マーニャの道案内で俺とソフィアとクリフト+1名はコーミズ村西の洞窟にやってきている。
+1名とはぶっちゃけアリーナの事だ。まあ、一悶着あって今は俺の背中で眠っている。
キングレオからハバリアへ戻った俺たちは、二手に分かれて魔法のカギの入手と、お告げ所での情報収集をする事にした。
だが、それにアリーナが一人だけ反対したのである。
    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´) < すぐにサントハイムに行かないとヤダヤダ!
       `ヽ_つ ⊂ノ
              ジタバタ

      _, ,_
     (`Д´ ∩ < 寄り道するのヤダヤダ!
     ⊂   (
       ヽ∩ つ  ジタバタ
         〃〃

       ∩
     ⊂⌒(  _, ,_) < お父様…みんな…
       `ヽ_つ ⊂ノ
              ヒック...ヒック...

       ∩
     ⊂⌒(  _, ,_) zzz…
       `ヽ_つ ⊂ノ  
そうして、暴れ疲れて眠ってしまったと言う訳である。
あの時、サントハイムと聞いて顔色を変えた少女であったが、その後の落ち着きを見て大丈夫かとも思ったのだが。
いや…むしろ、大丈夫な訳が無いのか…。

「しかし…なんで俺が背負ってるんだろう…」

此処まで来る間に何度かした問いを繰り返す。
クリフトが僅かばかり苦笑しながらも律儀に応えてくれた。

「姫様をハバリアに置いておくと何をするか解りませんからね。私が姫様を背負うなど恐れ多い事ですし…」

「あんた、師匠の私やソフィアに背負わせる気?」

じろりとマーニャが睨んでくる。
ヒイ!と、軽く情けない悲鳴をあげる俺。
しかし、恐れ多い、ねえ。じゃあ俺は不敬罪じゃないのかな?

「いえいえ、そんな事にはなりませんよ。…それに、貴方には感謝しています。姫様を助けて頂いて」

ふーん。クリフトは本当にアリーナの事を心配してるんだなあ。
俺で言う所の――眞子様佳子様か?
あ。ちょっと解らない事もないかも。あの子達を背負うってなったら少し気が引けるかもなあ。

洞窟の最深部にあった宝箱の底を探ると、何やら小さなスイッチが見つかった。
カチリ、と押すと、地面にぽっかりと穴が開き降り階段が現れる。
こういう仕掛け好きだねえなどと軽口を叩きながら階下へと下りると、小さな研究室が俺たちの前に姿を現した。

「父さんったら…この分じゃ、色々隠し事してたのかも?
ま、あの父さんに限ってそんな事もないっか」

マーニャが父の面影を窺い知り、懐かしそうに部屋を見回す中、ソフィアが奥にあった箱から魔法のカギを取り出す。
俺は、壁際にあった本棚に何気なく視線を走らせた。
様々な本が並んでいる。
……座標融解現象……。
……魂の相似について……。
主に、学術書のようで俺にはちんぷんかんぷんだ。
マーニャの許可を得て、それでも多少解りやすそうな本を数冊持っていく事にした。
その中の一冊をぱらぱらと斜め読みする。どうやらこれは手記のようだ。

……進化の秘法……。

…これか?俺が更にページを繰ろうとした瞬間。

「――うぅん」

何やら悩ましい声と共に俺の背中でアリーナが寝返りを打った。
ぐ、ぐぱっ、む、胸が。
まだまだ幼い感じだし決して大きくはないけれど中々どうしてぶっほお。
毒男の俺はこういう状況に慣れていない為身体がびっきびきに固まってしまう。
ふと、視線を感じそちらを見ると、そこにはソフィアが立っていた。

――俺は、彼女のこんな冷たい視線を今迄見たことが無い。

いや、ちょっと大袈裟だけど。それにしても、なんだ。ジト目って言うのか。
あぁん、だけどちょっとツンとしてるソフィアも可愛いな。
業の深い感想を抱く俺をじとーっと見た後、少女はたかたかと走っていってしまった。
俺はなんか悪い事をしたんだろうか…。
アリーナ姫様は俺の背中が気に入ったのか、すやすやと暢気に寝ておられた。人の気も知らないでいい気なもんだ。

洞窟から脱出した俺たちは、マーニャとミネアの生まれ故郷でもあるコーミズの村に寄る。トルネコが待っている手筈になっていたからだ。
彼は、宿屋にいた旅の商人と腰を据えて交渉をしていた。

「いやあ、トルネコさんには敵いませんなあ」

「いえいえ、ありがとうございます」

「そういえば、以前砂漠のバザーをやっていた場所に新しい町が出来たという噂を聞きましたな」

「本当ですか?いや、それは一度行ってみたいものですね」

何やら朗らかに談笑しながら茶など啜っている。
俺は早速首尾を聞いた。

「ええ、かなり良い品が揃っていましたよ。少々無理をしてでも購入しておけば、後々楽になる筈です」

そう言って、買った品物を俺たちの前に並べる。
バトルアックス、はがねのよろい、てっかめん……武器も防具もあり、実に久しぶりの大きな買い物になったようだ。

「ライアンさんには厳しい役目を担ってもらうでしょうから、バトルアックスと鋼の鎧と鉄仮面を。
後は、ソフィアさんにも鋼の鎧を用意しました。
マーニャさんとアリーナさん、ブライさんには、このみかわしの服ですね。これは良いですよ。何と言っても軽いです」

トルネコはにこにこしながら物を並べつつ、解説してくれる。
この男、本当に武具が好きなようだ。
ソフィアが鋼の鎧を四苦八苦しながら装備しようとしている。
どうも、鎧でがっちがちに身体を固めるのを彼女は嫌がるのだ。
基本的に鎧は全身を覆う分のパーツ一式が用意されるものなのだが、ソフィアは重さで動きが鈍るのを嫌い、
その中から部分、部分を抜き出す。
今回、ショルダーガードと胸当て、腰回り、具足と言った辺りを着ける事にしたようだ。
…二の腕とか、太ももとか、布地すら無いんだけど良いのかなあ…。

「そうそう、貴方の分なんですが、鋼の鎧か、みかわしの服かを用意できますがどうしますか?
鋼の鎧は見た目通り頑丈ですが、重いです。みかわしの服は軽いですが、鉄のまえかけより純粋な耐久力は劣りますからね」

俺は、今迄幾度と無く命を救ってくれた鉄のまえかけを見た。
大掃除のときに中々物を捨てられないタイプである。
それにこれは、元々ソフィアやマーニャ、ミネアが買ってくれたもので、何となく気が引ける。

「んー。これも、もうボロボロね。買い換えときなさい」

みかわしの服を装備し、機嫌よさそうにくるくると踊っていたマーニャがひょいっと顔を覗かせてきた。
そのまま、勝手にトルネコと打ち合わせを始め、その後俺にみかわしの服を放ってきた。
勝手な女だ。…まさか、俺が遠慮するのを見越したなんて事はあるまい。

「ライアンさんがバトルアックスを使うとなると、破邪の剣が一本空きますから、貴方が使ったらどうですか?」

それを聞いたソフィアの肩がぴくっと動いた。な、なんだろう?
俺はそうっすねとトルネコに相槌を打つ。トルネコの方も、ソフィアの様子に気付いたのか、軽く頭を捻っている。
ソフィアがつつつ、と妙な足取りでこちらに近づいてきた。しかして、絶対にこちらを見ようとはしない。なんなんだ。
少女は無造作に自分の剣を鞘ごと外すと、俺に押し付けてきた。
勢いに押されて受け取ってしまう。

「ライアンさんがバトルアックスを使い、ソフィアがライアンさんの破邪の剣を使うので、ソフィアの破邪の剣を俺に…と、言う事っぽいすけど…」

「うーん、そうなんでしょうね…とりあえず鋼の剣の方は他に使える方もいませんので、下取りに出しておきますが…」

ソフィアはそんなにライアンのお下がりを使いたかったのだろうか?
俺はなんだか釈然としない気分だった。
マーニャが、アホね、と呆れたように嘆息していた。

ハバリアで合流した俺たちはお互いの得た情報を交換する。
俺とソフィアを驚かせたのは、あのお告げ所の女が消えてしまったという話だった。
なんでも、俺たち…じゃねえや。導かれし者達の倒すべき相手を告げようとした途端だったらしい。
地獄の帝王、エスなんとか。
ミネアの言うには、その地獄の帝王に消されたんじゃないかという話しだが、だとするなら恐ろしい話である。
俺、消されないだろうな?怖ぇなぁおい。
地獄の帝王って、ネーミング最悪wwwうはwwwワロスwww
なんてバカにしてみたら逆鱗に触れちゃったりしてな。なはは、そんな訳はないない。ぶっちゃけありえn




なんてなー!
ふう…長さんのいない今、このネタをやっても寂しくなるだけか…。
毎度お馴染みの一人相撲も程ほどに、俺たちは船に乗り込みサントハイムを目指す。
船上で、ブライとクリフトからサントハイムの状況について話を聞いた。
城内の人間全員が消えてしまった、か。
まるで、マリーセレスト号事件だな…まるっきりホラーだ。
しかし誰もいなくなってしまったからと言って城をほったらかしにして旅に出るアリーナ達も大概だよなあ。
と、言ってもじゃあ他にどうしたら良かっただろうかと考えると、この世界の国とか、政治とか、そういうのいい加減なんでさっぱり解らんが。

「城に赴くメンバーですが…どうしますか?勇者殿」

ライアンがソフィアに意見を求める。
此処は俺の出番!と、ソフィアと意思疎通を図るが、まだ怒ってるのかつーんとしたままだ。
ブライが訝しげな表情でこちらを見てくる。はわわ、マズイ。
俺は適当に俺の意見を言ってしまう事にした。

「えーと、バルザックと相対するのに、色々な事情からマーニャとミネアは外せないだろうし…。
アリーナも、黙ってられないだろう?」

勿論だとばかりにぶんぶんと頭を振るアリーナ。

「それに、ソフィアを加えて半分なんで…。バルザックが何処にいるか次第だけど、
出来るなら全員で、場合によっては女達を押し上げる形になるんじゃないかな。
――って、ソフィアちゃんが言ってました!」

ライアンがふむ、と頷く。
ブライやクリフトも、アリーナと離れるのは心配ではあるのだろうが、城の方も気になるしと言った按配のようだ。
ちなみにトルネコは舵取りをしている。
いや、マジで偶然だから!意図的な何かなんてありえないから!!

「では、男たちで縁の下の力持ちをするとしましょう」

男臭い笑みを浮かべながらライアンが言う。
この男、かなり頼もしい。マーニャなどは、この手の熱血漢は苦手などとぼやいていたが、
仲間を守る壁となるに最も相応しい、まさに戦士だ。

「現状の指針も決まった事ですし、一度解散しますかな」

三々五々に会議室として使っている船室を出て行く一行。
此処からはそれぞれの業務へと移って行く。とある者は炊事や家事であったり、ある者は見張りであったり。
俺はアリーナの様子が気になり、彼女の部屋を訪ねてみる事にした。
部屋の前には、クリフトとブライが所在無げに立っていた。なにやら、少女は着替えているらしい。
そういえば、アリーナ用のみかわしの服は…。

「はーい、いいわよん♪」

マーニャの声だ。どうも嫌な予感がする。
扉を開けた俺たちの前に現れたアリーナは――。

レオタードを着ていた。

しかも、ピンクの。

さらに、網タイツまで履いている

なんだ!?何が起きた!エマージェンシーエマージェンシー現況を報告せよ!
クリフトが顔を真っ赤にしてぶっ倒れた。ヤツには刺激が強すぎたか…。
戦友(とも)よ、安らかに。いずれ靖国で会おう。

「姫様!なんという格好をしておられるのですか!!はしたないにも程がありますぞ!!!」
「えー?でも、これ、かなり動きやすいししかも丈夫なのよ。トルネコも褒めてたし。
しまいにゃ着ますよ!?とか言ってたけど」

トルネコのレオタード姿とか、なにがどうしてそういう話になったのかは解らんが、
とりあえず俺は軽い前傾姿勢でテレマークを維持している。
やったよ船木ぃ、はちょっと古いか?けど、なんかそういうどうでも良い事を考えてないとなんか色々おかしくなっちゃいそうで。
こちらを見てマーニャがまた(・∀・)ニヨニヨしている。いつか死なす。
マーニャを睨んでいたのだが、ふわりと、重力から解放される感覚が俺を襲った。

「姫様!!!」

「ブラーイ!お説教はまた今度ね!!」

アリーナが俺の首根っこを掴み、強引に部屋からの脱出を試みたようだ。
なんで俺を連れて行くんだ!?死ぬ、首が絞まる、誰か、助けt……。

肌寒さで眼が覚めた。
どうやら、ここは船の見張り台らしい。ぶるっと身体を震わせる。
目の前には、アリーナが膝を抱えて座りじっとこちらを見ていた。
何が楽しいんだろう。ああ、俺の顔の造作か?まあ、ギャグかもしれん。…鬱…。
こういうのも自傷癖というのだろうか。
少女が、小さく身体を震わせた。なんだ、結局寒いんだな。
こんな所にいなければ良いのにと思いながらも、着ていた外套を少女へとかけた。
あー。似合わない事をしている。
気恥ずかしくて、俺は少女から視線を外し、夜の海の見張りを開始した。
沈黙が流れる。いつもよく喋り、よく動くアリーナが近くにいるとは思えない、静寂さ。
彼女の部屋を訪ねたのも、それが原因と言えた。
マーニャとミネアに関しても気になりはしたのだが、彼女たちはキングレオに向かう船上で結構吹っ切れた部分もあったと思う。

「で、そのレオタードと網タイツはどうしたんよ?」

「――え?あ、うん。マーニャがね。エンドールで見つけてきたんだって」

って事は、わざわざ瞬間転移(ルーラ)を使ったのか。何考えてんだろう…それとも、魔法のカギで開けられる何かに心当たりでもあったのか。
…ん?そういや、サントハイムにも転移で行けるんじゃないのか?
――ああ、けど、まあ。船で移動する為にかかる時間が、別の所に作用するという事もあるのかもしれない。

「ね」

「ん?」

「どうして、貴方を連れて此処に来たと思う?」

さて?なんだろう。
少なくとも、アリーナに関して愛だの恋だのが原因で起きた事では無いと言うのだけは断言できる。
相手が俺というのがどう逆立ちしてもありえないのもあるのだが、それ以上に、この娘はそういうのに、超絶的に疎いと思う。

「さあ…わかんね」

「ソフィアがね。貴方といると、安心するんだって。だから、試してみたの」

ソフィアが…?

「私にも、なんとなく解っちゃった。貴方、臆病でしょう?誰かを傷つけるのが怖い人。誰かを傷つける事で自分も傷ついてしまうのが怖い人。その痛みが怖い人。
だから、優しい人」

「けなしてるだろう」

「うぅん。そんな事ない。試してみて、やっぱり成功だったわ。なんだか、落ち着いたもの。
サントハイムの事を考えると、どうしても気が滅入っちゃってしょうがなかったけど。
――貴方って、変な人よね。なんだか私、見守られている気がする。もしかして、神様とかじゃない?」

「けなしてるだろう」

「うぅん。そんな事ない。試してみて、やっぱり成功だったわ。なんだか、落ち着いたもの。
サントハイムの事を考えると、どうしても気が滅入っちゃってしょうがなかったけど。
――貴方って、変な人よね。なんだか私、見守られている気がする。もしかして、神様とかじゃない?」

アホな事を言う少女に視線を戻す。
えへへ、と笑顔を浮かべている少女に、なんと言ったものかと迷う。

「俺は神様なんかじゃないし、それに神の意思を語るヤツってのは碌なのがいないもんだ。間違っても神様だとか、それに準ずる者だなんて言いたくないね。
よく解らんけど、俺はそんな褒められるようなヤツじゃない、引き篭もりのダメ人間だ」

「んー、そういう自虐的なのは確かにマイナスかなあ」

今度はにしし、と笑うアリーナ。
困った。ソフィアにしてもそうだが、俺はこういう時どうしたら良いか解らない。
自虐が良い事だとは俺だって思っていない。だけど、他人に肯定されるのに慣れていないのだ。そしてその後の否定が恐ろしい。
だから先回りして、己を貶める。そうする事で予防線を張るんだ。
俺は最初からこういうヤツだ。お前が最初に勘違いをしていたんだ、と。
この年下の少女に、なんだか見透かされている気がして、少し落ち着かない。
救い難い、臆病者。だが、それを優しいと肯定されたら、俺はどうしたら良いのか。
なんだか意味も無く身体を動かしたり、頭を掻いたりする。
その挙動不審な様子をアリーナは楽しそうに見ていた。

「わざわざ部屋まで様子見に来てくれて、ありがと」

少女のお礼。
それは、確かにある一つの事象を示している。
俺という人間がどういう人間であろうと、少女を心配し様子を見に行ったという事は、少女にとって肯定するべき事なのだ、と。
この場を見ているのが月と星だけである事を、俺は感謝した。
きっと気恥ずかしさ故に、格好の悪い表情を浮かべていたであろうから。

サランの町は、サントハイムの城下町という位置づけになっている。
実質的には少しばかり離れているのだが、今回はそれが僥倖だったようで魔物たちの気配は無い。
町に入った俺たちは、とても歓迎された。
流石に姫君の帰還は大きいらしかったが、それでも眼前のサントハイム城に魔物が住み着いたという現実を前に、 未だ悲観的な者も少なくなかった。
アリーナ達サントハイム組は悔しそうだったが、幼い少女にアリーナ様のようになりたい、アリーナ様頑張って、と言われると、にっこりと笑みを返していた。

「サントハイムの王族には、代々未来を予見する力があったと言われています。それ故に、狙われたのかもしれませんね…」

町の歴史家がそんな事を言っていた。
アリーナの表情は沈んだが、

「じゃあ、占いで未来が解るミネアは実は王族!?
だとしたら、私たちはアリーナのお姉さまねっ。あはははっ」

「もう、姉さん!」

この姉妹の精神状態は、仇を目前にしても良好であるらしかった。
それにつられるように、アリーナも微笑んだ。

サランの町で一晩ゆっくりと休んだ俺たちは、サントハイム城を前にしている。
キングレオ城よりも、無骨さは無いがその分、優雅であり、誠実そうな雰囲気である。

「解るわ。…あいつは、この中にいる」

「血が熱くなるの。あいつを倒せって声が聴こえる」

ミネアとマーニャの瞳に炎が灯った。
いざ、決戦と言った所だろうか。自然と緊張感が増し、俺もこめかみに軽く汗をかいた。
意を決して、扉を押し開け城内へと進む。
だが――その、内情は酷いものだった。

「――――」

アリーナの、クリフトの身体が固まる。ブライは、半ば予想していたのか、僅かに眼を細めるだけに努めた。
キングレオ城よりも遥かに酷い惨状が広がっている。
綺麗な絨毯は汚物に塗れ、荘厳な壁はまだらに染まり、その上ぼろぼろに朽ちかけてしまっている。
廊下の中央に無造作に放置されている不気味なオブジェ――あれは、人だろうか?
肉体が変形してしまっている。腕が頭から生えているのもいれば、顔が無い者もいる。
それは、最早魔物とも言えないような肉の塊であった。
余りの醜悪さに、俺たちは一様に気分が悪くなる――。

「――ああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

アリーナの絶叫が城内に響いた。同時に、彼女は正面の階段目掛けて駆け出す。
俺たちは慌てて少女を追うが、本気の彼女に追いつける筈が無い。
階段の横合いから、魔物達の大群がぞろぞろと顔を出した。
正面突破をしようとしている少女に気付き、慌てて進路を妨害しようとするが、魔物たちすらも追いつけない。
結果、階段を登っていったアリーナと、俺たちの間に魔物達が立ち塞がる形になってしまう。

「くっ、姫様…!」

「流石にアリーナさんでもこのままでは…!」

ブライの、トルネコの焦燥が辺りに伝播しかける。
だが、それを阻んだのは逞しき王宮戦士だった。

「――手筈通りにいきましょう。勇者殿、私が道を拓きます。
勇者殿とマーニャ殿、ミネア殿――それと、貴公は上へ」

俺もっすか!?
いやまあ、これはどっちが楽そうかなというと――。
揺らめく邪悪な炎。
凶悪な牙をちらつかせる獣。
不気味に笑う魔法使い。
そういったのが、ぞろぞろごろごろいるこの場より、マシかもしれないが…。

「行きますぞ!皆さん!!」

俺のせこい打算を無視するかのように、
戦士の裂帛の気合が、辺りに響き渡った。

「……これ以上、魔物達の好きにはさせないわ。
……命にかえても、あいつら、みんな追い払ってやる」

アリーナが人間の限界に挑戦するかのような速度で玉座の間へと辿り着く。
そこには、一人の男が座っていた。汚らしく、くちゃくちゃと音を立てて果実を噛んでいる。
男は音を蹴立てて駆けてくるアリーナへ、胡乱そうな眼を向けた。

「お前は…」

「――貴様!!誰の玉座にのうのうと座っている!!!」

男に最後まで喋らせず、アリーナの飛び蹴りが炸裂した。
たるんだ頬肉にくっきりと足跡がつく。

「絶対に許さない!引き摺り下ろして、ぎったぎたのこてんぱんにしてやるから!!」

――しかし。
男はアリーナの渾身の蹴りもまるで意に介さず、逆にその足首を掴み宙に放り投げた。
アリーナもまた、バランスを取る。だが、いかな彼女でも空中では精々姿勢制御しかできない。
男が立ち上がる。脇に立てかけていた、数メートルはあるであろう巨大な棍棒を掴んだ。

ゴキン!!!

それを、思い切りバットのように振り回す。
アリーナはものの見事に弾き飛ばされ、城の柱にぶつかる。その余りの衝撃に柱が耐え切れず、ぼっきりと折れてしまった。

「礼儀がなっていない娘だな…この城の王であるこのバルザックが直々に躾をしてやろうか」

第二撃がアリーナの頭上を襲う。
足が言う事を効かない。避けられない――咄嗟に、両の腕を交差させ頭を守る。

ボキリ。

耳障りな音が響く。――左腕が、折れた。
バルザックが嗜虐的な愉悦を顔に浮かべている。
そのにたにたとした好色な笑いに、アリーナは生理的嫌悪感を禁じえない。

「クックック…次は、足を折ってやろう。身動きできなくなれば犯してやろう。
お前のような生意気な小娘は殺すよりも、組み伏す方がより悦楽を得られる」

「黙れ、黙れ、黙れ!!!」

腕の痛みをものともせずに、アリーナは再び跳躍する。
バルザックはぎひ、と嗤う。少女の腕が折れた時点で、挑発すればこうなる事は読めていた。

「神に近しい肉体を見せてやろう。これが、進化を極めるという事だ!!」

バルザックの恫喝が玉座の間に響き渡った。
それまではかろうじて、人の姿をしていた男が、まるで脱皮するかのように――人の皮を破り捨て、膨らみ出る巨体。
青への侮辱たる醜悪さ。だらしなく口からこぼれた長い舌が揺れている。
ぶよぶよとした胴。身体の半分ほどが、肉で覆われたその姿は、サイズの大きい棍棒を使う為には適していたであろう。
凶悪な棍棒が再度、振るわれた。少女の身体は、軽々と吹き飛ばされる。

「ハハ、アハハ、ヒャハハハハハ!!」

嘲笑が反響する。
力の差は圧倒的だった。それでもまだ、かろうじて息があるのはそのレオタードのお陰だろうか。
アリーナはふらつく足を叱咤し、再度立ち上がる。


「ふざけないで…私は…サントハイム王国王女、アリーナ…私には…この城を守る責務がある…。
私は…エンドール武術大会優勝者…貴様如き下衆に…負けたら…あの大会で戦った人達に…合わせる顔が無いわ…」

「ほう?お前は、この国の姫君か――ハハ、それは良い。
では、お前を孕ませ、子を産ませよう。恐怖のみで支配するよりかは、その方が都合が良いというものだ」

棍棒が三度、振るわれる。
宣言通り、ヤツは足を狙っているらしい。
万全の態勢ならば問題無く避けられる一撃も、今の少女には着の身着のままで月に行くのと同じ位難しい事だった。
余りの悔しさに身が震える。それすらも、バルザックは恐怖によるものだと勘違いし、愉快そうに笑うのだ。
アリーナは眩むような悔しさの中、ぎゅっと眼を瞑り、衝撃に備える――が、いつまでもそれは訪れない。

バルザックは己が目を疑った。
棍棒と少女の間に、僅かな空間が出来ている。
何かの力が働いて、それより先に押し込めない――。

「…頭に血が上りすぎだぞ、アリーナ」

そこに現れたのは、騎士であった。
黒い、邪悪な力を感じさせる鎧兜を纏う男。
パデキアの洞窟で遭遇した彼の騎士が、バルザックの棍棒を片手で止めてしまっていた。

HP:68/68
MP:30/30
Eはじゃの剣 Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁
通常:

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