天空の剣

嘗て、天より舞い降りた伝説の勇者が用いた剣。
その白金の刀身は、一切の穢れを祓うかの様に荘厳な光を放ち、
柄に装飾された竜神のレリーフは、一切の不浄を退けるかの様に鋭く瞳を輝かせる。

天空の剣、鎧、兜、盾が本当の所持者…伝説の勇者の元に揃った時、
この世界と魔界との境界が切り開かれる。

…この世界と魔界との境界を切り開く力…
それは、別世界との境界を切り開く力…
もしかして…その力があれば、俺も元の世界に帰れるんじゃ…

「父さんは…根拠のない迷信の類いは信じない人だった。」
剣と共に安置されていた手紙…
サトチーの父親…即ち、パパスの遺した手紙に目を通していたサトチーが口を開く。

それはつまり…その伝説の勇者の話は…

「手紙の内容は真実だと思う。勇者の話も、天空の武具の話も、母さんの話も…」
手紙に記されていた内容は、伝説の勇者の話以外にもう一つ。
魔界に捕われているというサトチーの母親の話。
サトチーの母親を魔界から救出するには、魔界に渡れる伝説の勇者の力が必要。

「僕は世界を廻って天空の武具を揃える。そして、必ず母さんを助ける。」
10年の時を跨いで受け継がれた父の遺志。
己の決意を口にするサトチーの目は、あの剣のレリーフの目よりも輝いている。

天空の剣を手にした俺達は、サンタローズを後にしラインハットに向かう。

旅に出ようにも、ラインハット王家の勅命によって、港は封鎖されている。
ただの旅人であるサトチーが開港を嘆願するよりも、王家の人間が間に入ったほうが
話も通じやすいだろうというヘンリーの意見。

ただ一つ、気になる事。
巷では王家の評判はすこぶる悪い。
現に、サンタローズの惨状を目の当たりにした後ではその噂も真実味を増す一方。

「ま…王家で何かおかしなことが起こってても、俺様の凱旋で元に戻るだろうさ。」
ヘンリーの口調はいつも通り軽いが、その表情はどことなく曇っている。

王家に異変が起こっている事を確信しているんだろうな。

思考を邪魔されるのは、いつも同じシチュエーション。
ギャアギャアと、耳障りな声を上げて迫り来るモンスター達。
「おちおち話してもいられねえな…ピッキーの群れか。」
「じゃあ、さっきと同じくヘンリーが後方支援。僕とイサミとブラウンが前線。」
「了解。間違っても俺に魔法を当てるなよ。」
「ガンガン飛ばしていくからな。イオ!」

もうすっかり日常となった光景。
ヘンリーの放つ魔法の弾幕で怯んだ相手に前線の俺達三人が踊りかかる。

サトチーのチェーンクロスが、ピッキーの丸っこい体に絡みつき叩き伏せる。
ブラウンのフルスイングが、鳥型モンスターを遥か彼方までかっ飛ばす。
そして俺の剣が振るわれた先では、赤い液体と極彩色の羽が舞う。

一つ違うのは、俺の武器。

俺の手に握られているのは『天空の剣』

まあ、俺の存在自体がこっちではバグなんだろうなあ。

その剣は、それ自体が意思を持ち、勇者以外の者には持ち上げる事すら叶わないと言う。
事実、安置されていた剣を手にしたサトチーは、持ち上げるのが精一杯と言った様子で、
それを構えて振り回す事など、傍目から見ても不可能である事は明らか。

「参ったな。まるで鉄の塊を持ち上げてるみたいだ。」
カラン…と、まるで重さを感じさせない音をたて、剣が地に置かれる。
どちらかと言えば小振りで薄刃の剣は、怪力のブラウンですら持ち上げるのが辛そうだ。

「さて、こんなに重いんじゃあ持ち運ぶのも一苦労だな。」
「俺が運ぶよ。サトチー達が自由に動けなくなったら大問題だからな。」

情けない話だが、戦闘スキルに於いては俺の存在はパーティーの中で一歩劣る。
肉弾戦に優れるブラウン。魔法戦に優れるヘンリー。総合力で優れるサトチー。
この三名のいずれかが、行動を制限される事は戦力的に大きな損失だろう。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。本当に重いから気を付けてね。」

腰をやらないように、しっかりと足を地に付けて柄を両手で強く握る。

持ち上がらなかったとか…恥ずかしすぎるよな。気合入れねえと…

深呼吸を一回…二回…そして、一気に持ち上げる。
「おりゃああ!!……でええぇぇぇぇ!?」

あっさりと跳ね上げられた剣は、クルクルと回転しながら天井まで跳ね上がり、
必要以上に力を込めていた俺は、その反動で後ろに思いきりスッ転んだ。

( ゚д゚)<ポカーン ( ゚д゚)<ポカーン ↓ブラウン

一同絶句…

「いやあ、あの時は驚いたね。まさかイサミが天空の勇者?…って。」
馬車の前でサトチーがクスクスと思い出し笑いを浮かべる。

きっと、俺の派手な転びっぷりも笑いに一役かってるんだろうな…orz

「イサミはこの世界の人間じゃないから、この世界の伝承に当てはまらない…だっけ?
 ずりいよなあ。つい最近まで剣術のケの字も知らなかったクセにさあ。」
「まあ、おかげで苦労なくこの剣を運べてるんだ。結果オーライじゃね?」

この世界の流れから外れた存在…バグ…特異点…
あっちの世界の法則がこっちの世界で通じないように、
こっちの世界の法則が俺自身に通じない事もあるんだな。

「…ダガ…イレギュラーは常に良イ結果をもたラス物でハなイ…」
「どういう意味だい?スミスの旦那。」
馬車の中から呟いたのはサンタローズで知り合った腐った死体。
『恋人にもう一目会うために旅をしたい』…と、同行を願い出てきた。

「…例えバ…私ノ存在…死と言ウ概念から外れタ…イレギュラー…
 死ト言う…概念を外レ…死ヲ超越シた代償…ガ…この肉体ダ…
 …概念…法則…逸レる事…常に影ガ…付きマトう…」
「つまり、イサミが天空の剣を使いこなせた事で逆に不幸が起こるってのかい?
 スミスの旦那。死体だからって、辛気臭い話は勘弁してくれや。」
「…イサミ…個人…それガ必然デ…アレ…ば…問題ハ…ないの…ダガ…」

俺が伝説の剣を振るう…必然…であるわけないよな。
それは、概念の外。即ち、バグ技。
バグ技にはデメリットが存在する…これは当然。

それっきりスミスは黙り込み、俺達まで無言になった。


星すら見えない夜の森の中、焚き火の前に座り込む人の姿。
赤々と燃える炎によって、血色の悪い顔色を橙色に照らされているスミス。

夜営時の見張りと火の管理は彼の役割。
アンデッドである彼の体は睡眠という物を欲しない。
日中は太陽の光を嫌うアンデッドの体質ゆえに、馬車から滅多に姿を出さないが、
日光の届かない場所や夜間の戦闘では、そのタフさとパワーが非常に頼りになる。

「…起きてイタ…のか?」
「ああ…ちょっと目が冴えちまってね。」
彼の目は火を見つめたまま動かない。

「…夕飯のスープの残リ…温メてあル…飲ンで休メ…」
「サンキュ。」
夕食後にスープをわざわざ火に当てて温めておく様な事は普通はしない。

俺が眠れないでいるの、最初から気付いてたんだな。

節くれだった手で渡されたスープを受け取り、少しづつ喉に流し込む。
銅製のカップに注がれたスープは、熱過ぎず、ぬる過ぎずの丁度良い温度。
遠火で温めてあったのだろう。愚鈍そうにな外見に似合わぬ細やかな気配り。

お互いに無言のまま、静かな時間が流れる。
聞こえるのは焚き木のはぜる音と、俺がスープをすする音。


「…私ノ言葉…気にしテ…いるノダろう?」
相変わらず目は火に向けたまま、感情の読めない声でポツリと呟くスミスの言葉に、
カップを傾けていた俺の手がピタリと止まる。

俺の沈黙を肯定と取ったのだろう、淡々と無感情な言葉が続けられる。

「私ハ…私自身に定めラれタ…生命ノ概念カラ…逸れタ…存在…
 ソノ代償…私自身に降リかカり…この体ト言う咎(トガ)ヲ背負っタ…
 …この世界ノ全てノ概念カラ…逸レた…存在…イレギュラー…
 ソノ…代償…咎が向かう先…恐ラく…世界…」

スミスが言う『この世界のイレギュラー』とは、俺の存在だろう。
言いづらい事をアッサリと言ってくれるな…

スミス個人に発生したバグの代償が、スミス本人に降りかかったように、
この世界そのものに発生したバグの代償は、恐らくこの世界全てに向かう。
俺の存在が世界を狂わせる…

「イサミが振ルう…天空の剣…私ノ目にハ…神性ヲ全く感じナい…
 剣自体ハ素晴ラしい逸品ダガ…それダけノ剣に見えル…
 剣ノ…真の所有者デないカラ?…それとモ…世界ガ…」

気付いていた…実際に剣を振るう俺が一番に。
あれほど荘厳に輝いていたのに、今では神性を感じさせない伝説の剣…
それは、俺が剣の真の所有者じゃないから?
それとも…

「…それとモ…世界ガ…伝説が…イレギュラーを起こし始めテいる…?」

ガツンと、頭の奥のほうを殴られたような感覚。

俺の存在が、世界を狂わし始めている…

「そンな顔ヲするナ…マダ…推測ニ過ぎナい…」

あまりに重すぎる最悪の推測…そうだ、まだ推測の段階だ…
でも、どんなに楽観視しようとしても心の中が押し込まれて苦しくなる。

「…私ハ…私の身に降りカかる咎ヲ…乗り越エてみせル…
 なぜナラ…それガ生きてイる者ノ役目…ダロウ?
 ……喋りスギた…もウ休メ…明日に障ル…」

乗り越える…乗り越える…絶対に乗り越える…
何があっても…それが、生きている人間の役目…

スミスに促され、悶々としたまま野営用のシェラフに入ったが、
胸から消えない感じた事のないプレッシャー…世界に押し潰される…恐怖…

その夜の夢見は最悪だった。



イサミ  LV 12
職業:異邦人
HP:68/68
MP:10/10
装備:E天空の剣 E鎖帷子
持ち物:カバン(ガム他)
呪文・特技:岩石落とし(未完成) 安らぎの歌

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