石は古代から不思議な力を持っていると言われている。
いや、人が信仰対象の象徴としての偶像を石で形作る事でその力を具現化しようと
してきた事を考えれば、不思議な力が石を通じて表出されていると言った方がいいだろう。

ギザの大ピラミッド・ロードス島の巨像・エフェソスのアルテミス神殿などが
石基盤の構築物として世界の七不思議として有名だが、
日本でも神社に石が祀られて崇められている。
生活の身近なところでは宝石や墓石を選んだりするし、
海岸や川で綺麗な石を探すという行為は誰もがやった事があるだろう。
人は石を求める生き物なのかもしれない。

石の加工品は多数あれど、その中で石板という物がある。
石板とは黒板のように書くか、もしくは削って刻む仕方で文字を残すものだが、
加工・使用感・保存の全ての点において紙媒体に劣る故に、
現在では目にする事も極めてまれだと言わなくてはならない。

しかしこの世界において石板はとても重要な意味を持つ。
特に彼らにとって石版は自分達の世界へ帰る為の希望の道具だった。
もし石版を通して不思議な力が現れるなら、彼らを帰す為の希望となっても良かったのだ。
が、既にその光は失われてしまった。

愛と友情と絆と嘘と、たった一つの石版を巡る物語。
その結末は運命に委ねられているのか。
それとも運命を導く力が彼らに味方をするのか。
石版はただ静かにその時を待っていた。



作り合わされし世界 ~ 最終章 ~
人が通るには十分な高さと広さを持つ通路が真っ直ぐ続いている。
壁の上部には訪れし者を案内するかのように松明が焚かれていた。
等間隔に並べられているため、幸いにも視界の確保には困らなかった。

  「……」

それでも一人で歩くには心もとないくらいに薄暗いのは否めない。
さらに出口が見えないという事も不安の種になる。
恐ろしく長い距離を歩かねばならない洞窟なのかもしれないのだ。
だがそれでも彼女は進まなくてはいけない。
この先に神殿があるのは間違いが無いのだから。

  「お……」

手で壁を伝いながら足を運んでいると、少し俯きがちに歩いている人影に出くわした。
その後ろ姿は注意深くと言うよりは意気消沈といった感じに見えた。

  「やぁ、久し振りだな」
  「おぉ! モンスターかと思った……いきなり声かけるなよ」

知り合いに出会えた嬉しさからか、つい大きな声が出てしまう。
その声に振り返った男は、彼女にまったく気付かなかったようで少し後ずさる。

  「ん、すまなかった。しかしまた会えるとは思ってなかったもんだからな」
  「……? どこかで会ったか?」

その男、ヨウイチは彼女と一度だけ会話を交わした事があるのだが、
思考の対象が他に向かっていたためにすぐには思い出せなかった。
そんな様子を見て彼女の方からヒントを出す。

  「ドラオとやらは一緒じゃないのか?」
  「あ、あぁ、今は一人なんだ……そうか、シエーナで会った?」

あぁと頷いて嬉しそうな表情をした後、彼女は残念そうに笑った。

  「何だ、今ならドラオとも仲良くできる自信があるのだが」
  「そう言えばドラオには嫌われてたっけ。あれから修行でもしたのか?」
  「まぁな!」

彼女はニヤリと自信たっぷりに笑う。
そこでヨウイチは彼女に尋ねなければならない事項があったのを思い出した。
が、まだ互いの名前も知らなかった事にも気付く。

  「そうだ、名前! 名前を教えてくれよ」
  「あぁ、失礼をしたな。しなのという。っと、敬語を使うべきかな?」
  「いや、気にしないでいいよ。俺はヨウイチ。ここに来たって事は石版を?」
  「あぁ、この先に神殿があると聞いてな。……これだな」

石版のかけらを互いに取り出して示し合わせてみる。
その二つだけではとても石版の元の姿を取り戻せそうになかった。

  「これで本当に元の世界に帰れるのか?」
  「いや、帰れるって!
   向こうと違ってここでは何が起こっても少しも不思議じゃないんだから」
  「そうか、それもそうだったな」

この世界で起こる出来事を特別に不思議なものだと感じるのは当人が異世界の人間だからだ。
そんな特有の反応を示すしなのの様子からヨウイチの推理はほぼ確信へと変わる。
つまり以前にしなのが何気なく言った「私の世界」という言葉が
自分の世界と同じなのではないかという疑問がようやく解けたという事だ。
しかし一安心したところでヨウイチはその疑問を持った時の事を思い出してしまった。

  「あの時ちゃんと聞いておけば……どうなったろう……」
  「ん? どうした?」
  (……ドラオの命は、もしそうしてたら変わったのかもしれない)

過ぎ去った過去とすぎようとする現実を対比し、ヨウイチはうつむいた。
そんな様子を見て、しなのは両手を軽く広げて何かを待つような仕草をした。

  「……ヨウイチ」
  「な、なんだ?」
  「いや、何だか元気がない様子だから抱きしめてやろうかと思ってな」
  「えぇ?! いい、いいよ!」
  「そうか? 寂しさが紛れるかもしれんぞ?」
  「寂しいっていうか……なんか、こっちがどうしていいのか困るよ」
  「そうか……それはすまなかった。
   ふぅん、素直になっても全てが上手くいく訳ではないんだな。難しいものだ」

それが何の事を言っているのか分からないが、
ちっともすまなさそうではないしなのにヨウイチは少し呆れる。

  (ここにいま、ドラオがいたらきっと楽しかったろうな……)

ついつい、ドラオと一緒だったらと考えてしまうヨウイチ。
あれからそれなりの時間を過ごしたはずなのに、再びその感情は甦る。
誰かの前でこんな調子ではいけない、とヨウイチは自分を鼓舞した。

  「しかしまた会えるだなんて思ってなかったな」
  「ヨウイチが私に会いたいと思ったからじゃないか?」

そんな事を話しながら洞窟を進んでいく。
すると幅の狭かった一本道が突然開け、小さな部屋へとたどり着いた。
その先へ続く道もそのまま正面に伸びているので、
ヨウイチはその部屋をそのままスルーして進もうとする。

  「ん……ヨウイチ」

呼びかけに振り向くと部屋の左手に赤を基調にデザインされた宝箱が置かれている。

  「おぉ、まだ誰も触ってないのかな」
  「私は宝箱というものを初めて見たよ」
  「開けてみてもいいか?」
  「あぁ、どうぞ。しかし赤いな」
  「なら近づかない方が賢明ですよ」
  「「……?」」

聞きなれない声がいきなり会話に割り込んでくる。
初めて聞く声に振り向くと、見知らぬ顔がこちらに向かって来るところだった。

  「それは赤いからなのか?」

何者なのかよく分からないが、ヨウイチはとりあえず思った事を口にしてみる。
宝箱が赤いから近づいてはいけない、という話がよく分からないし、
コイツが何者なのか知る為にもまずは相手の出方を見なくてはいけない。

  「神殿はこの先にあるのでしょう。
   ここまで来てわざわざ危険を冒す事はないと思いまして。
   モンスターが宝箱や壷に潜んでいる事も多いと聞きますから」

そんな事を言いつつ、自己紹介の為に手を差し出してきた。
その笑顔に害はなかった。

  「サクヤです。よろしく」
  「しなのだ」
  「ヨウイチです」

  「まぁすぐにお別れとなるかもしれませんがね」

と言ってサクヤは石版の欠片を取り出し、二人に見せた。
それを持っている者同士は仲間だと言いたいのだろう。

  「そうか、君も私達と同じだったんだな」
  「えぇ、色々大変だったでしょう?」
  「大変だなんてもんじゃなかったな……全く違う世界なんだから」

そうして二人はサクヤを加えて再び歩き出す。
三人はそれぞれにこの世界の事を語りながら互いを労ったのだった。
中でも、この世界が複数の世界が折り重なるようにして形成されている事や、
このままではこの世界が裂けてしまうかもしれないというサクヤの話は、
しなのとヨウイチを多少なりとも驚かせたようだった。

やがて洞窟を抜けて光に目が慣れるのを待つと、目の先に荘厳な神殿が現れた。
道が洞窟から神殿まで続いているのに目を走らせると、
湖や森が神殿を守るようにしてあり、さらに山々がそれを囲っているのが分かる。
鳥が頭上を羽ばたき、蝶々や虫たちが花畑を飛びまわっているのを横目に見れば、
ここが人の手の及んでいる場所ではない事は容易に理解できた。

緩やかなカーブが幾つか描かれている道を歩いていくと、
神殿の大きさが次第にはっきりとしてくる。
白一色で左右対称に造られていて、精密過ぎる程に精巧だった。
誰を招くためにあるのか分からない入り口は人の丈の五倍の高さを持っている。
もしかしたら神様は物凄く身長が高いからこのような造りになっているのかとも考えた。

  「ようやく着いたな……」
  「神様の宮殿、ってか。そんな感じするな」
  「さぁ入りましょう」
  「わんわんっ!」

神殿に入ろうとしたところに鳴き声が聞こえてくる。
振り返ると一匹の犬が元気良く駆けて来るのが見えた。

  「わんわん! わんわん!」
  「ワンコ!」
  「ゲレゲレ!」

しなのとヨウイチは同時に声を上げ、顔を綻ばせた。

  「おいヨウイチ! 私のワンコに変な名前をつけるな!」
  「いや、こいつはゲレゲレって言うんだ。自分でそう言ったんだから」
  「自分で? 喋ったのか?」
  「いや、夢の中でだけどさ」
  「ヨウイチ……いくらモンスターと仲良く出来るとは言え、
   私は君という人間が信用できなくなってきたぞ」

二人が会話してる中、犬のタロウは思った。

  (喧嘩はやめてよー!
   どうやったら仲直りしてくれるかな。
   そうだ。こういうときのための格言があるんだよね。
   夫婦喧嘩は犬も食わないって。
   ううー、なんだか犬を馬鹿にした言葉の気がする。
   それに食べてみたらおいしいかもしれないじゃないか!
   ああ、そうじゃなくって喧嘩を止めなきゃ!)

ワンワンと必死になりながらタロウはわんわんと二人に訴えかける。
しかしそんな行為も僕と遊んでくれという意味で二人には取られてしまう。
結果として二人の言い合いは止んだので、タロウの目論見は成功した事になった。

  「この犬の首輪に何か書いてありますね。これ、名前じゃないですか?」

サクヤの言葉にしなのがタロウの首輪に書いてある文字を見る。

  「タロウ、か。お前の名前はタロウなのか? ん?」
  「わん!」

その犬、タロウはしなのの言葉を肯定するように元気よく吠えた。

  「ゲレゲレ、じゃなくてタロウは嫁探しをしていたんじゃなかったのか……」

ヨウイチは一人つぶやく。
以前タロウとクリアベールで話した時は確かそのように言っていたと思ったのだが。

  (それとも嫁探しをしてからここに来たんだろうか……)

不思議な事が好きなヨウイチの興味は色々な意味で尽きなかった。
一方尻尾をフリフリしながら皆のやりとりを見上げていたタロウは、
会話が一段落したのに気付いたのか元気良くジャンプし、
しなのの細い脚に飛び込んだ。
以前レイクナバで会った時はしなのの付けている香水の匂いにつられたのだが、
今回はしなのの匂いをちゃんと覚えていたのだ。
香水の匂いとしなのの匂い。
その二つが良く混ざり合い、しなのという人に似合った香りになっている。

  「ペロペロペロペロ!」
  「ははっ、やめてくれ!」
  「何だ、今度は嫌われなかったな」
  「私は動物好きなんだがな。向こうが好いてくれないんだ。
   しかしこいつには良くしてくれて嬉しく思ってる」
  「わんわんっ!」
  「しかしここまで犬が来れた事が私には不思議に思えてなりません」
  「まぁ俺は再会出来たから嬉しいけどな」
  「この子はやらんぞ、ヨウイチ」
  「はっはっはっはっ」

タロウは自分と仲良くしてくれるしなのが好きだった。
そしてパタパタと飛ぶあの生き物がいなくなった今、ヨウイチともじゃれてみたかった。
だからせわしなく二人の間をピョンピョンと跳ねるのだった。
そんな姿が人に可愛く思われるのは、タロウが純心だからだろう。

  「私の勘が当たったようですね。異世界から招かれたものに犬が混ざっていた」

二人と一匹がじゃれつく間、サクヤは一人別の事を考えていた。

  「……何だそれは?」
  「いえ、占いでは石版を納める場所に人間以外の姿が見えたそうです。
   モンスターが現れるのかと心配していたのですが、どうやらこの子の事だったようです。
   そんな事より早く行きましょう。ゴールはすぐそこですよ」

いつまでも遊んでいそうな雰囲気に業を煮やしたのか、サクヤが皆を促す。
二人と一匹からしてみれば、ゴールだからこそ、という意識の方が強い。
今遊んでおかないともう会えないかもしれないのだ。
しかしそれは明確な言葉にはならなかった。
まだ旅が終わりだという実感はなかった。

神殿の中は長方形をした大きなホールになっていて、
綺麗に切り取られた白い石が隙間なく敷き詰められている。
壁には神々を模した彫刻や何かを表した壁画が描かれており、
それらが夕焼けによりオレンジ色に染まり、思わず立ち尽くしてしまうくらいに美しかった。

  「綺麗だな……」
  「あぁ……」
  「くしゅっ!」
  「ははw」

感激しているところにタロウのくしゃみが入り、思わず笑みがこぼれる。
神殿に入るのは躊躇われたが、そうも言っていられない。
厳かな雰囲気を壊してしまわないように音を立てないようにして歩いた。
段差を上がるようにして作られたホールの中央に何かのレリーフがある。
レリーフの形は直方体の台に額縁のようなものが乗せられていると言えばいいだろうか。
額縁の中に石版がはめられそうになっているところを見ると、あれが台座なのだろう。
しなの、ヨウイチ、タロウ、サクヤが台座を取り囲む。

  「やっと……やっとこの時が来たんだな……」
  「この額縁に石版をはめて完成させれば願いが叶うって訳か」
  「さぁはめていきましょう。それでこの裂けいく異世界も元通りですよ」
  「って事は俺らにとっても世界にとっても一石二鳥だな。
   まぁそれはいいんだけど、もう終わりかと思うとなんだかな……」
  「私ももう少し冒険しても良いと思ったがな」
  「くぅ~ん……」
  「……じゃあ俺からはめてくよ」

ヨウイチが石版を少し緊張した面持ちで石版をはめ込む。
するとつなぎ目の部分が光を発し、二つの欠片が一つに繋がった。

  「すげぇ……」
  「さっきからヨウイチは驚いてばっかりだな」
  「凄いものは凄いんだから仕方ないだろ?
   しかし凄いな……この石版欲しいんだけど、貰えないかな?」
  「何を馬鹿な事を言ってるんですか。元の世界に帰りたくないのですか?」
  「う~ん、悩ましいな」

本気で悩んでいるヨウイチにタロウとしなのは笑う。
しかしサクヤは一刻も早く帰りたいのだろうか、皆をしきりに急かした。

  「どうしました? しなのさんも早くはめてください」
  「ん……あぁ、そうだったな。すまない」

コトリという音とともに石版がまた少しずつ形を取り戻していく。
終わりが近づいてくる。

  「めでたしめでたし、ってやつか」
  「ついにやりましたね。皆さんの冒険もこれでおしまいです」
  「ホントに短い間だったけど、これでお別れだな……」
  「ったく……今生の別れって訳じゃあるまいし」
  「また会えるさ。向こうの世界でな」
  「そうだな。 それまでのバイバイだ」

次にタロウの石版をはめ込めばちょうど完成するようだった。

  「さぁ次はタロウの番だな」
  「タロウの石版は私がやりましょう。さあ、こっちに渡して下さい」

タロウでは石版をはめる事が出来ないので、サクヤが気を使う。

  「うー! グルルル!」

しかしタロウはサクヤを威嚇するようにして唸りを上げた。

  「何だ? 今度はしなのじゃなくてサクヤが嫌われたのか」
  「タロウはあらゆる動物から嫌われ続けた私に懐くような犬だぞ……」

面白がるヨウイチとは対照的にしなのの顔が険しくなる。
途端にサクヤの様子が気になってきたからだ。

  「サクヤ、赤は危険な色だな?」
  「えぇ、そうですね」
  「じゃあ皆で渡れば怖くないものは何だ?」
  「……橋、ですね。
   先にモンスターがいると分かっているような危険な橋を渡るのも、
   皆で渡れば怖くないという意味でしょう」

サクヤの答えと自分の思っている事が違ったのでヨウイチは頭をかしげた。

  「え? 赤信号だろ?」
  「シンゴウ……?」

逆にサクヤはヨウイチが発した聞きなれない単語に顔をしかめる事になる。

  「なあサクヤ。さっき君は『皆さんの冒険はこれでおしまい』と言ったよな」

信号という言葉を知らない、という事が意味するところのものは一つしかない。
そう考えたしなのは、静かにサクヤに詰め寄った。

  「なぜ『私たちの冒険』と言わなかったのだ?」

痛いところをつかれたサクヤはうつむき、肩を震わせた。

  「……ふっ……っく……」
  「サクヤ……?」
  「ハハハハハハハハハ!!
   ……やれやれ。ばれちゃったみたいですね」

少しも困った様子を見せず、むしろそれを楽しむかのように呆れて見せる。
サクヤの声はまだ冷静なものだった。

  「宿屋で私が目覚めた部屋には三人の人間がいました。
   事を荒立てたくなかったので彼らの前では正体がばれないように振舞いました。
   話を聞く限り腕が立つようでしたからね。
   とんでもないところで目覚めたものです。
   でもまぁ、結局彼らに協力してもらうことでその力を逆に利用してやりましたよ。

   今はついつい油断してしまったようです。
   匂いが漂ってしまったのでしょう。
   ところでその部屋にはその彼ら三人以外の人間はいませんでした。
   どういう意味だか分かりますか?」

サクヤは舞台で役を演じるがの如く振る舞い、そしてクイズを出すかのように言った。

  「……つまり、お前は人間ですらないということか?」
  「くくく……正解です」

そう、サクヤはヨウイチ達と同じ世界の人間ではなかったのだ。

  「お前の目的は何だ!」
  「目的? 皆さんと同じですよ。石版を完成させる事です」

サクヤがおかしそうに言う。

  「実はこの石版には魔王が封印されているんですよ」
  「ま、魔王……?」

魔王という言葉にヨウイチは戦慄を覚える。
この世界に居る今の状況であってもそれは現実離れしている話だ。

  「昔々、全世界を我が物にしようと考えた一人の魔王がいました。
   彼の圧倒的な力に多くのモンスターが賛同し、世界制覇は目前でした。
   しかしある時、この世界を作った神様が魔王の非道を阻止するため、
   その存在を石版に封印してしまったのです。
   呆気なく封印されてしまった魔王にモンスター達は失望の色を隠せませんでしたが、
   中にはそれでも魔王を慕おうとする者もいたのです。
   その者は魔王の封印を解く事を決意しました。

   石版の封印をとくためには一度石版をばらさなければなりませんでした。
   それには強大な力が必要でした。
   異世界から誰かを召喚するときに発生するような力が……
   崩壊していくこの世界の、さらに外にある世界から召喚する時に生じるような、ね。
   私自身もその力によってずいぶん遠くまで飛ばされてしまいましたよ。
   まさか石版を壊す事で世界がこのようになるとは思いもしませんでしたし」

サクヤの口から次々に真実が語られていく。
その言葉をすぐには受け入れる事はできなかった。

  「だから私達をこの世界に……」
  「ちょっと待てよ!! 石版は帰る為にあるんじゃないのか?!」
  「ふふふ……
   石版を集めることで元の世界に戻れるという噂を流したのも私ですよ。
   嘘に夢を見る気分はいかがでしたか?」

サクヤは種明かしをする事が心底愉快だといった感じで楽しそうにしゃべる。

  「俺達はお前の操り人形だったというわけか……」
  「人形を操るなど造作もない事ですよ。
   しかしこうして石版を見事に揃えてまで頂けるとはね。
   くっくっくっ……
   私は本当にあなた達に感謝しています。
   まんまと噂に乗せられ我が主の復活への手助けをしてくれたのですから」

つまり石版で願いが叶うというのはサクヤが作り出した嘘だったのだ。

  「ところであなた達はどうやって帰るつもりなのです?」
  「どうって……」

石版が魔王を復活させる為のアイテムと判明した今、
確かにしなの達が元の世界へ帰る術はなくなってしまった。
いや、騙されていたのだから元から帰る方法など無かったと言っていいだろう。

  「ですがまだ希望はあります。私があなた達の召喚者であるという事ですよ」
  「どう、いう……」
  「私なら元の世界へ送り返す事が出来る」

分からない話ではなかった。
一方的に呼ぶ事しか出来ないのであれば中途半端だと言わざるを得ない。
封印された魔王を復活させる事が出来るなら、サクヤの言う通りの事も出来るはず。
しかし、

  「ただし素直に石版を渡してくれればの話ですがね」

こうなる。
敵であるサクヤが無償のボランティアをする訳がない。

  「せめて選択させてあげましょう。
   石版を渡して帰るか、ここで死ぬか」

ククク、と笑い声をあげるサクヤ。

  「ふざけるな! お前の片棒を担ぐなんて私は嫌だ……!」
  「わんわん!!」

ヨウイチとしなのがうなだれている間、タロウは警戒し続けていた。
石版をはめるにしたがってサクヤの邪悪な心が増大していくのをタロウは感じていたのだ。
怖いものから人を守るのが犬の役目。

  (たっぷりと甘えさせてくれたしなのとヨウイチは僕が守らなきゃいけないんだ!)

だからタロウは一生懸命にサクヤを睨みつける。
その小さな体を精一杯に強張らせて、二人の盾になるようにしてサクヤを威嚇した。
しかしサクヤはタロウのそんな様子にも構わずに言う。
端から気に留める対象に数えていないのだ。

  「ほぅ、戦うのですか?
   たった二人の人間と畜生一匹で私を倒せるなどと本気で思ってるのですか?」
  「やるしかないだろう? 仕方なくても、な」
  「うぅ~!!」
  「いや、アイツの言う通りだ。 俺達が敵うとは思えない……」

ヨウイチはタロウとしなのの意気込みを打ち消すかのように言う。

  「ヨウイチ? じゃあどうするんだ!」
  「……ここはタロウにかける」
  「タロウに……?」
  「要は石版が揃わなければいいんだろ。
   俺達で時間稼ぎをしてる間にタロウには石版を持ってここから逃げてもらう」
  「しかし……」
  「タロウ、やってくれるよな?」

しかしタロウはウゥーと拒否の意を示す。
逃げてしまったら二人を守る事が出来ないからだ。
ましてやこの場に置いて行く事なんて出来るはずがない。

  「そう言うなよタロウ。
   ついでに助けを呼びに行ってくれればいいんだ。
   そしたら俺達はお前に守ってもらえた事になる。
   それにこうして再会出来たのも何かの縁だろうしな。
   絶対に皆で帰れるさ」

タロウの頭をクシュッと撫でてやると気持ち良さそうに目をつぶった。
それでタロウは行く決心をする事が出来た。

  「わん!」
  「よしタロウ、これを」

しなのは荷物の中から素早さの種を取り出し、タロウに与えた。

  「行け! 走れタロウ!!」

ヨウイチがサクヤに向かってダッシュすると同時にタロウは神殿の入り口へと駆けて行く。
サクヤはすかさず爆弾岩の欠片を投げ付け、神殿に入り口を壊して逃げ道を封鎖しようとした。
しかしヨウイチの振りかざした破邪の剣に一瞬気を取られて投げ遅れる。
タロウの姿は堅い造りの壁が瓦礫となって崩れ落ちる中に消えて行った。

  「タロウ……無事で……」
  「ぐわっ!! いてて……しなのも手を貸してくれよ……」

しなのはタロウの安否を心配し、ヨウイチのサポートを怠ってしまったのだ。
サクヤに吹き飛ばされたヨウイチの鎧の肩の部分は防具として意味を成さなくなった。

  「おっと、すまない。しかしヨウイチはタロウの言葉が分かったのか?」
  「いや……タロウにも言葉が通じれば良かったんだけどな」

ドラオと同じように、という思いは口には出せなかった。

  「よしヨウイチ、お詫びにこれをやろう」
  「これをやろうって、薬草じゃないか」

薬草で詫びるというのがヨウイチにはよく分からなかったが、
サクヤに吹っ飛ばされて痛かったのでとりあえず食べておく。
するとボリボリと何か堅い感触が口に広がった。
これは何だ、とヨウイチはしなのに目で問いかける。

  「しなのちゃん特製薬草だ。
   命の木の実とスタミナの種と不思議な木の実と――」
  「分かった分かった……あぁまずい……
   しかしなぁ、
   本当にサクヤが俺達とは違う世界に帰りたいだけだったらどうするつもりだったんだ?」
  「……鎌をかけるっていうのは得てしてそんなもんだ」

それにタロウが無意味に吠えるとは思えない、としなのは考える。
動物の方が危機を察知する能力に優れている場合もあるのだから。
しかしヨウイチにはそんなしなのの言い草に頷く事しかできない。
誰かを試したりする事には慣れていないのだ。

  「ふぅん……なぁ、聞いていいかな」
  「なんだ?」
  「元の世界へ戻ったら最初に何をしたい?」
  「ヨウイチ。 今はそんな事を――」
  「俺はもう決めてあるんだ」

ヨウイチはしっかりと前を見据えながら、はっきりと言った。
その目には明確な意思が宿っているように見えた。

  「そうか……参考までに聞かせてもらえないか」
  「暖かい布団に包まりたい」
  「……すぐ叶うと思うぞ」

そう言った後にクスリと笑って、それは良い案だとしなのも思い直す。
ヨウイチとしなのはサクヤを神殿から出させないようにするため、武器を構える。
破邪の剣と炎のブーメラン。
使いこなすにはまだまだ慣れない二つの新しい武器だ。

  「そうですか、それがあなた達の選択なら仕方ありません」

サクヤは爆弾岩の欠片を手で軽くもてあそび、懐にしまい直す。
この二人が死を望むなら殺してやろうと決めた。
武器を一つ取り出し、その重さを確かめるようにした。
身長の1.5倍はありそうな槍だ。

  「さぁ、どこからでもどうぞ?」

友人を招くかのような仕草で両手を広げる。
しかししなのたちには迂闊に切り込む事が出来ない。

  「あの武器、分かるか?」
  「いや……」

見た目だけで判断出来ないという言葉が身に染みて分かるこの世界。
その武器が本来の槍の役割しか果たせないのかどうかが分からない。
何らかの呪文効果を発揮する力を持っているかもしれない。

  「なぁサクヤ、君はどうして魔王を復活させようと思ったんだ?」
  「おいおい、それこそ今はそんな事を聞いてる場合じゃ――」

ヨウイチの制止に、時間稼ぎだとしなのはつぶやく。

  「魔王を復活させる理由、ですか。変な事を知りたがるんですね」

サクヤはその質問の答えを面白そうに考えながら、槍を器用に回し始めた。
右手を中心にしてバトンの様にクルクルと綺麗な円を描く。
変な質問に答える余裕がサクヤにはあるのだ。

  「逆に魔王がいない世界こそが異常だとは思いませんか?
   そう考えれば私の行動に疑問を挟む余地などないはずです」
  「そんな訳ないだろう。この世界は明らかにおかしい、皆そう言っている!」
  「それに俺達の世界には初めから魔王なんていないしな」
  「しかし先ほどあなた達は私の言う事に参加してくれたではありませんか」
  「……え?」

何の事を言っているのか思い当たらないしなの達は思わず疑問の声をあげる。

  「"裂けいく異世界"
   この暗示的な言葉に真相は隠されていたのです。
   この文字を石版のように一度ばらばらにして集めなおす……
   するとどうですか。『再生計画』という言葉が出てくるでしょう?
   元通りにするとはそういう事ですよ」
  「それは、どういう――」

サクヤの言っている事を理解する前に、クラッと頭が揺らぐ。
慌てて頭を抑えれば、サクヤが何人もそこに立っているのが見えた。

  「マヌーサ。幻惑の中に死に行くのもロマンチックかもしれませんね」

揺らめく視界の中で、何人ものサクヤが一斉に襲い掛かってくる。
サクヤの手の中で回されていた砂塵の槍が見せた幻だ。

  「く……くそーっ!!」

ヨウイチは破邪の剣を使い、ギラの炎を辺りに撒き散らす。
しなのも炎のブーメランを投げ、火の弧を自身の周囲に描き、身を守った。
それでマヌーサの効果を打ち消す事に成功する。

  「クク……」

しかしそれでサクヤの攻撃が止む訳ではない。
サクヤは既に砂塵の槍から氷の刃へと武器を持ち替えており、
その炎を全て氷付けにしてしまった。
ヨウイチ達の持つ武器が炎系の効果を持つ事を見越していたのだ。
触れれば肌を切り裂いてしまうであろう氷塊をすり抜けてサクヤがヨウイチに迫る。
その動作は素早いと言うよりは、的確な攻撃だった。

金属のぶつかり合いと共に熱気と冷気が互いを侵食しようと激しく絡まりあった。
飛び散る火と氷の粉がサクヤとヨウイチの顔に傷を作った。
鍔迫り合いをしているところへ、しなのが背後から足払いをかけてサクヤの体勢を崩す。
足元をすくわれたサクヤは棒のように後ろへと倒れていく。
その隙を逃すまいとヨウイチは破邪の炎で氷の刃の刀身を溶かし尽くしてしまった。
そのままの勢いで剣をサクヤの顔に振り下ろす。

  「さて」

サクヤはそれでも慌てずにもう一本の剣を目の前に広がる炎にかざした。
さざなみの剣。
その剣身から光が漏れてギラを跳ね返す。
反転、直撃。
ヨウイチの皮の鎧はよく燃えた。

  「ぐわああああ!!」
  「ヨウイチ!!」

駆け寄ろうとしたしなのの背中にサクヤは切り付け、大きな傷を付けた。
血が倒れたしなのの皮膚を濡らしていく。

どんな状況でも慌てずに冷静に対処していく強さがサクヤにはあった。
自分は決して戦闘が得意ではないが、
それにも劣るこの人間達の弱さにサクヤの頭脳は疑問を浮かべざるをえない。

  「そんな力量でよくこの神殿までたどり着きましたね。
   やはり運命というものがそうさせたのでしょうか」

サクヤの言う運命とは、魔王が復活するという事象に他ならない。
その事象を実現しなくてはならないという必然性があったからこそ、
自分の計画は上手くいったのだし、この人間達はここまで来れたのだと思う。

  「……」

それは違うとしなのは思う。
確かに一人ひとりの力は弱いかもしれない。
だけどサクヤの言っている事は絶対に違うんだ、と拳を握りしめた。
それを証明する術が欲しいと思った。

  「まぁ今となっては意味のない事です。 ではさようなら」

サクヤは床に突き刺しておいた砂塵の槍を引き抜き、懐からは毒牙のナイフを取り出し、
両手に構えたその武器をヨウイチとしなのの頭部目掛けて投擲した。
ヨウイチとしなのは、まだ動けない――!! 

魔王を復活させようとする狂気のサクヤが放った砂塵の槍と毒牙のナイフは、
二人の命を確実に奪うよう寸分の狂いもなく飛んでいく凶器。
しかしそれがサクヤを狂喜させる事はなかった。
一陣の風が吹き込み、その二つの武器を破壊してしまったからだ。

  「な――」

ヨウイチ達の命を救ったその風は止むことなくサクヤにも襲い掛かり、
剣を構える腕に鋭い三本の傷を負わせた。

  「う~わんわん!!」
  「タ、タロウ……?」

外へ逃がしたはずのタロウがそこにいた。
鉄の爪や前掛けを装備しているタロウは先ほどよりもいくらか凛々しく見えた。
しかし、助けを呼んでくるにしてもこの帰還は早すぎる。

  「タロウ……どうして戻って来たんだ……」

石版を守るという命を受け、タロウは走った。
神殿を抜け洞窟を走った。
石版をあいつに渡してはならない。
タロウは自分の使命を本能的に理解していた。
あの時どうして自分が吠えたのかタロウ自身にもわからなかった。
ただ、サクヤから嫌な匂いがした。
本当にそれだけだったのかもしれない。

タロウは思った。
この世界に来たばかりの僕はただの迷い犬だった。
でも、いろんな犬や人の協力を得て帰る方法を見つけようとした。
だからきっと今度は僕がみんなを助ける番なんだ。

今の僕にできることは走ることだけ。
でも、僕ならどんな人間より早く走ることができる。
石版を渡さないように逃げること。
それは僕にしかできないことだ。

  (光が見えてきたよ。もうすぐ洞窟の出口だ!)

タロウは大きく遠吠えをして、再び神殿に戻る事に決めた。

  「その犬がどうして戻ってきたか。それは逃げることができなかったからですよ」

サクヤがタロウの行動などお見通しといった感じでそんなことを言い出す。

  「こんなこともあろうかと洞窟の入り口に配下のゴーレムをおいておきました。
   とても犬一匹では太刀打ちできる相手ではありません」

しなのたちに絶望が広がる。
サクヤの計画は完璧だった。

  「この状況で石版を守る方法。
   それは二人と一匹で協力して私を倒すことでしょうね。
   その犬はそう判断したのでしょうか。
   愚かですね。 素直に石版を渡せばいいものを」

タロウは低い声を出してうなる。
サクヤが暗に無理だと言っている事をまだ諦めてないのだ。

  「そうそう、ゴーレムといえば前にも役に立ってくれましたよ。
   私の協力者さん達に私の正体を怪しまれたと思ってね。
   ゴーレムに私を襲わせたんです。
   そのとき弱みを見せることで私が弱い人間であると印象付けたんですよ。
   ちょっとした道化師でしたね。 笑いをこらえるのに苦労しました。
   一度私を疑ったことへの後ろめたさか、彼らはそれまで以上に協力してくれました」

サクヤの非情がヨウイチ達の心を奮わせる。
誰かを騙す事に苦労した、などという話を聞いて穏やかでいられるはずがない。
それにタロウが戻ってきてくれたのだ。
そして一緒に戦おうとしてくれている。
タロウも仲間なんだと再確認した今、サクヤに負ける訳にはいかない。

  「ベホマラー!」

回復の光が二人を包み、火傷と裂傷を癒していく。
しかししなののベホマラーはあまり効果が高くないのだが、
それでも何とか痛みによる気持ち悪さを我慢しながら立ち上がった。

  「ふぅん、まだやるというのですか。
   仲間と一緒なら何でも出来るというところですか。
   仲間を思う気持ちで何ができるのです?
   どこまでも愚か者は愚か者なんですね」
  「本当に愚かなのはどっちか教えてやるよ!!」

ダンに鍛えられた心がヨウイチにそんな事を言わせた。

  「とは言ったものの、どうしたもんかなぁ……」
  「……なぁヨウイチ、サクヤは呪文が使えないんじゃないか?」

傷口に布をあてがいながら止血をするサクヤを見て、しなのがそんな事を言う。
そう言えばサクヤは戦闘中も一切呪文を使っていない。

神殿の入り口を破壊した時も、今だって腕の傷を呪文で治そうともしない。

  「なるほど。 そう言えば特殊武器ばかり使ってるな。
   とりあえずあの武器さえどうにかしてしまえばいいのか」
  「まぁ痛手を与え続けるのも手だとは思う。
   が、呪文が跳ね返されてしまうのはいささかやっかいだからな」
  「具体的にはどうするんだ?」
  「ん……」

しなのは改めて神殿内を見渡す。
辺りは大分暗くなってきており、もう少しで日が落ちるだろう。
その時灯りのないこの神殿内は真っ暗になるはずだ。

  「……タロウは夜目が利くはずだ」
  「嫁?」
  「わんわん!」

タロウはその言葉でリリアンの事を思い出した。
そういえば「あの子が僕のお嫁さんになったんだよ」と二人に報告するのを忘れていた!!

  「違う違う。夜の目だよ」
  「あぁ……」
  「くぅん……」
  「タロウ、光が消えた瞬間を狙ってサクヤの動きを封じて欲しい」
  「わんっ!!」
  「俺はどうする?」
  「サクヤの気を逸らしてくれればいい。後は私が何とかしよう」
  「何とか?」

それには答えずしなのは行くぞ、と一声かけた。

暗くなるまでもう時間がない。
気付かれてはどうにもならない。
上手くいくかも分からない。
けれどこれが決まれば、きっと自分達の勝ちだと信じた。
そう信じなければ失敗してしまいそうで、無理矢理信じるしかなかったのかもしれない。
それでも二人と一匹は互いを見やって頷き合った。

太陽の光がまた一筋、この地から消えた瞬間にどちらからとも無く動き出す。
ヨウイチ達はサクヤを取り囲むようにして攻撃を開始した。
これで必ず誰かがサクヤの死角にいる事が出来る。
しかし決定的なチャンスは得られなかった。
死角から狙ってくる事に早々に気付いたサクヤは見事に対処してのけた。
サクヤとのレベルが違い過ぎたのだ。
もうほんの少しでもタロウ達のレベルが高ければサクヤに勝る事は出来ただろう。
現状ではさざなみの剣一本でしなの達とやり合うのに十分なのだ。
しかしその剣も残りものだった。
氷の刃と砂塵の槍と毒牙のナイフは既に破壊している。
もうこれ以上武器を持っているとは考えにくい。
故にこの策を成功させられれば優位に立てる。

  (沈む……!!)

しなのが頷いたのを見て、ヨウイチはわざと隙を見せる。
サクヤは正確にそこを狙って剣を突き出してきた。
その切っ先がヨウイチの胸が刺されるかという時、
闇に光が吸い込まれるようにして全員の視界を黒に染め上げる。
何事なのかと一瞬躊躇したサクヤに飛びつくタロウ。
そしてタロウはその体勢のまま装備している風の帽子を使った。
ルーラの効果を持つ風の帽子によってタロウとサクヤの体は飛び上がる。

  「がっ……」

タロウによって下から持ち上げられる形となったサクヤは、
天井に穴が開く程の勢いで頭をぶつけた。
当然タロウにかかる負担もゼロではないが、サクヤの方が影響は大きい。
天井から落ちて背中を強かに打ち、衝撃でサクヤの脳はさらに揺れる。

  「よし!!」

しなのは、炎のブーメランを大きな弧を描かせるようにして投げ、灯りを作り出す。
それで暗闇の中からサクヤの居場所を特定し、懐から爆弾岩の欠片を取り出した。
そのアイテムをサクヤが持っているのをしっかりと覚えていたのだ。

  (これで!!)

しかしその時サクヤはしなのを突き飛ばそうともがいた。
しなのはあわよくばサクヤへの止めの一撃にしようと思っていたが、
何とか武器を持つサクヤの右手に爆弾岩の欠片を押し付ける。
互いの力が交差する中で、炎のブーメランが使用者であるしなのの手元に戻ってくる。
その炎が爆弾岩の欠片の着火剤となる。
ドンッ、と花火が爆発した時のような音がそこにあるものを吹き飛ばした。
さざなみの剣と、サクヤの右手と、しなのの体を。

  「やったか?!」

しなのが成功したであろう事を信じて今度はヨウイチが松明に火をつける。
松明を掲げて最初に視界に入ったのは、サクヤの不気味な笑顔だった。
ヨウイチは驚きのあまり体を動かす事が出来ない。

  「な――」
  「いい加減しつこいですね」

サクヤがマグマの杖を振りかざす。
まだ武器があったのか、という思いは焼かれる痛みの中に消えていった。

  「わんっ!!」

ガブリとタロウがサクヤの肩口に噛み付き、鉄の爪でひっかく。
が、サクヤは少しも痛がらずにタロウを体から引っぺがして地面へと強く叩きつけた。

  「キャンッ……!!」

痛みに吠えるタロウを面白くなさそうにサクヤは杖で殴り飛ばした。
鉄の胸当てにヒビが入り、使い物にならなくなった。
タロウの体は神殿の壁に当たって止まる。

  「……夜が来たんですね」

マグマの杖を支えにするようにしてサクヤは息を整えようとした。
先ほどの爆発で右手を失い、余波で体中に火傷を負っていた。
しかし痛みに焼かれる体から血が抜けていく感覚でさえ、サクヤには快感だった。

  「もう終わりしましょう」

そう、終わりなのだ。
もうタロウ達は戦えないだろう。
後は犬から欠片を奪い返して石版を完成させるだけなのだ。
それでこの計画は完遂する。
長く遠回りしてしまった気もするが、かけた時間が長い程感慨も一塩なのだ。
そんな感覚が痛みを興奮に変えていた。

  (その前に始末しておきますか)

石版が並みの衝撃では壊れない事を知っているサクヤは、
しなのが取った手段と同じようにマグマの杖を爆弾岩の欠片で破壊する。
杖に込められた呪文の力と爆弾岩の爆発が混ざり合い、相乗効果で威力を高める。
そしてそれはヨウイチ達を確実に死に至らしめる巨大な爆発力を生み出すのだ。
いや、生み出すはずだった。
しかしそれが留めの一撃とはならない。
呪文による横槍が入った為に被害が及ばない所で効果が霧散してしまった。

  「……まだ何か奥の手があったのでしょうか」

煙が晴れ、サクヤの視界が確保されるとそこには八人の勇者がずらりと勢ぞろいしていた。

  「おーいしなの~助けに来てやったぞ~!」
  「ふぅ……どうやら間に合ったみたいですね」
  「酷い怪我だ……早く手当てを」
  「ゲレゲレ! やっぱりあの遠吠えはゲレゲレだったのか!!」
  「人も魔物も動物もみんな分かり合えるはずなのに、どうしてできないんだろう」
  「すべての元凶はこいつだったわけだ。こういう悪夢は消し去らなきゃな」
  「せっかく友達になれたと思ったのに、君には始めからその気はなかったんだね」
  「サクヤ、君が元凶だったとはね。すっかり騙されたよ」

口々にものを言うものだから、正確に全員が何を言っているのかは分からない。
しかしサクヤはこれで形勢が悪くなったのをひしひしと感じていた。

  「……どうして神殿での異変に気付いたのです?」
  「タロウが教えてくれたんだ」
  「この子はみんなとは別の小さな穴から洞窟に入ったんだ。そこから出て教えてくれた」
  「俺たちは正面から入ってくる必要があったからちょっと時間がかかっちまったけどな」
  「言葉は通じなくても思いは通じるものさ」

サクヤの頭がガクリとうなだれる。
完璧だと思われたサクヤの計画は実は既に崩れていたのだ。
ゴーレムによるタロウの足止めは成功していなかった。
そして勇者達がこの神殿に来る事までは予想出来なかった。

  「な……何故……」
  「あなたたちは洞窟の外にいたのですか、かな?」
  「世界の異変を調べてたらみんなここにたどり着いたって訳さ」
  「僕はサクヤ君が無事に元の世界へ帰れるか心配で、
   やっぱり近くで見守ろうと思っただけなんだけどね」
  「まぁ他人を利用することしか考えていないお前には分からないことだろうな」
  「な……何故……何故邪魔をするんですか!! あなた達はいつも、いつも……!!」

ブルブルと体を震わせ嘆くサクヤ。
そんなサクヤにしなのが声をかけた。

  「サクヤ、君に足りなかったのは仲間だよ。
   心を通じ合わせられる仲間が、ね」

運命は決まっているものではない。
仲間がいたからこそ、ここまで成し遂げる事が出来たのだ。
それが結果として運命を位置づけたに過ぎない。
運命とは人が命をかけて運んでいくものなのだから。

  「そんな……そんな事で……」

サクヤはその一言で力が抜けてしまったかのように、地に膝をついた。

  「私は負けない……あともう一歩……たった一歩……!!」

そんな言葉を繰り返しながらサクヤは自分の敵達を睨みつけた。
その目に暗い光が再び宿る。
波に削られて今にも崩れてしまいそうな砂の城を建て直そうとするかのように、
サクヤは再生計画が破れるのを諦めきれずにもがこうとする。

  「さて、そろそろ帰りたいと思うのは僕だけかな」
  「いーや、もうこんな世界はうんざりだね」
  「よし、決めるぞ!!」
  「君達のマジックパワーも借りる! 協力してくれ!」

エイトがヨウイチ達に声をかける。

  「今こそ心を一つに……」

その声を頼りにして心を束ねていく。
他人に心を許す感覚が力に変わっていくのが分かった。

  「「「「ミナデイィィィィィーン!!」」」」

呼び起こすは圧倒的な光の束。
その光が神殿の天井の穴からサクヤの頭上に落ちてくる。
ライトのように白く照らされたサクヤは何故か不気味に笑っていた。

  「ククク……」
  「……?」
  「あえて動揺してみせるのも時には有効な手段ですね」

絶望的な状況であるはずなのに、
そこに先ほどまでのうろたえた様子は一切見受けられなかった。
これが役者なら最高の演技だと言われる程に、嘘をやってのけたのだ。

  「私は呪文を使えないのではありません。切り札は最後までとっておく主義なのです」
  「しまった!!」

サクヤの意図を察した勇者達は素早く反応する。
しかしサクヤは笑いながら天に手を掲げ、呪文反射の文句を唱える。

  「マホカンt――」
  (キィキィーー!!)

――聞き覚えのある声がヨウイチの頭の中にだけ響く。
  その声に押された腹の底からの叫び――

  「ドラオォォォォーーーー!!」

ミナデインの発生させた落雷が叫びをかき消す。
ヨウイチには出会った時と同じ、青い体でふわふわ浮かぶドラオが見えていた。
時間が止まったかのように、その表情は詳しく感じ取れる。

  「ドラオ!」
  「キィ!」

心で交わしたたった一つずつの言葉は、多くの気持ちを含んでいた。
ドラオの笑顔がだんだんと薄れ消えてゆく。
と同時に、ヨウイチの心に置かれた大きな固まりも少し、小さくなっていた。

ミナデインのもたらした音響はバリバリと余韻を神殿に響かせている。
サクヤの呪文は発動する事はなかった。
怖がりなドラオがサクヤの口を塞いでまた呪文を封じ込めてくれたのだ。

  「……クン……」

光が止み、稲妻に焼かれたサクヤの体は地に伏し塵と化した。
その魂は雷と共に天へと昇っていったのだろう。

  「ありがとうドラオ」
  「やったな!」
  「ん。アレンは?」
  「外に出ていった。恥ずかしいんだろう」
  「お手柄だったぞ~タロウ!」
  「わんわんっ!」
  「おい、見てみろよ」
  「あ……」

指差す方を見上げると、
月夜の光が天井に開いた穴から差し込み台座を暗闇の中に浮かび上がらせる。
夕暮れに見た光景とはまた違った神秘的な雰囲気を作り出していた。
穴を見上げると戦闘の勝利を祝福しているかのような綺麗な満月が望める。
絶妙な光加減に見とれていると、その中から何かが舞い降りてきた。

  「……人?」
  「あ、あなたは……?」
  「ふぁぁ……よく寝たわい……わしは神様だよー」
  「は……?」

一同は思わず目を丸くしてしまう。
今この人は何と言ったのだろうか。

  「大きな音がしたから起きて来てみれば……
   ふぅむ、こりゃ他の世界の神に本格的に怒られるかもしれんなぁ。
   ま、そういうシナリオもありじゃと思うがの」

いきなり現れては意味深な事を言うこの方が神様だとは到底思えなかった。

  「わんわんっ!!」

しかしタロウがすぐに自称神様へと飛びつく。
それでこの自称神様が少なくとも悪い奴ではないと分かる。

  「神様……あなたはこの状況を分かっておいでで?」

神様の名にたじろぐ事のないセブンが問う。
タロウの頭をナデナデしながら神様はつまらなさそうに答えた。

  「今いくつもの世界が重なり合ってこの世界が作られている。
   この作り合わされし世界は今元に戻ろうという動きをし始めておる。
   その動きは結果として互いを排除する行為に等しくなっとるがな。
   その力が臨界点を超えると、全ての世界が崩壊してしまうかもしれん」
  「……」
  「くぅん……」
  「あのサクヤとかいう奴は石版を壊したからこうなったと思ってるみたいじゃが、
   異変は魔王を封印した時から始まとるんじゃ」
  「どういう事ですか?」

確かにサクヤは多くの嘘をついていたが、この世界に関する事だけは間違っていなかった。
その事は今の自称神様の話で分かる。

  「世界を作る時のルールがある。そのルールをワシは破ってしまった。
   どうにも我慢できなくての……」
  「世界の、ルール?」
  「魔王は勇者によって倒されなければならない。 それが絶対条件」
  「じゃあ何で破ったんだよ」
  「名前じゃよ、名前」
  「名前……?」
  「ポックンブリードという名前が気に入らなかったんじゃ。
   魔王なのに全然強そうじゃないじゃん?
   それで新しい魔王を生み出そうと思ったんじゃが、勇者が現れるのを待ちきれんかった。
   つまり悪いのはぜーんぶワシって事!」

ハハハと陽気に笑う神様。
対して一同は呆れるばかりだった。

  「ならどうすればいいのです?
   もしあなたが本当に神様なら、全てをきちんと元通りに出来るのでは?」
  「……疑いに勝る偽り事はない。故に信じる者は救われると言うじゃろ」
  「……?」
  「石版を」

急に真剣な顔になった神様が腕を伸ばし、その手に乗せるように促す。
石版を調べるようにしばらく眺めた後、その唇が静かに言葉を紡ぐ。

  「引き裂かれし大地――
   世界の裏側へと落ちた星々――
   闇の中へと消える心の光――
   全ては在るべき姿へと――
   全ては輝ける力へと――
   全ては帰る場所へと――」

残っていた割れ目が光り、石版は完全に元の姿を取り戻した。

  「さぁこの石版をその台座に。
   それで間違いなくお前達は元の世界へと帰れる」

再度、台座へとはめこむ。
しなのはタロウを片手に抱え上げ、ヨウイチの腕を取った。
そして互いを見やって、微笑み合う。
光がみんなを包み込んでいく。

  「これで世は全て事もなし、じゃ。
   重なっていた幾つもの世界――
   複雑に作り合わされし世界――」

その言葉にようやく安堵の表情を浮かべる勇者達。
神様はその表情を順に見回して優しく微笑んだ。

  「――そして石版に封印されし魔王も」
  「え?! 魔王も?!」

みんなの体が少しずつ世界から消えていく。

  「世界に秩序を取り戻す為にはそれしか方法がない。
   そしてお前達を安全に帰す為にも、な」

幾つもの不安そうな顔を前に神様は笑った。

  「じゃが心配するでない。
   わしには見える。
   再び世界を覆いつくすであろう闇に勝る大きな大きな光が。
   そしてその様が語り尽くされぬ物語となって語り続けられる事が。
   お前達はその一部となった。
   だから、礼を言うぞ」

神様の言葉を全て聞き終わる前に彼らはそれぞれの場所へと帰りついた。

そして魔王は復活した。










【合作イメージ画像作成】
【フラッシュ作成】
【ヨウイチ編】
【最終章】

               ――タカハシ◆2yD2HI9qc.


【タロウ編】
【サクヤ編】
【最終章】
                    ――◆8fpmfOs/7w
               (=◆YB893TRAPM 二役)


【企画立案】
【しなの編】
【最終章】

               ――暇潰し◆ODmtHj3GLQ


【スペシャルサンクス】

                    ――◆IFDQ/RcGKI
                    ――◆u9VgpDS6fg



           FF・ドラクエ板
 『もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら』
         10スレ記念合同作品

         ~作り合わされし世界~
             ~END~

ページ先頭へ
もし目が覚めたらそこがDQ世界の宿屋だったら@2ch 保管庫