いかん、昨夜酒を飲みすぎた。 頭がまだ睡眠を欲しているが、私も社会人。 眩しい太陽の光が、私を布団から引きはがそうとする。 「ん?」 私の部屋は東向きや南向きとかいう条件の良い部屋じゃない。 むしろ北向きのじめじめとした安いアパートだ。 もしかして、間違って他人の部屋に入ってしまったのか?! 起き上がって目をこすると全く見覚えのない部屋にいた。 「やっべ! 他人ン家かここ?!」 慌てて布団から飛び出し、この部屋の住人を探す。誰もいない。 ふと、部屋の様子を見ると、おかしなことに気づく。 家電がまったくない。テレビもパソコンもない。 床はフローリングというより板張りと言った方がよさそうだ。 テーブルも椅子も木製。窓枠も木製。とどめに照明がろうそくだ。 突然部屋の扉が開いた。驚いて振り向いた姿勢で固まってしまう。 「起きたかい? 水はこっちに置いとくよ」 おばちゃんが大きな水差しをテーブルに置き、部屋を出て行った。 なんとなく流れで「あ、どうも」なんて言いながら見送ってしまう。 ……今のおばちゃんが、ここの住人? だんだん目覚めてきた脳が、それをようやっと理解した。 固まってる場合じゃない、慌てて部屋の扉を開け、おばちゃんを追いかける。 「すみません、わ、私、あの」 まろびつつ謝る。私は、山吹色の見たことのない服を着ていた。 「はっはは、いいんだよ。当然のことをしたまで。元気になって良かったよ。 バザーだからって飲みすぎちゃいけないよ、兄ちゃん」 「ばざー?」 バザーなんか近くであったろうか? 「お城の方で始まっただろ、お前さんはそっちの武器屋の前で管巻いてたんだよ」 見慣れぬ木造の建物の中で、聞き慣れぬ単語を並べるおばさん。 そのおばさんもまた、見慣れない格好だ。 「武器屋……お城?」 「なんだいおまえさん、自分が何処にいるのかも分からんのかい。 ここはサザンビークの城下町、昨日からバザーが始まってるよ」 ぐるぐると与えられた情報が頭の中を高速で回転している。 脳がそれに耐えられず、その場にしゃがみこんでしまった。 ああ、何かリポDとか飲ませてくれ。 「あらあら、大丈夫かい? 気付けに薬草汁でも飲むかい?」 ……やっぱりリポDはないようだった……。 二日酔いの頭がボーっとする。 飛び交う小鳥、澄んだ小川、駆け回る子供。 すべてが生き生きとしていて、疎ましい。 あの後、宿屋の方々にお礼を言って、その場を後にした。 まったく、人の家じゃなくてよかった。いや、安心している場合ではない。 見ず知らずの場所にいることには変わりない。 今、この町ではバザーが開催されているそうだ。 もちろん、他国からの客もたくさん来ているので、 私のような、 『バザーに来てはしゃいで酔っ払って潰れてその辺で寝ていた』 ヤツも結構いるらしい。 太陽がぐんぐんと昇っていく。時間が経った証拠だ。 時計も何も持っていなかったが、太陽の動きで大体の時間は知れた。 まだお昼前だ。 ところで、サザンなんとかという地名には聞き覚えがあるようなないような。 宿屋でポケットをまさぐった時、『100G』と書かれたコインが1枚出てきた。 どうやらこの町の通貨らしい。 宿代はどうにか凌げたが、明らかに日の高いうちになくなる。 露店で『おいしいミルク』とやらを買ったが、30Gもした。 川のほとりのベンチに腰を下ろし、ミルクのふたを開けた。 「おにいちゃん、まいごじゃないの?」 突然、目のくりっとしたおかっぱ頭の少年が俺に話しかけてきた。 見知らぬ大人に向かって『まいご』とは失礼千万。 親の顔が見てみたい。そして私は女だ。よく間違えられるけど。 「少年、おねーちゃんは今機嫌が悪いんだ。あっち行け」 「あっちでかっこいいおにいちゃんが、おにいちゃんみたいな人をさがしていたよ。 赤いバンダナをあたまにまいてー、黄色い服を着ているってー」 聞いてないなこんガキャ。おねーちゃんだっちゅーの。 でも、確かに私はやまぶき色の服を着て、頭には赤いバンダナを巻いていた。 でもそんなヤツこの町にはいっぱいいそうだぞ。 「あ、ホラ来た。おーい! おにーちゃーん!」 少年はむこうからやってくるかっこいいおにいちゃんとやらに向かって手を振る。 むこうも、少年に向かって軽く手を上げた。 私は軽く無視しつつ残りのおいしいミルクを一気にあおったが、 やはり気になってそちらを一瞥する。 「ぶっほ!」 「わーおにいちゃんミルク吹いたー! 汚ねー!!」 「何やってんだよエイト。散々探したぞ」 ドラクエ8かよ!! しかも私、エイトかよ!!! 見覚えあるわけない、私はドラクエ8は忙しくて久しくプレイしていない。 船を取ったところで止まってるのだ。メダル王女の城のある島の敵は強すぎる。 でも、よく見れば、今までプレイした街にいた少年の色違いだ。 そして、やってきたのは、見紛うことなき彼であった。 「あー、……マルチェロの弟」 「何だよ、その言い方。ククール様の名を忘れたのかよ」 「えーっと、ゼシカとかヤンガスもいるのか?」 「ああ、ゼシカはこの町にいるが、ヤンガスはお前を心配して一人あちこち探しまくってる。 おかげでキメラの翼つかいまくりだぜ。金がねーのにカンベンしてくれよ」 いるんだ……。 私はガックリと肩の力が抜けた。 「だから、人違いだって。私はエイトじゃないの」 困ったなあ……とは言っても夢じゃなさそうだし。 「でも、どこからどう見てもエイトにしか見えないけど」 ゼシカが、私の全身を上から下まで眺め回して言った。 「そうでがす。どこからどう見てもエイトの兄貴でがす」 ヤンガスは、腕を組んで頷きながら同意する。 ここは、今朝泊まった(ことになってしまった)宿屋の部屋。 程なく揃ったメンバーで、私の処遇についての会議だ。 まあ、さっきまで「違う」「そんなことはない」の押し問答だったが。 「オレもこのエイトはエイトじゃないような気がする」 部屋の片隅で私達のやり取りを見ていたククールが口を開いた。 「じゃないような気がするじゃなくて、ホントに違うの」 もう何回も繰り返し言ってるので、だんだん疲れてきた。 「何でそう思うの、ククール」 ゼシカが不服そうに食って掛かる。自分の考えを決して曲げようとしない女は苦手だ。 「話してて分からないか? 昨日までのエイトと違うって」 「でも、見た目は兄貴でがす。これはもう間違いようがないでがす!」 机をこぶしで叩きながらヤンガスは叫んだ。こういった単純思考のヤツも付き合いにくい。 「まあ、見てくれは確かにエイトだけどなあ。……なあ、お前誰なんだよ」 そんなの私が訊きたいわ。 昨日まで、いや一昨日までOLでしたって言ったってイミ分からんだろうし。 いくつかの選択肢が頭をよぎる。我ながら単純な名前しか思いつかんが。 もうこれでいいや。面倒くさい。 「あ~じゃあ、エイトの双子の妹でエイコでいいよ」 「じゃあって何だよじゃあって……ってお前、女?!」 鋭くツッコんだ後、やっとそれに気付くククール。そんなに私は女に見えないか。 「ええッ?! 兄貴じゃなくて姉貴だったでがすかッ?!」 「ウソー、そっくり!! でもよく見ると女の子かも」 うわ納得したよ。案外あっさり納得されたのがかえって不気味。 『エイコLv.1』が仲間に加わった瞬間だった。