一、 森の中の男 静かな森の中で、男は言いました。 「いろいろあったよなぁ」 すっかり、空はくらやみ景色を深い藍色へと変化させていました。 遠くには波の音がざぶんざざんと、まるで空を洗ってしまうかのようにざわめいています。 何かを思い出してくすりと笑い、木々の隙間からのぞく星を眺めるため頭をあげ、そうして思い出すのでした。 二、 目覚め 男は考えていました。 はたしてここはどこだろう? どうして俺はこんな所で寝ていたんだろう、と。 思い切り頭を振ってみてもほっぺたを平手ではたいても、どうしても思い出すことが出来ません。 ようやく理解できたのは、ここがとても古い宿屋であるという事だけです。 「なんだいったい。 どういうことだ」 ぐいとベッドを跳ね起き、うろうろ檻にいれられた小動物のようにせわしなく動き回りました。 服装を見るとまるでどこかの山奥に住む原住民のような格好です。 誰かが着替えさせてくれたのだろうか。 なんだかわけがわからないし不安でたまらない。 どうしよう、どうしてこんな事になってしまったんだろう。 ふと、足音がするのを感じます。 男はどきりとし、その場を動くことをやめました。 「ようやく目がさめたんだねぇ」 ばたんと戸を開け入ってきたのは一人の女性でした。 「あ…」 「いいからいいから! ほらほらそんな所で突っ立ってないで、まぁお座り」 がたがたと引きずられてきた椅子へ腰掛け、けれども男はやっぱり緊張しました。 胸がどきどきと鳴るのを感じます。 このまま何も聞かずにはいられない。 どうしても聞かなければいけない。 男は勇気を振り絞って窓を開けている女性へ話しかけました。 「あの、ここは?」 目の奥が痛くなって、手の甲でごしごしこすります。 「ここかい? ここは宿屋だよ」 女性は振り返って腰に手をやり、優しい笑顔で答えてくれました。 その笑顔につられ、男の緊張していた心がするりとほぐれ、口は自然と話し始めました。 「宿屋?! いったいどうなってるんですか!」 どうしてそんなに乱暴な口を利くんだ。 自分はもっと落ち着いて聞くはずだったのに。 男はたいへん悔やみました。 ですが女性はやっぱり優しい顔のままで、答えてくれました。 「私にもそれはわからないよ。 あんた、何にも覚えていないのかい? 町の外で倒れていたのを私の友人が見つけて、ここまで運んだんだよ」 男は何も覚えていませんでした。 なので、返事に詰まってしまいます。 昨晩は確かに自分の部屋で寝ていたはずでした。 それ以外何も、思い出せないのです。 「いいよ、ゆっくりしておいき。 何か思い出すまで私も手伝ってあげるから」 男にとってはここは何か知れない場所で誰かに頼るしかありません。 部屋をうろつきまわっている時から気付いていた事です。 思いもかけない言葉に、男は目元がむずむずするのを感じました。 「…ありがとう」 男は一言つぶやいて、開け放たれた窓から青い空の視線を浴びるのでした。 三、 友人 「キィー!」 突然の声に男は驚きます。 慌てて周りを見回すと、窓から何か見たことの無い生き物がひょいと部屋へと入ってきました。 「キッキッ!」 それは男の周りをふわふわくるくる回ります。 「こここ、これは?!」 女性はあははと笑い、その生き物を抱えました。 「この子は私の友達でドラオっていうんだ、ドラキーだよ」 「えっ? どらきー?」 「大丈夫だよ、人を襲ったりしないからね。 あんたをずいぶん心配していたんだよ」 女性の肩の上で笑ったような表情のまま、ドラオは男を見つめています。 こんな生き物ははじめてだ。 図鑑でも見たことがないし空を飛んでる! ああ、やっぱりここは自分には知れない世界なんだ。 女性とドラオをふと見上げ、少し気持ちが落ち込みました。 けれども、不思議と心の高揚も感じます。 「そうそう、私はこの宿屋の女将だよ。 あんたの名前はなんだい?」 名前は覚えていました。 男は、それはもう自信を持って答えます。 「俺はヨウイチです」 女将はふうんとうなずき、ヨウイチとおんなじにはりきって言いました。 「いらっしゃい。 ここはクレージュの宿屋だよ」 四、 台所 数日がたち、宿屋の台所では朝からドラオとヨウイチが何かしています。 「キーキッ」 「な、なんだよドラオ。 俺、間違った?」 ヨウイチは相変わらず何も思い出せませんでした。 正しく言えば、思い出せないというよりも身に覚えがないといったふうかもしれません。 なにしろ自分の部屋で眠ったのに、目覚めるとこの世界にいたのです。 夢なら覚めて欲しいと何度おもったことかわかりません。 ですが一向に目は覚めず、それとは反対に身の回りで起こる事はすべてが現実でした。 「じゃー… この皿はここか?」 「キー」 「あってたか。 お前は女将さんより厳しいなぁ」 「キッキッ」 「あーあー わかったわかった。 次をやれってんだろ、はいはい…」 この宿屋でお世話になることになりましたが、何もしないわけにはいきません。 このまま世話になるといっても本当に何もしなければだめだ。 とにかく行動しないと何もわからないのだから。 ヨウイチは、それから宿屋のいろんな事を手伝い始めました。 今は食器を洗っている最中なのですが、ドラオがいちいち口を出すので嫌になっていたのです。 「すっかりキレイにしてくれたねぇ、ありがとう。 もっとゆっくりでもいいんだよ」 「女将さん。 いいんです。 でもドラオがうるさくって仕事になんないですよ」 「ははは。 ドラオはこの宿の主人のつもりなんだよ、なにしろ私のやることにも時々文句を言うからね」 「口ばっかりで手は出さないのは助かりますけどね」 「ドラオに手まで出されたら、ほらあの羽だから。 前に皿をたくさん割って」 「キー!キー!」 「おや、本当の事じゃないか。 あれからドラオは口しか出さなくなったんだよ」 ヨウイチは驚きました。 どうやら女将さんはドラオの言葉を理解できているようなのです。 「あの女将さん。 ドラオの言葉がわかるんですか?」 「ええ、なんとなくね。 今はヨウイチの前でそんな事いわないでって言ってたんだよ」 ドラオを見るとほんのちょっとだけ、目をそらしました。 いつでも目は丸くて口は少し笑っている顔なので表情などはわからないのですが、今はそう思えました。 「調味料の片付けは私がやっておくよ。 泊まっていたお客さんはみんな旅立ったからね」 「俺がやりますよ」 「日が暮れる頃までは暇だからね。 ヨウイチも自分の事があるだろうから、自由にしておいで」 「じゃあ、お言葉に甘えて。 じゃあなドラオ!」 さっと手を洗い、不満そうな顔のドラオを置いてヨウイチは台所を出ます。 何をしよう… そうだ、町の人にいろいろ聞いてまわってみよう。 何かわかるかもしれない。 数日のあいだはほとんど宿屋を出なかったので町の人とは話をしていません。 なので何か話を聞けるかもしれないと思うと身体は軽く、思いのほか早足で宿屋を出るのでした。 五、 町 揚々と町へ出たヨウイチは、はじめに店へ行こうと決めました。 店の人ならいろんな人と出会うので、きっといい事を知っていると考えたのです。 さっそく、宿屋の目の前にある道具屋へ足を運びました。 「いらっしゃいませ!」 主人が元気よく挨拶をしてくれます。 「あ、どうも。 実は買い物にきたんじゃないんです。 ええと…」 ヨウイチは考えます。 ここで元の世界に戻りたいなんて言っても信じてもらえるわけない。 どう話をすればいいのだろう。 「おや、あんたは宿屋で世話になってるよな?」 「ええ、まぁ。 知ってるんですか」 「知ってるってもんじゃないよ。 町の人間ならみんな知ってるんだ。 その宿屋にはみんな世話になっててね。 いいよ、なんでも聞いてくれ!」 どうやらヨウイチの事は町中に知れ渡っていました。 でも、別の世界からきたというのは知らないようなのでホッとしました。 「助かります。 それで、何か不思議な噂なんかは聞いたりしませんか?」 「不思議な? なんでまたそんなこと」 「…俺は旅が好きなんです。 面白そうな場所はないかと思って」 この世界で不思議な事を追いかけていけばもしかすると戻れるかもしれないと、ヨウイチは思いました。 噂を聞くだけならあまり怪しまれることはありません。 ドラオのような見たことのない生き物がいるくらいです。 きっと元の世界へ戻れる不思議な事があってもおかしくはないのです。 「ふぅん。 しかし不思議な噂っていってもなぁ。 特に聞かないよ」 「そうですか… ありがとうございました」 「あ、ちょっと待った。 あんたの名前は何だい?」 「ヨウイチです」 「そうか。 ヨウイチ、何か変わった話を聞いたら聞かせてあげるからまたきなよ!」 手ごたえはありませんでしたが、町の人と話が出来たのでヨウイチは安心しました。 それから武器屋と食堂、教会までまわって話を聞きましたが自己紹介するくらいで何もありません。 町を歩く人も噂はなにもないと言います。 それからしばらく町の中を歩き、いろんな人と話をしたり見たりしてから宿屋へ戻ります。 「おかえりヨウイチ」 「あ、女将さん。 ただいま」 「何か思い出せたかい?」 そうでした。 ヨウイチは本当の事を女将さんにも話していません。 世話になっているし話さなきゃいけない。 もし知ったらどんな顔をされてしまうだろうか。 それでも、女将さんには話しておかなければいけないぞ。 女将さんはちょうど客の受付を始めたので、それが終わるのを待ち話しかけました。 「ふぅ。 何か話したそうだね。 何かわかったのかい? お昼も食べないで出かけてたんだから」 「いえ… その、話してないことがあるんです」 「そう。 いいから、話してみて」 女将さんはフロアにある椅子へ腰掛けます。 「実は、俺はこの世界の人間じゃないんですよ」 「…? どういう意味だい」 きょとんとした顔をされましたが、構わず続けます。 「目が覚めたらこの宿屋のベッドの上で… 俺の知ってる場所でもないんです」 「そう言ったって、あんたは町の外に倒れてて─」 「でも、本当なんです。 俺の知ってる世界じゃなくて、なんていうか、知らないんです全部」 女将さんはヨウイチの顔をじっと見つめます。 「この世界には電気もガスも、車も電車も飛行機もない。 ありえないんですよ、住んでいた場所はどんなところでも電気くらいはあったから」 ふぅとため息をついて、女将さんは暖かいお茶を運んできました。 そのお茶をヨウイチにもすすめてずずずと飲み、話します。 「ヨウイチ。 あんたの言っている事はぜんぜんわからないよ。 …だけど嘘はついてないね。 私は長年、宿屋でいろんな人間を見てきたからわかるんだ」 嘘じゃないことをわかってもらえただけでも嬉しいことでした。 ヨウイチの顔は思わずほころんでしまいます。 「まぁ、私はなんだっていいんだ。 悪い人間じゃないようだし、協力させてもらうよ。 それに… どうしてなのかわからないけど、世話してあげなきゃならない気がしてね」 夜になると客は訪れません。 その日は遅くまでヨウイチ自身の、現実世界を話して過ごしました。 六、 町の外 「ありがとうございました。 お気をつけて、良い旅を!」 あれから幾日が過ぎ、ヨウイチはすっかり宿屋の仕事を覚えました。 もうドラオにだって文句は言われません。 「ヨウイチ、すっかりこの仕事にも慣れたねぇ。」 女将さんがカウンターの奥にある小さな倉庫から声をかけてきました。 「おかげさまでようやく。 なんだかもともとこの世界で暮らしていたような気がしますよ」 その言葉で二人は笑い、手早く朝の宿仕事をこなしていきます。 「女将さん。 部屋のシーツ替えと片付けは終わりました」 「ありがとう、じゃあ後はもういいよ」 「じゃあ、朝食を済ませたらまた町を見てまわってきます」 「あんたも好きだねぇ。 こんな小さな町で見ることなんてそんなにないだろうに」 「そうでもないんですよ。 なにせ見たことも聞いたこともない物ばかりですから」 「そうかい。 朝食はフロアに用意してあるからね」 女将さんは何かしているようでしたが構わずヨウイチは朝食を食べます。 今朝は玉子焼きと野菜を一緒に炒めたものです。 この世界で救いだったのは、食べ物がヨウイチの世界とほとんど変わらなかったことでした。 「ドラオー! おいで!」 ドラオもずいぶん懐いてくれて、今ではどこにいくのも一緒です。 ヨウイチもずっと同じに過ごしていたから、ドラオの言いたいことがなんとなくわかるようになっていました。 「キ~・・」 宿屋で借りているヨウイチの部屋からふわふわドラオが飛んできます。 朝は弱いらしく、なかなか目を覚ましません。 ですがヨウイチが出かけるときに連れて行ってあげなかったらすごく怒ったことがあって、 それからは必ず連れて行くことにしているのです。 「相変わらず眠たそうだなぁ」 「キィキィ」 「そうか。 まぁいつもの事だから気にしないよ。 今日も町を歩いてまわろう、行こうか」 毎日、ヨウイチは町の人や立ち寄る旅人にいろんな話を聞きます。 元の世界へ帰る方法を聞くためにやっている事ですが、この頃では楽しみになっていました。 ドラオは一応気にしているのかヨウイチに一言あやまってくれます。 肩辺りにふわふわしながら一緒に宿を出ました。 「とは言っても… 町のほとんどはもう見たから今日はどうするかな。 町の外に出てみたいけど、それはダメだって言われてるし…」 話には聞いていました。 町の外に出ると恐ろしいモンスターが現れて人間を襲うのです。 ドラオもモンスターですが人間を襲いません。 モンスターには時々人間と仲良くしたがる者がいるらしいのです。 「キーキー」 「危ないって? うーん、だけどちょっとだけなら平気なんじゃないかな?」 「キッ!」 「わかったよ。 歩きながら考えてみようか。 何か見つけるかもしれないし」 二人はゆっくり歩きながら、町の人と挨拶を交わしながら歩きました。 気が付くと目の前には町の入り口で、もう一度ヨウイチは考えます。 町で珍しいものはあらかた見て知った。 傷を治す薬草も、武器も防具も、興味がわいたものは全部見た。 道具や世界もしつこく聞いてあらかた知った。 そうなれば、残っているのはやっぱり。 「外に行こう!」 「キ?!」 「いや、町のすぐ近くなら大丈夫だと思うんだよ。 だってほら、ここから見てもモンスターっていう生き物は見えないし」 「キッキッ!」 「危なくなったらすぐ逃げるし大丈夫だよ。 なんだったらドラオはここで待っててもいんだよ」 ドラオは考えているようです。 きっと女将さんに心配かけるのを悩んでいるのでしょう。 「ちょっとだけだから、なあ?」 「キ、キー」 「そうか! よし、モンスターを見たらすぐ逃げればいいんだよ。 早速いってみよう」 ドラオは不安そうでしたが、ヨウイチは嬉しくて仕方がありません。 見たことの無いモノを見たり触れたりする事が、楽しいのです。 二人は周りを気にしながらゆっくりと町を離れました。 七、 モンスター 緩やかな丘と平地が目の前を続いています。 周りには草木が茂り今にも何かが飛び出してきそうでしたが、モンスターと出会うことはありませんでした。 かわりに旅人と笑顔で挨拶をかわしただけです。 ヨウイチはなんだか拍子抜けしてしまって、ドラオは安心しています。 「なんだ、何にもいないな。 見てみたかったんだけどなぁ」 「キー」 「なんだ怖いのか? だってなんにもいないじゃないか、平気だよ」 そろそろ引き返そうかと思ったその時、がさりと茂みから音がしました。 「な、なんだ?」 「キ」 「風かな…? だいぶ歩いたしもう戻ろう」 二人は一気に緊張していますぐ町へ帰りたくなってきました。 相変わらず草木はがさり、がさりと音をたてています。 ヨウイチとドラオはまるで走っているかのような早歩きで町の方向へと向かいました。 「キィーーー!」 突然、ドラオが大きな声を上げてヨウイチを追い越していきます。 びっくりして後ろを振り返ると、そこには見たことの無いまるで水彩絵の具を垂らしたような水のかたまり。 「わっ! えっ!」 ぷるぷるする身体に大きな目と口、それは話に聞いたモンスターのスライムでした。 「おい! ドラオ、どこいった!」 見るとドラオは木の陰に隠れてしまっていました。 「お前もモンスターなんだろ、まったく…」 ヨウイチはスライムをじっと見ました。 大きさはちょうど30センチくらい、見た目はすごく弱そうです。 「ええと、どうしよう。 ちっちゃいけどきっと凶暴だったりするんだろうからここは─」 タッっと、ヨウイチは走り出しました。 「ドラオこい! 逃げるぞ!」 大きな声で叫び、もと来た道を走って戻るつもりでした。 ところがドラオは震えたまま動こうとしません。 仕方が無いのでヨウイチはドラオのいる道から逸れた林の中へ、ドラオを連れに駆け込みました。 スライムは何か騒がしくしながら飛び跳ね、追いかけてきます。 「キィーキィ-!!」 「バカ! 暴れるなって、ほら、おい、逃げるんだよ!」 「キー!!」 あろうことか、ドラオはすごい勢いで更に林の中へと飛んでいってしまいます。 ヨウイチはもう、それは今までで一番だと思えるくらい一生懸命追いかけました。 50メートルは走ったでしょうか、ついにスライムを振り切りドラオに追いつきました。 周りはすっかり木に囲まれ、昼間なのに夕方みたいな暗さでさすがのヨウイチも怖くなってきます。 ドラオはその木の一本に翼ごと抱きついていました。 「はぁ… お前、まさかモンスターを見たことがないのか」 「キ、キー」 「見たことはあるって? ふぅ、じゃあなんで逃げたりするんだよ」 「キィー… キィ」 「怖いって、同じモンスターだろ… にしても、一人で逃げるなよ」 ヨウイチはその場へしゃがみこみ、息を整えます。 そして落ち着いてからドラオを抱え出口を探し始めました。 「こうしてつかまえてたら逃げられないな」 「…! …!」 「逃げようってもがいても今度は離さないぞ。 しかし、ずいぶん奥まできてしまって道はどこなんだ」 「…!! …!!」 あんまりドラオが暴れるので、ヨウイチは周りをよく見ていませんでした。 ふと前の方をみると大きな熊が二人をにらみつけています。 ドラオは恐怖のあまり声が出せずもがいていただけだと、ヨウイチはやっと気付きました。 「こ、こいつは危なそうだ…」 足がすくみ、逃げようと考えるのですが一歩が踏み出せません。 ああ、こんなところで殺されてしまうのだろうか。 結局なにしにこの世界へきたのだ。 せめてドラオは逃がすんだ。 「ドラオ、逃げろ!!」 ヨウイチが抱える手を離したのに、ドラオは地面へポトリと落ちて動きません。 見ると目がまるでバッテンになって、気絶してしまったのです。 「最悪だ。 こんな森の中じゃ誰にも見つけてもらえないぞ… はぁ…」 足は相変わらずすくんでしまって動かせません。 ですが不思議と頭の中はすっきりしていました。 ヨウイチはもう覚悟を決めて、せめて拳の一発でもお見舞いしてやろうと思います。 「くるなら来い! ちくしょうこんなところでなんにもわからず死ぬなんて!!」 八、 旅人 「おい! しゃがめ!」 突然、うしろから大声が聞こえヨウイチは思わずしゃがみこみます。 サッとザクッとグォーの音と声が同時に聞こえ、それからドタリと振動がしました。 ヨウイチはドラオを抱えながら恐るおそる立ち上がります。 「大丈夫か? 怪我してないか」 男の声が聞こえ、目の前を見ると大きな熊は倒れています。 「…!」 「大丈夫そうだな、よっ…と。 そのドラキーはお前のペットか」 どうして熊が倒れてしまったかはすぐに気づきました。 話しながら男が熊を転がし大きなナイフを抜いていたからです。 「助けてくれてありがとうございます… こいつは… そうです、ドラオっていいます」 「そうか」 「この熊死んだんですか」 倒れた熊はピクリとも動きません。 血がどろどろ流れて、ヨウイチは尻込みしてしまいます。 「当たり前だろ。 おかしな事いうなよ」 ヨウイチは思い知らされました。 なんて恐ろしい世界だろう。 とんでもない事になってしまった。 男が言った「おかしな事」という言葉は、この世界の厳しさを物語っていました。 けれど。 覚悟しました。 これからもきっとモンスターに襲われます。 だけどヨウイチは元の世界へ帰らないといけません。 そのためには町を出てこの世界を巡らなければならないでしょう。 ここでくじけるわけにはいかなかったのです。 「ところで、あんたはこんな所で何してたんだ」 「あ、モンスターに襲われて逃げてたら…」 「そうか。 見たところ旅人の服だし武器は持ってないし、戦えないんだな」 男は腰にナイフをぶら下げながらいいました。 ヨウイチはおそるおそる男に話しかけます。 「あの」 「お? どうした」 モンスターの死体を探りながら男は振り返ります。 「俺に、あ。 ええと、戦いを教えてもらえませんか」 「なぜ」 「それは… 見つかるかわからないけど探したい事があるからです。 それには戦えないとだめなんです」 ヨウイチはとっさに言いましたが、意味が通じたかはわかりません。 「…何か知らないがわけありのようだな。 だが俺の戦い方はお前には無理だ。 しかし基本動作くらいは教えてやらんこともない。 ただし─」 「え、ただし?」 「俺は長く旅をしてきて疲れている。 だが金がない、つまり… つまりだな」 「…なんですか」 「ああ、俺の宿賃を授業料だと思って払ってほしいんだ」 少し恥ずかしそうに男が言いました。 この条件にヨウイチはラッキーだと心の中でつぶやきます。 なにしろヨウイチは宿屋の店員なのですから。 「そんな事でいいんですか、それなら平気です」 「そうか!」 「じゃあ、いいんですね?」 「ああ、ああ。 助かる」 男は顔をとてもほころばせて喜びました。 「じゃあ、早速いきましょうか」 「頼む。 この森から出て町へ行くのは俺が案内できる」 両手に抱えられたドラオが目を覚まし不思議そうな顔です。 起こったことを教えると、わかったようなわからないような表情をしていました。 九、 修行 ヨウイチは女将さんに事情を説明し、男を宿泊させることに納得してもらいました。 最初は、男を怪しそうに思っていた女将さんでしたがヨウイチの決意に動かされたのです。 男は自分の名前をダンと言いました。 「あんたがそこまで言うのなら。 ただし、あんまり危険な事はしないでおくれよ それとヨウイチ、自分で言ったんだから約束は守るんだよ」 ヨウイチは泊めてあげるためなら宿屋の仕事をこれまで以上になんでもする、そう約束していました。 何度も頭を下げ、次の日から始まる戦いの授業に備えその日は早く寝ました。 翌日、午前中に宿屋の仕事をいつも以上に一生懸命やってから、町のはずれで稽古の始まりです。 ですがまだ何もしていないのに身体中がきしみます。 今日から始めた薪割り。 女将さんは楽にやっているように見えましたが実際は違ってとても苦労しました。 ドラオはそんなヨウイチを邪魔にならない場所でふわふわ浮いて見守っています。 「さて。 ヨウイチ、君は俺が使うナイフより剣を覚えるのがいいだろう。 槍は短期間では習得できないし斧は筋力をつけるのに時間がかかりすぎる。 ナイフは見たところ素早そうではないから不向きだ」 「わかりました」 「よし。 これを持って俺と同じに構えるんだ、そう。 そしたらこう… ゆっくりと… ちがう、こうだ」 渡された木の棒をダンと同じように振ったり構えたりするのですがなかなかうまくいきません。 「最初から出来る訳はないからな。 とにかく動作一つ一つに意識を与えて体で覚えるんだ」 「がんばります」 「あー、それからだ。 そういう話し方はモンスターにもなめられやすい。 もっと気を強く持ってしゃべった方がいいな。 それじゃ体だってついてこない」 「だけど」 「いいんだ。 そのほうが皆と話しやすいし意思も伝わりやすいもんだよ」 「…わかった」 「その調子だ。 ああ、でも最低限のマナーは守れよ」 「もちろんそれは。 そこはわきまえてます。だ」 「…まぁそれも慣れだな。 体で覚えろ」 ドラオがクスクス笑っているように感じてヨウイチは恥ずかしかったのですが、とにかく頑張りました。 修行は日が暮れるまで続き、疲れきった体でようやく宿屋へ戻りました。 「おかえり。 ずいぶん疲れてるね、先に風呂入るかい?」 「女将さん、ただいま。 先に腹に何か入れたいんだけど」 「ダンさんはどっちがいいですか?」 「私もヨウイチと同じで頼みます」 (ダン、女将さんに丁寧に話してるじゃないか) (何を言うか。 女将さんには世話になってるんだから当たり前だろう) 「どうしたんだい二人とも」 「女将さん、ヨウイチは心も鍛えなきゃなりません。 なので話し方も鍛えてやってるんですが、そこも認めてもらえないですか」 「ははぁ、なるほど。 私は構わないよ。 どっちかというと普通の話し方のほうが接しやすいからね」 「キッ」 ドラオはやっぱりクスクスします。 ヨウイチはドラオを少し追いかけてから、女将さんに礼を言いました。 「ありがとう、女将さん。 なんか、何から何まで親切にしてもらって」 「いいんだよ。 私は町一番のお節介で通ってるんだから」 食事を済ませ、風呂に入り少し雑談してから部屋のベッドへもぐりこみます。 動かし慣れない動作の連続だったので腕は震え、熱くなっています。 棒を振り回していただけなのになんてきついんだろう。 明日も宿の仕事があるし薪だって割らなきゃいけない。 だいじょうぶ、だろうか…… 気が付くまもなく眠りに入っていきます。 目が覚めればまた宿屋の仕事と稽古、けれどヨウイチはそんな毎日を楽しみにするのでした。 十、せきばん 「ヨウイチ、だいぶさまになってきたな。 後は一人で経験をつんでいけば大丈夫だ」 稽古を始めてから二ヶ月ほどがすぎていました。 もうすっかり木の棒を軽々と振り回し、ダンとの練習試合も難なくこなせるようになっていました。 「俺も世話になりすぎた。 そろそろ旅を再開するよ」 「もう? まだいいじゃないか」 「そうはいかない。 なんだかんだで二ヶ月も世話になってしまった。 それに俺は同じ場所に長くいられないんだ」 宿屋に着き、女将を手伝ってから夕食になります。 「そうかい。 あんたもヨウイチによくしてくれたね」 「いえ、私こそこんなに長く世話になってしまいまして」 「ダン。 いろいろ教えてもらって助かったよ」 「ほんとにねぇ。 ヨウイチもこんなに男らしい態度になって、ねぇ」 「女将さん、それじゃ前は女みたいだって?」 「そうはいわないけど、なんだか頼りない感じだったよ」 「はは。 もうヨウイチは一人でもやっていけます。 一人旅だっていつでもいける」 ダンのこの言葉にヨウイチは胸がドキリとしてしまいました。 忘れていましたが戦いを教えてもらった理由は元の世界へ戻る方法を探すため。 それはこのクレージュを旅立つということだからです。 その晩は遅くまで話し込み、少し寝ると朝日が昇って朝を告げました。 寝不足のままずいぶん慣れた宿屋の仕事を済ませ、ダンを町の出入り口まで見送ります。 「ダン、短かったけどありがとう。 これ、女将さんから」 ヨウイチはたくさんの保存食が入った袋を手渡します。 果物や野菜、肉を長く持たせるよう調理した旅には必要な物資です。 ダンは町の人からいろんな依頼を受けてお金を稼いで、必要な物を揃えたり宿代を支払ったりしていました。 ですが小さな用事ばかりだったのであまり稼げていなかったのです。 「すまん。 女将さんには最後まで世話になりっぱなしだな」 「ダン。 …俺も、旅に出るよ。 前言ったように」 「今のお前なら危険な場所にさえ行かなければ大丈夫だろう」 「あんまり自信はないんだけど… やってみたい」 ダンは微笑み町の門をくぐります。 ヨウイチが後姿を見ていると振り返り言いました。 「ああ、そうだ。 知ってるか、この世界には特別な石版というものがあって、それを神殿に捧げると願いがかなうらしいんだ」 「願い? なんでも叶うのか?」 「願いを叶えたやつがいるなんて聞いたことがないからな 石版は確かに存在する。 だが、願いが叶うというのは定かじゃない」 「なんでそんな事を俺に?」 「お前言ってたよな、叶わない探し物をしてるって。 …じゃあな」 ヨウイチはこんな時に聞きたいことが山とわいてきましたが、歩いていくダンに声をかける事ができず ただただ、見送るだけでした。 十一、 旅立ち 「旅に出る?」 時間は昼過ぎ。 女将さんが少し驚いた口調で言いました。 「いままで世話になってきて、何も返せなかったけど… 俺は旅に出たい」 「…何かを探しにいきたいっていうのは知ってたんだよ。 いつかいつか… こんなに毎日いっしょに過ごしてたんだ。 覚悟していたけどイザとなるとやっぱり複雑だよ」 「女将さん、ごめん」 ダンがいなくなってから数日、ヨウイチはずっと考えていたのです。 女将さんの寂しげな表情を見ると、心がさわさわして言葉が見つかりません。 けれど、そんなヨウイチとは反対に女将さんは明るく言いました。 「そんなに険しい顔をしないでおくれよ! 今日のためにあんたと過ごしてきたんだ、私も嬉しいよ」 「女将さん…」 「キー!」 話を聞いていたドラオが突然、声をあげました。 なにやら女将さんに言っているようです。 「ドラオ、お前も行くんだね。 ある日いなくなるんじゃないかって思ってたけど… いいよ、いっといで」 ヨウイチにもドラオの言うことはわかりました。 「さぁ二人とも、決めたんならすぐがいいね。 準備しといで」 準備、といってもヨウイチは何も持っていませんしドラオだって同じです。 女将さんは少しあきれて、自分の部屋から大きなリュックを持ってきました。 リュックはたくさん入っているようでふくらんでいます。 「ほら、言った通り覚悟はしていたんだよ」 リュックを渡しながら女将さんはニコリと笑いました。 「二人とも。 道に迷ったり疲れたりしたらいつでも戻ってきていいんだから。 それから、用事が済んだら顔だけでも見せに戻ってきておくれよ」 「うん。 ありがとう」 「キーッ!」 女将さんは気丈でした。 暗い顔なんてひとつもみせず二人を元気いっぱいに見送ります。 ヨウイチにはそんな姿がとてもとても切なく感じて、おおきく一言出すのが精一杯でした。 「いってきます!」 十二、 足りない準備 町の門をくぐり目の前の森を歩いていきます。 いままでとは何か違う、どこかうわついた心でした。 「ところで… お前はこれからどこへいくんだ」 「キ? キィキー」 「えぇぇ、お前。 俺と一緒に旅するっていうのかよ?」 「キィ」 ドラオはさも当たり前といった顔でふわふわします。 ヨウイチはちょっと戸惑いましたが、一人旅は心細いので納得しました。 「あ、そうだ」 森の道でちょっと広くなった草地に腰掛け、女将さんにもらったリュックを開きます。 もらったのは良かったけれど、何が入っているのかはぜんぜん聞いてなかったからです。 「ええと… これは薬草、水筒、保存食…」 リュックの中には旅に必要な道具がそろっていました。 その中には手紙も入っています。 『ヨウイチ。 少ないですがお金も入れておきました。 クレージュから近い町はシエーナです。 そこで足りない道具や装備を整えてください。』 リュックの奥に大事にしまわれた小さな袋には数百ゴールドのお金が詰め込まれています。 その袋をぎゅっと握り締め、そっとリュックへしまいます。 「なぁドラオ。 何を探して何があるのかはわからないけど、また絶対帰ろうな」 「キィッ」 リュックを背負い、再び歩き始めます。 たくさん詰め込まれているので重いのですが薪割りのおかげか苦になりません。 そんな事も思いながら歩いていましたがふと、気づきました。 「あ、あれ」 「キ?」 「そういえばおれ… 武器持ってないや…」 「キー?!」 「本当だ。 まいったなぁ、今から戻るなんてかっこ悪いし… シエーナって町までどうにかするしかないぞ」 あわてて周りをきょろきょろしますが太い棒切れしか見つかりません。 初日からこれじゃあ、これから思いやられてしまう。 生きて元の世界へ戻れるのだろうか。 仕方がないので棒切れを片手に握り、今度は警戒しながら道を進んでくのでした。 十三、 初めてのよる 棒切れを握りドラオを肩の上に浮かせたまま数時間歩きました。 そのあいだ、幾人もの旅人や商人とすれ違い、休憩しながら話したりしました。 「シエーナは遠そうだな…」 「キ…」 話によるとあと数日はかかるらしいのです。 「もう疲れた… 電車ならすぐなのに…」 「キィ?」 「ああ、電車ってのはな……」 路に座り込み電車を教えているうち、やがて空は夕焼けとなり暗くなり始めました。 「うーん、野宿か。 子供のころ友達とキャンプしかやったことない」 「キィキー、キィ!」 「いや、だからな。 ほんとなんだって。 鉄の箱でらくらく移動できるんだって……」 適当な場所でリュックにあったオイルで火を起こし、今夜はそこで眠ることにしました。 森の中で、いつモンスターに襲われるかわからない不安の中で、はじめての野宿。 一人ならとても不安でしょうがドラオがいます。 すぐ逃げ出すにしても、話相手をしてもらうことで気晴らしになりました。 「はぁ疲れきった。 足の裏が痛いし熱いよ。 お前はいいなぁ、羽動かしてるだけでいいんだもんな」 「キ! キーッ」 「まぁ、そりゃそうかもしれないけど… 疲れたっていう割には今だって飛んでるじゃないか」 「!!」 ヨウイチに言われてドラオはすぐ羽を止め、地面にしゃがみました。 短い足でちょこんとする姿に、ヨウイチは笑いをこらえるので必死です。 「ぷ。 さ、さーもう寝る。 何も食べる気がしないし、身体が休めって言ってるしな」 「キィ」 ドラオもお腹は空いていないようでした。 返事といっしょにころんと横になり、一瞬で眠りに落ちてしまいます。 疲れたというのは嘘ではなかったようで、やっぱりヨウイチは少し可笑しくなりました。 「面白いやつだな… 俺も寝よう、おやすみ……」 火を消してリュックを枕に横になり、それから数秒で眠りに落ちるのでした。 「…おい …あんた」 何かが身体を揺さぶります。 けれどヨウイチはすっかり疲れきってしまってすぐに起きる事が出来ません。 ドラオは静かに、まだ眠っているようでした。 「だ、だれ……?」 「ああ、私はここらへんで商売をして歩いてる者だが… あんた、外を歩くのはまさか始めてかね?」 「え、え、ええ…」 目をごしごしとこすりながら見ると、松明を片手に持った男がいます。 顔はマスクで覆われ背中には大きな荷物を背負った、見るからに旅の商人でした。 「そんなに思い切り寝てしまったんじゃあ、あんたモンスターに殺されちまうよ」 「んん、えぇ?」 「普通は木の幹にもたれてすぐ動けるように武器を抱えて眠るんだ。 今のあんたは襲われたら一瞬だ」 ドラオはまだ起きません。 この男が言うように今襲われたら抵抗も出来ずに死んでしまいます。 「わかったら、そこのドラキーと交代で番をしながら眠るんだな。 じゃあ私はもういくよ…」 「あ、あど、ども…」 松明の明かりが遠くへ離れ、辺りは再び暗闇に包まれました。 「ふぅ」 一息ついてリュックを自分の下へ引き寄せます。 口紐が緩んで中が見えていました。 「開けっ放しだったかな…?」 構わず手を突っ込みオイルを探しますが、どうも中身が少し減っているように感じました。 「あ、あれ…」 ありませんでした。 束になった薬草全部と、保存食の半分が無くなっていたのです。 ヨウイチは混乱しましたがやがて気づきました。 「あの男だ…! あいつが盗んだんだ……」 声をかけてきた今の男は盗賊だったのです。 恐らく、盗賊は全部盗もうとしたのでしょう。 ですがヨウイチのあまりの無防備さに同情し半分だけを盗み、助言を与えていったのです。 オイルを取り出し火に照らされながら、ヨウイチはそのまま眠れずに初日の夜を過ごすのでした。 十四、 初めてのたたかい あくる日、ヨウイチは寝不足でドラオはすっきりした顔で歩き始めました。 「仕方ないだろ… 俺だって気が回らなかったんだから」 「キーッ!キーッ!」 「わかったわかった。 これから気をつけるからもう言うなよ…」 昨晩のことをドラオと話しながら歩いていきます。 一時間ほど進むと、前触れもなく森がなくなりひろいひろい広野が現れました。 「おぉー!」 遠くには山があり林があり岩がありおおきな空があり、遠くにはまた森も見えます。 その地には人が踏み均した道が続き、まるでこの旅を最後まで導いてくれるかのようでした。 ヨウイチは自分で歩き見つけたその地がとても気に入ってしまいました。 ドラオも高く低く飛び回り喜んでいるようです。 「やったなぁ! 同じ道ばっかりで森から出られなんじゃないかって不安だったんだよ!」 「キッ!」 「いいなぁこういうの。 なんか、あこがれだなぁ」 二人は感動しながらゆっくり歩きます。 ところがいいことばかりではありません。 途中すれちがった旅人が教えてくれたのです。 「ここから先はモンスターが多いから気をつけなさい」 棒切れを強く握り締め、今になってぐぅぐぅなる腹に保存食を与えながら進んでいきます。 そのうち、小高い丘を越えた辺りでなにかが動く気配を感じ、それはまさにモンスターでした。 「おいドラオ!」 「キ…」 「いいかビビるな! 俺が戦うから、声で俺を助けろよ!」 「キキ…!」 ドラオは逃げ出さずヨウイチの話を聞き従ってくれるようです。 ヨウイチはといいますとリュックをおろし、棒切れを両手で握ってモンスターへと近づきます。 「ん、あれはスライムってやつだな… ああ、二匹もいる…」 ダンの教えを思い出します。 じりじりと近づくうちにスライムも二人をみつけ、ぷよぷよ近づいてきます。 「くるならこい! 前の俺とは違うんだ!」 スライムは表情一つ変えません。 そうこうしているうちにお互いの距離まで近づきました。 「こ、こっちからやってやる!」 「キー!」 ヨウイチは思いきって一匹のスライムに棒切れを叩き付けました。 すると、たったそれだけで、スライムはぺちゃんこになって動かなくなってしまいました。 あっけない事に動揺しているともう一匹のスライムがジャンプしてヨウイチに噛み付こうとしてきます。 「キッ!」 「っ! いててっ!」 ドラオの声に反応してよけたつもりでしたが、意外に鋭い歯が腕に切り傷を作ります。 痛みを我慢して棒切れを握り直し、さっきと同じようにスライムを叩きます。 今度もやっぱりぺちゃんこになって動きません。 始めての戦いに勝ったのです。 わぁわぁと二人で大喜びし、スライムの死骸を見てみます。 気持ちの悪い光景でしたが勝利の気持ちのほうが大きくて、そんな事はなんともありませんでした。 十五、シエーナ 幾つもの林を抜け森を抜け数日、二人はようやくシエーナへとたどり着きました。 その数日の間、戦いは何度もありました。 薬草のないヨウイチは傷を増やし、時には逃げながらなんとか生き延びました。 ドラオは、そんなヨウイチを一生懸命に助けながら生き延びました。 ドラキーとも出会い、戦いました。 同じ姿のドラオが心配でしたが、本人はどうやら人間側なんだと割り切っているらしく、なんともない涼しい顔のままです。 逆にヨウイチは、ドラキーが飛んだまま攻撃してくるものですからとても苦労して勝利しました。 もしダンに出会わず旅をしていたら、二人とも無事ではなかっただろうと口には出しませんが思っていました。 シエーナはバザーが催されていてとても賑やかです。 たくさんの出店が並び、人々が行き交いヨウイチもドラオもときめきます。 「ドラオ… 俺たち二人だけでここまでこられたな」 「キィ」 「なんとか最初の目的を果たせたぞ。 つっ… まずは傷を治すという薬草を探すか」 薬草はすぐに見つかりました。 バザーに出店されている店で薬草一つ80ゴールドです。 ヨウイチには物価がわからないので安いのか高いのかわかりません。 変な話し方の店主でしたが傷が痛むので二つ買い、その場で考えます。 「で… どうすればいいんだ?」 ドラオは知らないようです。 仕方がないので変な喋り方の店主に聞くと、葉を食べればいいという事でした。 「苦そうだな… 怪しいな… 仕方がないっ!」 ヨウイチは勇気を出して葉を丸めて口へ放り込み、数回噛んでから飲み込みます。 すると、痛みがあっという間に消え傷はふさがりすっかり元通りになってしまいました。 「おおおぉぉぉぉ…… こ、これはすごい……」 驚き、葉をしげしげと見つめますが変わった様子はなく、ただの葉っぱです。 味は渋いお茶に近く、お茶好きなヨウイチはますます気に入ります。 盗まれた薬草の事を考えると腹が立ちましたが、授業料だと思いあきらめました。 「さー、ドラ… あれ?」 さっきまでそばで浮いていたドラオの姿がありません。 うろうろ探してみると、ドラオは女の人のそばで羽ばたいていました。 「キ~!」 何か見つけたような声を出しながら、女の人の顔の前でふわふわしています。 「こらドラオ! 知らない人を驚かしちゃあダメじゃないか! ゴメンな。勝手に飛び回るものだから……」 女の人は気にしないといった風に言います。 「いや大丈夫だ。この動物は……?」 「ドラキーを知らないのか?」 「私の世界にはいなかったからな」 まさかと思いました。 自分と同じ世界の人かと考えましたが、ヨウイチはこの世界をまだ良く知りません。 もしかすると別の意味かもしれないと考え直します。 詳しく聞きたい気持ちは強いのですが、変な噂になるのは嫌でした。 「あぁなるほど…… あ、こらドラオ! やめろっ」 ドラオが、ヨウイチの肩に乗ろうと一生懸命にしています。 羽が顔に当たってちょっと痛いのです。 「よく懐いているな」 「ドラオは人を怖がらないからな。 触ってみるか?」 落ち着かないドラオをつかまえ差し出し、女の人がドラオを触ろうとします。 ところが、さっきまで頭の上を飛んだりしていたのに、ドラオは逃げるように何処かへいってしまいました。 まるで触られるのを嫌ったようです。 「……何て言うか、その……」 ヨウイチはきまずくなって、けれど言葉が出ません。 ドラオは人懐こいはずなのに、どうして逃げてしまったのかわからなかったのです。 「羨ましいな。 どうやって仲良くなったんだ?」 「え? いや、普通に友達になったんだけど」 「むぅ…不公平だ! 私とも友達になってくれ!」 「俺に言われてもな……」 虚しそうに空を見上げる女の人には気の毒でしたがドラオを探さないといけません。 ヨウイチはこっそり素早く、ドラオの飛んでいったほうへ歩くのでした。 十六、 ドラオのたから ドラオは出店ではないよろず屋にいました。 この世界の人たちは悪意のあるモンスターとそうでないモンスターの区別が付くようです。 童話のお姫様が頭に載せる、そんなような冠を店主と一緒にとぼけた顔で自分とあわせています。 「お客さん似合いますよ!」 「キィ?」 ヨウイチはあきれながらドラオと店主のやりとりを見ていました。 「キィ」 「おや、お気に召しませんでしたか? それでは… これはどうです?」 「キィキィ!」 緑色のガラス玉がぶらさがった小さなちいさな首飾りを店主につけてもらい、ドラオは満足したようです。 「どうです、お気に召したようですね」 「…キィ」 「ええと… お買い上げですか?」 「キィキィ、キィ」 「えー… お買い上げですね! 80ゴールドになります!」 あわててヨウイチは二人に割って入ります。 「ちょ、ちょっと待った!」 「ああ、お客さん申し訳ない。 このネックレスはこの方が」 「い、いえ… 友達で。 ドラオ!」 声が聞こえないように小声で話します。 「お前わかってるのか。 お金はそんなにないんだよ」 「キ!」 「いいか。 俺だってアレコレ買い物したいんだ。 でも我慢してるんだぞ? なのにお前─」 「キィー……?」 「う、おい。 や、やめろよ、そんな目で見るんじゃない…」 「キー」 「く…… わかった、買ってやるからもうその目はやめろ…」 「キッ!」 ヨウイチの言葉にドラオがぱたぱた飛び回ります。 「いつもはなんにも考えてないような目のくせになんという… すみません、80ゴールドでしたよね。 これで…」 「ありがとうございます、よくお似合いですよ!」 お金を支払い店を出ると、ドラオはネックレスをまるで大勢にみせつけるかのように胸を張って飛んでいます。 「はぁ… こんな事はこれでもう最後だぞ? さて、宿屋を探して今日はもう休もう。 ちょうど陽も傾いてきたし」 バザーの雰囲気だけを楽しみながら宿屋を探します。 たくさんの人が楽しそうに出店をまわり、その雰囲気は二人の疲れを軽くしてくれました。 十七、 うわさ 日が変わり昼、二人は買い物や用事を済ませシエーナの門にいます。 ヨウイチは買い物がてら町の人に話を聞いて回っていました。 石版の話をダンから知って以来、噂ではなく本当なんじゃないかとずっと考えていたのです。 ここシエーナでも聞いて回り、商人から貴重な話を聞くことが出来ました。 「ここだけの話、マウントスノーに石版を持っている金持ちがいるらしいぜ。 その石版をどこかの神殿に捧げると、願いがなんでも叶うそうだ」 話を聞いて、ヨウイチは石版を持つ人に会おうと決めました。 神殿についてはそれ以上の話は知らないらしく聞くことが出来ません。 まだ嘘か真かわかりませんが、今のヨウイチには元の世界へ戻るための唯一の手がかりになります。 「次はマウントスノーだ。 遠いらしいから覚悟しろよ」 「キキーキ?」 「いや。 途中に立ち寄れる町はないそうだよ。 かなり北にあるらしいから寒いって話だ」 「キィ…」 「そんなに気を落とすなよ。 ほら、こんなに食料だって薬草だって買い込んだ。 水は樹木から採れるって聞いたし大丈夫だろ。 毛布だって買ったんだぞ」 「キッキッ」 「ベッド? そんなの我慢しろよ。 それよりもう一つ、いい事きいたんだ」 石版の話のほかに別のうわさも聞いていたのです。 食料を売っていた商人が教えてくれました。 「うわさ? そうですねぇ… 噂じゃないんですが商人仲間の話でしてね。 ここから北に進んだ森の中で不思議な町を見たって言うんですよ。 あの森には町なんてないんですけどね。 だいたい、あの男はいつもホラふ…─」 ヨウイチは噂や不思議な物事が好きでした。 商人の話を全部聞かないうちにドラオをつかまえ、出入り口までやってきたのです。 ドラオは興味がないので反対しましたが、ヨウイチの強引な押しに負けました。 「さー出発だ!」 「キィ…」 広い大地を目の前にして、能天気なヨウイチと不満なドラオは北へ向けてシエーナを発ちました。 十八、 まほう シエーナで買ったものは食糧や薬草、毛布だけではありません。 装備も買っていました。 「これは銅の剣っていうんだ。 かっこいいよな」 「キィー?」 「い、いや。 初めてなんだよ、本物は…」 銅の剣はずっしり重く、形は剣ですがまるで金属の塊でした。 初めての本物は不安ですが、自分がとても強くなった気にさせてくれます。 「キキキ?」 「防具は… もう金がなくて買えなかった」 「キィー……」 「ちがうよ。 ネックレスじゃなくてあのいんちきな薬草のせいだよ。 あれがなければ革の鎧っていう、ごついのが買えたんだけど」 「キッキキ」 「これ? これは旅人の服っていうんだ。 冒険者見習いの証らしいよ。 防具屋の人が最初はそれでいいって言ってた」 振り返るとシエーナははるか彼方、前のほうにはうっそうとした森が見えます。 嘘じゃないとしたらどうして騒ぎにならないのだろう。 遠いといっても見えるのに。 それでもヨウイチは自分の好奇心を抑え切れません。 もしかするとこの森の中で、元の世界へ戻れるかもしれないと思ったからでした。 路を外れ森へ足を踏み入れます。 ほとんど人が通ったことのないような、そんな雰囲気にヨウイチは心がわくわくします。 ドラオは体にまとわりつくツタや葉にとまどいながら、ヨウイチにピッタリくっつきました。 「隠された町なのかな。 森の広さで見るとかなり狭そうだ… ん!」 がさがさと音を立て、目の前にくらげのようなモンスターが現れました。 ホイミスライムです。 スコップを持ついたずらもぐらも、のそのそ後から出てきました。 「初めて見るモンスターだな。 剣の練習するんだったらスライムがよかったけど…」 いたずらもぐらがスコップをふいふいと振り臨戦態勢になります。 ホイミスライムは笑顔でじっとしていますが、それが逆に不気味でした。 ヨウイチは覚悟を決め、まずいたずらもぐらを倒すことに決めました。 「おらー!」 重たい剣をぶんと振り、いたずらもぐらをかすります。 腕にニブい感触が伝わり、どうやら小さな傷を負わせたようです。 それを見たホイミスライムが突然、たくさんの足をいたずらもぐらにくねくねとしました。 ヨウイチは驚きます。 傷がふさがり血は止まり、いたずらもぐらが元気を取り戻してしまったのです。 「ななな…!?」 今度はスコップが、動揺するヨウイチをかすりました。 ドラオはどうしていいかわからずにそこらを飛び回りおろおろしています。 「なんだったんだ??」 「キキッ?」 考えてみても、いたずらもぐらの傷を治したのは薬草ではありません。 意味がわかりませんでしたが必死に剣を振るいスコップを払い、それを繰り返します。 何度かカチンカキンとしているうちにもう一度いたずらもぐらに当てることができました。 今度はかなり深い傷で、もぐらは動きが鈍くなっています。 よくわからない事をさせないように止めを刺そうと剣を大きく持ち上げたとき、 ささっとホイミスライムがくねくねしていたずらもぐらの傷を治してしまいました。 「また…!!」 いたずらもぐらはひょいと体を翻し、剣の落ちる場所から離れます。 そのままスコップで足を乱暴に叩き、ヨウイチはその一撃で膝をついてしまいました。 「あつっ!」 「キキキー!」 ドラオが道具袋から薬草をちぎって取り出し、ヨウイチの口へ押し込みます。 飲み込むと痛みは治り、こんな状況なのにドラオの器用さに感心してしまいました。 「す、すまん。 いま思い出したけど、あれは魔法ってやつなのかもしれない」 「キィ?」 「…聞いてくれ。 いいか……」 「キ?!」 余裕な表情を浮かべじりじりとモンスター達が近づいてきます。 「魔法の事は後で教える! 生きてたら!」 「キィィィ~~~!?」 ヨウイチの耳打ちに戸惑うドラオでしたが、ヨウイチは構わずいたずらもぐらを攻め立てます。 ホイミスライムは時々ふらふら動くのですが、勝利を確信しているのでしょう、攻撃はしてきません。 その証拠にスコップのほうが生身を切り裂く音をたてるのです。 「いてぇぇ!! ちくしょうぅぅ!!」 もうボロボロで痛くて、剣も鈍くなっていましたが懸命に攻撃し続けます。 気迫に押されてしまったのでしょうか、いたずらもぐらが少し後ずさりした所に大きな一撃を与えます。 「よしっ! はぁはぁ!」 かなり堪えたのでしょう。 もぐらはクラクラして目の焦点があっていません。 とどめのために剣を振り上げます。 瞬間、ホイミスライムがくねくねしようと細い足を一本持ち上げました。 「キ、キキキー!!!」 大きなドラオの声が響き、ホイミスライムはくねくねしますがいたずらもぐらの傷は治りません。 ドラオの羽がホイミスライムの口を完全に塞いでいたのです。 「もう治してもらえないな」 力いっぱい剣を振り下ろし、いたずらもぐらにごすんと強烈な一撃があたります。 血は流しませんでしたがぐたりとその場に倒れこみ、いたずらもぐらが動くことはありませんでした。 「よっしゃ! ドラオよくやった!」 「キー!」 ヨウイチの声でドラオはホイミスライムから離れます。 「ふぅ。 さーお前、まだ戦うのか」 薬草を飲み込みながらホイミスライムを威嚇してみます。 無言のホイミスライムでしたが少しの沈黙のあと、静かにこの場を離れていきました。 十九、 眠りのまち 戦いを終えた二人は少し休むことにしました。 「ダンに聞いた話の受け売りだけど、魔法っていうのはな。 魔力を持つ人やモンスターが、その魔力を使って特別な力で攻撃したり癒したりするものらしい」 「キィ、キー?」 「うーん、魔力は… ごめん、俺もそこまでは覚えてないんだ。 で、さっきくらげみたいなやつが使っていた魔法はホイミっていって、傷を治す魔法だそうだ。 魔法を使うには魔法の名前を口に出さなきゃいけなくて、お前に塞いでもらった。 だからホイミは使えなかったってわけだ」 「キキー! キキィキキッキー」 「え。 なんだ、お前知ってたのかやつらの名前! えー、もぐらがいたずらもぐらで、くらげがホイミスライムか… 変な名前だ。 てか、ホイミスライムはそのまんまじゃないか」 「キ」 「よく知ってたな。 モンスターだからか?」 「キキッ。 キィ~」 「知らないけど知ってた……? よくわからないけどお前はやっぱりモンスターだよ」 長く人間と暮らしていたものですから、そういった部分が潜んでしまっていたのでしょう。 何度かのモンスターとの遭遇で意識の深い部分がきっと目を覚ましたのです。 「けど、突然おれを襲ったりしないでくれよ。 ははは」 「キ… キ!」 ドラオは笑わず、だけど強い返事を返しました。 休憩を終わらせ、二人は森の探索を続けます。 森は、感じた以上にスカスカでした。 ヨウイチはここでよやく不安を覚えます。 「ほんとにあるのか…」 狭いとはいえある程度の広さを持った森です。 何度かの戦いを経て、周りはすっかり暗くなってしまいました。 「これ以上は… 松明を持ってても危険だ。 しょうがないから今日はここで寝よう」 「キ!? キィキィィ」 「仕方ないだろ。 どこから出られるかわからないんだ。 下手に動くとまたモンスターに襲われるし」 「キィ…」 野宿の準備を済ませ、保存食を食べます。 クレージュの保存食と違って少し甘い感じがします。 町によって味付けが違うのでしょう。 「さて… 今日はお前から寝ていいよ」 「キー」 ドラオが横になり、ヨウイチは銅の剣を抱え座り炎を見つめます。 「結局、町はなかった… うそだったんだろうな、期待してたのに…」 少し、気が抜けてしまいます。 と同時にとても眠たくなって、ヨウイチはそのまま目を閉じてしまいました。 「うぅむ… あ!」 大きな声を出してヨウイチは飛び起きます。 ハッと周りを見渡すと見たこともない景色です。 いえ、景色というよりはどこかの町にいたのです。 「え、え、え??」 「キィ… キッ!?」 隣で寝ていたドラオも驚き飛び起きます。 「な、なぁ。 俺たちシエーナの北で眠っていたはず… いや俺は見張って… あぁ、急に眠くなって寝てしまったんだ…」 「キー?」 「ああ。 これが商人の言ってた町… なんだろうな!」 驚きはしましたが、ヨウイチは嬉しくて仕方ありませんでした。 こんな不思議な世界でこんなに不思議な体験が出来たのです。 それに商人の話が本当だったということは、石版や神殿の話だって本当かもしれません。 気持ちは高ぶり、大きな期待を抱くのでした。 二十、 夢のまち 「おぉぉ… これはすごい事になったぞ」 二人の寝ていた場所はずいぶん町のはずれで、誰かに見られたりはしていませんでした。 さっそく、この不思議な町を歩いて回ることにします。 「それにしたっていつの間に町へ入ったんだろうな」 「キィ」 「んー… あ! もしかすると眠ったからかもしれない! だって考えてみろよ、俺たちは目が覚めたじゃないか」 「キキ!」 「たぶん、そうだ。 なるほど、あの森で眠らないと入れない町なのか。 だからシエーナの人にもわからない。 さしずめ夢の町ってところか…」 「キィキー」 「そうかもな。 俺たちはまだ寝てるか、夢の中で起きてるかのどっちかなんだろ。 ん、いや… 夢の中で起きてるっていっても、起きてないことになる、寝てる……?」 「キィ!」 「あ、ああ、ごめん。 行こうか」 一通り町を見て回りましたが、クレージュやシエーナとあんまり変わったところは見られません。 ちょっとがっかりしたヨウイチは、町の人に話を聞いてみることにしました。 内容はもちろん石版と神殿の話です。 こんな不思議な町なら知っている人がいてもおかしくないと思ったのです。 「こんにちは」 「こんにちは。 ん、君は見ない顔だね。 旅人かい?」 「えーと、ついさっきこの町にきたばっかりなんだ」 「そうかい。 クリアベールへようこそ。 それで、僕に何か聞きたいことでも?」 「願いをかなえてくれる石版や、不思議な神殿の話を聞いたことないかなと思って」 「うーん。 すまないね、聞いたことないよ」 「…ありがとう」 まだ一人目です。 簡単にたくさんの話を聞けるとは思っていませんが、町の名前を知ることが出来ました。 「クリアベール… きれいな名前だな。 今度はそこの道具屋に入って聞いてみよう」 「キー」 道具屋にはいると体格のよい店主がにこやかに話しかけてきました。 「いらっしゃい! うちでそろわないものはないよ!」 「あ、はぁ… それで聞きたいんだけ─」 「はい、はい! こちらなどどうでしょう?」 ヨウイチが話を聞こうとしているのに、なぜか店主は品物を勧めてきます。 「ちがうんだ。 薬草じゃなくて─」 「いやですねぇ、お客さん! これは薬草じゃなくて"ど・く・け・し・そ・う!" 冗談なんか言って、もしかしてお気に召さなかった?! ならこれはどうです?」 「いや─」 「これ、すごいでしょう… ほら! 急所にさすと一撃でモンスターを葬れる毒の針! ほらっほらっ ね?!」 今まで見たことのないテンションで、ヨウイチとドラオは断れません。 そのまま愛想笑いをしながら最後のせいすいを出されたところでやっと、言いました。 「ちょっとまってくれ。 俺たちは買い物しにきたんじゃない。 話をしたいんだ」 「え?! え… な、なんだそうですか… それならそうと早くいってもらわなくちゃ…」 「す、すまない… ええと、石版とか不思議な神殿とかの話を聞いたことないかな?」 買い物に来たのではないとわかったとたん、店主はすっかり元気を無くしてしまいました。 「はぁ… まるっきり聞いたこともございませんよ…」 「そうか… もう一つ聞いても?」 「…なんでしょう?」 「あんた、なんでそんなに必死にしつこく売ってくるんだ」 「それは… うちのカミさんが… 売れなきゃ怖いから…」 「……そうか」 しばらくして、道具屋を出ました。 「キィ」 「仕方ないだろう。 …お前にはわからないだろうが、仕方ないんだよ」 道具袋には新しい道具のせいすいが一つ、追加されていました。 「はぁ。 なんか落ち込んだ。 嫁はいないけど… なんか、わかるんだよなぁ」 「キーキィキィ」 「それもそうだな。 よし、気を取り直して別の人に話をききにきくか!」 二人は噴水を眺めながらゆっくり歩きました。 階段を昇り、何の気なしに見回すと、なにやら犬と三人が会話しています。 ヨウイチは不思議に思い近づきました。 聞き耳を立てるとやっぱりどうも犬と会話しています。 さらによく観察してみると、三人のうち一人の男が犬と会話しそれを男女へ伝えていました。 犬の言葉がわかる人間がいることにびっくりしましたが、ヨウイチは良く考えます。 もしかすると犬ならば、石版や不思議な神殿をしっているかもしれない。 伝えられた犬の言葉をふむふむと聞く男女を見て、ヨウイチはあの犬が特別なんじゃないかと思えてきました。 これは石版も神殿も必ず知っているに違いないぞ。 ぜひ、話さないといけない。 しばらく待って、男女が去ったのを確認して犬と男に話しかけます。 「なあ、あんた。 犬と話ができるのか?」 「ええ、出来ますよ」 犬は、興味がありそうでないようなそんな目です。 何か言いたそうなドラオの口を塞ぎ、期待を抑えながら聞きました。 「面白そうだな。 ちょっとやってみてくれよ。 名前はなんて?」 「ゲレゲレじゃないだろうか。 と言っています」 「何で自信なさげなんだ? まあいいや。 ゲレゲレは石版について何か知らないか?」 「ゲレゲレにはいない嫁探しならするそうです」 「え、嫁探しだって? 石版は知らないのか…」 石版を知らないというゲレゲレにヨウイチはちょっとガッカリしましたが質問を続けます。 「じゃあ、不思議な神殿の話を聞いたことは?」 「死んでも知らない。 行けないと言っています」 「ん… よくわからない答えだけど…」 神殿はしっているが危険なので教えたくない、そうヨウイチは解釈します。 「神殿についてもっと詳しく聞いてくれないか」 男が今度は長めに犬と会話します。 「いきたいなら戻らなければならない、と言っています」 「え。 どういう事なんだ……」 ヨウイチは一生懸命に聞いた話を理解してみます。 『神殿はとても危険だ。 だから教えられないが、どうしても行きたいのならここにいてはいけない。 戻らなければならない』 ヨウイチの中で答えはまとまりました。 「なるほど… よくわかったよ、ありがとう」 ゲレゲレと男に礼を言い、二人は目覚めた町のはずれへとやってきました。 背中の荷物を降ろし、ヨウイチはやっと塞いでいたドラオの口を開放します。 「…! キー!!」 「い、いやぁ。 すまん、だってお前ゲレゲレに飛びかかろうと…」 「キキキキ!」 「不思議な感じ? そりゃあそうだろう。 なんたってゲレゲレは教えてくれたんだ、神殿の存在を!」 興奮してちょっと大きな声で言いました。 神殿があるのなら、石版の噂だって本当に違いないからです。 なんでも叶える、その石版の噂です。 「まぁそう怒るな。 でかい収穫があったんだから。 とにかく、希望がわいてきた。 さぁ、戻ってマウントスノーだ!」 その場で座り込みじっとします。 ですが、一向に森へ戻ることが出来ません。 「…どうやって戻るんだ?」 「キィ… キキ!」 「あ! そうか、寝るんだ。 起きればきっと戻ってるよな」 すぐさま二人は寝転びます。 が、陽がじりじり照り付けてまぶしくて眠ることが出来ません。 「無理だな」 その一言になぜかドラオがおかしそうに羽をぱたつかせ、つられてヨウイチも笑ってしまいます。 ひとしきり笑って空を見上げていると、二人はいつの間にか眠ってしまうのでした。 二十一、 私の世界 まぶたを開けると元の森の中でした。 火は消え、陽は昇りすっかり朝です。 「ふぁぁ…… っと。 二人で寝ちゃったのか」 「キ… キィ…」 はっと気が付き荷物を調べます。 荷物はどうやら無事なようでとりあえず安心しました。 「魔物にも泥棒にも襲われなくてよかったよな。 完全に無防備だったし」 「キ?」 「大丈夫だ。 さー、いくか!」 「キィ!」 二人は立ち上がり焚き火へ土をかぶせ、森の出口を探し始めます。 しばらく森を迷い、もう出られないのではと思ったところでようやく外の景色を見つけました。 そこを抜けると目の前には路が横断し、その路へ乗り北へと向かう事にします。 「どれくらい遠いんだろうな?」 「キー」 「うーん、そうだよな。 お前はほとんど町から出たことなかったんだっけ」 「キィキィ」 「はは。 そうだな、歩いてればいつかはたどり着くか」 均された土を踏み、とにかく進むことにします。 しばらく歩いてヨウイチが思い出したようにドラオに話しかけます。 「ああ、そういえばシエーナ、だっけ。 あの町で会った女の人覚えてるか?」 「キィ、キキ」 「そうだった。 お前が最初に話かけ… ちょっかいだしたんだもんな」 「キ!」 「怒るなよ、ほんとだろ? でさ、ゲレゲレもだけどあの人もなんか周りの人たちとは違ったよな。 なんていうか、こう…」 「キ? キィ… キーッ!」 「な、馬鹿なこというな! 鼻の下のばしてなんかないし別にそんなやましいことなんか…!」 「キ~キ~~」 「ぬ… おまえ、ちょっと止まれ、いいから」 「キー!」 「あ! おい逃げるな!」 からかいながらドラオがすいすい空中を泳ぎ、ヨウイチは合わせて飛び跳ねながら追いかけます。 三分くらいそうやって遊んで、ふとヨウイチがいいました。 「もっと話を聞いておくべきだったかも、しれない。 あの時は違うかもって思ったけど… "私の世界"ってどういう事なのか、もしかして俺と同じなのか…… もう一度、どこかで会えたらその時はちゃんと聞こう。 …俺は、一人じゃないのかって」 ドラオがいてくれるから今はなんともありませんでした。 ですが夜になり一人でおきているとどうしても考えてしまうのです。 これが元の世界で一人だったなら、きっといまよりぜんぜん平気でした。 「そういえば名前も聞かなかった」 顔を上げ周りを見渡します。 遠くには薄色の山がそびえ、路はまっすぐに東西南北、それぞれ運んでくれようとしていました。 二十二、 凍えるやま 何度もモンスターと戦い、商人や旅人と挨拶を交わしながら順調に進んできました。 何日、何十日かかったかわかりません。 二人は疲れていましたが、目の前の景色にそれはそれは感動していました。 「この山にマウントスノーの町があるらしい」 目の前はいちめん真っ白な山とふもとに広がる森に覆われています。 話に聞いていたマウントスノーがある山にたどり着いたのです。 「キィ」 「うん。 すごいな、山や周りの大地だけに雪が積もってる」 「キキー」 「そうだと思う、絶対さむい。 けどお金ないし、節約で町に寄ったりしなかったからな。 お前はどうかわからないけど、俺はこんな薄っぺらな服で…」 途中いくつかの町を横目に見ましたが節約のためだと立ち寄ったりはしませんでした。 「けど大丈夫だろ、たぶん。 山頂に登るわけじゃないんだし、ふもとからそんなに遠くないって聞いたし。 それに近くまできてるのにそんなに寒くないだろ? けっこう平気でいけるんじゃないかな、たぶん」 不安はいっぱいありましたが、それでも進まなければなりませんから二人は森へと入ります。 森の中はしっかり路が作られ、それにそんなに寒くもありません。 もしかしたら平気なんじゃないかと二人は顔を見合わせ、どんどん進んでいきました。 「さ、さむい……」 「……」 ヨウイチは自分の甘さを後悔していました。 森を抜け雪の積もる山を登り始めた最初はよかったのです。 足をとられ汗をかき、暑いとさえ感じていました。 ですが体が慣れてくるとそれはもう寒くてたまりません。 毛布で体を包みますが多少マシなだけでした。 ドラオはというと、寒さで凍ってしまったかのように口をつぐみ道具袋の中へ身を隠しています。 歩みは極端に遅くなり、きつくなる山の斜面はなかなか思うように進ませてはくれません。 「おい。 す、少しはしゃべって体を温めたほうがいいぞ…」 「……」 「…ったく。 しょうがないやつだな…」 風もびゅうびゅう吹き、細かい雪の粉が舞い、視界を遮ります。 時々やってくる強風に体が押され倒れそうになりますがなんとか堪えます。 そしてドラオには言いませんでしたが、この時点で方向を見失っていました。 雪に覆われどこに路があるのかぜんぜんわからなかったのです。 後ろを見てもどこを見渡しても飛び回る粉雪に隠されてしまいます。 「はぁ… 俺はなんで… こんなことしてるんだろ…」 山に入って丸二日、ほとんど食べず眠らずで進んできましたが一向に町は見えません。 夜だって早く町へ到着するために這いながら進んだのです。 ですがあまりの寒さと疲労で頭はもうろうと、あんまりよく考えられなくなってしまいます。 もう、いいじゃないか。 ここまで頑張ったんだ。 ここで眠って目が覚めれば、きっと元の世界だ。 これは夢だ、夢に違いないんだ。 甘い考えが頭をよぎり、ですがどうしても振り払うことが出来ず、やがてヨウイチはその場にうずくまってしまいます。 「ラーメン… 喰いたいなぁ…… あ? あの灯りは、屋台かな。 おおーい、客が、ここにいる、ぞぉ…………!!」 ハッと体に力が入り勢い良く立ち上がり、その灯りへ向け雪をもぐり進み始めます。 そうしてとうとう、どうやら人気のある場所へとたどりついたのです。 さっきまでの疲れや眠気がまるでなくなって、もう頭の中はラーメンでいっぱいでした。 「あっはっ!!」 感覚で一時間くらい、実際は十五分です。 思わず笑ってしまいました。 「町だぞ! おいドラオ!! ついたんだよマウントスノーに違いない!!」 道具袋がもぞもぞしてドラオが顔を覗かせます。 町は、すっかり雪に埋もれていましたが窓から漏れる明かりはとても暖かく感じました。 二十三、 マウントスノー 「どうだ、体調は」 年老いた男の声で意識がはっきりしてきます。 体を動かしてみると、ふかふかのベッドに寝かされているのがわかりました。 「ここは… 屋台は…?」 「なんの事だ? 私はブルジオといい、ここはマウントスノーで私の家だ。 君は五日のあいだ眠っていたのだよ」 「あ、俺はヨウイチです。 確か、町に到着したのは覚えてるけど…」 「町の入り口で倒れていたのだ。 あの吹雪だったろう。 私は町長として外の様子が心配になり数人と見回りをし、騒ぐドラキーを見つけた」 「気を失ったんだ… あ、助けてくれてありがとうございます。 なんていったらいいか… 本当に感謝します」 「礼には及ばん。 いつもの事で慣れているしな。 今はすっかりいい天気で、雪もほとんど溶けてなくなった」 ホッとし、ベッドから起き上がってドラオを探しますが見当たりません。 「ドラキー、どこにいますか?」 「さっき広間で─」 「キィーーッ!」 バタバタ飛びながらドラオがヨウイチの顔にしがみついてきました。 羽が当たって痛いのですが、無事で安心します。 「見ての通り元気だし食欲もある。 君をずっと心配していたよ」 部屋はきらきらした飾りがたくさんあり、暖炉まであります。 床には複雑な刺繍を施した絨毯が敷かれ裕福な家であると教えてくれています。 「しかし、ずいぶんと軽い格好で来たようだな。 それにこの時期のあの三日間だけは山が吹雪いてしまうから、誰も外へは出ないというのに。 下の町で聞かなかったかね? 毎年、君のように迷い運ばれてくる者がいる」 「町へは寄らなかったもので… すみません、そういう時期があるとは…」 「準備も無しに山を登るとは。 まぁ時期でなければ過ごしやすい気候だから、運がなかったな。 ここマウントスノーは他とは違い特別なのだ」 なんだか恥ずかしくて、ヨウイチは自分の姿を見返します。 ですが旅人の服ではなくて、まるで着た事のない厚手の服に着替えさせられていました。 「元の服はすまないが処分させてもらった。 もう防具としては機能しないほどにボロボロだったのでな」 「し、しょぶん?! それは困る! 俺はまだ旅をしなきゃならないんだから!」 「ふむ。 なぜ旅をしている? ここマウントスノーに来た理由はなんだね?」 自分の装備を捨てられびっくりしましたが、ブルジオの冷静な質問に落ち着きます。 「…目的は、まぁいろいろあって。 マウントスノーにきたのは不思議な石版をみてみたいと、思ったからです」 「ほう… 石版を知っているのか。 見てどうするんだね?」 「それは─」 言われて気づきました。 見るだけでは駄目なのです。 石版を手にし、それを神殿へと持っていかなければ意味がないのです。 ヨウイチは考えを改めることにします。 「……正直に言えばその石版を譲ってもらいにきました」 「ふむ。 石版を持っているのは私だ。 …欲しいのなら一つ、条件を出そう」 「条件? なんです?」 「武器を持っているということは、君は戦いを知っているわけだ。 そこで頼みがある。 町の北にある洞窟に、スライムナイトというモンスターが住み着いたのだ。 普段なら町の中まで入ってくるモンスターなどおらないのだが… あろうことか町へ忍び込みいたずらするようになった。 町の設備を壊したり畑を荒らしたり店の品物を盗んだり貢物を要求したりと、だんだん手におえなくなったのだ」 「え。 まさかそのスライムナイトを退治してくれと?」 「そうだ。 これまで町に訪れる商人や旅人に依頼してきたが、失敗している」 ブルジオがごそごそ数枚の紙を取り出します。 ドラオがなぜか目を輝かせているのがわかりました。 「これはすごろく券といい、信用できる商人から仕入れたものだ。 私は行ったことはないがなんでも広大なすごろく場で遊べるものらしい。 これをスライムナイトに渡してきて欲しいのだ」 すごろく券を手渡されますが、ヨウイチはどうにも納得できません。 モンスターがすごろくをするなんて考えられないからです。 「あの… 俺はそのモンスターを知らないんですが、こんな紙切れで大丈夫なんでしょうか」 「いや、大丈夫だ。 様子を見に行ったときスライムナイトが"どうしてもすごろく場で遊びたい"と話しているのを聞いたからな」 「…そうですか。 けど、そんな簡単な事でどうして失敗を?」 「それは… すごろく券と一緒に誰もが約束を果たさず逃げてしまうんだ。 すごろく場はよっぽど魅力的なのだろう… 私は旅の者と出会うたびに頼んでおる。 もちろん、君は特別に信用している」 「はぁ… で、この券を渡せばモンスターもすごろく場へ行ってくれると。 でも、券がなくなれば戻ってくると思うんだけど」 「戻るだろう。 が、それまでに対策を考える。 その時間稼ぎのために、一時でもいいから洞窟をからっぽにしたいのだよ」 なるほど、と考えましたがやっぱり納得できないところもありました。 「でも、渡すだけならそれこそブルジオさんだって出来る事だし」 「いいや。 もし券を渡して襲い掛かってきたら、我々は戦えない」 「あー… なるほど」 「うまくいったら石版は譲ろう。 頼んだよ、ヨウイチくん」 二十四、 名もない洞窟 あくる日。 町は初めて見たときと全く違って雪はほとんどなくなっていました。 気候も陽のおかげか少し暖かく、あの吹雪が嘘のようです。 ブルジオの家で一泊した二人はぬかるんだ土をじゃぶじゃぶ踏んで北の洞窟へ向かいました。 「キィーキ-キー!」 「え、だめだよ。 石版をもらうんだから。 革の鎧だって借りたし、持ち逃げなんて出来ない。 それよりほら! 剣と鎧、似合うだろ?」 「キィ…」 「……おまえ、そんなにすごろく場いきたいのか。 でもなんで知ってる? 町から出たことないのに。」 「キ? …キー キーィ」 「知らないけど知ってる? なんだそれ。 この世界の常識ってやつか? モンスターの本性ってやつか?」 洞窟は町からあまり離れてはいません。 話しながら歩いているうちに、丘へぽっかり口を開いた洞窟へとたどり着きました。 「ここみたいだ。 なんか薄気味悪いな」 「キキー」 「うん、暗くならないうちに帰ろう。 中は一本道で短いっていってたし、すぐさ。 それにスライムナイトっていったってスライムなんだろ。 たいしたことなさそうだ」 ランプに灯りをともし洞窟へと入ります。 溶け始めた雪や暖かい日差しのせいでしょう。 中はとても湿っていて嫌な雰囲気です。 「うわぁ。 なんかこんなとこ、ずっといるのはヤだな…」 ところが、ヨウイチの予想と違って二、三分まっすぐ進んだだけで最深部へと着いてしまいました。 「あ、あれ。 なんだもう奥か…」 「なんだおまえ!」 ドキリとして声のした暗がりを見ます。 「マウントスノーの人間か? 貢物ならさっさとよこせ」 そこにはおおきいスライムと鎧を着た人間に近い、背の低いモンスターがいました。 一匹だと思っていたのでヨウイチはあせってしまいます。 「あ、俺は… すごろく券を渡しに来たんだ」 「すっ?! すっ、すごろく券!!」 券の束を差し出すとスライムナイトは素早く奪い取りました。 束を数え、それからヨウイチとドラオをじろじろ見ます。 「間違いない本物だ。 俺は早速遊びにいきたいが、お前が邪魔だ」 「なら、俺はもういくよ」 「ちがうちがう、そういう意味じゃない」 人間みたいなモンスターがおおきいスライムにまたがり、スライムナイトが言いました。 「お前の着てるもの持ってるもの、全部いただくとする。 だから生身は邪魔だ。 全部置いて帰れ」 二十五、 ドラオ 「くそっ! やっぱりこんな事になるのかよ!」 ヨウイチは身構えます。 相手は弱そうですが二人、油断はできません。 「ほー。 歯向かって来るなんて生意気だ。 俺は強いんだぞ? いいのか? 痛い目にあうぞ?」 「ちぇっ! なんにもしないで身包みはがされるよかマシだ!」 「う、むぅ。 ん、おいドラキー。 なんで人間の味方してるんだ、さっさとこっちへこい!」 「キィーー!!」 「な、なんだ。 おまえ、堕落しきった人間にすっかり染まってしまってるな。 ようし…」 スライムに乗った戦士がなにやらドラオへ指を指しゆらゆらさせます。 ヨウイチはドラオをかばうように前へと出て剣でひゅうと威嚇しました。 「あっ! なんだ人間! じゃまをするんじゃない!」 「うるさい! とっととすごろく券を持って遊びに行け!」 「…まぁいい。 中途半端だがもうそのドラキーは俺達の仲間に戻った。 だてにスライムと一緒にいるわけじゃあないぞ!」 ハッとしてドラオへ振り返ります。 ドラオの目はとろんとしてしまい、意識がもうろうとしているみたいでした。 「お、おい! ドラ─」 ドカリと背中に重い衝撃が加わりました。 スライムナイトのスライムが体当たりしてきたのです。 その衝撃でドラオを思わず抱えこんで地面へと転がってしまいました。 「このやろう! 卑怯だぞ!」 「こっちはお前の物がぜんぶほしいんだ。 綺麗もひきょうもない!」 今度はナイトが剣をびゅうとふるいました。 ドラオをぽいと投げ、剣を構えなおしながらごろごろ転がって避け、しっかりと構えなおします。 「今度はこっちからだ!」 土をけってまるで野球のように剣をぶうんと振り、それをスライムナイトがひょいとよけます。 あんまりに思い切り振ったものですから、ヨウイチは剣に引かれてトトトと横を向いてしまいます。 「ちょろい!」 スライムナイトの剣が風を切ってヨウイチの肌を切り裂きます。 「ピー!!」 「いっつつ!!」 今度はスライムに足をかみつかれてしまいました。 ヨウイチは痛みをこらえて後ろへ下がり、姿勢を整えようとします。 切られた腕は思ったより深い溝ができ、足にはスライムの口型が残ってとても痛くてたまりません。 「きぃ」 「お?! おお、ありがとう」 ふらふらしながらドラオが薬草を手渡してくれました。 様子がおかしいので気になりますが、今はそれどころではありません。 薬草を飲み込み傷を癒し、考えます。 あいつはあまり剣はうまくないし動きも早くない。 それに都合のよいことにとても油断している。 良く見ろ。 落ち着けば必ずかてるぞ。 弱点だってあるはずだ… 深呼吸を一回、二回。 足元のちょっぴり大きめな石を片手に取りスライムナイトへ駆けていきます。 「もうあきらめて荷物を全部よこすんだな! 正直ちょっとビビってたがなんともないぜ!」 びゅうんと大振りなナイトの剣がヨウイチの胸すれすれを通り過ぎ、体勢が少しだけくずれます。 ヨウイチはこの瞬間を狙っていました。 油断しているので気にせず剣を振り回すだろうと予想したのです。 そのまま予定通り、スライムの開きっぱなしになっている口へ思いっきり石を投げ込みました。 「ビギッ!! ビーッ!!」 「な! な! スラぼうどうしたのだ?!」 スライムはとても痛がって、それはもう暴れる牛みたいになりました。 そんな状態で、上に乗っているナイトはたまりません。 「こらー! 落ち着けー!!」 どすんと、暴れるスライムからナイトがすべりおち、スライムはさっそく口に入った石をぺっぺと吐き出しています。 「ば、ばかっ! 俺をおろすやつが─」 「さー逆転だ。 どうする?」 地面へへたるナイトへ切っ先をたて、大きいスライムを片足で抑えていいました。 「あ… いや、いや! お、俺は地面の上ではちゃんと戦えないんだ! スラぼうも大きいだけのスライムだし… だから─ まいった! 許してくれ!!」 ナイトが必死に頭をさげます。 スライムは気の毒そうにその様子を見ていましたが、ガツンとした音と一緒にぺったんこになってしまいました。 「なにしてるんだよ! ドラオ!」 見るとドラオが大きな石をスライムめがけて投げつけていたのです。 表情はまるで今までみたことのないこわい顔をしていました。 二十六、 ドラオの変化 「ああ! スラぼう大丈夫かー!」 スライムはむくむく元の大きさに戻りましたが、その目はひどくおびえています。 「おおお、おい! 降参してるのに攻撃してくるなんてヒドイぞ!」 ナイトが恨めしそうにヨウイチを睨み、ドラオはもうろうとしていました。 「ドラオ、なんでこんなことを!」 「きぃ」 「おい!」 ドラオをつかみゆさゆさしながら問います。 「もう戦いは終わったんだ、わかったな!」 「き…」 「!!」 ヨウイチは驚きます。 つかむ手を、ドラオは振りほどき噛み付いたのです。 手には歯型が残っていました。 「お… おい… なんで、どうしたんだよ…」 声が届いているようには思えません。 「もしかして… こうなったのはお前が変なことを…!」 ヨウイチはナイトにつめよりました。 「中途半端に手なずける技が効いてしまったからかもしれない。 だがそれはオレのせいじゃないぞ! お前が…」 「どうでもいい! 早くもとに戻すんだ!」 「いや、出来ない。 戻し方は知らない」 「知らないって適当な…!」 ドラオがふらふら飛びながら壁にぶつかって、そのまま意識をなくしてしまいました。 「大丈夫か…? 気を失っただけか… とにかく! 券は渡したんだから、さっさとすごろくいって来い!」 「む。 言われなくたってスラぼうが元気になったら行く。 そっちこそここから早く出て行ってくれ!」 ヨウイチは黙ってドラオを抱え洞窟を後にします。 入るときよりも早く出口を抜け、マウントスノーへと急ぎ足で戻るのでした。 二十七、 もうひとつの世界 「…キィキ…」 呼び声がします。 「キィ…」 ぼんやりする意識のなか目を開けると、ドラオがふわふわとんでヨウイチに話しかけていました。 「……!? ドラオ…」 「キィー!」 ドラオは普段のドラオでした。 いつものように顔へしがみつかれ、いつもと同じように羽で叩かれます。 「ここ… ライフ、コッドじゃ…ない? ……ああ マウントスノー、なんだな。 俺… そうか、お前がおかしくなって町へ戻って様子を見てたら眠って…… おまえ、元に戻ったんだな、よかった」 「キィ?」 「大丈夫だ。 俺はどれくらい寝てた?」 「キィキィ」 「一晩…!? たったの一晩……」 「キー?」 「…俺、眠っている間にもう一つの世界を生きてきた。 こことは別の、似たような世界で。 タカハシとメイ… トルネコやテリー… 彼らと一緒に、長い時間を」 ヨウイチは寝ている間、夢とは違う現実を過ごしたのです。 あまりに長い時間だったので、目覚めてもここが元の異世界だとは実感することが出来ずにいました。 「おはよう、ヨウイチくん。 スライムナイトにすごろく券を渡してくれたんだね。 町のものに様子を見に行かせたら洞窟はもぬけの殻だった。 感謝する、さあこれを」 声を聞いて部屋へと入ってきたブルジオが、石版を手渡してくれました。 「あ…」 石版を手にしたヨウイチはようやくこの現実へと戻ることが出来ます。 「…ありがとうございます。 いろいろ助かりました」 「こちらこそ助けてもらったよ。 ヤツがいない間に対策を考えねばならない。 そこでどうだろう、君の助けがあれば良いアイデアも出てくると思うのだが」 「…お手伝いしたいのはやまやまですが、すみません。 先を急がないといけないんです」 「そうか。 ふむ、私が貸してあげた道具は全てもらっていってほしい。 それから、君の道具袋に食料や薬草を補充しておいた。 君達を苦しめた吹雪は来年までこないからすぐふもとへ降りられるだろう。 私はすぐに対策会議を開かねばならないので失礼するよ。 出発するまでここを好きにしてもらってかまわない。 では気をつけてな、感謝している」 そういい残し、ブルジオは部屋から出て行きました 「…おまえ大丈夫だよな。 あれはスライムナイトのせいでちょっとおかしくなったんだよな…」 「キキー!」 「覚えてないか。 まぁ、平気だろ」 「キィキー?」 「寝ている間の話を聞きたいって? 話すには、時間がなさ過ぎるよ。 長かった。 とても、永かったんだよ」 ドラオは目をきょとんとさせています。 ヨウイチは一言だけ、小さくつぶやきました。 「でもあの生きた時間は、足りないのかもしれない……」 気持ちの奥にゆらゆらする、不思議と寂しい思いがなんなのかヨウイチにはわかりません。 ですがどうしても、あの二人を思い出すとそういう気持ちになってしまうのです。 なんの意味があったのか。 自分には到底わからないことだ。 けれど、誰に意味があるのかは知っている。 きっとこれ以上考えてあの時間を乱してはいけない。 確かに現実だったけど、あれは自分の現実ではなかったに違いない。 一人の心においておくべきだ。 そんなふうに考え、ヨウイチはこれ以上寝ている間の事についてあれこれと考えるのを止めることにしました。 そうして、渡された石版を改めてしっかり掴みます。 「それより石版、やっと手に入ったな!」 「キキィー!」 石版をくるくる回していろんな方向からゆっくり観察します。 何か文字か絵のようなものが彫ってあるくらいで、後は欠けた石の板でした。 「こんなので本当にもとの世界へ帰れるのかな。 どうも信じられないよ… けど、今は他に手がかりはないんだよなぁ」 「キィ~、キーキィ」 「うん。 ちょっと危ない目にもあったりして手に入れたもんな。 ゲレゲレを信じて次は神殿を探そう!」 「キー!」 二人はすぐに身支度を整えブルジオの家を出ます。 町は最初に訪れた時よりも明るく見えて名残惜しくなってしまいましたが、門をくぐり山を降り始めます。 目指すべき神殿が何処にあるのか、噂ですら聞いたことはありません。 ですが、一つの大きな目標を達成した二人にはなんの躊躇も無く、ひたすらに道を進むのでした。 二十八、 始まりへの帰路 「なぁ。 さっきのモンスターってお前より強いのかな?」 「キィ! キキィキィ」 「メイジドラキーっていうのか。 色違いなだけじゃなくて魔法まで使うし、やっぱり強かったんだろうな」 マウントスノーからだいぶ離れた後、ヨウイチは初めて攻撃魔法というものを経験します。 ドラオをピンク色にした外見だけでなく、不思議な炎の波を起こしてきました。 炎の波はメイジドラキーのつぶやきの後に起こったので魔法だと気づいたのです。 「剣で殴ってもなかなか傷をつけられなかったけど、負ける気はしなかったよ。 なんてったってブルジオさんにもらった革の鎧があったからな!」 「キキ?」 「いや、熱かったよ。 炎がこう… バァーっと。 お前も見ただろ? これが旅人の服だと思うと恐ろしいよ。 …けど鎧の下は普通に布で出来た服だし、やっぱり恐いことに変わりは無いかも」 言いながらヨウイチは銅の剣を抜き、眺めます。 刃は若干こぼれており、切れ味を感じることが出来ません。 そもそも銅の剣は斬るというより殴りつけるふうに使うので、鋭い刃ではないのです。 「銅の剣… 何度も助けてくれたんだけどそろそろ限界だよ。 そういったって、新しいのを買う金もないし…」 ふぅとため息をついてから、銅の剣を鞘へ収めます。 「まぁ、とりあえず今は大丈夫そうだからいいか」 「キキィ?」 「これからか… 神殿の手がかりはなんにも無いし、いちどクレージュへ帰ろうか。 女将さんも心配してるだろうし」 「キー! キー!」 「ははっ。 俺も早く女将さんのご飯を食べたいよ!」 後ろに大きな山が、だんだんと小さくなっていきます。 「この石版と… どこかにある神殿があれば元の世界に帰れるんだ、きっと……」 ドラオはふわふわ軽く飛んでいましたが、ヨウイチの足元には一歩二歩と踏み込めた後がうっすらと残っていました。 二十九、 モンスター 帰りは順調に進んでいる、つもりでした。 ところが、何処で間違えたのか帰り道とは違う土地へ入り込んでいたのです。 二人は気持ちを落ち込ませないために気づかないふうを装っていましたが、 嫌でも気付かされる事があり、元の路へと引き返そうとしていました。 「くそっ… ドラオ、薬草はいくつ残ってる?」 「キ… キィ」 「五つか。 まずいな… お前は怪我してないか?」 「キィキ」 「大丈夫だな。 とにかく、なんとかしてここを…」 「キキィ、キキキ」 「それは、俺も気付いてたんだけど、間違いであって欲しかったよ。 …お前の言うとおり、ここは帰り道じゃないみたいだ。 地形が似てるから大丈夫だろうと思ってたんだけど」 メイジドラキーと遭遇したときに周りを良く見渡せばよかったのです。 あの時から方向を見失っていました。 「モンスターが強すぎる… もうこの剣に鎧じゃ太刀打ちできそうには… もしかするとここで…」 「キ! キーキーッ!」 「ふぅ、そうは言っても薬草は節約しなきゃだめだよ。 とにかく、どこでもいいから町へいける路を見つけるまではガマンするよ。 目処がたつまでとにかくモンスターからは逃げるんだ」 ヨウイチのお腹には大きな爪痕がありました。 大きく削られたそこからは勢いこそなくなりましたが血がしたたります。 「ここなら、隠れられそうだ」 ヨウイチが見つけたのは大きな岩に囲まれた平地です。 痛みと出血で弱った身体を休める事にしました。 「イテテ… まいったな…」 「キィ…」 ドラオが心配そうにヨウイチを覗き込みます。 「だいじょうぶ、少し休めば元気になるよ」 「キィ~?」 「いや、いい。 ほんとに大丈夫だから」 「キキッキキキィィ」 「…わかったよ、薬草ひとつ食べるから。 それだったらいいだろ? お前、戦えもしないのに探しにいくったって…」 ドラオはヨウイチのために薬草を探しに行こうとしていました。 ですが、こんなにもモンスターの強い場所で一人にさせるわけにはいきません。 ヨウイチは荷物から薬草一つを取り出し口へ放り込みました。 「むぐ、ニガイ……… ほら、傷口がふさがったよ。 な? もう大丈夫だ」 「キィ~~」 ドラオが安心したようにくるくる飛び回ります。 そんな姿を見ていると、なんだかずっと昔から友達だった気がして、ずっと一緒に旅をしたいとも思うのです。 けれどヨウイチは別世界の人間で、今まさに元の世界へ帰る方法を探しています。 帰ることが出来れば別れが訪れ、お互いは二度と会うこともないでしょう。 ですからこの瞬間をせめて楽しく、無事に旅を終わらせたいと強くつよく信じるのです。 「傷も治ったし、暗くならないうちにいこうか」 「キィ」 立ち上がり一歩、感じたことの無い不穏な空気があたりを包み始めました。 ヨウイチはとても嫌な予感がして、ドラオを促し早足でもときたであろう路を引き返し始めます。 空にはとうとう夕暮れが始まろうとしていました。 「…やばいな」 その時です。 はっきりと何かが駆け始めたと感じた瞬間、目の前に不安の正体が姿を現しました。 「くそ!!」 急いで銅の剣を突き出します。 ドラオも一生懸命にヨウイチのやや後ろへと下がりました。 「なぜ人間とわれわれ魔の者が行動を共にしている?」 全身をローブで覆われ片手に杖を携えるモンスター、まどうしです。 「お、俺達に戦う意思は無い! だから─」 「ドラキーよ、貴様はこの人間に操られているのか? ならばいますぐその縛を解いてやろう」 ヨウイチの言葉を無視し、まどうしがスライムナイトと同じような仕草を始めます。 「やめろ!!」 「…ラリホー!」 剣を振りかぶりまどうしへ切りかかりましたが、刃先が当たる瞬間身体から力が抜けてしまいます。 「う、あ、なんだねむい…」 とても我慢できるような眠気ではありません。 まどうしは何も無かったかのように再び、ドラオへおかしな術を施しています。 ドラオをみると怯えてはいましたが、目は釣りあがり明らかに変化し始めていました。 「くっ…」 ドサリと地へ身体ぜんぶを横たえ、重くなったまぶたと一緒に意識が薄れていきます。 どうにか目線だけをドラオへ向け、驚きました。 それはドラオではなく、ヨウイチを今にも襲わんとするモンスターと化していたのです。 「どう、して…… どらお… ドラオー!」 力を絞りドラオへ呼びかけます。 ドラオがどうしてしまったのかはわかりませんが、ヨウイチを見ながらただケケケと笑うだけ。 覚えているのはそこまでです。 もう完全にヨウイチは、求めない深い眠りへと落ち、生きているのか死んでいるのかわからなくなりました。 三十、 こころ クレージュの宿屋にいました。 身体は調子よく、天気はカラカラで気持ちよい気候です。 「女将さん、おはよう」 「ああ、今ちょうど暇になったところだよ」 そういってお茶の入った器二つと一緒にヨウイチを席へ座らせます。 「おはよう。 …どうだい、落ち着いたかい?」 まどうしとの戦いから、ヨウイチは眠ることもせずただクレージュを目指したのです。 宿屋へつく頃にはすっかり疲弊しきってあまり話もせず一晩を過ごしていました。 「うん…」 ヨウイチは一つうなずき話し始めました。 「…ドラオなんだけど、さ。 ドラオは死んでしまったんだ。 理由、全部は俺が弱いせいだった」 「キ、キィィィ!」 瞳がぼんやりと世界を写し、ドラオの声と戦いの風を感じます。 「う… ど、ドラオ?」 まどうしが放つ魔法「ギラ」を素早い動きでかわすドラキー。 ヨウイチにはわかりませんでした。 ドラキーの身体は白く、まどうしと同じ攻撃魔法を使うのです。 ドラオのような雰囲気を持ちながら、けれどもドラオとは違っていました。 「お、おい! ドラオ… なのか!?」 まどうしはかなり弱っていましたが、巧みにギラをドラキーへと引火させます。 炎を浴びるドラキーもまた火傷や傷を負いつつ、鋭いツメで応戦していました。 「なぁ!!」 とっさに、戦いのさなかだというのに声を荒げてモンスターへと近づこうとしましたが、 どうやら眠らされている間に攻撃されてしまったようです。 足や腕に激痛が走り立ち上がるのがやっとでした。 「キッ!!」 「ぐぅっ!!」 その時、戦いは決着を見ます。 ドラキーの胴体にはまどうしの杖が飲み込まれ、まどうしの首はドラキーのツメによって切り裂かれたのです。 ヨウイチは動けず、お互いが崩れ落ちていくのをただ見ているしか出来ません。 やがてまどうしの首から噴出した血はわずかになり、地面をじわりと染めるだけになりました。 ドラキーは杖の当たり所が悪かったのかそのまま地面へ落ち、大きくゆっくりと呼吸を繰り返すだけです。 「あ… おい! お前はドラオなのか?!」 ヨウイチがようやく我を取り戻す頃には、白いドラキーの息も絶えつつありました。 腕に抱え上げるとその身体はとても重く力が失われつつあることを知り、その顔を見てはっとしました。 表情はいつも見慣れたドラオだったのです。 色は違いますが元のドラオに戻り、戦っていたのです。 「き… きぃききぃきぃ… き、キー、キィー……」 ヨウイチの身体の傷が治るのと一緒に、ドラオの身体が不思議な光に包まれすぅと消えてしまいます。 両の腕は軽くなりそのまま空を抱くだけでした。 「…ドラオが守ってくれたんだね」 ショックをうけてながらけれど優しく、女将さんは声をかけてくれます。 「そう、ドラオ。 最後に回復魔法をかけてくれて、それから言い残して… どうして白い身体になったのかはわからないけど、そんなことより…」 悔しくて仕方がありません。 大事な友達が、ずっと一緒に歩いてきた友が、自分を守るために命を落としたのです。 「ヨウイチ」 「……俺はずっと、ずっと一緒に旅したいって。 俺が守っていくはずだった、なのに眠って…… 女将さん、ドラオは俺を恨んだりしてないかな」 女将さんは少し黙って、それからヨウイチの肩に手を置いて言いました。 「あんたはなんにも悪くないんだよ。 ただのモンスターから戻ったのも、ドラオのこころにヨウイチがいたからなんだから。 最後の言葉はきっと、守れてうれしかったんだろうね。 …恨んだりなんかしないよ、ドラオはヨウイチが大好きだったんだよ」 三十一、 旅の続き 「じゃあ、女将さん。 たくさん、返せなかったけどいっぱい、ありがとう」 「いいんだよ。 私もあんたと出会えてうれしかったし。 きっと、目的を果たせるといいね。 良い意味で、もう会うことがない事を祈ってるよ。 ……まぁ、どうしようもなくなったらいつ戻ってきてもいいんだよ!」 その言葉にうなずいて宿屋を離れ、なるべく振り返らずクレージュの町を後にします。 少し外れた大地の上で大きな空を見上げて深呼吸し、それからまた歩き始めました。 それから二週間ほど後の晩、海の見える森の中にドラオの墓を立てていました。 「いろいろあったよなぁ」 ドラオのネックレスをその墓へおき、旅やドラオやシエーナの女の人、そしてゲレゲレを思い出しくすりと笑います。 「しっかし、女将さんよくこんな剣を」 体のすぐ側に銅の剣よりもっと強力な破邪の剣を携えます。 女将さんが神殿の噂と一緒に入手しておいてくれたものでした。 「…ドラオ。 俺はお前が本当に俺と旅をしてよかったのかってまだ迷ってる。 もし、女将さんと一緒だったら死なずにすんだのに… ほんとに俺を守れてうれしかったのか?」 クレージュを出てからどの町へ立ち寄ってもキレイな場所を見つけても、素直に喜べませんでした。 それは、今までならドラオと分け合ってきた喜びや感動は突然半分になってしまったからです。 そのために、なんのためにどんな答えを求めているのかさえ、わからなくなっていました。 「お前の行動に報いるには、俺はぜったいに帰らなきゃならない。 …叶うならお前に会って一言だけでも交わしたい」 空は答えを与えず願いは叶いません。 流れ星がいくつか線を引いた後、まどろみ始めました。 陽が昇ればまた旅は続きはじめます。 目が覚めればいつものようにドラオを探してしまうでしょう。 それでも、歩かなければならないのです。 『時間が全てを癒してくれる』といいます。 それは確かなことでしょう。 これからの路は全てが悲しいものではありません。 苦しくも楽しく、辛くとも幸せな事の繰り返しです。 そうやって悲しい記憶はたくさんの思い出の一つになって、ほんの少しだけ薄れるのです。 忘れるのではありません。 ヨウイチもそれは知っていました。 ですが、時間は過ごさなければ流れません。 その時間をどう過ごしていけばいいのかは、まだわかりませんでした。 やがて眠りへと落ちます。 その困難な時間を過ごす明日を迎えるためにそして、元の世界へと帰るため。 最終章へ続く