのに空は空気は、相変わらず薄暗く濁ったまま

「おかしいですね 天気が悪いわけでもない、そういわれると雲も無い…」
「あ! そうだ、そうだよな! 雲も無いのに空が灰色だ
 俺はずっと厚い雲だと思ってたぜ…」

クリーニが言うまでぜんぜん気が付かなかった
雲は無い
なのに空は灰色、変だ…

「…ゾーマ、魔王の仕業でしょう」

ルビスが口を開く

「これはもしかすると、世界はこのまま……」
「どういう事ですか?
 あなたの不思議な力で見えるんですね? 世界はこのまま、どうなるんです?」

動揺したクリーニが質問攻めにする

「…わかりません 私の力もそこまでは知ることができないのです
 ですが不吉な、そんな気配を教えてくれています…」

俺も含め、四人は互いに目は合わさず、沈黙した

ルビスは何を知っている
みんなには言えない様な事なのか?

俺はルビスに対し心での会話をしようとするが、さっぱり出来ない
あれは話しかけられた時に限られるようだ

「…いきましょう、とにかく」
「待て、何かいる」

珍しくフーラルが真面目に止める

「魔物だ、見えないが確かにいる…」

しまった油断したか!

俺は質素な剣を腰から引き抜き、両手で構える
また、魔物と戦うことになるなんて、あの忌まわしい瞬間には考えても無かった

「ルビ… マリア、魔物が近づいてるのは気づいただろ」

俺が言った少し乱暴な言葉に、ルビスは頭へ直接返事を返してくる

(すみません 別のことをしていたので、そちらに気を取られていました)
(気を取られたって? なんか肝心なところまで人間っぽくなってるな、大丈夫なのか?
 俺も気付かなかったのは情けないが…)
(はい ですが、時間は少ないのかもしれません
 人間の身体になった今、この世界で神の力を保持するのはとても難しいようなのです)
(それって─)

「タカハシ! いるぞ地べたを良く見ろ!」

フーラルの怒号で一気に覚める
クリーニとルビスはすでにフーラルから少し離れた場所へと移動している
俺だけが、あさっての方向を向いて構えていた

「おい、戦えるか? 無理だったら俺が前に出る、あんたは援護だけでもいい」
「平気です」

フーラルの横へと駆け寄り、答えながら地面を探す
気配だけは感じる

「マドハンドだ、ほら向こうの茂み…」

すぐそこの、低い草が束になってよりそう辺り
なにか、複数の物体が動いていた

「いけるか?」

フーラルが念押ししてくる

「初めて戦う相手だけど、いけます」
「マドハンドは魔法を使ったり強力な攻撃があるわけでもない
 単体ではどうって事の無い魔物だ
 だが、あいつらは仲間を大量に呼ぶ
 群れられるとなかなか手ごわい、少ない時間で殲滅するんだ いいな」

茂みからぞろぞろと数体の魔物が地面を這って来る
人間の手のひらがそのまま歩いてる様にも見える、マドハンド

「俺がまず、やつら全部をなぎ払う
 あんたは避けたやつらを仕留めてくれ
 もちろん俺もやる」

俺は頷き、全身へ魔力を巡らせる
全身の血管へ湯を入れたかのように、体が熱くなってくる

「はっ」

フーラルが駆け、柄の長い槍をブンと一振り
マドハンドたちはそれを避けるため左右へと散開し、一体は刃の餌食となる
槍の先端が振り切られ空で止まる頃には、散開した魔物が俺へと一斉に飛び掛かかってきた

「ッ!」

ガツ!

左足を軸に体をひるがえし、背後のマドハンド目掛け刀身を打つ
真っ二つになった魔物がその事を知る前、更に剣で大きく円を描き、
左右に跳ねる二体をザツガツと切り裂き次の目標を探すと、
俺のいた場所を跳び越すマドハンド二体が、フーラルへと襲いかかっていた

「へっ!」

すでに迎撃体制へと入っていたフーラル
ビュン、グンと起用に槍を捌き残る二体を片付けた

バタバタバタと落ちる亡骸
全滅させたことを確認し、"ふぅ"と息を吐いた瞬間、剣から暖かな何かが俺の身体へ流れ込んできた

「?!」

この感覚は、治癒魔法とよく似てる
なんなんだこの剣…

「いや、お見事でした!」

クリーニがニコニコしながら俺たちの元へ来る

「やったな! まー、マドハンドじゃ相手にならないがな!」

ポンと、フーラルが俺の肩へ手を乗せてくる

「それにしてもよ、そいつは銅の剣じゃあなさそうだな?
 胴の剣だったらどんな腕だろうと、魔物を真っ二つになんかできないぜ」

右手へ握る謎の剣を、フーラルがクイとあごで指す

「あ、そういえばこの剣から治癒魔法っぽい感覚が伝わってきたんですよ」
「なに、本当か?」
「あれはベホイミに近かったと思います」
「ううむ… じゃあそれはあれだ… まさかこの眼で見られるなんてな」

フーラルが唸る
クリーニは会話についてこられず、ただただ笑顔だ

「奇跡の剣─ 神々が造り出した剣…
 戦いの最中、扱う者の傷を回復してくれるって代物だ
 どこかの洞窟に眠っているという噂はあったが…」
「奇跡の剣ですか… そんなすごい剣がなんであんなところに」
「たぶん、魔物が拾ってきたんだろうな
 俺も初めてみたが、そんな地味なんじゃ埋もれちまうぜ」

俺はその名前をやはり、カンダタの工房で聞いていた
"何か特別な力が働く剣"
そう、言っていたと思う

「まぁなんでもいいさ こんな世界じゃ価値より生き延びる事を考えなきゃならねぇ
 ついてたな!」
「そうですね、ここでベホイミが使える… わけじゃないけど、回復できるのは頼もしいです」
「よっしゃ、いこうぜ!」

足元では光にさらわれていくマドハンド
俺は聞きたいことがあって、ルビスへ合図を送る

「マリア ちょっと、いいか」

自分の胸へポンポンと手を当て、心へ話しかけてほしいと訴える
ルビスはすぐに悟り、声が響きだす

(どう、しましたか?)
(さっき何か言いかけていなかったか?)

前を行くフーラル
キョロキョロしながら歩くクリーニ
この会話も、周りの状況を見ながら出来るようになっている
まだ注意は散漫になりがちだが

(さっき、"この世界で力を保持するのは難しい"って)
(…はい これはゾーマによって"いのちの源"を利用されているからだと考えられますが、
 世界自体の存在が、非常に不確定なもへと置き換わろうとしています
 そのため、神の存在さえ確実ではなくなるかもしれません)
(?? 言っている意味がわからないな…)
(様々な事象がとても不安定なのです
 例えて言うなら、人間は土であったかもしれません
 風は水であったかもしれず、水は消え空になるかもしれません)
(よくわからないが、存在そのものが消えたり別のものだったり、してしまうって事か?)
(…はい それらと同じように私も、今後どうなるかわかりません
 神は人間よりも世界の影響を受けやすいのです
 今はまだ、そこまでの段階には至っていないようですが…
 私の力、神としての意識はもうすでに所々"もや"ができ、この身体にあわせ人間に近い存在となってきています)
(ん、んー… ようするに、世界がなんだか混乱しているから、あんたも神じゃなくなるかもしれないのか…)
(要約すると、そうです
 早くゾーマを止めなければ、神だけではなく生命の行き場所が無くなってしまう…)

ん、まてよ、神が神でなくなるほど……
それなら─

(魔物はどうなる? 同じじゃないのか?)
(…魔物はもともと"いのちの源"から直接、創られる存在なので影響されないのです
 そのため命を絶たれた魔物は即座に"いのちの源"へと、吸収されます)

"魔物は倒された後なぜ光に吸い込まれていくんだろうな"
ずうっと前に呟いた言葉は、こんな所で意味を知る

(人は、私たちが創る肉体へ"いのちの源"からいのちを宿します
 人同士の繋がりはその延長で、植物も同じです)
(そうか… ちょっと話はずれるけど、なんで魔物は創られるんだ?)

もっとも知りたいことを、俺はぶつけてみた
創られるとわかっていながら、なぜ止められない

(それは、わかっていませんし止める事も出来ません
 "いのちの源"の行うことですので、私たち神にも手を出せません
 わかっている事は、これまでの世界の記憶に基づいて創られている、という事だけです)
(魔王もそういう存在なのか?)
(そう、魔物と同じです
 魔王を討ったとしても魔物は存在し創られ続ける…
 タカハシ、あなたの世界とは違い、この世界ではそれが"必然"です
 それに対し私たちは常に戦い、これからも戦って行くのです)

この世界では"必然"か…
魔物を倒しても、魔王を倒してもやはり繰り返される戦い
…じゃあ俺の世界でも"必然"は、あるのかな

(例外もあります)
(例外? どんな?)
(それはゾーマです
 ゾーマの存在は例外であり、実際に"いのちの源"が直接それを排除しようとして、あなたがいる)

( え )

(……その事はまた、お答えしていない質問と一緒に、機会を設けてお話します)

ちっとも、俺はわかってなかった
自分がどうしてここにいるのかを、教えてもらったことはないんだ

眼が覚めてからずっと、気持ちを揺さぶられる事ばかり見聞きしてきた
少しでいい
少しの間でいいから再び俺を、眠らせてほしい

けれど、
その願いは叶わず、目の前には数体の魔物が、人間を貪るため待ち構えていた










●廃墟メルキド

塔から幾日
今日も、昼か夜かはわからないが命の取り合いをする
方向はわかっていても、再び現れ始めた魔物に阻まれ思うように進むことが出来ずにいた

塔を出てからまともな物は何も口にしていない
おかしな空気に中てられた背の低い樹に実る、小さくすっぱい種
食べものといえばそれしかなかった
腹の足しにはならないが不思議と体力を持続させてくれるその種は、貴重な食料だった

「もう、俺は肉が喰いてぇ」
「フーラルさん ここはガマンのしどころです
 きっと町へたどりつけば─」
「みんな! ちょっと!」

ふと見た視線の先に何か人工的な構造物を見つけ、俺は思わず叫んだ

「いきなり、どうしたってんだ」
「す、すみません けどあれって」
「んんー? …お! 薄暗くてはっきりしねぇが町だ!」

ルビスを除く三人は沸き立ち、フーラルがクリーニへ確認する

「先生、どうだ? あれはメルキドか」
「ええ… 確かにそう、そのはず」
「はず?」
「暗くてよく、見えないのです
 ですが、この辺りにはメルキド以外の町はないので……」

地上を歩き始めてから徐々に、大地はますます暗いもやに包まれていた
戦いに慣れた視力の良い人間でも辛うじて建物だろうとわかるほどだ
視力の悪いクリーニには断定することが出来なかった

「ようやくか…… だけどよ、もし魔物のワナだったりしたら怖えーよな」

眉間にしわを作り腕を組むフーラル

(あれはメルキドです)
(ん、本当か?)
(はい)

ルビスとの"念話"を打ち切り、切り出す

「とりあえず、行ってみませんか?」
「……そうだな、もし魔物がいたとしても俺とあんたなら大丈夫だろうしな」

四人は揃って頷き、もやもやとする建物へと歩く
町は予想よりもかなり近くにあり、空間自体がおかしくなっているように感じる
まるでイシスを思い出させる体験だったが、空の暗さも影響していた

「ああ… ずいぶん破壊されてしまっていますが、これはまさしくメルキド…!」

この町は俺も知っている
だがはっきりとは覚えていない
あの時は必死だったし、フィッシュベルへ向かうときもここへは近づかなかったんだ

「…魔物が潜んでるかもしれねぇ
 あんたも念のためすぐ戦えるようにしといてくれ…」

俺は剣に手をかけ、フーラルに続いてゆっくりと町の門をくぐる

「あの時…」

初めてこの世界へ来たときの事を思い出し、小さくつぶやいた
確か、この門をまっすぐ走り外へと出た
つまり、この石畳を逆にまっすぐ進めば宿屋へと行ける
…宿屋、か
思えば全部は宿屋から始まった
なんのためにこの世界へきたのかはまだわからないが、始まりは確かにここだ

「…魔物は、いないみたいだな」
「そうですね 気配が全く感じられない」
「それもそうだが、ついでに人間のいる痕跡もないぜ…」

クリーニが不安そうに辺りを見回す
ルビスはいつもと変わらず、深海色の瞳でゆっくりと辺りを伺っていた

「しかしなぁ… まー、こんなんじゃ人間がいないのも仕方ないかもな…」

小さなため息をつき、フーラルは少しガッカリした様子だ

町は、俺の記憶とは違っていた
ほとんどの建物は壁が壊され屋根は吹き飛び、地面は荒らされ木々は薙ぎ倒されている
必死に走った石畳もでたらめに散らかされていた

「ひどい有様です… 私が以前見たときも廃墟でしたがこんなにひどくはない…」

クリーニは言ったが、一つだけ無事な建物を俺は見つけていた
町の外から見えたひと際大きな建物
その、確かに破壊されたであろう壁は、無造作に積まれた石の塊で塞がれている

「でも宿屋は、無事みたいですね」

俺の何気ない一言にフーラルが反応する

「あれは村長の家じゃないか?
 ずいぶんでかいし、権力のある者が住んでたんだろ」
「いえ、確かに宿屋ですよ」
「ふぅん なんだ、あんたここを知ってるのか」
「え?」
「いや、ここメルキドはずいぶん昔から廃墟なんだ
 だから若いのによくあれが宿屋だなんて知ってるな、と」
「え… あ! そこの看板を読んだだけですよ…!」

慌てて、宿屋の前にある板を指差す
あの板が看板かどうかなんてわかってなかった

「…確かに書いてあるな
 丁度いい、宿屋で休みながら今後を話し合わないか」

俺は一人ホッとし、三人が宿屋へと歩き出した
あまり寄りたくはないが仕方が無い

ずっと前に踏んだ土をまたいで歩いた










●残喘の宿

「つい最近まで人がいたみたいですね…」

入ってすぐの広間は、予想より整頓されている
ただ臭いだけは、湿り気とひりひりする痛みを感じさせた

「ここじゃあ、あんまり落ち着けないぜ…」

真ん中よりすこしずれて置かれた長椅子へフーラルが腰掛ける
続き、すぐ隣へクリーニが座った

俺がこの宿から出るとき、この机や椅子は倒されて散っていた
きっとここへ避難してきた人たちが使うために並べたんだろう

「ここじゃなくてどこかの部屋で一休みしねぇか」

ガタンと椅子を立ち、先へと続く廊下を見るフーラル
部屋は六つ並んでいた

「それぞれ別行動にするか? 全員いっしょに動くほうが俺はいいと思うぜ」
「…そうしましょう」

軋む廊下を進み、手前の部屋を確認する
部屋は床のほとんどが抜け、ベッドも椅子も見当たらない
三つ目の扉へ手を掛けたとき、フーラルが違和感に気付く

「なぁ、ここの床だけいやにきれいじゃないか?」
「ほんとですね」
「タカハシ、警戒していくぞ
 気配は感じないから魔物じゃぁないだろうが…」

ズダ、ダ、ダダ!

「おわっわっ!!」

少し間の抜けた叫びと同時に、先陣を切ったフーラルの身体が躓きよろめきながら視界から消える
ドスンと音がし、倒れたのはわかった

「フーラルさん!」

しまった魔物か?!
油断した!

剣を抜き急ぎ部屋へと踏み込む

「縄かっ?! あ! 待て!」

何者かが部屋の中を動き、声を出すフーラルへ武器を振るう

バシィン!

咄嗟に、奇跡の剣でそれを弾き振るう者を見る
武器を拾いに行く姿は、まぎれもなく人間の男─

「ま、待ってくれ!! 落ち着いてくれ!!」
「なにを! 魔王の手先め!」

魔王の手先?
そうか、この人は勘違いしてるんだ!

床へ倒れ、縄に足を取られもがくフーラル
そのすぐそこには威嚇する人間

「いいか!殺されたくなかったら─」
「待ちな!」

女の怒鳴り声が響く
ルビスがそんな声を出すはずも無く、俺とフーラルは一瞬たじろいでしまう

「その人たちはまぎれもなく人間だよ」

十二畳ほどの部屋
奥の扉は家具で出来た複雑な壁に囲まれ、声はその向こう側から聞こえてきた

「しかし…!」
「落ち着け、どう見たって人間じゃないか
 それともお前は、アタイの言うことが聞けないのかい?」

バリケードの合間を縫って一人の女が歩いてくる

「いやっ そんな事は… すいません…」

男が急に小さくなる
どうやらこの女のいう事は絶対らしい

「驚かせてすまなかった
 アタイはサリイ、一応この町で一番強い戦士だよ」










●メルキドのサリイとラルフと住人たち

「ふー、まったくちゃんと確認してくれよな」
「すみません すっかり魔物だと思い込んでしまって…」
「まー、なんにもないからいいけどよ」

足に絡みついた縄をほどき、ぶつぶつと文句をたれる
クリーニとルビスも部屋へと入ってきた

「あの、メルキドにはあなたがた二人しか…?」

クリーニが恐る恐る質問する

「…あんたたちはここへ何しにきた?」
「え、ああ ええと……」

サリイは、聞かれたことには答えてくれず、逆に質問を返してきた
対してクリーニがこれまでの事を簡単に説明する

「なるほど…
 さっき遠くのほうででっかい音が聞こえたけど、その塔が落ちてきたんだろうな…」
「そうです」
「で、あんたたちは生き残った人を探すためここへ… けど、残念だね」

少しうつむき、サリイは続けた

「ここには確かにたくさんの人間が逃げてきて、暮らしていたよ
 けど、だめだったんだ 魔物がたくさん攻めてきて…」
「では、他の人たちはどこかへ避難したのですか」
「いや…
 別の、安全な地を探しに離れたヤツもいたけど、ほとんどは魔物に殺されたよ」
「そんな…」

会話はほとんどクリーニが率先して行っている
俺とフーラルは入り口近辺で話を聞いていた
ここに住んでいる人間がこれほどに警戒しているんだ、いつ魔物がやってきてもおかしくない
ルビスは、そっと佇んでいる
地上の現状を憂いている─ ように感じた

「…あ、この男はラルフっていうんだ」
「さきほどはすみませんでした…」

サリイの後ろで小さくなっている男が頭を下げる

「いえ… そういえば私たちは名乗っていませんでしたね」

クリーニにうながされ、それぞれ自己紹介する
ただ、ルビスは話したくない様子なのか無言だったから、俺が代わりに紹介した

「しばらくここにいるといい
 まぁ、そうは言ってもいく場所なんてこの世界どこもないからね
 ずっといてもいいよ」
「ええ、まぁ… 行くあてもないですし、しばらくお世話になります」
「それと、ここにはあまり食料が無い
 喰い物は自分達で用意してくれよ
 ひどいようだけどアタイ達も自分の分は自分でまかなってるんだ」
「そうですね それはそうですよね… ですが、どうやって?」

畑も無い、果実の実る木々も魔物に荒らされている
そんな状態で一体どうやって集めるのか、それは皆の疑問でもあった

「それなら、大丈夫
 ああ、忘れてたけど適当に椅子へ座ってかまわないよ」

サリイは歩き、窓際へ立つ
俺は部屋の片隅へ積まれた椅子をがたがた降ろし、ルビスとクリーニを座らせた

「…ほら、正面に大きな建物があるだろ
 かなりひどく壊されてしまっているけど、実は地下があるんだ」
「地下、ですか」
「うん この町って長い間廃墟だったし放置されてた
 そのせいで地下は壁が崩れて床も朽ちて、その隙間から樹が生えてるんだ
 なんの樹だと思う? たくさんの果物が成る樹だったんだ!
 その樹のおかげで…!」

少し高揚し息を荒げはじめる
それをクリーニが引き気味に見たものだから「はっ」と、サリイは平静を取り戻す

「すまない… コホン…
 で、なんの樹なんだかわからないけど、アタイ達はその樹を挿し木して増やすことができた
 だからあんた達も、自分達の分を育ててほしいんだ」
「挿し木って… だって木を育てるなんて時間掛かってしまいますよ
 それに果実だけっていうのも… たくさん植えなきゃいけないですし…」
「そう思うだろ?」

サリイがニヤリと笑う

「それが不思議でな、その地下だと育つのが早いんだ
 どれくらいかていうと、そうだな… 二日で大人の樹になる」
「えっ」
「驚いただろ? アタイ達も目を疑ってかかったけど、実際そうなんだ
 それに果物だってもぎとっても次の日にはすぐ成ってる
 その実は不思議で、無くした体力を回復してくれる上に気力もよみがえるんだよ」

サリイと、ラルフも一緒になってまるで自慢するかのように、得意げな表情を見せる

「…よくわかりませんが、それなら大丈夫そうですね」

安心した表情のクリーニ
それは俺もフーラルも同じだった
その樹がなんなのかはよくわからないが、食べ物を与えてくれるならそれでいい

「これであんた達の疑問も解決したな
 さ、まだ奥に仲間がいるんだ」

サリイがラルフと目配せし、部屋の隅に積み上げられた家具の隙間へ俺たちを誘う
隙間を進むとそこには別の部屋への入り口があり、どうやら隣の部屋と繋がっているようだ

「この部屋の壁をくりぬいて、隣の部屋と行き来できるようにしたんだ」

サリイは説明しながら隣の部屋へと案内した

「このメルキドにいる人間はここの仲間も合わせて四人なんだ」

隣の部屋へ入る
ベッドが五つほどあり、その二つに誰かが寝ている
話を聞くと病気にかかり動けないそうだ
そのため、サリイとラルフの二人で看病し、動けるようになったら別の安全な地を求めて移動するんだと、
教えてくれた

「…私は医者です
 この方たちを治療する義務があります
 私にもお手伝いさせてください」

厳しい顔で言うクリーニ

「医者? なんだそれは」

この世界ではまだ医者という言葉は知られていない
クリーニがサリイに説明し、治療の手伝いをさせてもらう事になった

「なるほど… 頼りにしてるよ!」










●かみのちから

俺たちはこの町へ滞在することとなり、早速例の樹を植えたりクリーニの指示で薬草を集めたりの日々を送った
不思議な樹は地下室でしか成長することが出来ず、サリイの言うとおり挿し木してすぐに実をつけた
不思議な木の実はどんぐりくらいの大きさでりんごに近い色をしている
香りも味もよく、たった一つで疲れきった俺たちを癒してくれた
この町へくるまでに食べた小さな実よりも腹にこたえ、満腹感も感じさせてくれる

病気で眠っているという二人は一切の口を利かず、それはトルネコのそれと酷似していた
クリーニによれば魔物に襲われ末梢循環不全状態に陥っているという事だが、意味はわからなかった
話を聞いて俺なりの理解をすればショック状態だと思う
薬草で症状をほんの少し和らげる事が出来るとクリーニは言う
完治させるには長い時間をかけるしかないようだ

そしてこの部屋、最初に足を踏み入れたココは、俺がこの世界で目覚めた場所
今は家具は山積みにされすっかり様子が変わってしまったが、そうだと確信できる
俺は、再び戻ってきた
が、元の世界へ戻ることは今は無い

「タカハシ、真っ暗な部屋でなに難しい顔してるんだ」

声で我に返り周りを見回すと、どうやら夜になっていたようだ
うっすらとした外のあかり
声の主フーラルがランプに火をともす
ぼぅとぼんやりした音と同時に、俺たち二人の影が壁に向かって揺れはじめる

「いや… これからどうすればいいのかなって」
「うん それは俺も考えていたんだが… 恐らく魔王がいなくならなきゃあ何も変わらないんじゃないか」
「もう何十日とここにいる 生きるには支障ないけど、このままってわけには…」

どかりとフーラルが床へ腰を下ろす
起こされた風はランプの火を揺らし、影が踊る
俺とフーラルはこの町にきていらいすっかり打ち解けていた

「タカハシ、いいですか?」

ルビスが隣の部屋から顔をのぞかせ、宿屋の外へ出るように促す
何か大事な話でもあるのだろうか
ここのところルビスは何かを探るように精神集中ばかりしていた
俺はルビスの後に続き部屋を出て宿屋の入り口へ二人して立つ

「実は… 私はどうも、もう力を維持できなくなってしまったのです」
「どういう事だ」

ルビスが、透き通るほどに白くしなやかな掌を、俺へと翳す。

「あなたに見えるこの掌は、私には違って見えます
 どう見えているでしょう
 私には、人間のものであると、映るのです」
「だって、今は人間の姿になっているからだろう」
「いいえ……
 本来ならば、私の目にうつるのは幻影であり、光でなくてはならないのです」

俺の手に、触れる。
それはまことの人間であり、僅かな温かみをもつ、肉体である。
尚更に違和感など感じることがない。

「なあ。 俺にそう教えるには、何か意味があっての事なんだろう」
「その通りです。 時間が無いのではっきり言いますが、私にはもう、あなたを保護する力がありません。
 そしてそれは、この世界全体にまで及び、おそらくはこの場所も──」

ざわめき立つ心と同じく俺達二人は身体をこわばらせる。
ルビスの、穢れを嫌い全てを浄化する眼の光の中で、俺は見た。
真っ黒に穢れ、漆黒を纏う、邪悪な存在。










●鮮血

深緋の鮮血は、俺の上半身を染め上げていた。
俺は全く動くことも出来ず、ただ眺めていたのだ。
この、気高く高潔な女が切り裂かれるのを。
その、か細くか弱い生身の身体が、和紙のごとくくしゃくしゃと音を立て潰れる様を。
俺は、美しく捉わる写真を観る様に、見ていたのだ。


「お前ら、人間がしぶといじゃないか。
 いますぐ殺してやるから、待っていろ」

怒鳴りとも呼べる、がらがらとした声が言い終わったとき、ルビスはそっと、微笑んだ。
がらがら声のゴールデンゴーレムは、俺を見えない生体のごとく素通りし、鉈の一振りを見舞う。
まったく、人間になったばかりのルビスは無抵抗に切り裂かれ、その瞬間までも俺を優しく包み込んでいた。

『この魔物にあなたは見えません。私の、最後の力です。あなたは世界を救うのです』

俺は、そもそもが身動きをとれずにいた。
最後の力だかなんなのかはわからないが、ぎゅうとまるで荒い布のような空気に、固く縛られていた。
指先すら動かせず、じっと成り行きだけを、眺めるより他無かった。
宿屋から飛び出るゴールデンゴーレムとその鉈は、満足に深緋を浴び喜んでいるように見える。
そのうちガハハと笑いだけを残し、俺のこの肉体すら消したかのように、何処へと去っていった。
実際俺は、ほとんど殺されたのと対した変わりが無かった。
目の前で誰かが裂かれ、そうする者が入る建物へ近付きもせず、悲鳴だけをぼんやり聞いていたのだから。

俺は一人、やがてこれらの意味に気が付き、何か大きな意思が身体へ宿るのを感じた。
けれども、クリーニやフーラルにサリイもラルフも病気の者も皆殺され、ルビスの最後は人だった。
神は、ここに最愛の人間として、死んだのだ。

残された鮮血は、やがて固まり凝する。
締め付けられゆくこの身体と誰彼に定められてしまった此れからが、いまいましくて仕方が無い。
ようやく解かれた縛りをほどき、俺はまず自らを、消すことから始めることとした。

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