事象は限定された空間で起こった。
やはり、ブライの話は大袈裟ではあったのだ。
爆発の範囲もさほど大きくなければ、発生した力も星のソレには及ぶまい。
だが、それでも中心点近くの存在全てをほぼ完全に分解し、無に帰してしまう程のものであったのも事実。
俺はもっともっと威力の小さなものだと思っていたから結局見通しが甘かったのは否めない。

「――――イヤァァァァァァァァァ!!!!」

悲痛な絶叫が直ぐ傍から聴こえた。
俺は今まで、こんな、心そのものを直接傷つけるかのような声を、聴いた事が無かった。
それは一体、誰のものだろう。直ぐにはそれが解らない。
声は、初めて聴く音だったから。

「兄さん!兄さん!!兄さぁぁぁん!!!」

止めてくれ。それ以上、哭かないでくれ。
じゃないとこちらにまで伝播してしまう。哀しみが、絶望が、死が、俺の心を侵していく。
それでも、当の少女に直接それを止めろと言える訳が無い。
俺は、どうしたら良い?
根拠も無く、あれは君の兄なんかじゃなかったと言う?
仕方が無かったと諦める?
何も言わずに抱きしめる?

どれもが滑稽じゃないか。
そういうシーンは何かで見た事があった気はする。
けれど実際に、その場に立ってしまった時――あるのは負の感情による圧倒的な重圧と、圧迫感だけだった。

ライアンは、急ぎ処置をすれば恐らく生き返る事はできよう。
だが完全に消滅したあの男はどうだ?導かれし者達では無い者は――……。
いや、それでも俺という例外も存在するじゃないか。
敵ならば死んで良いとか、味方ならダメとか、そういうレベルの問題ではなく、
ただ単純に、知らずに兄を殺してしまう妹だなんて――相手が敵か味方か以前にあんまりだ。

「ソフィア…それが、大事な事なら諦めちゃダメだ、諦めちゃ――」

「だって、だってぇ!わた、私が、私が……」

引き付けを起こしたかのように身体をびくびくと震わせる少女。
その傷ましさに胸が張り裂けそうになる。
ダメだ、このままじゃソフィアは――声どころか、魂まで永久に氷結させてしまう。

無力だ。今、目の前でソフィアの魂が砕けてしまいそうになっているというのに。
何処まで俺は無力なのか。――いい加減、苛々してくる。たかだか一人の少女も救えない。
力の無さに諦めた事もあった。悔しく思い、明日を目指した事もあった。
だが――いくら明日を目指しても、今日が無ければそれは無意味だ。
必要なのは未来では無く現在なんだ。――くそ、クソ、糞!!
……これも、進化の秘法があれば――こんな、こんな気持ちにならずに済むのだろうか?

巻き起こった爆発がゆっくりと収縮していく。
見通しが良くなるのと比例して哀しみが実体化し、襲いかかってくるだろう。俺たちは自然と身構えた。

ちりちりとした放電のような光を最後に、騎士の立っていた場所には何も無くなっていた。
いや、よく見ると床に僅かながら黒ずんだ細かい物質が散らばっている。
呪われた鎧兜の残骸であろう。
それ以外には、何も無い――相変わらず重厚な扉が、侵入を阻んでいるのみ、だ。
ソフィアが呆けたように何も無い空間を見詰めている。
声も無ければその行為に意味も無く、また、何の訳も無い。
在るとするならそれは、そこに在った過去の情景を、そして残滓を探そうとする無意識に他ならない。
少女の瞳は復讐という名の血塗られた未来を見据えてここまでやって来た。
果たして、血塗れで歩き続けるのと、後悔に身を灼き生きるのと、どちらが幸せなのだろうか…。

仲間達にもまた、声は無い。
ミネアとトルネコが斃れたライアンの身体を後ろに下げるのが精々で――。

――待て。アリーナはどうした?

「姫様…まさか…」

クリフトがソフィアと同じ位に顔を青くし震えている。
ブライは表情にこそ表さないが、やはり深い思考に陥っているようである。

巻き込まれた?あの娘まで、消滅したのか?
肉の欠片一つ残さず消えた人間を生き返らせる事はできるのか?
俺の思いつきでソフィアの兄だけでなく仲間まで殺したのか?

身体中から嫌な汗が噴き出してくる。
ヤバイ。くそ、なんで、こんな――。
俺じゃない、今、本当に苦しいのは俺じゃないのに、なのに俺には余裕が無い――。

その時だった。
何者をも拒絶しそうに思われた重い扉が、誰も触れていないのにゆっくりと押し開かれていく。否、引き開けられる。
俺達は誰一人として動けなかった。
連続して変化する状況に対応できなかったと言っても良い。

開いた扉の前に立つ人影。
紅みがかった桃色の髪、白いフォーマルドレス。そして、尖った耳――。
美しいエルフの娘。
そして、その傍には碧色の髪の男と、アリーナが倒れこんでいた。



日が落ち、月の昇った塔の最上階。
ライアンと騎士がベッドに寝かされており、それぞれ眠っている。
戦士には擬似蘇生(ザオラル)が成功したらしい。
騎士は、身体全体の損傷が著しかったが、呪怨武具の力が幸いしたかまだ息があった為、上位回復(ベホイミ)を施した。
彼の装備していた、魔神の鎧、邪神の面、諸刃の剣はボロボロに崩れ、半ばから折れ飛び、既に見る影も無い。
かろうじて、鞘に納まっていた皆殺しの剣だけは形を保っていたが。

「…ソロ様を助けて頂いて、ありがとうございました」

スライムを腕に抱いたエルフの娘が、開口一番にそう言った。
アリーナが照れたように笑うのを見て、ブライがまたガミガミと説教をしたそうにそわそわと身体を動かす。
あの瞬間、飛び込んでいったアリーナは、ソロの身体を掴み全力で廊下の奥へ退避行動を取ったらしい。
鳴り止まない戦いの音に不安を覚えたロザリーが、内から扉を開く。そこに、アリーナ達が滑り込んだという話だった。
特定の座標で起きた爆発が、外因でその中心点を移動させなかったから良かったようなものの…。
危険な上に行き当たりばったりな行動に、ブライが切れるのも無理は無い。

「ソロ様にあの兜を渡したのはピサロ様なのです。
あれが無ければ、あそこまで自分を追い詰められる事も無かったでしょう」

娘の面持ちは沈痛だった。
邪神の面。あの面を通して視た世界は、憎しみや欲望が炎となって現れるらしい。
そして、それは酷く醜悪だという。俺には『醜悪な炎』というものが具体的によく解らなかったが…。
人が、炎に焼かれながら尚ぐずぐずと蠢く姿を想像し、なんとなく解ったような気になった。
そんな気になっただけかもしれないが。

「外すよう説得し切れず…。
私ばかり、助けてもらいながら結局何も…」

娘からは悲しみのオーラのようなものが出ていた。
それは、悲哀に暮れる事に疲れてしまったかのような。
恐らく…これは、娘の本質では無いだろう。
だというのに、こうなってしまっている、ならざるを得ない――そういう、環境。そういう状況。
俺達は個人の努力でそれらを変える事はできるけれど、それにも限度というものがある。
どうにもできない事は、やはり存在するのだから。

「…ロザリー殿。不躾とは思うが…貴女は、エルフ、ですな?」

「――はい」

その返答を聞き、ブライはうむ、と深く頷いた。
どうりで合点が言ったと呟く。

「貴方方の目的が、私にあるのでしたら、私はそれに従いましょう。
ですから、ソロ様とこの子達だけはどうか――」

「そ、そりゃねーっすよ!おいらだって、ロザリー様とソロ様を助ける為ならこの身が砕けようとも…!」

ロザリーの足元で気炎を吐くのはやたらでかいフォークを持ったミニデーモンだ。
…あれ?あいつ、もしかして…昔、俺が額ににくって書いたヤツじゃ…。
まさかな。それに、大分前の話だし、覚えてるとも思えない。

「くそ、人間め!やっぱりロザリー様のルビーの涙が目当てなんだな!
やっぱり碌なヤツがいないぜ!俺の顔に落書きしたのも人間に違いないんだ!」
ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………………………………………。
ファイナルアンサー?

「ファイナルアンサー!」

―――――――――――――――――――正解!!

「っぷはあ!いやあ、引っ張り過ぎっすよぉ。ってお前かよ!?」

うるせぇこの野郎!お前にトルネコさんの肉は渡さねーぞ!あれは俺の非常食だ!

「な、そ、それはもう昔の話だよ!ソロ様にも言われたからな…。
ま、人の肉ってよく見たらそんな美味そうでも無いしなー」

なんだ、そうなのか。それを速く言え。いやあ、あの時は正直すまんかった。

と、軽く懐かしいトークに花を咲かせているとふと周りのAIRがおかしい事に気がついた。
マーニャを筆頭にジト目で見られている――空気を読め。そんなメッセージが――そんなに見るな!見るなよぉ!
軽く錯乱しながらも暫く黙っている事にする。

「待って!私達は貴女を傷つけに来た訳じゃないわ!」

気を取り直したアリーナがはっきりと否定した。
ロザリーは、暫くじっと少女の瞳を覗いた後、ふんわりと微笑む。

「…貴女は澄んだ瞳をしているのですね。
貴方達を信じましょう。…私の話を聞いて下さいますか?」

一も二も無く頷く俺たち。
彼女の話は、きっと俺たちが聞かなければならない事だから。

「今――この世界が、魔物達によって滅ぼされようとしているのです。
魔物達を束ねる者の名は、ピサロ。
今はデスピサロと名乗り、進化の秘法で更に恐ろしい存在になろうとしています。
……いつの頃からでしょうか。
気付いたときには、あの方はその心の内を私にも隠すようになってしまわれました……。
お願いです。もし、ピサロ様が……いえ、デスピサロが野望に憑りつかれてしまったのなら――。
どうか、あの方を止めてください。私はこれ以上あの方に罪を重ねて欲しく無いのです……。
……私はあの方がそのような事をする筈がないと今も何処かで信じています。
ですが……人間を滅ぼすというピサロ様の言葉を信じたくないが故に、盲目になっているのかもしれません。
元はと言えば私が自分の身も満足に護る事ができないせいで……だというのに、私ではあの方を止める事もできない……」

宝石のような瞳に紅い雫がじんわりと浮かび、頬を伝う。
細い顎にまで辿り着いたそれが、重力に引かれゆっくりと零れ落ちる。
泪は空中で固体化し、床に落ちた。
コン、コン、と小さく跳ねた後、やがて動きを止める。

――ルビーの、涙。

俺は足元に転がった娘の涙を掌に乗せてみる。
悲哀を感じさせる輝きを放つルビーは、途端に砕け散ってしまった。

これは、きっと人が触れて良い物では、無いのだと、そう思った。
だというのに――それだからこそ――人は娘を追いまわし、苛め、泣かせようとするのか。

娘の話を聞いた皆は、一様に黙っていた。
とはいえ、その反応は様々であったが。

燃えるアリーナ、宥めるブライはお約束だし、
トルネコは娘の涙に感化されたか涙ぐんでる。マーニャはかりかりと頭を掻いて態度を決め兼ねると言った雰囲気だ。
ミネアとクリフトはそれぞれソロとライアンの様子を見ながらも、考えてはいるようである。
ソフィアは――少女は、今は少し意識を他方に裂く余裕が無いのだろう。

「解ったわ!それで、デスピサロは何処にいるの!?」

勢い込んで訊ねるアリーナに、ロザリーは少し面食らう。
だが、すぐに気丈にも涙を拭い、それに答えようとした。

「……ヤツは、南の大陸にある魔物達の城、デスパレスに居る」

男の声だ。
音の流れてきた方向を見ると、そこには布の服のみを着た碧色の髪の男が、ミネアに支えられて立っていた。
――ピサロナイト。そして、ソフィアの兄、ソロ。
跳ねるように駆け寄ったミニデーモンの頭を、彼は軽く撫でてやった。

ソフィアがびくっと身体を震わせ、俺の影に隠れるような挙動をする。丁度、俺が兄妹の間に立つ感じだ。

微妙に居心地が悪い…。

しかし――この男は、俺の敵じゃないのか?いや、敵だと思いたい。
なんだこのイケメンは?
ありえない美形っぷりに正直むかつきを通り越して引く。
ライアンは男らしいが美形とは違うし、クリフトも整った顔立ちではあるがまだ普通な方だ。
だっつーのによぉ!けっ!これだからよぉ、この世は不公平だっちゅうのよなあ?あぁ?(ビキッ)
パンチ&鬼剃りを入れたDQNのようにメンチを切るが普通にスルーされてしまった。鬱だ…。

「ソロ!もう、動いて平気なの?」

「…ああ、お陰様でな。
…楽な道では無いが、君達なら問題無く抜けられるだろう」

「ええ、勿論!ねえ、良かったら貴方が道案内をしてくれない?」

アリーナがいきなり勧誘しだした。
これにはソロも驚いたのか、複雑そうな顔をする。

「…本気か、アリーナ…いや、君はいつも本気なんだろう。だが、君以外にとってはそう易い話ではないだろう?
あの呪われた武具は、俺が自分の意志で装備したものだし、俺の行動の全てがアレのせいだった訳じゃない。
それに…俺はまだ、人を…」

そりゃそうだろう。
今の今まで戦っていた相手といきなり道中仲良くなりましょうなんてのはどだい無理な話の筈だ。
いや、俺はそう思うんだが。

「別に良いわよ。佳い男と一緒ってのは嬉しいし。それに、ねえ?
この超絶的に美麗なマーニャ様を掴まえて、醜いだなんだと言いっぱなしなんて許せないし。
人間が醜いかどうかは知らないけど、マーニャ様は美しいですって泣いて謝らせないと気が済まないわ」

「私も、強硬に反対する理由はありません。
先ほどの事は、ソロさんは自分の責だと仰いますが、やはりあの面のせいも多大にあるでしょうし」

マーニャとトルネコがまず賛意を示した。
トルネコは道具を見極める力に長けている故の意見だろう。…マーニャのは賛意なのかな?

「姫様がそう仰られるのなら――」

「これ、クリフト。何でもかんでも姫様の好きにさせては姫様の為にならぬ。
…とはいえ、魔物の城に行くとなると強い味方は多い方が良いじゃろうが」

クリフトとブライも、積極的に反対をする気は無いらしい。

「私は…ええ、そうですね…。
ソフィアさんと…ライアンさん次第ですね」

ミネアが控え目に発言する。
そうだ、ライアンは――。

「――私にも、反対する理由はありませんな」

何時から気がついていたのだろう。
身体中に包帯を巻いた戦士が、ゆっくりと身を起こす。それを、クリフトがさりげなくサポートした。
ともすればぐらつきそうになる身体でありながら、しっかりと背筋を伸ばして良い姿勢を保つ。
この男は意識がある以上、仲間に弱々しい所を見せる事などないのでは無いか。

「ソロ殿の実力は周知の通り。是非とも、ご同行してもらいたい」

「――止してくれ。あんた、何を……俺は、あんたを――」

「そのような事は些細な事です。
戦士とは、戦う為の存在。その先に何が待っていようと、受け入れる覚悟をとうに決めている。
それに――貴公の剣術は確かに中々のモノだが、それでも私から見ればまだ、甘い。
道を共にすれば、きっと貴公にも得るモノがあると思いますぞ?」

戦士はニヤリと笑ってそう言った。
その表情を見て、ソロは絶句する。正直な所俺も似たようなものだった。
なんというか。こういうのを、大人、と言うのだろうか?
いや大人の中でも珍しいのでは無いのだろうか。
これこそ、戦士が戦士たる所以なのかもしれない。

「わ、ゎ、わた、わた、しは……」

舌が巧く回らないのか、ソフィアどもりがちだった。
それでも、何とか懸命に意図を自分で伝えようとする――の、だが。
ガタン!
椅子が引っくり返る音をさせ、少女は急に駆け出して行ってしまう。
呆気に取られる俺を尻目に、
そのまま真っ直ぐに部屋を飛び出して行ってしまった。

「――あちゃー。ほら、あんたちょっと行ってきなさい」

マーニャが俺の尻を蹴っ飛ばした。
そんな事言われても。行ってどうしろってのよ。

「まだあんたは賛成とも反対とも言って無いし。都合が良いでしょう。
ほら、速く行く!こういう所でいい加減、一々私の手を煩わせるな!!」

ああ、もう!
俺は訳が解らないまま少女の向かった先へと走り出した。



「で、一応確認しておくけどあんた自体はどうしたいのよ?」

二人が離れたのを確認してから、
マーニャが改めて値踏みをするかのような視線をソロに向けた。

「……人間に対する感情がすぐ払拭される訳がないし、事実醜い者達は多く存在する。
ロザリーの護衛をしている間に、どれだけ愚昧で矮小な輩と遭遇したか――。
……だが、そんな事など問題にならない位に、ソフィアに酷い事を言ってしまったのを後悔している。どうするのが、一番良いのか……」

「ふーん。ま、それなら大丈夫でしょ」

「…?何が、大丈夫なんだ?」

「ん、どうせソフィアも同じ事考えてるだろうなぁって。なら、一緒に居てあげなさい。
私達があんたの同行に反対しないのも、多くはあの子の為よ。
悲しい事や辛い事を抱え込むのは大変だもの。私は、ミネアが居てくれて本当に良かったと思ってるから」

「…俺は君たちにも酷い事を言ったな。…すまなかった」

「いいのよ。それに、あんたの言った事は私達も自覚してるしね。
だからこそ、ソフィアには同じ道に来て欲しくないんだけど…。私が言っても説得力無いしねえ」

けらけらと笑って踊り子の娘はそう言った。

ソロは、純粋だった。
純粋故に、不純を認められない。
だというのに、彼は己の中に住む憎悪という名の生物の存在を自覚してしまっていた。
最も滅ぶべきは己なのでは無いのか、と。
純粋故に、不純と思われるものを絶たねばならない。
過剰なまでの自己否定。周りをよく見る事ができず、内へと進み心が閉鎖的になる。そこにもまた、呪怨武具の影響があった。
それでも、彼は生涯そのような事を言わず、己の不徳とするのだろうが。

既に、その呪怨武具は無い。
此処に来て、ソロの運命は再び岐路へと辿り着く。
だが、彼が道を選ぶにはもう一つ気になる事があった。

ソロは、ロザリーへと視線を転じた。
紅い髪の娘。
ソロにとってロザリーは特別な娘だった。
そう、娘は彼の――幼馴染にあたる女性の面影を持っていたから。

「ロザリー。俺は――」

「お行きくださいませ、ソロ様。私なら大丈夫です。我侭を言わず、この塔から出なければ良い事ですし。
――ありがとう、ございました。貴方様のお陰で、私は本当に毎日が楽しかったです。
沢山お外にも出られましたし、風邪を引いた時には看病もしてくださいました。感謝してもし切れません。
……ご安心ください。人には、様々な人がおりますが、貴方様の心も、とても澄んでおられます。そして、貴方の妹様も」

「……すまない、ロザリー。俺の方こそ……君の、お陰で……ありがとう……」



部屋の奥、その先に少女は居た。
小さなバルコニーだ。――此処は、イムルの宿で見た、ロザリーが顔を覗かせていた場所だろうか。

話しかける際に当たり障りの無い掴みを考えるが何も思いつかない。
微妙な沈黙が流れる中、ソフィアの現状について思いを馳せる。
少女は此処に来て、声も、そして天涯孤独であった身の上に兄を、その気になれば取り戻す事ができる。
かなり際どい所であったのは確かだが、アリーナのファインプレイだろう。

ソロには、ソフィアの身体が炎に包まれて見えてしまっており、ソフィアは喋れなかった為声で気付く事も無かった。
ソフィアは、ソロの身体は鎧で覆われ解らず、面でソロの声が曇っていたのとソフィアの精神状態のせいもあり、音で気付く事ができなかった。
まるで、運命のような、最初から定められていたかのような悲劇への軌跡。
それもアリーナのお陰で見事に曲げられた。

今、ソフィアは新たに選択をする事ができる。
だが――。

「……兄さんは、私を醜いって言った」

「――……それは――ほら、あの、邪神の面とかってヤツのせいで――」

「私は兄さんの声を聴いても、気付かなかった……。
それどころか、兄さんを殺してしまう所だった……。
その上、貴方を傷つけてまでした結果がこれだなんて……」

先ほどの戦いは、少女に精神的なダメージを与えていた。
悪い事をしたと、そう思っている。良心の呵責が、少女に『自分に都合の良い選択』をさせじと抵抗しているのだろう。
マーニャが俺を向かわせた理由を察する。そして、それとは別にもう一つ。

復讐。
その為に戦ってきたと言うのに、そのせいでソフィアは更に多くを失う所であった。
故に、迷いが見て取れる。そしてそれは俺にとって――好機なのだ。

「――だけど、ソフィアの兄貴は死んでいない。俺だって生きてるし、それに――ソフィアは、声も取り戻したじゃないか。
この結果は俺たちにとって万々歳だよ。偶然の産物かもしれないけど、結果自体は決して悪いものじゃない。
……復讐については……これから、考えて行けば良いんじゃないかな」

俺は復讐が絶対的に悪い事だとは言えないと思っている。
そもそも、殺したい程憎い相手が存在した事が無いのだから、実際にはまるで解らないのが当たり前の話で、
幸せな世界で暮らしていた人間が、復讐を決意した者を否定し翻意を促すのはおこがましいと思うのだ。
復讐の先に幸福などありはしないとは言うけれど、それは……本人が気付かないと意味が無いんじゃないか?
だからこそ、少女が迷い始めたのは、チャンスなのだとそう思う。
復讐で、ソフィアの心が安らぐのなら、それはそれで良い。
だが、もし復讐でなくともそれが達せられるなら――それもまた、どちらが良いかは解らないが、悪い事では無いと思う。

「ソフィアがソロの同行に反対するなら、俺も反対するよ。多分、皆も納得してくれる。
俺や、俺たちはやっぱり、ソフィアを中心に集っているんだから。
……だけど……ソフィアがちょっと勇気を出す事で、兄貴とまた一緒に居られるんじゃないか?」

「……だけど……私……」

「大丈夫。きっと、大丈夫だから……」

ぽろぽろと泪を溢す少女の頭を撫でる。
癖の強い髪を、さらにくしゃくしゃにしてしまおうと思った。
ソフィアはされるがままになりながら、暫くじっと考え込んだ後、おもむろに顔を上げてくる。
うお、お、怒られるかな?髪の飛び跳ね率は当社比1.5倍位になってるけど…。

「……ねぇ」

「ん?」

「……私の声、おかしくないかな?」

「ああ、勿論。おかしい事なんか一つも無いし、ソフィアの声を聴けて俺は当然、皆もきっと嬉しいよ」

俺の即答に、恥ずかしそうな嬉しそうな、色々と入り混じったような顔をする。
そうして。
決断をした少女がゆっくりと、皆の待つ部屋へと歩き出した。
夜の世界から吹き込む心地よい冷気含んだ風が、そっと、その小さな背中を押していた。

HP:88/88
MP:22/42
Eドラゴンキラー Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁,攻勢力向上,治癒,上位治癒
通常:治癒,上位治癒

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