目を開けると前方に光が見えた……大きな、まぶしい光が。 前へと歩いても光に近づいていく気がしない。ずっと同じ距離のままだ。 『ようこそ……我が世界へ』 しばらく歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。 聞こえてくる、というよりも頭の中に響くという方が正しいかもしれない。 俺はどこから聞こえてくるのかわからない声に警戒し、あたりを見回す。白の空間と光しか見えない。 「誰だ!?」 『私は竜の女王……世界の創造主です』 創造主……つまり、神様か? もしかして、こいつが俺をあの世界に連れてきたのか? 「神様が俺になんの用だ!」 声の主の位置が掴めない。俺はとりあえず光に向かって叫んだ。 「俺を元の世界に帰せ! あんたが俺をこっちに連れてきたんなら、帰すことだってできるだろう!?」 『できません』 「どうしてだ!?」 ふざけるな。俺は元の世界に帰りたいんだ。 俺の叫びも空しく、神様は淡々とした声で話を先へと進める。 『あなたは導き手。あなたに力を授けましょう』 「……導き、手?」 意味がわからない。俺がこの世界に連れてこられた理由がそれなのか? 力を授けるって一体……? 「おい、神さ……っ!」 問いかけようとしたその時、光が強さを増し俺の体を包んだ。 眩しい、目を開けていられないくらい眩しい。 『あなたに授ける力は一つの呪文。私の力の一部です』 ”なにか”が俺の中に入っていく感覚がある。その”なにか”は俺の中に入ると染み渡るように全身に広がっていく。 じわりと体が温かくなっていく。不思議な感覚だ。 「あんたは、俺に、なにをさせたいんだ?」 『導きなさい。勇者を、そしてその仲間たちを』 導く? 勇者? ああもう、なにがなんだかわからない。 「とりあえず俺はその勇者様とやらを導けばいいんだな? ……導いたあと、元の世界に帰れるんだろうな!?」 『……約束しましょう』 帰れる。元の世界に帰ることができる。暗かった道に希望の光が見えた。 「で、勇者をどこへ導けばいいんだ?」 『天空へ』 「天空?」 変なことを言う。こんな飛行機もなさそうな世界で、どうやって天空に導けと。 っていうか勇者って誰だ。名前は何だ。どんな姿をしてるんだ。どこに行けば会えるんだ。 『……時間が来ました……導き手、あなたに授けた呪文、それは――』 「おい! 神様! 神様っ!」 神様が言い終わる前に、光が一層強くなりあたりは光に包まれた。 眩しくて反射的に目を閉じた。まぶたを閉じていても強い光を感じる。 すうっと意識が落ちる感覚。消えそうな意識の中で、神様の声が聞こえた。 ――ドラゴラム、と。 「っ!」 ガバッと布団をはね飛ばし目を覚ます。一筋の汗がこめかみを伝い、首まで流れ落ちた。 ……不思議な夢だった。竜の女王、勇者、導き手、呪文……鮮明に覚えている。 なぜか心臓がドキドキしている。息苦しい。落ち着こうと、胸に手を乗せてみる。 大切なものが芽生えているような、そんな温かさを感じた。 「ごめんね、今用意しているからもう少し待ってて」 マリアさんはそう言って部屋の中へと戻っていった。暇なのでしばらく教会内を散策してこよう。 ちなみに先程マリアさんが言っていた用意とは、旅支度のことだ。 あの夢を見た後、不思議なことに体力が元に戻っていたのだ。神様の力だろうか。 そのため、急遽旅立つことになってしまった。俺は明日でいいのに。「善は急げ!」らしい。 俺は大広間にある絵を見ていた。広大な海に数隻の船と鳥。全体的に青っぽい絵だ。 うーん、綺麗だとは思うがいまいち芸術というものがわからない。 そういえば家の本の中にムンクとかモナリザとかの絵があったな。モナリザは確か、ダヴィンチが描いたんだったか。 ……旅に出ようと決めた次の日に目標ができるなんて、よくできてるなあ俺の運命。 やっぱり神様が操作でもしているのかな、人の運命は。創造主だもんな。 元の世界にいたときなんて、神様なんかテストの時ぐらいしか信じていなかったけど、ここには神様は存在するんだ。 不思議だなあ。本当に不思議だ。この間まで毎日学校に通って勉強してバイトして……そんな毎日だったのに。 そんな俺が、剣と魔法のファンタジーな世界に来るなんて。どこの漫画の話だよ。 絵の前でふらふらしていると、小さな女の子が俺に声をかけてきた。 ちょこんと俺の前にやってきてお辞儀をする。俺もつられてお辞儀をする。 「お兄ちゃん、元気になったんだね!」 「うん、心配してくれたんだね。ありがとう」 茶色の髪に大きな赤いリボンをつけている。小学校低学年くらいの子供だろうか。 そういえばこれくらいの妹がいたなと思い出し、なんだか懐かしい気持ちになった。 妹? そうだ、俺には妹がいる。でも、名前はなんだっただろうか。あれ? 思い出せない…… 「……あれ、お兄ちゃん、どうしたの? まだ痛いの?」 「あ、ああ、いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだから」 どうやら難しい顔になっていたらしい。小さい子は人の感情に敏感だっていうよな。 心配そうにのぞき込む女の子にへらりと笑顔を見せる。女の子も笑顔になった。 「よかった!」 妹の名前を思い出せないのが少し引っかかるが、ただの記憶喪失だろ。そう思うことにしておいた。 しばらく女の子と会話していると、用意を終えたマリアさんが階段から下りてきた。 マリアさんの服装はあの青い修道服ではなく、白いローブに赤いずきんをしている。まるで赤ずきんちゃんみたいだ。 ちなみに俺は水色っぽい服。しかしスカートっぽいひらひらが。まあズボンははいているからそこは安心だ。 この服装はこの世界での一般的な旅装束らしい。マリアさんが用意してくれたものだ。 俺は持ち物として食糧といくつかの薬草、木の棒を受け取った。 薬草とは傷を瞬時に治す優れものの薬で、木の棒はひのきの棒という武器とのこと。ぶっちゃけおもちゃにしか見えません。 外に出たらモンスターがうようよしている、自分の身を守るのは自分しかいないと言われた。 ……これは遊びじゃない、ゲームじゃないんだ。 俺は頬をパァンと叩き気合いを入れた。強く叩きすぎて痛い。 この教会で一番偉いマザーだかいう人にお礼を言い、俺たちは教会を出た。 あの女の子が窓から手を振ってくれている。俺は大きく手を振り返した。 「まずはここから一番近い町、リムルダールに向かいましょう。そこで大体の装備を調えなくっちゃ」 世界地図を広げマリアさんは言う。部屋の中で見た地図だ。 リムルダールはここから南西の草原地帯にある町。一番近い町といっても3日はかかるらしい。それ全然近くない。 途中大きな森があって、その森は周辺の住人から迷いの森と呼ばれているという。 入ったっきり出てこられなくなって行方不明になった旅人もいるというのだ。覚悟していかねば。 あと、この町は湖の上につくられており、内陸でありながら水資源が豊富なのだという。 町を更に西に行くと砂漠があるため、砂漠を渡る人たちにとって水の豊富なこの町はいい拠点となる。 俺たちはまだ冒険歴が浅いので砂漠の向こうへ行くようなことはしないが、いつか行くことになるだろう。 「あ、ねえ、あなたの名前……どうする?」 手に持っていた地図をしまいながら俺に尋ねる。 すっかり頭から抜けていた。今俺は記憶喪失なんだった。 「あー……やっぱ名前が無いと不便ですよね。なんて名前にしようかな……うーん……」 頭を捻って考える。自分の名前を考えるというのも変な感じだが、まあそれは仕方がないだろう。 名前名前名前……。 「……そうだわ、私があなたの名前を考えてげましょうか?」 「本当ですか?」 それはありがたい。正直サトチーやらゆきのふやら変な名前しか思い浮かばなかったところだ。 是非お願いしますと言うと、マリアさんはしばらく考え込み、こう言った。 「トンヌラはどう?」 「全力で拒否させていただきます」 俺とレベルが変わらないくらいの酷さだ。トンヌラ……なんて間抜けな響きなんだ。 とてつもない人生を送ることになりそうな名前だ。なんとなく。 「そう? じゃあ、もょもと」 「勘弁して下さい」 今どうやって発音しましたかマリアさん。 もよもと、もゅよもと、ももと……言えねえ。 「うーん……なら、アレフはどう?」 「あ、その名前いい!」 アレフ! 勇者っぽくて格好いい、っていうか今までのより遙かにいい名前だ。 「決まりね。……アレフって名前はね、私の国では聖なる名前なの」 聖なる名前って……んなご大層な名前俺がもらっちゃっていいんですか。 「これからよろしくね、アレフ」 「よろしくお願いします、マリアさん」 俺たちはどちらともなく手を差し出し、握手を交わした。 あ、またマリアさんの旅の理由を聞くの忘れてた。まあいいや、歩いている途中にでも聞こう。 リムルダールへ向かう間、マリアさんはこの世界について話してくれた。 簡単に纏めると、この世界には竜王という魔王が存在している。けど竜王の住処は誰にもわからない。 昔人間と一緒に暮らしていたモンスターが凶悪化したのは、この竜王が出す悪の波動の所為らしい。 闇の波動は年々強力になってきていて、それを見かねた神様が竜王を倒す運命を持った勇者を誕生させた。 それが今から16年前。ってことは勇者は俺と同い年なのか。 ていうか、神様……って、この間の夢に出てきた竜の女王のことだよな。竜王と竜の女王か。 「そして、その勇者が誕生したとお告げがあった後に――」 竜王は自分を脅かす勇者を、力のない子供のうちに潰してしまおうと考えた。 そして、その年に産まれた子供たちを配下のモンスターを使い、無差別に捕らえて殺していった。 「……っ」 「……私の弟も、その年に産まれたの」 「弟がいるんですか」 「ええ……実はね、私の旅の目的は弟を探すことなんだ」 いままでこちらを向いていた顔を前方に向け、淡々とした口調で続ける。 視線は遠くを見つめており、どこか寂しげな雰囲気を出している。 マリアさんの話を要約すると、幼い頃に彼女の家族が住んでた国はモンスターに滅ぼされてしまった。 モンスターたちは国中の子供を次々に捕らえていった。その中、マリアさんたちは両親に逃がしてもらう。 その間に弟さんと色々あってはぐれ、マリアさんはあの修道院に迷い込んだ。 弟を探しに行こうとしたけどマザーに止められ、力をつけるためにあそこで修行をすることになった。 で、そろそろ旅に出ようかというときに俺が現れた。 ひとり旅よりふたり旅の方が危険は少ないから、俺を誘ったと言う訳だ。 でも俺なんか誘っても……全然戦力にはならないのに。 話し終えた後、マリアさんの顔に影が落ちる。辛い話なのに、俺に話してくれて…… 「……すみません」 「? ああ、いいのよ。気にしないで。この世界ではそう珍しいことではないし。 ……あなたには全部話しておかなきゃって思って。なんでそう思ったかはわからないけど」 俺のいた日本で起きることなんか話にならないくらい、酷い人生を送ってきたマリアさん。 マリアさんはよく笑う。いつも笑顔だし些細なことでもよく笑う。俺だったらあんな生活送ってきたら笑顔じゃいられない。 この人は俺よりずっとずっと強い人だ。 俺も強くならなきゃ。マリアさんがこれからも笑顔でいられるように。マリアさんを守れるように。 ……って、うわ、俺シリアス! 俺超シリアス! かゆくなった! 話題を変えて、呪文について話すことにした。 呪文というものは、魔力を使い様々な現象を起こす能力。魔法とも呼ばれている。 マリアさんも呪文が使えるという。呪文には正の力と負の力があって……うんたらかんたら。 まあ、攻撃呪文と補助呪文と回復呪文と特殊呪文に分けられるらしい。 で、マリアさんの得意なのは攻撃呪文。 「修道院にいたら、普通は回復や補助呪文が得意になるはずなのにね……どうも私には合わないみたい」 との談。ふむ。呪文の習得は、人により得手不得手があるってことか。 ん? 呪文……そういえば夢の中で神様に呪文をもらったな。あれは俺に使えるんだろうか。 「マリアさん、呪文って俺にでも使えます?」 「魔力と努力があれば誰にでも使えるわよ。あなたには微かだけど魔力があるから、修行すればきっと身につくわ」 「俺にも呪文が使えるのかぁ……」 目線を自分の両手に落とす。大きな苦労をしてきたことのない綺麗な手。 まあ実家の畑仕事の手伝いおかげで多少ごつくなってはいるが。 今までそんな能力とは無関係な世界で生きてきた俺だけど、そんな俺にも呪文が使えるかもしれない。 ……俺、なんだかワクワクしてきたぞ! 「そうだわ、呪文がどういうものか少し見せてあげる」 マリアさんはそう言って近くに落ちていた小枝を拾ってきた。なにをする気だろうか。 「この枝と杖を見ててね」 そう言うとマリアさんは杖を構えた。すると杖を握る手から赤い光が見えた。 光はそのまま杖を伝い、杖の先の大きな赤い石に。石の中で光がスパークしている。 そしてその石からからバチリと雷のように反対の手へと流れた光は、人差し指に集まる。 「メラ!」 なにやら変な言葉を唱えた途端、その指先から火の玉が飛び出す。 そして指のさし示す先にあった小枝に命中し、小枝は勢いよく燃えた。 ほんの一瞬の出来事だったが、俺の意識は完璧にその火の玉に持って行かれた。 「すっげー!」 「ふふっ、これはメラといって呪文の中では基本中の基本なのよ」 「あの、質問なんですけど、その杖の役割ってなんです? 先っぽの赤いのからボワーって光が! 赤いのボワーって!」 興奮の所為か大げさなボディランゲージ付きで話す俺に苦笑し、マリアさんはその杖を手渡してくれた。 思ったより軽くて、手によく馴染む。ぶんぶんと振ってみるとひのきの棒より振りやすい。 「これは装備者の魔力を増幅させる杖で、その石は魔力が込められている特殊な鉱物なのよ」 「へえええ……」 そう言われ先っぽの石をよく見てみると、石の中心にキラキラした光が見えた。これが魔力か。 ワクワクドキドキ、俺の中の好奇心がうずく。俺は宙に向かい杖を振り、先程のマリアさんを真似て呪文を唱えてみた。 「……メラァ!」 アレフはメラを唱えた! しかし呪文は発動しない! 俺の叫びは空に消えていった。隣ではマリアさんがクスクス笑っている。ああ、恥ずかしい! 「魔力があるからっていきなり使えるものじゃないわよ。毎日の精神集中、そして呪文理論について勉強しなくちゃ」 呪文は一日にしてならずですね。でも大丈夫です。こう見えても俺、勉強好きってわけじゃないけど、嫌いじゃないですから。 しばらく落ち込んでいたら、マリアさんに励まされた。で、呪文を教わることになった。わーい。 当面の目標は魔力を増やすこと。魔力がなければ呪文は唱えられないからだ。 魔力の量は元々の才能もあるけど、努力次第で幾らでも増やせるそうだ。よし、頑張ろう。 とりあえず元気に前へ進んでみましょうかね。 神様、竜の女王様。俺たちの旅にどうか祝福を。