「――お主の思考はどうも凝り固まっておる所がある。発想を転換させてみる事じゃ。 剣が炎を出す訳が無い。そうではなく、炎を出す、出せる剣がある。それは何故かと考えていく事が大事なのじゃよ。 そうでなくば、新たな発見はなくなってしまうからのぅ――ほれ、聞いておるか!?」 「ブライせんせ~い。アリーナが寝てま~す」 「人の事はよろしい!それに姫には最初から期待しておらん」 教育係りが匙を投げてる!?あんまりな物言いだが、彼女は講義中常に眠っているのだからそれも仕方が無いか。 俺がいなければ、無理矢理にでも起こすんだろうが…。 アリーナが寝る度に起こしてたんじゃまるで進まないから、妥協してるんだろう。 「もう少し詳しく説明したいのじゃが、やはり良い教材が手元に無いのが痛いのぅ。 破邪の剣や炎の爪などと言ったものは、少々勝手が違うからの――」 卓の上に置かれた破邪の剣をしげしげと見た後、ブライは小さく溜め息をついた。 特殊な効果のある武具を中心とした講義であったのだが、良い範例が無いようで難航している――。 どすん、と何かにぶつかる音がした気がした。 …まさか座礁したんじゃないだろうな? 俺は一度ブライと示し合わせて様子を見に行く事にする。 アリーナは全く起きる気配を見せないので放置だ。 甲板に上がるとマーニャを除く全員が既に集まっていた。 あいつもどうせ寝てるんだろう。 早速、何かあったのかとクリフトに訊ねてみる。 「それが…どうも、この先に洞窟があるようなんですよ。 小船でしか入れなさそうなのですが…」 「…この先には魔物の気配がします。 ですが、奥に何か…大切なものがあるようです」 なるほど。ミネアの占いか。 こうなってくると、やはり探索するしかないのだろうな。 流石に慣れてくるよね! 「アリーナ姫はもう、お休みで?なら、私が前衛を務めましょう」 「講義が途中ですからな。中で続けますぞ」 ライアンとブライがそれぞれ志願した。 …ん?中で講義するって、俺に向けてっすかね?俺も確定っすか? 当然ながらソフィアも赴くとして、後一人はクリフトかミネアと言った所だろうか。 「では、私が。ミネアさんとトルネコさんは、船をお願いします」 こうして、海側から入る比較的珍しい洞窟への探索が始まった。 慎重に小船を進ませる。櫂を操るのは俺とライアンだ。 前方に大きな――あれは、扉か?――が、見えてきた。 こういう場所にあるという事は、水門か何かなのかもしれないが。 クリフトが迷い無く、最後の鍵と呼ばれるガーデンブルグの女王から譲り受けた鍵を取り出す。 身を乗り出して鍵穴に差し込み、回すと、ずずず、という重い水音と共に扉が左右にスライドする。 …今、スライドしたぞ!?なんだ…此処は、人工的な洞窟なのか。 いやまあ、扉がある時点でそうかもしれないが、妙に凝った仕掛けだ…まあ、こういうのに遭遇するのも、少ない事ではないんだが…。 俺とライアンは再び、慎重に櫂を動かす。 小さな上陸地点に、降り階段を見つけたが、一応先に他の地点も探ってみる事にする。 何かお宝があるかもしれないしね。ああ、トルネコさんがいればそれもさくっと解るのに。 「――さて、今日の予定は座標融解現象についてじゃったな。 これを説明する前にこの空間について、学者たちの認識を説明しておかねばなりますまい。 この、我々の目の前にある空間。これには、極小の単位で『座標』と呼ばれる数値で表す事ができるという説があるのじゃ。 例えば、こう、手を翳す。この手が存在する空間――座標には、今、ワシの手が存在し、他には何も存在していない。 厳密には手の構成要素じゃがな」 ――おいおい、爺さん、敵が出ないからってマジで講釈垂れ始めたぞ。 音が響いて寄ってきたらどうするんだよぅ。 俺は軽く慌ててクリフトに眼で助けを求めた。 (たーすけてーポッパーイ) (何ですかポパイって。まあ…ブライ様も久しぶりに張り合いがあって嬉しいのでしょう。どうかお付き合いしてあげてください) あっさりと見放された。 老い先短い老人には優しくしても良いんだけどよー…それにしても、ちんぷんかんぷん過ぎるんだよ! しかも脈絡がねえ!って、あー。そうか、これについては俺が訊いたんだっけ。 言葉自体はどっかで見たんだが、意味が解らなかったんだ。 「さて、手と手とこう合わせてみる。力を入れても、二つの手が重なる事は無いじゃろう? これはつまり、一つの座標に別々のものが同時に存在する事は無いという一つの法則じゃ。強い力が込められれば手の方が先に壊れてしまう。 じゃが――時に、この法則は歪んでな」 ブライはいよいよ乗ってきたのか俺の方を放置して語り始めている。 座標。そういえば、MMOなんかでは自分の位置をXとYで表す機能がついていた気がする。 …とはいえ、あれは二次元――3Dのゲームでも大抵は空間を認識せずキャラの立っている位置を記録するのが精一杯だった筈だ。 ゲームじゃない、この広い世界で縦と横だけじゃなく高さまで細かく数値が振り分けられているという概念が理解できない。 ただ単に数字が小さいか大きいか、という問題でも無いと思うのだが…どうなのだろう。 いや、実際に数値が振られてる訳じゃないのか。学者たちの、考え方の一つという事かもしれない。 そんな事を考えながら相槌を打つ俺を見て、ブライはそこはかとなく満足そうに頷く。 なんだかんだ言って俺は真面目に考えてしまうから、それが気に入られてるのかもしれない。 「本来存在し得ないもの――全くの、同質の存在――そして、時にその強力な属性ゆえに――。 理由は様々あるものの、現実にはほぼ存在し得ぬレアケース。決して存在してはならぬ筈の同一存在」 ぴくっとソフィアの肩が震えた気がした。 「aという物と全く同じaが存在するとする。その二つが同座標に存在しようとしたらどうなるか。 まるで融け合ってしまうかのように、何の抵抗も無く重なってしまう。 aという物体の形を今まで三角形だと世界は認識しておったのに、急に角が4つできてしまう。それも、何の力も働いていないのに。 世界は歪みを嫌うと言われておる。故に、反発が起こるのじゃな。 簡単に言ってしまえば爆発じゃ。じゃが、この爆発は超新星のそれに匹敵するとすら言われる。――これは大袈裟じゃが。 兎に角、両者を離そうとする訳じゃ」 「なるほどねえ。…けど、お目にかかる機会って少ないんでしょ?」 「さて?それはどうかのぅ」 ブライがもったいぶるかのようにゆっくりと顎鬚を撫でる。 なんだそりゃ。さっき自分で言ってたのに。 「…これは比較的最近の話じゃ。 人の手で、真なるコピーを作り上げる術を編み出した者がおる、とな。事実なら、レアケースとも言えなくなるやもな。 そして、その術に深く関連するのが――錬金術という訳じゃ」 ――錬金術。これも、か。 「まあ、この話の講義をしたのは――。 そうさな、お主に訊ねられたから、が八割。残りの二割は、その噂を思い出したからじゃよ」 満足したのか、語り終えた老人はまるで好々爺と言った風に笑った。 そうか、座標融解現象という言葉を見たのも確かエドガンの隠し部屋だった。 錬金術師の部屋に、錬金術に関する本があるというのも頷ける話である。 話の内容は全く頷けるものでは無かったがー。 それにしても、ブライの博学ぶりには恐れ入る。 伊達に長生きしていないと言った感じだ。智謀沸くが如しってか。 「――それにしても、キリが良い所で助かりましたな」 前方を見据えていたライアンが不意に声を発した。 俺はその時点で軽く嫌な予感がしていた。もう、ミネアの占い並に外れる気がしなくなっている。良い予感は外れるけど。 ドラゴンに乗った人影――水の上を走る巨大とかげ――まるで恐竜のような青い物体――。 「では、始めるとしましょうか」 ライアンの声と同時に、すらりとソフィアが腰の剣を抜いた。 「……あの。今のって、敵一グループっちゅうか……数は全部で5匹だったよね」 「ええ、そうですね…っ!」 「なのに何で全滅しかかってるのよ!?」 俺は必死で覚えたての治療呪文をソフィアに施していた。 クリフトは俺の愚痴に返事をする余裕も無いようだ。彼は、一人でライアンとブライの傷を癒している。 ソフィアの身体がどんどん冷たくなっていく――俺は焦りながらも、治癒(ホイミ)から、上位治癒(ベホイミ)へと切り替える。 この洞窟の敵の強さは異常だと思った。 特に、あのドラゴンライダーがヤバイ。何で十把一絡げ的な魔物があんな速いんだ。しかも、一撃が重い。 はしりとかげは魔物全員の傷を、一瞬で治してしまうし。 俺はと言えば、竜が吐くブレスのせいで何もできずひたすら薬草を食って命を繋いでいた。 「ソフィア…ソフィア!しっかりしてくれよ!」 外傷は何とか消す事ができた。 ぺちぺちと少女の頬を軽く叩く。 腕の中で、僅かな身じろぎをした後、長い睫が震え、ゆっくりとまなこが開かれる。 安堵の余り思わず表情を崩した。 それを見たソフィアがくすっと笑う。よほどおかしな顔をしていたのだろう。 ――少女が此処まで傷ついている間、俺は薬草を齧る事しかできなかった。 俺が死ねば、彼らにとって余計な負担になっただろう、というのは勿論ある。 だが――だからといって――。 自分の身だけは少なくとも守る。そういう、戦闘技術を手に入れる。それはつまり――こういう事を繰り返すだけじゃないか……! 「……これは、中々参りましたな」 ライアンがゆっくりと身体を起こした。 ――もし前衛が彼でなく、アリーナだったなら恐らく持たなかったであろう。 誰一人斃れる事無く切り抜けられたのは、敵の真正面で踏ん張り続ける戦士の功績が多大だった。 治療を受けた老魔法使いが、腰をとんとんと叩きながら勇者に進言する。 「どうでしょうな。一度、引き返すというのも手かもしれませんぞ」 確かに、戦士の言うとおりだ。 慢心があったとは思いたくないが、それに近いものはあったかもしれない。 俺はソフィアの意志を確認する。 『ブライさん…遺跡脱出(リレミト)は大丈夫ですか?』 「…うむ。無論、可能じゃよ」 『では…先ほどの階段を降りましょう。その先の深さにもよりますが、いよいよとなった時は遺跡脱出で』 ――そうだった。 この程度であっさりと引き返すような性格をしていないのだ、この娘は。 猪突猛進とまではいかぬものの、限りなくそれに近い――猛々しき魂を持っていると思う。 だからアリーナともあれだけ気が合う訳で。 あの姫君の場合全滅するまで退かない気がするがー。z 「――御意。では、進むとしましょうか」 「仕方がないのぅ。ま、姫様よりは退き際を心得ておられるじゃろうからその点は安心じゃが。 クリフト。ワシ等も余力を惜しまず常に補助を展開して行くぞ」 「解りました、ブライ様」 導かれし者たちは、簡単に打ち合わせた後すぐに立ち上がる。 俺もまた、少し遅れる形にはなったが、それでも彼らの後に続いた。 階段を降りた先に、光苔が生えているのか薄ぼんやりとした広場が見える。 辺りに魔物の気配は無い。中央に静かに佇むのは――天空の盾に刻まれた文様と似た装飾の施された鎧だ。それに向かってソフィアが、一歩足を踏み出した――。 ギャオォォォォ!! 背後から響く雄叫びに縮み上がる俺。 うわわわわ、きたきたきたきたあああ!! 「勇者殿!ここは我らが食い止めます故、鎧を!」 ライアンが臆する事無く一行の殿に入り、怒鳴った。 俺は、戦士の背中を間近で目の当たりにする。――なんと、逞しく、雄々しくて、頼もしいのか。 同じ男である事に誇らしさを感じ、それと同時にこの境地にまで至れて居ない情けなさ、達したい憧れ。 様々な葛藤を胸に抱きながら、俺はライアンの隣に立った。 半歩下がった位置に居るのは、身の程というものだ。まだ――並び立つ事はできない。ライアンにも、アリーナにも、ソフィアにも。 だけど、やはり俺はあの時強くなりたいと思ったから。ホフマンは、きっと強くなれると言ってくれたから。 「ソフィア!行ってくれ!」 俺の声に意を決したか、少女の駆けて行く音が聞こえてきた。 クリフトが、ライアンを挟んで俺と対照の位置に立つ。 ブライとクリフトの呪文の詠唱を聞きながら、俺もまた物理障壁(スカラ)と攻勢力向上(バイキルト)の魔法を己に施す。 この二つをかけた状態でも、素のライアンに敵わないのだから泣けてくる話ではあるが。 少女を先に行かせ、魔物の群れに立ち塞がる。おおおなんか無駄に燃えてきたぁぁぁ! 「そうでしょうそうでしょう。これが、醍醐味というものでしてな」 にやりと笑うライアン。 ブライがくつくつと低く笑い、クリフトもまた緊張に強張っていた身体を解す。 この場を俺がただ、切り抜けようと思うなら、戦闘は彼らに任せて先ほどのように薬草を食んでいれば良い。 だけど、それは余りに悔しいから…! 「ライアンさん――俺、やっぱ、突きを教えて欲しい。 俺は――これから、どうなるか解らないけれど、皆と一緒に居る時は、誰に言われるでもなく戦わなきゃならないと思うし、戦いたいと思う。 あんたたちにばっか、苦労させたくないもんな!」 「――良いでしょう。厳しくいきますからな。此処を切り抜けたら覚悟しておくのですぞ!」 戦士が一歩踏み出す。 その圧倒的な圧力で地がへこみ、突き出された斧は巨大な原住民の面のような魔物を叩き割った。 勇者には、なれない。 あの大灯台からこれまでの道のりで、ソフィアとの力の差は埋まる所か開きっ放しだったから。 勇者と呼ばれる存在に、ある種の疑念を抱いてしまったから。 覚悟はしていた。俺みたいなのが、勇者と呼ばれる者と同じ位強くはなれないだろう、と。 それは諦めに近い感情。だが――今、再び俺は目的を掴み取った。 クリフトとの会話に、ミネアの慈愛に、ライアンの背中に、そして駆けて行くソフィアの気配に、あるべき俺の姿を視る。 「俺は――俺は、ソフィアの、剣になりたい。決めた。今、決めた!!」 破邪の剣を水平に振るう。 接敵した水竜の返り血が、俺の頬を染め上げた。 「全く…青いのぅ。じゃが、若いとは良い事じゃな」 ブライがやれやれと嘆息しながら、遺跡脱出(リレミト)の準備に入った。 HP:63/88 MP:21/42 Eはじゃの剣 Eみかわしの服 Eパンツ 戦闘:物理障壁、攻勢力向上、治癒、上位治癒 通常:治癒,上位治癒