「つまり、魔法ってのは呪文に込められた力を引き出す技術の事だ。」
今、俺は就寝前の時間を使ってヘンリーから魔法の講義を受けている。

ここにやってきて一ヶ月が経った。
奴隷労働は辛い。何度も何度も心を壊されそうになった。
何度も何度も自ら命を絶つ事を考えた。
それでも、その度にサトチーとヘンリーに励まされて自分を保てている。

心を壊しそうになる度にサトチーが俺に語った。
―今日を生きて、明日も生きよう。
  君の死が君を知る人に与える悲しみは君が背負う悲しみよりも深い筈だから―


   そして俺は今日も生きている。


毎日毎日つるはしやスコップを振るって岩盤を掘り進め、
何度も何度も重たい石をトロッコで運ぶ。
時々ヘンリーとサボってる所をムチ男に見付かって鞭を喰らって
苦笑するサトチーにホイミで治してもらう。
最初は愕然とした壷も、今では慣れて普通に用がたせるようになった。
しかし、女の子にとってはキツイよな…アレ…

少しづつ体力もついたようで、筋肉が付いて体中が引き締まった気がする。
ビリーズブートキャンプよりも効果抜群。DOREIエクササイズSUGEEE!!
これを続ければ来年の夏には海岸の視線を独り占め?
絶対続けたくないけどね。
この生活で海水浴とか絶望的じゃん…

さて、この一ヶ月サトチーやヘンリー、奴隷仲間と色々な話をした。
二人の子供時代の話…サトチーの親父さんの話…
ヘンリーがラインハットという国の王子だったという話…
この建築現場の話…教団の話…
魔法の話…モンスターの話…


そして俺は理解してしまったんだ…
正しくはなんとなく理解していても信じたくなかったのだが…
俺が今いる場所は俺の世界とは別世界。


「嘘だろ?別の世界ったって…信じらんねえよ。」
「妖精の国が存在するんだから、他に世界があってもおかしくないさ。」

俺の言葉をあっさりと受け入れるサトチーと半信半疑のヘンリー。
そうか、俺の存在は『妖精の国』と同等のオカルトなのか…
俺の世界での妖精は、ごく一部の心と体が綺麗な男性にしか見えないってのに…
もし、ここを無事に出られたとして俺は家に帰れるのだろうか…
ヘンリーはここを出たら城に帰ると言う。
サトチーは親父さんの遺志を継いで旅をすると言う。
俺は…帰れるのか?

二人から魔法を教わるのも俺の大事な日課だ。
科学技術が通用しない。自動車もガスコンロもクーラーも電話もない世界。
タバコに火を点けるのも魔法が必要って事か…
こっちの世界にタバコがあるのかわからないし、タバコなんて吸える状況ではないが、
でも恐らく火打ち石みたいな物はあるんだろうな。マルメンライトはあるかな?
電子レンジがないのは痛いな。コンビニ弁当なんてのも存在しないだろうし。
そうだよな、"おべんとう"がそこらで手に入ったりする世界なんてないよな。
ともかくこっちで生きるには、こっちで発達している魔法技術を学ぶ必要がある。
魔法を学びたいという俺の申し出を二人は快く引き受けてくれた。

「呪文の言葉の意味を理解し、その過程を想像し、結果を導き出す。
 その過程を通らない魔法はただの言葉。何の効果も発揮しないんだ。」

なるほど、ベギラゴンやジゴスパークやマダンテという言葉は知っていても、
それだけで相手を全員デストロイしたり、汚物を消毒したりは不可能らしい。
そりゃそうだよな、言葉を発しただけで魔法の効果が発揮されちまったら、
『チャル"メラ"』とか『みや"ざき"』って言うだけで辺り一面カオスだし、
『ウホッ!い"いお"とこ』なんて言った瞬間、相手が爆死しちまう。

「例えば魔法の基本とも言える"メラ" あれは『メラ』という呪文の言葉自体に
 『ともしび』という意味がある。弱々しいが大炎の源になる火の力だ。
 火の意味を持つ言葉があると理解したら、どうすれば火が出るのかを考える。
 火を発生させるには何が必要か、その結果どのような火が発生するか、
 過程が繋がって結果を導き出した時、初めて魔法は効果を発揮するんだ。」

城の教育係の受け売りだけどな。と、照れくさそうに笑うヘンリー。

ふむ、言ってる事はなんとなく理解できた。
ある意味では俺の世界の科学にも似ているのかもしれない。
何でも出来るパソコンがあっても、起動方法がわからなければただの箱に過ぎない。
そうだよな、俺も初めてパソコンを接続した時はチンプンカンプンだったもんな。
サポセンの女の人に何度も電話しちゃってさ。
あぁ、でも魔法にはサポセンがないんだよな。自分で全部何とかするしかないのか。
俺がゆとり世代の人間だったら投げてるな。絶対。

「概念をちゃあんと理解できれば魔法なんてすぐに使えるようになるからな。
 親分直々に講義してやってるんだ、しっかりトレーニングしろよ。」

就寝前にヘンリーから魔法の理論や概念を学び、
昼の労働の合間にサトチーから実技を教わる。

「はい、それじゃあ今日もメラを使ってみようか。」

積み上げた石に木の板を立てかけただけの簡素な的。
俺はその的から離れた位置に立ち、掌を向けて集中する。

…考える…火の発生と成り立ちを…俺の掌の先が発火点に達する事を…


「 メラ!! 」


……返事がないただの不発のようだ。

「なんでだ?なんで魔法が出ない!?メラ!メラァ!!メルァァァ!!
 メラメラメラメラめがんてぇぇぇぇぇ!!!!」
「まあ落ち着いて。闇雲に叫んでも魔法は発動しないさ。」

サトチーが優しく微笑みながら俺を制する。
この一ヶ月、一度も魔法が成功していない…orz…

「う~ん…メラでここまで苦戦するとなると根本の属性が違うのかな?」
「…ぞくせい?」
「うん、攻撃魔法はメラ系、ギラ系って具合に系統属性が分かれててね、
 その人自身が持つ系統属性が合わないと魔法は絶対に発動しないんだ。
 確かにメラは魔法の中で一番簡単に取得できる基本魔法って言われてる。
 でも、その人がメラ系の属性を持たない場合は、どれだけ魔力があっても
 メラは絶対に使えるようにはならないんだ。」
「そうか…じゃあ、自分に合う系統を探せばいいんだな?よし!
 うおおおぉぉ!!!メドローアアアァァ!!!!」
「でも、稀に属性系統を全く持たないで生まれる人もいるんだよね。
 そういう人達は系統に限らず魔法そのものが使えない。」


…当然ではあるが、メドローアは発動しない…orzorz


「そう落ち込まないで。僕だって基本魔法のメラが使えなかったのに、
 バギ系はあっさり使えるようになったんだから。」
「……(軽く涙目)…」
「ヘンリーに色んな呪文を教われば、そのうち自分に合う系統が見付かるよ。
 今は魔力を高める訓練に集中しよう。ぼんやりしてるとまたムチ男に見付かるよ。」

涙目のまま瞑想に入る…
目を瞑り、精神を集中する…その時、いつもとは違う喧騒が俺の耳に入ってきた。

イサミ  LV 1
職業:建設作業員
HP:23/23
MP:3/3
装備:E奴隷の服

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