夜の帳が降りた海は怖い。
まるで、闇が蠢いているかのように俺には思えた。
いや、これは比喩ではないな――本来、夜の闇は動いたりしない。だが、確かに船の縁から見える黒はゆらゆらと蠢いているのだ。
海は海である筈で、夜の闇とは別なのだけど、では海もまた闇を所持しているのだろうか。
俺は所在無げに船員結びの練習をしていた。
目の前には、舵を操作しているトルネコがいる。
このトルネコという男に、俺は同じ匂いを感じ取っていた。
即ち――足手まといの匂いを。
と、マーニャに言ったら思いっきりバカにされた。
船の所持者で商売に長けてて道具の鑑定能力があって宝を見つける感覚に優れている相手と勝負する気かと。
俺はごもっともぉ!と叫び、信長に仕えるサルのように平伏した。
どうやらこの船でのヒエラルキーは

頂点:マーニャ、アリーナ
第一層:ソフィア、ブライ
第二層:ミネア、クリフト、トルネコ
最下層:俺

と、なっているらしい。さて、練炭はどこにあったかな…。
新参たちにも余裕で抜かされていく己に絶望しながらも、考えてみるとそれ自体はいつもの事だったので、
あっさりと立ち直る。
妙な所でタフネスを発揮した後、できた結び目をトルネコに見せた。

「お、良いですね」

トルネコは、一度しっかりと結べているかを確認した後、簡単に解けるかの試行をする。
はらりと無くなる結び目に、合格です、と笑みを浮かべた。
俺は引きこもり体質な為、人見知りが激しいのだがトルネコとはここ何日かでようやく普通に接せられるようになってきた。
このトルネコという男、ホフマン並かそれ以上に――できた男、というか。人の良い男というか。
いわゆる、商売に向いていそうな性格にはとても思えなかった。


「ねぇトルネコさん。ミントスを出てから、マーニャとミネアの様子、ちょっと変すよね」

いくら人が良い男が相手だとはいえ、彼は三十路を越える恰幅のいいオヤジである。
しかも、なんと妻に子供までいるらしい。
――つまり、非童貞ってことだよ!!もうだめだ。この人には絶対に敵わない('A`)
一度でも、同じ足手まといじゃないかなどと思った俺が間違っていましたぁ!!!
物凄い劣等感と、目上の相手にはそれなりの言葉遣いをという常識が相まって、敬語とは言えない体育会系用語で話しかける。

「んー……。そうですねぇ。ええ、私もそう思います」

同意を得られた俺は、やっぱりそうなのかと少し考え込んだ。
現在、俺たちはミントスの町から船で西に進路を取り、キングレオと言う名の城を目指している。
パデキアの洞窟でブライの言っていた娘と遭遇した後、彼女を尻目に首尾よく種を手に入れた俺たちは、ソレッタに戻り村長(実は国王らしいが俺は認めていない)にパデキアの種を渡した。
村長がパデキアを植えると、まるでジャックの豆の木のような非常識さでパデキアは成長した。
まあ、あれは物語だから許される訳だが…。
成長したパデキアの根っこが薬になるという事で、分けてもらった俺たちは急いでミントスに戻る。
洞窟で遭遇した娘、アリーナ(姫らしいが俺はこんなおしとやかでないお姫様は認めない)が何故か先に戻ってきていたりもしたが、
とりあえずはパデキアの根っこをクリフトに飲ませる。
煎じもしないで無理矢理飲ませようとしたアリーナとマーニャには、絶対に看病してもらいたくないなと思った。
いやいや、そんな心配はいりませんなwww自意識過剰wwっうぇwwwそんなシチュエーションはありえないwww

「お恥ずかしい…姫様を守るべき私がこのような有様だったとは…」

パデキアの効果は絶大で、クリフトの容態はみるみる良くなった。
ふと思ったんだが、クリフトを殺して生き返らせるってのはダメだったんだろうか?
…いや、もし俺が病気になって面倒だから殺して生き返らせよう!って言われたら泣いちゃうけどさ。
――しかし俺たちは、時に人道を無視してでも成さねばなならぬ事があるのではないだろうか!
今では無い事だけは確かだがー。


「いいのよ、クリフト。こうして無事治った訳だし…。さ!デスピサロを探す旅を続けましょう!」

――デスピサロ。
その名を聞いた途端、ソフィアが反応した。
それは声無き声で、宿屋の一室に居た全員を凍りつかせる。
デスピサロ。デスピサロ。――――デスピサロ。
なんと不吉な名前であろう。
何が不吉かなど解る必要は無い。この、ソフィアという優しく明るい少女に此処までの変化を促すという、ただそれだけで十分だ。
畏怖と、そうして僅かばかりの嫉妬を覚える。

「…どうかしたの?」

全員が息を呑む中、かろうじて沈黙を破ったのはアリーナだった。
俺も飛んでいた意識を取り戻し、差し障りの無いように説明する事にした。
ソフィアの居た村が魔物に襲われ、その魔物を率いていた者の名前がデスピサロと言うようだ、と。
喉が、異常に渇いていて喋り難い。

「じゃあ、ソフィアもデスピサロを!?」

「…以前、勇者の住む村がデスピサロに滅ぼされたそうです。もしや、ソフィア殿が…」

そう、ソフィアはずっとデスピサロを追ってきていたのだ。
彼女は喋れないから、ことさらにその意思を主張するような事は無かったけれど。
魔物たちが敬称をつけて呼んでいた存在。
そして、アリーナ達もまたデスピサロを追っているらしい。

「…そうだったの…。うん!よし、じゃあ一緒に探しましょう!旅は多い方が楽しいしね!
3人だろうが9人だろうが変わんないし!」


ブライが、姫、パトリシアは馬の名前ですから8人と1匹ですぞとツッコミをいれる。
いや、ツッコミいれる所はそこなのか?…俺はちらりとミネアに視線を走らせた。眼で、良いのか?と訊ねる。
占い師の娘は小さく頷いた。
――つまり、そういう事。
これは偶然なのだろうか?それとも――運命とでも言うのか?
ミネアならば、それで納得するかもしれない。マーニャは懐疑的だろう。トルネコはどうだろう?
何に対する疑惑かすら解らない疑念に囚われていた俺を、突然の来訪者が呼び戻した。

「お待ちください!悪いことだとは思ったのですが立ち聞きをしてしまいました。
ソフィア様が世界を救ってくれる勇者様だったとは…。
以前、この宿に泊まったライアンという者が勇者様を探していたのです。
確か、ライアン殿は遥か西の国、キングレオに行くと申しておりました……」

こうして俺たちは再び船上の人となり、新たなる戦場を目指している訳である。
……。今のはね!船上と戦場を(略
それにしても、キングレオに行くと決まった時からマーニャとミネアの様子がおかしい。
なんだかんだ言ってあの姉妹と付き合いが長いのは俺とソフィアだし、聞くべき事は聞いた方が良いのかもしれない。
俺はマーニャとミネアを探す前に、予めブライに今日の魔法の授業は休みたい旨を伝えることにした。
ミントスの町でブライが一行に加わってから、俺はずっと講義を受けている。
マーニャの抽象的な教え方とは少し違ったより理論的な話らしいのは解るのだがやっぱり難しい。
俺がブライの部屋を訊ねると、中から話し声が聴こえてきた。

「だから……の……圧縮……」

「氷結系は……あくまで……振動を……参考にはなるかもしれぬが……」

「いいから教えなさいよ!」

所々聞き取れなかったためと、扉をノックするため近づいたのだが突然の大声に俺は口から心臓を吐き出す。
いや、吐き出しそうになる位ビックリした。
その為、続いて開け放たれた扉を俺は避ける事ができない。


「ぎゃっ」

低い鼻が更に低くなる不幸を実感する。
マーニャは、鼻を抑えてうずくまる俺を見て一瞬、すまなそうな顔をしたがすぐに、

「――何やってるのよ、邪魔よ。……ああ、あんた、なんかすっかりあのお爺ちゃんに師事しているようね。
ふん……ま、私だって別に好きであんたなんかに色々教えてた訳じゃないしこれで清々するわ。もう二度と私にものを訊ねるんじゃないわよ!!」

一方的に怒鳴り散らしたあと、ずかずかとその場を立ち去るマーニャに、
俺は呆気に取られてしまってぽかーんと見送ってしまった。

「大丈夫かの?」

部屋からひょっこりと顔を覗かせたブライに、俺は何があったのかを訊ねた。

「ふむ。いやなに、炎を更なる密度で圧縮する法を問われたのでな。…あの小娘がワシにものを訊ねるなど明日は雪かもしれぬのぅ。
まあ知っての通りワシは氷結の呪がメインでな。その前置きをした途端、あれじゃよ」



むー。マーニャらしくない…事も無い気がしてアレだな。気分屋だからなあ。もしかしたらあの日とかか?
とりあえずは、ブライにマーニャとミネアの様子を見る旨を伝えると、すんなりと講義の欠席を許可してくれた。
普段はやれ炎は雑だとか年寄りの冷や水だとかで言い争っているブライとマーニャだが、
やはりというか、それ故にというか、どちらかの様子がおかしいと困るものなのだろうか。
ブライは病み上がりの為に念の為にまだ安静にしているクリフトの様子を見に行った。
船の中を歩く途中、先ほどの一件からマーニャに出会っても話もしてくれないかもしれないなと考え、途中でソフィアを引っ掛ける事にする。
勇者様が一緒なら、無下にはできまいという打算である。
ソフィアの部屋を訪ねると、彼女はアリーナと一緒に何やら遊んでいるようだった。
何やら示し合わせたように笑い合う。
俺はそれを見て、小学生の頃俺が教室に入るとクラスメイトがこちらを見てクスクスと嫌な笑いを漏らしていたシーンを思い出した。
背中に嫌な汗が浮かぶ。だがその汗も、ソフィアが目の前に来て『どうしたの?』と小首を傾げると、すっと引いてしまった。
アリーナもその隣でにこにことしている。ソフィアもアリーナも、とても良い子だ。
彼女たちの笑顔に悪意は感じられない。俺は嫌な思い出を頭を振って隅に追いやる。
事情を説明すると、ソフィアだけでなくアリーナもついてくると言い出した。
まだ行程を共にして日が浅い、というのを逆手に取り、よりお互いを知る方が良いと言うのだ。
その尤もらしい台詞に、俺はつい首肯してしまう。

マーニャの部屋を訪ねてみたが無人だったので、ミネアの部屋を訪ねてみる。
はたして、そこにはジプシーの姉妹が揃っていた。

「……はん。若い子二人も侍らせていい気なものね」


マーニャの開口一番がそれだ。俺だけじゃなく、ソフィアやアリーナに対しても失礼なその台詞に、俺は失望感を覚える。
面倒だ。今のマーニャは周り全てが敵に見えているのだろう。
俺はこの手の煩わしい事が大嫌いだった。
例えば、悲しげに説得する。例えば、怒鳴りつけて相手を諭す。
そのどれもがまるで滑稽だ。
そもそも、様子を見るなんていうのが間違っていたんだ。俺は、そういうキャラじゃない。
家族が相手だろうが、友達が相手だろうが、他人の悲しみを共有するのは俺には辛過ぎる。
自分のそれだけで手一杯なのに、どうして他人のそれまで背負う事ができるんだ?
苛々する。
まるで世界の不幸全てを背負ったような顔をするヤツを見ていると。
俺だって――俺だって、こんな訳の解らない世界にいきなり放り出されて――。

――いや、違う。

俺は、俺の事情を誰にも話していない。話した所で理解してもらえるとも思えないし、逆に警戒されてしまうかもしれないから。
だから、他人に俺は理解できない。それは仕方の無い事だ。俺の責任である。
俺が理解されない事なんて、今はどうでも良い事だ。こっちの気持ちも知らないで――それは、子供の理屈だ。
だけどどうしても辛い事があると――そう、思ってしまう事は誰にでもある事なのかもしれない。

「マーニャ……。話してもらえないと、俺たちには何も解らない。
あんたたちにとっては、余程の事なんだと思う。だけど、アリーナを、ソフィアを見てくれ。
俺に対してならまだ良い。だけどこの子達には、あたらないでくれよ」

「…………」

長い沈黙。
そうして暫く経った後、ミネアがマーニャの肩に手を置いた。

「姉さん。話すわね、キングレオでの事」

マーニャは肯定も否定もせずに、くるりとこちらに背を向けた。
それをミネアは無言の肯定と取ったのか、彼女は一歩前にでて、ゆっくりと語りだした。

「私たちの父、エドガンは錬金術師でした。父は、研究の途中偶然にもある発見をしました。
進化の秘法、と呼ばれるそれの具体的な内容は私も、姉も解りません。……父はそれをよくないモノと判断し闇に葬ろうとしました。

ですが……弟子であったバルザックに父は殺され、進化の秘法はバルザックに持ち去られてしまいました。
……私たち姉妹は父さんのもう一人の弟子だったオーリンと一緒に、父さんの仇を討つ為にバルザックを追い詰めたのですが……。
……あいつは、進化の秘法でキングレオの王子に取り入っていました。王子はまるで魔物のような力を手に入れ、
クーデターを起こし父王を幽閉しました。
……バルザックを追い詰めるのでへとへとになっていた私たちはキングレオの王子――今は、王ですね――に敗れ、
牢屋に放り込まれました。同じく幽閉されていた父王の協力もあって、何とか脱出できたのですが……その時に、オーリンが……」

一度言葉を切り、視線を斜め下へと落とす。
敗戦の記憶、仇を目の前に、逃げ出すことしかできなかった思い出。
そうして、大事な仲間を置き去りにした悔恨――。

「私たちはハバリアの港が封鎖される直前に船に乗り込み、エンドールへとやってきました。
そして…勇者様に出会う事ができたのです」

落としていた視線をソフィアに向ける。
その瞳には、年下の少女に対して一種の崇拝のようなものすら見て取れる。

「今度は、負けません。ソフィアさんに加えて、導かれし光の持ち主が6人も集っているのですから」

軽くトリップするミネア。当然、そこには俺は入っていないのだが仕方が無いか。
ミネアは決して悪い人間ではないし、普段は俺に対してもとても暖かく接してくれるのだが――。
こと、この予言めいた導かれし者たちの事になると、少し他に何も見えなくなるようだ。
それにしても…この姉妹も、仇討ちが主目的だったのか。
ソフィアもまた、仇討ちをする理由は十分だし、サントハイム組はどうなのだろう?…サントハイムの良い噂は、正直な所一度として聞いた事が無いのだが…。
トルネコはそういったものとは無縁なのか。後は俺もだがまあ、俺の事は置いといていいだろう。

俺はちらりとソフィアへと視線を転じた。
何処か、張り詰めたような雰囲気。ソフィアはいつも真面目で、期待されればそれに応えようとする。
俺にはそれが少しばかり危うく見えるのだ。
言うべきか、言わざるべきか。だが、この機会を逃してはこれから先いつ話せるか解らないから。

「なあ…あのさ――」

「ミネア。ちょっと勇者ちゃんに依存し過ぎ。これは、結局私たちの問題なんだからね」

突然、マーニャが割り込んできた。俺の台詞が…!

「とはいえ、多分手伝ってもらう事にはなる、かも、しれないけど、ね。ま、その時は頼むわ」

「OK、任せといて!悪党をのさばらせておく訳にはいかないし、そこそこ強そうだしね。腕が鳴るわ…!」

アリーナの場合、多分戦えれば何でも良いんだろう。俺はいつ彼女がオラ、わくわくして来たぞ!と言い出すかと気が気でない。
そしてマーニャは――やはり、彼女は彼女だった。
女性陣の中で一番年上で、一番大人でもある。いつもはだらしなく、ミネアに怒られてばかりだが、決して気遣いが無い訳では無いのだ。

「ソフィアさん、ごめんなさい。…本当に正直な話をするなら、私たちは私たちの仇討ちにソフィアさんを利用しようとしているのかもしれません。
いえ、事実そういった側面があるのは間違いない事ですから…」

ミネアの謝罪の言葉に、ソフィアはふるふると頭を振った。
そうして、足りない言葉の代わりにミネアの手を取り、しっかりと握り締める。
俺は、彼女の心境を代弁する事にした。


「エンドールであんたたちに会えなかったら俺とソフィアでどうなってたか解んないしな。
それに、ソフィアにしてみれば持ちつ持たれつってとこもあるかもしれないし…。
ま、俺は勇者だなんだって言ってまだ小娘のこいつによっかかるのはどうかねえと思ってたけど――けど、ま、あんたたちはそれだけじゃない」

ミネアが、目頭を指でそっと拭う。
俺はその仕草にみっともなくうろたえた。いかん、何かおかしな事を言ってしまったのだろうか。

「ミネアを泣かしたわね…全く、私の下僕の癖に最近調子づいてない?
あんた、今度から私の事もちゃんと師匠(マスター)って呼びなさいよ。あのお爺ちゃんにだけ先生だなんてつけるのはずるいわ」

いつから俺はお前の下僕になったんだとマーニャと口論が始まる。
最初から結果の見えてる戦いだ。マーニャはヒヒヒと笑いながら俺を煽るし、俺は俺で少しばかりムキになっているフリをする。
そんな餌で俺が釣られクマー!と言うヤツだ。
それを見てソフィアとミネアが笑い、アリーナもまたその『お約束』を理解する。
そう、こういう関係。俺は、少なからず居心地の良さを感じているのかもしれない。

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