コバルトブルーの海を臨む小さな修道院の裏にひっそりと存在する小さな十字架。
朝焼けの中を吹きつける潮風に浸食され、墓碑銘すら読めない朽ち果てた墓。

「シスター・シエロ。ずっと気になっていたんだけど、あの墓は誰の墓なんだ?」
「あの十字架の下に眠るのは、一つの愛に殉じた修道女だと伝えられています。
 ずっと昔…記録には残っていませんが、この修道院ができた頃でしょうか…
 シスター・ビオレッタという修道女が行き倒れの異国の男と恋に落ちました。
 修道女と異国の男が密かに愛し合っているという噂はすぐに教会の耳に入り、
 ビオレッタと男は異端として捕えられ、二人は激しい拷問の末に処刑されました。
 二人は気が狂うような拷問の最中でも互いの不利になる事を口にせず、
 火刑台に上がった時でも最後の瞬間まで互いを愛し続けたと言われています。
 その姿が他の修道女の心を動かし、せめて神の下で二人一緒になれるように…と、
 一つの十字架の下に二人の灰を埋葬したそうです。」
「神の下で一緒に…か…二人で生きる方法はなかったのかな…」
「時代が違いますから…命と引き換えに愛を求めた事を誰も責められないでしょう。」

俺の手が自然と足元に咲く花を一輪摘み、朽ち果てた墓前にそれを供える。
そんな俺を見て、シスター・シエロ…この修道院の院長が微笑む。

「イサミ様はお優しいのですね。シスター・ビオレッタもきっと喜んでましょう。
 …さあ、そろそろ戻りましょうか。そろそろ朝食の準備を始めませんと…
 皆さんと頂く最後の朝食ですからね。」

海の向こうから昇る朝日が小さな墓をゆるやかに照らす。
自由の身になってから一日たりと欠かした事のない毎朝の散歩。
この光景とも今日でお別れか…
つい感傷的になる俺の足元を、さっき供えた花が潮風に吹かれて飛んでいった。

二週間前…俺達を乗せた樽が流れ着いたのは、小さな岬の修道院。
嵐に巻き込まれ、樽の中で気を失っていた俺達はここのシスター達に救助された。

四人全員が無事なまま土を踏めた事を全員で泣いて喜び、
久しぶりに口にする温かい食事を全員で泣きながら食べた。

『行き先がないなら好きなだけ修道院にいても構わない。』
修道院長のシスター・シエロが微笑みながら言った。

サトチーは父親の遺志を継いで、旅を続けると言う…
ヘンリーはラインハットに帰ると言う…
マリアはこの修道院で兄の無事を祈り続けると言う…

「俺は…残してきた仲間達を助ける。何年かかっても絶対だ。」

昨夜、今後の予定を話し合った席で俺は迷わず皆に告げた。
少し前の俺なら、元の世界に帰る方法を探す事を最優先しただろう。
だが、今の俺にはこっちの世界での確固たる目的がある。
仲間達を助けて…その後の事はその時考える。

最初の目的地はこの修道院の北の町 商業都市オラクルベリー。
自由とは、夜明け前の闇を手探りで進むような恐ろしさを併せ持つ。
負けるものか…

…俺は絶対に強くなる。

朝焼けに染まる海を眺めて自分を鼓舞する。
…強くなって、必ずあの神殿に戻る。

「イサミ様…」

シスター・シエロの呼びかけにハッとして振り向く。

「イサミ様はお強い方。ご自身のお悩みも必ず解決できましょう…
 ですが、イサミ様が道に迷った際はいつでもここを訪れてくださいませ。」


朝焼けに照らされたシスター・シエロの姿はいつもより優しそうで…
いつになく寂しそうに見えた。

「…突然申し訳ありません…では、修道院に戻りましょう。」

そう言って背を向け歩き出すシスター・シエロの背中は小さくて…
でも、とても広くて温かく見える。




…確か、母ちゃんの背中もあんなんだったけか…




「長い事お世話になりました。このご恩は忘れません。」
「皆様の旅の安全をお祈りしております。どうかお気をつけて。」

サトチーが代表してシスター達にお礼を述べる。

修道院を後にし、俺達はそれぞれの目的のために歩き出す。
天気は快晴。広い草原の草花を揺らす風が気持ち良い。

へえー、地平線なんて実際に見るの初めてだよ。
あっちの世界じゃあ360°どこを向いても灰色の建物ばっかりだったよなあ。
生まれて初めて見る一面緑の景色に、俺は半ば感動しながら歩く。

「なあ、サトチー。イサミは何でさっきからキョロキョロして歩いてるんだ?」
「さあ?イサミの世界では建物の外に出ない生活が主流なんじゃないかな?」
「はぁ~~…それで、外の景色が珍しいって?どうにも退屈な世界だなあ。」
「まあ、僕も想像で言ってるだけだからわからないけど…確かに不健康だよね。」

列の一番後ろを歩く俺の前で、サトチーとヘンリーがヒソヒソと話し込んでいる。
うん、物凄くよく聞こえてるし、明らかに俺の世界が誤解されているな。
確かに『ここ数ヶ月、太陽を見ていませんが何か?』なヒトも一部存在するけど、
それが俺の世界の人間全てだと思われるのは心外d…… どむっ!!

「痛っ!何すんだよヘンリー……??」

背後に何かがぶつかるような衝撃を受け、前に突き飛ばされる。
どうせまたヘンリーの悪ふざけだろうと思った…けど、ヘンリーは俺の前を歩いている。

そぉーっと振り返った俺の目に入ってきたのはアレ。

あぁ、すっかり忘れてたよ。コッチでは出るんだったよね…

やあ、久しぶりだね。モンスター達…


「…って、落ち着いてる場合じゃねえ!モンスターだあ!!」


うん?デジャビュを感じるな…
俺達をぐるりと取り囲むモンスター。
青いタマネギみたいなプルプル…あぁ~コイツどっかで見たことあるなぁ…
でかいハンマーを担いだ小人みたいなヤツ…アレで殴られたのか…
そして、灰色のイタチみたいなヤツ…でも妙に首が長くてキモイ…

「二人とも落ち着いて。背後を取られないように円陣を組むんだ!
 ヘンリーは魔法で右のスライム達を頼む。数が多いから気を付けて!
 僕が前方のガスミンクを引き受ける。イサミは後方のブラウニーだ。」

サトチーが的確に指示を出し、ガスミンクにチェーンクロスを振るう。
ムチ男との戦闘のときにも思ったが、やはり場慣れしている。

「よぉし、かかって来やがれスライムども!」

ヘンリーがスライム達にメラを放つ。

よし!俺も……  ―!!―



ドゴッ!



不意打ち…いや、戦闘中によそ見をしていた俺が悪いか…
ブラウニーのハンマーは辛うじて俺の頭部を掠めるにとどまったが、
アレを頭に喰らったら大怪我じゃ済まないな。
サトチーから譲り受けた銅の剣を構え、一回深呼吸…

行くぞ!!

俺の脳天目掛けて振り下ろされるハンマーをサイドステップでかわす。
そんな大振り、不意打ちじゃなきゃ誰が喰らうかってんだ。
空振ったハンマーを足で押さえつけ、剣でブラウニーの胴体を薙ぎ払う。

―!?!?!?!!―

ブラウニーの小さな体は宙を舞い、草むらに頭から突っ込んで動かなくなった。
切れ味の悪い銅の剣だから殺しちゃいないと思うんだけど…後味悪いなあ…

「お疲れさま。二人とも怪我はないかい?」
「はん。俺様がスライム如きに遅れをとるかっての。」

ガスミンクとスライムの群れを撃退した二人の表情は余裕が感じ取れる。
…これがコッチの普通なんだよな…

「イサミは大丈夫かい?」
「…え?…うん、俺も平気。何とか一撃も喰らわないで勝てたよ。」
「そう…なら良いんだけど、難しい顔をしてたからさ。」

参ったな。俺が表情に出やすいのか、サトチーが鋭いのか…

「ああ…ホラ、俺の世界じゃあモンスターなんていなかったからさ、
 どうにも戦闘に慣れていないって言うかさ…」
「…他の生き物の命を奪う事に慣れていない…って?」

本当…鋭いな、サトチーは…

「……ていっ!」 びしっ!
「痛!」

久しぶりにヘンリーのチョップが俺の脳天に叩き込まれる。

…正直、今のは結構痛いツボだったんですけど…

「まぁたイサミはグジグジ言いやがって。お前の目的は何だ?言ってみろ!!
 お前がどんだけ甘い事言ってたって、モンスターにはそんな事お構いなしだ。
 むしろ、相手は無防備・無抵抗な人間を喜んで殺しに来るんだぞ?
 平和な世界を引き摺ったままの考えじゃあ、目的達成の前にモンスターの晩飯だ。
 それが嫌ならさっさと気持ちを切り替えろ!!」

いつも見せるおちゃらけた表情とは違う真面目な顔でヘンリーが俺に語りかける。

…そうだ、平和ボケした考えじゃあこの先を生き残れない。
負けない。強くなる。そう誓ったばかりじゃないか。

「イサミ。ヘンリーの言う通り、これがコッチの世界で生きるための最低条件なんだ。
 すぐには気持ちを切り替えられないかもしれないけど、でなければ生き残れない。
 それに、僕やヘンリーだって相手の命を奪う事に慣れてなんかいないよ。
 いや、人間なら誰だってそうじゃないのかい?」

俺は二人を見つめ、黙って頷いた。
…生き残る…そのためには、降りかかる火の粉は払わなければ…

「まあ…いきなりコッチの世界の常識に合わせるのはは難しいよなあ。
 もし俺がソッチに行って、『家の外に一歩も出ない生活がコッチの常識だ。』
 …なあんて言われたら退屈で退屈で死んじまうよ。」
「そうだよねえ。モンスターが出ない世界なんて羨ましいと思ったけど、
 そう考えるとイサミの世界で生きるのも大変なんだろうね。」

…やっぱり誤解されてるよ…

「だから、俺の世界ってのはそうじゃなくってさあ…」

―この二人に俺の世界の正しい姿を伝える―
…俺の旅にもう一つの目標が加わったが、自動車も電気もガスもコンクリートも…
そもそも科学の概念が通じない二人に説明するのは奴隷の救出よりも難しいのかも…

…ん?足元に何か…

ああ、ブラウニーの持ってたハンマーか。
どうしよう?


拾いますか?

ィァはい
  いいえ

イサミは おおきづち を手に入れた。





イサミ  LV 5
職業:異邦人
HP:35/41
MP:7/7
装備:E銅の剣 Eブルゾン

持ち物:カバン おおきづち

呪文・特技:岩石落とし(未完成)

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