「そうですか…ラインハット軍がこの修道院に…」 ラインハットから帰還した俺達の報告を耳にしたシスター・シエロ。 沈痛な面持ちで目頭を手で覆い、深い溜息をつく。 彼女達が毎日、神に祈ってきたのは『世界中の人々の平和』 それを裏切ろうとしているのは、他でもない人間そのもの。 「私達は…ここに留まります。」 シスター・シエロの決断。顔を上げ、窓の外に目をやりながら言葉を続ける。 「貴方がたの好意はありがたく思います。ですが、修道院の外は魔物だらけです。 ここには老人や幼い子供もいます。連れて逃げるのは難しいでしょう。」 窓の外。手入れの行き届いた花壇の周囲を走り回る幼い少女。 それを幸せそうな顔で眺めるのは年老いた女性の姿。 多少の心得では、非戦闘員を庇いながらの逃避行は不可能だろう。 「じゃあさ、せめて近場の町まででも…」 言い掛けた言葉が詰まる。 ビスタ港が封鎖されている以上、逃げられる場所は三ヶ所。 まず、オラクルベリーは却下だ。ラインハット軍の第一目標に揚げられている。 次に、サンタローズ…ラインハット国境に程近いこの村も危険過ぎる。却下。 サンタローズの西に存在するアルカパの町は距離がありすぎる。 まさか、シスター達に樽に乗って逃げろなんて言えるわけもなく… 「…これは、八方塞がり…ってヤツだなあ…」 「こうなりゃ、もう一度城に忍び込んで力づくでデールを止めるしか…」 「いや、あれだけの騒ぎになった直後だ。それこそ難しいんじゃないかい?」 「ときに、ヘンリー様。一つお聞きしたいのですが…」 黙ったまま、窓の外の小さな幸せを眺めていたシスター・シエロが口を開く。 「ヘンリー様の知るデール王は、そのような非道を冒せる御人でしょうか? 兄のヘンリー様から見て、デール王の行為は本心からの物だと思われますか?」 どこまでも真っ直ぐなシスター・シエロの瞳がヘンリーを捉える。 ヘンリーは目を逸らさない。同じく真っ直ぐに、シスター・シエロを見据える。 「デールは俺とは違って、誰にでも優しい心の広いヤツだったよ… 俺が子分と認めた男に、あんな外道な真似を出来るような男はいねえ。」 目線と同じく真っ直ぐなその言葉に、シスター・シエロの顔に笑みが浮かぶ。 「危険な場所ですので、本来はお教えするべきではないのかもしれませんが… 南の塔の最上階に、ラーの鏡と呼ばれる真実を映す鏡が安置されております。 ラーの鏡でデール様を映せば、その心の奥底に隠された真実が見えるやも…」 優しく心が広い弟。ヘンリーが語るデールの姿とは噛み合わない今のデール。 ラーの鏡…真実を映す鏡…それを使えば、デールの本当の心が見える。 きっと、ヘンリーが語る優しく心が広いデールが姿を現す。 「これは、決まり…でいいのかね?」 「ああ、あれがデールの本心であるわけがねえ。」 「行こう。急がないとラインハット軍が攻めて来る。」 三人で目を合わせ、頷き合う。 目的地は南の塔。 「今のヘンリー様が、ほんの少しでもデール王を信じておられるのでしたら、 信じるままに王を導いて下さいませ。それが兄であるヘンリー様の役目です。」 子供をあやす母親のように、優しく語りかけながるシスター・シエロ。 優しい言葉と同時に向けられた笑みはどことなく悲しげにも見えた。 …のは気のせいだろうか? ◇ ◇ 修道院の南に存在する、神の塔と呼ばれる建造物。 その巨大な門は、神に仕える修道女にしか開く事が許されない。 荘厳な建造物の前に跪き、祈りを捧げる女性はマリア。 俺達と一緒に神殿を逃げ出した後、洗礼を受け修道女となった彼女は、 俺達が神の塔に赴く話を聞き、自ら旅の同行を名乗り出てくれた。 神聖なレリーフが刻まれた重厚な門。 固く封印された巨大な門が、乙女の祈りに呼応してゆっくりと開く。 「さあ、参りましょう。」 足場の狭い塔の中。先頭をサトチーが進み、前方の安全を確実に確保。 二番手にはヘンリーが、非戦闘員であるマリアを守る形で進む。 隊列の最後尾を守るのは俺とスミス。 高い場所が苦手なブラウンには馬車番をしてもらっている。 太陽がギラギラと照り付ける広大な砂漠に程近い場所にありながら、 塔の内部は風がよく通り、ひんやりとして心地良い。 「ラーの鏡…だっけ?相当な宝物らしいけど、どこにあるんだろうな。」 「…上階から…何か神聖な力を感じる…」 「神聖な力?死体のあんたがウロついて平気なのか?」 「…私は…魔王の魔力の呪縛から逃れた存在…心配ない…」 か弱い女性を守らなければならない中、スミスの頑丈さは心強いが、 内心、神聖な力とやらでいきなり成仏されでもしないかと気が気ではない。 「…デール王…奇妙な道具から炎を出したらしいな…」 普段は感情に乏しいスミスにしては珍しい、興味の色を感じさせる声。 「…サトチー卿達は…それを魔法の道具の類だと認識しているようだが… 私の生前の記憶では…そのような道具はこの世界には存在しない筈… お前なら…それが何かを知っているのではないか?」 目線は前に向けたまま、ぴくり…と俺の全身が反応する。 我ながらわかりやすい反応だと思う。肯定の返事は必要ないだろう。 アレに似た道具を俺はよく知っている。 アレは俺がこっちの世界に持ち込んだ道具。 豪華な装飾という違いはあれ、オラクルベリーで売り払ったライターそのもの。 「…魔法理論で作動する道具なら…力の発現には何かしら動作が必要となる… 精神集中…呪文の詠唱…対外的な意思表現…それらを何も必要としない… それは魔法理論の定義から外れる…ならばなぜ炎が発現したか? 恐らく…私達の知る理論とは別の要素で作動する道具だろうと予想する…」 その姿に似合わないインテリジェンスを発揮するスミスに驚くと同時に、 一つの疑問が俺の頭に浮かぶ。 科学の概念が存在しないこっちの世界で、容易くライターを扱って見せた王。 オラクルベリーの道具屋でライターを売ったという経緯こそあれ、 情報伝達、構造解明、技術伝播、製品開発、操作習得… この世界の科学レベルを考えると、全ての段階におけるスピードが早すぎる。 ラインハットという国家が、たまたま高度な技術力を持っていたのか… もしくは… 「…私が投げかけた疑問とは言え…思案に夢中になりすぎるのは感心できん…」 ぐしゃり、という耳障りな音にハッと我に返る。 天井からぶら下がった目玉が、血の通わない冷たい腕で握り潰される。 前方では、毒々しい紫の植物に鞭を振るうサトチーの姿も見える。 畜生。人が考え事をしている時に空気の読めないモンスターだな。 ―――――――――――― 「イライラさせるヤツだったなあ。眩しい光とか反則じゃね?」 「…接近戦主体のお前にとっては…相性の悪い相手だろうな…」 「ま、ヘンリー様がいれば、マリアさん他三名の安全は保証されてるって事よ。」 得意のイオでモンスターを蹴散らしたヘンリーが気分爽快と言った顔で笑い、 それにつられたかのように、マリアさんもクスクスと笑ってみせる。 俺はと言うと、初っ端にインスペクターの放つ眩しい光で目を眩まされ、 『目がぁ~目がぁ~!!』と、軽くパニック。 手に触れた触手を半ば強引に引き摺り下ろし、その目玉を剣で叩き潰した。 惚れ惚れするほど不細工な戦いだったな…畜生。 「はぁ、もう少し攻撃魔法を練習しねえとなあ…ん?サトチーどうした?」 俺達から少し離れた場所で、潰れたインスペクターの残骸を調べているサトチー。 何か宝物でも見つけたかな? とどめを刺しきれてなかったとか? 実は『ぷるぷる ぼくはいいインスペクターだよ』だったとか… まさかね。 「サトチー?」 「ん?…ああ、済まない。先を急ぐんだったね。」 二回目の呼びかけでやっと気が付いたらしく、俺達の所へ戻って来る。 「あの目玉がアイテムでも持ってたか?ホラ、親分に献上しとけ。」 「ははは…残念だけど何も持ってなかったみたいだね。」 ヘンリーと笑い合いながら、隊列の先頭を進むサトチー。 最近、サトチーが上の空になることが多いんだよなあ…人の事言えねえけど。 足場の悪い吹き抜けを恐る恐る通り過ぎ、いくつかの階段を上った先は、 狭く入り組んだ下層と違い、一直線にのびる通路のみという実にシンプルな、 下層とは明らかに雰囲気の違う空間。 その通路の奥の祭壇。燦々と差し込む太陽の光を浴びて輝く鏡が見える。 あれが、ラーの鏡… だが、祭壇へ続く通路の途中には床の裂け目が存在し、俺達の行く手を阻む。 幅は10メートル強といった所か、助走つきのジャンプでも届かない距離。 裂け目の縁から下を覗き込むと、遥か下の方に中庭が見える。 「イサミ。ジャンプ。」(*´∀`)b 「斬るぞ。」 にこやかに俺の肩を叩くヘンリーに対して、思わず剣を向けそうになる。 落ちたら一階までまっ逆さま…潰れたトマトみたいになっちまう。 「マジになるな。冗談だよ。」 「神は、鏡を手にする者の勇気を試されると言われています。でも、これでは…」 …悪趣味な神だな。コレじゃあ身投げじゃねえか、せめてバンジーにしろよ。 マリアさんの語る神に、心で毒づきながら祭壇を見やる。 「ロープを引っ掛けるような取っ掛かりもないね。」 「…跳ぶしかない…な…」 「そうだよなあ…跳ぶしか……は?」 スミスには珍しい冗談か、もしくは俺の鼓膜がイカレたかと思ったが、 スミスは既に後方でクラウチングスタートの体勢を取っている。 「…落ちたらもう一回登れば良い…幸い…私は痛みも感じないしな…」 「ちょ…待…」 サトチーが静止するよりも早く走り出し、スミスが一気に跳んだ。 やっぱり跳躍力が足りねえ。スミスはタフだけど基本的に鈍い。 跳躍したスミスの体は、目標の手前で失速。放物線を描いて落下をはじめる。 その姿は、一秒後には床の裂け目の中に消えてしまっているのだろう。 …1…2…3…4…5秒が経過してもスミスは、まだ俺の視界の中にいる… 俺は呆然としながら、足場のない空間を歩くスミスを見つめる事しか出来ない。 不思議そうな顔をしながら歩を進め、祭壇に安置された鏡を手に取るスミス。 「…見えない足場があるみたいですね…」 腰を抜かしてしまい、自力で立つ事の出来なくなったマリアが呆けたように言う。 「…受け取れサトチー卿…ラーの鏡だ…」 何もない空間の上、駆けつけたサトチーに鏡を手渡すべくスミスが一歩進み出る。
|||| |||| ヒュン!! ∧_∧ (´∀` ) '''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''''``````''''''''''''''''''
…… 瞬間。スミスが裂け目に消え、数秒後には下のほうからドチャリ…と音がする。 「スミスーーーーーーー!!」 「あそこだけ、足場が途切れてたみてえだな。」 サトチーが叫び、妙に冷静なヘンリーが状況を分析。 マリアさんはあまりの事態に気絶しちまっている。 本当に悪趣味な神だな。人(?)の命をなんだと思ってやがる。 神様に会う機会があるのなら、チェーンソーを持参しようと思います。 慌てて一階に下りてみると…うん、予想通りと言うか…酷い事になってた。 体半分××ったスミスを中心に、駅のホームにぶち撒けてあるアレみたいなモノやら、 流し台の排水溝に溜まったソレみたいな残骸やら、夏場放置したカレーみたいな…(ry …色んな○○がばら撒かれた中庭は、まさに地獄絵図。 「…鏡は無事だ…改めて受け取れ…」 そんな状況でも生きているのは、さすが痛みを感じないアンデッドと言うべきか、 ベホイミで治療を受けながら、平然とサトチーに鏡を手渡している。 「イサミよお…こう言っちゃ悪いが、スミスの旦那に任せて正解だったな。」 「ああ、俺達だったら破裂したミートパイみたいになってたろうな…」 「よし、これで大丈夫だ。どうだい?動き難い場所とかあるかい?」 「…問題ない…パーツは足りているし…再接合も上々だ…」 体のあちこちを動かしながら、スミスが事も無げに言う。 「それじゃあ一度、修道院に戻ろうぜ。マリアさんも疲れてるだろうしさ。」 「そうだね。軽く休息を取って、もう一度ラインハットに忍び込む作戦を練ろう。」 ラーの鏡が太陽の光を反射して輝く。 鏡の中にはどこまでも透明な空色が広がっていた。 イサミ LV 15 職業:異邦人 HP:69/74 MP:11/11 装備:E天空の剣 E鎖帷子 持ち物:カバン(ガム他) 呪文・特技:岩石落とし(未完成) 安らぎの歌