剣と魔法の世界。 ファンタジーの王道であり、その筋の人間なら誰もが一度は夢見る事だろう。 伝説の剣を手に取り、可憐なヒロインや勇敢な仲間と共に魔王を討ち果たす。 で、最後はヒロインとハッピーエンド。お決まりだよな。 俺もそんな事を夢に見なかった、といえば当然嘘になる。 でも実際行ってみようとはまで思わない。 いや、年を重ねるにつれ思わなくなった、と言うべきだろう。 現代の便利な生活が骨まで染みた身に、きっと中世レベルの世界は耐えられないからだ。 水洗トイレが無い生活。ネットが無い生活。車が無い生活。 正直考えも付かない。 更に付き纏う死の危険。 もうやばすぎだろ、常識的に考えて。 ん? 前振りが長い? 何が言いたいのかって? それはだな……。 『結局は住み慣れた場所が一番って事。 世の中そんなに甘くないよな』 「はあ? いきなり何言ってんの!?」 『いや、なんで俺がこんな状況に陥ってるのか今一度自分に問いかけt』 女性A(仮名)と俺の声が、甲高い金属音にかき消される。 そして俺の体に軽く衝撃が二度響く。体感震度3って所か。 さて、ここで何が起こったのか説明せねばなるまい。 女性A(仮名)が敵(なんか中身が空のピンク色の鎧)の鋭い斬撃を受け止め、はじき返したのだ。俺で。 そしてそのまま女性A(仮名)は攻撃を弾かれ体勢が崩れた相手に縦一閃。俺で。 哀れ一撃で真っ二つになった鎧はそのまま崩れ落ち、光に還った。 『しかし、とても女の力には見えないよな。腕も細いし』 「ああもう戦闘中にうっさい! へし折るわよ!」 『はいはい』 女性A(仮名)のお叱りの言葉を戴いた俺は、気の抜けた返事を返す。 彼女の言葉通り、まだ3体の鎧と箒に乗った婆さんが俺たちを取り囲んでいる。 死を覚悟とまではいかなくとも、それぞれが弱くは無い連中だ。 ああ、なんでそんな相手に俺はこんなに落ち着いてるんだろう。慣れか、慣れなのか。 『酷いや皆! 僕はこんな命の遣り取りなんか慣れたくなかったのに!』 「だから! 煩いって! 言ってるでしょっ!」 人が折角悲劇の主人公を演じてみたというのに、女性A(仮名)はお気に召さなかったらしい。 婆さんが連続で放つ呪文を、蝶の如くヒラリと避けながらまた怒声。 「……ちぃっ」 三度目の呪文をアクロバティックな挙動で回避した先、およそ女性らしさとは無縁な舌打ちをかます女(ry 舌打ちの理由は至って簡潔。 呪文を回避し終えた瞬間、三方から鎧が突っ込んできた為である。 中身は無くともその技量と殺意は間違いなく本物。 それに対し、女(ryは正面から迫る鎧に俺を投擲。 当然余裕で弾かれるが、それこそ女(ryの狙い。 弾かれ宙を舞う俺を疾駆、跳躍しながらキャッチ。そして鎧を飛び越える。 再び俺を構える頃には鎧の包囲の外。相変わらず見事な手並みである。 『そして流石は俺だ。手荒に扱われてもなんともないぜ! ていうか、ここまで自分を客観的に見れるようになるって結構悲しい事だと思うんだけどどうよ』 「…………」 さて、ここに来ていよいよ目と殺気が本気と書いてマジになった女(ry。 こうなったらもう俺の話なんて聞いちゃくれない。 仕方ないので俺は故郷を偲ぶという名の現実逃避に入るとしよう。 ――拝啓 親父様、お袋様、お元気でしょうか。 「スカラ! ピオリム! スカラ! バイキルト! ピオリム!」 ――そちらでは俺が蒸発してしまい、大変な事になっている事でしょう。 「ボミオス! ボミオス! ボミオス!」 ――ご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ありません。 「ルカナン! ルカナン! ルカナン!」 ――ですがご安心を。不肖の息子は異世界で元気に生きております。……剣として。 「ずっと私のターン!」 『どう見ても格下相手をレイプです。本当にありがとうございました』 追伸 俺のHDDは中身を見る前に物理的手段をもって破壊していただきたい所存であります。