山奥の村を襲い勇者をしとめたつもりでいるピサロ。
生まれてから1度も出たことがない村を離れ1人で旅立つ勇者。
そこから運命的に集められ導かれし者達の物語が始まる。

やがて世界は平和になり、勇者は自分が旅立った場所に戻ってくる。
勇者の前にはシンシアの姿が現れる。
夢だろうか。幻だろうか。
いや彼女は確かにそこにいるのだ。

でも俺にはシンシアが見えない……

……昔、こんなことを言った人がいた。
「嘘をつくには覚悟が必要だ。たとえそれが相手のことを思う嘘であってもだ。」
誰が言ったことかは忘れたが何故だか印象に残っている。
この言葉のとおり、俺は嘘をつくために覚悟を決めた。

ブランカへ戻ってきた俺はシンシアを探し出した。
俺と買い物をした店を張っておけば見つかると踏んでいた。
シンシアと再会するのに思ったほどの時間はかからなかった。

俺はシンシアにこう切り出した。
「驚かないで聞いて欲しい。俺は君がやろうとしていることを知っている。」
シンシアは戸惑っていたようだが俺はかまわず続けた。
「いざというとき君が勇者の身代わりになろうとしていることだ……」
俺の言葉にシンシアはショックを受けたようだった。
当然だろう。これは絶対外に漏らしてはならないことなのだから。

これを打ち明けることで俺は彼女に殺されるかも知れないと思った。
秘密はなんとしても守る。彼女にその覚悟があることは良く知っていた。
俺が住んでいる場所を聞いたとき激しく拒絶したのも村の場所を隠すためだ。

しかし、俺は生きていた。彼女はただただ呆然としているだけだった。
自分の計画を俺が知っているという衝撃がよほど大きかったのだろう。
俺はここぞとばかりに彼女に語りかけた。
安心してくれ。勇者を守る方法がある。と。

彼女は俺の誘いに乗った。乗らざるを得なかった。
計画が外に漏れた以上、新しい計画を練る必要がある。
しかし彼女にそんなものを用意する余裕はないのだ。

それから最後の大仕事だった。
モンバーバラの姉妹が敵討ちの旅に出て、失意のうちに国を去る間。
この期間のうちに仕上げなければならない。

俺がやったことは偽りの村の作成。
偽りの村、張りぼての家、幻の住人……

俺は仲間たちとともにその作業に取り掛かる。
仲間というのはベロリンマンとキツネ。そしてシンシアだ。

親方から人を借りて山を開き土地を整備する。
シンシアの協力を得てドン=ガアデに村の外観を作ってもらう。
俺は稼いだ金で木材や石材を買いできる限り本物の村に見えるようにした。

その見てくれだけの村にキツネとベロリンマンが住人を配置する。
ベロリンマンのつくる幻の分身をキツネが人間そっくりに姿を変える。
この幻はアリーナですら見破れない。魔物でも見破れないだろう。
建物と住人が揃い、これで偽りの村の完成だ。
偽りの村という俺の嘘。この嘘がやがて大きな結晶になるのだ。

そしてこの偽りの村に魔物たちが襲い掛かってくる。ゲームのとおりに。
ただし村の住人は幻。シンシアの化けた勇者も含め全て幻。
木を隠すなら森の中。村人全てが偽者ならばかえって気づかれにくいはずだ。

ばれる危険がないわけではなかった。
だが、魔物たちはシンシアのモシャスだって見破れなかったではないか。
それにピサロは直接手を下していない。
ゲームの中では別の魔物が勇者をしとめたとピサロに報告していた。
勇者をしとめたつもりのその魔物は知能が低かったのだろう。
俺たちは安全な場所から幻の村が滅ぼされるのを待った。

山奥の村を襲い勇者をしとめたつもりでいるピサロは偽りの村を去った。
シンシアを殺そうとした罰だ。
ピサロはキツネに化かされた魔王として後世まで語り継がれてもらおう。

ここから本物の勇者が住む村に舞台は移る。
村人の住人はシンシアに説得してもらい協力してもらった。
今度は村に魔物の群れが襲い掛かってくるような幻を作り出す。
村人たちが地下の倉庫に勇者をつれて来る。
シンシアが勇者の元に行きモシャスで勇者の姿に変身する。
ただゲームと違いここでそっとラリホーを使い勇者を眠らせるのだ。
そして眠った勇者を偽りの村の跡地に連れて行く。
偽りの村にも元の村と同じつくりの地下倉庫は作っておいた。

勇者が眠りから覚めたころ魔物が襲う音をつくり勇者に聞かせる。
そして魔物とピサロのやり取りを再現して聞かせるのだ。
これは重要なことだ。勇者がピサロの名前を知るのはこのときなのだから。
勇者はまさか自分が元の村から離れた別の場所にいるとは気づかないだろう。
この極限状態だ。勇者は自分が眠ってしまったことさえ気づかなかったかもしれない。

やがて勇者は地下から出て村の惨劇を知る。偽物の村とは知らずに。
生まれてから1度も出たことがない村を離れ1人で旅立つ勇者。
勇者は村から出たことがない。だから本当の村がある場所を知らない。
このあとはゲームと同じだ。勇者は世界を回り、仲間を集め、世界を守る。

シンシアは俺のことを許してくれた。
勇者をだますことになるこの作戦に協力してくれたのだ。
村人たちの中には勇者の旅立ちに反対する者もいた。
全て嘘だったと明かし、勇者を鍛え育てようというのだ。
しかし、シンシアが彼らを説得し勇者は冒険を始めた。
「私たちは死んだの。死んでいる人間にできることは見守ることだけよ」
シンシア、君はやっぱり素敵だよ。

そして世界を平和にした勇者は自分の生まれ育った村に戻ってくる。
生まれ育った村だと信じている廃墟に。
ここで勇者の前にシンシアが現れる。エンディングのあのシーンのとおりに。
勇者は夢か幻だと思うかもしれない。でも、幻なのは襲われた村のほうだったのだ。

絶望的な未来を知ってしまったら、なんとしても回避しようとするだろう。
それができたのは俺だけだ。だけど俺はこの物語に干渉することはできない。
だからこの物語の中で俺がしたことは何もない。俺がプレイしたゲームと何も違いはない。
ゲームの出来事を変えないように俺は勇者と顔を合わせることすらしなかった。
俺は勝負に勝ったのだ。ゲーム上の表現に干渉せずシンシアを守るという大勝負に。

この嘘はピサロや勇者だけではなく画面の向こうの人間も騙したことだろう。
つまり、このドラクエ4をプレイする人間にも嘘をついたというわけだ。

ゲームのシンシアは身を挺し勇者を守って死んでしまうから美しいのかもしれない。
だけど俺はこうして出会ってしまった。そして惚れてしまったんだ。
たとえ年老いてしわくちゃになっても生き抜いて欲しいと思うのは当然じゃないか。

好きだと思う気持ちだけで人はここまでできるものなのだ。
人は好きなもののために全力を尽くす。とても凄いことじゃないか。
好きなことを素直に好きだと認めるのは勇気がいることだと思う。
人は自分が好きなものを他人に否定されることがいつの間にか怖くなるのだろう。
俺はドラクエが好きだ。姉ちゃんがドラクエから離れていっても関係ない。
姉ちゃんは自分の家族というもっと大切なものができただけなんだから。

小学生のとき俺は可愛い子を素直に可愛いと言える勇気があった。
でもだんだん臆病になって言ったんだと思う。
だから研究が好きだけどそれを素直に認めようとしなかったのかもしれない。

勇者が冒険をする間、キツネとベロリンマンは移民の町に渡った。
俺はシンシアと一緒にすごすことができた。夢のようなひと時だった。
でも、それは束の間の夢。ゲームが終了したことで俺は元の世界に帰るのだ。

不思議な声が俺に語りかけて選択を迫る。この地に残るか元の世界に戻るか。
これはマスタードラゴンの声だろうか。俺は元の世界に戻ることを選んだ。
俺の選択を受け入れて、その声は俺に気をつけて帰れよと言う。
あんたも自分の城に帰る時はトロッコに気をつけろと言いたかったがやめた。
世の中知らないほうがいいこともあるものだ。

俺はここに残らないほうがいい。これは考え抜いた末の行動なんだ。
シンシアには勇者がいる。きっと彼がシンシアを幸せにしてくれるのだろう。
ネズミの嫁入りではないが、一番近くにいた人と結ばれるのが幸せなのだ。
この結末は俺にとってハッピーエンドだといえるのか分からない。
でも、これでいいのだ。
俺は勇者の気持ちになっていた。だから勇者が本当に守りたかったものを守ったまでだ。

俺は大切なものを守るため大きな嘘をついた。偽りの村を作り出すという大きな嘘を。
だけど、それだけじゃなく俺は自分の気持ちにも嘘をついていたのではないだろうか。
……もしかしたら俺は自分に嘘をつき無理やり自分を納得させていただけかもしれない。

この世界から俺の姿が消えていく。
せめて最後に一目だけ、シンシアの、君の姿を見せてくれ。
でも俺にはシンシアが見えない。
シンシアは勇者と抱き合って、俺には勇者の後姿しか見えない。
もじゃもじゃした髪の毛しか……

え。もじゃもじゃ?
ちょっと待て! ひょっとしてこの世界の勇者って女?!

―完―

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