ヘンリーは死んだ。また一人、尊い命が奪われた。 こうして、人々は苦しみ、死に絶え、絶滅に時々刻々と近づいていく。 魔族の手によって。 テリーは人間…しかし、あれほどの狂気の沙汰を躊躇せずにやってしまうなど、魔族となんら変わりない…。 魔族を…この手で根絶やしにせねばいけない。殺戮で快楽を得る異常者を…。 殺戮者を殺し、根絶やしにする…。納得はいかないが、これ以外に方法がない…。 あれ程の殺戮集団を、この世から滅する為には…。 俺達二人は無言のまま、西の海辺の村に向かっていた。 俺が負ぶっている『物』…ヘンリーの遺体。 せめて…海辺の村に墓を建てようと思い、海辺の村まで運んでいる。 俺に力があれば…テリーを退け、ヘンリーも死ぬ事はなかっただろう。 だからヘンリー…見ていてくれ。俺は誰よりも強くなってみせる。 そして…憎き種族、魔族を根絶やしにしてコリンズを救ってみせる。 3時間程経っただろうか。俺達は、遂に海辺の村に到着した。 船が数隻ある以外、何も特徴のない平凡な村。 ここが…10日後に、人類の運命を賭けた決戦が繰り広げられる場とは到底思えないが…。 しかし、遥か北にある魔族の城が微かに見えた瞬間、その疑問が一気に解消した。 孤島に聳え立つ暗黒の城…これだけ離れていても、恐ろしいほどの魔力が押し寄せてくる感じがする。 最終的にはあの城に乗り込むのだろうか…上陸した瞬間、魔力に呑まれそうな気がしてならない。 いや、弱気になっている場合ではない。ヘンリーやボロンゴ達の仇を、俺が取らねばならないのだから。 それより、まずは墓を建てよう。ヘンリーの墓を…。 俺は決戦の際に巻き込まれないよう、村の端に墓を建てる事にした。 ミレーユに離れてもらう様に言い、地面に拳を垂直に突き立て、深呼吸をする。 「はぁっ!!!」 叫び声と共に拳を引き、一気に地面を抉り込む様に打つ。 ドォォォン!!!! 「きゃ!!」 轟音と共に砂が八方に飛び散り、一瞬地面から突風が巻き起こる。それに驚いたのか、ミレーユが声をあげる、 砂が目に入らないよう目を瞑り、風が収まると同時に目を開くと、そこには丁度人一人が入れる程の穴が出来ていた。 ふぅ、と溜息をつくと、今度はヘンリーを担ぎ、今俺によって作られた穴にゆっくりと寝かせた。 ヘンリー…これで…完全にお別れだな…。 後は砂で埋めるだけで、ヘンリーの顔を見る事は二度となくなる………。 俺は最後に、ヘンリーの右手を強く握った。暖かさを失った、冷たい手。 絶対にコリンズを助けるから…お前も…俺を見守っていてくれ…ヘンリー…。 お前が見守っていてくれたら…俺…絶対ゲマ達を倒せると思う…。 ………じゃあな………ヘンリー……………。 俺は足元の砂を、力なく握り締めた…。 「お主達…何をやっておる?」 突然、隣から老人の声が聞こえてくる。 声のする方を向くと、紫のゆったりとしたローブを纏い、樫の杖をつく老人がいた。 「…墓を作ってる。魔族との決戦に参加しようとしていた奴だから、せめてここに墓を建ててやろうと…。」 そう言って、俺は黙々と砂をかけていく。 「…ふむ。ちょっと待ちなさい。」 「…?」 老人にそう言われ、砂をかけていた手を止めた。 老人はヘンリーの傍で膝立ちになり、胸の辺りに一目で痩せ細っているのがわかる、細く肌色の悪い手を乗せた。 数秒すると老人は胸から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。 「この者…生き返らせる事ができる可能性があるぞ…。」 「何っ!?」 老人の言葉を聞いて、即座に驚きの声をあげる。 本当なのか?一度死んだ者を生き返らせるなど…普通では考えられない。 「まだ最近習得したばかりじゃが…試す時が来たか………蘇生魔法、ザオラルを…!」 ヘンリーにかけた砂を払い、老人の家に運んだ俺達は、老人が使っているベッドにヘンリーを寝かせた。 老人の名はカルベと良い、この村の長老であり、世界的にも有名な大魔法使いだそうだ。 「習得までに30年かかった蘇生魔法…まだこの世でわし以外に使える者はいないだろう…。わし自身も成功する自信はあまりない…あまり期待せんほうが良いかもしれんぞ。」 そう言って、老人はヘンリーの胸に手を添えて、何か呪文を唱え始めた。 生き返る可能性は低い…そう言われても、期待せざるを得ない。他に、生き返らせる術がないのなら。 「お主達も決戦に参加する者達か?」 「え?あ…まあ一応…。」 呪文を唱えておきながら突然話し掛けてきたので、一瞬応対に困った。 「ならば修行でもしておくといい…。この呪文はかなり時間がかかるでな…。」 外に出て、俺は剣の素振りをし、ミレーユは呪文書を読んでいるが、全く集中する事ができない。恐らくミレーユも同じであろう。ヘンリーの生死が決まる時に、修行に集中などできるはずもない。 出来れば…いや、絶対にヘンリーとゲマ達を倒したい。だから…生き返って欲しい。 絶対にザオラルを成功させてくれ…カルベ長老…。 「ごめんなさい…。」 家の壁にもたれかかって本を読んでいたミレーユが、いつの間にか涙目でこちらを見ていた。それを見て、適当に剣を振っていた手を止める。 「私があの時…弟を止めていたら…。」 ミレーユの眼から、頬を伝わり、涙が零れ落ちる。 「ミレーユのせいじゃない…。それに…生き返るのかもしれないんだから、泣くなよ…。」 「…そうね………。ごめんなさい…泣いてばかりで…。」 ミレーユは、か細い手で涙を拭う。 弟、テリー…。 何故テリーはあれほどまでに豹変してしまったのだろう。 単に人格が変わった…テリーの持っていた奇跡の剣の魔力…魔族に操られた…。 原因は色々挙げられる。ミレーユはいつかその原因を突き止め、テリーを助けるのだろう。 当然、それには協力するつもりだが…俺自身の問題はどうなのだろう。 ボロンゴ達の行方…元の世界に戻る術…。前者は、魔族に聞けば分かるかもしれない。だが、後者は? この世界に来てから、一度も元の世界に戻る術など聞いた事がない。 もし、この世界で生涯生きていく事となったら…俺に居場所はあるのだろうか。 俺が異世界の人間と言う事実は誰一人知らない…。この際、相談するべきか…。 その時、長老の家の扉が、ゆっくりと開かれた。中から出てくるのは、カルベ長老。 「…!長老、ヘンリーは…!」 待っていた現実は、余りに酷なものだった。 目を閉じたまま、首を横に振るカルベ長老。その姿が、既にヘンリーの生死を物語っていた。 「くっ…!」 ヘンリーの死を信じたくなかったのか、勢い良く家の中に飛び込む俺。 が、その勢いは、ヘンリーがいる部屋の前に来た所で、ピタリと止まってしまった。 開けるのが怖い。答えはもう、分かっているのに。 いや、寧ろ答えが分かっているから、開けるのが怖いのかもしれない。 ドアノブに手をかけるも、手が大きく震え、ノブがカチャカチャと音を立てる。 が、それでも真実をこの目で確かめなければならないので、俺はドアノブを強く握り締め、ゆっくりとドアを開けた。 キィィ…と音を立て、ドアの向こうにあった光景は、やはりヘンリーがベッドで横たわっている姿………否、ヘンリーは上半身を起こしていた。 「心配かけてすまなかった…。」 ヘンリーは、確かに俺に喋りかけた。生きている…?…ヘンリーが…? 「…って事は…爺!騙しやがったな!」 「ひょーっほっほ!わしは死んだとは一言も言っとらん!」 畜生、ジジイめ。漫画に出てきそうな事やりやがって。後で魔人斬りの餌食決定。 「…テリーが…俺がお前を邪魔者扱いしていると言っていただろう。」 「…ああ。」 確かにそう言っていた。あいつの勝手な思い込みだろうと言い聞かせていたが…まさか、本当に…? 「確かにお前は弱い。攻撃も防御も呪文も並以下。戦術も最悪だ。素質もないしな。」 「………。」 ここまではっきり言われると気分が良い。感謝したいぐらいだ。 「だが…一番信頼している奴を邪魔者扱いするはずないだろう?」 「信頼…?」 本気で言っているのだろうか。役立たずの俺を信頼しているなどと。 「普通の奴なら、この世界の現状を知った瞬間逃げ出すさ。」 まあ…確かにそうだが…。 とりあえずアテがないからヘンリーについていった、というのもあるだろう。正常な脳を持ってたらヘンリーについていかないと思うが…。 一番の理由は…やはりボロンゴ達と再会する事か。危険を冒してでも再会したい、と言う気持ちが俺をここまで来させたのかもしれない。 その時、ヘンリーが俺に手を差し出した。 「絶対に魔族を倒して…お互いの目的を果たそう。」 俺はその言葉に、握手で応えた。 ヘンリーの手を握った瞬間、ついぞ感じた事のないような暖かさを感じ、俺が抱えていた不安が薄らいでいった。 魔族との決戦まで、あと11日 Lv27 HP82/140 MP47/70 武器:雷鳴の剣 鎧:シルバーメイル 兜:風の帽子 回復:ホイミ、ベホイミ 攻撃:バギ、バギマ、ギラ、ベギラマ 補助:スカラ、ルカニ 特技:はやぶさ斬り、火炎斬り、諸刃斬り、魔人斬り、正拳突き