ぐったりとした導かれし者達を、暖かな光が照らす。
希望の祠――そう呼ばれた場所にしては、あまりにみすぼらしく、暗い。
だが…絶望の中に宿る小さな小さな希望…そういうものだと思えば、なるほどと思わないでも無かった。
デスピサロの居る場所に向かうには結界が張られており、彼等はその結界を張っていたデスピサロ直属の四天王を、今まさに撃破してきたところだった。

マーニャとミネアが、アリーナとクリフトが、ライアンとブライとトルネコが。
そして、ソロはたった独りでエビルプリーストと名乗った邪神官を打ち倒し、最後にこの祠に戻ってきた所だった。

「逃げられたがな…」

そう、呟いた後多くを語ろうとしないソロに、マーニャは苛立ったような声を上げる。
それをミネアが宥めるが、それが逆効果にすらなりそうだ。
ブライが火に油を注ぎ、こういう時に抑えに入るライアンとトルネコはくたびれたように深い息を吐く。

皆、ばらばらだった。
その理由が何かは、痛いほど解ってしまっていた。

「元々ねえ、あいつがむかつくのよ!あいつが…あれだけお世話になった私に一言も無くいなくなるなんて、許されるとおもってるの…!」

「なんじゃ。お主はさっきまでいなくなってせいせいしたと言っておったではないか?」

「な、なんですって!?」

「姉さん落ち着いて!」

止まない喧嘩にソロは小さく嘆息し、一晩休んでから出発しようと提案した。
誰もそれに反論しなかったが、特に賛成もしなかった。



ソフィアが居ない。
そして…彼が、居ない。
たったそれだけで、ここまでバラバラになるなんて。
ソロは勇者だった。だが、違ったのだ。皆、ソフィアという勇者がいたから纏まっていた訳ではない。
妹との器の差にソロは独り苦笑を浮かべる。
それもまた止むを得まい。
このまま皆で突撃しても、いたずらに死者を増やすだけだろう。場合によってはお互いが足を引っ張ってしまうかもしれない。
ならば、やる事は決まっていた。
元々、この魔の世界に日が昇る事はないようだった。
いつ出発したとしても、この薄暗い山道を登る事になっただろう。そう思えば後悔するような事も無い。
デスピサロを殺す。
それは彼の悲願。
誰とも――妹以外とは決して共有できないであろう、暗い夢。
トルネコには妻子がある。
ライアンには誇りがあるが――誇りしか、無い。
クリフトとブライにもそれは言える。彼らには忠誠しかない。
ミネアとマーニャには亡き父に対する責任感が。だが、死者に縛られる事は無いのだ。父が産み出したものだからといって、娘が背負わなければならない道理は無い。
無いのだ。
彼らには――命を賭す理由が。
世界を救う。そんなものは勇者に任せてしまえば良い。
他の、多くの人間がそうしているのだから。彼ら、彼女らがそうして悪い道理が無い。

「じゃあ、私は?」

山道を登りきったところで待ち受けるのは、オレンジ色の髪を靡かせる貴き姫君だった。
何も無いなんて、絶対に言わせない。
その強い瞳がなにより雄弁に語りかける。

私には――父を、城の皆の手がかりを探し出さなければならないという強い責任がある。

「何より、私がそうしたいという強い想いがある!ソロになんか負けない。今のソロになんか負けない!
ソロこそ!死んだ人達の為に復讐するなんて止めてもいいのよ、いつでも!だけど私はそれを否定しない。だから私は誰にも否定されない!!」

「……」

「ソロのバカ!そういう所が皆、解っているの!声を出さなくても、感じてるの!
最後には独りでいってしまう、誰も信じられない…誰かを信じられない人が、誰に信じてもらえるの!?
そんなの…そんな人を信じられる子なんて…本当の大バカしかいないわよ…」

顔を真っ赤にしてそう怒鳴り、ぐしっと鼻をすすって目を擦る。

「…怒ったり、泣いたり、忙しいヤツだな」

「あんたのせーでしょうが。女の子を泣かせたら、責任、取らなきゃならないのよ」

後ろから響くマーニャの声。
導かれし者達が、再び集う。

「王宮戦士の誇りは何者にも砕けませぬぞ」

「商人は、早く世界を平和にしないと物を満足に運べず困るのですよ。武器を売るのも儲かるのですが、本来そんなものは私の主義ではありませんので」

「アリーナ様の意志は私の意志でもあります」

「城の皆を救うのは、この老骨の最後の奉公じゃからな」

「今更私たちだけ仲間はずれってのもないでしょ」

「共に時間を過ごしてきたのですから、最早責任だけで此処に居る訳ではありません」

酔狂な事だ、と。
ソロは優しく笑って言った。


「ぐはあああ……!
なにものだ…おまえたちは?わたしは…わたしはデスピサロ…まぞくの…おう…。
うぐおおおおおおおお!!!!!なにも…わたしにはなにも…おもいだせぬ……。
しかしなにをやるべきかはわかっている。
がああああ……!!おまえたち……にんげんどもを……ねだやしにてくれるわぁぁぁぁぁ!!!!」

姿は…あのエスタークに似ている。
進化の秘法を扱うものは、皆あの巨大な姿を目指すのか。

「これがあの美形の成れの果て、か。少なくとも進化の秘法が私好みじゃないってのははっきりしてるわよね」

つまらなそうに呟きながら、マーニャが両手に焔を迸らせる。
あのエスタークと同じくらいなら、問題ない。自分たちは一度倒している。
ともすれば油断となりそうではあるが、この時はそれがよく作用した。
巨大な両手に握られた巨大な剣。その剣を避けアリーナが跳躍すれば、その剣を身体全体で受け止め押し返すのがライアンだ。

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!」

武人達の裂帛の気合が辺りをビリビリと奮わせる。
アリーナがデスピサロの右腕を蹴り千切り、ライアンが左腕を叩き斬る。
両腕を失った事でバランスが取れないのか、ぐらぐらとおぼつかない足取りでよろめくデスピサロの頭を、トルネコの破壊の鉄球がずたずたに砕き潰す!

「やっぱりこれはライアンさんが使うべきですよ」

自分の戦果に戸惑ったトルネコが、ライアンと武器を交換しようとしたり。
腕と頭を潰されて、あっさりと地面に倒れ付した魔王に、皆は歓声を上げる。

「なーんだ、私が出るまでもなかったわね!」

「…いや、まだじゃ。伏せろ!!」

油断無くその慧眼を光らせていたブライがマーニャを引き摺り倒す。
何すんのよ――その言葉は身体の上を通過する激しい炎でかき消される。
何処から――?
その疑問は実物を見た上でもすぐには氷解しなかった。

腹が、開いている。
大きく縦横に裂けた腹から、ぶふっ、ごふっ、と不気味な音を立て、残り火が滾っていた。

「なんですか…あれ?…顔…?」

「それに、色も…なんなんだ!?」

腹に浮かび上がったのは口だけでない。
口の上にはなんの冗談か、少し小さめの口――瞳がぎろりと二つ開く。
それだけではなく、全体的に茶色ががっていた身体の色が緑色に――。

「あんたが――翠だなんて、許さない!」

キラーピアスを両の手につけたアリーナが怒りを露に踊りかかる。
私の親友の髪と同じ色――あの人の髪と同じ色――それが、この醜悪な化け物に汚されるのが許せない。

ズドォッ!ゴォッ!!!

デスピサロがあとずさる。
それすらも、姫君は許さない。

「お前が!お前が!!お前がいなければ良かったんだ!
ソロも、ソフィアも…お前がいなければ幸せに暮らせたんだ!
どうして…どうしてあんたみたいのがいたのよ!!!」

既にまともな思考すらも失ったデスピサロに、サントハイムの人々の行方を聞くは叶わない。
だから、彼女はただ怒りをぶつけていた。
もう…これ以上は、嫌だった。
だから自分が怒り狂う。他人の怒りを見れば、人は逆に冷静になるものだから。

鈍い音を立てて弾き飛ばされる。
死角からの攻撃――どこから!?その疑問は離れてデスピサロを見ればすぐに解る。
腕を失くし頭を失くし、腹に顔が浮かび――今度はわき腹…もはやだった位置、と言わざるをえない…から、最初にあったものより三倍は太い腕が――!!

「いやぁぁぁぁぁ!!」

ミネアがあまりの事態に悲鳴を上げる。
それが恐怖を伝播する。
恐ろしい――恐ろしい、のだ。こんなものが存在するなんて。
アリーナが打ち込み、打ち込み、打ち込んで、気味の悪い体液を撒き散らせていたと思った次の瞬間には腕が生え、傷は癒えてしまっている。
終りなど、本当に来るのか――?
永遠に続く悪夢に、自分たちは迷い込んでしまったのではないか?
ミネアが怯え、クリフトの歯は合わさらない。トルネコの背負っていたトレードマークの正義のそろばんがかちゃかちゃと鳴いた。

「――まだだ」

天空の鎧。天空の盾。天空の兜。
そして天空の剣を正眼に構える勇者が、皆の前に立ち塞がる。
ソロには雄々しさが常にあった。だが、今はそれだけではどこか無いようで。
振り返らずに、片手を剣から離し、後方に向かって振る。

――限りを極めた治癒。

ベホマズンの光が辺り一帯を照らし上げる。
その光が収まる頃には――炎に巻かれた仲間が、太い腕に弾き飛ばされたアリーナが、怪我一つ無い状態で立ち上がっていた。

「皆は死なない。行こう――」

ざっざっざっ。
振り返らずに、走る。その走りは孤独なものではない。
クリフトがスクルトを、ミネアがフバーハを、ブライがバイキルトを。
アリーナがソロの横に並ぶ。ライアンが、その後ろを守護するかのように追いかける。
精神を研ぎ澄ますマーニャや他の魔術師達を守るかのように、トルネコが横に身体を広げる。
皆が共にきてくれる――。
ソロを中心に、まとまって攻撃をしかけてくる導かれし者達に対し、デスピサロは――どこか笑ったような、気がした。

戦士たちの攻撃を受けたデスピサロの足が吹き飛ぶ。
しかしすぐに新たな足が生える。今度のそれは、先ほどのものより太く、強そうだ。

「諦めない――諦めてたまるか!いくわよ、ミネア!!」

「ええ、姉さん――真空――竜巻――いけぇぇ!!」

デスピサロの傍に数本の竜巻が発生し、巨体を切り刻む!
血だるまになり苦悶するヤツから、打ち合わせも無しに戦士たちが飛び離れた。
マーニャが皆に向かってウィンクをする。

「これで――おわりよ、全て!!極大、爆裂…イ・オ・ナ・ズゥゥゥゥン!!!」

瞬間。
大気が震えた。
それはあの時によく似た雰囲気。
デスピサロの身体中心に全てが引き込まれ、収縮し――次の瞬間撒き散らされる爆裂の波動!!
響く轟音!!砕ける大地!!破れる身体!!!
稀代の天才魔術師マーニャの一つの完成形がそこには確かに存在する!!

爆煙が少しずつ晴れて行く。
終った――これで、決まったろう。
誰もがそう思った。
…勇者、以外は。

悪夢が醒めれば次の悪夢が始まる。
夢から醒めた現実の方がより酷い悪夢である事など、この世界には数限りなくある。

ああ…畏れよ。
畏怖であり、畏敬。これだけの負荷をかけられながら尚、立ちはだかるその――神の御姿に。

腹に生えた顔の上に、更に首が生え、顔がある。
一番初めよりも二倍に膨れ上がったその体躯。強くなる。進化する――戦えば戦う程に、進化する。それも、導かれし者たちを超えるスピードで。

ギャァァァァオオオオオオオ!!!

デスピサロが魂を砕く咆哮を上げる。
竦み上がる皆。浮かび上がる鏡光。

「いかん…マホカンタじゃ…もう、これで魔法は効かぬぞ…」

ブライが警鐘を鳴らす。
力と魔法。その二つが合わさったから、今まで乗り切れた。
今までにマホカンタを使うものがいなかった訳では無い。それでも打ち勝ててきたのは、肉弾戦での征圧が可能だったからだ。
だが…今回ばかりは相手が悪過ぎる。無限に進化するこの化け物が相手では。

「大丈夫だ」

それでも。
尚、皆を鼓舞するその声。

「後、少しだ。これで終りにしよう。マーニャとミネアとブライは全力で魔法を。ライアンと今回はトルネコとクリフトも前に出てくれ。
アリーナは…俺についてこれるか?」

「ハッ!そんなの、当たり前でしょ!!」

「仲間を巻き込むのを恐れるな。俺が全て治す」

「ま、待つんじゃソロ殿!今の彼奴には反射鏡光(マホカンタ)が――」

「大丈夫だ。問題――無い」

勇者の持つ天空の剣が――煌く!!
白光が剣より迸り、デスピサロを貫いた!!

「さあ、行くぞ――今度こそ、終わりだ!!!天招、大雷檄(ギガデイン)!!!」

突き出された左腕より噴き出る雷を追いかけ、ソロが走り出す。
それに続きアリーナが。ライアンが、クリフトが、トルネコが駆ける。
ギガデインの雷は、紛う事無くデスピサロを打ち据えた。
ブライは目を見張る。何故――確かにそこにあった筈の反射鏡光が今は無い!
恐らくは、先ほどの剣の光――そこまでで、ブライは考えるのを止めた。今やるべき事は――。

デスピサロから不可視の波動が迸る。
全員を貫いたそれは傷はつけなかったものの、酷い脱力感をもたらした。
補助呪文の効果が打ち消される――だが、そんなもので止まりはしない!

ソロとアリーナが高く高く跳躍する。
その後ろから姿を現した三人が、全力で各々が武器を叩きつけた!

バギクロスが、イオナズンが、デスピサロの肉体は再びずたずたに引き裂く中、今度は更なる力が加わった。

「発動してくれよ…ワシの乾いた魔力よ…絶対氷凍結(マヒャド)ォォォォォ!!!」

収縮し、爆裂した大気が今度は凝固する。
ビキビキと、乾いた音を立て足元から首元まで優しく冷たい氷が覆いつくす!!
デスピサロの細胞は既に破壊し尽され、ズタボロだった。
だが、それでも時間さえ経てば回復してしまうのだろう。

「決めるぞ!アリーナ!」

「決めるわよ!ソロ!!」

勇者と、もっとも勇者らしい少女。
その少女が先に、デスピサロの脳天へと、全体重を載せた踵を落とす!
めこっと気持ちの悪い、だが素晴らしい手応えを伝える音がする。
アリーナは確信した。頭蓋を潰した事を。

後は――。

見上げた先には雷光を招き天空の剣に纏わせる勇者の姿。
雄々しく――神々しいその姿に、アリーナは柄にも無く胸を高鳴らせる。
それはアリーナだけではない。
ライアンも、クリフトもトルネコも、マーニャもミネアもブライですらも、若者の、ライバルの、息子のような、孫のような存在の、頼もしき姿に震える。
勇者の最大最強の一撃。
これで終る。
それは確信だ。
今までのような希望めいたそれではない。確定した事象ですらあろう。

――だと、いうのに。

いつまでも勝利の凱歌が上がらない。
何故だろう?訝しげに目を擦り、よく、見る。

「何故だ…」

デスピサロの頭上で新たな対峙が起きていた。
起きるべくもない対峙。だから、それを見ても一瞬、それを信じられない。

「何故、止める!!ソフィアァァァァァァァ!!!!」

ソロの慟哭めいた悲鳴が、魔の世界に響き渡った。



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