宝物庫のおっさんが死んだ。 俺たちは魔王バラモスを倒しアリアハンに凱旋した。 おっさんはラッパを鳴らして俺たちを祝福していた。 勝利の報告を国王にしようとしたまさにそのとき。 恐ろしい声が響き渡った。次の瞬間、雷のような、何か黒い力がおっさんに襲い掛かった。 やったのは大魔王ゾーマ。それはゾーマの俺たちに対する煽りだった。 奴にとっては何てことない煽りだったのだろう。つまらない、呆れるほどつまらない理由だ。 ゲンは怒りを隠そうとはしなかった。それは自分の無力さへの怒りかもしれない。 ポンドは手に負えないと分かっていてもおっさんの治療を止めようとはしない。 ユーロは泣きそうな顔をしていたが決して涙は流さなかった。 そうだよ、もう泣かないって俺と約束したもんな。……くそッ! 俺はこの光景をどんな間抜け面で眺めていたのだろうか。 国王は突然の出来事にまるで魂が抜けれいるようだった。 ポンドは王様を介抱するためここに残ると言ってきた。 「それに、今のあなたたちに必要なのは神の力ではないでしょう。」 ポンドは自分の引き際を知っているかのようにそう言った。 俺は父親が自分の生きたいように生きろと言っているような妙な錯覚を覚えた。 その苦労人に礼を言うと俺はゲンとユーロとともにアリアハンを後にした。 ドルの入っていた牢屋はなくなっていた。 最悪の事態を想像したがそれは杞憂に終わった。 町の人間はドルを許したようだ。 許したと言うよりはドル以外誰も町をコントロールできなかったのだろう。 追い出しておいて彼女に頼らざる得なくなる。情けない奴らだ。 そして、その情けない奴は今の俺でもある。 俺たちはドルにこれまでのことを話した。 「そっか。辛かったね……」 自分だって理不尽にも牢屋につながれていたと言うのに。 「この町は私の子供のようなものよ。あれはちょっと反抗期を迎えただけ。」 女は強いな。 「ねえ、もう一度私を冒険に連れてってくれる?」 「お前がいなくてこの町は平気なのか? お前の子供みたいなものなのだろう。」 ゲンが当然の疑問を投げかけてくる。 「町の代表をみんなで選ぶシステムを作ったわ。この町はもう大丈夫よ。」 自分がいなくても町が動くシステムまで作り上げたのか。 「それに……」 「それに?」 「子供はね、いつか親から独り立ちするものよ!」 本当に女は強いな。 「でもさ、いまさらパーティーに商人なんて要らないわよね。」 いや、必要なのは商人じゃない。おまえ自身なんだ。 「だから、私ね、賢者に転職する!」 俺とドルは2人でラーミアの背中に乗り竜の女王の城に向かっていた。 ドルが集めた情報では竜の女王は光の玉と言うものを持っていると言う。 ゲンとユーロは悟りの書と言う賢者になるために必要な本を探している。 ユーロのことは心配なのだが何かしていたほうが気が紛れるだろう。 「本当にいいのか? ……転職。商人はお前の誇りだろ。」 「商人としてやりたかったことはやっちゃったから。いろいろあったけどね。」 「……町のみんなに許してもらえてよかったな。」 「ねえ、覚えてる? 町を作るときエンが言ったこと。」 なんだっけ。どうしてバラモスが小指を柱にぶつけて悶絶する姿が頭に浮かぶんだ? 「私、みんなが幸せに暮らせる町、作れなかった……」 「そんなことない。あの町はみんなが幸せになるところに変わろうとしている。」 「……本当はね、牢屋に入れられたとき、とても辛かった。」 「泣きたいなら泣いていいぞ。……ここには誰もいない。」 そうさ。泣きたいとき人が泣くのを止めさせることなんて誰にもできやしないのだ。 「あなたがいるじゃない。」 「言っただろ。俺は違う世界の人間なんだって。だからカウントしなくていい。」 「……今だったら信じるかも。」 「変わったよな。昔は信じられるのはお金だけって言ってたのに。」 「ふふ、変わったと言うならエンの方よ。」 「俺が?」 そうか、俺は変わったのか。 俺たちは竜の女王から光の玉を託された。その直後、女王は出産とともに亡くなった。 女王は子供のために光のある世界を望んだ。俺たちができることは大魔王を倒すことだけだ。 誰も他人を泣くのを止めさせることなんてできやしない。 だが、暗闇が怖くて泣いている人のために光を灯すことはできるかもしれない。 その後ユーロたちが見つけてきた悟りの書を使いドルは賢者になった。 賢者は魔法のエキスパート。転職すると雰囲気も変わるようだ。 魔法を一から覚える。それがどんなに大変なことでもドルならやってのけるだろう。 そして俺たちは大魔王ゾーマのいる世界に通じるギアガの大穴の中へ飛び込んだ。 穴の中にあったのはアレフガルドと言う闇の世界だった。 イメチェンしたカンダタを華麗にスルーし、大魔王の城へ渡る方法を見つけることにした。 そして奴に対抗できるような強力な武器防具を手に入れることも考えなければ。 強力な防具である勇者の盾、光の鎧は見つけた。鎧のあった塔ではルビスが封印されていた。 全てを司るのに封印されるとは情けない。聞きたいことは山ほどあるが大魔王を倒したあとだ。 封印をといたルビスから聖なる守りを受け取り魔王の城へ行くための虹の雫を手にいれた。 そして王者の剣の情報をドルが手に入れ、その材料となるオリハルコンをユーロが見つけた。 これをマイラと言う村の刀鍛冶に剣にしてもらおうと思ったが話が進まない。 俺は気晴らしに温泉に入ることにした。しばらくたった後ユーロがきた。 「オリハルコンを剣にしてもらえるよ! 今ドル姉ちゃんとゲンあんちゃんが話をしてる!」 「本当か! あの鍛冶屋どういう風の吹き回しだ?」 「鍛冶屋の奥さんがモンスターに襲われていたところをゲンあんちゃんが助けたんだよ!」 「それなんてエロゲ?」 俺はそうつぶやいていた。 「ねえねえ、エンあんちゃん。聞いてもいい? エロゲって何?」 聞かれていた。 昔の俺だったら「自分で調べようね。」という意味のことを3文字で言い放っていたろう。 だがこの世界にはパソコンも検索サイトもない。教えてやることにしよう。 「エロゲというのは男の人と女の人の物語で男にとって魅力的なお話のことだ。」 俺は嘘にならない程度に答えておいた。 「ふーん。ねえ、エンあんちゃんもエロゲしてみたい?」 「ああ、してみたいなー。」 「そっかー、おいらもできるかな?」 「ははははー、ユーロにはまだ早いなー。」 などと、ほのぼのとした会話を繰り広げた。俺っていいあんちゃんだな。 この世界にエロゲを知っている人間はいないのでほのぼのとした会話にしか聞こえまい。 こうして俺たちはエロゲ的な展開で手に入れた剣を持ち、ゾーマの城に乗り込んだ。 ……うーん、様にならんな。 ゾーマの城では男がでかいドラゴンのモンスターと戦っていた。 「私はもう駄目だ……。そこの旅の人よどうか伝えてほしい。私はアリアハンのオルテガ。」 戦いに敗れた男は俺に何かを話しかけてくる。 「エンを訪ねオルテガがこう言っていたと伝えてくれ。」 エンとは俺のことではないか。 「平和な世界にできなかったこの父を許してくれ……とな ぐふっ!」 父。そうか、この男はエンの父親なのか。 だが、どうすればいいんだ。エンは俺だがこの男の言うエンは俺ではない。 この男のいうエンにどうやって伝えればいいというのだ。 本当のエンはどこにいるのだ? そんなことをゆっくり考える間もなく魔物たちは容赦なく襲ってくる。 大魔王の側近どもをなぎ倒し俺たちはついに大魔王と対峙した。 負ける気はしなかった。 力のゲン。鍛え抜かれた肉体から放たれる拳は会心の一撃となり大魔王を襲う。 すばやさのユーロ。誰よりも速く賢者の石をかざし味方の危機を何となく救う。 賢さのドル。その英知から繰り出される数々の魔法は仲間を守り大魔王を討つ。 俺の仲間は強い。 差し詰め元デイトレーダーである俺のとりえは運のよさか。 運のよさ。そうだな、こんな仲間と旅ができた俺は幸せものに違いない。 「光あるかぎり闇もまたある……。わしには見えるのだ。再び何者かが闇から現れよう……。」 滅び行く大魔王が最後の捨て台詞を吐く。 ……俺はどこまでも大魔王とは気が合わないらしい。 俺に言わせれば光があるから闇があるんじゃない。闇があるから光があるのだ。 誰だって闇は怖い。勇者だって暗闇は怖い。だからこそ人は光を求めるのだろう。 絶望の闇に落とされたからこそ俺たちは誰よりも強く光を求めた。 どうやら絶望を食らうのは大魔王だけではないらしい。人もまた絶望を糧に生きていけるのだ。 大魔王を倒したことで俺はロトという称号を手に入れた。 「エン、エン、私の声が聞こえますか?」 そしてタイミングよくルビスの声が聞こえてくる。どこかで見てやがったか。 「大魔王のいなくなった今なら、あなたの記憶を戻すことができます。」 何を言っているんだ? 意味が分かっていない俺の頭はひとりでに何かを深く思い出す。 ……そうだ。思い出した。俺はアリアハンのエン。オルテガの息子だ。 「あの16歳の誕生日、あなたは大魔王の力によってエンとしての記憶を失いました。」 エンはここにいた。じゃあ、デイトレーダーの俺はいったい誰なんだ? 「記憶を失ったあなたに私ができたことは、前世の記憶を呼び出すことだけでした。」 前世の記憶。俺はエンとしての記憶を失いあたかも突然この世界に目覚めたようになったのか。 やはり俺は1度死んでいた。そして生まれ変わった。だがそれは十数年も前のことだった…… そもそも生まれ変わったとして16歳からスタートするなんておかしな話なのだ。 何ってこった。エンと言う名前は思いついたのではなくかろうじて覚えていたことだったのか。 あのときルビスが質問攻めにしたのは前世の俺に対して探りを入れていたというわけだ。 「よくやってくれましたね。エン。」 「褒めるなら仲間たちも一緒にしてくれないか。俺1人ではどうしようもなかった。」 「ええ、もちろんです。ドル、商人としも賢者としてもみなの助けになってくれました。」 「私もみんなに助けられました。」 「ユーロ、子供ながら辛い戦いを乗り越えましたね。」 「えへへ。おいらがんばったよ。」 「そしてゲン。異世界の人間であるにもかかわらずよくやってくれました。」 「……ああ。」 ……何を言っているんだ。 「俺はこの世界の人間ではないのだ。ある日、目を覚ましたらこの世界の宿屋にいた。」 まったく最後でこんなどんでん返しが待っているとは。 ゲンは前世の俺がいたまさにその世界から迷い込んできたらしい。 そしてこの世界に体ひとつでやってきたゲンは武闘家として生きることにしたのだ。 俺は異世界からただ1人この世界にきたと思っていたがそれも違っていた。 この衝撃の事実を知って俺が最初に何を思ったか。 それは「やべ、エロゲ知ってる人間いたよ。」ということだった。 大魔王はいなくなりこれから俺たちの新しい生活が始まる。 ゲンは元の世界には帰らなかった。 俺は元の世界では死んでいるので帰れるわけはない。 不思議なことに、今だったら両親が俺の墓の前で泣いている姿が想像できる。 だが俺は涙を見たくない。誰も俺のために泣かないでほしい。 俺はこの世界でこうして生きているのだから! この世界で俺は勇者になった。ロトと言う最高の称号も手に入れた。 だが、俺がいなくてもこの世界が闇に覆われることはないはずだ。 明るく照らす光によって見たくもないものが見えてしまうかもしれない。 俺の灯した光はすぐに消えてしまうかもしれない。 それでも人は闇を恐れる。人には光が必要なのだ。 だからきっと誰かが光を灯すだろう。 誰もが光を灯すことをできるわけではないかもしれない。 光を灯すことができなくても嘆き悲しまないで欲しい。 闇の暗さを恐れる人は光の大切さを知っているのだから。 光を望む思いがきっと誰かの力になるはずだから。 この世界に案中を求めるより、もう少しこの仲間と冒険を続けたい。 俺やゲンが住んでいた世界に行く方法を探すのも面白い。 どこかまったく違う世界で自分の国をつくってみるのもいい。 世界のどこかにはなんでも願いをかなえてくれる竜がいるという。 まずはそいつを探してみるのもいいかもしれないな。 親父や宝物庫のおっさんも生き返らせることができるかもしれない。 「そういえば、お前たちの本当の名前ってどんなものなんだ?」 「教えない。」 ドルがいたずらっ子のような顔をして言う。 「何で?」 「私はね、あなたのつけてくれた名前が気に入ってるのよ。」 「おいらも!」 「俺もいまさら昔の名前を名乗る気はしないな。」 「もうアリアハンへは帰れないもん。」 「ギアガの大穴が閉ざされてしまったからな。」 ユーロとゲンが口々に言う。 帰れない。俺も母を母だと分かった今もう会うことはできなくなった。 いや、俺は希望を捨てない。もう一度上の世界に行く方法を探すというのもいいかもしれない。 そういえば、元の世界でも名前を変わることがある。主に女の苗字が男のものに変わる現象だ。 「帰れないし仕事も捨てたし、これはもう一生面倒見てもらわないと割に合わないわね。」 「おいおい、一生俺から搾り続けようってのか?」 「何でそういう発想しかできないの?」 「だってそれくらいの覚悟が必要だろ。結婚するなら。」 「……ばか。」 ああ、泣かしてしまった。でも、こういう涙ならありかな。 最後に言っておかねばならないことがある。 それは、俺がどこにいてどんな立場なのかを考えれば分かることだ。 俺は「もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら」スレにいて実家で目覚めた。 だが、宿屋で目覚めたのはゲンだ。だからこの物語の主人公は奴だったのだ。 反論は認める。 ―完―