その夢を見たのは、出発の前日だった。
怪我の度合いから見て便宜を図ってくれる宿が良いだろうと、数点挙がった候補の中からこのイムルの宿を選んだのは…偶然では無かったのかもしれない。
翌日、泣き腫らした眼をした者が数人現れたことで、一同がまた同じ夢を共有した事を知る。

「ちょっと今朝の夢はハードだったわね…」

小さく嘆息しながらマーニャが呟いた。

「人の犯した罪が…魔族の若者を悪鬼へと変えたのですね…。
なんて…悲しい…」

女性たちが感応する中、男たちは皆沈黙を保っている。
ライアン、ブライ、トルネコ辺りは他に思うところもありそうだった。
大の男が複数で、一人の女性を苛め抜く様に、怒りと、そして自らもその男である事の複雑さ。

「人間は自分の手で滅びの運命を選んだの…?
…いいえ、私がそんな事させない!必ずピサロを止めてみせる!
それはきっと…」

親友の眼が覚めたらきっと、あの子もそうする筈。
マーニャがアリーナに大きく頷き賛同する。

「まあね。あたしはロザリーをいじめてないし、他の多くの人間だって同じだわ。
だからそんな理由で滅ぼされるだなんて納得できない。
あたしは断固戦うわよ!」

「我々が戦う相手は、人の罪そのものなのかもしれませんね…」

罪。人の罪。
俺たちの…罪。そのもの。
ピサロがいつから人間に憎しみを抱き始めたのかは解らないが…彼の変貌が、人間の罪が姿を変じたものだとするなら。
俺たちは人ではあるが、ロザリーをいじめてはいない。
人間の行動は本能だけではないから、他の動物と同じように種が同じだから人間全てが悪いとは考えられない。
それぞれが別個の存在…人間だけがそうであると考えるのは、傲慢だろうか?
同じ人では無い。だが、人である以上、もし僅かながらにでも罪として共有せざるを得ないものが存在するのだとしたら…。
この戦いで、俺たちは断罪されるのかもしれない。
罪は、裁かれなければならないから。この、戦いの先にあるものは――。

・
・
・

風に靡く髪を、ミネアが抑える。
はしゃぐアリーナ。感心したように髭を扱くライアン。
仲間達はそれぞれ異なる反応を示しながらも、目の前のソレに乗り込んだ。
だが、その中でも俺のリアクションは余り大きなものではなかったろう、と思う。
如何せん、俺には見たことのあるものだったから。

「だからっつったって、こんなでかい気球を見た事がある訳ねーーーーーよ!!!」

傍らの馬がヒヒンと鳴く。
だって、馬が乗る気球て!あまつさえ車の部分まで乗っとりますがな!
そして無尽蔵に噴き出されるガスの入った壷…。
そもそもそんなものが存在して良いのか…普通に考えたら途中でガスが切れて…重りを捨てろ!物を投げるんじゃ!的展開に…。
ちらりとトルネコさんを見る。何やら身震いをしているが、寒いからだろう。高度があるからね。
どんどん荷物(及びピザ)を投げていき、それでもダメだとやがて…服も…?
それは皆が望む展開じゃないだろうか…?後はさりげなくそういうシチュエーションにもっていくだけか。
無理です。ごめんな、へたれで。

それにしても…。
この気球、一体どうやって動いてるんだろうな…?
風任せ?いやいや、目的地はある以上そんな悠長な話しもないだろう。
普通、気球を意図通り動かそうとするとエンジンを積んだりするものの筈だが…ま、そうなると飛行船になるのだけども。
エンジンとか、そういうテクノロジーはあったっけなあ…?
大きさ的にはもう、飛行船の方が正しいかもしれないな。形はどう見ても気球なんだが。
色々調べてなんか恐ろしいものを発見したら怖いからやめておこう。
好奇心は猫を殺す。
つまり、そういう事だ。
俺としては落ちなければ良い訳で、落ちそうになったらピザを海に投げ捨てれば良い訳で、ついでにストリップタイムな訳で。
ぐふふふ。


この世界には、天空を支える大樹があると言う。
世界樹と呼ばれる神秘の樹――その葉には、倒れた者すら蘇らせる力があるとか。無いとか。
葉ではなく、1000年に一度咲くと言われる世界樹の花には葉を更に超える力が宿るらしいが1000年に一度じゃ期待はできまい。


世界樹と呼ばれる、巨大なる樹木。
その内部を、俺たちは進んでいる。
樹の幹の中を歩く、というのも非常にシュールな体験ではある気がする…。
だが、今の俺の状態とどちらがそうであろう。
ソフィアの収まった小さな棺桶を引き摺りながら、俺は樹登りをしている。

「代わろうか?」

眼の前で小首を傾げるアリーナに、俺は小さく頭を振る。
彼女の手が塞がると、いざという時に支障が出る――と、いうのは建前で。
これは、俺のエゴだった。
あのブランカからエンドールへの道で、ソフィアは重い俺の身体の入った棺桶を引き摺り、たった一人であの道を歩ききったのだ。
今の俺は戦闘はソロやアリーナ、クリフトに任せられるのだから気楽なものだ。あの頃は彼女も今より格段に弱く、たった一人だったのだからそれは辛い道程だった筈だ。
こんな事で、故郷を失ったソフィアを一人ぼっちにした事への償いになるとは思わない。
だが、それでも…そうしたい。
アリーナが再び先頭に戻り、クリフトがその後ろに控える。
少し遅れて俺が続き、そのすぐ後ろ、殿をソロが守っている。彼もまた、何も言わずに妹を…その身体を、守っていた。

「…今までも、そうして…ソフィアを、導いてくれたのか?」

そのソロが、小さな声で話しかけてきた。

「…いいや。俺が導くだなんて…おこがましいよ。
俺が導かれていたんだと思う。そうでもなければ、こんなところまで…これなかった」

「そうか…。…だが、きっとそれだけではないだろうな」

「え?」

「いや、今はそれで…いいのだろう。俺が言うべき台詞じゃない」

謎めいた事を言い、一人納得するソロ。
俺としてはちょいと問い詰めたい所だが…それより先に、話を逸らされてしまった。

「ありがとう。ソフィアの傍に居てくれて」

「そんな事…礼を言われても、困るし、それに俺は一度…」

「あれからもう何年も経つからな。色々あったろうとは思うさ。
…じゃあ、そうだな。今、ソフィアの傍にいてくれる事に」

「……」

「俺は…あいつに何もしてやれなかった。昔から、泣いてるあいつを慰めてやる事も、頭を撫でてやる事も…。
あの日から…ソフィアと離れ離れになってしまった事が気がかりでしょうがなかった。
再会して解ったよ。あいつは、いい仲間と出会えたと」

ぽん、と肩に手を置かれる。
すると今にも、その手に引き摺り込まれそうな感覚――俺は軽く頭を振った。
それも、ソロは謙遜と受け取ったようだった。

「あいつが健やかに成長できたのは、あいつ一人の力じゃない。だから、礼を言いたいんだ。
…兄として、な。ずっとほったらかしにしてた癖に図々しいって言うなら、これ以上は言わないが」

「そんな事言う訳ない…解ったよ。ソロ。だけど、これからはソロも一緒、だろ?
できる事とできない事はあるかもしれないけど、それでも…もう、一人にしないでやってくれよな」

「…その心配は…」

必要ないだろう?悪戯っぽく笑って俺を見る目が、思いの外、真剣な雰囲気に少し驚いたように見開かれる。
必要なのか?お前が居る限り、ソフィアはもう一人になる事は無い――。

「ああ…そう、だな…」

ソロは、そう言うに止めた。



「申し訳ございません、姫様」

先頭を歩くアリーナの背に、小さくクリフトが呟いた。
悟られぬようにしてきたつもりであったが、今のこの距離を見るにソロは恐らく察していたのだろう。
アリーナは…どうだろうか。彼女の事は何でも知っていると自負してきたクリフトだが、この旅の中、戸惑うことがあったのもまた事実だった。

「何を気にしてるの?」

「…一時の憤怒で我を忘れ、姫様の治療を怠った事です。従者としてあるまじき失態…真に…真に、申し訳もありません…如何なる罰も覚悟の上です…」

もっとも、置いていくと言われる事だけは承服しかねたかもしれないが。
命を賭けろと言われたら、迷うことなく死地へと赴く覚悟は完全にできていた。

「そうね。あの時治療してくれていたら…ワンパンチはいれられたかな。その後、やられちゃっただろうけどね」

しゅっしゅっとパンチを撃つまねをして、あははと笑う。
内心はともかく、彼女は既に立ち直っていた。

「そうね、罰って訳じゃないけど…一つ、いいかな」

「はい!なんなりと!」

「それじゃあ――これからは、私を優先して治療するのを止めなさい」

クリフトは内心、ドキリとする。
そこまで露骨にしていたつもりはない…のは本人だけで、誰の眼にも明らかな事ではあったのだが。
男たちはもちろん、マーニャもミネアもそれなりに聡いので、それほど問題にはならずに来ただけ。
いや、そこまでの危機に直面することが無かったのも一因かもしれないが。

「ですが…ですが、姫様…!」

「クリフト。貴方が私を大切にしてくれるのは感謝しています。ですが――これ以上、私は大切な人を失いたくありません。
それが例え、いずれ別離が訪れるのだとしても、出来る限りは」

「それは…ご命令ですか…」

「いいえ。お願いしているのです」

「…………」

長い沈黙の帳を神官が引き上げる。

「……御心のままに」

「ありがとう、クリフト」

愛しい人の、花が咲くような笑顔。
クリフトは一瞬、それに見惚れ、そしてすぐに意識を取り戻す。
この笑顔を、見たい。見ていたい。その為には。
彼女の命を。仲間の命を。
全てを癒す。そうする事で己は仲間の命と、そして彼女の命と笑顔を守るのだ。


「~~……けて……さい~~……」

「ん?何か言ったかアリーナ?」

「えいっ!ん?何も言ってないわよ?」

竜巻みたいなものを纏った魔物にコブラツイストをかけながらソロに応じるアリーナ。
似合うなあ。無駄に。コブラツイスト。
まあコブラに限らず関節技なら何でもだが。関節技にこだわらず素手による攻撃ならば。
空耳は大して気に留めず、俺たちは順調に樹の内部を進んでいく。
体力的には俺もだいぶ苦しいのだが、それ以上に何故かクリフトが上に登るにつれて死にそうになっている。
…気球の中でも泣きそうになってたっけな。悲しい事でもあったのだろうか。
だが、泣いたり笑ったりしながら成長することもあるだろう。って誰かが言ってた気がする。

やがて――空一面を、碧が埋め尽くした。
全てが、葉。世界樹の葉だ。太陽の光を浴びて輝く、神秘の葉。
その色は――彼女の髪と同じ色で。俺は涙ぐんでしまっていた。
目の前に彼女の笑顔があるような気がして…こぼれ落ちないように、天を見上げ続ける。

「よっしゲット!それじゃあ早速ソフィアに…」

「いや、ここは太いとはいえ樹の枝の上だし、幹の中に戻ってもまた魔物も出るかもしれない。一度地上に戻ろう」

元々は手に入れたらその場で調合して飲ませるつもりだったのだが。
思いの外安全とも言えない状況だったので、俺たちはその場から一時離脱する事にする。
俺の努力はある意味無駄だった訳だが、何故かそういう気持ちにならない。きっと、背負ってきたのがソフィアだったからなのだろう。

「~~~~…………!?~~~………っ!」

どこからか焦るような雰囲気を感じるが俺は気にしない。
そんな事は些事だ。ソフィアに勝る有事などないのだから。

アリーナを先頭に駆け下りる一同。
俺は聴こえたような気がした声について、クリフトに訪ねてみたが、聴こえていないのか物凄い勢いで降りていってしまった。
心なしか顔色も悪かったな…泣きそうだったのは…アリーナと何かあったのかなあそういう雰囲気でも無かったんだが…。

世界を支える樹の葉には、倒れたものを再び立ち上がらせる力があるという。
だが、世界樹の葉をもってしても、死者を蘇らせる事はできないらしい。
生者と死者をどこで区別するかなどは俺は興味が無い。
ソフィアが蘇りさえすれば、それで良い。理屈など…どうでもいいさ。
それが例え間違っているのだとしても…ああ、そうだ。この考え方は間違っている。
ミネアに言われずとも自覚していた。
それでも。それでも、構わない。


「で、どうやって飲ませるの?」

「そりゃーもう!こういう時は王子様の口移しに決まってるじゃなーい!」

「妙にテンションの高い女がいるな。阿呆め」

「メラミ」

「ウボァー」

「王子様ってセンスに耐えられるビジュアルの人が少ないですよう」

「ソロは駄目よ!」

「なんでアリーナが駄目って言うの?」

「俺じゃ消し飛んでしまうからだろう」

「後は…半分以上親爺だしー」

「わ、私には…姫様が…ごにょごにょ…」

「なんでクリフトが私に遠慮するの?」

「ちょwwwおまwww」

「鬼がいるな…」

「姫様は昔からそういう子じゃからのう」

「やだ、ブライ。そんなに褒めないでよ。明日槍が降っちゃうじゃない」

「そんなに褒められるのは珍しい事なんですか…」

「もう何でもいいから早く試してみるべきでは?」

「何でもいいって。そんなだからその歳でまだ独身なのよ」

「むう」

「シチュエーションは大事ですよ…今回は特に、大事な事ですから」

「ところで私の時は…」

「クリフト…思い出さない方が良い、ことも、ある…」

「そうですか…」

わいわいぎゃーぎゃー。
賑やかな事だ。どう思う?ソフィア。
こういう時、君がこの中に参加する事は無かったな。
喋る事ができなかった君はいつも、どこか遠巻きに見ていたのを覚えている。
それも無理ない話なのだが。もっとも、仲間たちが騒ぐのを見る彼女は決して寂しそうなだけではなく、楽しそうでもあった。
皆が楽しそうなのを見て、自分も楽しくなる。
俺が、ソフィアが寂しそうにしていないか気になってちらりと確認すると、
彼女は決まって俺に柔らかい笑顔を向けてくれた。
だから今もまた、俺はそれを期待している。

世界樹の葉が淡く光り、俺の手の中から消失した。その時から。

振り返るのが恐ろしい。
そこにあるのは、喜びか、それとも絶望か。

それでも他の誰かに先に確認してもらおうという気にもならなかった。
ソロならばあるいは…とも思ったが、彼にはその気は無いようだった。
恐らくは、俺に任せる、という事なのだろう。他の仲間たちも然り。まるで気づかぬように喧騒を続けている。

意を決する。
意思を固め、意図を明確に、意識を彼女に…向ける。

広がる。
――――碧の光輝、が。

世界を支える樹の葉と同じ色の髪。
ふわふわの、ふかふかな優しい髪が、窓から吹き込む風に微かに揺れる。
少し青い顔をした、けれど、柔らかい笑顔が。
俺の眼の中に――飛び込んでくる。

「……ソフィア」

「……おはよう。おはよう、皆」

俺に。そして、皆に、そう、声をかける。

「おはようございます、ソフィア殿」

「おっはよー!ソフィア!」

「おはようございます、ソフィアさん。今日も良い天気ですよ」

「全く、もう太陽は中天にあるというに。最近の若いもんは」

「まあまあ…偶には寝坊する事もありますよ。ね、ソフィアさん」

「おはようございます。ご飯にしますか?それともパンにしておきます?ああ、まずは飲み物ですね」

「やだ、ミネアったら奥さん気取りね。おっはーソフィア、寝てる間にまた少しすっちゃったんだけど…えへへ」

「…おはよう、ソフィア。食事は面倒くさがらずにちゃんと顔を洗ってからだからな」

皆から朝の挨拶をされ、一つ一つに頷いて。
そうして、最後に彼女は俺を見た。

「……馬鹿野郎。何がおはようだ、このネボスケめ」

「……ごめんなさい」

「ふん。さっさと顔洗いにいけよ、ミネアが作った飯がこれ以上冷めないうちにな」

くるっと背を向け、歩き出す。
顔を、見られたくなくて。

「あっ……」

ベッドから降りようとしたソフィアが小さく悲鳴を上げた。
無理も無い。ずっと眠り続けていたのだから、急に立とうとしても足がびっくりしてしまう。
倒れる――その、間一髪で、少女の腕を捕まえる手。

「何やってるんだよ……馬鹿」

「……ありがとう」

少女は俺の顔の惨状を見て、にっこりと笑ってそう言った。

・
・
・

「あう~…誰も助けに来てくれない…。ひもじい…」

むしゃむしゃと世界樹の葉を食む孤独な音が、空の中で響いていたが俺たちは知る由も無かった。


HP:112/112
MP:53/53
Eドラゴンキラー Eみかわしの服 Eパンツ
戦闘:物理障壁,攻勢力向上,治癒,上位治癒
通常:治癒,上位治癒

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