苦しい!息ができない!身動きがとれない!右も左も上も下もあったもんじゃない! 光はどっち? もがけばもがくだけ、絡 ま っ て … ふっ、と浮き上がるように目が覚めた。 妙に胸が騒ぐ。焦躁。幻想? 額に手を当てると酷く冷たく濡れていた。 気をやれば、全身が汗でびっちょりなことに気付く。 ――夢か。 ビビった!いやまじで。死ぬかと。もう死ぬかと。 いや、でもありえないよね、いきなり海で溺れるとかさ。 海なんてもう5年は行ってないんだぜ。ありえないんだぜ。 と、安心しようとする私を、打ち落とす事実。 嫌でも鼻につく磯の香に、波の音。そしてこの見知らぬ部屋の窓から、望むこのオーシャン…ビュー…… 「やってらんないんだぜ!」 夢だと思い込もうにもこのハイクオリティ! いくら私が想像力(妄想力)豊かな花の16歳とはいっても! 色々考えた末に私はもう一度ベッドに潜った。 都合の悪い事からは目を逸らす。無かった事にする。これがゆとりクオリティ。 ……。 ……………。 お腹、減った。 結局人間欲には勝てないのだ。 睡眠欲は満たされてしまっているから、次は食欲。 ああー良い匂いがする。 匂いに誘われて私は階段を下りた。 「あらあらあら!ようやく起きたみたいだね」 階下には、なんというか、肝っ玉母ちゃんを絵で描いたような女性がいた。 母ちゃんはこうも続けた。 「あんたが海に打ち上げられてるの見た時は驚いたよ!無事でよかった」 ……。網に。ふぅん。 ……。 「夢じゃなかったんかい。」 呆然として呟くと同時にグーキュルルルル、とお腹がなった。 「お腹が空くなら大丈夫だね」 にっこり笑った女性は忙しく食事の用意を始めた。 魚を3枚に卸して刺身。余った身と骨、内臓を叩いて丸めて揚げた団子とたっぷりの野菜を煮込んであったスープ。それに作り置いてあった小魚の佃煮に茶碗いっぱいに盛られた白ご飯がテーブルに並べられた。 「さあ、ぼーっと立って無いで、食べな!」 肝っ玉母ちゃん――マーレさんのご飯は死ぬほど美味しかった。 お腹が空いてるってだけじゃない。きっと食材が新鮮なのも、単にマーレさんの料理の腕が良いのもあるだろう。 とにかく、いままで食べたご飯の中で一番美味しかった。 「ご馳走さまでした!」 マーレさんはにこにこ、お粗末様でした、とお皿を下げる。そして、さて、と話を始めた。 まず、私の名前から始まり、何故海岸に打ち上げられていたのか、そもそもどこから来たのか。 私も出来るだけ正確に、分かるだけの範囲で答えた。 私の名前はユウキで、何故海岸に打ち上げられていたのかは、私も分からない。ここに来る前は日本という所でギリギリながらも女子高生をしていました。 私の答えにマーレは目をぱちくりさせた後に訝しげに細くなった。 「…ニホン?」 「ニッポンともジャパンともジパングとも言うけど」 「…グランエスタードでも、フィッシュベルでもないのね」 「ええと、そうみたい」 何か言い辛そうに、マーレさんが口を開いた。 「世界にはこのグランエスタード島以外に人が住んでる島なんて、ないんだよ」 な、なんだってー!! 私はそのビックリ情報に目を見開いた。 「あ、アメリカ大陸も?」 マーレさんは無言で首を横に振った。 「ユーラシア大陸も!?」 「聞いたこともないねえ」 「オーストラリアは?アフリカは?え?インドネシアも?パプアニューギニアも?ガラパゴスも?」 マーレさんが頷く事はなかった。大陸も、島も、ここ一つ………? 「そ、そんなっ……」 ありえない!そんな、今まで考えたくなくて避けて来たけど、やっぱりここは、まるで、異世界、じゃないか。 行き着くべき結論に至って、私は絶句した。 夢ではない、でも私の現実ではありえない、この事実。 「何かショックな事があって記憶を落としてきちゃったのかねぇ」 マーレさん――なんて呑気な―― 私は意識を保つのに精一杯だった。\(^O^)/オワタ!とかおどけて見せるので。 その時、扉が開いた。 マーレさんが優しい笑顔で「おかえり」と言う。 振り向くとそこには緑色の服を着た少年がいた。 \(^O^)/…… ↑の状態の私を見て多少引きつっているが、なかなかに感じのよい笑顔だ。 少年は、アルスといって、マーレさんの息子だった。 マーレさんは息子さんに私の紹介をし、簡単に事情の説明をしてくれた。 「で、アルス。この子に見覚えはないかい?」 「ええと、ユウキ…さん?」 「は、はい」 「見覚え…ないなぁ。」 そりゃそうでしょうとも。私は声にならない言葉で返事すると、ため息をついた。 そのため息を落胆の意味と捉えたのか、アルスは慌てて慰めるような口調で 「じゃ、じゃあ…グランエスタードに、行って見る?」 と、言った。 グランエスタードとやらにはお城があって、それに付き物の王様や王女様、王子様なんかもいちゃったりして、城下町も栄えてるらしい! お、王子様!なんて良い響きだろう。 別にシンデレラにも白雪姫にも憧れる歳ではないけど、その言葉だけでなんとなくドキッとする。 いやぁ、元の世界にも王子様とか皇太子様とかいたけどさ! グランエスタードについての簡単な説明をしてくれるアルスにマーレさんが、そうだこれを持って行きな、と大口の瓶を渡した。 中身はというと、さっき私もお腹に納めた小魚の佃煮だった。 ……道中のお弁当にしなさいってこと? んまあ、今ご飯食べたのに、マーレさんってば気の早い。 さて、では出発しますか、とドアを開いた。 後ろでアルスが慌てて何か言った気がしないでもないけどキニシナイ!!(゚ε゚) で、ドアを開くと一番に私の目に飛び込んできたのは、鬼――の形相をした女の子と振り上げられた拳。 ごごご、ごめんなすわぁぁぁぁぁい!!!!!!! 思わず負け犬根性丸出しで謝ってしまいそうなマイチキンハート。 「うわぁ!!!」 「きゃあ!!?」 寸での所で拳を交わした私の情けない声とまさか交わされると思っていなかったんだろう女の子が空振ってクルンと回って悲鳴をあげた。 「何で避けるのよ!」 「避けるわ!」 ここでやっと私を見たらしい女の子がキョトーンとして、私とアルスに視線を行き来させて一言。 「あんた誰!」 「先に謝らんかい!」 これが、私とマリベルの出会いだ。第一印象最悪。 そんなわけで私たち三人はtoグランエスタードの道中にいる。 そんなわけっていうのは、単にアルスとマリベルは、 一緒にグランエスタードに行く約束をしていたってことなんだけど。 ちなみに私が殴られそうになったのは、`いつまで私を待たせる気!?'なマリベルの怒りが込められていたらしい。 ちなみにちなみに!結局私謝られてません!! HAHAHAHAHA!! 今私達はアルスを挟んでそっぽ向いて歩いている。 ……。 ……………。 …………………気まずい。非常に気まずい。 元来私はふるえるこの胸チキンハートの持ち主で、他人と喧嘩なんて小学生以来だ。 …兄貴とは頻繁に喧嘩するけど。 まあ、そんなのは関係なくって、とにかく、私はこの女子の喧嘩特有の冷戦状態が苦手でしかたがないのだ。 …ああ!早く着かないかな、グランエスタード!! ―――話は変わりますが、グランエスタードに向かう道、舗装されてないんです。 デコボコ道ってレベルじゃねーぞ! 体力はない方ではないと思うんだけど、軽く酸欠。酸素くれ。 フラフラと歩く私をアルスが心配そうに見ている。 「大丈夫?」 と声を掛けられた。 マリベルも意外にヒョイヒョイ歩いてるし、私だけ、情けない… そう思うと見栄を張りたくなる。そりゃあもう、精一杯。 大 丈 夫 ! ! とびきりの笑顔で顔を上げた私からその3文字の声が上がることはなかった。 「おひゃん!!」 情けない、悲鳴ともつかない叫び声をあげて私は地面に突っ伏した。 ……足元の石ころに歩をとられて。 …痛い。ああ、いけない。また、アルスに心配かけちゃう。 顔を上げて、大丈夫だって、笑わなきゃ。 そう考えるのに、体はそう動いてくれない。 ……痛い、痛い!!もうやだ、何でこんなことしてんの、私! いきなりこんなわけわかんない所に来て、いきなり殴られそうになって、挙句にこんな、いたい目に、あって。 泣き出したいのを肩を震わせてやり過ごそうとした。うまく行かない。 ずるずる、鼻をすする私の目に飛び込んで来たのは鮮やかな緑色の葉っぱだった。 「もう、はやく使いなさいよ!」 続いてマリベルの声。私はわけがわからないままその葉っぱを受け取る。 「べ、別にあんたの為じゃないんだからね!あんたの怪我のせいでグランエスタードに着くのが遅くなって困るのは私なんだから!!」 そう怒ったように、怒鳴るようにマリベルの顔は真っ赤だ。アルスが私に耳打ちをする。 「さっきのこと、本当は謝りたいんだよ、マリベル。」 素直じゃないんだから。 そう囁くアルスの声は優しくって、嘘のない声だった。だから、私も素直に言えたんだと思う。 「ありがと、マリベル」 「ところで」 「何よ、まだなにかあるの?」 「この葉っぱの使用法が分からない件」 「……。」 「……。」 私は正座をしてこの葉っぱ――薬草の使用法を教授して頂くことになった。 ……足、痛いです、マリベル先生。