全ては―たった1つのレスから始まった。 『ドラ糞マジつまんね』 …このような心無い書き込みなど2ちゃんでは日常茶飯事だと言うのは重々承知している。 しかし、その日は酒が入っていたせいだろう。 俺はどうしてもそのレスが許せず、ついつい反応してしまった。 『氏ね。ドラクエの面白さが分からんヤシはうんこ』 そいつはすぐにレスを返してくる。 『俺も昔はドラクエ好きだったよ?ただ「ドラクエ課」が「第9開発事業部」に変わってからは糞。 …あと、悪口に「うんこ」しか思い付かないお前は童T(ry』 …俺は怒りのあまり体が震えていたことに気付いた。 許せない。確かにFC、SFC時代の作品は素晴らしいが、7、8だって良い所はあるんだ。 俺はこいつを許さない。ドラクエを糞呼ばわりしたこいつを…俺の童貞を見抜いたこいつを……絶対に許せない。 俺は再びキーボードに指を走らせる。 俺はこいつにドラクエの良い所を知ってもらいたかった。 別にマンセーして欲しいわけではないが「糞」の一文字で片付けられてしまうのは余りに切ない。 さっきはああ言ったが、もう俺の童貞なんてどうでもいい。 だが…酔っぱらっているせいか? うまくキーボードを叩くことができない。 PCの画面が揺らめく。 映しだされた文字が、まるでゲシュタルト崩壊を起こした時のように認識することが出来なくなっていた。 …ヤバイ…気持ちわりぃ…このままじゃ吐き…いや、ぶっ倒れそうだ。 もう意識を保つことで精一杯。 今さっき考えていたことすら思い出すせなくなってしまっていた。 …くそ、俺は18年も生きてて「思い出す」すら覚えていないのか…? だが書き込まなければ……ハッタリでいい。たった一言でいいんだ。……打ち込め!! 『俺は童貞じゃない!!』とッ!! 『…ここ…どこだ?』 何も見えない、聴こえない。 …あぁそうか。俺はカキコする直前に力尽きたのか… だが…何故だろう? さっきまでとは打ってかわって意識がハッキリしている。 それに、落ち着いたからだろうか? さっきまでスレ上でやりあっていたヤシも気にならない。 単なるアンチとスルーできる心の余裕も戻った。 『真っ暗だな…』 ここが夢かどうかは定かでは無いが…1つだけ確定していることがある。 それは……次に目覚めた時、俺はきっとドラクエの宿屋のベッドの上にいる。と言うことだ。 それは、さっきまでドラクエを擁護していたという完璧なフラグと、このレスがこのスレに書き込まれているという事実から容易に推測できる。 俺は腹をくくった。 ……別に昨日母親にオナヌーを見られたからこんな逃避をしているわけではない。 俺は主人公として全てを受け入れると決めただけなのだ。 しかし…そう意気込んだものの… 『………』 俺は常闇の空間でふと思った。 振り返ると…なんのイベントもない冒頭だったものだ。 魔王に敗れ、体を分離させられたわけでもない。 夢で性格診断もされていない。 虚しさを全く感じないと言えば嘘になる。 …しかしこれが現実。 俺の物語はゲロを我慢して気絶したところから始まったのだ。 …しかしそんなの… 『納得できるわけねぇよな…』 …確かに、気絶して気付いた時は見知らぬ場所…ってのはカコイイよ。 でも、問題はそのシチュエーションだろう。 そうだな…例えば…… 好きな女の子をパンツ男に誘拐されてしまう。 そして俺は勇敢にも敵のアジトに乗り込むんだ。 …しかし、やはり相手もさる者。キングヒドラと互角に渡り合っただけはある。 強い…このままじゃ…… その時、変態の斧の一閃がその子へと襲いかかった。 『危ない!!』 『きゃっ!』 頭で考えたことじゃなかった。 気付いた時には体が勝手に動いていた。 この子を助けたい。絶対に…俺の命に代えても― 俺が力の限り突き飛ばしたことで、その子は窮地から脱することができただろう。 しかし……斧が俺の体に―― 『うわあぁぁぁぁッ』 ………てな感じが良かったよ。 ううん。そこまで贅沢は言わないよ。だけど… 『ゲロを我慢して気絶』はないだろう!? そんな冒頭なんて俺、不憫過ぎだろ!? …はぁ…はぁ…… いや…落ち着け、落ち着くんだ俺。 過去は変えることができないのは理解している。 だからもう気絶方法はとやかく言わない。 でも…1つだけ我儘を言っても許されるのなら、俺はこれから訪れる未来に祈ろう。 …せめて性格は『むっつりスケベ』にしてほしい。 あの能力値の成長度が魅力的なんです。 俺は決してむっつりではありませんが、どうかお願いします。 などと虚空に向かって懇願し続ける俺。これまでに費やした時間は、軽く1時間を越えているだろう。 しかし…中々イベントが始まってくれない。 このままでは冒険に出られないという大惨事が起こってしまう。 恐らくこれは俺がまだレム睡眠だからいけないんだと思う。 深い眠りから醒めればそこはきっと宿屋のはず… 『…さて、冒険の書を作るとしますか…』 俺はそう呟き、全身の力を抜いた。 一応…「むっつりスケベ」になる努力はしておこう。 俺は薄れゆく意識の中、チャモロ×ハッサンを妄想しながら、深い眠りを待つことにした。