考え抜いたた末の行動が考え通りにいくとは限らない。
それはゲームの世界でも同じことらしい。

俺はその日もいつもと同じように目覚めたはずだった。

――

ああ、朝か。今何時だろう?
4時間くらいは眠ってたかな。
寝てたときの時間の感覚なんて当てにならないけどさ。

眠い。もう一回寝ようかな……。
なんか俺どんどん夜型になってるような気がするなー。
人間のバイオリズムって24時間よりも少し長いって聞いたことがある。
だからどんどん後ろにずれ込んでいくんだろうな。
普通は決まった時間に起きて修正するんだっけ。
俺の場合、研究室にはいつ行っても構わないからいけないんだよなぁ。

あーあ、大学院まで行ったのに俺って何やってるんだろうな。
確かに研究は好きだけどこのままでいいのか俺。
好きなだけじゃどうしようもないこともあるんだよ。
将来のことを考えると今の研究じゃ食っていけないよなー。
だからといってほかにやりたいことなんて見つからないし。
あー、こうやって問題をずるずる先延ばしにしているだけなんだよなぁ。

なんだかつまんないこと考えているうちに目が冴えたな。
……起きるか。

それで結局、今何時なんだろう。
あれ、時計がない。……ん、テレビもない。ラジオまでないぞ。

ここ俺の部屋じゃない……

嘘だろ。じゃあここはどこだよ?

ここはブランカの宿屋だそうだ。
なんだよブランカって。
どっかで聞いたことあるんだよな。どこだっけ。
そもそも宿屋ってなんだよ。まるでドラクエじゃないか。

……思い出した。ブランカってドラクエの城だよ。
脳に電撃ビリビリっときた感じで頭に浮かんだ。ドラクエ4だ。
むかし散々やったよドラクエ。そっか、ドラクエの城かー。
ドラクエ4の中でもかなり地味な城だけどよく覚えていたな俺。

だから何で俺はそんなところにいるんだよ……。

いや待て。まだドラクエ世界のブランカだと決まったわけじゃない。
調査をして確かめてみなければ。通りを行く人の会話に聞き耳を立ててみよう。

「西のほうにトンネルを造るなんて話があったけど、ちゃんとできるのかしら?」
「今ごろ必死にいたずらモグラを集めてたりしてね。」

「いっこうに現れない地獄の帝王って遅刻の帝王なんじゃないか。」
「おまえスタンシアラに行くといいよ。でも二度と帰ってくるなよ。」

「昨日は不思議な踊りの真似して遊んだんだ。お母さんにも見せてあげるね!」
「あやらだ。母ちゃん魔法使えないから意味ないわよー。」

はい。ドラクエ世界で間違いありません。イメージとだいぶ違うけど。
結論が出ました。ここはドラクエ4のブランカです。

それにしても何故ブランカの宿屋なんだ。
ブランカといえばドラクエ4の城の中でも特に地味なところじゃないか。
ゲームしててもブランカの宿屋なんて1度も利用したことないぞ。
なにせ特にイベントもないし近所にただで止めてくれるきこりの家があるからな。
あれか。1度も泊まらなかったことに怒った宿屋の親父の呪いでここにきてしまったのか。
うわー、まったく根拠はないけど何か凄くありそうだな。

呪いのせいでここに来たとして、俺はこれからどうすべきなんだろう。
それをこれから考えなければなるまい。
ここがどんな世界なのかで場合分けし、それぞれの場合でどうするのが最適か検討しよう。

はじめに考えられるのはこれが夢だという場合だ。
まあ、これが一番考えられることだよな。
これが夢だとしたら特に何もする必要はない。
目が覚めるのを待つだけだ。

次に考えられるのはこれが俺の妄想だって場合だ。
これも特に何もする必要はない。何もしないまま終了だ。
もっとも現実と妄想の区別がつかないとなると別の意味で終わってるけどなー。
全部が幻だったなんてありそうで怖い。

あとはここがドラクエ4をモチーフにしたテーマパークか何かという場合。
だがこれだけ大規模なテーマパークというのは考えにくいよな。
それにこんな物ができたなんてニュースなんて聞いたことないし。
この場合、閉園の時間になったら係員が出口まで誘導してくれるだろう。

それからこれがリアルなゲームだってことを考えておかなきゃならないな。
たとえばバーチャルリアリティの技術がここまできてこういう体験をしているとか。
無理あるよなー。それに体験ゲームなら俺は勇者になっていなきゃ変だ。
ここが体験ゲームならそのうち誰かが止めててくれるだろう。

あとは本当にドラクエの世界があってそこに迷い込んだという場合。
しかしゲームの世界だなんて本気で考えなきゃならないのか……

いくら俺がドラクエが好きだからといってゲームの世界にくることはないよな。
俺がドラクエはじめたのは姉ちゃんに勧められてやったのがきっかけだっけ。
その姉ちゃんといえば結婚して子供まで産むっていうんだからな。
何ていうか身内の出産ってちょっと引くよなー。
そんなこと気にする年でもないんだけどさ。
こういうの考える時点で駄目なんだろうけどな。
あ、そうだ。姉ちゃんの出産祝い何か考えとかなきゃ。

……そうじゃなくて、ここがゲームの世界だって話だったな。
この場合ゲームをクリアすれば元に戻れるってことだろうか。
クリアするってことはピサロかエビルプリーストを倒せばいいのか?
でもそこに俺の介入する余地はないよな。
黙っていても勇者が世界を平和にしてくれる。
俺のやるべきことはないな。

なんだ。結局どの場合でも何もしないということになるじゃないか。
……いいのか?
ゲームなのに何もしないというのはありなのか?

そういえば遭難したときは動き回らずひとつの場所にじっとしてるのが鉄則らしいな。
俺のこの状況はそれに近いのかもしれない。
うん、そう考えれば何もしないというものありだと思えてきたぞ。

そもそもこの世界で俺に何ができるのかということを考えてみよう。
話を聞く限りまだトルネコは洞窟を掘っていないようだ。
つまりゲームで言うと少なくとも3章は終了していないということだな。
思うに今はゲーム開始時点なのではないだろうか。
つまりバトランドではライアンが行方不目になった子供たちを捜すところだ。
ライアンといえば彼がホイミンが並んでいたらどっちがモンスターか分からないよな。
いや、分かるけど。分かるけど害がなさそうなのはホイミンのほうだって。
とにかくゲームの世界だというならゲーム開始時点に来るのはありそうなことだ。
決め付けは良くないがほかに考えようもない。

そしてゲームでの出来事がドラクエの歴史だという仮説を立ててみる。
そうすると俺はこれからこの世界で起きることを知っていることになる。
自分が何故ここにいるのか分からないのに奇妙な話だな。
俺が勇者たちの手助けをすれば冒険がスムーズに進むのではないだろうか。
いや、俺が勇者たちに介入することで歴史が変わることになりかねない。
勇者が世界を平和にしてくれないのは非常に困る。
やはり何もしないのが正解なのだな。
よし決めた。俺は何もしない。

こうして俺の何もしない試みが始まった……はずだった。

―「承諾の承」へ続く―

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