私はなんとなくサマルトリア王の考えがわかった気がした。 この国はもうすぐ戦争に巻き込まれる。 だから、せめて息子だけでも国外に逃がしたいと考えているんだわ。 そのため伝説にかこつけて王子を旅に出したに違いない。 私はその手助けをすればいいだけなのね。 しかしこの王子様は使命感に燃えていた。あの兵士と同じだわ。 旅に出ることを自分の使命だと感じ、命を懸けるに疑問を持たない。 しかもこちらは勇者の血筋というおまけつき。 先祖が勇者でも子孫が勇者であるとは限らないでしょうに。 「……マモルと同じね」 「マモルさんって誰? メグミさんの大切な人?」 私は『大切な人』という言葉に品のよさを感じつつ大切な人には違いないわと答えた。 旅立ちに先駆けて勇者の泉というとことに行かねばならないらしい。 だけど泉は洞窟の中にあり、そこでは『せいすい』が使えないのだとか。 仕方ない。私は秘策を試してみることにした。 勇者の泉の洞窟の前には団子の山ができていた。毒団子の山だ。 ゴキブリを退治するために昔ホウ酸団子を作ったことがある。 ホウ酸はなかったが『せいすい』で代用した。 団子の材料とせいすいを買うために王子様の武器防具を売ってしまった。 まあ、この子には必要最低限の装備さえあればいいでしょ。 翌日洞窟に行くと団子の山はなくなっていた。 その代わり洞窟の中にはナメクジやアリの死体の山ができていた。 モンスターの駆除には罰則はないとのことなので遠慮は要らないわ。 「モンスターを毒殺する人なんてはじめて見たよ!」 と王子様が驚いている。 私の地元では害虫退治の一般的な方法よと説明した。 薬剤を霧状にする方法もあるけど私は煙みたいなものは嫌いだ。 王子様が勇者の泉での洗礼を終えた。次はローレシアを目指すわよ。 ローレシアに到着すると、ここの王子様もすでに旅立った後だった。 私はここで1人ローレシアに向かったあの落ち武者兵士に再会した。 「これからはローレシアの兵士として生きていきます。」 彼は新たな生き方を見つけたようだわね。 できれば兵士なんて危険な仕事からは足を洗ってほしかったのだけれど。 ローレシアの王子を探してリリザまで戻ってきてしまった。 サマルトリアの王子様の方は探索を私に任せてもう半分寝ている。 今日はリリザで宿を取ろう。今回は宿代くらいのお金はある。 宿屋で休んでいると偶然にもローレシアの王子がやってきた。 「いやー、探しましたよ!」 と、うちの王子様が言う。いや、探したのは私よ。 向こうの王子様は屈強そうだ。 うちの王子様はまともな戦闘経験ないけどくれぐれもよろしくね。 私はすっかり保護者のようになっていた。 とにかく今度こそ私の仕事は終わりだ。これからどうしようかしらね。 サマルトリアの王子と再会したのはべラヌールという町だった。 私は元落ち武者の兵士の彼に同行してこの町にやってきた。 彼は太陽の紋章とやらの情報を王子たちに伝える指令を受けていた。 その指令に同行させてもらったのだ。彼の護衛があれば大きな危険はないだろう。 「勇者の泉のモンスターを全滅させたメグミさんは、もはや大陸最強ですよ。」 彼はそんな冗談を言ってきた。 サマルトリアの王子は私がこの町に来たことに驚いていた。 2人の王子はきれいな女の子を連れていた。生き延びたムーンブルクの王女様だとか。 若い男女が一緒にいたら浮いた話の一つでも出そうなものよね。 でも男2人に女1人ではそうでもないのかしら。 なんてことを考えていたらサマルトリアの王子が病気になった。 これでローレシア王子とムーンブルク王女2人で旅をしなければならない。 サマルトリア王子は2人に気を使って仮病を使ったんだわ。 と、思っていたが本当に体調不良だったようだ。 ローレシアの王子とムーンブルクの王女は呪いだと騒いでいる。 2人は呪いを解く方法を探しにどこかへ行ってしまった。 呪いはともかく、伝染病の可能性もあるので2人はこの場にいないほうがいいわね。 私は旅行に行くにあたっていろいろ予防接種をしていたので大丈夫でしょ。 こっちの王子様は休むといいわ。こんなに病弱な王子には旅は無理だったのよ。 話を聞く限り王子たちの旅は私の想像よりも危険なもののようなのだ。 この呪いはハーゴンというのがかけているなんてことを言っていた。 そのハーゴンというのはロン何とかの雪山の奥にいるんだとか。 雪山といえば山に登るときの掟がある。 自分の力で下山できないときはその場においていかれるというものだ。 そして雪山においていかれた者が現れてこう言うのだ。 「酷いじゃないか。僕をおいていくなんて……」 って、これじゃホラー映画じゃないのよ。 しかし、これはサマルトリアの王子が言った言葉なのだ。 雪山においてこられたのではなく、連れて行ってもらえなかったのだけれど。 ハーゴンの呪いは解けないまま残りの2人はハーゴンを打ち倒した。 私が、呪いを解くことを止めたから。 2人は呪いを解く方法を見つけた。それを私が止めさせた。 彼にこれ以上の旅は無理だと。 きっとサマルトリアの王子もわかってくれるはずだ。 ご先祖様も言っていたではないか。『勇者だって暗いのは怖い。』と。 サマルトリアの王子もきっと私の気持ちを分かってくれる。そう思った。 「でも、僕はその暗闇に明かりをつけたかったな……」 王子様は自分の使命が果たせなかったことに酷く落ち込んでしまった。 「この思いを分かってほしかった……」 ハーゴンが滅ぼされたことで精霊ルビスとやらの力が解放された。 そのルビス様のおかげで私は元の世界に戻ることができた。 私は自宅の布団の上で目を覚ました。 やはりあれは長い夢だったのかしら。 私は夢の中の旅のことを思い出していた。 あのムーンブルク陥落を伝えに来た兵士。 私は彼を必死に助けた。 そして同じように息子と呼ぶには幼すぎる王子様を助けようとした。 しかし…… 考えてみれば私は自分の気持ちをわかって貰おうとしていただけだった。 相手の気持ちをわかろうとしていなかったのではないかしら…… 彼には悪いことをしてしまった。 私は仏壇に、主人に向かって語りかけた。 「ねえ、あなた。私、守が消防士になること認めることにするわ。」 やはり消防士で殉職した夫。息子の守が同じ仕事をしたいと言ったとき猛反対した。 しかし私はあの夢を見て考えが変わった。 仕事に命を懸けようとする息子の気持ちを理解してみようという気になっていたのだった。 -完-