「魔王様―――」 一匹の魔物の声が、薄暗く、とても広い部屋に響く。 魔王、と呼ばれた王座に座るとてつもなく巨大な存在が、平伏すかの様に片膝を地につき魔王を見上げる魔物に対して口を開く。 「待っていたぞ…。結果は…聞くまでもないが、一応聞いておこう…。」 魔王のとても低く、威厳を感じさせる声が部屋中に響き渡る。 「はっ…。先程ジャミ率いる部隊が、アークボルトを壊滅させました…。一人、負傷しながらも逃げてしまった者がいた様ですが…。」 「一人か…。まあ、負傷しているのなら、辺りにいる魔物が見つけて殺すだろう…。よくやった。下がって良いぞ。」 「はっ。」 魔物が、膝を地から離し立ち上がる。 「…いや、待て。まだ話があった。」 「何でしょう、魔王様。」 再び、魔物が片膝を地につく。 「例の実験体の事だが…。そろそろ、試験的に使用するつもりだ。実験相手や場所についてはお前に任せたい。」 「承知しました。魔王様…。」 「うむ…頼んだぞ。――――――――――ゲマ。」 「ふう…。魔物はいなくなっている様だから楽だが…半日近く歩きっぱなしだから流石に疲れたな。」 一人の青年が、歩き続けて棒になった足を引き摺りながら塔を登る。 「しかし、この日の為にこの杖を探し続けてきたんだ。休んでもいられないだろう…。」 青年の手にしっかりと握られているのは、一本の素朴な杖。 腰の聖柄には、使い古した剣がさしてある。どうやら杖は武器として使っているようではない様だ。 塔の最上階に辿り着いた所で、青年は薬草を取り出してかじり、疲れ切った体を癒した。 「やはりあったか。あの男の石像、いや…身体が…。」 青年は、最上階の王座の前に置いてある男の石像に近づき、像の目の前で立ち止まる。 「親父の言っていた事が正しければ、このストロスの杖で…!」 持っていた杖を空高く掲げた。 すると突然杖が光りだし、杖から放たれた光は石像を包み込んだ。 全身灰色だった男の石像が、徐々に鮮やかさを取り戻していく…。 突然俺の意識が覚醒する。 10年ぶりに突如意識を取り戻したので、状況を判断できない。 俺の身体…動く。石ではない。一体何が…? パニックになりつつも、一人の青年が俺の目の前にいる事に気がつく。 「お前は…?」 青年がふっと微笑むと、ゆっくりと話し出した。 「久しぶりだな…。いや、お前は覚えていないか。何しろ10年間も石になっていたんだからな。」 「10年!?」 その言葉を聞いて仰天する。 10年も…?それが本当なら、ボロンゴやエテポンゲ、ドランゴは一体今どうしているんだ?そして元の世界は、この世界と同じく10年の歳月が過ぎてしまったのだろうか。 …そう言えば長く眠っていた様な気がする。石になっていたのだから時間は経過していないのだが…。 とりあえず無理矢理自分を落ち着かせ、青年の正体を聞いた。 「俺か?分からないか?俺だよ俺。」 「ああ、オレオレ君ね!ちょっと事故しちゃったからお金振り込んどいて!50000G!」 パニックで頭もおかしくなってしまっている。いかん。 「やはり分からないか…ヘンリーだよ。」 ヘンリー?聞いた事ある様な…。 ………。 ああ、砂漠の城の王子か。あの生意気な餓k… 違う。餓鬼などではない。ヘンリーはすっかり成長し、肩までかかる緑の長髪、逞しい体つき、剣にマント、175㎝程の身長。僅かだが俺より背が高い。 すっかり大きくなって…父さんは嬉しいぞ…。 涙が出そうになる。あの生意気な餓鬼に身長や体格で負けた屈辱感からだろう。 「それよりお前に話さなければいけない事がある。今は時間が惜しいから黙って聞いてくれ。」 突然ヘンリーが真剣な顔になる。 話さなければいけない事とは何だろう。彼女いない歴=年齢の俺に恋の相談だろうか。自爆する気か? 「まず、10年前…。お前が石になった後、数ヵ月後に魔族の王『竜王』が病気で死んだ。不治の病で、それより数年前から死が近い事が分かっていたらしい。」 ほうほう。で、竜王が死んで世界が平和でハッピーエンドか。めでたしめでたし。 「勝手に話を終わらせるなよ!…その後、次期魔王三大候補のミルドラース、ゲマ、イブールが魔王の座を争ったんだ。」 ゲマ―――――――――― その言葉を聞いた瞬間、過剰反応してしまった。 ゲマに対する恐怖と、怒りがそうさせてしまったのだろうか。 「結果、ミルドラースが魔王の座を勝ち取った。」 ………まさか。 俺はゲマが魔王になったと思った。それ以外考えられなかった。 ゲマより強い奴がいると言うのか…? 「そしてミルドラースはゲマ、イブールを側近にし、人々を襲い始めたんだ。しかも一気にでなく、じわじわと恐怖を増幅させる様に…。それが10年経った今でも続いている。もうほとんど町は壊滅し、人々は絶滅に近いがな。」 すると10年前の、魔族がいてもそれを感じさせない程平和で、笑いがあったあの時と違うのだろうか。 あまり考えたくない。盗賊の頭やブラスト等の実力者、そして…ボロンゴ達が死んでしまったかもしれないなどとは。 「とにかく俺について来てくれ。今は一人でも強い奴が必要な時なんだ。」 そう言うとヘンリーは階段に向かって歩き出す。 まだ考えたい事は山ほどあったが、今はヘンリーについていくしかないだろう。 塔を降りている時も、俺はずっと考え事をしていた。 人々の事、魔族の事、ゲマの事、ボロンゴ達の事、元の世界の事―――――――――― 不明な事は数え切れない程ある。それを解明するには、今は現在生きてる唯一の知り合い、ヘンリーが必要だ。 「1階に着いたな…。あそこが入り口だ。お前が扉を開けてみろ。」 俺は大きな扉の入り口に近づき、ゆっくりと扉を押す。 ギギギ…と音をたて、扉の向こうを想像したのは晴れ渡る青い空、360度砂の海、照りつける眩しい太陽であった。 が、そんな期待を裏切る光景が、扉の向こうに待ち受けていた。 紫の暗雲が立ち込める空。真昼だと言うのに全く射さない光。辺りに散らばる人間や魔物の死体。 どれをとっても、決して気分の晴れる光景ではなかった。 この世界は、本当に魔族に支配されてしまったのだ。 オアシスの町に着く。いや、最早完全に廃墟としか言えなかった。 城は崩れ、町は崩壊し、水場は毒の沼と化していた。 「…俺の両親も、死んでしまった。魔物から俺をかばって…。」 ヘンリーの声が震えている。 「コリンズ…お前は…生きているよな………お前だけは…。」 ヘンリーの足元の乾いた砂は、一滴、一滴、零れ落ちる涙によって濡らされていた。 俺は、かける言葉もなかった…。 ガキィン!! 静まり返った砂漠に、鈍い音が響き渡る。音は、城の方から聞こえてきた。 「な、何だ!?…行ってみよう!」 ヘンリーはポケットから取り出したハンカチで涙を拭い、走り出す。 俺も、それに続いてほとんど崩壊した城の中に入っていった。 王座の間で、二匹の魔物が対峙していた。 「ま、魔物同士が戦っている!?」 ヘンリーの言うとおり、エリミネーターとりゅうき兵が斧と剣を交えていた。 「ハァ…ハァ…。に、人間か…!早く逃げろ!」 負傷したエリミネーターが俺達に逃げる様に言う。 魔物が人間を助ける…?一体どうなってるんだ? 「…ん?おい、そっちの奴、どっかで会った事ねえか?」 エリミネーターが俺に尋ねる。 会った事も何も、魔物なんて量産型だしなあ…。 「…そうだ!あの時の奴だ!ほら、宝の塔で会ったじゃねえか!」 宝の塔?宝の塔と言ったら確かゴーレムと………カンダタ! そうだ、カンダタだ。エリミネーターと容姿が一緒だから分からなかった。 「い、いや!そんな事より早く俺から離れろ!」 カンダタが、息を切らしながら必死に叫ぶ。 「何言っている!人間の命が危ないのに、放っておけるか!」 ヘンリーが剣を抜き、戦闘態勢に入る。 同意だ。これ以上人間が死ぬ訳にはいかない。何としてもカンダタを助けねば。 俺は10年ぶりに、破邪の剣を構えた。石化していたので時間は経っていないのだが、柄の感触が妙に懐かしく感じた。 「お、お前ら…何やってるんだ…。…いや、ありがとう。助かる…。」 カンダタも、左手で傷口を押さえながら右手で斧を構える。 「はああ!」 ヘンリーが素早く斬りかかる。かなり滑らかな動きで、如何にも剣士といった感じだ。 りゅうき兵はヘンリーの攻撃を紙一重でかわした。 「キシャアアアアア!!!」 りゅうき兵が奇声をあげて剣を掲げると、りゅうき兵の右腕から剣の先まで紅の光に覆われた。 恐らく、一時的に攻撃力を高める呪文「バイキルト」だ。厄介な呪文である。 りゅうき兵はヘンリーに突進し、突きを繰り出す。 突然の事にヘンリーは避ける間もなく、腹部に剣が突き刺さった。 りゅうき兵がヘンリーの腹から剣を引き抜くと同時に、ヘンリーは勢いよく倒れ込む。 「ちっ!おい小僧!同時に突っ込むぞ!」 カンダタと俺が、二方向からりゅうき兵に突撃する。 りゅうき兵は、俺を無視してカンダタに斬撃を繰り出した。 「ぐあ!」 りゅうき兵の斬撃で、カンダタの左肩を切り刻む。 カンダタも同じく、その場に倒れこんでしまう。 俺は、ただその光景を見ていただけでなく、確かにりゅうき兵の背中に一撃をいれた。 が、俺の剣はりゅうき兵の体に傷一つつけることなく、皮膚の所でピタリと止まってしまった。 「ギャァァァァス!!」 りゅうき兵の左の鉄拳が、俺の体を弾き飛ばす。俺は壁に激突し、その場で尻餅をついた。 「まだ…まだぁ!」 ヘンリーが腹の傷を押さえながら立ち上がる。 負傷している上に更に攻撃をくらったカンダタも、続いて立ち上がる。 「イオラ!!」 ヘンリーがそう叫ぶと、りゅうき兵の周囲に熱風が巻き起こり、激しく爆発する。 りゅうき兵は多少怯んだものの、再び体制を立て直す。 「隙あり!!」 りゅうき兵が剣を構えなおした瞬間、カンダタの斧がりゅうき兵に襲い掛かる。 紙一重でりゅうき兵は斧を避け、カンダタの左腕に剣を突き刺す。 「ぎゃぁぁぁぁ!!!」 カンダタは悲鳴をあげ、傷口を押さえながら悶えている。 「ちぃ!ラリホー!」 ヘンリーの左手から、りゅうき兵に向かって紫色の光が放たれる。が、りゅうき兵は盾で紫色の光の進行を妨げた。 「バカめ!囮だ!!」 ヘンリーがりゅうき兵に突撃する。 りゅうき兵は盾でラリホーを防いでいたので、眼前の視界が遮られてヘンリーに気付かなかった。 ヘンリーの剣が、りゅうき兵の左足を切り落とす。俺が攻撃した時よりも、素早く、容易に。 りゅうき兵がその場に倒れこんで悶絶する。その時カンダタがゆっくりと立ち上がった。 「これならモーションのでかい俺の攻撃でも当たるぜ…。死ね!!」 カンダタは魔人の如くりゅうき兵に斬りかかった。 斧は、りゅうき兵の体を真っ二つに切り裂いた。 「グギャアァァァァァ!!!!」 耳鳴りがする程の奇声をあげ、絶命するりゅうき兵。どうやら勝った様だ。 俺は自分と、ヘンリー、カンダタ全員にベホイミを施す。 「ふう、助かった。俺は回復呪文は使えないし、薬草も切れたからどうしようかと思ったよ。」 ヘンリーとカンダタが安堵の表情を浮かべる。 俺は、気付いていた。恐らく、カンダタも、ヘンリーも。 俺は3人の中で一番弱い、と。 俺はりゅうき兵の攻撃を一度くらっただけで、体中激痛で動けなかった。 カンダタは立ち上がった。いや、カンダタは体力がありそうなので分かる、が。 ヘンリーも同じだ。苦しみながらも、立ち上がった。そして、りゅうき兵の体に傷をつけた。 更に言ってしまうと、ヘンリーとカンダタは剣で刺された。が、俺は弾き飛ばされただけだ。痛みがまるで違う。 10年前の俺は、パーティの中でも攻撃力、スピードとバランスも取れていて、尚且つ呪文も使えた。万能タイプだっただろう。自分で言うのもどうかと思うが。 が、今の俺の取り柄は回復、補助呪文だけ。言わば俺はパーティでの役割は僧侶だ。 僧侶とは言っても、呪文の種類はそれ程多彩ではない。つまり、これから必死の思いで剣術の修行をするか呪文を覚えなければ、足手纏いとしか見られなくなってしまうかもしれない。 皆、10年の間に強くなったものだ。恐らく、10年前に倒したカンダタも、餓鬼だと舐めきっていたヘンリーも、今の俺では到底かなわないだろう。 そこから、悔しい気持ちが生まれる。10年間も石になっていた俺に。 「それにしても、ボスクラスの魔物がこんな所にいるとは…危なかった。」 俺はふう、と溜息をつく。 「ボスクラス?…何言ってやるんだ。あんな奴ボスクラスじゃねえよ。その辺にゴロゴロいる雑魚クラスだ。」 カンダタの言葉に、俺は耳を疑った。 あんな、三人がかりで苦戦した奴が雑魚クラス?ゴロゴロと? 信じ難い話だ。10年前は、ボスクラスでもない限りあんな強い魔物はいなかった。 「どんどん魔物が強さを増してきてるからな。この男の言っている事は本当だ。今のこの世界では魔物一匹相手でも、一人で戦おうなど自殺行為だ。」 俺はまた一つ、魔物の恐ろしさを実感した。 じゃあ、向こうが複数で来たらどうするんだ?確実に死、なのか? 恐ろしすぎる…今のこの世界は。10年前の面影が全くない程に。 「おい、お前はここで何をしていたんだ。」 ヘンリーがカンダタに話し掛ける。 「俺か?…まあ、世界を回って俺の子分を探していたんだよ。城の中を探してたら魔物と出くわしてな。」 「そうか…。これからも子分を探すのか?」 「…ああ、そのつもりだ。」 「じゃあ、俺達と行動しないか?その方が安全だ。」 ヘンリーが、仲間になる様促す。 確かに仲間は多い方がいいし、カンダタの破壊力は魅力的だ。 「お前達と…?そ、そうだな…。じゃあ…行くか…。」 カンダタの発言に、所々途絶えた部分があったのが気がかりだが、あまり気にしない方がいいだろう。 俺達三人は、オアシスの廃墟を後にし、砂漠を南下した。 それぞれの目的を果たす為に…。 Lv19 HP98/98 MP42/42 武器:破邪の剣 鎧:鉄の鎧 兜:鉄兜 呪文;ホイミ、ベホイミ、バギ、バギマ、ギラ、スカラ 特技:はやぶさ斬り、火炎斬り、正拳突き