村で飼っている鶏の鳴き声で目が覚めた。朝5時半だ。早過ぎる。鶏をミンチにしてやろうかと思ったが、朝は弱いのでそんな気力も無い。 もう一度寝ようとするが、鶏の鳴き声と長老のいびきが煩すぎる。老人は体力が無いから早起きのはずだが、この長老はでかい口をあけて幸せそうな顔で寝ている。永遠に眠らせてやろうか。 仕方ないので、ベッドから起きて、顔を洗いうがいをして外に出た。 外に出ると、朝日が眩しかった。空気が澄んでいて肌寒い。気持ちの良い朝だ。元の世界にいた時はこんな気分味わった事なかったかもしれない。 それはともかく、俺はもう村を出る事にする。山登りはかなり時間がかかりそうだからだ。 長老を起こさないように長老の家に忍び足で入り、俺が寝ていたベッドの横に置いている袋と武器を持って、家を出た。 その後、こんな朝っぱらから開店している道具屋へ行った。こんな時間に客が来るのだろうか。 道具屋の主人の話によると、山にバブルスライムと言う毒を持っている魔物が出るらしいので、毒消し草1個と薬草5個を買った。 次は武具屋へ行く。こんな村に強い装備があるとは思えないが。 「らっしゃいらっしゃい!」 ツノマスクを被った半裸の変態が、手を叩きながらでかい声をあげる。朝から元気な奴だ。 壁には色々な装備がかけられていた。武器はもうあるので、身を守る為に防具を探す。 その中で、マント付きの青い服に目がいった。防御力がどうこうより、かっこいいと思った。変態に試着させて下さいと言った。 「おう、旅人の服だな!ほらよ!」 旅人の服を渡される。さて、試着室は…ない? 「試着室?そんなもん無いぜ!ここで着替えな!」 何てこった。本物の変態だ。女の客に行ったらセクハラで訴えられるぞ。 まあ胸毛が異様に多いとか、胸に七つの傷があるとか言う訳ではなかったので、その場で着替える事にした。 布の服を脱ぎ、旅人の服を着ようとする。その時何となく変態の方を見てみると、まじまじとこっちを見ていた。しまった、ホモだったか。そこまで考えつかなかった。 「あまり良い体つきとはいえねえな。初級冒険者にしてもあまりにも締まりがなさすぎる。」 何が言いたいんだ。筋肉質だったら「や ら な い か」とでも言うつもりだったのか? 旅人の服を着てみると、思ったより軽く、肌触りも良かった。防御力も高そうだ。俺は旅人の服を買う事にした。 「毎度あり!70Gだぜ!」 70G払い、新品の旅人の服を貰って着替えた。 「今度来る時はもっと締まった体で来いよ!」 変態は最後まで変態だった。やはり締まった体だったら例の台詞を言うつもりだったんだ。俺は世界中に、この村の武器屋は変態だった。という事を伝える旅に出る。 村のパン屋で売っていたスライムパン(4G)というカレー味のパンをかじりながら平原を歩く。カレーパンと言えよと思ったが、この世界の住人は味より形に拘るんだろう。因みにスライムとは最初の日に出会った青い流動体の名前らしい。 丁度カレーパン、もといスライムパンを食べ終わった頃、山についた。 山は緩やかな斜面で、道も整備されていたので、登るのはさほど苦痛ではなかった。 突然山の上から魔物が落ちてきた。緑の流動体だ。横に長い体で、体の周りに緑の粒が浮遊している。 スライムやドラキー(青いコウモリの名前らしい。長老が言っていた)と同じく、ニヤニヤ笑っていた。何故魔物にはニヤニヤ笑う奴が多いのか。自信からくる余裕のせいだろうか。 俺は剣を構え、魔物に斬りかかる。魔物は何の抵抗もせずに斬られ、緑の浮遊物が飛び散って俺の手についた。浮遊物をはらう。 魔物を倒した。意外に弱い。この調子なら楽そうだ。 さっきから気分が悪い。腐った物でも食ったのだろうか。俺の体が蝕まれていく感じがする。体中痛くなってきた。 その時膝が地についてしまった。足が震えて動かない。 一体どうしたんだ。腐った物とか言うレベルじゃない。毒物でも飲まされた感じだ。 …毒?そうか、さっきの奴が道具屋の言っていたバブルスライムとか言う奴か。緑の浮遊物が手についた時毒におかされたんだ。 俺は急いで袋から毒消し草を取り出し、かじった。まずい。実は毒草なんじゃないか? 毒消し草を飲み込んだ途端、体の痛みが治まり、吐き気や頭痛もなくなった。が、体が動かない。体力は回復しないらしい。俺は薬草を取り出して飲んだ。 まずい草を一気に2つも飲んだら、逆に腹を壊しそうだ。大丈夫だろうか。心配だ。 不安を抱えつつ、再び山を登り始めると、今度は腐ったキノコが現れた。 キノコは舌を出して、やる気のなさそうな目でこちらを見つめている。こちらもやる気が出なくなりそうだ。 向こうが動きを見せない。魔物ではないのだろうか。俺は剣を握って、微動だにせずキノコを警戒する。 それよりさっきから甘い匂いがする。何だろう。まさかこの腐ったキノコからこんな匂いが? なんか眠くなってきた。まぶたが重い。睡眠不足じゃあるまいし。 だめだ。眠すぎる。もう寝てしまおう。死のうがどうなろうが関係ない。俺は眠さには弱いんだ。 俺はその場に倒れこみ、眠ってしまった。 目をあけると、何処かの建物にいた。殺されはしなかったらしい。 目の前に神父がいる。教会のようだ。神父が助けてくれたのだろうか。 「目が覚めましたか。ここは山頂の村。お仲間の方が、傷だらけのあなたをここまで運んできたんです。一日近く寝てたんですよ。」 仲間?俺は一人旅だぞ?一体誰が…。 「教会の外でお待ちしておられる様ですよ。」 神父にそう言われ、俺は小さな教会を出た。すると目の前に、黄色い体毛に赤い鬣の魔物が待ち構え…ってあの時の虎!? 驚いた。どうやら俺の匂いを嗅いでついてきたらしい。あの時のように俺になついている。しかもエッチな下着を口にくわえて。 ここまで追いかけてくるとは…しかし助けてもらって、追い払う事などできない。 …仕方ない。こいつと一緒に行く事にする。かなりの戦力にもなりそうだ。 さっきから村を探索している訳だが、虎を連れているのにみんな驚かない。子供は可愛いと言って、頭を撫でている。集団催眠術にかかっているのではないだろうか。 村を探索したが、武器屋や道具屋がない。無用心な村だ。しかも手に入れたのは、子供から貰った種だけだ。食べると力が湧くらしい。 俺は朝飯代わりに、力の種を食べた。こんな物では腹も心も満たされないが。 飲んだ途端、俺の腕の筋肉が盛り上がり、太さが二倍になった。 違う。一瞬幻覚を見ただけらしい。種一つでは外見にほとんど変化はないだろう。まあ二の腕の脂肪ぐらいは多少誤魔化せたかもしれん。 話は急に変わるが、村人の話によると、村の東にある橋を越えると山中の洞窟があって、そこから山を降りられるらしい。 それを聞いて、俺と虎はすぐに橋を渡る。山の向こうに見える景色が美しい。平原しか見えないが。 あのキノコのおかげで登りきるのに丸一日かかってしまったが、降りは楽そうだ。夕方になる前に降りきってやる。 俺は気合十分で、山中の洞窟に入っていった。 薄暗い洞窟を、慎重に進む。どこからともなく聞こえてくる水滴が落ちる音が、緊張感と恐怖を倍増させる。 とその時、前方に火のついたロウソクが見えてきた。デカイ。1m近くある。 恐らく魔物だろうと思い、警戒しながらロウソクに近づくと、いきなりロウソクが突進してきた。避けきれずに直撃し、尻餅をつく俺。 やはり魔物だった。今まで魔物と言ったら猛獣や、巨大化した虫などしか思い浮かばなかったが、変わった魔物も多くいるようだ。 俺は立ち上がり、銅の剣でロウソクの目を突いた。目を押さえてハァハァ言いながら悶えている。なんか面白い光景だ。 魔物は片目で俺を睨んだ。 「…メラ!」 ロウソクが謎の言葉を発した瞬間、ロウソクの火から小さな火の玉が現れ、俺に向かってきた。 俺は間一髪で避ける。が、後ろにいた虎に当たって、虎の体が燃えた。 火は3秒ほど燃え続け、自然と消えた。虎は悶えている。 すまない。俺が弱いばかりに迷惑をかけて。今は反省している。安眠してくれ。 その時、虎がいきなりロウソクに飛び掛った。物凄いスピードで、ロウソクに噛み付く。 虎の鋭い牙はロウソクを簡単に貫通し、噛み切ってしまった。ロウソクは倒れ、消滅する。 恐ろしい力だ。こんな奴が俺になついているのか。頼もしくもあるが、もし敵になったらと思うと恐ろしい。 暫く歩いていると、光が見えてきた。もう山を降りたのか、と思いながら洞窟を出る。 …違った。まだ山の中腹辺りだ。やはり山道は厳しい。 残念な気持ちを抑えながら、だらだらと山道を降りる。 でかい岩が見えてきた。おっさんが岩に押し潰されている。そう言えば落石注意みたいな看板があったな。 おっさんに構ってる暇などないので、俺はスルーした。おっさんが苦しんでいる横をずかずかと通る。 「ちょっと!見捨てないでくれよ!」 やはり話し掛けられた。面倒な事になった。俺がこんなでかい岩を持てるはずがない。 「そ、そんな…。」 …仕方ない。俺も鬼ではないので、一応やるだけやってみてやる。 俺が岩を押すと、簡単に岩が動いた。何だ?実はかなり軽かったのか? いや、違う。よく見ると顔がある。またしてもニヤニヤと笑っていやがる。 俺はこの岩を魔物と判断し、銅の剣を構え…いや、こんな剣効きそうにない。と言う事で崖から蹴り落とす事にする。 俺は魔物に向かってダッシュし、飛び蹴りを放った。 「…メガンテ。」 蹴りが当たると同時に、魔物が謎の言葉を発した。魔物はゴロゴロと転がり、崖から落ちる。 崖から落ちていく魔物を見ていると、急に魔物の体が光りだした。 「ぬわーーーーー!!!」 物凄い断末魔の後、轟音と共に魔物が爆発した。俺は爆風で飛び散る砂が目に入らない様に、腕で目を防ぐ。 恐らくさっきのメガンテと言うのは自爆する時に言う言葉で、俺達を巻き添えにするつもりだったが、タイミングを間違えたらしい。ニヤニヤして油断してるからそう言う目に遭うんだ。 「あ、ありがとうございます!」 俺はああ。とだけ言い、すたすたと歩き出す。これ以上おっさんに構ってられん。 「あ、あの!お礼に近道を教えるだ!」 その言葉を聞くと同時に、足を止める。そういう事なら話は別だ。 5分後、俺達は幅1m足らずの、隣がすぐ崖の道を通っていた。 …畜生。ジジイめ。こんな危険な道通りやがって。突き落としてやろうか。 俺がジジイを後ろから睨んでいると、何やらギャースギャースと鳴き声が聞こえてきた。空を見ると、1羽の鳥がこっちを見ながら鳴いていた。 「まずい!キメラだ!早く逃げるだよ!」 オヤジが急に早足になる。 ちょっと待て、速すぎだ。崖から落ちるだろ。 俺は足を滑らせそうになりながらも、おっさんについていく。 キメラが俺に狙いを定めたらしく、クチバシで俺の頭を突いてくる。 痛い。頭がかち割れそうだ。なんか血が出てきた。やめろ、お前。 俺は銅の剣で抵抗する。と言っても、剣をブンブンと適当に振ってるだけなので、キメラに簡単に避けられた。 「バギ!」 おっさんが謎の言葉を発した直後、キメラの周りに小さな竜巻が現れる。竜巻は刃の如く、キメラの体を切り刻んだ。 キメラは羽を怪我したらしく、そのまま下に落ちていった。 「さあ、行くだよ。」 何事もなかったかの様に進みだすおっさん。…そんな力があるなら初めから使えよ。 その後は敵に遭う事もなく、昼過ぎには山を降りる事ができた。 「ここから北に行くと港町があるだ。じゃあわしは行くだよ。」 おっさんが再び山に登っていく。さて、俺も行くか。 俺達は更に北にある港町に向かった。 Lv6 HP39 MP0 武器:銅の剣 鎧:旅人の服