「あんな昔のことなのに、覚えていてくれたんだ」 「約束したことだから……」 僕は思い出していた。昔の自分、昔の彼、そして昔の約束を。 「ねえ、聞いてくれる僕の昔話。あ、でも笑わないでよ」 「笑わないよ」 「でも面白かったら少しは笑っていいからね」 僕は笑いながらそう言った。そして2人して笑った。 「昔々、僕は夢を見たんだ。だけど今でも夢だとは思っていない不思議な世界の出来事だよ」 「じゃあ、体験談として聞くよ」 そう、僕にとってあれは夢じゃない。紛れもなく体験したことだ。 「その世界で僕は『モンスター使い見習いトモノリ』って呼ばれていた」 「ええ? それって……」 「僕ね、目が覚めたらその世界の宿屋って言うところにいたんだ」 ―― あれ、僕いつの間に寝ちゃったみたい。 うーん、いつ寝たのか思い出せない。 それにこれって僕のベッドじゃないよ。 ここ、どこだろう。 前に目が覚めたら病院だったなんてこともあった。 僕ってあんまり体が丈夫なほうじゃないんだ。 ここも病院なのかな。 それならどこかにナースコール用のボタンがあるはずだよ。 よく声が小さいって言われる僕だけど、ボタンなら声を出す必要はないんだ。 ……あれ、ボタンがない。 あ、足音が聞こえる。誰か来たみたい。 「おお、目が覚めたようじゃな。」 やって来たのはお爺さんだ。病院の先生かな。 「あの、先生ですか?」 「わしか? わしは有名なモンスター爺さんじゃ。」 ああ、やっぱりここは病院みたいだよ…… 僕は外に倒れていたところをこのおじいさんに助けられたんだって。 それでこの宿屋というところにつれてきてもらったみたい。 お爺さんは宿屋のおじさんと何か話しをしている。 僕もおじさんに挨拶をした。そのあと僕はお爺さんに連れられて宿屋を出た。 どこなんだろう。僕の町とは町並みがぜんぜん違う。 遠いところに来ちゃったのかな。 これから僕は迷子としてお巡りさんのところに行かれるんだろう。 ううう、この年で警察のお世話になるとは思わなかったよ…… でも僕は何故か地下室に連れてこられた。 この地下室には牢屋のような鉄格子がある。 何かを捕まえておくのかな? ひょっとしたら、さらってきた子供を入れておくのかもね。 ……嘘。 えええ! もしかしてそれって僕? これって危険なんじゃない? 知らない人についていっちゃいけないってこういうことだったの? うわわー! 誰か助けて! 僕の願いが神様に通じたのか誰かがこの地下室に降りてきた。 がっちりしたお兄さんが2人。 お兄さんたちはお爺さんと何か話している。 「わしが有名なモンスター爺さんじゃ。」 また言ってる。やっぱり怪しい。 「この子は?」 「ああ、モンスター使いとして育てようと思ってな。」 ……何か変なこと言ってる。 さらってきた子供だと気づかれないように誤魔化そうとしてるんだ! 「お前、名前は?」 「ぼ、僕? 僕の名前はトモノリ……。」 僕は何とか声を振り絞って答えた。 「もう少し大きな声でしゃべれよ。トモノリって言うのか。変な名前だな。」 緑色の髪の毛のお兄さんが笑う。 「モンスター使い見習いトモノリね。いいじゃないか。」 黒い髪のお兄さんは優しくそう言った。 ううう、違うのに……。 ああ、このままじゃお兄さんたちが帰っちゃうよ! 僕は自分の中の勇気を全部出し切って叫んだ。いつもとは違う大きな声で。 「た、助けて! 僕、誘拐されたの!」 2人のお兄さんの顔色が変わった。 「貴様! 人攫いだったのか!」 「モンスター爺さんなんて名乗るから怪しいと思っていたんだ!」 「待て! 誤解じゃ!」 「問答無用!」 「うおぉぉぉ!」 「結局のところトモノリは爺さんに誘拐されたわけじゃないんだな。」 騒ぎは収まった。収めたのはイナッツというお姉さん。 モンスター爺さんの助手で騒ぎを聞きつけて出てきたんだ。 お兄さんたちはすっかり説得されてしまっている。 ちなみにお爺さんは僕を孤児だと思って引き取ろうとしただけらしい。 ごめんなさいモンスターお爺さん。 イナッツさんの格好はバニーガールって言うのかな? これはこれでかなり怪しいよね。 もしかしたらモンスター爺さんの趣味なのかな。 でもこんな格好で街中を歩いていたら捕まっちゃうよね。お爺さんが。 「それでトモノリはどうなるんだ?」 そうだよ。僕はおうちに帰れるの? 「どうにも分からん。まるで別世界から来たようじゃわい。」 僕が住所を言ってもまるで分からないみたい。 「そうなると本当にモンスター使い見習いとしてここで暮らすしかないな。」 緑髪のお兄さんがそう言い放つ。ううう、そんなぁ…… 「かつて勇者の前に別世界の人間が現れ奇跡を起こしたと伝え聞く。」 お爺さんがまた良く分からないことを言う。 「一説には天空の民だとも言われておるが……トモノリもそうなのかもしれんの。」 天空って……その人、本当に人なの? 「それならトモノリを大事に扱えばいいことが起きるんじゃないか?」 大事にしてもらえるのかな。それなら昔の天空の人ありがとう。 「勇者様の前に現れたなら、トモノリと一緒に旅をすれば勇者様に会えるかもね。」 黒い髪のお兄さんがそんなことを言う。でも…… 「僕、体が弱いからお兄さんたちと旅をするなんて無理だよ。」 「いま、何って言った?」 緑色の髪のお兄さんが僕の言葉に反応した。え、僕、何か変なこと言ったの? 「いま、お兄さんって言ったよな?」 「う、うん。」 「そうだよ、俺たちはまだお兄さんなんだ!」 え、何? 何なの? 「外でかくれんぼしていたガキどもはおじさんなんて言ったが、そんなことはないぜ!」 どうやら誰かにおじさんって言われていたことが気に入らなかったんだね。 「よし気に入った。お前は俺の子分にしてやろう。これからは俺を親分と呼んでいいぜ。」 ごめんなさい。意味が分かりません。 「お兄さんが親分ならこっちのお兄さんは?」 「この青年はモンスター使いの才能があるようじゃ。いろいろ教えてもらうといい。」 ううう……。僕がモンスター使い見習いになるって確定事項なんだ。 「じゃあ、こっちのお兄さんはお師匠様って呼ぶよ。よろしくお願いします、お師匠様。」 黒髪のお兄さんはちょっと照れくさそうだ。 「おい。親分より師匠様のほうがかっこいいじゃないか!」 親分は必死だ。ちょっと面白い。 黒髪のお兄さん……お師匠様がモンスターを連れて来て、ここで面倒を見るんだって。 モンスター爺さんはモンスターの研究をしているのかな? 僕はそのモンスターの世話のお手伝いをすることになるみたいだ。 でもさ、そもそもモンスターって何? 怪獣みたいなの? 「モンスターの世話をしてくれるなら代わりにトモノリが家に戻れる方法を探してみるよ。」 お師匠様は僕の目線までかがみこみ、そう言ってくれた。 「約束だよ。」 僕は小指を立てて前に突き出した。 でもお師匠様はどうしていいかわからないみたい。 「約束をするとき小指を絡ませるるんだよ。」 僕がそう言うとお師匠様はにっこり笑って小指を突き出して僕の小指に絡めた。 約束だよ。……嘘ついたら針千本だからね。