「ひぎゃああぁぁぁぁ!!」

ウシッ! と、空手の決めポーズを決めた俺の後方から悲鳴が上がる。
振り返るとサトチーもまた、もう片方のムチ男をノックアウトした所だった。

「ありがとう。サトチーの援護がなかったら俺はやられてたよ。」

俺の言葉にサトチーが微笑みを見せる。
くじけそうな俺を何度も救ってくれたあの微笑み。

「お礼を言うのは僕の方だよ。」

??

その言葉の意味が理解できない俺にサトチーが続ける。

「ありがとう。ヘンリーの事で怒ってくれて。」

あぁ…そうか…
サトチーとヘンリーはずっと二人でこの最悪の状況を生き延びてきたんだよな。


―人として、明日を生きるために―


「あっ!」

何かを思い出したようにサトチーが珍しく間の抜けた大声を上げる。

「…ヘンリー…」
「………あっ!!」

サトチーの呟きを聞いて、俺も間抜けな大声を上げる。
頭に血が上って忘れてた。
ヘンリーの容態は?

「…すぴーー…ぴるるるる……すぴーー……」

俺達の死闘を知らず、女性の膝枕で幸せそうに寝息を立てて眠るヘンリー。

拝啓 お父様、お母様。
 ムチ男よりもコイツをぶちのめしたいと思ってしまいました。

「大丈夫。ベホイミはちゃんと効いたみたいだ。」

ヘンリーの様子を見て安心しきった表情を浮かべるサトチー。
釈然としない物があるが、ヘンリー以上に幸せそうなサトチーの横顔を見ていると、
俺の中のモヤモヤもスッキリと晴れ渡るような気が……モヤモヤ……

…あれ?何だ?…

…視界が…モヤモ……ヤ………し…て………

女が泣いている。

黒い翼の男を抱いて泣いている。

女が泣いている。

女が泣きながら男を抱きしめる。

男の体がさぁっと溶ける。

紫色の霧となって男の体が四散する。

女が泣いている。

紫色の霧の中で女が泣いている。

女が呟く。

霧の中で女が呟く。

紫一色の中で霧の中で女が呟く。

呪いの言葉を呟く。

女が笑っている。

…夢に違いないよな…まったく酷い夢だ…

こんなにゆっくりと眠ったのはいつ以来だろう。
たっぷりと寝た次の日は実に気持ちがいい。夢はアレだったけど。
奴隷になってから毎日まともに睡眠なんてとってないもんな。
それでも毎朝、定刻の数分前に目が覚めるのは人体の神秘。
寝過ごして鞭で叩き起こされるよりはマシだけどさ。
たまには邪魔されずに心ゆくまで惰眠を貪りたいじゃん?
ま、もう充分に睡眠を楽しんだ。
こんな朝の目覚めはきっと素晴らしいものだろう。
ゆっくりとまぶたが持ち上がる。

「お。やっと目が覚めたなイサミ。」
「よかった。丸二日も起きないから心配したよ。」
「まったく…経験も積まないでいきなり大技を使うからだ。ぶっ倒れて当然だろ。」

もうすっかり見慣れた紫のターバンと緑の髪がぼやけた視界に入る。
二日…そんなに俺は眠っていたのか。
二人ともホッとしたような顔をしているが、心なしか表情に疲労の色が見える。

「サトチーに感謝しろよ。この二日間寝ないでイサミの看病してたんだからな。」
「ふふっ ヘンリーだって心配してほとんど寝てなかったじゃないか。」
「ばっ…俺はただあれくらいの戦闘でへばる子分が不甲斐無くてだな…」

よく見ると二人とも目の下にクマを作っている。
サトチーの息が少し荒いのは、目を覚まさない俺に回復魔法をかけ続けたからだろう。

「ごめん。俺、助けられてばっかだ…」
「……ていっ!」 びしっ!
「痛!」

ヘンリーのチョップが俺の頭に打ち込まれる。

「覚えておけ。俺は弱い男は例え土下座しても絶対に子分になんかしない。
 もし、お前が本当に情けない性根の腐った奴なら俺はお前を見捨ててる。
 お前は俺が子分として認めてやったんだ。子分のお前が情けない顔してたら、
 親分の俺まで情けない性根の腐った奴に思われちまうだろ。」

ヘンリーが怒ったように早口でまくし立てる。
キツイ口調だが、その言葉には彼なりの優しさを感じる。

「…うん…ごめ…」
「ふん!情けない男も嫌いだが、言葉を知らない男も嫌いだな。」

イサミの言葉を遮ったヘンリーの背後で、サトチーがクスッと笑みを漏らす。
言葉…あぁ、そうか…

「そうだよな…ありがとうサトチー。それに親分。」

その言葉に、ずっと頬を膨らませていたヘンリーがニヤリと笑う。

「上出来だ。さすがはこのヘンリー様の見込んだ子分。」

いつものように笑いながら俺の肩をバンバン叩…こうとしたヘンリーの手をすり抜け、
サトチーに向き合う。(背後でヘンリーが派手に転んだようだがキニシナイ。)

「…で、ここは…石牢?」

重い規則違反をした奴隷達が投げ込まれる石牢。
奴隷達の宿舎として提供されている薄暗い部屋よりもなお暗い部屋。
奴隷達の寝床として配給されている湿ったゴザよりもなお冷たい石床。
奴隷管理人であるムチ男に歯向かった罰として俺達は投獄された。
朝晩の食事すら支給されず、飢えて死ぬまでただ放置される刑場。
ここに入れられる事は即ち死刑宣告。

「雨水が壁の隙間から染み出してるから飲み水は何とかなるけど、
 それでも水だけじゃ長くは持たねえよなあ。」

奴隷宿舎に取り付けられた扉よりも、はるかに頑強な鉄格子が俺達の生と死を遮断する。
腹が減ったな。二日間何も食わないで寝てたんだから当然だけど…
そう言えば、サトチーとヘンリーは二日間一睡もせず何も食わずに俺の看病をしていた?
俺よりもよっぽど極限状態なはずなのに、そんなそぶりは全く見せない。
一番休んだ俺が真っ先に根を上げてどうするんだ。

「この鉄格子を壊せればいいんだろ?」

俺はゆっくりと立ち上がり、拳を天に向け…

「ちょ…イサm…」

その拳を全力で地面に叩きつける!!

「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」





ゴキッ!





うん…手が痛い…
サトチーが慌てて変な方向に曲がった俺の手に治療を施す。

「……ていっ!」 びしっ!
「痛!」

ヘンリーのチョップが再び俺の頭に打ち込まれる。

「ばっかやろ。経験不足のお前にその技はまだ無理だって言っただろ!
 今度こそ本当に目を覚まさなくなったらどうするんだ!!」
「…でも…」
「だぁ!口答えするな子分のクセに!!」 びしっ!
「痛!」

ヘンリーのチョップが三度俺の頭に打ち込まれる。

「まあ、ヘンリーの言う通りだね。僕達が考えなきゃいけないのはただ一つ。
 『三人とも無事に』ここを出る方法だ。無理はしちゃいけないよ。
 イサミに何かあるとヘンリーが心配するからね。」

そこまで言ってサトチーがクスクス笑い出す。

「だから俺は別に…もういい!」

壁のほうを向いてふて腐れるヘンリーを見てサトチーがまた笑う。
それを見て俺の顔にも笑みが漏れる。
緊迫する状況なのに、なぜか俺達は笑っていた。


「石牢で笑うとは変わった奴等だな…」


背後からの声に、俺とサトチーの顔から笑みが消える。
振り向いた俺の目に入ったのは鉄格子の向こうに立つ男。
その男が身につける純白の鎧の胸に下げられているのは 教団シンボルのエンブレム。
神殿衛兵…ムチ男の上に位する教団の兵士。
ひょっとして、ここで俺達を始末する気か。

俺とサトチーの体に力が入る。
来るなら来い!


「そう身構えるな。お前らをここから出してやる。」


聞き間違いか?俺達をここから出す?牢の外に?
いや、さては俺達を天国に送ってやるって意味か?
俺達を舐めやがって。ここに一歩でも入ってきたらフルボッコにしてやr…

ガチャ…

入ってキタ――――――――!!

「出してやる代わりに一つ頼みがある。マリア、こちらへ。」

マリア様にお祈りして安らかに逝けってか。上等じゃねえか。
よし、そっちがその気ならムチ男を一撃粉砕した俺の爆熱ゴッドフ○ィンガーで瞬殺…
いや、こいつを気絶させて人質にして奴隷解放を要求してやろうか…

背後に隠した拳に全力を集中する俺の前に、金髪の女性が歩み出る。
人質?卑怯な…てめえの血は何色だあー!!

「このたびは助けていただいてありがとうございました。」

…ん?この女の人は確かヘンリーに膝枕をしていた人…
衛兵への怒りが急速に冷める。(と同時にヘンリーへの嫉妬が沸々と湧き上がる…)

「紹介が遅くなったが、私はヨシュア。そしてこっちが妹のマリアだ。」

兄が神殿衛兵で妹が神殿の奴隷…妙な兄妹だな。

「頼みというのはマリアの事だ。お前らにはマリアを連れてここから逃げて欲しい。」

…ん?今度こそ聞き間違いか?奴隷の管理者が奴隷に対して逃げろ?おかしくね?

「…失礼、あなたは神殿衛兵ですよね?そのあなたの妹が奴隷として働いている。
 さらに、神殿衛兵のあなたが俺達奴隷に対して妹さんを連れて逃げろと頼む。
 正直あなたの言動は神殿衛兵としても、兄としても疑問だらけなんですよね。」

俺の中で渦巻いていた疑問をヘンリーが言葉にしてヨシュアに投げかける。
そんな虫の良い話、にわかには信じられない。
ヨシュアが重々しく口を開く。

「私を信じられないのも当然だ。確かに私は妹を…お前達を苦しめてきた側の人間だ。
 妹を見殺しにしたと言われても仕方がない…妹が奴隷になると告げられた時も、
 妹がその細腕で大岩を運んでいる時も、私には何もできなかったのだからな…
 衛兵としての自分の身を案じた訳ではない……私は恐れていた…
 教祖様の思想に反する行動をとれば、恐らく私もマリアも教団の手によって…」

搾り出すように続けられるヨシュアの言葉。
その言葉から感じられるのは妹を救えなかった兄の後悔…悔恨…懺悔…

「だが…マリアのために戦うお前達を見て、私は自分の成すべき事を悟った。」

はっきりした口調で言い放つヨシュアの右手がヨシュア自身の胸に当てられる。

「ただ一人の妹を救えずに何が兄か! 最愛の妹をこの地獄から救えるならば…」

胸に当てられていたヨシュアの手が持ち上がる。
その手に握られているのは…

「愚かしくも敬愛した教団も、愚かな私自身の命も…喜んで捨ててやる!!」

ヨシュアの手に握られていたものが石の床に叩きつけられ砕け散る。
砕け散ったそれは 教団のエンブレム
衛兵が教団エンブレムを破壊する…
それは、教団への決別の意思…
そしてその行動は、懐疑的だった俺達の心を溶かすのに充分すぎる熱情を放つ。

「わかりました。妹さんの件は責任を持ってお引き受けします…
 ただし、こちらからも条件を出します。」

黙ってヨシュアの言葉を聞いていたサトチーが口を開く。

「僕の出す条件は二つです…一つは、自分の命を捨てるなんて二度と口にしない事。
 二つ目は、妹さんと生きて再会する事。この二つをここで誓って下さい。」

サトチーとヨシュアの視線が交差する…

「わかった…神に…いや、偉大なる精霊ルビスの名に誓おう。」

ヨシュアの手が、再度ヨシュア自身の胸に当てられる。
偽りのエンブレムで飾られる事のない、自分自身の心に誓うように…

「そうと決まれば早速。さあ、見回りが来る前に急いでこっちへ。
 神殿裏手通路を抜けた先にある死体処理用の水路。そこから逃げてもらう。」

ヨシュアに促され、石牢を後にする。
何度も夢見たここからの脱出…
もうすぐこの手に掴める自由…


自由…


自由になったら…


俺は何をすれば良い?


元いた世界でも、こっちの世界でも感じた事のない自由。
自由という物を俺は知らないのかもしれない…


自由という言葉の意味を知らないまま、俺は走り出す。


自由を手に入れるために。


「静かに…止まれ…」

建設中の神殿裏手通路を駆ける俺達に、先頭を走るヨシュアが告げる。

「まずい…通路の先から見回りが来る…隠れろ。」
「隠れろったって…隠れる場所なんかないぜ。」

神殿裏手通路は狭い一本道、隠れられるドアも資材の山もない。

「…くっ…騒ぎを起こすのはマズイが…やるしかない。」

息を潜め、曲がり角で身構える…一撃で昏倒させれば…


ガラガラガラガラ……ガシャーーン!!!


「何だぁ?お前等、何をやっている!!」

通路の先で響き渡る何かが崩れるような音。
それを耳にした見回りのムチ男が通路の先に走ってゆく。

『スミマセンねぇ。突然資材の山が崩れちまいまして。
 あぁ、危ないんで今は通路を通らない方が良いッスよ。』

高所作業等の足場の上から男の声が聞こえる。
ナイスタイミング!ナイスアクシデント!!

「ふひゅー…焦ったぜ。」
「危なかったな…今のうちに通路を抜けるぞ。」

ナイスタイミングだけどさ…タイミング良すぎじゃね?
ふと目をやると、足場の上から建設現場を見下ろす屈強な奴隷の姿。
奴隷宿舎の室長で、いつも俺達の面倒を見てくれたアルバニーのオヤっさん。
俺と目が合うと、親指を立て"ニッ"と笑ってみせる。

…ありがとう。

通路の先から水路まで不自然なくらい一直線に建築資材が積まれている。
資材の山の上から元踊り子のベイラルちゃんが俺達にウィンクをする。
誰よりも頑固だけど、誰よりも優しかったテルコ爺さんが小さく手を振る。


…みんな、ありがとう。


俺は泣きながら走っていた。
サトチーもヘンリーも泣きながら走っていた。
水路に繋がる小屋へ駆け込み、ヨシュアが用意した大樽に乗り込む。


…必ずみんなを助ける…だから…生きて…


水門が開放され、俺たちを乗せた樽が自由な世界へ放たれる。
俺は今、生まれて初めての自由の中での確かな道標を見つけた。



イサミ  LV 5
職業:建設作業員 改め 異邦人
HP:41/41
MP:7/7
装備:Eブルゾン

持ち物:カバン

呪文・特技:岩石落とし(未完成)

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