――目が覚めると、そこは不思議の世界でした。 そんなフレーズが頭の中をグルグルとまわる。 昨夜は確かに安アパートの俺の部屋で寝たはずなのに、今いるところは……どこだ。 上半身を起こし、ぐるりと周囲を見回す。ベッド、タンス、窓、ドア。なにもかもが俺の部屋と違う。 なにより天井に蛍光灯がない。俺の田舎だって電球くらいあるぞ。 起き上がりボーッとしていると、突然ノックも無しに部屋のドアが開き人が現れた。 俺が起きていると思っていなかったのだろう。 その人は目があった途端ハッと驚いた表情をしてその場に立ち止まった。 「……ああよかった、目を覚ましたんですね」 「え」 女性だ。青い服、いわゆる修道服だろうか。そして綺麗な淡い金髪をしている。 ルビーみたいな赤い瞳が青い服と妙にマッチしていて印象的だ。 「あ、ああ……どうも」 頭が回らない。混乱でもしているのか。 「体の具合はどうです? あなたは5日ほど眠り続けていたんですよ」 「5日……」 5日なんて、そんなに長い間眠っていた感じはしない。第一、俺は昨日寝たばかりだ。 彼女は手に持っていた桶をベッド傍の台に置いた。そのまま俺の近くに落ちているタオルを拾い桶の中に入れ絞る。 タオルから滴り落ちる雫に太陽の光が反射してキラキラ眩しい。 本当に俺が5日眠っていたとしたら、この人はその間俺を看病してくれていたのか? 「あ、ありがとうございます」 主語のないお礼を言うと、彼女は「お気になさらず」と笑顔で言ってきた。 「そうだ! ここはどこです? 俺、なんでここにいるんですか?」 ボーッとしている場合じゃない。 俺の部屋で寝たはずなのに起きたのが俺の部屋じゃないなんて、これは異常事態なんだ。 急いで状況確認をしなければ。 「ここは海辺の修道院です。あなたはこの近くの浜に倒れていたんですよ」 「浜に、倒れて……?」 ってことはこの近くには海があるのか? 俺は海から流れてきたのか? 日本沈没? それよりも、修道院って……ああ、頭の中がゴチャゴチャする。 「まだ目覚めたばかりですから、あまり無理しないで下さいね」 頭を抱えうんうんと唸っていた俺を見てか、彼女は俺の心配をしてくれた。 「……そういえば、あなたは……?」 「あ、申し遅れました。私の名前はマリア。この修道院で修行をしている修道士です」 修道士のマリアさんか、可愛い名前だな。俺も自己紹介し返さなきゃいけないな。 ……あれ、俺の名前…… 「……俺の名前、なんだろう……思い出せない」 名前の部分だけ記憶がすっぽりと抜けている。 「まあ……一時的な記憶喪失かしら。しばらくしたら思い出せるかもしれないから……気を落とさないでね」 彼女はそう言って俺を見つめながら手を握ってくれた。 ……世に産まれ出てから16年、女性にこんなことをされたのは母以外初めてです、ハイ。