俺はゲーム上の出来事に干渉しないため何もしないと決めた。
だが本当に何もしないというわけではない。
要するに導かれし者たちのような主要キャラに接触しなければいい。
ゲームでのイベントを変えるようなことをしなければそれで良いわけだ。

そう考えればいろいろできることは多い気がする。
俺はこの世界のことを知りたいという好奇心にかられてしまっているのだ。
建物、食べ物、服装、文化、風習、動物、植物。俺の興味は尽きない。
しかし、世の中知らない方がいいことがあるものだ。
だが俺は知ってしまった。この世界のモンスターの恐ろしさを。

俺はいつの間にかブランカの敷地から外に出てしまっていた。
そして何か見たことのない生き物に出くわした。
大きなくわがたのような昆虫。
分かった。あれはモンスターの「はさみくわがた」だ。

奴は俺に気がつくといきなり襲い掛かってきた。
巨大なはさみが俺の腹部を締め付けてくる。
はさみのとげが肉にぐいっと食い込む。

痛い。

さらにぐいぐいと食い込む。信じられないような力で締め付けてくる。
ぐいっ。ぐいっ。ぐいっ、ぐい、ぐいぐいぐいぐい……

痛い痛いいたい痛いイタイいたい痛い!
異常なほど腹が熱い。苦しい。息ができない。
はさみが取れない。取れない取れない取れない。
取れない外れない動けない逃げられない助からな……

ああ、俺も終わりなのか、と思っていると急に締め付けがなくなった。
そして、直後に何か焦げ臭い匂いが鼻を襲う。
しかしそんなことを気にする余裕はなく、俺はぜいぜい言いながら空気を吸う。
痛みと苦しみから開放され、俺はやっとこの世界が夢ではないと実感した。

「そんな格好で町の外に出るなんて自殺行為よ。」
急に声をかけられて俺は少しばかり血の気が引いた。
声のしたほうを見ると女の子がいた。しかもすごい美少女。

「そいつはもう倒したから大丈夫よ。怪我はなかった?」
そう言われてはじめて、何かが燃えていることに気づいた。
焦げた匂いをさせていたのは、はさみくわがただった。
彼女が助けてくれたのか。ああ、まるで女神のようだ。見た目も含めて。
俺は地獄からいきなり天国に来てしまったようだ。

はさみくわがたの様子を見るから判断するにおそらくは魔法で倒したのだろう。
俺は改めて自分がドラクエの世界にいるんだということを思い知った。
この娘は魔法使いなんだろうか。
ドラクエ4の魔法使いといえばマーニャかブライだ。
だが、この娘はマーニャではないだろう。
この可憐な少女があのふんどし姉さんのわけがない。
いや、決してふんどしが嫌いだというわけではないのだが。
言うまでもないが彼女がブライのわけがない。あるはずがない。

つまり俺は彼女に干渉しても問題ないわけだな。よしよし。

「助けてくれてありがとう。何かお礼をさせてもらえないかな。」
俺は思い切って彼女に言ってみた。
彼女は少し迷ったようだがすぐにこう答えた。
「それじゃ私の買い物に付き合ってくれる?」
俺は二つ返事で承った。

買い物といっても彼女が買うのは日用品ばかりだ。
洋服やアクセサリーではないけれど、そこまでデートっぽくなくても満足だよ俺は。
聞けば彼女は田舎に住んでいて、ときどきこうしてブランカまで買い物に来るそうだ。
村人の分も含め生活に必要なものを調達するのだという。
可愛い上になんていい子なんだ。
こういう娘は幸せにならなきゃ嘘だよな。
ああ、できることなら俺が幸せにしてやりたい。それで俺も幸せになりたい。

「重くない?」
「これくらい大丈夫さ。」
俺は彼女の買う品物の荷物持ちをしている。
ああいい子だ。俺のことを気遣ってくれる。いやーホント可愛いな。
こんな可愛い娘と知り合えるなんて現実世界じゃいないよなー。

いままで知り合った可愛い子を思い出そうとすると小学生時代までさかのぼってしまう。
同級生だったリカちゃんという可愛らしい子がいたんだ。
リカちゃんは自分のことを「僕」というんだよな。
そのことで皆にからかわれていたけど、俺だけ可愛くていいじゃないかって言っちゃってさ。
小学生にありがちなことだけど、今度は俺がからかわれたりしていたっけ。いい思い出だ。
そいうえば小学校の同窓会の話があったんだよな。
行ってみようかなー。いや、無事に帰れたらの話だけど。
でもこんなかわいい娘と知り合いになれるなら帰らなくてもいいかなーなんて……

「どうしたの。何か考え事?」
「いやなんでもないよ。」
彼女が俺の顔を覗き込むように見てくる。
俺の目の前に彼女の顔がある。
改めて見てもやっぱりいい。なんというか神秘的な美しさだよ。

何かこうして2人で日用品を買うのって夫婦みたいだよな。
こんな嫁さん欲しいよなー。
朝起きたら彼女が朝食を作ってくれているのだ。
ええのう。実にええのう。

嫁といえばこんな童話がある。ネズミの嫁入りという話だ。
ネズミが最強の婿をもらおうと太陽に嫁入りしようとする。
しかし太陽は雲に隠されてしまう。そこで次は雲にもらわれようとする。
だが雲は風に飛ばされる。その風は壁にさえぎられてしまう。
壁に嫁入りをしようとしたときその壁はネズミに向かってこう言うのだ。
「私が最も強いだなんてとんでもない。壁を簡単に破る者がいるではないですか。」
それを聞いてネズミたちは悟ったのだ。
世界で一番強いのはアリーナ姫であると。

以上ドラクエジョークでした。絶好調だな俺。

しかし幸せな時間というものは長くは続かないものだ。
そのときは突然にやってきた。

「今日は荷物を持ってくれてありがとう。」
彼女の買い物が終了した。彼女はこのまま自分の村まで帰るという。

お別れか。お別れのときなのか。
このまま終わっていいのか。

否! なんとしても次につなげなければ。
「君はどこに住んでるの? 良かったら送るよ。」
俺は再び精一杯の勇気を振り絞って聞いた。
だが……

「私の住んでる場所を聞いてどうするつもりなの!」
ああ、ものすごい拒絶反応……。ストーカーだと思われたのだろうか。
よく考えたらモンスターの出るなか俺が送るなんてできないんだよな。
そうだよ。俺がバカだったんだ。全ては俺のせいですよ。

俺が唖然としているのを見て彼女は自分の口調のきつさに気づいたようだ。
「ごめんなさい。でも、どうしても教えられないの……」
変に気を使わないでくれ。いっそのことばっさり切り捨てておくれ。
クリフトみたいにマホカンタしてる敵にザラキ唱えれば楽に逝けるかな……

振られた。なんだろうこの悲しさ、この寂しさは。
何か最近これに似た経験をした気がする。どこでだっけ。
思い出した。姉ちゃんが子供の名前を考えているときだ。
俺が「トンヌラというのはどうだろう?」と提案したときの姉ちゃんの反応。
もちろん冗談だったのに、姉ちゃん本気で嫌がっていたっけ。
あれ昔だったら乗ってくれていたよ。ちょっと寂しかった。
でも、意外なことにお義兄さんのほうが話に乗ってくれたんだよな。
姉ちゃんはいい人を見つけたもんだ。
それなのに俺ときたらゲームの世界ですらこのありさま……

名前といえばこの娘の名前を聞いていなかったじゃないか。
「せめて、せめて名前だけでも教えてよ。俺の名前はジンって言うんだ。」
その女の子はすぐに笑顔になってこう言ってくれた。
「名前なら教えてあげられるわ。」
しかし彼女の名前を聞かないまま別れたほうが楽だったのかもしれない。
俺は世の中には知らない方がいいことがあると改めて思ったのだ。

「シンシア。私の名前はシンシアよ。」

―「転職の転」へ続く―

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