ドラクエ4は何度もプレイした。そのときの俺は勇者の気持ちになっていた。 だからこの世界で俺がシンシアに惚れたのは当然のことなのかもしれない。 ドラクエ4は何度もプレイした。 だからこの世界でシンシアが自分の命を賭けて何をするのか俺は知っている。 俺はこの世界で何もしないと決めた。でも本当は何もできないだけではないのだろうか。 だけど、結局何もできなかったとしても、俺はやらなきゃいけないんだと思う。 俺がシンシアに出会ったことはゲーム上の出来事には何の意味もないのかもしれない。 でも、俺にとってシンシアとの出会いは人生を変えるほどの出来事だった。 ほんの束の間の出来事であっても人生は大きく変わってしまうものなのだ。 だからこそたったひと時の夢のため、俺は全力を賭けようとしているのだろう。 ドラクエ4は何度もプレイした。どんなエンディングが待っているのかも知っている。 エンディングの最後のワンシーン。そのラストのため、俺は…… シンシアと別れたあと俺はエンドール行きの船に乗ることができた。 金なんて持っていなかったが船で雑用をすることで乗せてもらえた。 エンドールでは武術大会の準備をしている真っ最中だった。 そこで会場設置の仕事を任されている親方を紹介してもらえた。 人手が足りないらしく身元がはっきりしない俺でも仕事にありつけた。 俺は生活費を切り詰めて少しずつお金を貯めていった。 武術大会が始ると同時にカジノが開かれた。 カジノでは武術大会で出場者の勝敗を対象にした賭けが行われていた。 大会中にカジノを開くからにはこの手の賭けをやっているとは思ったのだ。 ゲームの中ではなかったことだが、このくらいの違いはあっても不思議ではない。 ちょうど今、アリーナ姫とミスターハンの試合を対象に賭けが行われていた。 「アリーナ姫が勝つほうに全財産賭ける。」 結果は当然アリーナ姫の勝ち。そこで得たコインを全て次の試合に賭ける。 アリーナ姫はラゴス、ビビアン、サイモンと次々に対戦相手を破っていく。 俺にとっては博打でもなんでもない。結果は分かっているのだ。 結果がわかるといえば、ミネアも占いで未来が分かるのだ。 敵討ちの旅に出るとき彼女にはどんな未来が見えたのだろうか。 絶望的な未来が見えたとしたら、それでも旅をやめようと思わなかったのだろうか。 俺はここで賭けをやめアリーナ対ベロリンマンの試合を見に行くことにする。 ピサロの試合は奴が強すぎたせいで賭けの対象にはならなかった。 カジノを後にしてコロシアム向かう。俺にとっての大博打はここから始まるのだ。 目の前ではアリーナ姫がベロリンマンと戦っている。 会場の隅、セコンドがいるための場所だろうか。クリフトとブライらしき2人もいる。 本当なら導かれし者たちを見て感激のひとつでもしたいところだ。 しかし俺にはそんな余裕はなかった。 俺は息を呑みながらその試合を見ていた。 ベロリンマンの分身はアリーナ姫でも見破ることができない。 試合終了後、俺はベロリンマンに接触することに成功した。 ベロリンマンは人間と友達になりたくてエンドールにやってきたらしい。 そしていつの間にか武術大会に参加していたということだ。 俺はベロリンマンと意気投合し彼を仲間にした。 ……今頃アリーナ姫一行はサントハイムの住人が消えたことを知ったころだろうか。 その後、俺はベロリンマンをつれてボンモールへ渡った。 今度は多少なりとも金があったので渡航にはさほど苦労はしなかった。 ボンモール王はドン=ガアデがいないため橋が作れずやきもきしていた。 俺はドン=ガアデをつれてくることで褒美をもらう約束を取り付けた。 しかし俺はすぐにドン=ガアデを探しに行くことはしなかった。 彼がどこにいるのかは知っている。しかし俺は何もする必要はないのだ。 ボンモール城内で脱獄騒ぎが起こったところで俺は動き出した。 俺はベロリンマンを連れてきつねの村に向かった。きつねヶ原というのだっけ。 そこには村があった。いや、まるで本当にそこに村があるかのようであった。 これは1匹のキツネが神通力によって造っているものなのだ。 村の近くで様子を伺っているとトルネコと思われる男が犬を連れてやってくる。 「ベロリンマン。ひとつ俺の頼みを聞いてくれないかい。」 俺はここでいったんベロリンマンと別れ次の仕事に取り掛かった。 村は姿を消し、ドン=ガアデらしき男が村だった場所から出てきた。 「ドン=ガアデさんですね。ボンモールへご案内します。」 俺はドン=ガアデにそう話しかけ、彼をボンモールに連れて行く。 武器防具を揃えたので俺もこのあたりのモンスターとは渡り合えるようになっていた。 俺もずいぶん逞しくなったもんだ。 そして約束のとおりボンモール王から金を受け取った。 工事は順調に進み、ついには立派な橋が完成した。 落成式の後、俺はドン=ガアデに質問をしてみた。 「橋以外のもの、たとえば家なんて造るんですか?」 最近はモンスターに壊された住宅の修復もやっていると答えた。 そのあと彼の今後の予定も聞いてみた。 彼はしばらく休みを取ってそれから仕事を探すと言った。 「そのときは俺の仕事を請けてくれませんか?」 俺はドン=ガアデにそんな約束を取り付けた。 完成したばかりの橋を渡り再びエンドールに戻る。 そこで武術開会上設置のときにお世話になった親方に挨拶に行く。 俺は親方に大きな工事があるから人を集めて欲しいと頼んでおいた。 そしてエンドールの東にある洞窟に向かう。 のちにトルネコによってブランカ地方と結ばれる洞窟だ。 俺はその洞窟の奥ににいた老人に話をつける。 そしてトンネル堀を再開するときの人員の確保を任せてもらえることになった。 トルネコはエンドールで店を持ちエンドール王から仕事をもらっていた。 彼がトンネルを掘るのに必要な金を集めるのにそれほど時間はかからなかった。 親方が人を集めておいてくれていたので工事はすぐに始めることができた。 トンネル工事が進む間、俺はベロリンマンと合流した。 彼にはあの村の跡地からキツネをつれてきてもらってきた。 俺はキツネに俺の仕事に協力してくれるように頼んだ。 「ほんの少しだけでいい。君の力で幻を見せて欲しいんだ。」 俺は仲間を連れて再びブランカへ戻ってきた。 シンシアや勇者の住む村はこの地のどこにあるのだろう。 その村の場所は誰も知らない。知らないままでいて欲しい。 誰だってハッピーエンドがいいに決まってる。 けれどこれから迎える結末はハッピーエンドといえるのか分からない。 だけどほんの一瞬でもいい。夢を見る時間があってもいいじゃないか。 肝心なのはこれからだ。最後の大勝負が残っている。 でも、シンシアは、シンシアは俺のこと許してくれるかな……。 ―「結晶の結」へ続く―