嘗て。
戦いがあった。竜神と、魔帝。
この二柱は烈しくぶつかり合い、空は鳴動し、海は裂け、大地は割れた。
竜神マスタードラゴンと、進化を極めた地獄の帝王エスターク。
勝負は幾年、幾十年、幾百年にも及び、それでもマスタードラゴンはかろうじて、エスタークを地の底に封印する事に成功する。
帝王は長い眠りに就いた…。



クリフトが語る物語は、神話、と呼ばれる話であり、一般人に取ってみれば寝耳に水、と言って良いレベルのものだった。

「それが…今、復活しようとしているの?だけど、どうして…」

アリーナの問いに、今度はミネアが答える。
彼女の足は、急がなければならないと、この中で誰より理解しているというのに、決して早いものではなかった。

「アッテムトには、鉱山がありまして…金が出るという事で、とても栄えた町でした。
毒性のガスが出て、人が倒れる事も少なくないにも関わらず、金を求める人は後を立たず…。
人が集まれば、今度はその人達を目当てに色々な商売を担う人がやってきて…その連鎖で、良くも悪くも、賑やかな…。
ですが、最近は金の出る量が減り、鉱夫の数が減ると共に町も少し賑やかさが減ってきて…いたの…です、が…」

「ちょっと、ミネア?大丈夫?」

苦しそうに息を吐くミネアを、マーニャが気遣う。
だが、それも無理は無いだろう。
アッテムトと呼ばれる、嘗て栄華を誇った鉱山都市は、今や見る影も無い。
毒と、腐敗と、絶望が渦巻く死の都でしかなかった。
最盛期の頃とも違う、マーニャとミネアが訪れた時とも違う。
広大に広がる毒の沼地の中には、まだ新しい死体もあれば腐りかけのもの、それどころか人骨すら無造作に転がっている。
大気は鉱山から噴き出すガスで染められ、うっすらと紫がかっていた。
そして、まだ生きている人は…中には死にたくなければこの町から出て行けと忠告してくれた老婆や、この地獄においても人を救おうとする神官の姿も見えるものの、
その大多数は既に死を悟り、ただその時を待つ肉塊と化してしまっていた。

「地獄の帝王、エスターク…まさに、ね。今やこの街は地獄そのものだわ…」

ぽつりと呟いたマーニャが、ミネアに此処で待っているように諭している。
一応、宿屋の建物の中はガスも入って来難いのか、まだマシな環境だと言えた。
ミネアはその強い感受性で、恐らく鉱山の中で待つものに対し、恐れを抱いてしまっているのかもしれない。
それに加えて、このガスは繊細な彼女にはかなり厳しいものとなっている。

この雰囲気は、そう…あの時に、似ている。
一番最初、ソフィアと出逢ったあの山奥の村。
さっきまであった生き物の気配が、一瞬で消え去ったあの空虚さと、この町での生物がもがき、苦しむ姿をまざまざと見せ付けられる様は、
どちらがどうと言うには、少々相応しくないだろう。
俺はちらりとソフィアへと視線を送った。
彼女の細い肩は…小さく震えていた。
手を、置こうかと。少しだけ逡巡して…止める。

しかし、そうなると鉱山に潜るメンバーの選出はどうなるだろうか。
大人数で潜るには、坑道は狭すぎる。身動きが取れなくなり余計な危険を招く恐れもあるので、やはり半分程度の人数で赴くのが望ましい。
ミネアがいけないとなると、やはりマーニャが途中までの道を知っている唯一の存在になる。
更にクリフトも外せまい。治療に長けた者を外せるほど、楽な相手とも思えないので。
…ま、もし噂のエスタークがお話通りの力を持っているのなら、正直逃げるしかないかもしれないが。
それに、一行のリーダーでもあるソフィア。実力を考えれば、ソロもまた参加となるだろうか。
後はライアンか、アリーナだが…。

「…ふむ、そうですな。ここはアリーナ姫にお任せいたしましょう」

「良いの!?ありがと!」

嬉しそうにぴょんと跳ねるアリーナ。全く、そりゃあれだけ眼で行きたい行きたい訴えてればそうもなるわな。
恐らく、実力で言うなら…現段階では、ライアンの方が良いのだろう。
俺はさりげなく、ライアンに本当に良いのかと訊ねてみた。

「ええ。…これは私の戦士としての勘、なのですが。
アリーナ姫にはまだまだ、伸びしろが沢山あるように思うのです。それこそ、年を取った私よりも。
それはきっと、更なる強敵との戦いの中で…開花するのではないかと。
そうすれば、その力は一行の助けとなる筈です」

ソロやソフィア、そしてクリフトと共に、一緒に行ける事を喜ぶアリーナを、
ライアンは面映そうに、その皇帝髭をしごきながら見守っていた。

「こちらに残る皆の事は私にお任せを。
貴公は、彼らを見守っていてください」

……誰に言ってんだ、この中年戦士は。

「ほら、行くわよ!」

何かを言う前に、マーニャに腕を掴まれずるずると引き摺られる。
ぬおーっ、助けてトルネコさん!!

「ハハ、私が行ってはお腹がつっかえてしまいますから」

爽やかに笑って言うデブ。
痩せろやああああああああ!!!!
俺の叫びは地獄への入り口の中で反響し、やがて消えていった。



坑道内は、町よりも更に濃い紫がかった霧が充満していた。
服の裾を口元に当てて、直接吸い込むのを防ぐ。とはいえ、魔物が出てきた時はそうも言ってられないのだが。
いずれにせよ、速く脱出したい所である。
途中までの道のりはマーニャが知っている事もあり、すいすーいと進む事ができた。

「…前に来た時は、確かここまでしか道が無かったわ」

マーニャが足を止めた先にも、更に奥に坑道は広がっている。
無言で進める行程――地の底へと進んでいくような道のりの果てに、やがて坑道は終わりを告げ俺たちの眼の前にぽっかりとした巨大な空間が広がる。
地下に此処までの空間が広がっているとは思いもしなかった。

それは城だ。
俺たちはデスパレスを見ていたから、ただ、その威容だけで足がすくむという事は無い。
だが…何なのだろうか、この…威圧感は。
身体が押し潰されてしまいそうなプレッシャー。
城の内部から漂う、生き物全ての生殺与奪を握っているかのような気配…。
居るのだ。この中に、地獄の帝王が。
主の居ない城と、居る城とでは此処まで違うものなのか。肌で感じられるのは、果たして良い事なのか悪い事なのか。

仲間に視線を送ると、皆、一様に蒼白な面持ちでこの帝王の城を見上げている。
マーニャはその中で、ふと坑道の端に倒れていた工夫へと歩み寄り、膝を屈めた。
それはもう、九割九部死んでいるただの肉であり、それだというのにうっすらと――歌っている。
欲望への賛歌を。

「金、金、金……人の欲望が、地獄の帝王を復活させるきっかけになるだなんて……笑っちゃうわね。
この土地に金が眠っていたっていうのも、出来すぎた話だわ」

皮肉気に嗤うマーニャを見て、俺は少し逡巡する。
進化の秘法…錬金術…金を生成する学問では無いとはいえ、それがある種代表的な事例になっているのは間違いない。
地獄の帝王エスタークが進化の秘法を極める程に、錬金術に長けていたのだとするなら、あながち相関関係が無いとも言い切れないのか。
封印されていながら、何かできたのかどうかは解らないが…。

耳が痛む程の静寂の中を、靴音で破りながら城へと突入する。
デスピサロが先行している以上、躊躇している暇は無い。
恐らくは彼らもこの城の内部構造を完璧には把握していないであろうから、そこに活路を見出したい所である。
後ろから俺たちが来ている事にも気付いていなければ、足も遅い筈だ。

途中に転がっていたガスの噴き出すツボを拾ったりしながら、やがて俺たちは辿り着く。
彼の帝王の、御前に。



「――これが、地獄の帝王、エスターク……」

大きかった。
あの変成したバルザックよりも更に巨大な、青い身体。
角が生え、突き出たショルダーガードのような外郭が見える。
両の手には、軽く反りの入った剣。

だというのに――静かだ。
恐ろしいまでの静寂の中、実はアレは石像か何かなのではないかと思う。いや、そう思いたいだけか。
僅かに揺れる身体を見れば、確かにアレが生きている事が解る。解ってしまう。

「眠っている…?」

クリフトがぽつりと呟いた。
それでようやく、俺たちの間に時間が流れ出す。

「なら、やっちゃうわよ、幸いあの美形もまだ来て無いようだしね!」

ばっと鉄扇を開き、術の詠唱に入るマーニャを皮切りに、ソフィアが、ソロが、剣を抜き、アリーナが跳躍する。

「範囲物理障壁(スクルト)!!」

クリフトの援護が皆に届く中、特大の火球がエスタークに直撃する!

「やぁ!!」

火球が着弾した箇所に爪を突き立てるアリーナ。
それと時を同じくして、それぞれ足を切り裂くソフィア、ソロ。
皮膚が焼ける匂い、裂かれる皮、噴き出す体液。
効いている…!そう確信した俺たちは、攻撃の手を休めない!

ブライから教わった俺の速度上昇(ピオリム)が更に皆を加速させる。
特に、ソフィアとアリーナの動きが顕著だ。
速い。最早、それは残像でしかない。彼女たちの攻撃は時に、重さが足りなくなりがちだが、攻勢力向上(バイキルト)がそれをも補う。
文字通り血煙を吹き上げるエスターク。いける…!そう、思った矢先であった。

カッ!!!

エスタークの身体から、光が溢れる。
そう、それは光であったから、光ったと思った瞬間には――既に、俺たちの身体に到達していて。

灼熱する。

俺はいつのまにか、床に倒れこんでいた。
かろうじて首を折り、辺りの様子を窺う。だが、そこに立っているのはエスタークただ一人。
仲間達は皆、一様に床に倒れ、身体を起こそうともがいている途中であった。

一体何が起きたのか。
それすらも俺には解らなかったが、だが、今から始まるものこそが――真の地獄に相違ないと、そう思う。

エスタークが、両の手を振り上げる――その巨大な鉈のような剣が、無造作に、まるで何事もないかのように。
振り下ろされた。その下には、ソフィアと、ソロの姿。

ゴッ、鈍い音と共に剣が大地に埋まり込む。
俺は最悪を予想しソフィアの名を呼ぼうとした。だが、喉が焼け付き上手く声が出ない。
ゆっくりと持ち上がる剣――沈んだ床の中央に、横たわる二人の身体。
一瞬、浮かんだ青白いスクルトの光が、圧力が無くなると共に再び姿を消す。
補助魔法はかなりの効果を生んでいる。それを確認した俺は、すぐにソロへの攻勢力向上を練り上げる。

「――タァァァァァ!!!」

エスタークのターゲットから外れたアリーナが雄々しく勇躍する。
彼女は大地と、エスタークの身体をすら蹴り上がり、顔面へと肉薄した。
繰り出される脚線による曲線美。メシリ、鈍い音が響く!
だが、まるで揺らぐ事無くその彼女に向かって繰り出される剣。迫る凶悪な刃を前に、アリーナの胴と足が血液による泣き別れを演じる姿が思い浮かぶ。

それすらも、杞憂だ。
彼女はまるで柳の枝のようなしなやかさで、その剣の勢いを利用し更なる速度でエスタークへと肉薄し、炎の爪を突き立てる!!

「…信じられない、あの剣の刃に足を当てて…勢いに逆らわず、斬られる事も無く、やり過すだなんて…」

身体を起こしたマーニャがぽつりと呟いた。
それも無理は無いだろう。今のアリーナは、スクルト、バイキルト、ピオリムを受けまさに鬼神と化している。
エスタークが目線に入ってくるアリーナに気を取られた、その隙に。
ソフィアが入れた切り口に、バイキルトを受けたソロが全力で剣を叩きつける!
傾ぐ、巨体。膝が折れる――彼の、地獄の帝王が膝を折った!

いける…!そう思わせるに十分な一撃に、誰もがそう思った刹那。

突き出される帝王の剣の柄。拳――否、指先から、心身を凍てつかせるかのような波動が迸る!

「え…力が…抜ける…!」

「補助呪文が…!?まずい、ソフィア!アリーナ!下がれ!!」

ソロの叫びに反応し、二人が後方に跳躍する。
しかし――それすらも、帝王は予測していたかのように。
凍える吹雪がフロア一面を覆いつくす!
急激に下がる気温に身体が凍てつき、固まった皮膚を雪が、細かい氷が縦横無尽に引き裂いていった。

これは…マズイ。
攻撃が広範且つ、強力過ぎる。
クリフトもソロも、自分の治療で精一杯になってしまえばいずれ女たちが倒れ、その後は…。
まさか補助魔法が全て打ち消されるなんて…それが解っていれば、最初からこまめに治療の術を撒いていったというのに。

「ごめん、なさい…」

ソフィアがぽつりと誰にとも無く呟いた。
今迄の戦術が上手くいっていたから、今回も。それは決して間違いでは無かったろう。
それでも、彼女は一行のリーダーとして、謝ったのか。

「…いえ、謝る事はありませんよ」

彼女に優しく笑いかけ、そう呟いたのは緑色の神官だった。
彼は素早く身体を起こし、一度ずつ、皆に向かって掌を向ける仕草をする。彼の手から、暖かな波動が響いてくるかのように。
その都度、仲間達の身体を淡い光が包んで行く――。

「――集団治癒(ベホマラー)」

神官が力を篭めた言葉を呟くと、光が一斉に弾け、皆の身体に染み込んでいく。
それは見事な、更なる逆転劇、治療の術は一人ずつという既存の価値観を打ち破る、独創性の勝利か。

「凄い、凄いわ、クリフト!」

「いえ、まだです、姫様。エスタークは未だ膝をつきながらも立っている。
勝利をお掴みください!治療は私にお任せを!」

こちらをも見ながら頷くクリフトに対し、俺もまた腰の剣を抜く。

切る、斬る、キル。

ソロが、アリーナが、俺が、そしてソフィアが。
治癒をクリフトに任せ、全力で斬りつける。
巨大な剣が、凍える吹雪が、俺たちの身体を切り裂くが、その度にクリフトが背中を支える。

ズドォン!

一際派手な音はマーニャの火球だ。
彼女の術は、コンスタントに、且つ、止まる所を知らず次々と生み出され、帝王を焼き尽くさんとする。

「ヤァァァァァァ!!!」

幾度、幾十度にも及ぶ攻撃の末に、遂に、ソフィアがエスタークの額に剣を衝き立てる。
それが合図かのように――蒼い、エスタークの身体が、ゆっくりと変色していき……やがて、その動きを止めた。

「…やった…の…?」

「恐らくは、な。完全に消滅させる事は、彼の竜神でも出来なかった所業だ。
これで、暫くは眠りから覚める事は無い…と、思いたいが。後でミネアやブライさんにも調べてもらうか」

注意深く動きを止めたエスタークの様子を窺っていたソロが、ふっと一つ息を吐いた。
それを切欠に、喜びが弾ける。

「あー、疲れた!早く戻って汗を流したいわ」

マーニャがぱたぱたと鉄扇を仰ぎ、少しでも清浄な空気を近くに寄せようとしている。
ソロがソフィアに近づき治癒を施している間に、アリーナはクリフトの手を取って上下に揺らしている。
今回の殊勲はクリフトだろう。彼の範囲治癒が無ければどうなっていたか…一度に、全員の傷を癒す、その強力な効果は目を見張るものがある。
ずっと修練していたのか。それでも、度重なる使用で彼の精神は極限まで磨耗し、顔面は蒼白になってい――た、筈なのだが。
嬉しそうな姫君を前に、少なからず紅潮しているようにも見えなくは無い。
ご褒美としては、これ以上ないものなのかもしれないな。

今回の戦いは、逆転に継ぐ逆転だった。
それでも、最後の最後にはこちら側に引っくり返せたのだから、とりあえずは由としよう。反省は後でするとして。



此処で、反省していれば。後の事態を防げたのだろうか。



マーニャはエスタークの傍で、睨むようにその巨体を見上げていた。
ソロとソフィアは、まだ少したどたどしいやり取りで互いの無事を確認している。
アリーナは、完全に背を向け、意識はクリフトに傾いていた。

クリフトが気付く。だが、それもまた彼を苛む疲労故に、余りにも遅すぎた。



「……ぇ……?」

アリーナの、小さく可憐な唇から、ついぞ聞いた事のないような、小さく呆けたような声が漏れる。

彼女の腹から異物が生えていた。
腕。
まるで母を殺し無理矢理この世に魔が生を受けたかのような、悪魔めいた光景。
噴き出す真っ赤な鮮血が、眼の前のクリフトの紅潮していた頬をしとどに濡らしていく。
逆転する。
コインが、表裏を返るように。
一度は表を向きかけたそれは、今また裏の姿を見せ付けていた。


HP:79/105
MP:23/48
Eドラゴンキラー Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁,攻勢力向上,治癒,上位治癒
通常:治癒,上位治癒

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