強い衝撃を感じ、俺の意識は急速に覚醒した。
目覚めればそこは薄暗い建物の中だった。地下室か何かだろうか?
ひんやりとした石造りの壁で、端っこの方に壷や樽が置いてあるほかには何も無い。
そして目の前には何かごっついおっさんが変な格好をして木剣を片手に仁王立ちしている。

「どうした、もう降参か?」

何を言っているのだろう?さっぱり意味プーだ。
とりあえず今だ少しぼやけている頭を振ると、跳ね起きる。
何時の間にか俺の手にもおっさんの物と同じ木剣が握られている。

「ほう、どうやらまだ気力はあるようだな。だが、今日のところはここまでだ」

いや、意味わかんないから。
おっさんは、状況を整理しようと必死になっている俺には全く頓着せず、
呼び止める間もなくさっさと行ってしまった。
ええと……一体何をどうしろと?
いきなり放置プレイを喰らって呆然としていると、次第に体が痛み出してきた。
どうやら大分痛めつけられているらしい。 

ふむ。情報が足りなすぎるが、とにかく俺の天才的頭脳で以って予測演算してみるに、つまりこれは――



痛めつけられた。
↓
ここは地下室。
↓
俺は虜囚の身。
↓
拉致監禁+秘密の特訓。
↓
組織最強の暗殺者として育てられている!!



…………な、なんですとーー!?

ま、まずい。いつの間に拉致られたのかは全然覚えていないが、おそらく薬でも盛られたのだろう。
きっとこのまま行くと、泣いたり笑ったり出来なくなるんだ。飛べない豚は唯の豚なんだー!

逃げなければ!

自由をこの手に掴む為に!! 

地下室から地上へ上る階段を見つけると、一段一段慎重に上り、外へ出る。
そして周囲への索敵を怠らずにゆっくり歩く。と。

『勇者様、勇者様!』

ぬあ!?この俺が全く気配が感じられなかっただと!?
慌てて振り返ると、川辺に一匹のカエルがいた。

カエルが喋っている……!?

……ちょっと待て、落ち着け。
よく考えたらよく考えるまでも無くさっきから何かがおかしい。あまりにも脈絡が無さ過ぎる。
冷静になって状況をよく見渡すんだ。つまりこれは――

――ああ、なんだ。これは夢だ!!
夢ならばそんなにむきになって構える必要は無い。

『私は実はとある国のお姫様で――って、ちょっとユーリル!?』

俺はカエルを引っ掴むと、どうするかしばし思案に暮れる。
爆竹は無いし、夢とはいえ流石にそれは可哀想だ。
ストローも無いが、まあいいか。夢だし。
俺は大きく息を吸い込むと、カエルのケツに吹き込んだ。

『きゃあああああ!?』

大きく腹を膨らませたカエルを天高く放り投げると、中空でジェット噴射の如く加速し、
彼方へと飛んでいった。HAHAHAHAHAHA…………。 

「空しい……」

わかってはいるのだ。
これは現実。多分原因は、あれだ。
俺が自宅の研究室で空間跳躍の研究実験をしてたことだろう。
あれが成功して実用化されれば、ちょっとシャレにならないくらい世界の有り様は変わっていったろうに。
あの時片方のカプセルに実験用の物体Xと共に愛猫ニトロが入り込んでしまった為、
つい慌てて俺までカプセルに飛び込んでしまい、さらにふとした弾みで最終スイッチまで入ってしまったのだ。
あの時は最悪、ネコ人間として生まれ変わってしまうのではないかとちょっとドキドキしていたりもしたのだが、
やはりそんな足して引いてない結果が出る筈も無く、何かこの俺の天才的頭脳をもってしても意味プーな
状況に陥ってしまったというわけでR。

う~む、やはりまだ実験が手探りの段階だからって、転移用の物体に嘘か真か北極で発見されたという、
あらゆる解析を受け付けない謎の巨大生物の体細胞など用いたのが拙かったのだろうか?

「まぁ、とりあえずそれは置いといて」

すぐ傍を流れる川の面を覗く。
何か俺の世界じゃ天然では絶対ありえない緑色の髪がサラサラと微風に揺れている。
うむ。男の俺から見ても美男子だな。とかそれはどうでも良く、
カエルが喋ったり人間の風貌が人間離れしていたり、やはりこれは良く考えるまでも無く。

「世界越えちゃいましたー、HAHAHAHAHA……」

やはり空しい……。
拉致監禁でなかったのは幸いだが、俺自身の状況としては大差ない。

「さ~て、どうしたものかな……」

と。
殺気を感じた。
振り返ると、そこには何か耳がとんがってて、さらにピンク色という俺以上にありえない色の
髪を持った美少女がいた。土や草にまみれてはいるが、この美少女っぷりはちとシャレにならない。
もちろん俺も引き篭もりがちな科学者とはいえ一人前の男な訳で綺麗な女の子に興味が無いわけも無く、
こんな状況でもなければ挨拶の一つもかけて、分化系硬派な生活にささやかな潤いを得たりもするのだが。
それはともかく。

――何で、彼女はあんなに怒っているのでせう?

控えめに言っても、キレてます。
知っている。アレは快楽殺人者の目だ。
知り合いの科学者やってる女が未知の触媒や実験動物に出会ったときにも似た、
見るからにおぞましい狂気の光が瞳にぎらぎらと宿っている。

『コロサレル』

と思考した時には彼女の姿は既に視界から霞み、同時――衝撃、が。
顎を、手か足で跳ね飛ばされたと認識する前にさらに打たれる。打たれる。打たれる。
水月金的人中胸尖村雨壇中鳥兎向骨――
美少女の華奢な拳は人体の前面に存在する急所という急所を的確に打ち抜き、
それと同時、俺の命も削り取っていく。
段々と痛みが薄れ――

「落ち着けシンシア!」「ひぃ、何だこの赤いの!まさかユー……」「離して、離してー!!」

――闇の中、黄金の光に包まれた、巨大な何者かの姿の影を垣間見ると同時――

「一体何があったんだ!!」「おい、じいさんはまだか!」「ユーリルを殺して私も死ぬ、死ぬのーー!!」

――俺の意識はホワイトアウトした。

目覚めるとやはり知らない天井だった。
先の地下室とは違い、ごく普通の木造家屋のようだ。
意識を取り戻す以前のことはあまりよく覚えていない。
とりあえず神の領域に到達しかけたことだけは覚えているのだが。
寝てても仕方が無いので痛む体に鞭打って寝かされていたベッドから何とか身を起こそうとすると、
何かオバハンがやってきた。

「体はもう大丈夫?」
「え、あ、はい。何とか」

察するにこの人があの桃色の暴風から命を救ってくれたのだろう。
この人とこの体の持ち主との関係は不明だが、先に外を見渡した限りでは、
ここは本当に、小さな村というか集落という感じだった。恐らく村人全員が知り合いなのだろう。

「一体何があったの、ユーリル?あの温厚なシンシアがあそこまで我をなくすなんて……」

問いかけには心からの気遣いが感じられる。きっとかなり近しい人物なのだろう。親子だろうか。
だがその割にはあまりにも容姿が似ていない。父親似とかそう言う次元ではなく、
何というか黄色人種と白色人種くらい違う。
ともあれ、俺が気にすることでもない。何か複雑な事情でもあるのだろう。
それよりあのピンクの殺戮者、シンシアというのか。本気で、あれはいったいなんだったのだろうか。
このオバハンは温厚とか訳のわからないことを口走っているが、アレを温厚と呼んでいいのなら、
この世の全ての事象を愛という言葉で解決しても許されると思う。
まぁ恐らく、俺が乗り移る前にこの体の持ち主、ユーリルがあの娘に酷いセクハラでもしたのだろう。
顔に似合わずスケベなヤツだ。
少々納得はいかないが、今後のためにも、折を見て謝っておいたほうがいいかも知れん。

夕食の材料を取りに行ったオバハン(後に母親と判明)の話によると、どうやら俺は丸一日気絶していたらしい。
昨日地下室から上がってきた時点で夕暮れ時だったので今もそのくらいの時間なのだろう。
ベッド脇のハメコミ式の窓を覗けば既に逢魔ヶ時。何か気持ち悪いくらいに真っ赤な夕焼け空が見える。

「う~ん、まるで燃えているかのようですなぁ。何か焦げ臭いし、外で騒ぎ声が悲鳴が喧しいし……。
 …………………………………………て言うか、燃えてますなぁ」

な ん で す と ! !

呆然としているとヒゲのおっさんが家に飛び込んできた。

「ユーリル!まだこんな所にいたのか!」
「ああ何が何やら急展開が大安売りで意味不明の大ピンチと考えられる状況はどうすると思われるのが
 一番でしょうか――!?」
「とうとうこの日が来てしまった……さあ、私について来なさい」

シャレにならない空気を感じ、流石に混乱している俺をヒゲ(後に父親と判明)は軽くスルーし、
燃え盛る村を突っ切って、俺をあの地下室へと引きずっていった。
その後ヒゲは何か勇者とか魔物とか、情報が全く足りてない異邦人の俺にとっては正直、
毒電波にしか聞こえない戯言を垂れ流し、俺を地下室に閉じ込めて頑丈な扉に鍵を掛け、また出て行った。

「いや……だからどうしろと……」 

しばらく上から聞こえてくる爆発音やら絶叫やらをBGMにこれからの行動を何とか模索しようとしていると、
新たな人影が階段を下りてきた。
それは――ヒィィ!!ピンクの殺戮者だった!!!!!ピンクは扉を開け、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
……騒ぎに乗じてこの俺を抹殺しに来たのか――!?

「ユーリル……私、お別れを言いに来たの……」

や は り か ! !

ピンクが何やらぶつぶつとつぶやくと、何とピンクの姿が緑色の髪をした美少年へと変化してゆく。
って、俺やん!!
落ち着け。カエルが喋るくらいなんだ。そんな魔法じみた技術があってもおかしくない。落ち着いて考えるんだ!
……そうか!さては俺を亡き者にしたあと俺になりすまし、完全犯罪を達成するつもりか!!
元ピンクの偽俺が後ろを振り返る。――今しかない!!!!!

「今まで楽しかったわユーリル……。さようなガフッ!!」

バイト先の先輩直伝、上段回し蹴り。
十二分に遠心力を効かせた俺の左足刀は、油断していたのか隙だらけだった偽俺の延髄を確実に刈り取った。
一瞬で崩れ落ちる偽俺。だがいつ目覚めるかわからないので油断は出来ない。
すぐさま部屋から出て、扉を閉めて鍵を掛ける。よし、これでとりあえずは大丈夫な筈だ。
上ではまだ騒動が続いているようだが、少なくともここよりは安全であろう。
いざ行かん、愛と自由と平和を求めて!!



HP:10
MP:120

装備:E旅人の服 

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