沈殿していた意識が浮上する。 ――爽やかな風が髪と頬を撫でている、ような気がする。 どうやら今日は目覚ましのお世話にならなかったらしい。俺にしては中々珍しい事だ。 ――優しい木漏れ日が目に届いている、ような気がする。 目を覚ますまでの、このぬるま湯に浸かるような時間は、麻薬に近いものがある。 ――動物たちの声が聞こえている、ような気がする。 二度寝になるかならないか、この無駄な緊張感もこの快感を生み出すのに一役買っているだろう。 ――懐かしい匂いがするような気がする。ような気がする。ような……。 「……」 半ば無視していたこの妙な感覚が気になり、目を開ける。 最初に目に入ったのは眩しいほどの朝日。そして 「も、り……?」 ……森だった。問答無用なまでに森の中だった。これ以上ないってくらい森の中だった。 ひょっとしたら林かもしれないが、この際そんな事はどうでもいい。 俺に何が起こった? もしや酔い潰れてこんな所で寝たとか? 軽く苦笑。 しかし飲みすぎたのだろうか、妙に体に違和感がある。 まあ、とりあえず体をおこs…… ――ギシッ。 体全体に鈍い、重い抵抗を感じる。 布団にしては重すぎるその感触に閉口しながら、唯一動くらしい頭で自分の状態を確認し、 「……ははっ。どうしたもんかね」 乾いた笑いと共に、再度目を閉じた。 軽口とは逆に、俺の心は混乱の極み。そして恐怖。 ――ドッドッドッドッドッドッドッドッド。 動悸が速度を増していく、ような気がする。 誘拐? 事件? ……違う。何故かは判らないが、そういうものではない。ありえない。 明らかに異常なこの状態に、自制が聞かない。恐れ、震えが止まらない。 いっそ狂ってしまえれば楽だろうに。 ――誘拐でもなく、事件に巻き込まれたわけでもないのに、知らない場所にいる。それは一体どういう事? ……夢。そうだ、夢に決まってる。 こんな不条理、それこそ夢でなければ説明がつかない。 そうでもなけりゃ、“目が覚めたら体がでっかいブロックみたいな石人形になってて、森の中で蔦に縛られてました”なーんて笑える 状況になる筈が無い。 よし、そうと決まればさっさと寝なおそう。 懐かしさに泣きたくなる程強い草と土の匂い、痛いくらい心地よい朝の空気に包まれながら、急速に覚醒しようとする意識を無理 矢理押さえつける。 幸い、意識が埋没するまでにそう長い時間はかからなかった。先日の疲れがまだ取れていなかったのだろう。 ……果たして今の体に疲れがあるのかは判らないが。 これは夢。起きればあの退屈で楽しい日常が俺を待ってる。バイトにも行かないといけないしな。 しかし数分後、再度深い眠りに落ちる寸前、 (……現実に絶望するのは起きてからでも遅くはないよな。……多分) 俺はそんな事を考えていた。 なんとなく判っていたのだろう。 例えどんなに非現実でも。例え俺がこの状況をどんなに望んでいなくても。 これが紛れも無い「リアル」だという事に……。