あの後、マリアさんは他の修道士たちに俺が起きたことを知らせてくると言い、部屋を出て行った。
「そうそう、ご飯も用意してくるわ。何日も飲まず食わずで、お腹が空いたでしょう?」
 いやー、いい人だなあ。修道院の人たちはみんな、こんなに優しい女性ばかりなのかなぁ。うへへ。

「はいどうぞ。手の凝った料理はものじゃないけど、その分味の方は保証するわ」
 目の前に出されたのはバターロールみたいなパンと野菜のスープ、イモの蒸したものだ。
 見た感じヨーロッパの家庭料理だ。……いやヨーロッパの家庭料理なんて見たこと無いけどさ、きっとこんなのだろうよ。
「じゃあ、いただきます」
 スープを一口飲む。タマネギスープっぽい味がして、なかなか美味しい。表面に浮いている葉っぱがピリリと効く。
 イモはほんのりバター味で、田舎の母さんが作った粉吹き芋を思い出す。母さん元気かな。
 ……ここって、どこだろう。日本ではないことは確かだけど、フランスあたりかな。
「マリアさん、ここはなんていう国ですか?」
「ブランカよ。他に比べたら小さな国だけど、自然がたくさんあって農業が盛んなの」
「ブランカ……」
 そんな国名聞いたことがない。小さな国ってぐらいだから世界地図に載らないくらい小さな国なのか?
「ええと……」
 マリアさんはわざわざ地図を探して持ってきてくれた。日に焼けていて随分年期のはいった地図だ。
「あった、ほら、これがブランカよ。西へ行くと砂漠があって、ここからテルパドール領になるの」
 所々擦り切れた古書のような匂いのする地図をのぞき込み、マリアさんの指し示す場所を目で追う。
 ……知らない。こんな地図は知らない。日本がない。アメリカがない。ユーラシア大陸がない。
 見覚えのない国名、大陸、世界。――ここは、俺のいた世界じゃない。
「あなたの国はどこ? 海を挟んでだから……グランバニアかしら?」
「……」
「あ……もしかして、住んでいたところも覚えていないの?」
 いっそ全て記憶喪失であったらよかった。

 申し訳なかったが、今はひとりにさせて欲しい、そう言ってマリアさんには部屋から出て行ってもらった。
 しばらくベッドの中で考え事をしていた。
 俺の世界のこと、この世界のこと、いままでのこと、これからのこと。
 考えれば考えるほど頭が混乱する。
 信じられない。突飛過ぎる。何でこうなった。誰の仕業だ。
 俺はなにもしていない。朝起きて学校通ってご飯食べて遊んで部活して寝て、ごく普通の生活を送っていた。
 こんなとこに来て、俺は元に戻ることができるのだろうか。不安だ。
 枕に顔を埋め、泣いた。みっともないとは思ったが、涙が止まらなかった。

 それから何時間経っただろうか。俺は落ち着きを取り戻していた。悩むなんて俺のキャラじゃない。
 くよくよしていちゃなにも始まらない、進んでみなきゃ始まらない。レッツポジティブシンキング!
 まずは今後のことについて。俺は元の世界に戻りたい。どうやったら戻れるか世界をまわって調べてみようと思う。
 そうだ、明日マリアさんに相談しよう。色々お世話になっているけど、俺がこの世界で知っている人は彼女しかいない。
 そこまで考えたが、疲れてしまったので寝ることにする。頭を使いすぎた。ではおやすみ。


 次の日、満足に歩けるほど体力が回復していなかったので、マリアさんに部屋に来てもらって相談をすることにした。
 コンコンとドアがノックされ、少しの間をおいてマリアさんが入ってきた。そのままベッド近くの椅子に腰掛け、こちらを向く。
 記憶喪失だとわかった俺のことを、マリアさんは自分のことのように悲しんでくれていた。本当に、優しい人だ。
 ……俺の言うこと、信じてくれるかな。
「あっ、あの、マリアさん、えーと……驚かないで、聞いてもらえますか?」
「ええ、いいけれど、なにかしら?」
 深く深呼吸をする。緊張するな。俺は落ち着いてゆっくり言葉を出した。
「……実は、俺、この世界の人間じゃないんです」
 マリアさんは信じられないような顔をしている。そりゃそうだ、いきなりそんなこと言われたら普通驚く。
「あ、ごめんなさい。驚かないって言ったのに……」
「いえ、急にこんなこと話した俺が悪いんです」
「でも本当なの? この、世界の……人間じゃない、って」
「はい……」
 うう、段々悲しくなってきた。あ、目から水が……引っ込め水! こんなところで泣くな俺! 負けるな俺!
「そう、なの……で、これからどうするの?」
「とりあえず、元世界に帰る方法を探します……って、マリアさん! 俺の言ったこと信じてくれるんですか!?」
「ええ。……あなたの目、嘘をついている目じゃないから」
 俺は驚いた。信じてもらいたかったはずなのに、いざ信じてもらっちゃうと……。
 嬉しいな!
「……という訳で、旅に出ようかと思うんです」
「ちょっと待って。旅に出るのはいいけど、外にはモンスターがうようよしているのよ」
「モンスター?」
 つまり、怪物? そんな生物がいるなんてキイテナイヨ。
 マリアさんがうーん、と手を顎に当て考え事をしている。どうしたのだろうか。俺の馬鹿さに頭を痛めたのか。
 するとマリアさん、いきなりポンと手を打ち笑顔で話した。
「じゃあ、私と一緒に旅をしない? ひとりよりは心強いでしょう? ね?」
「はい?」
 それはあれか。長い旅路を若い女の人と二人っきりでtqあwせdrftgyふじこlp;@
 思春期まっしぐら多感な16歳にとってこの展開はやばすぎる。
 ん? マリアさんって何歳だろう。
「突然ですがマリアさん、何歳ですか?」
「え? 私の年齢?」
 って、なに尋ねてるんだ馬鹿俺!
 女性に年齢を聞くことは太古よりタブーとされていることなんだぞ!
「あーあーあ、言いにくかったら別に流してくれても構いませんよ……はは」
「今年で18になるわ」
「へー18歳ですかー俺より2つも年上なんですねーはははー、って女性がそう簡単に年齢言っちゃ駄目ですよ!」
「そうなの?」
 そうですよ。そっか、マリアさんてば18歳なんだ。落ち着いていて大人な人だなとは思ってたけど以外と若いな。
 いやいやいや、だからって老けて見えるとかそういう訳じゃなくて、年齢のわりには老成している……違う違う違う!
 落ち着け俺! 優しくて綺麗で可愛い年上の女性にお誘いを受けたからって浮かれるな俺!
「で、返事はどうなの?」
「えっ?」
「だから、私と一緒に旅ましょう、って」
「あっ、それは……その……」
 嫌なわけではないのだが、どうもこんな状況になるのははじめてなもんでして。どうすればいいか戸惑ってしまう。
 フラフラと目線が泳ぐ。するとマリアさんは、しびれを切らしたのか今までよりも勢い強く喋った。
「はい!? いいえ!?」
「はい!」
 ああっ! マリアさんの勢いに飲まれて反射的に答えてしまった。
 マリアさんの方を見ると、目の前でニコニコと満足そうに笑顔を浮かべていた。
「じゃあ決定ね。出発は……どうする?」
「ええと……まだ身体が本調子じゃないので……もうしばらく待っていてくれれば嬉しいんですけど」
「構わないわよ。ちょうどこの修道院は宿屋も兼ねてるの。お代はもちろん、無料でね」
 ポーズを決めてウィンクを送ってくるマリアさん。修道士のくせに小悪魔かこの人。
 なんかもう精神的に疲れたし、さっさと身体を回復させるため俺はもう寝ることにする。
 あ、そういえばなんでマリアさんが旅したいのか聞くの忘れてた。
 ……ま、いいや。眠たくなってきたし、続きは明日でいいよね。
 いい夢が見られますように。

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