気が重い。 ノッている時と、そうでない時の差が激しいのは俺の悪い所だろうか。 きっと、気が重いのではなく、唯、単純に背負っている荷物が重いのだ。 そう、思いたい。 リバーサイドと言う名の川沿いの村を越えて、俺たちは険しい道のりを越え大陸の奥地を目指す。 ソロの話では、この先には大きな湖が待ち構え、来る者を拒んでいるようなのだが、 誰が作ったのかは解らない、知られざる道が存在するという。 現場に辿り着いてみれば成る程、確かに湖は威容を放って一行を先に進ませまいとしていた。 そして、少し歩いた所に雄々しく聳え立つ、魔神の像。 えっちらおっちらと像の内部を登る。 …テンションが高ければ、マジーンゴー!くらいやるべきなのだろうが…。 とは言っても、スクランダーも飛んでこないし…。 旅も大詰めともなれば自ずと皆の緊張感も増してくるし、余り空気の読めない事はしたくない。 …まあ、こういう時だからこそ、というのもあるかもしれないが…。 ピサロに出会って…どうするのだろうか…。 アリーナ達はサントハイムの人々について訊ねるだろう。 その辺りの展開にも左右されるのだろうが…。 最後には、戦いになるだろうか…。 勝てる、のか? まずそこが解らないのだが、仮に勝ったとしても、その後はどうする? 殺すのか?だけど、ロザリーは…彼女は、ああは言っていたけれど…。 …戦いが終った時、ソフィアはどうするのか。 ソフィアは優しい子だから、俺がどうしても天空の神に会いたいと言えば付き合ってくれるかもしれない。 そして…復讐を終えたソフィアと、今迄のものより多少緩い旅の後に…。 俺は、元の世界に戻れるのだろうか。 …そうだ、やはりまだ戻れるかどうかも解らないんだ。 それに比べて――ソフィアには、ソロがいる。 今の少女は、天涯孤独の身では、無い。 俺が元の世界に戻れたとしても、仲間達も居れば兄も居る。 ソフィアは、大丈夫だろう。 となると、はやり俺は自分の心配をするべきだ。 戻れた時は、良い。だが戻れなかった時はどうする? …また、此処でもソフィアに甘えるのだろうか。 ソフィアには、ソロがいる。俺は必ずしも必要な存在じゃない。 では、俺を必要としてくれる人間はいるのか? …ライアンには、バトランドという故郷がある。 アリーナにはクリフトが、ブライがいる。逆もまた然りだ。 トルネコには妻と子供。 ミネアとマーニャは、お互いに必要とし合っている…。 ……何処に、行けば良いんだろう。 ソフィアを筆頭に、仲間達は俺が頼めば受け入れてくれるかもしれない。 甘えてしまって、良いのだろうか? 一人で…この世界で生き、老いて、死ぬという選択肢を否応無く選ばざるを得なくなる可能性…。 考えてみれば俺自身こそ、なんとも救いようの無い状態にある訳で…。 それを認識したくないから、現実から逃げて、バカなマネばかりしてきたけれど…。 此処に来て…これから先、昔のように笑える事はあると思えない…。 …審判の時は、確実に近づいている。 ソロが仕掛けを操作すると、巨大な建造物とすら言える魔神の像がゆっくりと動き出した。 こんなでかいのが二足歩行できるのだから、姿勢制御に苦労するロボット博士たちの立場が無い。 魔法の存在する世界でそんな事を言ってもしょうがないのだが。 俺は、普段通りにその出来事に驚いて見せた。 まるっきりの演技という訳でも無いから、それほどわざとらしくなったとは思わない。 ただ、はしゃぐようなメンタルじゃなかった所で、はしゃいで見せただけ…。 ともすれば無理をしているとも取られるのだろうが、 これから魔物達の城に赴こうというのだから、むしろこの位の方が不自然ではないのだ。 ああ…そうだよ、魔物の城に行くんだよ。 大丈夫なのかよ本当に…クソ…なんだか、ダメだ。苛々する…。 表に出すな。完璧に隠蔽しろ。漏らすな。決して。 不安…焦燥…他人のそれは、煩わしいだろう。 だから、自分のそれも他人に見せてはいけない。 ソフィアにも…聞いてくれると言ってくれた、ミネアにも、だ。 そうして、俺達は辿り着いた。 魔の居城。デスパレスへと。 日の光の下で見た城は、まるで幽鬼のような雰囲気を醸し出していた。 ひっそりと、霧の中に佇むあの城は、はたして魔物が造ったのか、それとも人のいなくなった廃城の成れの果てなのだろうか。 俺達は相談の末、夜を待って変化の杖を使い中に侵入、情報収集に努めるという方向性で一致した。 そもそも10人で城を攻め落とすとかは流石に頭の悪い話で、それなら最初から変化の杖を取りに行ったりもしない。 敵を知り、己を知れば百戦危うからずというヤツか。 魔物達の時間ともされる夜に実行するのはリスクも高くなるのだが、 なんとか敵の本丸であるデスピサロとの距離を、詰められるだけ詰めたいというのが皆の共通する気持ちだった。 森の中でそれぞれ自由に時間を過ごす中、 俺は皆から少し離れて彼らを観察していた。 しかし…こうして見ると…。仲間達の間にも、やはりそれぞれの関係というものがあるように見える。 ライアン、トルネコ、ブライの中年&老人は、普段通りというか、出会った頃からあまり変わった様子は見られない。 クリフトが、アリーナに少なからず好意を寄せているのは比較的早くに気付いていた。 アリーナの方は…あれがアリーナじゃなければ、気づいて無いフリをしてるのかもしれないと思う位、露骨に気付いていなかった。 あの娘には色恋とか在り得ないだろうな。 だがそのアリーナは、いや、だがというよりかは、だから、だろうか? ソロと仲が良かった。 対デスピサロという面でお互い親近感もあっただろうし、ソロは実力者であった為、普段の鍛錬を共にする事も多かった。 そういえば、アリーナは強い男が好きだと聞いた事がある。 とはいえ、実際にいたら悔しくなってしまうだろうけど、とも言っていたとか。 今もソロとアリーナは何か話をしており、時折朗らかな笑い声が聞こえてくる。 そして、ソロの傍近くで、ソフィアが大地に横たわり、すやすやと寝息を立てていた。 …俺は、ソロに嫉妬しているのだろうか。 それは無いとは、言い切れない。 ソフィアとの距離が離れたのが寂しいと、全く思っていないと言えばそれは嘘になる。 だけど…結局、そういったのはこの世界に来る前から、いつもの事で…。 既に諦観の域に達していると思っていたのにな。 俺は何とはなしにクリフトの姿を探した。 浅ましい話だが、もし、この気持ちを多少なりとも共有する事ができるとしたら、それはあの神官だけだろうと思ったからだ。 彼はミネアと共に居た。 なにやら真剣な表情で話し合っている。内容を漏れ聞くに、どうやらこれからの打ち合わせをしているようだった。 二人は似た役割を任せられる事が多かったが、それでも扱える魔術や身体能力に個人差があった為、 状況によってはどちらかが有利になり、どちらかが不利になるケースも存在する。 故に、二人の連携は欠かせない。彼等は仲間たちの命を、その身に背負っているからだ。 …一瞬でも、俺の抱いている汚い気持ちを共有できるかもしれないと考えた自分が嫌になる。 やり切れない気分でその場を離れる事にした。 海でも見れば落ち着くだろうか…流石に身投げをしたくなりはしまい。 やがて砂浜に辿り着いた俺は、座り込む一つの人影を見つけた。 こんな所に、俺達以外の人が居る筈も無い。 それは、あの場にいなかったマーニャだろう。 …少し迷った末に、引き返そうと思う。 今の俺の精神状態で、いつものように弄られてしまうと、喧嘩になってしまうかもしれない。 音を立てないように注意して、背を向ける。 「――おーい。そこで帰っちゃうわけ?これは本当に嫌われちゃったかな?」 …どうやら、気付かれていたらしい。 明らかにそんな風に思っていない声音での台詞だから何となく腹が立つ。 これで俺はこの場を去れなくなってしまった。 むすっとしたまま、ざくざくとマーニャの傍にまで歩む。 俺の表情を下から見上げ、彼女はくっくっくと低く笑った。 「律儀だね。別に良いのに。あたしゃ若い子達と違うから傷ついたりしないのよ」 はすっぱな言い回しでそんな事を言う。 確かにこの女は、ソフィアやアリーナより確実に大人だし、ミネアと比べてもまた、少し違った意味での成熟さを感じる。 だからと言って、ぞんざいにしても良いと言われても、そんな事出来る訳も無いのだが。 「…………」 それから暫くの間、俺たちの間に言葉は交わされなかった。 何か喋った方が良いのかとも思ったが、何も思いつかないし、呼び止めたのはマーニャなのだから何かあるとするなら向こうの筈だから。 だが、マーニャは一向に何も語ろうとはしない。 痺れを切らした俺は、冗談めかして問いを発した。 「…マスターは、ソロ争奪戦には加わらんのかよ?いっつも言ってたじゃないか。佳い男がいないのが不満だって」 「ん~?…ん~…」 俺はこの時どんな言葉が返ってくるのを期待したのだろう。 恐らくは…佳い男とは言えないわ、私の判定は厳しいのよ…とか、そういった否定的なもの、だろうか…。 だが、マーニャはそれを見透かしているかのように言った。 「そうねえ。性格も良いし何より顔が良いし」 この女が相手じゃなければ、きっと気配を隠しきれた。 しかし今回ばかりは相手が悪かったと言える。 「…それにしてもその言い方…は~ん、なるほどね。ここ数日は、それが原因、か」 ――悟られた。 顔に血が一気に駆け上がる。 恥ずかしさ、悔しさ…情けなさ。 それらに押し潰されそうだ。最早一刻も早くこの場を去りたい。 マーニャが、俺の顔を見上げたら――それがきっかけとなって、逃げ出せる。 だというのに、マーニャはそれすらも解っているかのように、決して振り向かずじっと前を見詰めていた。 「バカだね。あの子達は実の兄妹なのに」 …解ってる…そんな事、言われなくたって解ってるんだ…! どろどろと溜まった気持ちの悪いものを、一息に吐き出してしまいたい衝動に駆られる。 だけど…だけど、それは…。 それはきっと、マーニャに甘えるという事だ。 吐き出す事で、俺はきっと楽になれる。 マーニャを口汚く罵り、デリカシーの無さを非難しさえすれば、幾許かはすっきりするのだろう。 それだけは、やっちゃいけない事だ。 ぐっと、中々噛み切れないものを無理矢理に嚥下するような所作。 その瞬間、計ったかのようにマーニャが俺を仰ぎ見た。 視線が、交差する。 「…ほんと、バカね」 「…バカバカ言い過ぎだろ。けど、実際のとこどうなんだよ」 佳い男が何処かに落ちていないかと、口癖のように言っていたマーニャだが、 ソロに対してそういった露骨なモーションとかは見られなかった。 「さあね~?」 「そうか、解った。若い女が傍にいるヤツだと、色々と勝てないんだな。肌の張りとか」 「なんだとぉ?くっふっふ…中々、上等な口聞くじゃない…覚悟はできてるんでしょうねぇ!」 ひょいっと飛び起きたマーニャが一瞬で俺の背後に周り、細い腕を首に絡ませる。 マズイ、っと思った時には既に完全に極められてしまっていた。 ぎりぎりと締め上げられていくうちに、視界が真っ白になって行き、奇妙な浮遊感を覚える――。 「あっはっはっは!ちょっとは逞しくなったみたいだけど、まだまだね!」 「――かはっ!げほっ、ぐふっ……お、お前なぁ……!」 ヒヒヒと笑いながら駆け出すマーニャを追い掛ける。 だが、ひらひらと蝶のように舞い逃げるマーニャを捕まえる事は結局、できなかった。 早々に諦めた俺は、膝に手をつき前屈みになり息を整える。 心臓がばくばくとアホの子みたいなテンションの高さで脈打ち、非常に苦しい。 そんな苦労をしている俺の気など知らないとばかりに、戻ってきたマーニャが再度肩に腕をかけてきた。 今度は、締め上げたりはしてこなかったが。 「なんだかんだ言ってもね。皆、いっぱいいっぱいなのよ。 追い詰められてるって訳じゃない。だけど、色恋に現を抜かす程、耄碌してもいないって事かな?」 「それは…そうなのか?」 「どうかしらね。だけど少なくとも、ソフィアやソロ、アリーナなんかには、はっきりとした目的がある。 あのお爺ちゃんは年齢が年齢だし、トルネコは既婚。ライアンが朴念仁っぽいのは解るでしょ? クリフトもミネアも、真面目過ぎる位真面目だから…。 私達の旅が終るまでは、浮いた話なんてのはでないでしょうね」 「そう、か。…それも、そうだな」 「旅の終りのその後は、解らないけど。今から考えるのは気が早いかもしれないわね。 だけど、考えておいても良いかもしれない。…戦いが終って、何も無くなったんじゃ、寂しいもの」 …何となく、その言い方が気になったから。 こっそりと盗み見るように視線を横にずらす。 マーニャは俺を見ておらず、その雰囲気は先ほど、一人で砂浜に座り込んでいたのと同じような雰囲気を纏っていた。 俺は右手をマーニャの後ろから回して、頭を撫でた。 「…ん?な!?ちょっと、何して…!?」 薄い、紫色の神秘的な髪。 細い糸を、指の隙間で梳く。 特に何か考えての行動では無かった。 初めは猫のように嫌がり、頭を振っていたマーニャだったが、ふんと面白く無さそうに呟いた後、大人しくなる。 やがて、遠くから近づいてくる足音。 ミネアだった。恐らく、姉を探しに来たのだろう。 「――……あ、お二人とも、こちらでしたか」 仲良く肩を組んでいる俺達に、ミネアは安堵の笑みを浮かべる。 これが肩でなく腕だったなら、また違ったリアクションを見る事が出来たのかもしれないが。 「……マーニャは、何も無いなんて事、無いよ」 「ん――そうね。それは、あんたもだと良いわね。…いいえ、あんたもよ」 肩に回した手でばしばしと叩かかれる。 ソフィアに次いで長い付き合いになった姉妹に、俺は精一杯の笑みを返した。 太陽が休息に入り、入れ替わりに月がその姿を現す。 月下に映し出される魔城は、昼のそれとは全くの別物だった。 荘厳かつ、厳格さを滲み出す外観。 尖塔の上で、城壁の傍で、蠢く影。 ――デスパレス。 人の悲鳴が聞こえてくる訳では無い。 魔物の雄叫びが響いてくる訳でも無い。 動物の気配もしないのは、捕食されるのを恐れたからだろうか。 聴こえるものと言えば、僅かな虫の音と、微かな草の音のみ。 目の前に恐怖の象徴が佇んでいるというのに、辺りは嫌になるほどに静かだった。 ソフィア、ソロ、アリーナ、ミネア、ブライ、そして俺の六人が変化の杖で姿を変える。 全員でぞろぞろと行く訳にもいかないので、残りのメンバーは待機し、有事の際には陽動を行う事となる。 しかしいくら姿が魔物になっても、仕草や細かい動きまでフォローしてくれるものでは無いだろう。 この辺り、多少意識していかないとマズイだろうか…。 軽く緊張しながらも、ソロを先頭に城門をくぐる。 彼は、呪怨装備を身につけていた頃、数度来た事があるらしく、ある程度勝手を知っていた。 城内に入ってすぐ、まるで兵士のように佇む虎の魔物がじろりと俺たちを睥睨する。 大丈夫、な、筈――。 そう思ってはいるものの、背中を嫌な汗が伝うのを感じる。 いくら変化の杖を使うからといって何も真正面から入る必要も無かったのでは無いか等の雑念が浮かんでは消えていく。 時間にしては、それほど経っていない。 それでも、虎の魔物が俺達から視線を外すまでの間は、中々生きた心地がしないものであった。 「…どうやら、巧くいったようじゃな」 ブライがぼそっと呟く。 …実際のところ、コンジャラーに化けたブライが一番順応している気がするのだが…。 殆ど動きも変わらないし…。 「では予定通り二手に分かれよう。くれぐれも、気取られないようにな」 ソロとアリーナとブライが地下牢へ。 俺とソフィアとミネアは、先に二階を中心に探りを入れる。 …しかし、昼間、マーニャにあっさりと看破されてしまった事を思い出すと、 ソフィアとミネアの二人とだけ共に居るのは少し躊躇われた。 俺は直前にブライに入れ替えを求める。老人は、ふむ、と頷き了承してくれた。 ブライとしてはアリーナと離れるのには抵抗があったのだろうが、 この城にサントハイムの者が誰かしらいる可能性を考えると、彼女と別行動をした方が良いと考えたようだ。 地下牢の探索は、アリーナたっての願いであった。 もしかしたら、サントハイムの人々が幽閉されているかもしれない。 確かに、サントハイムで起きた神隠しがデスピサロの仕業だとするなら、その可能性は十二分に考えられる。 慎重に階段を降りる。 まず飛び込んできたのは炊事場だった。 そして、忙しそうに動き回る女性――人間だ。 思わず声をかけそうになるアリーナだったが、テーブルに座る影に気付き、はっとする。 なるほど、どうやら女性は下働きのようなものをさせられているらしい。 …此処であの魔物を斃す事は恐らく可能だろう。 だが、その後が続かない。続かせる為には少なくとも、散らばっている仲間達との連携は必須であろう。 悔しさをぐっと堪え、更に奥へと進む。 ――地下牢。 結果だけを言うならば、そこにアリーナの求める人々の姿は無かった。 何人かの人間が放り込まれていたが、どれも見覚えのある顔では無かったらしい。 しょんぼりと肩を落とすアリーナに、俺も、ソロも、言葉をかけられずにいる。 いや、ソロは敢えてかけないのかもしれない。 彼は恐らく知っていたのだろう。 サントハイムの大勢の人々がこの城に囚われているとなれば、出入りしていたソロが気付かぬ筈が無い。 それを事前にアリーナに伝えなかったのは…彼女の気性を考えれば、最良の判断だと思える。 機会があるのなら、自分の瞳で確かめたいのは当然だろう。 その機会が周りにかなりの無理を強いる等があれば少し話は違ってくるが、今回は比較的容易であった。 「げはげは、なんでもエビルプリースト様は愚かな人間を使って――」 「おい、声が大きいぞ」 「げはげは、すまんすまん。……ロ様の大……奪う……」 突如響いてきた声に、俺たちはドキリとして発生源を探した。 特に、アリーナの反応は過敏だった。 難なく場所を特定したか、近くにあった階段を二段飛ばしで駆け上がる。 「それが本当なら、エビルプリースト様が魔族の王になる日も近いか…」 なんだ?なんの話をしているんだ? …エビルプリースト?なんだそいつは…? もう少し、聞きたい。心につられてか、身も乗り出る。 「それにしても、全く哀れなのはサントハイムの王だよな」 「自分たち人間が、エスターク様の復活を手助けしてしまう事を夢で知って…… アッテムトでの穴掘りをやめさせようとした為に、闇の力で消されたのであろう。 我ら魔族ですら、エスターク様があんな所に封じられたとは知らなかったもんな」 「…待て、誰かいるぞ!」 いっけね、見つかったか!? ――刹那、俺の後方から戦風が吹いた。 階段の踊り場で繰り広げられる一瞬の戦舞。まさに、獣のような動きで――って、そりゃそうか。今の俺たちは魔物に変化してるんだった。 彼女のスピードが勝り、二匹の魔物達は応援を呼ばれるまでもなく、その場に昏倒する。 肩で荒い息を吐くアリーナの肩に、ソロがぽんと手を置いた。 「がおーーーっ!!」 ぎゃっ!? 耳元で発せられる魔物の雄叫びに、飛び上がる。 やべ、軽くちびったかも…。 「うふふ、驚きました?なんか、なりきっちゃって…」 「ミネアかよっ」 「それよりも、急いでこちらに来てください。何でも、会議が始まるとか」 俺達は急いで地下から這い出、別棟の更に二階へと向かう。 会議に使われる部屋には、それに相応しく長い机が二つ並べられていた。 机を挟むようにして、丸椅子がずらりと並ぶ。 そして、前方中央には一段高くなった演説台のようなものが鎮座している。 恐らく、此処に、ヤツが――。 俺達は逸る気持ちを抑え、それぞれ椅子に座る。 魔物がまだまばらにしか集まっていないのが幸いした。 どうやらこの会議――というか、招集は大分緊急のようであった。 やがて、ざわりとどよめきが起こると同時に空気が、変わる。 「静粛に!まもなくデスピサロ様がいらっしゃる頃だぞ!」 言われずとも解る。 ヤツが――来る……! 俺は、今居る場所から見て前方の廊下側通路――先ほど俺たちが入ってきた所から、ヤツも現れると思っていた。 だが――違う。このプレッシャーの発信源は、前方では、無い――。 かつん。 甲高い靴底の音が響く。 後ろから、だ。 バルコニーから入ってきた気配が、ゆっくりと演説台へと進んで行く…。 脂汗が止まらない。 その男は、気配だけで人を殺しかねない、凶悪な雰囲気を纏っていた。 「――聞いてくれ、諸君…。 たった今、鉱山の町アッテムトで大変な事が起こった」 演説台に登り、くるりと振り向く魔族の王。 銀髪を靡かせ、見る者を魅了して止まないその容姿に、笑み――の、ようなもの――を浮かべ、そう言った。 「地獄の帝王エスタークが、人間どもの手によって蘇ったらしい。 どうやら人間どもは気付かぬうちに地獄の世界を掘り当ててしまったらしいのだ」 ぐるりと視線を廻らせる魔族の王。 その瞳が、俺達を順に捕えていく――。 気付かれている?いや…そんな事は無い、筈だ。現に、その視線は外れていく…。 その瞬間、俺にはヤツがにっと、口の端を歪めたような気が、した。 「兎に角、アッテムトだ。エスターク帝王を、何としても我が城にお迎えするのだ! さあ、行くぞ!諸君も急いでくれ!!」 どよどよとざわめく場にデスピサロは頓着せずに、 さっさと演説台を降り、再びバルコニーに向かう。 瞬間転移(ルーラ)で飛んで行くのか、会議場に居た魔物達もまた、デスピサロに追従して行った。 そうして…まるで金縛りにあっていたかのような仲間たちにもまた、時間が流れ出す。 「――動けなかった……」 ぽつりと呟いたのは、アリーナだ。 悔しそうに、身体を震わせ拳を握り込む。 「どうして?今、此処で仕掛けたとしても多勢に無勢だったから? 違う…そんな理由じゃない…ただ、私は…!」 「落ち着いてくだされ、姫様。理由はどうあれ、動かなかったのは正解じゃ。 あの男は…強い。逃げ道も無く、我ら全員が倒されてしまってはおしまいじゃ」 「でも!!」 「…今はまだ、届かないのなら、階段を上り続ければ良い。そうだろう? 俺は、そうするつもりだ。…君はどうする?」 「……。征くわ、決まってるじゃない、そんな事……!」 ブライとソロに、噛み付くように気炎を吐いてみせる少女。 そんな中で、俺はソフィアの様子を窺っていた。 彼女もまた、デスピサロに対しては深い因縁を持つ。 激昂し、飛び出していってしまうのではと心配もしたものだが、どうやら彼女はとても冷静であったようだ。 そっと表情も窺ってみたが、以前、彼奴の名前を聞いただけで怨嗟を渦巻かせたとは思えないほどに、穏やかで。 いや、穏やかというのは正確では無い。やはり、そこには恨みのようなもの、悔しそうに、憎しみの炎を宿らせてはいたのだが、 今まで、唯、それだけだったのに対し…今は、もう少し複雑に色々な感情が渦巻いているかのような。 やはり肉親が…ソロが生きていた、というのが大きいのだろう。 俺では彼女を救う事はできなかった、という事なのだが…それでも、復讐しか考えられない、という呪いのようなものから少なからず解放されてきているのだとしたら、 それは喜ぶべき事だと思う。矮小な俺自身については、今はおいておこう。 「アッテムト…エスターク…」 ぽつりと、その名前を呟いたのはミネアだった。 彼女は顔面を蒼白にして、ふるふると身体を震わせている。 俺は慌てて彼女に駆け寄り、顔を覗きこむ。 「ミネア?大丈夫?」 「あっ…はい、すみません、聞いた名前に取り乱してしまいました…。 もし、先の話が真実ならば、このまま放っておいたら大変な事になってしまいます。 まずは、急いでアッテムトへ…!」 「よぉし、やるわよ!地獄の帝王エスタークを、こてんぱんにしてやるわ!!」 ぐっと、毛むくじゃらの腕を突き上げるアリーナ。 …ま、何となく、戦いになりそうな気はするけどな。 しかし今思い出したが、まだ魔物の城に居るんだった。残っているのも居るだろうし、長居は無用だな。 城を出て待機している仲間と合流しようと動き出した時、意気揚々としていたアリーナがぽつりと呟いた。 「……ところで、エスタークって誰だっけ?」 ……前途多難だ……。 俺も知らないけどな!!!道すがら、ミネアやブライが話してくれるだろう。 そうして。 俺たちはマーニャのルーラで、辿り着く。 死都――アッテムトへ、と。 HP:98/98 MP:48/48 Eドラゴンキラー Eみかわしの服 Eパンツ 戦闘:物理障壁,攻勢力向上,治癒,上位治癒 通常:治癒,上位治癒