----------------- Real-Side -----------------

 ヴヴヴヴヴ.......! ヴヴヴヴヴ.......!

 頭のすぐ横で妙な音がしている。まくらを通して細かい振動が伝わってきて、ほっぺた
がくすぐったい。
「んあ……なんら?」
 それがマナーモードにした携帯が震えているんだと、俺はようやく気づいた。そう言え
ば昨日、夜間は着信音が出ないように設定しておけとタツミに言われて、そうしたような
覚えがある。
 その後の記憶は曖昧だ。俺はいつの間にか寝てしまったらしい。
「うに……もしもし、タツミかぁ……?」
『ちょっとタツミはあんたでしょ? なに寝ぼけてんのよ』
「おぁああ!!??」
 予想外に高いキーで返答されて、寝ぼけ半分だった俺の脳ミソはいっきに覚醒した。
「エ、エリス?」
『……ちょっと、エリスって誰?』
 違った、まだ寝ぼけてんな。えーとこの子は、
「片岡百合子?」
『そうですよ。ってかなんでフルネームで呼ぶかな』
 苗字と名前のどっちで呼ぶかまだ決めかねてるからだが。
『まあいいや、おはよう。まったくいつまで寝てるんですか、天才クン』
 ユリコが呆れたように言う。俺、そんなに寝過ごしたんだろうか。
「――ってまだ朝の5時じゃねえか!!」
 時計を見て俺は思わず怒鳴った。電話の向こうでユリコが笑う。
『あはは、起こしてごめんね。とりあえず、出かける支度して降りてきてよ』
「出かけるだぁ? こんな早くにどこ行くんだ」
『いくら平日でも、このくらいの時間に出ないとイイ場所取られちゃうもん』
 なにを言われてるんだかサッパリな俺に、彼女はやはりわからない単語を、実に嬉しそ
うに投げてよこした。
『この季節はやっぱりお花見でしょ! ね?』
 オハナミってなんだ。しかもこいつ「降りてこい」って言わなかったか?
「もしかして下にいるのか」
『玄関の前で待ってる。お弁当も敷物も用意してるから手ぶらでいいよ』
 おk、レジャー関連のお誘いですね。
 どうすっかな、そういうのは嫌いじゃないが、ゲームの方も気になるし。でも俺の分の
メシまで作って来てるんじゃ、断るのも悪いしな……。
『もしかして今日に限ってなにか用事がある、とか?』
 急に心配そうな声を出すユリコに、俺は「いやいや」と否定した。
「そうじゃないんだ、少し待っててくれ。すぐ折り返す」


 俺はいったん携帯を切って、タツミを呼び出した。
『はいはい、どしたのアルス?』
 タツミの方はワンコールですぐに繋がった。お互いかけても繋がらないってパターンが
多かったから、なんか新鮮だ。
「おう。どうだ、あれから落ち着いたか?」
『え……? そうか、そっちは朝になったばっかりだもんね。おとといはどーも』
 相方が苦笑する。言われて俺も時差のことを思い出した。ピラミッドの夜のことは、向
こうではもう2日前の話になるのか。

 俺が寝る前に消したらしいテレビの電源を入れると、優雅な音楽とともに海原を進む白
い帆船が映った。全体がオレンジ色がかっているから、あっちは夕方のようだ。
「もう船を手に入れたのか。……ってポルトガとバハラタを2日で往復したのか!?」
 とんでもない強行スケジュールだぞ。またこのバカは――。
 俺がムッとすると、気配が伝わったのかタツミは慌てて説明した。
『無理はしてないよ。僕の場合、システム外のショートカットが使えるから。魔法の鍵を
餌に、ロマリア国王からバハラタ座標の入ったキメラの翼をもらって、直行できたんだ』
 そこで、なにか思い出したのか深~いため息をつく。
『でもそのせいでひずみが出てるのか、なんかストーリーがおかしいんだよねぇ』
「なにがあったんだ」
『……バハラタに黒胡椒をもらいに行ったら、タニアさんの代わりに僕がさらわれた』
「お前がさらわれたんかよ!」
 うちのプレイヤーはどうしてこう、本来のシナリオの斜め上を行くんだ。
『そんなことはどうでもいいんだけど。で、どうしたの?』
「いやその前に、なぜ勇者がカンダタに拉致られたのか聞きたいんだが――」
『そんなことはどうでもいいんだけど。で、どうしたの?』
 ループしやがった。あまり話したくないことらしい。

 まあ俺も人を待たせてるし、そのうち番外で語ってもらおう。
 前回は場合が場合だったから、けっきょくユリコのことも、奨学金やあの不良少年エー
ジとの関係についても、なにも聞けなかったんだよなぁ。
 その辺の確認も、また後回しだな。

「今ユリコから、オハナミに行こうって誘われててさ」
 俺が本題を切り出すと、タツミは急に静かになった。1秒、2秒、3秒。
『あっそう。ユリコがね。うん、いいんじゃない?』
 おや~、ちょっと引っかかるような言い方だな。しかも普通に名前で呼んでるしぃw
「本・当・にいいのか?」
『なんだよその言い方。いいよ、せっかく現実にいるんだから、楽しんできなよ』
 タッちゃんやーさしー。ではお言葉に甘えさせていただきます。
「んじゃ行ってくるわ。お前もなんかあったらすぐ電話しろよ」
『了解。あ! その前に僕のステータスだけ教えてくれる?』

 そうだった、お互いにそのことを思い出した瞬間に向こうのメンバーが戻って来て、そ
れも後回しになったのだ。
「よし、ステータスウィンドウ出せ」
『えーと? コマンドを思い浮かべればいいのかな』
 ピッという軽い音とともに、画面上に黒いウィンドウが展開される。


 ――その瞬間、俺は言葉を失った。

『どうしたの』
「あー……詳細ステータスの方を出せるか?」
『やってみる。コマンド>つよさ>ゆうしゃ、かな』
 あいつの言葉に合わせて、画面上で自動的にカーソルが動き、勇者タツミの詳細ステー
タスが表示される。
 なんだこりゃ。こんなステータスってありか?
『ねえどうしたの。そっちからピッピッて聞こえるから、表示は出てるんでしょ?』
 タツミの不安そうな声に、俺はなるべく冷静に事実を告げた。

「実はその――レベルと経験値が『??』でな、最大HPは64だからまあ普通なんだが、
最大MPが999なんだよ。素早さ170は……星降る腕輪の効果か。それでも高い方だな。
賢さが245ってのはどうなんだろう」
『…………なにそのバランスの悪さ。レベル??ってどゆこと。MP999ってなに』
「俺にもわからん。現在のMPは975なんだが、お前、今日なにか呪文使った?」
『まだひとつも使えないよ、呪文の練習なんてしてるヒマないし』
「あ、しかも減った! 今974になったぞ、オイ」
『はぁ? 僕はなにも……あ』
 俺も同時に気がついた。
 もしかしなくても、携帯、だよな?

『えーー!!?? 番外の “携帯の電池がMP” って、あれ冗談じゃなかったの?』
「それに宿屋とかに泊まったあとで最大MPに戻ってないってことは、減った分は増えな
いってことじゃないのか」
『僕のMPはプリペイド式かよ! しかも呪文と電話代の合算請求?』
「ということになるな」
『っもう信じらんない! 電話代もったいないから切るね! 行ってらっしゃい!』
「あ、待てって……」

 ツー ツー
 切られてしまった。しっかし、今後はうかつに長電話できないのか。
 うちのプレイヤーはどうしてこう、本来のシステムの斜め上を行くんだ。
 プルルルルルル! プルルルルルル!

 途端に電話がかかってきた。表示は「YURIKO」になっている。
『遅いからかけたんだけど……やっぱりダメかな?』
 こっちはこっちで最初の元気はドコへやら、ふみ~んと沈んだ声になってるし。
「大丈夫だ。今行くからもう少し待ってろ」
『良かった! 待ってる』
 ありゃま、ずいぶん嬉しそうだなぁ。

 そういやこの子、タツミに惚れてるんだっけ。
「あのさぁ、やっぱりユリコって呼んでいいか?」
 ちょっと聞いてみる。ぶっちゃけ「カタオカ」って言いにくいし。それに、タツミ君も
本当はそう呼びたいみたいですしね♪
『え? ……うん、あんたがそう言うなら、いいよ』
 ふはは、もじもじしてるのが見ないでもわかるww かわいーじゃんw

 エリスもそういうとこあったなぁ、なんてニヤニヤしつつ、俺は簡単に身支度を整えた。
 出がけに別室をそっと覗くと、いつの間に帰ってきていたのか、ヤツの母親が眠ってい
た。こんな時間に起こすのも悪いから、声はかけないでおこう。
 リビングのテーブルにメモを残して、玄関を出る。


 というわけで、現実生活2日目は友達とレジャーでGO!
 昨日はいろいろあったが、俺の異世界ライフ、まあまあ順調じゃねえ?

 ……向こうはワヤクチャみたいだが、まあ頑張ってくれたまえタツミ君。

   ◇

アルス「はいこれ、宿スレ定番のステータス。だけどお前の場合、意味あるのかねぇ?」
タツミ「知らないよ! なんだよこれぇ……」

【タツミ】
レベル:??
HP:58/64
MP:974/999(プリペイド式)
装備:E聖なるナイフ、E旅人の服、E星降る腕輪

力:12
すばやさ:170
体力:19
賢さ:255
運の良さ:118
攻撃力:22
守備力:18
Ex:??

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