目が覚めるとそこはドラクエ世界の宿屋。
メモ帳にそう一行書いたら、実際にドラクエの宿屋で目が覚めた。
どうして書いただけでこうなったかわからないが、ドラクエで遊ぶたびに不満や疑問があった。
自分なら絶対にもっと良い振舞い方が出来る─そういった想像ばかりしていた。
実際この世界へ入り込んだのは驚きだけど、夢か想像だろうしどうせだから思い通りにしてやろうと思った。

男は宿屋を出てまず城へ向かう。
ゲームなら勇者として僅かな道具を与えられほとんど着のまま外へ出されるはず。
その部分をまず正そうと思ったのだ。

「いや、お前を招いた覚えはない」

が、思い通りにいかなかった。
そもそも宿屋で突然現れ目覚めた男であって、勇者でもなんでもなかった。
衛兵にあっさり追い返される、名も知られていない一人の男であった。
いきなり計画を折られ途方に暮れていると、後ろから声がした。

「おーい。あんた、宿の代金もらってないぞ。さあ払いなさい」

宿屋の主人だ。
どうも急いできたらしく息が上がっている。
男は急いでポケットを探したが何一つ持っていない。
あれ、おかしいぞ、などと言ってみるが宿屋の主人はちっとも待ってくれなかった。

「衛兵さん。この男、金を払わず宿に泊まったんだ。捕まえて牢に放り込んでくれ」
「なんて大胆なやつだ。こっちへこい、逃げようとしても無理だぞ」

こうして、想像では与えられる僅かな道具を上手く言って良い物にしてやろうという企みは失敗に終わる。
金を持たず宿に泊まった代償は、じめじめした地下牢での三日間。

男は忘れていた。
城へ招かれるのは勇者だけだという事を。

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朝日の眩しい街へ釈放される。
なにせ地下牢というくらいだから本当に真っ暗だった。
食べ物は粗末だし、布団はただの藁だし良い事なんて一つも無かった。

ああ散々な目にあった。
俺もうかつだったな。前提として勇者じゃなきゃいけなかったんだ。
宿屋から始まる勇者がいても、いいと思うんだけどなあ。
仕方がない、王様から良い物をもらうのは諦めて、モンスターを倒しに行ってみるか。
ゲームだとスライムごときに苦戦したりするけど、きっとそうはならないはず。

男は心が高鳴っていた。
一番の目的はモンスターとの戦いだったからだ。
カラスやスライムなんて本当に雑魚で、獣だって剣や盾があれば敵ではないと想像していた。

町の外へ出て周りを見回す。
山と海と、それ以外にはなにも見当たらない。
そういえば町から出る途中、宿屋の主人に睨まれたが男は堂々と主人の前へ行きこう言った。

「今からモンスターを倒して山ほど金を持ってきてやる」

男は忘れていた。
王からもらう些細な道具には、武器があったという事を。

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あっ、いたた…石ころを踏んでしまったぞ。
装備はボロと藁草履か。武器になる物を忘れてしまったな。
だけどなんとかなるだろう。想像通りなら体力が尽きるまで無傷で戦い続けられるはずだから。

なるべく平らな道を選びながら進んでいると目の前にスライムが二体、あらわれた。
想像より大きく、目はゲームより尖って鋭い。
口の中にはキバが見え知っている姿とずいぶん違った。

男は少したじろいだが、それでも果敢に襲い掛かった。
武器は無いから握りこぶしで殴りかかった。
が、腕を振り回すだけで何にも当たらない。
当たらないばかりか、横から背中から激しい攻撃を受けている。
スライムは基本的に体当たりばかりだったが、時折その歯で噛み付いた。
ものの数分で男は血だらけになりうずくまって動けなくなった。

意識がもう、ふらふらだ。
想像だともっと動けたはずだけど、俺は普段デスクワークだから体力が無いんだった。
それに、思ってたよりスライムは素早い。
やっぱりボロと武器無しじゃ無理があったかなあ。
ああ胸が苦しい。きっと肺や内臓が潰れてしまったんだろうなあ。
目の前のスライム、あいつの次の攻撃で俺はたぶん死んでしまう。
でも、死んでもまた教会からやり直せばいい。
次はちゃんと装備を揃えて─

二体のスライムが同時に体当たりし、鋭い歯で男の喉を食いちぎる。
消えていく意識の中で、男は生き返った後の事を繰り返し想像した。
だが二度と、ゲームの中から目覚める事は無かった。

男は、忘れていた。
教会で生き返る事が出来るのは、神の加護を受けた勇者とその仲間だけだという事を。

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