泥のような眠りからゆるゆると覚める。 夜の山を歩く、ただそれだけで体力を使い果たしてしまっていた為か、夢は見なかった。 眼を開ける。否、別に意識してそうした訳では無い。いつのまにか眼が開いていた、が正しい。 視界に入る、ふわふわとした緑色の何かをぼんやりとふかふかする。 そういえば、昔、似たような事があった。 小学生か中学生の頃。 三つ離れた妹が、何かを恐れて一人で眠れないと言い出した。確か、テレビか何かだったろうか。 仕方が無いなと思いながら、一緒に眠った記憶。 今、思い出すと、それは遥かな憧憬の中で色褪せながらも尚、消える事無く残っていた。 「…んん」 HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!? なんで!?どうして!?こんなに近いの!? 息遣いの音が聞こえる――こんにちわ犯罪歴。さようなら、真っ当な職業。 もうダメですか?誰も僕を使ってくれませんか!? ついカッとなってやった。女なら誰でも良かった。今は反省している。 違う!何もしてないんだよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ俺は男だよぉぉぉぉぉ!!! 認め難いものだな…若さゆえの過ちというものは…。 脳内で色んなキャラが大会議を開いている中で、目の前の娘がゆっくりと眼を覚ました。 もうだめぽ。きっと俺は夜這いをかけた最低男として明日にはインターネッツで顔写真が出回り世界の何処にも俺の安息の地はないのだろう。 だが、それが俺が一人の娘を傷つけた罰なのだとしたら、償おうと思います、刑事さん…。 今、俺と緑色の娘――名を、ソフィアというらしい――は、一日かけて山を越え、ブランカというお城の前にいた。 朝の一連の話は、どうやら彼女が床で寝ている俺を哀れんでくれたらしく、ベッドに引き上げてくれたのだそうな。 なんというか。力持ちな娘である。 そこかよ!?――ノリツッコミも寂しいな。 それにしても、目の前のお城がブランカという名前なのは良いのだが、つまり、どういう事なのだろう? ブランカという国があるのだろうか?それにしては、なんというか、小ぢんまりとした印象である。 うまく伝える術が無いのだが、まるで城という家の中に人が引きこもっているかのような。 国民全員ニートかよwwwうはwww最悪wwwいや楽園かwww 城下町の宿を取った後、ソフィアは王様に会いに行くと城内へと消えていった。 一緒に行こうと誘われはしたのだが、丁重に断った。 そもそも、いきなり行って王様に会えるとも思えなかったし、それ以上に身体が動かない。 きこりの家からこの城まで、距離的には長くもなかったのだが…体力不足を思い知らされる。 それに比べて、ソフィアは強い。道中出会った青い液状のキモスなのもソフィアが一人で散らしてくれた。 「ねぇ、聞いた?」 ぐだぐだと宿屋の一階で飯を食っていると、別の客だろうか、何やらぼそぼそと喋っているのが聞こえた。 「山奥の村にいた、勇者様が魔族に殺されたんですって――」 はぁ?勇者って。ガオガイガーかよ。 腐女子ってのは何処にでもいるんだなと鬱になる。しかし、何で言葉が解るんだろう。 …ん?ゆうしゃ?そういえば、あの日本語がちょっと不自由な男の声の中に――。 『デスピサロさま! ゆうしゃ ソロを 捕らえ ソフィアを しとめました!』 『よくぞ でかした! では みなのもの ひきあげじゃあ!』 m9(^Д^)プギャーーーッ 思い出しただけで笑えるが今はそれどころでは無い。 勇者ソロが捕らえられ――勇者ソフィアを仕留めた?いや、違う。ソフィアは生きている。しかし、という事は…。 あの村を破壊したのが、魔族…魔族は、勇者を殺したい…もし、ソフィアが生きている事を知ったら…? 嫌な汗が出てくる。ヤバイ。あの娘と一緒にいるのはヤバイ。 道中出会った青い液状の何か。不気味に蠢き、一瞬、俺たちの身体ごと飲み込もうと大きく広がり波のように襲い掛かってきた。 あんなものに狙われたら…命がいくつあっても足りない。 他人の巻き添えで死ぬなんてまっぴらごめんだ。そういう、煩わしいのは俺は大嫌いなのだ。 宿屋を出る。時間はまだ宵の口か。ソフィアは未だ城から戻ってきていない。 俺は道行く人間に近くの町へはどういったものかを訊ねた。 どうやら、トンネルを抜けてエンドールという街に行くのがいいらしい。 エンドールは都会らしいから、恐らくは入ってしまえばソフィアには二度と出会わないだろうし、食い扶持も手に入れられるだろうし、何より――元の世界に戻る法があるかもしれない。 一石三鳥の妙手を得た俺は、一目散に駆け出した。 一度だけ、自分より年下の娘の姿が脳裏を掠めたが、俺の足は止まらなかった。 筋肉痛が臨界点を突破し足がぎしぎしぎしぎし軋む。 周囲は異常な程に暗い。街灯など無いし、空は曇っているのだから当然か。最早、形容抜きで一寸先は闇が覆っている。 突然、ガツン!と、目の前で火花が散った。 どうやら、何かに頭を殴られたらしい。ズキズキと痛む頭を抱えて後ろを振り向くと、かろうじてその何かを判別できた。 それは、スコップを持ったもぐらだった。 大きさは、もぐらにしては明らかに大き過ぎる。それでも、いいとこ50cm前後といった所だろうか。 それが、二匹。巨大もぐら、という存在、一度も目にした事のない物を見る際の不気味さはバリバリだが、それでも何とかなるか。 あの娘にできたのだ。俺にだって――。 ザクン。 あれ? 背後に回った一匹のスコップが、真っ赤に染まっている。 なんか、耳元でプシューって音が。っつか、スコップを立てるなスコップを。危ないだろう。 がくりと膝が落ちる。ざくん、ざくん。ぶしゅー。無機物が有機物を切り裂き真っ赤なトマトがぶしぶしと漏れ出る。 赤い。紅い。朱い。銅い。いつのまにか世界の黒はアカに取って代わられ最早見る影も無く兎にも角にも儚く淡い。 ずごっと頚椎を砕く音をさせながらスコップらしきものが俺の首にめり込んだ。 ギィー。ギィー。ギギギィ。ギィィィィィィィィィ!ギヒ、ギヒヒヒヒヒヒィィィィィィィィィィィ!!! 不気味な鳴き声。歓喜の声が辺りに響く。まるでこれから宴が始まるかのよう。 ああ、歌え、踊れ。メインディッシュはこの俺だ。ふは、ひひ、ウヒヒヒヒ。 この展開はあれだろうか。きっとあれなのだろう。ああ、あれさ。 ざんねん! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった! そこは何処であったろう。 見覚えなどある訳も無い空間。そこに、銀髪の男がいた。 例のDQNだ。こんな所にまで出てくるとは、余程俺はヤツにビビリが入っているのだろう。 DQNは何やら兜のようなものを持って歩いている。 やがて、前方に現れた人影に、その兜を被せた――。 意識が覚醒する。 すると同時に、緑色の塊がぶつかってきた。 俺はただ、呆けたように少女と、目の前の神父を見た。 薄気味悪い笑顔を浮かべた男だった。その笑顔が、いつも自分が浮かべるそれに酷似しているような気がして余計にキモスだった。 そして、自分にしがみついたまましくしくと泣く少女を見て、俺は深く後悔する。 この娘は――故郷を滅ぼされ身寄りも無くたった一人、放り出されて。 たまたま出会った旅人(だと、ソフィアには説明している)と行程を共にする程に――寂しかったのではないか。 それなのに、俺は――言葉の喋れない娘から、逃げ出したのだ。 これほどの後悔は母親が買ってきたデジカメの使い方が解らず俺に訊いてきた時にぞんざいな対応をしてその数日後母親が死に遺品のデジカメのデータを見ると俺の画像が沢山残っていた時以来だった。 いや、おかんはまだぴんぴんしているが。 HP:18 MP:0 装備:Eフリース Eパンツ