私は仕事の手を止め休憩をとることにした。 何も急ぐことはあるまい。 ここでは上司の目を気にする必要もないのだ。 私は沼をさらい、あるものを探し当てた。 ロトの印。 これがあれば私は勇者ロトの子孫と認めてもらえるらしい。 ずいぶんいい加減なものだ。しかし、私には好都合なのだ。 私は自分がロトなる人物の子孫であると証明する手立てがない。 そもそも私にはこの世界に関する知識が一切ないのだ。 ある日、目が覚めたら私はこの世界の宿屋にいた。 この世界での私は青い鎧を着た青年だ。 私はこの国の王により姫を助ける命を受けているようだった。 元の世界へ戻る手段が分からない私は仕方なく姫を探すことにした。 この冒険を終えれば元の世界に戻れるかもしれない。 そんな淡い期待を抱いてのことだった。 しかし、姫を助けても元には戻らなかった。 今度は姫を攫った竜王なる化け物を退治することになった。 姫は私――姿こそ違うが――私を好いているようだった。 うまく立ち回れば姫と結ばれることができるかもしれない。 一国の姫との結婚。本来の私であったら到底できることではないが…… 私はこのままこの青年として生きていくしかないのだろうか。 見ず知らずの人間として――。 ここで私はふと思った。 私の精神がこの青年の中にある今、この青年の精神は何処にあるのだろうか、と。 ――――― 俺は目の前にいる男は竜王のひ孫だと名乗った。 竜王とは俺が探していた男だ。いや、かつての俺がと言うべきか。 今の俺は昔の俺ではない。どうやら俺は未来の世界に飛ばされたらしい。 この世界での俺はローレシアという国の王子だった。 彼は、今の俺だが、俺と同じ勇者ロトの血を引くものだという。 俺は同じようにロトの血を引く仲間と旅をしている。 王子自ら世界の危機を救おうというのだからたいしたものだ。 竜王のひ孫の情報を頼りに俺達は紋章というものを探すことにした。 この城から船で南に行くと紋章のひとつが眠る大灯台があるらしい。 仲間と船。どちらもかつて旅をしていたとき欲したものだ。 こんな形で手に入るとはなんとも皮肉な話ではあるが。 ――――― 仲間が転職して戦士になった。元が魔法使いなので魔法もつかる戦士だ。 転職を重ねることで仲間達はどんどん強くなっていく。 しかし勇者である自分は転職ができない。 確かに強い仲間が欲しいと思ったこともある。 自分も魔法が使えたらと思ったこともある。 今はそのどちらも手に入れた。自分ではない自分となって。 異世界で違う自分になる。 ひょっとしてこれはハーゴンの見せる幻だろうか。 それならば何とかして打ち破らねばなるまい。 伝説の勇者ロトの子孫として。 きっとご先祖様も見守ってくれているはずだ。 ――――― ライアンという男が仲間になり導かれし者たちがそろった。 導かれし者たちとは勇者とその元に集まる運命を背負った者たち。 俺はこの世界でも勇者だった。 以前の俺は勇者という存在の意義が見出せないでいた。 しかし今の俺は勇者として多大な期待を寄せられていた。 仲間達は俺が世界を救う唯一の希望だと言う。 魔物たちは勇者である俺を亡き者にしようと画策する。 勇者であることがこれほど辛いと思ったことはない。 何故こんなことになったのだろう。 俺はふと鏡を覗き込んだ。 鏡には緑色の髪をした妙に強面の青年が映っていた。 ――――― 俺は眠っている子供達の顔を見ていた。 この子供達は俺の息子と娘だという。 いきなり俺は2児の父となったのだ。 この世界の俺は勇者ではなかった。 以前、勇者という重責から逃げ出したいと思ったこともあった。 それがこんな形でかなってしまった。 その結果勇者という運命を他人に背負わせることになった。 いや、他人ではない。それは俺の息子なのだから。 なんと言う運命の皮肉だろう。 自分では分からなくてもこの子たちの親は俺なのだ。 この子達はれがしっかり守っていこう。 かつて俺の父と母がしてくれたように…… ――――― 兄弟が欲しいと思ったことがあった。 一人っ子というものは寂しいものだ。 だが、今の自分には妹がいる。 自分の息子に勇者という荷が重過ぎると思ったことがあった。 勇者とは世界に1人だけの存在だからだ。 だが、この世の勇者は1人ではない。 違う世界で自分は違う自分になっていた。 まったく理解しがたいことだが。 これは夢だと思った。そして、ここは夢の世界だった。 しかし現実世界も見知らぬところだった。 現実とはいったい何なのだろう。 ――――― 自分が誰か分からなくなったことがあった。 いま、あの時以上に自分が何者か分からなくなっている。 俺は誰だ? かつて自分を失うという運命を呪ったことがある。 しかし不幸なのは自分だけではない。 それが、この世界では身にしみて分かる。 もしかして自分が誰かなんて誰にも分からないのではないか。 しかし自分は自分が誰なのか考えることができる。 重要なのは自分は生きていることだ。 ――――― おとなしい幼馴染が欲しいと思った。 そして手に入れた幼馴染は馬だった。 僕は今、呪われた彼女を救おうとしている。 弟分が欲しいと思った。 そして手に入れた弟分は年上の男だった。 この元盗賊の男は僕を兄貴と慕う。 魔物のような王様の命令で道化師を探す旅。 呪いには道化師が関係しているらしい。 この世界での僕はある国の兵士だ。 欲しいものを手に入れるために何かを犠牲にすることがある。 その犠牲が自分自身だったのだろうか…… ――――― 私は手に入れたばかりのロトの印を見つめていた。 元の世界では私は一介の兵士に過ぎない。 そんな自分が姫と結ばれることは許されない。 この世界は自分の望みそのものなのかもしれない。 だが…… 私は私の望んでいたはずの、誰にも干渉されない1人旅を続けるだろう。 気楽だと思っていたが気苦労も多い。 隣の芝は青く見える。私はそんな言葉を思い出した。 この世界は本当に自分の欲しかったものなのだろうか。 それがどうしても思い出せない。 おしまい