見始めたことをさっそく後悔させてくれるテレビ番組の占いコーナー。 愚痴るのもなんだが、俺が見るときは決まって結果が同じ気がする。 「さて、今日最も運勢が悪いのは~」 こういうのって、最初から見てたら11位までで充分だよなぁ。 ま、分かりきってても見ちゃうんだけど。 「ごめんなさ~い、天秤座のあなたで~す」 はいはい。そんじゃ今日はどんだけ悪いことが起きるのかな、っと。 すでに一人っきりの誕生日迎えてるってのに。我ながら泣けてくるぜ。 枕元のリモコンを掴んでテレビに向ける。 「あなたは今日、とても大切な決断を迫られるでしょう。ラッキープレイスは近所の公園――」 テレビを途中で消して、俺はリモコンをソファーへと投げつけた。 リモコンは一度だけ弾み、ソファーの隅、ぎりぎりで動きを止めた。 敷きっぱなしの布団に寝転び、顔を埋める。 「はぁ、つまんなー」 誕生日の息子を残して旅行に行った両親を、恨むわけはない。行くのを断ったのは自分自身だ。 懸賞で当たった期間限定の旅行だし、俺の誕生日と被ってしまったのも両親のせいではない。 そもそも高校生にもなって両親と旅行に行くなんてことを、俺はとても気恥ずかしく思ったし。 誕生日を祝ってもらうなんて、よくよく考えれば馬鹿馬鹿しい。というかもはや気持ち悪い。 第一、最初は両親がいない間に普段できないようなことができると、胸を躍らせていたはずだ。 それだってのに。 いざとなったらやりたいことなんてなかった。 「考えてみりゃ、そりゃそーか・・・・・・」 俺にはこれといった願望も欲望も、いわゆる趣味すらないのだから。 しかし、それならせめて誕生日らしく友達とどっか遊びに行けよと、偽物の自分は促してくる。 でも友達に迷惑かけたくないしな、なんて。変に気遣う自分が本物で。 ――あ~あ、本当に俺って何なんだろう? 無意味な人生を歩んでる人なんていないって、ヒットソングは唄うけど、本当にそうか? 今こうしてる俺にも何か意味があるのか? 「――なんてな」 くだらねー、ほんと。 不毛で、そのうえ余りにも飛躍した問い掛けを俺は自嘲して交わす。 俯せから仰向けの状態に転がり、深く息を吐き出して。また吸い込む。 新鮮な空気が、俺の身体を満たしてゆく。 「せめて外にでも出掛けてみるか・・・・・・」 なんでか、そう思った。 言いようのない感情に締め付けられた身体を無理矢理に持ち上げる。 でも、何処へ行こう? 別にしたいことがあるわけじゃないからな。 しばらく考えて、ふとテレビの占いを思い出す。運勢最悪。近所の公園がラッキープレイス。 せっかくだし――久しぶりに行ってみる、か? 俺はゆっくりと布団から起き上がった。 思い立ったが吉日って言葉もあるもんで、俺はさっそく準備を始めた。 パジャマを脱ぎ、部屋のタンスから緑のTシャツと紺色のジーパンを引っ張り出す。 別に洒落た服を着ていく必要はない。ただ気分転換に行くだけだ。 顔を洗って、歯を磨き、寝癖でぶっ飛んだ髪の毛をブラシとスプレーで強引に撫でつける。 鍵と、携帯に財布。全部をポケットに詰めたら、これで準備は完了。 「いってきます」 惚れ惚れするスピードで準備を済ませ、俺はマンションをあとにした。 公園まではマンションから徒歩たった2分。インスタントラーメンもびっくりの超近所だ。 しかもやたら広い。なんか偉そうな肩書きがついた公園で、休日には結構人が集まったりする。 ああ、そういえば一時期そのせいでゴミ問題が騒がれたりもしたっけ。 なんてことを思い出しつつ公園に入ると、案の定いたるところに人の群れが見えた。 中にはレジャーシートを持ってきて、ピクニック気分の家族までいる。 「すげー晴れてんな」 木陰のベンチに腰を降ろして、秋晴れの青空をすーっと見上げる。 雲量が1までなら快晴だったっけか。まぁ間違いなく今日は快晴だ。 あー、ここに来たのも、随分久しぶりだな。 や、正確には通学の通り道にしているから、ほぼ毎日のように通り過ぎちゃいるか・・・・・・。 そのまま呆けていると、アキアカネが視線の上でホバリングを始めた。 すいすいと、泳ぐように空をあちこち飛び回る。 ――ああ! こんな風に空を飛べたらどんなに気持ちいいだろう! なんてこと別段考えたりせず、なんの感慨もなしに俺は見上げていた。 すると、前触れもなく唐突に、アキアカネは地面に落ちた。まったくの不意打ちだった。 着陸というより、むしろ墜落に近い。ほぼ垂直落下だ。 慌ててベンチから離れ、そこにしゃがみ込んで地面に目を見張る。 アキアカネは地面に伏したまま、ぴくりとも動こうとしない。 「おい、なんだ? 死んじまった、のか?」 いや、聞いても意味ねぇよな。不っ思議ー。 「いたいた。ここにも動けるやつがよぉ!」 ただでさえ聞こえるはずないと疑わなかった返事は、加えてさらに俺の思いがけない方向から聞こえてきた。 瞬間、強烈に頭を締め付けられるような感覚が全神経を凍らせる。 続けざま、視界が強制的に引き上げられる。 なんなのか、全く分からなかった。 状況を飲み込むのに、時間がかかった。いや、最後まで、飲み込むことは出来なかった。 は、当たり前だ。こんな光景いったい誰が信じられる? なぁ? 有り得ねぇよな。 ありえないって。 絶対、ありえない。 「あー、どうして人間てのはいつ見ても旨そうなんだろうなあぁ」 鷲掴みにされて持ち上げられた先に表れたのは、顔中毛むくじゃらの、猪みたいな化け物だった――。 「う・・・・・・あ・・・・・・」 なんだよお前!? そう叫んだつもりだったが、声は出なかった。 喉がカラカラに渇いて、砂漠化していく。 「ぐふ」 化け物は鼻を鳴らすと、黄ばんだ前歯をちらつかせながら、べろりと舌なめずりをする。 はは、なんだ。これ。 「食っちまいてぇなぁ。こんだけいるとよぉ」 植え付けられる絶対的な死へのイメージ。 それに伴う、痛覚への道程。 覆いかぶさる恐怖。 撥ね退けられない威圧感。 それが本能かのごとく宙吊りの足ががくがくと大きく震えだす。 「べつに一匹ぐらい。いいよなぁ? なぁ?」 嫌だ。嫌だ。嫌だ。こんなのって、ねぇだろ。 猪は見開いた眼をぎょろつかせ、俺を覗く。 「なんて、な!」 腹部に響く鈍い痛み。爆発しそうな激痛で、意識の火が一気に持ち去られ、掻き消されていく。 「あぐっ・・・・・・あ」 んだよ。俺がいったい何したってんだ・・・・・・。 「調子いいぜ。いーもんが期待できそうだ!」 猪の化け物は、満足そうに、俺を鷲掴みにしている左手へ力を入れる。 マッチの火みたいに意識がちらつく中で、俺は一つだけ気付いた。 誰も動いていない。 公園の家族、散歩に連れてこられた犬。多分、あのアキアカネも。 動いているのは俺と、この化け物だけ。 二度目の襲撃。恐らく命までも掠っていく。 そんなことを思って。 俺は堪らずブラックアウトした――――。 その暗中の世界で。 化け物の手はぐんぐん伸びてくる。逃げても逃げても、俺を追う。 その先にある、下卑た快感を得るが如く。 やめろ、来るな。誰か、助けてくれ。誰か! 走っても走っても、腕はぴたりとついてくる。まるで俺の身体の一部と化したかのように。 来るな、来るな! ついにその腕が、俺の頭を再び捕らえる。あの時と同じ威圧感が、簡単に俺の身動きを封じる。 あっさりと恐怖の波に飲まれた俺は、もはや足掻くことさえ叶わない。 醜悪な笑みを浮かべて、化け物はその強靭な筋肉へと力を込める。 やめてくれ! 食い込む爪が眼球を、噛み付く牙が頭蓋を。 俺を、粉砕していく。 「うわあぁぁっ!」 跳ね飛ばされたように身体を起こす。伴って、腹部に痛みが走った。 「あっ・・・・・・ツぅ」 「あ、起きた」 見知らぬ声。 それに反応して俺は声の方向へ顔を向ける。 そこにいたのは、漆黒のベールのごとき黒髪を纏った、見知らぬ少女だった。 「大丈夫? 随分と、うなされてたけど?」 うなされて? ああ、そうか。そうだ。 ん? 待て。俺は? 俺は生きてるのか? 汗ばんだ手の平を反射的にTシャツで拭う。 手は、ちゃんとある。目も大丈夫だ。はっきりと見える。足は? 他と変わらず汗でびっしょりしてるけど、問題ない。 夢だった? いや、今のが夢だっただけか。 いまだズクズク刺すように腹が痛む。リアルなそれは疑う余地もない。 しかし、とにかく。それ以外は五体満足だ。目立った外傷は無い。 生きてる。生きてるんだ。 徐々に自分が落ち着いていくのが分かる。頭にあった霧だの靄だのの不鮮明が晴れていく。 同時に浮かび上がってくる数々の疑問達。 化け物は? あれはいったいなんなんだ? 此処は? いったい何処の部屋だ? さっきの公園の近くなのか? 君は誰? 俺を助けてくれたのはあんたか? それとも他の誰か? ――て、このまま黙ってても仕方ないか――。 「あの」 「ちょっと待って。聞きたいことは山ほどあるんだろうけど」 俺が話しかけようとした矢先、彼女は手を突き出してそれを制止した。 「まず、こっちから話すから。あなたはとりあえず黙って聞いてて」 黒髪の少女は人差し指をぴんと立てる。 「あ、あぁ・・・・・・」 俺が面喰らって思わず頷くと、彼女も頷く。 そして、微笑む。 「私達がいるのは、私達の世界じゃない」 なんだって? 「あなたは、連れてこられたの。多分、ある程度選別されて」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。話の流れが」 思わず口を挟む。なにを言ってる? 彼女は。 黒髪の少女は、続けて手の平を上に返した。 「つまり、ようこそ異世界へ――ってことよ」