「…また何か事故でもあったのか?」
「怪我人が出てるといけない。行ってみよう。」

この現場において事故は日常茶飯事だ。
作業の安全対策などは当然皆無。奴隷達は全員満身創痍で注意力も散漫。
落盤・崩落・落下…これまでにも様々な事故があった。
奴隷達の中で唯一、回復魔法が使えるサトチーは事故の度に怪我人を救ってきた。
どんな酷い怪我でも彼がいれば心配する事はない。

今回もきっと…

「な…」

現場に着いた俺達は想像とは違う光景に言葉を失った。
ケタケタと笑いながら鞭を振るい、動けない奴隷を痛めつける二人のムチ男。
それを泣きながら止めようとする一人の女性。
それもまた日常茶飯事の光景。
だが、いつもと違うのは、痛めつけられている奴隷…


「ヘンリー!!」


サトチーがムチ男達を押しのけ、痛めつけられているヘンリーを助け起こす。

酷い…
ヘンリーは全身を滅多打ちにされ、体中が赤…を通り越して赤黒く腫れ上がっており、
容赦ない鞭で所々皮膚が裂け、痛々しい傷口から赤い物が見える。
意識も既にないようで、サトチーが揺さぶってもピクリとも動かない。
まさか…

でも一体何があった?
俺の知っている限り、ヘンリーは立ち回りがとても巧い。
要領が良いと言うべきか…サボっていても鞭で叩かれる前にその場を免れ、
他の奴隷が鞭で痛めつけられている時には得意の弁論で切り抜ける。
その彼がなぜ?

「ヘンリー!!ヘンリー!!!」
「サトチー落ち着け!早く回復魔法を!」

俺の声でハッと我に返ったサトチーの手から癒しの魔力が発せられる。
何度も死に瀕した人たちを救ってきた温かな光。
その光に触れた体から傷や痣が消えてゆく。
それでもヘンリーはまだ目を覚まさない…
まさか…遅かった?

「…ヘンリー…ヘンリー…」

うわ言のように彼の名を呟き続けるサトチー。
俺にはその光景を黙って見ている事しか出来ない。

「…ん…」

ヘンリーのまぶたがゆっくりと持ち上がる。
よかった、気が付いた。

「…ああ…サトチー……イサミもいるのか……へへ…格好悪いな…俺…
 …コテンパンにやられちまったよ…」
「まだ喋っちゃダメだ!黙ってるんだ!」
「…だってさ…アイツ等…よってたかって女の人を…酷いじゃねえか…
 …女の人を助けるのは……親分の役目だろ?」

俺達の後ろからいやらしい笑い声が浮かぶ。

「ヒャヒャヒャ…奴隷の分際で歯向かうからそうなるんだよ。
 お前等奴隷は家畜なんだ。飼い主に逆らう家畜は処分されて当然なんだよ。」

ムチ男達が笑いながら俺達に言いのける。
家畜?処分?許せない…
一瞬で頭に血が上って沸点に達する。

「ん?なんだ?その目は。お前も痛い目見たいのか?」

過去にこれほどの怒りの感情を自覚した事があるだろうか。

「イサミ!!」

ムチ男に飛び掛ろうとしたその時、俺の背後から不意に声がかかる。
何で止めるんだよ…サトチー。

「ヒャハハハ…お前はよくわかってるじゃねえか。止めてやって正解だ。」
「臆病で卑屈な家畜じゃねえと長生きできねえもんなあ。ヒャハハハ…」
「サトチー…俺、我慢できねえ。家畜として生き延びるくらいなら、ここで人として…」
「イサミ…君は間違ってるよ。」

俯いたままのサトチーが俺に静かに語りかける。
間違ってる…何を…?
今日を生きて明日を生きる…って、プライドを捨てて死んだように生きる事なのか?

「僕達は…人として死ぬ事も、家畜として生きる事もない…」

サトチーは顔をあげ、凛とした眼光をムチ男に向ける。
それは…つまり…

「僕(俺)達は人として今日を生きる!!」

俺達の叫びは見事にハモり、二人同時にムチ男に飛び掛った。
ムチ男が怒声を上げて俺に鞭を振るう。
右肩から一直線に衝撃が走る…痛い…が、俺達の突進は止まらない。
サトチーが片方のムチ男に殴りかかる。
俺も残ったムチ男に掴みかかり、一心に殴りつける。
接近しちまえば鞭も怖くない。ずっと俺のターン。
お前がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!

「ケエェェェ!!」

突然の衝撃と胃からこみ上げる不快感。
ムチ男の蹴りが俺の腹部にヒットし、相手を掴んでいた俺の手が緩む。
しまった、距離をとられた。
そう認識した時には、相手は既にムチを振りかざしていた。
ヤバイ!痛恨直撃コースだ!!

「バギ!!」

覚悟を決めた瞬間、ムチ男が見えない何かに吹き飛ばされた。
俺に向かっていた鞭は軌道を変え、明後日の方向に逸れる。
今のはサトチーの魔法か。助かった。

「一気に決めろ!もう僕には魔力が残ってない!」

もう一体と組み合いながら、サトチーが声を上げる。

一気に決める…
しかし、距離がありすぎる…
魔法を…

「ヒャッ!小賢しいマネをしやがって。お前の魔力も吸い尽くしてやるぜ。」

起き上がったムチ男が奇妙に体をくねらせる。


くねくねくねくね…


何だ?あの動き…
…ミツメテハイクナイ…


脳が危険を認識した時、俺の中には妙な空虚感が漂っていた。
何だ?何をされた?

「ヒャヒャヒャ…お前の魔力はあらかた吸い尽くしてやったぜ。後は…
 じっくりとムチでいたぶって屠殺処分してやらあぁ!!」

遠い間合いからムチ男が鞭を振る。
完全に俺の間合いの外。近付こうにも、唸りを上げる鞭の連撃がそれを許さない。
鞭が吼える、叫ぶ、狂乱する。
俺の前進を阻むように、一撃で倒れないように鞭が俺の体を刻む。

近付かなきゃ…

近付けない…

ならばここから攻撃を…

魔法…

俺に使えるのか…

でも魔力が…

使わなきゃ…

使わなきゃ死ぬ…

考える…

ヤツをぶちのめす一撃…

ソレの在り方…



無意識に、だが自然に俺の拳が天を向く。

「ふん。魔力も残ってないクセにハッタリかましやがって。
 これで屠殺処分完了だあぁぁ!!!」

ヤツをぶちのめすのは、俺達が毎日転がしてきたアレだ。
そしてソレは…


す ぐ ソ コ に 既 に 在 る ! ! !


俺の拳が勢いよく地面に叩き付けられる。
大きく揺らぐ視界 轟音と震動に支配された空間
ヤツの真上の岩盤が崩れ、岩石がヤツの頭上に降り注ぐ。


「ヒ……ヒャアアアアァァァァ!!!!」


  岩 石 落 と し


飛び散る礫と舞い上がる砂煙が収まった時、ムチ男は岩の下でのびていた。

鉄拳制裁完了



イサミ  LV 5
職業:建設作業員
HP:4/38
MP:0/6
装備:E奴隷の服

呪文・特技:岩石落とし(未完成)

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