「師匠、石鹸と洗剤、発注数に足りてません!!材料も足りそうに無いです!!」
「あー、原料の配合比を適当に減らして水増ししとけ!少しくらいならわかりゃせん!!」

「師匠、酒場のマスターがこの前のカクテルが大好評だったからまた造ってくれって……!!」
「んな暇あるか!!オヤジに材料とレシピ渡しといて自分で造れって言っとけ!!」

「師匠、お城から火縄銃と手投げ弾の追加注文が山ほど……!!」
「……城の連中アホか!?こちとら二人しかいないんだぞ!?……………………受けるけど」

「……師匠!!!!!」
「んだよ弟子一号!?さっきからうるせぇな!!」

「何で後先考えずに依頼という依頼、片っ端から受けちゃうんですかぁ!!!!!」
「短時間で借金全額返すにゃあ、血尿出るまで頑張るしか無いだろうが!!!!!」



……こんにちわ、ユーリル(仮)です。
今俺はバトランドという国の片隅で小さなお店を開いている。ちょっと殺気立ってるのはクソ忙しいからだ。
隣の小うるさいのは、元旅人さんで、今はこの店唯一の従業員兼俺の弟子一号だ。
男にしておくのが勿体無いほどの、線の細い美人さんで、俺の命の恩人でもある。
――あの時、崖から落ちて瀕死の重傷を負った俺を、
回復呪文とか言う怪しげパワーで助けてくれたのが、彼だった。
その後、お互いに行く当てが無い者同士だとわかると、色々話し合った結果すっかり意気投合しちゃって、
しばらく行動を共にすることになったのだ。 

いや、彼には本当にお世話になっている。
その当時の俺にさえ負けず劣らずなほど、世間知らずな面があったりもするのだが、
命の恩人というのはもちろん、俺に(あの!)呪文というものを教えてくれたり、
あの時俺を襲った、魔物という存在についても詳しく教えてくれた。
ちなみに親玉はデスピサロとか言うらしい。ん?何かどっかで聞いた名前だな?……まあいいや。
そのお返しとして、という訳ではないが、俺の世界の技術を少々教えてやったところ、
滅茶苦茶感動して、なんと行動を共にしている間、弟子入りを志願してきたのだ。
これには流石の俺もちょっと面食らったが、師弟という言葉が持つロマンに負けて、
速攻で了承してしまった。

弟子一号は、人探しの目的で旅をしているらしい。
だがやはりこのような世界でも先立つものというのは重要らしく、文無しでは旅をすることも無理がある。
特にこのバトランドという国は、四方を険しい山と海とに囲まれて、移動手段が非常に限られており、
国外に出るには金かコネかのどちらかが必要になるらしく、途方に暮れていたそうだ。
という訳で俺としても他に当てもないし、よその国にも興味があるので、金を稼ぐ為に
城下町で借金して店を買い、後にこの世界の歴史に(いろんな意味で)名が残るほどの伝説の店――
即ち『ユーリルのアトリエ ~バトランドの錬金術師~』が誕生したのであった。

それから俺は手っ取り早く名前を売る為に、そして三度の飯よりも好きだった、
科学や化学のエクスタシーに触れる機会が無かったというストレスもあり、
自分の世界のステキ技術をハイパーにフル活用してみたりしたのだが、いや、やはりというか、
何かあっという間に評判が広まり、王宮からまで宮廷付きにならないかとスカウトが来た。
まぁ、弟子一号は人探しの旅という目的があるし、俺も援助はされども活動に制限のかかる宮仕えなど
グレートごめんなさいなので、きっぱりと断った。 

予想以上に燃料や火薬の原料になるものなどが手に入ったので、つい調子に乗ってこの世界の
文明レベルからすると結構シャレにならないモノも世に出したりしていたので、
ちょっと面倒なことになるかなと思ったのだが、この国の王様は誠実で公明正大と民衆からも
もっぱらの評判らしく、こちらが拍子抜けするほどあっさりと引いてくれた。
まぁ、俺たちにとっては都合がいいのでよしとしておこう。
そんなこんなで、店は繁盛し、あらかた必要な情報も集まり、店を買ったときの借金も
そろそろ返済できそうになったその日の夜、それは起こった。
まぁ、起こったと言うか、単に周りを大勢の兵士で徐々に囲まれつつあるだけなのだが。
アレか。国もやけにあっさり引いてくれると思ったら、流石にそこまで甘くはないか。
鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス。……ジャイアニズムならぬノブナギズムとでも言うのかね?
まぁ、王様の判断なのか家来の独断なのかは知らないが、どちらにしても今の状況は想定の範囲内だし、
やる事も変わりはしない。何も問題は無い。

「ど、どどど、どうしましょう、師匠!?僕たち何もしてないのに……何でこんな……?」

弟子一号なんかは未だに状況を把握しきれずにおろおろしている。コイツはいい奴なんだがちと人が良過ぎるな。
いつか性質の悪い人間に騙されるのではないかと、師匠としてちょっと心配になってくる。

「うろたえるな弟子一号、策はある。緊急マニュアル34号を開きたまえ」
「は、はい!」

帯出、転写厳禁なその書類に目を通し、そして次第に顔色が蒼白を通り越して土気色になっていく弟子一号。

「…………………………………………あの、師匠、これ…………マジで、やるんですか?」
「うむ、マジだ。凡俗どもに我が英知の偉大さを思い知らせてやろうぞ。……それではポチっとな」 

俺がお決まりのかけ声と共に、巧妙に壁に隠されたスイッチを入れると、
地下へと続く階段が、低く響く音と共に床に現れる。
地下に降りた先には、一台の馬のない馬車がごっついカタパルトと共に用意してある。
その他にはまぁ、この国や弟子一号にさえ秘密な研究や作品などがちらほらと。
そんな作品の中のひとつ、『魔法の粘土』にちょこちょこっと細工をして、
ここの扉の開閉に(化学)反応するようにしておく。

「最近どうも収入と支出が全然合わないと思ってたら、こんな物造ってたんですか……」
「備えあれば憂いなし、だ。それより必要な荷物はもう積んであるから、とっととズラかるぞ!」

未だにおろおろと覚悟の決まらない弟子一号を馬車の幌の中にぶちこみ、俺も乗り込む。

「この先に馬が用意してある。そこまではちと荒っぽく行くから、しっかり手すりにつかまってろ!行くぞ!!」

後方にあるレバーを引くと、がこん、という音と共に一瞬の浮遊感。そして爆音。
そして俺たちは風になった。



巧妙に周囲の茂みにカモフラージュされた岩戸を突風の如き勢いで馬車が跳ね飛ばそうとすると、
岩戸に張り巡らされた、弾性のやたら強いロープが緩衝材となって馬車を押し留めた。
計算どおりで一安心だが、休んでいる暇はない。 

俺は目を回している弟子一号の顔に、空気に触れると頭がすっきりする香りを発する液体を浸したハンカチをかぶせると、
岩戸のすぐ傍の小屋へ向かって走った。そして馬小屋の管理をしている爺さんへの挨拶もそこそこに、
小屋から四頭の馬を引っ張って馬車へと戻ると、何か弟子一号が壮絶な顔つきでのた打ち回っていた。

「おい、遊んでいる暇は無ぇぞ!早くしないと――」

その時だった。
大地をも揺るがす振動と共に、轟音が響き渡る。
確認するまでも無いが、音の出所を見遣ると、やはり城下町だった。
まずいな。あれでトンズラこいたことがバレた。さっさと移動しないと、街道を封鎖でもされると厄介だ。
俺は馬を片っ端から馬車に繋ぎ――恐るべきことに気がついた。
即ち――俺は、馬車など操縦できん!ということである。

「おい、弟子一号……」
「……………………はひ……………………」
「何やら近年稀に見る最高に笑える顔をしているが、残念ながら今は宴会芸など披露している場合ではないぞ」
「……我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢……」

何やらぶつぶつ言っているが、気にしている暇は無い。

「時に弟子一号、お前は馬車を操れるか?」
「……いいえ、やった事ないです」
「そうか、俺もだ」

一陣の風。そして静寂。

「ど、どどど、どうするんですかそんな今更ぁ!!」
「まぁ落ち着け。基本は乗馬とそんなに変わらないんじゃないか?乗馬くらいなら経験あるだろ?」
「ないです」
「そうか、俺もだ」

一陣の風。以下略。

「手前ぇ、それでも旅人かぁ!!」
「――うるさいわ!!人間歴5ヶ月をなめんな!!」
「何をいきなり訳のわからん言い訳を……ええい、いいから行け弟子一号!!大丈夫だお前ならきっと出来る!!」
「あんたが行けよ!よく町外れで変なゴーレムみたいな乗り物作って遊んでたでしょうが!!」
「ば、ばっ、違、お前、アレはただの1/2スケールの旧ザ…………じゃなくて、
 俺はあれだ!乗り物の操縦は苦手なんだよ!」

一応本当だ。車の免許の取得にえらい苦労したし。
事故を起こさず警察にさえ捕まらなけりゃあ、別に何やったって構わないと思っていたのだが、実際は違うらしい。

「あーもー、どうして肝心なところでいつもいつも抜けてるんですか、師匠は!!」
「何を!?泣き言と文句しか言わないヘタレにそんな事言われる筋合いは無いぞ!!」
「言ったね!?言いましたね!?」
「言ったさ!言ったともさ!!」
「ギャース!!」
「ギャースギャース!!」
「――――!!!!!」
「――――!!!!!」

結局。
見かねた馬番の爺さんが、俺たちにレクチャーしてくれました。 

彼を拉致って操縦させようかとも考えたが、吹けば飛びそうな枯れ果てた爺さんだったので、やめておいた。
大丈夫、基礎さえ知っておけば後は何とでもなる。
何故なら、誰かと競う性質のものでもない限り、大抵の技術に対しての、俺の基本姿勢は『考えるな、感じろ』だからだ。
天才的な科学者ってのは99パーセントが閃きで出来ています。本当にありがとうございました。
という訳で、一時間ほどで基礎中の基礎だけを叩き込んだ俺たちは、爺さんの制止も無視して全速力で馬車をぶっ飛ばした。
途中17回ほど木に激突したり転倒したり、薬草マキシカスタムVer3.2通称レッドドラゴンを馬の口に突っ込んだりしながら、
街道に辿り着いた頃には、すっかりコツを掴んでしまいました。流石だな俺達。



そして半刻後――

「!ちぃ、もう見つかったのか、しつこい連中だ……!」
「ど、どどど、どうするんです、師匠!?何かもの凄まじい大軍で追っかけてきてますけど!!」

ボウガンに矢を装填しながら、街道を爆走する馬車の幌から後方をみやる。
土煙と地響きを上げながらこの距離からでもわかるくらいに殺気立って追いかけてきやがる。
アトリエで一杯喰わされたのがよほどムカついたと見えるな。何せ爆煙がここからでも見えたくらいだ。
それはともかく、俺も弟子一号も馬車の操者は超がつく初心者。
増して操縦を覚えるのに一時間も使ったのはマジで痛かった。
このままではいずれ追いつかれてしまいそうなので、俺は矢尻に安全ピンを抜いた手投げ弾をくくり付け、
連中に向かってボウガンを構えた。

「灰は灰に、塵は塵に。……ってな」

特に意味は無いが片手撃ち。煙草があれば完璧だったな。
無造作に見えて馬車の反動もしっかり計算に入れた必中の矢は、瞬く間に後方の土煙の中心に消え、
一瞬の後に、耳をつんざく轟音と共に土煙を二周りほど大きくした。 

むしろ天に舞い上がった。連中の一部も天に舞った。
ああ、紙巻きの煙草が吸いたい。そしてシニカルに笑いたい。
酒はともかく煙草が不味いんだよこの世界。吸い過ぎると頭がくるくるぱーになるし。つーか違法だし。
……と。
再び鳴りはじめる地響きに俺は顔をしかめる。それも勢いが減るどころかむしろ増している。
連中予想以上に立ち直りが早いな、もう追ってきたか。
さすが異世界、葉っぱ喰って傷が塞がるだけはある。(最初見たときは心底ビビったぜ)
手榴弾くらい何ともないぜ!ってか。どころかあの立ち直りの速さじゃ、アトリエでも怪我人すら出たか怪しいもんだ。
――ごめん、自分で言ってて何だが、笑えねぇ。
……っと!

「見えた、洞窟だ!!あそこで何とかうるさい国家の犬どもを切り離すぞ!!」
「あああああ……もう完璧に悪者だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

御者席で手綱を握る弟子一号がいきなり絶叫を上げる。何か嫌なことでもあったのだろうか。
まぁ、今は気にしている余裕はない。後で相談にでも乗ってやろう。
とにかく洞窟を突破し、あの場所にさえ辿り着ければ、後はどうとでもなる。今、こんな所で捕まってたまるか!

バトランドと巨大な河川で分断されたイムルとを繋ぐ、
シンプルな一本道だが、馬車が余裕で通れるほどの巨大な地下洞窟。
川向こうに用事があるときや、アレを製作するときに何度か通ったこともある。
その為、大体の力学的な構造は把握してあるし、万一のときの為の仕込みも万端だ。
さらばだ洞窟君。君には世話になったが、君の国がいけなかったのだよ。

「ポチっとな」

洞窟を抜けた俺は、イムル側の洞窟の外壁に、巧妙に隠された魔法のスイッチを押し込む。
すると、洞窟の何ヶ所かに仕掛けられた魔法の粘土が次々と(化学)反応して――



―――――――――――――――――!!!!!



その日、大洞窟はバトランドから消滅した。





それから。
追っ手さえ振り切ってしまえば、後はすんなり事は運んだ。
この世界にはキメラの翼というある意味反則チックなブツもあるから完全に油断は出来なかったが、
無事にバトランド名物(?)、湖の塔まで辿り着き、屋上付近に隠してあったエアプレーンを起動することが出来た。

それまでは落ちるだの死ぬだのむしろ死ねだのと、ぎゃあぎゃあ騒いでいた弟子一号も、
いったん機体の姿勢が安定すれば、今までの険悪な顔つきは吹き飛んで、
ぽかんと阿呆みたいに遥か下の、村っぽい集落を眺めている。とりあえずは一件落着か。
アトリエに置いていった物は少なくないが、本当にヤバイ物はあらかた消し飛んでいるだろうし。
どの道正規の手段でこの国を出るつもりは無かったから、これも予定調和といえば予定調和の内なんだが……。
……何かドタバタしてるよなぁ。何でこうも俺の周りでばかりトラブルが起こるのだか。
まぁ、何が無くとも、この身に宿る英知さえあれば全て事足りるのだがな。
気の向くまま、適当に操縦桿を切りながら、そんなことを考える。
何か飛んでから気付いたけど、うっかりエアプレーンに燃料入れ忘れてて、もうほとんど残ってないしさ。
がくんと安定を崩して高度を下げる機体と、ぐんぐん近付く小さな塔っぽい建物。

「……お約束だなぁ」

塔の窓に突っ込みながら、最後にそんなことを思った。
暗転。



ユーリル 錬金術師?
HP:1/39
MP:105/178
装備:Eコルトパイソン E絹のローブ クロスボウ
呪文:【回復】ベホイミ・キアリー
特技:集中 閃き 必中

弟子一号 ユーリルの弟子
HP:1/52
MP:1/41
装備:E毒蛾のナイフ E絹のローブ 毒針
呪文:【回復】ベホマ・キアリー・キアリク 【補助Ⅱ】スクルト

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