俺たちは迷い森の中へ入った。さっきまでの平野と違って随分歩きづらい。 森の中は光が入りにくいらしく薄暗い。霧が発生しているようで、視界も絶不調。 更に同じような木ばかり生えていてさっきまでいた位置と今の位置の区別がつき辛い。迷うわけだ。 しかも土や木の根がところどころ盛り上がっていて足が取られる。さっきなんてつまずいて転んでしまった。 幼い頃から裏山の中を駆けずりまわっていた俺だけど、流石にこれは辛い。段々と体力が削られる。 一方マリアさんはザクザク先へと進んでいく。この世界の人はみんなああも道ならぬ道を歩くのに慣れているのか? 置いて行かれないよう、俺は震える足を前へ前へと踏み出していった。 突然ガサリと背後の草むらから音がした。 マリアさんはすぐさま振り向き身構えた。遅れて俺もひのきの棒を取り出し身構える。 バサバサッという音とともに草むらから出てきたのは、空飛ぶ黒い塊と青いタマネギみたいな生き物が1匹ずつ。 「スライムとドラキーよ! アレフ、気をつけて!」 どっちがスライムでどっちがドラキーだ! 軽く混乱していると、タマネギが俺に襲いかかってきた。 タマネギのタックルが俺の腹に直撃。一瞬息が詰まり衝撃で後方に吹っ飛ぶ。マリアさんが俺の名前を叫んだ。 体当たりされた腹と、地面に打った背中が痛い。起き上がるとタマネギが降ってきた。 俺は反射的に手に持っていたひのきの棒を振った。するとうまくヒットし、タマネギを吹っ飛ばした。 「このっ、タマネギ!」 吹き飛んだ方向に向かい、思い切り踏みつけた。ぐにょっとした感触が気色悪い。俺は何度も踏みつけた。 マリアさんの方を見やると、黒い塊をメラで火だるまにしているところだった。よかった、無事だ。 もう一度タマネギの方を見る。タマネギはもがいていたがしばらくすると動かなくなり、光になって消えていった。 消えた後に残っていたのは小さな石。宝石みたいにキラキラしている。何だろう。とりあえず拾っておいた。 出発前にマリアさんにもらっていた薬草をかじる。苦い。じいちゃんに無理矢理飲まされた青汁よりまずい。 しかし腹と背中の痛みがスッと消えていった。おお、凄い効果だ。 マリアさんが言うには、さっきのモンスターはタマネギがスライムで黒いのがドラキーというらしい。 どちらも下等なモンスターで、そんなに手強い相手ではない。最初に出会ったのがこいつらでよかった。 さっき拾った石をマリアさんに見せた。これは”いのちの結晶”というものらしい。 この世界に存在する生物、人間もモンスターも、このいのちの結晶を身に宿している。核みたいなものだ。 結晶は本体の種族や能力により色や形が違う。本体が強ければ強いほど結晶の質も上がる。 それを利用しての報奨金制度というものがこの世界にはあるという。 町に設置されている施設に結晶を持っていくと、倒したモンスター本体の種類や強さに応じてお金が貰えるのだ。 ……なんだか、凄い世界だな。 草をかき分け歩いていると、またモンスターが出てきた。今度はドラキーが3匹。 キィキィ鳴いて俺たちの周りを飛び回る。動きが素早い、目で追いかけるのがやっとだ。 ドラキーの笑っているような口が俺を馬鹿にしてるみたいに見えて胸くそ悪い。 ひのきの棒を握る手に汗がにじむ。落ち着け俺。集中するんだ俺。 「メラ!」 隣にいたマリアさんが呪文を唱えた。指先から火の玉が出て1匹を炎に包む。 するとギィギィと耳障りな声をあげて地面へと落下していった。 そちらの方に気を取られていたら、もう1匹のドラキーがこちらへ向かってきた。 ……さっきの戦いの後、マリアさんはアドバイスをしてくれた。 ドラキーは動きが速く飛び回るけど、攻撃は体当たりだけ。しかも一直線にしか向かってこない、と。 向かってくるドラキーにタイミングを合わせ、ひのきの棒を野球バットのようにスウィングする。 会心の一撃! ひのきの棒にあたったドラキーは向かいの木に衝突し、消滅した。 「やったわね!」 マリアさんが駆けつけてくる。その顔には笑顔が浮かんでいた。 緊張が解けた俺は、糸の切れた操り人形のようにその場にへたりと座り込んだ。 しかもただドラキーを避けて棒をひと降りしただけなのに肩で息をする始末。情けない。 でも二人とも怪我がなくてよかった。 「モンスターの動きを見極めて攻撃……一度の助言で実行できるなんて、すごいわ」 ありがとうマリアさん。実は無我夢中でした。きっとまぐれです。 幾ら歩いても出口が見えない。日も傾いてきたし、俺たちはこの近くで野宿をすることにした。 女性と二人きりの野宿。……ドキドキワクワクってレベルじゃねーぞ! さっきのところから少し進むと、草が生えていないそこそこ広い場所があった。 周りが確認しやすくちょうどいい。俺たちはそこで休むことにした。 野営に火は付きもの。ということで小枝をいくつか集めてきて焚き火をする。 着火はマリアさんのメラで一発。なんて便利なんだ呪文。俺も早く使いてー。 ホウホウとフクロウが鳴く声が聞こえる。この世界にもフクロウがいるのか。 するとマリアさんが、あれはフクロウではなくてアウルベアーというモンスターだと教えてくれた。 フクロウみたいな顔をしているけど、体は熊のように大きく腕力も相当なもの。 夜行性で、まれに寝込みを襲われることがあるから、旅人にとって結構恐れられているモンスターなんだそうだ。 ガクブル、俺たちのところに来ませんように。 でも、もしアウルベアーが襲ってきたら俺は戦えるのかな。 マリアさんみたいに呪文を使える訳でもないし、こんな木の棒で熊に勝負を挑むなんて死にに急ぐようなものだ。 と、いうわけで早速マリアさんに呪文を教えてもらうことになった。 「必要なのはイメージよ。全身に分散している魔力をを指先に集めるように、そして唱えたい呪文をイメージするの」 「イメージ……」 「メラを唱えるなら火の玉をイメージするといいわ」 火の玉火の玉……駄目です先生、イメージすればするほどお化けの鬼火しか思いつきません。赤じゃなくて青い炎になります! 「最初は目を閉じててもいいからゆっくり落ち着いて、深呼吸して心を静かに……」 言われる通りに俺は目を閉じる。深く息を吸ってゆっくりと吐き、深呼吸。頭の中に火の玉を浮かべる。 ああ、なにか掴める感じがするぞ。メラメラ燃えるメラの炎…… 「メラ!」 アレフはメラを唱えた! しかし呪文は発動しない! 「……駄目でした」 「毎日続けていたらできるようになるわ、絶対」 うなだれる俺の肩に手を置いて励ましてくれるマリアさん。そうですよね、すぐできたら修行なんていりませんよね。 とりあえずしばらくの間はイメージと集中を重点的にすることにした。 「そろそろ夕食にしましょうか」 修行を中断し夕食にすることにした。夕食といっても固焼きパンとジャムに少しの木の実だけだ。 なんだかひもじい気もするが、この先なにがあるかわからない。少しでも食料を節約しなくては。 「マリアさん、この木の実ってなんですか?」 俺はこの不思議な形をした木の実が気になった。紫色で、貝殻が合わさったような形をしている。 「これは賢さの種といって、能力が上がる効果が稀にある木の実よ」 「へぇ……でもこれって貴重なものじゃないですか?」 「まあ、簡単に人の目には触れるものではないわね。 昔マザーがどこからか持ってきた苗を育てたらこの実が生った、ということらしいけど。詳しいことはわからないわ」 「そうなんですか……」 そんなもん栽培してるなんて、マザー何者だ。 その後マリアさんとの会話もそこそこに、食事を終える。満腹とは言い難いけど、空腹は治まったからいいか。 森が闇に包まれる。俺たちは炎に照らされていて明るいが、火から離れると深く飲み込まれてしまいそうな闇が続く。 「まず私が番をするわ。アレフは寝てていいわよ。なにかあったら起こすから」 「あ、はい」 番は交代制。マリアさんが眠くなったら俺が起きて番をする。 「じゃあ、おやすみなさい」 「おやすみ」 地べたにそのまま寝るのは汚いけど、寝袋なんて物はこの世界にはない。 俺は薄い毛布にくるまり、アウルベアーの鳴き声を子守歌に眠りに落ちた。 「マリアさん、朝です。起きてください」 相変わらず薄暗い森の中だけど、木の葉の間から光が差し込んできている。朝だ。 あれからマリアさんと交代し、俺はずっと起きていた。夜更かし早起きは得意だから、そんなに疲れはない。 今回の野宿は危なげなく終わった。毎回こうだったらいいのに。そう呟きながら俺は朝食のパンを頬張る。 食事も終え支度をし、俺たちはここを出発した。もちろん火の始末も完璧に。 「西は……こっちね」 コンパスを片手にマリアさんは方向を指し示す。うっそうと草が茂っており、獣道すらない。 だが旅に道のあるないは関係ない。さくさく進むことにした。 腰程まである草をかき分けて進んでいく。足を取られたりしてうっとうしいのこの上ない。 頭の上からゲアゲアとカラスの鳴き声が聞こえる。まるで俺たちを馬鹿にしているように聞こえる。気味が悪い。 突然前を歩いていたマリアさんが歩みを止めた。 「マリアさん、どうしました?」 「……私たち、迷ったみたいね」 マリアさんが見つめる先を見て、俺は驚いた。俺たちは野宿したところに戻ってきてしまっていたのだ。 俺が砂をかけて消した焚き火の後。間違いなかった。 「これって……」 「流石迷いの森と呼ばれるだけあるわね」 やれやれとため息を吐くマリアさん。まあ、ある意味振り出しに戻ったのだから仕方がない。 「まあいいわ、とにかく進みましょう」 コンパスを見て進むも、なぜか最初の場所に戻ってしまう。何度も何度も西へ行っても戻ってきてしまう。 3周目の時点でドッと疲れが襲ってきた。 そしてグルグル回って5周目、肉体的にも精神的にも流石に疲れたので休憩を取ることにした。 「……駄目。全然先へ進めないわ」 疲れ切った声でマリアさんが言う。 俺たちが休んでいるところはあの寝泊まりした場所。この焚き火の後をもう何回見ただろう。 長い道を歩いていくより同じところを何度も歩く方が疲れる。 そう、同じところを何度も。 「……」 同じところ……同じ道が駄目なら、違う……そう、逆の道とか。 「……そうだ!」 大声を出すと同時にいきなり立ち上がった俺を、マリアさんは怪訝な目で見つめる。 俺は立ったままマリアさんに向き直り、声高に話した。 「マリアさん、逆に考えるんだ。押して駄目なら引いてみればいいんだ!」 「引いてみる?」 「はい。西に行くとここに戻ってしまう。なら、反対方向の道……東に行けば!」 「なるほどね……いい考えだわ。このまま回っているのも時間の無駄だし、東に向かってみましょう」 東に向かってしばらくすると、開けた空間が見えてきた。 そこは石がいくつも積み重ねられ表面は苔生している、祭壇のような場所だった。 傍に立つ柱は元の形を保っているもの、崩れ落ちているものと、様々だ。 「……なにかの遺跡かしら。だとしても、そうとう古いわね」 「遺跡かあー」 俺は興味津々に遺跡を見て回る。こういう歴史あるものを見るのは好きなのだ。 ピラミッドのように何十にも積み重ねられた石たち。中央には頂上へと続く階段がある。 それの傍には小さな社が左右に一つずつ……片方は崩れていて見る影もないが、たぶんそうだろう。 俺は崩れていない方の社へ向かった。マリアさんと離れてしまったが、そんなことは気に止めなかった。 危険の心配よりも好奇心の方が勝ってしまったのだ。 壁を見ていると、表面に変な模様があることに気がついた。文字だろうか……読めないな。 よく見ようと表面をこすっていると、突然大きな影が俺に被さった。 「よう、そこの坊や。……なにかお探しかい?」 声に驚き振り向くと、そこには狼の顔をした人間の姿があった。